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ナースコールにおける人間性の回復


横浜市総合リハビリテーションセンター  畠山 卓朗
東京都福祉機器総合センター       小島  操
筋ジストロフィー症患者         轟木 敏秀
宇都宮大学 工学部 情報工学科       春日 正男


1.はじめに
 近年,急速な電子技術の進歩にともない,筋萎縮性側索硬化症患者(ALS)や筋ジストロフィー症などの神経筋疾患患者の周辺にも,電子技術を応用した生活支援機器の導入が進んでいる.とくに,環境制御装置や意思伝達装置などの導入が顕著である.これらの患者自らが操作する機器は,本人の日常生活における自立性を高め,介護者の負担を軽減することを目的としており,それらの機器はある一定の目的を達成している.
 しかし一方では,機器の導入に端を発する問題点や,患者を取り巻く人々の機器にたいする認識のズレを生み出している.著者等は,これら機器導入にまつわる問題点に関して,日頃ディスカッションを行ってきた.ここでは,もっとも基本的な人を呼ぶためのナースコールに的を絞り,難病患者におけるナースコールのもつ意義,その陰にひそむ問題点などを明らかにする.また,人と機器はどう向き合うべきかについて提案する.

2.ナースコールの現状と問題点
2.1 ナースコールの果たす役割
 ナースコールは,説明するまでもないことであるが,患者本人が看護婦を呼ぶための手段として用いられる.しかし,ナースコールには「呼ぶこと」以上の大きな意味がある.すなわち,日常的にはちょっとしたことを依頼する時に使われるが,時には身体の危急を伝える命綱としての役割がある.さらに視点を変えてみて見ると,ナースコールは患者およびその介護者の双方の精神面を支える役割を担っている.つまり,本人にとってナースコールがいつでも押せる状態にあるということは,いざという時にたいする大きな安心感をもたらす.一方,介護側にとっては,特定の患者に四六時中意識を集中させることから開放し意識を他に向けることができることにつながる.
 さらに別の視点から見ると,高位頚髄損傷による四肢まひ者やALSなどの難病患者においては,自分の意志で動かすことができる身体部位は指先やまばたきなどのごくわずかな部位に限定されることから,ナースコールは自己の世界と外界をつなぐ唯一の接点である.別の言葉で表せば,ナースコール操作は,自己存在の証であり,また自己表現そのものである.原因不明の発熱が続いていた四肢まひ患者が,息で操作することができるナースコールが用意されたとたんに,発熱がおさまったという経験を目の当たりにしたことがある.以上のように,ナースコールは単に人を呼ぶための役割だけではなく,利用する人々の精神状態を根底から支える役割を担っている.

握り続けるナースコール

2.2 ナースコールの問題点
 ナースコールの果たす役割がある一方で,それに関連した問題も様々生じている.以下では,4つの視点から問題点を整理してみる.
(1)介護側からみた問題
介護側からしばしば出される意見として以下のようなものがある.
・あまりたいしたことでないのに,頻回に呼ばれる.
・呼ばれて行ったのに寝ていた.後で尋ねても「呼んでいない」と言い張る
・消灯時間になったり面会時間が終わると,あちらこちらの病室でナースコールが鳴り,その対応に困る.
・ナースコールの音が鳴る度に心臓に良くないと感じる.
 とくに重度の難病患者の場合,ナースコールの回数も自ずから増え,さらに意志が十分に伝えることができず,介護側がその対応に困る場合が多い.神奈川県内のある病院では患者の意向に反してナースコールのコネクタを取り外してしまっていたケースが過去にあった.
 操作スイッチの誤操作を除いて,一見無意味と見えるコール押しの原因のほとんどは,患者の精神的不安定さからくるものである.また,現実的に,ナースコールを頻回に押し体位変換を要求するのは,身体の不調の表れである場合が多いと言われている.
 三好1)は患者の精神的不安から起こるコール押しを「純粋ナースコール」と名付け,医療従事者はそれにきちんと対処すべきであると述べている.次のような場面を頭に思い浮かべていただきたい.ナースコールが鳴った.看護婦が駆けつける.「どうしました?」と看護婦.「いや,何でもない.ただ,ちょっと...」と患者.「じゃ,しばらくここにいましょうか」と看護婦.この場面におけるナースコールには,「呼ぶこと」以外の意味が存在している.つまり,ここでのナースコールは,「人が人に関係付けを求める」ための手段となっているのである.また,患者の不安を真正面から受けとめようとする看護側の姿勢がある.しかし,現実にこのような光景を見ることはそれほど多くはない.これを医療介護体制における人手不足から現実的ではないと一言で片づけてしまって良いのであろうか?そこには人手不足以前の問題,すなわち一人の患者を単に医療管理の一対象と見るのか,あるいは人間の尊厳を保たれた一人の生活者としてとらえるかの大きなちがいがある.
(2)患者側からみた問題
 重度の神経筋疾患患者の場合,一般のナースコールに用いられている操作ボタンではうまく利用できないことが多い.そのため,先にも述べたように,特製の操作スイッチを用いることとなる.しかし,それらのスイッチはわずかな力や動きで動作するため,身体の操作部位とスイッチの操作端の位置関係が少しでもズレれば,とたんに操作不能な状態に陥りやすい.また,投薬による影響や体の不調があるような場合には,無意識のうちにスイッチ操作してしまうことが多い.技術的には特別に設計した信号処理回路などを用いて誤報を極力減らすような工夫もあるが,これとて万能ではない.あまりに誤報が多いと,最終的には患者からナースコールの操作スイッチが奪われることにつながりやすい.さらに,人工呼吸器を装着している人の場合はコミュニケーションがうまくとれないことが多く,それに拍車をかける.
 一方,患者自身がナースコールの信頼性にたいする不安を訴えるケースもある.すなわち,「このナースコールはほんとうに働いてくれるのだろうか」という不安である.その不安が引き金となって無意識のうちに操作スイッチを押してしまう場合がある.
(3)設置技術者側からみた問題
 通常のナースコールに用意されている押しボタンスイッチが操作できないような患者にたいしては,リハビリテーション・エンジニアや福祉機器販売店の担当者(以下,これらを設置技術者と呼ぶ)が,本人の状態に合わせた操作スイッチを工夫する場面が多くなっている.利用者を目の前にした設置技術者は,利用者の願いや希望に可能な限り応えようとして,自らの技術を駆使して問題解決にあたる.そして,当面の目標が実現された時,利用者はもちろんのこと介護側は,設置技術者に全幅の信頼を置くこととなる.
 しかし,操作スイッチにトラブルが起こったとき,問題は初めて表面化する.万が一,それが生命維持と深く関連する事態に至るような場合,さらに深刻なものとなる.そのようなとき,とてつもなく大きな精神的かつ物理的な負担を背負うこととなるのは,現実に設置技術者自身以外のなにものでもないだろう.このため,設置技術者は「操作スイッチが故障するのではないか」という不安を常に精神的にいだいた状態に追い込まれがちである.
(4)システム側における問題
 前項で述べたように,設置技術者は患者への個別対応の過程で,操作スイッチを手作りすることが多い.極力,市販品をそのまま利用したいところではあるが,障害の状況の個別性が高く,そのまま利用できるものは少ない.従って,市販品に改造を施したり,部品を組み合わせてゼロから製作する場合がある.しかし,大量生産される家電製品のように,厳密な性能試験や耐久試験が行われるわけではない.また,使用している電子部品も元来は障害者の操作力や生活の場での利用に合わせて生産されたものではない.このため利用のされかたによっては操作スイッチ自体の故障が起きやすい.すなわち,操作スイッチ自体の信頼性がナースコールシステム全体としての信頼性を下げてしまうことにつながりかねない.
 以上のような点から,機器にプラス面があると同時に,操作スイッチの故障に代表されるようなマイナス面があることを利用者自身,そして介護側に十分理解を促しておくことが重要である.「機器は壊れるものだ」「過信したり,機械まかせにしてはならない」という認識をひろく定着させる必要がある.

額で操作するスイッチ

3.今後の取り組みへの提案
 今後のより良いナースコール環境を生み出すために,おもに人と人,人と機器の間での相互作用(インタラクション)の視点から二つの提案を行う.システムの信頼性向上のための工学的な提案は別の機会に譲る.
(1)人と人とのインタラクション
 ナースコールは単に患者が看護婦を呼ぶための手段であるという考え方から脱却し,患者本人が介護側にたいして関係付けを求めているサインであるという認識に立つべきである.また,重度の難病患者の場合,スイッチ操作できること自身が外界に働きかける唯一の手段であることを十分理解しておく必要がある.介護体制の不足が理由で,それさえ奪われた場合,患者は生きる意欲や目的をなくすことになるであろう.
 新しい機器を病棟に持ち込もうとする場合,業務量が増えるのではないかという懸念が原因となり,真っ先に介護側から反対の声が上がることがある.しかしなんとか説得を行い,機器を導入できた場合,その後の患者の表情が明るくなり,介護の苦労も吹き飛ぶいう声をしばしば耳にするのも事実である.
(2)人と機器とのインタラクション
 とくに進行性の疾患においては,現時点での最適な操作スイッチが見つかったとしても,急激な病状変化によりスイッチ操作が不安定になることが多い.これは,もともと操作可能な限界スレスレでしか操作スイッチをセット出来ないことからくる.今はうまく操作出来るから「すべてが安心」と過信することはできない.重度の疾患の場合,通報したいその時がスイッチを押せない時であるかも知れない.命綱であり命綱にはならないことがあり得る.従って,スイッチ操作が出来たから安心だというのではなく,スイッチをつけてなお介護側はそのことを絶えず意識下に置いておく(ナースコールにすべてを任せず時々様子を見に行ける態勢でいる)ことによってのみ,この機器を有効に利用できると言うことができよう.

4.おわりに
これまでリハビリセンターやメーカのエンジニアは,障害を持つ人々の生活支援に技術開発の側面からのみ取り組み,機器の具現化という形での大きな成果を収めてきた.しかし,ユーザと機器,さらにそれを取り囲む人々の間の機器への認識のズレはいまだ現存している.そしてそれは単に技術開発のみでは克服できないことに,今われわれはようやく気が付き始めた.機器自体の信頼性向上のための取り組み以前に少し立ち止まり,機器活用のための共通認識の確立に開発者自らが取り組みを行う必要性を痛感している.
 ナースコールは重度の難病患者にとって,いわば「命綱」である.「命綱」を真の「命綱」たらしめるのは,機械の力ではなく,「人間の関係性」の力であると考える.また「命綱」から一歩踏み出して,「人と人を結びつける」のもナースコールである.「人の命」を支えるのは最終的には「人間」であり,患者をも含めた介護者そして設置技術者からなる「人の関係性」である.そして機器はその人々の相互関係の中で使われて初めて有効性を発揮することができ,真に人に役立つものとなると考える.

■謝辞
 国立療養所南九州病院筋ジス病棟との関わり合いが本稿を著すきっかけになった.そこで著者らは多くのことを学んだ.個々の患者を一人の生活者としてとらえ,日夜献身的に看護されている国立療養所南九州病院筋ジス病棟医療看護スタッフの皆さん,そして福永秀敏副院長に心から敬意を表します.また,日頃から貴重な助言やディスカッションをいただいている(有)東光の南浩一,(株)リコーの岡本明の諸氏に深く感謝いたします.

■参考文献
1)三好春樹:専門バカにつける薬,82-85,筒井書房,1992
2)東京いきいきらいふ推進センター編:肢体不自由者のためのコミュニケーション機器,福祉機器使用研究報告書Vol.9,1997


(1997年 リハ工学カンファレンスで発表)