2001.07.31(火)

爆笑! 四酔人 U マスメディアの逆襲」が昨日で完結。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
色々な問題が網羅されていて、もっと個々の問題について突っ込んでいくと貴重な提言になるのですが、所詮4人の酔っぱらいの酔談、放談ですからね、この程度でお許しください。
何かお感じなったことがありましたら、メールをいただけると感謝、感謝です。4人で拝読させていただきます。

選挙も終わりましたね。
いつも納得するだけの情報がないまま投票所に向かうので、未消化な感じ。
自民党の圧勝は事前報道通りでしたが、あの比例区のセンスのない芸能人ラインナップと利益代表の顔ぶれには、ヘドが出そうになりました。民主も50歩100歩でしょう。今回みたいな制度やってたら、人は育ちません。
と、怒っているだけの私に比べて「溜池通信」のかんべえ氏は冷静に分析しています。
今回の選挙では、タレント候補を大量に擁立した自由連合が、1議席も取れなかったという現象が興味深く感じました。旬の時期を逃したタレントでは、有権者にアピールすることはできなかった。前人気の高かった大橋巨泉でさえ41万票。田嶋陽子50万票、大仁田厚46万票など、意外とたいしたことは無かった。
なるほど、そうでありましたか。

同世代の候補者の中には、祝杯を挙げた人もいれば、涙を飲んだ人もいます。
それぞれ、眠れない夜を過ごしたことでしょう。
どちらも志を忘れないでいて欲しいです。

違った意味で祝杯を挙げたのは時事通信のI記者。
大学時代からの友人ですが、少し遅れて春を迎えました。
横浜の式場で30人ほどの集まり。
幾人かの友人の披露宴で司会を頼まれてきましたが、これほど披露宴会場の出席者が和気あいあいと一体感に包まれたことはありませんでした。いい式でした。

おひらきの後は再会を果たした仲間で軽く1杯。
桜木町駅前に、外食産業界で話題のちゃんと。が店を構えていました。
朝日新聞、日経新聞、NHK、時事通信、日販、文藝春秋とメディア関係の人間ばかり。
新郎新婦の印象や学生時代の思い出話に混じって、
「こいつらの会社が日本を駄目にしてるんだろ」「なに言ってるの、お前のところだよ」
と、久々に悪口の言い合い(笑)。なぜかみんなの顔がイキイキしていた。
まあ、たわいもないやりとりですが、学生時代の顔に戻った感じ。
どこかで見た光景だと思ったら、四酔人の集会を思い出した。

みんな、志を持ってやっているんだな。
「志を胸に秘める」というけれど、どこかで口にしないと、実現への歯車は回り始めない。
胸のうちが温かいものに包まれた夜でした。


2001.07.28(土)

右の写真が新しくオープンするディズニーシーのパスポート、と言ったら驚くでしょ。
しかも昨日、市役所から送られてきたんです。
左ページ真ん中に大きく書かれている文字が市長の名前、右ページに我が家の家族の名前が書かれています。
市役所が一民間企業の招待券を代行して発送するというのは、どういう理由付けをするとできるのか知りませんが、浦安市民は大喜びです。
ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの法人税住民税事業税は13年春の決算で71億円。その前の年は89億円。浦安市の市税はだいたい290億円ですからね、市内に住む従業員の支払う税金や消費による経済効果も含めれば、企業城下町とさえ言っていい状況です。
昨日オープンしたディズニーリゾートラインにも、ディズニー関連の仕事をしている義弟の招待で家族はすでに試乗済み。ディズニーシーにも、市民招待とは別にもう一日足を運ぶようです。
ディズニーシーの招待は今日から。ミステリアスアイランドにそびえたつプロメテウス火山の火柱は我が家の近くからも見えるのですが、夜には花火を吹いておりました。

隣の団地の夏祭にやってきた市長は、マイクを持って、
「浦安にもう一つ公共交通機関ができました」
そうそう。リゾートラインって駅があるから鉄道法の規制を受ける鉄道なんですよ。パスネットも使えます。

さて、上手くいきますかどうか。
昨日まで出張していた大阪はUSJ効果で駅近くのホテルはどこも満杯。
ただし「リピーターがどれだけつきますかね」という声もあります。


市長で思い出しましたが、明日は選挙ですね。
うーん、いつも情報不足に悩んでしまいます。
「さいごの〜、さいごの〜、おねがいです」
あれを聞くと思い出します。
あれは幾つの時だったか、母親とバスを待っているときに、選挙カーがやってきて、
「さいごの〜、さいごの〜、おねがいです」
それを聞いた私、
「ねえ、お母さん、あの人に入れてあげようよ。今度が最後なんだって」
母親は笑って、「最後のお願い」の意味を教えてくれました。
「なーんだ、そういうことか」
何度思い出しても恥ずかしくなる、でも懐かしい思い出。


2001.07.25(水)

日経BPを辞めた宮徹さんが立ち上げたNPO「コミュニティー・サポーターズ」の第一回アニメビジネスセミナーに出席。
今回の講師は「ポケモン」プロデューサーの久保雅一氏。
久保氏の講演は、以前にも白金会という官僚中心の会で聞いた事がありましたが、今回は実際にコンテンツ・ビジネスに関わる人たちが徴収の聴衆の大部分をしめるため、より具体的な話で面白かった。

日本アニメをアメリカに売り込むにはどうするか。
アメリカで子ども向けの有力なネットワークは5つあるが、そのうちディズニーは日本アニメに興味がないので、対象は4つに絞られる。
Kids WB! ワーナーブラザース系。世界展開ができるし、グッズにも興味ある。37歳の女性が買い付けの権限を一手に握っていて、暴力シーンは嫌い。「ポケモン」など放映。
Fox Family マードック傘下。世界展開可。以前のオーナーが東映株も所有していたため日本のアニメに興味あり。マーチャンダイジングにも力を入れている。ただし、最近ディズニーが買収とのニュースがあり、今後の経営方針は不透明。「デジモン」など放映。
CARTOON NETWORK アニメ専門。ケーブルテレビのため北米のカバー率は地上はより落ちるが、マニア向け作品が多い。暴力シーンも可。ただし、最近資本的にWB傘下に入ったため、暴力シーンに敏感になりつつある。「ガンダム」など放映。
NICKELODEON 高級志向。日本の教育テレビのようなもの。視聴率は高い。独自番組多い。「ハム太郎」を売り込みも苦戦中。

「ポケモン」の人気大爆発で日本製アニメの引き合いが増えている。特に大資本の元で収益率upを下命されている各放送局は、玩具と結びつきやすい日本製アニメは注目の的。
ついには15年前に人気をはくした「筋肉マン」「ウルトラマン」までも再編集(リメイクではない)で売れていく。
こうした事例は、逆流して日本アニメにも影響している。
そのため「筋肉マン」は続編映画「筋肉マン二世」が制作される事になり、テレビ放映も視野に入っている。
ウルトラマンはアメリカ展開を見込んで7月から放映している新作を従来のストーリーから大幅に変更。怪獣をなぐさめて帰ってもらう青いコスチュームのウルトラマンを登場させた。これはアメリカ人からみると「怪獣をやっつける」行為が、「希少生物を絶滅に追いやっている」行為と受け止められるためだとか。
「おいおい、ホントーかよ。ウルトラマンは日本人の心だよ」

しかし、好調の日本アニメに陰りが見え始めてきた。
原因はブロードバンド。
1秒間に流すコマの少ないアニメはブロードバンドの初期の段階でもテレビと遜色無い画像を楽しめるソフト。アメリカに番組を売ろうとすると、このブロードバンドに流す権利も一緒に買いたいと言われる。
なぜか。
アメリカの放送局は番組の契約を8年とか10年という長いタームで結びたがる。
その一方で、「10年後には地上波はブロードバンドに取って代わられているかもしれない」と考えている。ブロードバンドでの放送に参入しようと思ったら、地上派で放映する権利しか持っていなかったとすると、何も権利を持っていないのと同じ事になってしまうからだ。
しかも、今後10年にどんな新システムが登場するかわからない。従って彼らが要求するのは「あらゆる送信方法による権利」なのだ。
ところがブロードバンドの普及が韓国より遅れている日本では、「インターネット???? もうちょっと待ったほうがいいんじゃない?」という話になり、この権利に関する話し合いが進まない。これが商談を進めるためにはネックになっているらしい。
しかも、番組の二次利用では原作者に何もリターンが無い場合が多くて、原作者の理解を得にくいのだとか。
うーむ。

日本アニメの危機は他にもある。
これは講演会終了後に宮さんに聞いた話だけれど、日本のアニメのセル画は今や韓国や中国、東南アジアに下請けに出されている。昔はセル画描きは杉並の奥さんたちの内職だったらしい。それでは労力がまかなえなくなったこととが一つ。日本では美大出身者の受け皿がゲームなどへ拡散し、人材が払底していることがあるらしい。
色が塗れるようになれば絵コンテを書けるようになり、そのうちストーリーを作れるようになってくる。
というわけで、東アジア各国のアニメ産業は川上へ逆上りつつあるのに対して、日本では後継者が育ちにくい状況がある。日本のアニメがいつまで隆盛を誇れるかは、かなり心配な状況になってきたということらしい。

経済産業省に「アニメーション経済研究会」が発足するなど、総務省、経済産業省、文化庁の連絡もできてきたようだし、アニメ産業に対する国のバックアップが必要な時期になっているらしい。


全国の図書館で名作絵本を読むように名作アニメを見ることができないと、アニメ文化の育成は難しいかもしれませんね。
長期的な人材育成もそうだし、全国の図書館が名作アニメを購入することによる制作者側の経済的なメリットという点でもそうです。今、映画の世界ではビデオが3000本売れるとまずまずというほど消費が落ち込んでいるそうですから、図書館数万館の購買力はかなり大きいのです。
前にも書きましたが、日本で最も充実したアニメライブラリは私の知る限り青山のこどもの城ですね。あれが何カ所もできると、未来の名監督が生まれる可能性が高まると思います。


2001.07.23(月)

なんだか夏休みのような3日間でした。
うー、これから出社か。つらいのー。

浦安市花火大会は、今年はあまり面白くなかったです。
一つにはトロクサイ広島風お好み焼きやに並んでしまった事。
花火大会直前、列の最後尾に並んで15分でやっと半分まで進んだ。
「このまま帰るのも悔しいな」
あと15分待って列の先頭に来たら、前の人で材料が切れた。オジサン、キャベツを刻んで小麦粉を溶くところからやり始めた。
「ここまで来たら、帰るのも悔しいな」
お好み焼きを買えたのは、列に並んで50分あとだった。
人生の教訓です(笑)。
やせた65くらいのシブイ雰囲気で味に期待したのですが、別段大したことはない。
後のことですが、家路につく道すがら、在庫を山のように抱えた広島風お好み焼きの屋台をいくつも通りました。

まあ、それでも並びながら花火を見る事はできたわけです。
次から次へと鮮やかな花火が上がるのですが、逆に言うと昔のように一発一発を恋い焦がれるように待っている雰囲気は一切ない。
というより、かなりの人が、ちゃんと花火を見ていないことには、改めて驚きました。
仲間とのおしゃべりに夢中になっている人、下を向いてひたすら焼きそばを食べている人。
花火を打ち上げるドーン、パーンという音は、「花火大会に来ている」ということを示すBGMにすぎないのです。
花火はきっとすたれるぞ、と思いました。
花火業界の人は気をつけたほうがいいと思います。
何か他のイベントに取って代わられるか、安く買いたたかれる日が来ると思いますよ。


2001.07.21(日)

大阪話が続くのですが、街を歩いていて驚いたのは、 歩道を行き交うオバチャンたちの自転車に日傘が立っていることでした。
ハンドルに固定された柱が上に伸びていて、大きなクリップで日傘をはさむ形。目的地に着けば、簡単に取り外して日傘を持ち歩くことができる。
クリップは角度が調節できるので、乗っているときはもちろん、もし日傘をさしたまつ駐輪したければ、ひょいと後ろに倒すことができる。
日傘自転車が「そこのけ、そこのけ」とばかりに狭い歩道を行き交っているのに驚きました。

家へ帰って妻に聞くと、一応このあたりでも売っているのを見た事はあるらしい。
しかし、実際に日傘スタンドを使っている人をみたことはない。
もし見たら、「狭い歩道で、なんと邪魔臭いものを使っているんだ」と密かに憤慨するかもしれない。

いったいこれはなぜなんでしょう。
考えてみれば、東京近辺の人は15分も20分もかけて自転車に乗る事は少ないのではないか、と思いました。
近所のスーパーへ買い物とか、最寄り駅までとか、せいぜい10分程度。
それ以外はバスか電車かタクシーか。
特に東京・神奈川は起伏の多い場所に街を作っていますから、自転車による行動範囲は自然と限定されてくるわけです。
「神戸ではあまり見ませんね」
と、そおださん。

一方大阪は埋め立ての街。どこまで行っても平坦ですから、自転車に乗って平気で遠出をする。
当然、日傘が必要になってくるわけです。
「バブルがはじけてからミナミのおねえちゃんたちもみんな自転車通勤ですよ。夕方になると、すごいドレスを着て、自転車こいで集まってきます」
うーん、見てみたい。


2001.07.20(金)

昨日は大阪出張をしまして、お昼過ぎには終わったものですから、午後から知り合いに会ってきました。
「週刊文春」のグラビアで「街を食べ尽くす」というページを立ち上げたときに、関西方面の取材で本当にお世話になったそおだようこさん。
立ち上げて間もないころに異動のバタバタでずっかりご無沙汰したままで、いつも申し訳なく思っていたところ。
天王寺で待ち合わせて、明治屋という古色蒼然とした居酒屋へふらり。まだ陽の高いうちから近所のおじいさんたちが集まって世間話に花を咲かせていたました。
「池田小のセンコーは逃げよったんや。ワシ、どついたろおもてんねん」
「鳩山由紀夫のあほんだらは…」
「ワシは特攻隊の生き残りでな…」
今時、こんな会話なかなか聞けるものではありません。
すっかり飴色になったカウンターが店の財産なのではない、このジイサンたちの会話こそが財産だなあ。
世の中は「価値観の転換」を唱えてかまびすしい。
しかし、ここでジイサンたちの話に耳を傾けたり、適当な相槌をうつとさらに調子に乗ってくる様を眺めていると、日本人のメンタリティーの根本を見ているようです。
陶然とした気持ちで表へ出ると、店の両脇は砂利を敷きつめた空き地。道路拡張で立ち退きをした後なんですね。この店もこんど来るときは残っているのかどうか。

カメラの北畠氏と合流して神戸へ。震災の焼け跡にできた居酒屋で、ご近所ぐるみの酒を飲む。
とても家庭料理の延長とは思えない超絶の美味に驚くのはもちろんだけど、近所のおかあちゃんたちが飲んでいる横で子供たちが遊んでいたり、飲みに来た他の客に一言挨拶させるために娘を居酒屋に呼び出したり、ホントに近所の居間の延長のような飲み屋。
それを楽しく眺めていると、あっと言う間に東京行きの新幹線は出てしまい、神戸泊が決定。
今朝は東京駅から出社しました。

そんなわけで四酔人は今日を残すところ2時間あまりで更新となりました。
楽しみにクリックしてくださった方、ごめんなさいです。
「更新しないとアクセス数が増える」という師匠の言葉を実践したわけではありませんので。
ついでに言うと、この対談は土日祝祭日は更新停止とします。続きはまた月曜日です。
いよいよまじめ、かつ重要な話に入っていきますので、お楽しみに。


2001.07.17(火)

東京は暑かったみたいですね。
那須塩原は涼しかったですよ〜。いいですよ〜。

那須高原のお勧めは南が丘牧場
満州開拓に携わっていた人が、戦後那須の入植募集に応募して開いたものです。
入場無料で、古びた建物の感じが商売くささを消しています。
ニジマス釣り(すぐ釣れる)の獲物を炭火で焼きながら、昼下がりの風に吹かれているのはなんともいい心地です。

牧場ならホウライ那須千本松牧場はさらにお勧めです。
明治26年、松方正義公開墾であります。
那須という名前がついていますが、方向的には那須塩原駅から塩原方向へ車で20〜30分。
日曜日などは大変な人出らしいのですが、 我が家が足を運んだ月曜日はのんびりとした雰囲気が漂っていました。
乗馬コーナーの若い女性は2歳ほどの男の子を遊ばせながら客を待っている。
乗馬体験コースは20分、一人3000円。3歳くらいから受け付けていて、乗馬の基礎を教えてくれてる。
最初に10分基礎を教えてもらって、後の10分は好きに乗るのですが、時間を超過しても全く意に介さない。遅めの昼食に弁当を広げていました。それが、別に嫌じゃない雰囲気なのです。
アイスクリーム作りの体験も客がたった一人ということもあって親切でした。
レディーボーデンとハーゲンダッツの違いなど、納得のウンチクを聞くことができます。

観光施設過剰の那須と違って塩原はしっとりした雰囲気。
渓流や吊り橋、滝に温泉と自然が豊かな渓谷地帯です。
塩原温泉ビジターセンターへ行くと、所要時間や脚力によって、お勧めコースを教えてくれます。
我が家は龍化の滝を時間の都合で敬遠して、小太郎ケ淵へ。目に染みる緑と足を洗う冷たい清流を楽しみました。

那須のパン工房Dream は天皇家お気に入りのパン屋さんのようです。
サイトには書いていませんが、お店位に行くと、いくつかのパンに天皇、皇后、皇太子妃などのお気に入りと書いてある。
自分が行きつけの店で「田中さんお気に入り」なんて書かれたら、移り気な私は困るだろうなあ(笑)。
ちょっと分かりづらい場所ですが、お店の人も親切です。


こうした旅の時にいつも不思議に思うのはガイドブックに掲載している情報の基準って何なのか。
歴史と伝統あるガイドブックなら安心とはいかない。「なぜこの店が紹介されているの?」「なぜ、この店の扱いが大きいの?」という店が載っている。
ひょっとして掲載費や協力金みたいなものをたくさん払ったところが扱いが大きいだけじないか。もしそうなら、取材先から金取って、読者から金とるんだから裏切りだよな、という気になってしまう。
実際、旅行先で「なぜあの店が載っているのかねえ」と地元の人が首を傾げる場面に遭遇することもあるのです。
体験的に言っても、雑誌の食べ物紹介で飲食店の取材を申し込むと、最初に「いくらお支払いするといいんですか?」と聞かれて、「いえいえ、こちらが取材させてくださいとお願いしているわけですから」と説明するのにひと手間かかることがあるし、場合によっては「うちは結構です」と邪険に断られることさえあります。
どこかの誰かが、悪しき風習をはびこらせていることは間違いない。どうして旅行ガイドにその弊害がないと言い切れるでしょうか。
こうなると、マスメディアは情報の格付け機関であるという大前提が崩れてしまう。
格付けの信憑性に疑問を抱きつつも、そこにしか情報が無いので、鵜呑みにするしかない。
コワゴワながら、エイヤッと飛び込むばかりです。

クチコミはマスコミより強いというのは、こういう場面です。
「どこの誰がどう言ったか」という点で、責任者の顔が見えないマスコミの情報より、身近な人の一言のほうが、信頼性がある、あるいはどれくらい信頼していいかという情報との距離感が分かる。
映画は結局クチコミが一番強いというのは、まさにこれでしょうね。
同じ映画好きと言っても、好みは様々ですから。
旅行情報誌「じゃらん」が創刊するとき「クチコミ情報」というのを盛んに打ち出していたけど、それってこういうことだったんですね。

旅行ガイドの強みは「そこにしか情報がない」という点でした。
しかし、今やネットで情報の収集がかなりできる。
ハワイなど人気の海外旅行先などは、個人の好みを色濃く反映したサイトも多数存在している。
旅行ガイドのあり方も変わってくるのかも知れません。
国内版地球の歩き方を作ったら面白いかも知れませんが、観光事業者からのクレームや売り込み、情報の更新など、なかなか大変そうではありますね。

ところで、「マスメディアは情報の格付け機関」という言葉は、岡本呻也さんのサイト、日本のカイシャ、いかがなものか! に掲載した「爆笑! 四酔人 サイト問答」で出てきた言葉です。
この「爆笑! 四酔人」第2弾を本日より掲載。
酒の上での放談ですが、面子が強力なだけになかなかスルドイ考察もあります。
どうぞお楽しみください。


2001.07.14(土)

あと数時間で那須へ出発。少し心が浮き立ってきました。
今週もたくさんのいい事と悪い事がありました。
いや、仕事のことは忘れよう。

今月は関西出張が続きそうです。
ご無沙汰している関西の食べ物ライターそおだようこさんに連絡をとったら、関西の焼き肉は今やモツが話題なのだそうです。
様々な部位のモツを塩で焼いて食べるのだとか。うーん、楽しそう。
そおださんは神戸に根を下ろして関西以西の食べ物をよく見ている人。
その他にも、腰を落ち着けているからこその話題が出てきて、ぐいぐい話題に引き込まれました。
早速、仕事の合間に再会の約束を。浪速の暑い夏に楽しみができました。

昨日「週刊ディアスが5万部を切った」という噂が社内を流れていました。
出所は不明なので真偽の判断ができないのですが、事実なら大変なことです。
創刊した瞬間、多くの編集者が首をかしげた(期待の大きさの反動でもありますが)雑誌が、なぜ根本的な練り直しのないまま世の中に出たのか。
創刊スケジュールのなかで、もう他には手がなかったのでしょうか。
編集者は世の中の反応を皮膚感覚で図る訓練を繰り返しているはずですが、それが大きく狂いだす瞬間があるとすれば何なのか。
これは他人事ではないのです。

ゲラが出る合間に、岡本呻也さんに教えられた安藤店長のページを読みました。
bk1のBooks Ando です。
安藤さんの友人知人で他の書店、出版社の人のコラムもあって楽しい。
会社の近くにあって時々行くA|Zブックカフェが出てきてびっくり。
妙に本が揃っていて、それでいて一風変わった店で、誰がなぜ始めたのか、気になっていたのです。
「よーし、これからもっと行っちゃおう」と思う反面、やや「あそこで秘密の企画は喋れんなあ(笑)」。
子供の頃に新聞で楽しみにしていたコラムが熊本日日新聞の「書店の窓から」でした。
書店は街の情報センターなのだからもっと情報発信すればいい。
取り次ぎの配本パターンを変えることができないという問題とは別に、お店として、書店員として情報発信する方法は色々あると思う。「どんな客も取りこぼさないように」と思って、結局個性の無い書店になっては、本末転倒だと思う。
当たり前の事を当たり前にできた貴重な存在(そのご苦労は大変なものだと思いますが)、それが安藤さんではないかと思います。
それにしても書店の人は該博な知識を持っているものですねえ。
教養の無い私は、頭をたれるばかり。

旅先へどんな本を持っていくか。
絶対読み終わらずに帰ってくるのに、いつも重たい本を何冊か入れてしまう。
楽しい時間です。
今回はじっくり読むという感じでもないので、買い置きの文庫数冊と月刊「文藝春秋」を。
弁当箱のような雑誌ですが、690円で様々な話題が満載の月刊「文藝春秋」ってこういう時はコストパフォーマンスが高い。
昔、「オール読物」は出張族が夜行列車に乗る前に買う雑誌だったという話を思い出しました。適当に色物の企画もおりこまれて、旅先で読んで、帰ってきて捨てるには格好の雑誌だった。それが交通機関の発達で売れなくなった。
週刊誌は通勤電車が無くなると衰退することは間違いありません。
雑誌はライフスタイルと密接に結びついているのですね。
月刊「文藝春秋」は、長い時間を生き抜いてきた驚異的な雑誌であること間違いありません。
スタッフも優秀で、丁寧に作っていると思う。
ただ問題は「こういう時」が、私にとって「いつも」ではないことです。


2001.07.13(金)

夏に焼き肉とビール、というのはいいですね。
似たような雑誌が出たな、と思って見ていたのは「デリシャス」が焼き肉特集というので、買ってみました。
このジャンルでは「dancyu」が成功を納めていて、それとは別に「料理王国」がある。
「デリシャス」は版元は世界文化社なんですね。166ページもあって、なかなか分厚い。女性月刊誌のノウハウは存分な世界文化社ですから、誌面のデザインなどはこなれた感じがします。お店情報だけでなく、後半にはレシピもたくさん載っているし、旅の要素も取り入れてある。読み物のページもあって、なかなか盛り沢山です。
「Dancyu」は確か男子厨房に入るという意味で、創刊時は男向けレシピがいつも載っていた。ところがバブルを背景にしたグルメブームに乗って、食べ歩き情報へと重点を移して行った。老舗の紹介がひと巡りしても、当時は面白い店が次々とできていたわけです。

笑ったのは連載エッセイの「はっけいよいデリシャス」。
阿川佐和子さんと壇ふみさんというおなじみのコンビがリレー執筆しているのですが、今回は阿川さん。「水曜日のトロ」には大笑いしました。
ビジュアルデザインがまたいい。著者の写真をここまで遊んでしまうセンスは、ちょっと私にはないものでした。クレジットを見ると(株)坂川事務所であります。覚えておこ。

どこの雑誌をどんなデザイナーがやっていてどう共通項や違いがあるのかは研究課題の一つなのですが、まだ手が回っていません。
単行本の世界ならまだしも、雑誌では創刊でもしない限りデザイナーの選択という仕事は度々あることではないですからね。

それとは違った意味で、「日経ビジネス」や「週刊ダイヤモンド」の表紙のアイデアはどうやって考えているのだろうと思います。
多分担当編集者とデザイナーが顔を寄せ合ってウンウン唸っているのではないかと思いますが、形が見えない経済をネタにどうやって雑誌の顔を作るかは、面白そうな仕事です。

夏もまだ始まったばかりですが、那須高原へ行って涼んできます。
ここ数カ月仕事がヘビーだったので、瞬間的に逃避です。
しっとりのんびりしてこようとおもいます。

四酔人連載は来週にずれ込みそう。タイトル周りのデザインなどは一応できました。
幾つか不満があるけど、まあまあ面白い出来です。
もうしばらくお待ちください。


2001.07.11(水)

酔っぱらって帰る途中の駅で「Yomiuri Weekly」 を買いました。
売店のおばちゃんに売れ行きを聞いたら、
「ぼちぼち売れているよ。前はぜんぜん駄目だったけど」
との答え。分からんなあ。
市場の声は天の声。しかし、
「社内派閥のどこが悪い!」
「あの業界仕切るこの県人たち」
「BONSAIに恋するOLたち」
俗に言うヒマネタです。
そんな特集に惹かれて買う人が一定数はいるということでしょうか。
中をめくったら、ビジュアルデザインにびっくり。これならリニューアルする必要はなかった。

「週刊ディアス」にしろ「Yomiuri Weekly」にしろ、「AERA」を意識してのことでしょうが、「AERA」はザラ紙の週刊誌にくらべれば採算分岐点がかなり高いはず。どの収益でそこをまかなうかを考えないと、媒体の運営者としては失格だと思うのですが、「Yomiuri Weekly」にはそれが見えません。筆者やスタッフのためにも、何か考えていただかないと。

サイト運営者の仲間で放談する座談会「爆笑! 四酔人」の構成がやっと終わりました。
手が痛い。
テープ起こしから、文字表記のチェックまで、本業以外の時間でやるのは意外と骨が折れます。
雑誌に掲載する対談や座談会と違って、自分のサイトだと文字数の制限もなければ媒体の個性に縛られることも無い。ついつい、「あれも入れたい、これも入れない」になってしまいます。惜しい内容も、涙をのんで捨てた部分があります。
早ければ今週末から連載開始できると思います。


2001.07.09(月)

大日本印刷に勤務する友人が、新潟県南魚沼郡にある国際大学の修士課程に合格、今週には引っ越しをすることになりました。
おめでとう!
中山素平、土光敏夫といった財界人の要望で生まれた大学で、授業はすべて英語。なぜかインド人の教授が多いという。
大日本印刷はIT関連などにも積極的な展開を図っていて、eビジネスに関わっている彼が会社派遣の第1号となったようです。

前回書いた『裁判官は訴える! 私たちの大疑問』。裁判官たちの独特のメンタリティーが起因するところは、裁判所の人事制度なのだと思います。
結局、人は他人の評価が気になる。自分を評価されたい習性なのです。良心に従って職務を遂行することを第一義としている裁判官もまた人の子。人事の不公平や最高裁のご意見が気になって仕方がない。
逆に、どんな方法で人を誉めるかで、組織の性格は全く違ってくるに違いありません。

そんなことを考えているところへ、『まず、日本的人事を変えよ! 「競争」と「評価」が活力を生む(田中滋+浅川港/ダイヤモンド社/\1600/2001年6月)が届きました。
送り主の浅川港さんは、元講談社アメリカ副社長。89年から11年間のアメリカ駐在でヒットを飛ばし、帰国後の現在は人事コンサルティングのヘイグループで活躍している。
昨年9月、私がニューヨークのメディア事情を見聞しにいく前に話を聞かせていただいた方です。

マスメディアの人間がコンサルティング会社へ転職とは意外な気がしたものですが、考えてみればマスメディアの仕事は情報に横串を刺すわけですから、共通項があるわけです。
ただ、人事制度の記事はなかなか作りにくい。新しい試みを紹介することはできても、実際にそれがどう業績に影響したのか、どう社員に受け入れられたのか、が分かるのはタイムラグがあるし、何人もの従業員に綿密にインタビューでもしない限り、説得力のある記事を構成しにくい。
また、人事制度の変革に対する抵抗は、経営陣より従業員側で大きい。人事制度は入社時の暗黙の契約を途中で変更するようなものです。また社内文化や体質と密接に関わり合っている。
「このままではじり貧になる。変えた方が結局自分の為なんだ」
と、多くの人に思ってもらえるかどうか。

この本は7章から構成されていますが、半分以上を日本に染みついた終身雇用・年功序列文化の呪縛を解きほぐすことにあてています。

第1章 会社をとりまく「無意識のバリア」
第2章 変わる社会と変わらない制度
第3章 なぜ日本的人事は「評価」を嫌うのか?
第4章 「不足経済」から「過剰経済」の発想へ


日本軍の組織構造まで逆上ったり、著者がアメリカで参加したオーケストラの人員募集方法、さらには「兄弟」と「ブラザー」の違いまで、手を変え品を変えつつ、多角的な文化論を展開しています。

どうも成果主義というものは、本当の意味で望まれているわけではなさそうである。やはりできれば、仕事の仕方、努力の度合いといった仕事のプロセスに注目してほしい。成果を評価に取り入れるにしても、それは一部にとどめてほしい。そういう本音が、特に中高年層から聞こえてくるようだ。(P79)

と自ら問いかけた著者は、こんな答えを出しています。

アメリカ社会のようにターンオーバー(人の入れ替わり)が多い社会では、あの人はがんばっているからいずれ結果が出るに違いないといった見方は、あまりはやらない。努力しているということが評価の対象になるのは、比較的繰り返し作業の多い、ジュニアジョブに対してだけである。
いわゆるマネージャーといわれるレベルになると、文字どおり仕事をマネージしなければいけないわけだから、その結果で評されるのは当然ということになる。
(P86)

また、日本企業の高賃金がいかに日本企業の競争力を奪っているかという指摘も具体的で興味深い。
『労働白書』をもとに日本の製造業の平均月間賃金をプラザ合意(1985)以前の1985年と以後の1998年で見ているのですが、円建てだと299531円から407789円。13年間で36%増。ところが、ドル建てで見ると1197ドルから2865ドルで139%も増加していることになるそうです。

著者の苛立ちはマスメディアにも向かっていて、
国内の競争で済んでいる業界は、まだ自体の深刻さを実感できていないかもしれない。マスコミその典型で、せいぜいCNNや最近の衛星放送に深夜番組が食われているくらいで、車屋コンピュータといった基幹産業がさらされている国際競争に比べれば、なきに等しい。
実はこの点に、社会全体がこうむっている大きな問題がある。マスコミが国際競争にさらされていないということは、この国に求められる変革を遅らせている原因の一つである。自分の身に起こらないことを、痛みを感じながら理解するのはむずかしい。そして今日においては、マスコミがネガティブな書き方をしたら、物事はなかなかそくらの方向に行かない。たとえば「年棒制採用」などという記事は、たいていネガティブなトーンで書かれる。
(P82)
アタタ。まあ、その通りなんです。

後半はヘイグループの人事プログラムの内容を軸に、コーポレートガバナンスなど、さらに幅広い話題に言及していきます。

第5章 「人事」の常識は、こう変わる
第6章 日本的経営のどこにメスを入れるか?
第7章 楽観と努力が組織を変える


評価を下すためには、あらかじめ仕事の責任と範囲、目標を明確にしておく必要があるのですが、日本の企業は得意ではなかった。日本軍の人事を例に、将来のエリートは手痛い失敗をしても保護される文化を紹介し、否定しています。
ひとたび将来の幹部という評価をもらうと、一年一年の成果はいずれにしても、人事部の目標は、若手・中堅社員のなかから将来の幹部要員を選び取り、これを大事に育てるということにあったようである。
一方では、評価に基づいて賃金にメリハリをつけるのは避け、できる人もできない人もあいまいにしておくことで、モラールダウンを避けるという発想が、いままでの人事に共通して見られたといって、ほぼ間違いないだろう。
(P185)

特に、以下の部分には激しく同意しました。
「自分の役割がわからないようては、話にならない」「上から何かいわれなければ、自分気仕事で何が大事かわからないようでは、先行き見込みがない」といった話は、よく聞かれるのではないだろうか。以心伝心でコミュニケーションできないようでは、優秀な社員とはいえないというわけである。
しかし、よく考えてみていただきたい。以心伝心で上司や会社の意向がわかるというのは、ある意味で古い見方から自由になって、状況をフレッシュに見るという意欲や感性に問題があるということにもなりかねない。
(P186)
状況把握能力は、どんな職場でも必要です。しかし、すべてを本人の才覚に任せるというのでは、管理職の怠慢です。自分ですべて考えろというのは、職場のリーダーに全く新しい方針がないということなのです。ビジネスを取り巻く状況が激しく変化している状況のなかでは、致命傷になりかねないと思います。

この本、話題の組み立てがやや散漫に思う部分もありますが、そこは年功序列・終身雇用文化の呪縛を解きたいという筆者の熱意の現れとも言えるかもしれません。個々の内容については、大変示唆に富み、親しみやすいものだと思います。
人事について関連図書を読んでみたいな、という気になりました。

また、装丁がいい。
シンプルながら、スッキリした装丁は本への信頼感を与えるし、柔らかなオレンジと水色、白の配色とバランスは、堅苦しくなりがちなテーマを親しみやすく見せることに成功しています。
重原隆さんのデザインです。


2001.07.08(日)

少年の僕は、手に入れたばかりの20連発花火を手に海岸線の道路に向かった。
近所の仲間と共に、護岸のコンクリート塀に登り、海に分かって一斉に発射する。
「いーち、にー、さーん…」
隣の12連発が早々に明かりを消すなか、僕の放った炎の弾だけが、夜空に吸い込まれていく。
緑やオレンジの明かりに、漆黒の海が一瞬だけ顔をのぞかせる。
この時がずっくずっと続きそうな瞬間。
しかし、やがて弾はつき、僕らは一斉に花火を買いに走る。

ロケット花火を下に向けて打ち込むと、ボコボコッと泡立って海に吸い込まれていく。
そんな発見をして、何度も何度も海に打ち込んだ。

笛つきロケット花火を棒をむしり取ったあと道路の上に置き点火する。
アスファルトの上を蛇行しながらロケットが走っていく。
大発見に熱中した僕らは何度も何度もロケットを発射した。
突然現れた自動車のボンネットに炸裂しそうになり、あわててその場を逃げ出した。

初めて手にした最新式の花火に点火をすると、シュルシュルシュル。勢いよく回転して空中に舞い上がった。
呆然と見ている僕らの上空を、火花をまき散らしながら東の方へと流れ始めた。
公園のフェンスを越えた花火は隣家の庭先に無事に着地。
あやうく火事になるかと顔面蒼白になった僕たちは、幸運に感謝した。

足元になげられたネズミ花火に泣きべそかきそうになりつつ、引きつった顔で強がりを言っていた。

新発売の3連発・落下傘花火を、待ちきれなくて発射した。
夜空に飛び出した落下傘がどこに着地したのか。かすかな月明かりを頼りに探し回ったのに、とうとう一つだけは見つからなかった。

どれもこれも、懐かしい思い出。
もっと幼いころ、家族やいとこに教えられながら、線香花火を覚えた時のかすかな記憶は胸を締めつける。
どうしても震える細い手をもう片方の手で一生懸命抑えていた。チリチリ燃える小さな火の玉に懸命に見入っていたあの瞬間。

今、娘が目の前で同じことをしている。
彼女は、この夜のことを覚えていくだろうか。
いつか悲しいことがあったときに、この花火のことを思い出して、自分が両親に愛され育まれた価値ある存在だということを、思い起こしてくれるだろうか。



市制20周年記念第23回浦安市花火大会は7月20日。今年は昨年より1000発多い1万発。打ち上げ場所が変わります。


2001.07.06(金)

『裁判官は訴える! 私たちの大疑問』(日本裁判官ネットワーク/\1800/講談社)が刊行されたのは、1999年9月でした。
この刊行は、ある種衝撃的でした。表立って自分の価値観を明らかにすることが珍しい裁判官が、12人連盟で体制に疑問を呈する本を書いたのです。
前年1月に新民事訴訟法が施行され、同年7月に「司法制度改革審議会」が内閣に設置されたほか、少年法の改正も世間の耳目を集めているタイミングでした。
巻頭でオリックスの宮内義彦氏が97年に行われた非公開のシンポジウムに講師として招かれた際、匿名を希望して発言する裁判官が多いのに驚き、「日本には実はソ連が残っているんですね」と述べたという事例が紹介されています。
「『現場』が好き」(和歌山地裁・森野俊彦)では、境界確定訴訟や通行権確認訴訟の現場を自転車で見て歩き、関係者と遭遇しないかとビクビクする裁判官の姿を描いています。
「転勤稼業の不安を解消するために」(京都家庭裁判所・小林克美・51)では、勤務先を東京23区をAA、離島遠隔地をCとして361人の14年間の転勤先を詳細な表にまとめてポイント評価するなどして人事の公平を訴えている。
「矢鴨裁判官の嘆きと怒り--裁判官残酷物語」(岡山家庭裁判所・宮本敦・56)では、
「矢鴨裁判官」とは、この矢鴨のように、しかも多くの仕事の矢で射抜かれて、身動きできな句鳴った裁判官のことで、私自身の状態をなぞらえて忙しくて悲鳴をあげている裁判官のことをこう呼んでいるのである。
と、決して上手いとはいえない例えをしながら、裁判官の仕事がいかに過酷なものであるかを嘆いている。同情しつつも、ちょっと情けない気分になってくる。まあ、酒場のグチみたいなことは裁判官も言うということがわかります。
「野鳥の会に入会したい」(大阪家庭裁判所・岡文夫・47)は、裁判官が地域や社会と密接に関わりながら暮らしていくのが困難な状況を描いています。裁判所法が積極的に政治活動に参加することを禁じていて、「寺西事件」と呼ばれている盗聴法反対集会で集会の趣旨に再生賛意を示すような発言をした裁判官に対して98年に「裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがある」との判断を示したことがあります。しかし、バードウォッチングが好きでありながら「野鳥の会」が自然環境を破壊する工事に反対していることから参加に及び腰になったり、海外の非人権的な国々に同情しつつもアムネスティの会員になることに躊躇したり、子供の保育園の活動に参加することに躊躇したり。
「なかなか不自由なもんだなあ」、と同情しつつも、「いちいち最高裁の判断自分なりにを解釈してウジウジしているあたり、もういいかげんにしろよ」、と呆れる部分でもあります。
夏休みを利用してアメリカの陪審制度を勉強しに行った裁判官がいることを知って感心し(P143 )、「田舎育ちで、天の邪鬼の自分は、任地の土着民になろうと心掛けた」(P175)という表現に鼻持ちならないエリート臭を感じたり、「刑事裁判の本質は無罪の発見にある」(P26)「裁判所は少数者のリターンマッチの場である」(P223)との記述を読んでは、「それは裁判官が言うことじゃないでしょ」と鼻白んだりしました。

世の中、仕事が大変な人はたくさんいる。
この本に書かれたことは興味深いが、全面的に称賛する気にはなりません。
しかし、こうした本が出たことは、意義あることだと評価したい。

中に、こんな記述もあります。

裁判官として出世しようとするときに、家庭裁判所の勤務するということは決して得にはならない。いわは出世の道草である。

この本の著者は家庭裁判所が5人、地方裁判所支部が3人、地方裁判所が2人、高等裁判所が2人。
こうした本を書く人たちが裁判官の世界で体制の主流だと思えない。体制から評価されず不満を持っているからこそ書いたのでしょうし、年齢的にはすでに定年が視野に入っている人もいる。

この本を書いたことで改めて高い評価を得ることもありえないでしょう。しかし、この本は残るのです。そして、多くの人が、「裁判官って人間くさいなあ」と身近に感じたことは事実だろうと思います。

とにかく議論の対象になること、議論の材料を提供することが、まず先です。
司法制度改革審議会の意見書にしてみても、裁判の公開は議論せずに国民に陪審員的な参画を義務づけようとしていたり、どうもアドバルーン的というか、整合性のある意見書ではないような気がするのですが、まず改革のためのたたき台、議論のための材料が出てきたことは評価すべきなのだろうと思います。


2001.07.05(木)

前言撤回です。
昨日、最寄りのコンビニでフォーカスを買おうとしてページをめくったら、誌面の勢いが全く感じられませんでした。岡田美里の離婚会見の記事に期待したのだけど、切れ味がもう一つ…。
寂しいですね。

写真週刊誌に限らず、総合週刊誌の行方に燦々と太陽が降り注いでいるとは思えない。

昨日、友人と話題になったのが「週刊ポスト」。
ちょっとこれを見てください。

7月13日号の特集のトップ記事「これが『小泉・真紀子 VS 守旧派』全暗闘だ 覆面官僚座談会」の最初の見開き、右下部分を切り取ったものです。
「田中さん、なんだろうね、あれ」
と言われたのが、リードの右、ページ中央にスミアミ地で四角く囲った部分。

この記事のポイント5
●外務省の"守護神"鈴木宗男代議士「人事介入」の現場
●真紀子外相「官僚の政治任用」構想とは
●小泉首相の「哲学なき大学民営化論」
●経済産業省 VS 環境省の対立で「京都議定書」批准できぬ小泉首相
●晴れて「天下り」を公認する「小泉行革」の新規定


とある。
これが、何のためにあるのか、というわけです。
経済雑誌が記事の途中にポイントを抜き出して読者の思考整理の助けとしていることはあります。しかし、「この記事のポイント」はリードの横にある。
文章の中身に対するキャッチコピーがタイトル、それを分かりやすく解説したものがリードだとすれば、さらに記事のポイントを書くの屋上屋です。それでも、このポイントを見て、「えっ、それなら読みたい」と思えるようならいいのですが、それほど魅力的とも思えない。
さらに、各ページ下の欄外には用語解説がなされています。「売上税導入」「橋本・エリツィン会談の人道的援助」「独立行政法人」「行革大綱」「規制改革推進3カ年計画」「改善提案制度」

座談会記事の作りは制限があるから特別に付けた、というものではなく、「女性ミーハー表で動かされる政治に意義あり 『巨泉出馬』は『オバタリアン』への宣戦布告だ」にも、

この記事のポイント4
●小泉人気の背後の危険な流れ
●「都議選の自民大勝を支えたのは主婦層」のデータ
●民主党<時限代表>への意欲
●「海外居住」「税金」で批判する自民党戦略


とあり、用語解説は「マドンナブーム」「『11PM』」「納税義務」。こんなものまで説明しなければならないのか…。

ただし「元芸能プロ社長が暴露 あの人気巨乳アイドルが"援交"で補導されていた」には「この記事のポイント」と解説はつきません(笑)。

編集部では、「読者が硬い記事を読まなくなった」と考えているのでしょう。あの手この手で読者を引きつけようと工夫している。ある種、悲鳴のようにも聞こえます。
なにしろ、「週刊ポスト」は「週刊現代」と並んで大きく部数を落としています。ピークは96年上期の実買867,872部。それが昨年は通年で656,078部まで落ち込んでいます。
「この記事のポイント」はしばらく前には始まっていた。なのに気に留めていなかったのは、あまり真剣に読んでいなかったからでしょうね。
「週刊ポスト」で懸命に記事を作っている人に気の毒なのは、「週刊ポスト」の全盛を支えたヘアヌードブームの時、読者にとっての硬派記事はヘアヌード雑誌を買うためのエクスキューズにすぎない受け取られ方をしていた。そのイメージを払拭するのは大変ですが、頑張ってほしい。

創意工夫がいい形で実ったのは、広告面の記事。
6月19日の日記でも書いたのですが、墨一色のページに一版足してカラーページの突き出しを作っている。
これは、いいこと考えたな、と思いました。前回のアサヒの本生の赤はもっとインパクトがありました。


ところで、今書店に行くと、夏休みを前にして男のための癒し系特集を組んだ雑誌が並んでいます。定期刊行物もあれば、増刊の形をとったものもある。
ハワイあり、高原リゾートあり、和風旅館あり…。
「うわーっ、いいなぁ」とページをめくっていくと、突然投資のための特集が飛び出してくるんですね。
せっかく美しいビジュアルで安らいでいたのに、あわててページを閉じてしまいます。
「ビジネスマンでちょっとお金のありそうな男性読者が読みそうなものは何でもいれておけ」
というスタンスで編集しているのでしょうが、逆に言えば自信がないんですね。あまり賛同できません。だって、もう何冊も購入をあきらめたんだもん。

ああ、どこかいきたい。


2001.07.04(水)

「フォーカス」の休刊、残念です。
スクープが少なくなったと記事に書かれているけど、そうは思わない。丹念な取材で社会的な意味のある記事もあったし、世相の切り方には今でも教えられるものがありました。
先輩社員のなかには、「フォーカスの記事を書き写して文章の勉強をした」という人もいました。編集者のお手本のような雑誌でした。
オウム事件の頃も、「なぜ取材できたのか」と思うような取材力を見せていました。
神戸の連続児童殺傷事件の際には、少年Aの学校に出入りする人間をすべて望遠で撮っていた。少年Aが一度でも登校していれば、絶対にその写真を掲載できたと聞きました。ただ、長期に学校を休んでいたので、そうならなかった。長期化する事件のなかで倦まず弛まずやるべきことをやる。丹念な仕事ぶりに頭が下がりました。
リニューアルでイメージが散漫になったので、「苦しんでいるな」とは思っていました。リニューアルとは、本来方向性を鮮明にする建て直しのはずなのにそれができなかったのは、もう編集部が何をやっていいか分からない、ということなのです。
あの優秀な編集者、カメラマンは今後どうするのか。
特に、事件の報道写真を掲載する媒体は徐々に少なくなっています。フリーのカメラマンがどこに活躍の場を求めていくのか気がかりです。

残念です。


2001.07.03(火)

札幌ドームキリッカップサッカー日本対パラグアイ戦を見てきました。
いやあ、大きい。
屋外に置いたサッカー用の芝生を空気圧で持ち上げて引き込むというユニークな作り。
たまたま見つけたのですが、2002年W杯 国内開催地の競技場ガイドというページがありました。
このページが面白いのは、コンペに応募した作品の模型と講評が掲載してあること。巨大な建造物も、実は全く違うものだ出来上がっていた可能性があるというのは、想像の世界で遊ぶにはもってこいの素材です。札幌の場合、建築物の要素に雪対策が入ってくるのが特徴。冬に大地が覆われてしまう北海道には念願の施設でしょう。
ただし、肝心のゲームの内容はやや低調。
そう思えたのは、薄暗い照明と、あまりよくない音響効果の影響もあったのかもしれません。応援の太鼓がガンガン反響するのを聞いていると、巨大な倉庫のなかでスポーツを見ている印象。音楽イベントに向かないとなれば、施設運営が心配です。

出張前にはどの本を持っていくか迷うのですが、札幌ドームある羊ケ岡のすぐ近く、北海道立札幌月寒高等学校卒業の作家、佐々木譲さんの『ワシントン封印工作』(新潮文庫/\819/2001)をカバンに入れました。
600ページを超える大作で、これなら出張中に読み終わる心配はない。案の定、まだ1/3ほど残っています。
歴史を下敷きにして物語を書くには、当然歴史の知識が必要だし、それを裏切る手だても必要。大変な作業だと思うのですが、佐々木さんは筆力旺盛で、作品リストをのぞいただけで圧倒されます。
さらに、近況のページに以下のような記述を発見すると、ゾッとします。担当編集者の皆様にご同情申し上げる一方で、「ああ、締め切りで苦労したい」という編集者独特のマゾ的職業意識を刺激されます。

週刊ポスト連載、86回まで送稿

火曜日に、週刊ポスト連載『疾駆する夢』の86回までの原稿を送りました。
第5部がこれで終わりです。当初、全体で100回、二年間で戦後日本自動車産業の歴史を描く、という構想で書き出したのですが、86回まできて、まだようやく時代は1970年。つぎの章では、70年代のマスキー法をめぐる技術競争をテーマとするつもりですが、編集部には申し訳ないほどに延びています。
70年代の技術競争のつぎは、80年代の対米進出問題。そしてバブル後の自動車産業の苦境、と続きます。最終的には、120回ぐらいにまでは延びそうです。トータル1800枚くらいでしょうか。100回の約束が120回になるというのは、とてもほめられたことではありません。
ひたすら恐縮。

せっかく二日間快調だったPCですが、また不調の兆し。やれやれ。

たったいま、中央公論の担当編集者から連絡。
「武揚伝」再校上がり。もう一回だけチェックを、ということです。表記の統一問題のほか、15カ所だけ要確認の点があるとか。
しかし、わたしの手元にゲラがきてわたしはその15カ所のチェックだけでゲラを返すだろうか。
ふふふ、もう一回推敲する機会をもらえるわけですね。

01/06/15

佐々木さんのサイトをリンクページマスメディアWeb名録に入れさせてもらいました。
また、佐々木さんを紹介してくださった柴田かおるさんのサイトも無理やりリンクの承諾をいただきました。
柴田さんはニッポン放送からフジテレビのニューヨーク支局を経て帰国。日本テレビ「ザ・サンデー」で事件のレポートを続けています。深刻なニュースはだいたい柴田さんの担当で、芸能とスポーツはやらない。
TVリポーターというと最近世間のイメージはよくない。しかし、柴田さんのような人がいることを大事にしてほしい。ハードな仕事をしているTVリポーターも繊細で優しさあふれる一人の女性だということが理解していただけると思います。

サーバーの増強工事でアクセスが不安定だった名塚紀子さんのページも入れました。

リンクには入れませんでしたが、阿川佐和子事務所のオフィシャルページを発見。もう何カ月も更新されていないらしいところが阿川さんらしい。手書きのイラストが楽しいから、まあいいか。



2001年6月
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