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昨夜は師匠主催の「化学反応パーティー」。業界を超えて色々な友人を紹介し、人と人との出会いを楽しむというもの。残り有効期限1週間の名刺を山ほど持って馳せ参じましたとも。
いや、さすが師匠。強力な人が多かった。主催者の人柄を現してか、口は悪いがサラリとしてハートは温かい、という人が多い。居心地のいい席。主催者のご苦労と好意に感謝です。
私も「ただ集まって酒を飲み、中華料理を食べる会」「紀尾井町半径○キロメートル限定昼食会」などやってきましたが、このところご無沙汰。あれ、楽しいんだよね。新部署の様子が見えたら、またやりますからね!
2軒目に行きたい気持ちもあったのですが、深夜帰宅して酔っぱらいの水道工事。洗浄機能付便座を設置しました。インフラ整備はまだ続いています(笑)。
パーティーの席で銀行員の名塚さんから、「田中さん、銀行の金利のこと書いていたけど、あれは当然よ」との声。
しかしまあ、皆グラス片手の夜ですから、右から左から「投資は美人投票みたいなもの」「美人の定義ってなんだ」「外形標準課税の東京都敗訴は痛快」「控訴して金利6%は今時美味しい」など議論が散漫になって、帰途についてしまった。
「もうちょっと聞いて置きたかったなあ」と思ったら、さすが我がサイトの読者。こんなメールを頂戴しました。
ちょっと失礼して引用。
銀行が預金金利を引き下げることに対して、お怒りの気持ちは分かりますが、採算が取れないものを続けることはできないのでその事情をご理解ください。
昨日の日経新聞一面には驚きました。
4大銀行グループが普通預金の金利を来月から0.1%引き下げるという。
ペイオフ解禁で普通預金への集中を抑制するためらしい。
リスクが大きければリターンも大きい
リスクが小さければリターンも小さい
は、投資の原則ではなかったのか?
ペイオフ解禁というけど、ペイオフ凍結解除なんでしょ。何を慌てる必要がある。
むしろリスクが増えた定期の金利を上乗せするのが、道理だと思うのですが。
東京三菱に続いてみずほ、UFJ、三井住友も追随する。これじゃあ、銀行間の談合、自発的な護送船団方式と言われても仕方がない。
またもや、預金者へツケを押しつけている。
自分たちが生き延びることができたのは、優秀だったからではなく、たまたまプレーしていたポジションが重要すぎたためだ、ということを忘れてはいないか。金融システム保護の名のもとに国民は間接的に苦しみを分かち合っている。
いや、徹底した利益追求で行くならまだ分かる。こうした談合の一方で、個人住宅ローンを取り込むために、「あれじゃ利益が出るはず無い」と同業者に首をひねらせるような体力消耗戦を展開しているケースもある。
「銀行はかわらなきゃ」という声は幾度も聞いたけど、「どうせ喉元すぎれば熱さを忘れるのが日本の銀行」という思いを棄てきれなかった。今回の金利引き下げは、はしなくもそうした体質の一端を示したもの、と私には思えます。
これで預金者が逃げて行かないと考えていたら、銀行幹部のアタマはどうかしている。
一週間のご無沙汰でした。この更新はアナログ回線ダイヤルアップ接続でお届けしていま〜す(ラジオDJ風に)。
前回の更新を終えて慌ただしく家を飛び出したのが午前5時。車のロケで三浦半島や箱根を走り回り、翌日も同じ時間から今度は幕張へ。一方、帰宅後は徹夜の荷造り作業。以後も半徹夜の日々。
メールの返事をお出ししていない沢山のみなさん、ゴメンナサイです。
昨日はレンタカーのワゴンでトランクルームに入れていた本、段ボール数十箱などを運び出し。家へ着いたら2階の書斎へ運ぶために階段を昇り降り。妻からは同情の言葉無く、「これを整理しないで、まだ本を買うつもり?」。
新パソコンのセッティングは、もうしばらく先。ADSL開通は一月先。
前の家の使い勝手のよさは9年間の試行錯誤の成果で、今は「クツ箱どうする?」「トイレのタオル掛けは?」「テレビのパラボラアンテナどこにたてる?」の段階。インフラの移設は大変だ。
過去の時間とノウハウの蓄積が今の仕事環境をつくり、成果に影響を与えている。普段は気づかないけれども。
「週刊文春」が臨時増刊を出しました。
売り文句は、
号外! 号外!週刊文春が初めての臨時増刊を出します。
さてその内容は…、といつもなら筆が進むところですが、本日は皆様にお願いがあります。
この「週刊文春臨時増刊」にどんな印象を抱いたか、ぜひご意見をうかがいたい。
というのも、週刊文春が臨時増刊を出すに当たっては多少の関わりがあり、私がどう書いても客観性が十分でない。あるいは、利益相反を起こしかねない。
ただ、早々に手を離れて、皆さんが目に触れる最終的な誌面作り(刊行のスタイルや企画内容)には全く関与していませんので、叩かれても誉められても、まったく冷静です。逆恨みをすることもなければ、有頂天になることもありません。
「漠然と『感想を』と言われてもなぁ…」
という方は、下記についてお教えいただければ。
週刊文春臨時創刊の刊行を知ったのは?
新聞 電車の中吊広告 キオスク コンビニ 書店
最初の印象は?
広告はインパクトがありましたか? キオスク、書店などの棚で目立っていましたか?
内容は魅力的でしたか?
雑誌のイメージ、メッセージはつかみやすかったですか?
購買の理由は?
企画内容(「とくにこれ」というものがあれば、具体的にお書きください)
付録のCD-ROM
週刊文春というブランドへの関心
価格
他
読後感は?
得した? 損した?
面白かった? 面白くなかった?
また読みたい? 読みたくない?
面白かった記事は? つまらなかった記事は?
その他
「週刊文春」のライバル誌、「週刊新潮」については、先週も少し書きました。
両誌は発売日が同じ、ターゲットもほぼ同じ、出版社系週刊誌、ということで、ずっと競合として見られてきました。
もちろん雑誌系週刊誌の草分けは「週刊新潮」で、「その売上が大日本印刷の今日を築いた」との声もあるほどの大ヒットとなった。「週刊新潮」のノウハウは、出版社系週刊誌の可能性を大きく開き、他誌に吸収されていきました。
週刊文春編集部では、「週刊新潮はプロ、週刊文春はアマチュア。そこがよさでもある」と一目置いていた。
その両誌の部数が逆転するのは90年代です。
「週刊新潮」はしばらく元気の無い時期が続いていたけれど、出版界で働く私のような人間は「週刊新潮」の「これぞ週刊誌」とでもいうような王道を行くスタイル(シブイ、時々やや古臭い)手法が、味わい深く思えます。
「週刊誌はこれじゃなくっちゃ」
と思うことも。
加えてここ半年ほどはぐっと誌面が柔らかくなって、路線変更が目に見えてきた感がある。
「ようやく元気が出てきたかな」
そこへ持ってきて、鈴木宗男問題、辻本清美問題。これは勢いがつきます。
特に辻本問題は、キャンペーン記事の終わりかたとしてはシビレルほど素晴らしかった。
鈴木宗男は、それに比べれば小さく見えるほどです。
キャンペーンの終わりかたは難しい。いつまでもズルズルやっていると引き際を失ってしまうし、自然とフェードアウトもだらしない。
その点、今まで叩いてきたターゲットの相手方を一転して叩くというのは、ものすごくインパクトのある手法です。
まず何より驚きがある。読者の目を、今まで見ていた方向と逆へグッと振らせるわけですから。
加えて、雑誌の懐深さを感じさせる。「この雑誌はこんなことまで知っているのか」「一体、どこまで知っているんだ」という不気味さ。
また、信頼感も加わる。「何か一方の勢力の尻馬に乗って書いていたわけではないんだな」というわけです。
議員秘書の給与流用問題は、ある種日常化していると聞いています。つまり辻本議員だけの問題じゃない。与党も野党各党も、叩けば自らのホコリを出すことになりかねない。
それでも世間と永田町の関心が辻本問題に雪崩をうったうように移って行ったのは、その驚き故だと思います。
「週刊新潮」の編集部が狙って準備していたものなのか、ひょっこり転がり込んできたネタなのかは分かりません。たとえ後者でも「運も実力のうち」「事件の多い時期に編集長になるのも力量のうち」と言われるのが週刊誌の世界です。
長年のライバルの争いが白熱してきて、ようやく週刊誌が面白くなってきました。
野球の早慶戦、ラグビーの早明戦、みたいなものでしょうか。
辻本問題のような展開のノウハウは、「週刊新潮」にはほとんど無かったはずです。というのも、「週刊新潮」は、キャンペーンを張らない週刊誌だというイメージがあるからです。むしろキャンペーンで部数を伸ばしたのは、「ロス疑惑報道」や、その後90年代花田編集長時代の「週刊文春」でした。
ただ、その「週刊文春」でさえ、山崎浩子の統一協会脱会や貴花田・宮沢りえ破局報道の最後は、「本誌が今までつかんでいて書かなかった全情報」ですから、今回のような逆サイドへの展開は希少な成功例だということが分かります。上握りと特上くらいの違いかな。
とはいえ、「週刊新潮」が「週刊文春」化するのは、読者としては面白くない。
数年前から表紙はそっくりになってしまった。
柔らかい文章の読み物も増えて、文体が「週刊文春」そっくりの記事も出てきた。時々ページをめくりなが「どっちだっけ?」と表紙を確認することがあるくらいです。
このまま「週刊新潮」が「らしさ」を薄めていくのは惜しい。
また、「週刊文春」は女性読者の割合をかなり増やしていて、オールドファンも多く抱えるであろう「週刊新潮」が同じ誌面作りをすることは、必ずしも得策ではないはずです。
「そもそも最初に真似たのは文春だろう」
という声が聞こえてきそうです。
いや、それはその通り。
雑誌の企画やコツは盗んだり盗まれたり。
でも、せっかく勢いがついたのだから、新潮らしさをもった新スタイルを作り上げて欲しいし、「へえ、文春が昔そんなことやっていたの?」というところまで行けば面白い。
週刊誌は同じブランドで中身の違う新商品を毎週買わせる商売です。故に、冷静に見れば、すぐに「週刊文春」を抜くのは難しい。しかし、単発ではなく幾つかのヒットが続けば流れは急です。ブランドの認知が変われば雑誌の勢いは拍車がかかります。
もちろん、「週刊文春」が手をこまねいて見ていては面白くない。迎え撃って何を見せるか、その力量は十分のはずです。
過去の時間のノウハウの蓄積をどう生かしていくか。週刊誌の世界が再び熱くなっています。
自宅の引っ越しに重ねて、仕事のほうも引っ越しすることになりました。
4月1日より月刊誌の編集部へ。
今の勤務先に就職したら、一度は配属されてみたい編集部。なにしろ社名の由来になった雑誌です。
希望配属先の一つとはいえ、居並ぶ辣腕の先輩、有能な同期、評判の高い後輩たちの顔ぶれをみれば、さて私が何をしたらいいものか。
今までにもまして、皆様のお助けが必要になります。どうぞよろしくお願いします。
社内でバタバタしているところへ、「AND SENSE 春の臨時号」なるメールが。
AND SENSE読者の皆さま。
大変ご無沙汰いたしました。3ヶ月ぶりの配信です。
東京は、ソメイヨシノが咲き始めました。
春ですね。皆さんのところはいかがでしょうか?
●
さて、きょうは報告があります。
実は、私、3月31日を以って、(株)ブックワンを退社し、
4月1日より、「ほぼ日刊イトイ新聞」の
東京糸井重里事務所に移籍いたします。
http://www.1101.com/
春は別れと出会いの季節であります。
昨夜はマンション管理組合理事の皆さんが開いてくださった送別会。
近所のオヤジ連と呑む宴会、というのは何十年ぶりだろう。子供の頃、父親のビールの泡をもらって喜んでいた地域の寄り合いくらいしか記憶がない。
口々に別れを惜しみ、私の仕事や発言について言及してくださった。いろいろ面倒なこともあったけれど、ちょっぴり立ち去りがたい気持ちに。
本の箱詰めも終わり、引っ越しは目前。
しかし、ちょっと気がかりなことで出てきました。インターネット接続環境です。
次の家は1、2階に分かれた鉄筋コンクリートの2階建て。テラスハウスというんですかね。
ADSL 無線LANを構築しようと思ったのですが、1階のリビングから2階の端の部屋まで無線が届くかどうか。
家電量販店の店員は、
「電話の子機が使えたら大丈夫です」
というけど、こればっかりは越して見ないと分からない。
通信範囲を広げる別売のアンテナもあるのですが、一基8000円で、効果のほどは「使ってみないとわからない」のだとか。
電波の出力は法律によって決められているだろうから、どの機器を買っても大差は無いだろうと思います。アマチュア無線機みたいに出力を上げる改造も出来ないだろうしなあ…。
電話回線を2階で開通させ、1階リビングの電話を子機にする、というのも一手。最近の電話に買い換えれば、子機からも留守電が聞けるらしい。
とはいえ、今度の家は21カ月だけの仮住まいなので、あまりお金をかけたくないのが正直なところです。
うー。
引っ越しシーズン、これを機にADSLに加入しようという人は多いだろうに、ADSL業者のサイトをみると、既設電話からの申し込みを前提にしたものばかり。問い合わせてみたら、やはり転居後に申し込むように返信が来た。
我が家の場合、フレッツISDNをアナログ回線に戻して転居。転居先でアナログ回線が開通してからADSL業者と連絡をとらないといけない。ADSL開通までの数日間は延々と電話線を延長して接続するしかなさそう。
せめて転居日を見込んで事前に申し込みできるようにならないのかな…。
転居に際して、パソコンを買い換えることに。
4年前の高スペックマシンは、去年には「田中さん、そんなパソコン使っているんですか」とさげすまれるほどの機能に。
よく我慢して使いました。
某紙の科学記者から、「田中君、パソコンはやっぱり自作だろう」とか言われてすっかりその気になっていたのだけれど、転居後も何かと繁忙なのと、ADSLを一日も早く開通させたいので、デルの通販で最新機種をカスタムメイド。明日には手元に届く予定。(Hさん、ゴメン!)
デルといえば低価格とサポートの充実で有名だけど、私の場合には問題が。
先々週の木曜日、オンラインで申し込んだら即座にメールが来た。本来なら42行のメールがわずか数行でしり切れトンボに。
週明けに電話をしたら、「オーダーが確定したところでメールが届きます」とのこと。しかし、届かない。
注文から一週間、メールにて問い合わせすると、注文確定の書類は郵便にて発送済みとのこと。オンラインでの問い合わせたら、すでに太平洋を渡る途中だった。
うーむ。
やはり自分で体験してみないと分からないものです。
Dellのサポートについては、今後も観察していくつもり。
このパソコンも梱包しなくてはならない時期に。週末までは更新が途絶えがちになるかもしれませんが、御了承ください。
北のホテルが注目を集めています。
ザ・ウインザー ホテル 洞爺。
先月23日に発売された「BRIO」4月号、小山薫堂さんの連載「通人説法」で紹介され、今週12日発売の「週刊朝日」3月22日号のカラーグラビア「しなやかに働く女の現場」で取締役の梶川貴子さんが登場した。
「ああ、あのホテルね。久しぶりに名前を聞く」
という人も居るかもしれない。 拓銀破綻の象徴として、NHKが印象深いドキュメンタリー番組を作っていました。
98年3月に閉鎖したようですが、今年の6月にリニューアルオープンするという。
セコムの飯田会長が出資したらしい。
で、このホテルを手がけるのが窪山哲雄社長。石ノ森章太郎のマンガ「HOTEL」で活躍する東堂マネージャーは、この人がモデルなのだそうです。
窪山さんと一緒に仕事をするために、閉鎖の時から他のホテルに移らずアルバイトで生活をつないできたスタッフもいるというから、その人望に驚きます。
フランスの三つ星レストラン「ミシェル・ブラス」、京都の摘み草料理「美山荘」、湯布院の高級旅館「無量塔」のバーに加えて、アジアトップクラスのスパを揃え、日本にはまだない高級リゾートホテルを成功させる…。
と書いたところで、私にはその魅力のほどを十分理解する知識もセンスもないのですが、通な遊びに関しては極めて詳しい小山さんが「BRIO」の連載で早速紹介したばかりでなく、完成後に自身のWebサイトでも詳細なレポートを掲載する予定。
また、リクルートの「じゃらん」などで敏腕編集者として活躍したあと独立した、酒にも食べ物にもうるさい東海さんは、世界中のリゾートに詳しいだけでなく、ドイツに住んでいた時代にヨーロッパ中の名だたるレストランを食べ歩いていた。彼女が「週刊朝日」の連載で紹介したとなれば、そのレベルは高いのではないかと思います。
加えて、友人の梶川貴子さんは、コカ・コーラ時代に「紅茶花伝 ロイヤルミルクティー」を社内の反対を押し切って成功させるなど、「いやし系」のマーケティングには高いの能力をもっている。
どうしても、目をはなせない気持ちになってくる。
私は九州の出身で寒いところは苦手ですから、ご縁がないかなと思っていたら、ココに、ウインザーがホテル学校を併設するという案内が出ている。
洞爺には、ホテル全般 の実務からホテルマネジメント、アカウント、マーケティング理論などを集中的に学ぶことのできる全寮制のホテルスクール「ザ・ウィンザー
ホスピタリティ
インスティテュート」が併設される。「国際ホテル科」(2年制)と「調理科」(1年制)の2コースがあり、2002年4月開校予定。学長にアメリカ・コーネル大学の現役教授、マルコム・A・ノーデン氏が就任する。ホテル理論では、コーネル大学ホテル学科のカリキュラムに準じた授業を導入し、実務の分野では現役ホテルマンが現場に近いところで実践的な手法を指導。夏期には同ホテルで実際の実務やサービスを体験できる実習も行われる。さらに、少人数制での語学研修、ITの技術と理論、酪農実習、著名人による講演会など幅広い分野の講義も配し、実務と理論の両方を兼ね備えた国際的に通
用するホテルマンの育成をめざす。募集人員は国際ホテル科120名、調理科30名で、大学生や社会人にも広く門戸を開放し、ホテル経験者のスキルアップにも役立てられる。
洞爺ひとつを成功させるつもりなら、こんな出費は必要ない。
ウインザーの物語は、洞爺にとどまらないのではないかと思います。
小学館の岡さんから、『ウメ子』(阿川佐和子/小学館文庫/2002.04.01/\533)を送っていただきました。ありがとうございます!
実は、この文庫、本文を開く前に驚いた。
カバーの見返しに、「著者近影」ならぬ「著者昔影」が掲載されています。
「あたいの発案だい!」と阿川さんからメール。
子供向けの本に著者の子供時代の写真、いいアイデアです。
こんな顔してたんだぁ。
顔、というのは面白い。
35年間も人間をやっていると、人の顔がどんなふうに年を経ていくか、いくつかのパターンは分かる。
銀座で買い物歩きの母娘を見ると、思わず見比べて微笑んでしまう。
会社の資料室で、大物女優の若い時代の写真を見つけて、ほとほと見入ったことがありました。
いやいや、私と同じ年に生まれた小泉今日子、早見優、といった往年のアイドルでさえ、齢を重ねることを避けられない。
でも、女性は若いほうがいいか、というと、私はそうではない。自分が歳を重ねるごとに、魅力的だと思う女性の年齢もを一つずつ上がっていく。
30代には30代の、40代には40代の魅力的な顔があることを「発見」する。
10代には全く魅力がないし、20代前半の女性も、話があう人は少なそう。
あ、いやこれは、向こうのほうが相手にしないか…。
いずれにしても、「この人はどんな人生を歩いてきたか。どんな価値観をもって、どんなことをしようとしているか」に刺激を受けたり、信頼感を抱いたりします。
なんだ、男の友人と同じです。
しかし、職場の昼食の席では、
「いや、当然20代前半のだろ!」
と主張する人もいたので、きっと人それぞれだとは思いますが…。
電車の中で人の顔を観察するのは、誰もが暇つぶしくらいに持っている趣味だと思います。
不思議なことなのですが、私の場合、ここ半年くらい、その趣味にオプションが付いてきた。
女を男に、男を女に、目に映る映像を置き換えて眺めてみるのです。
透明感漂う美女が単なるグズで得体の知れない男に思えてきたり、個性的な存在感を持つ女性が酒瓶を並べて語り合いたい男に見えてきたり、どっちであっても知り合いになりたくないような後ろ向きな人だったり…。
そうして眺めてみると、自分が性差によって受け取る印象の違いや、期待していることの前提に気づかされるような気がして面白い。
例えば、色白で自己主張のなさそうな高校生・大学生を見て、「この子が女だったら、もてるかもな」と思うと、そういう要素を女性に期待している自分や世の中の共通認識に気づくわけです。そんな女性って、ホントに魅力てきなのか?
皆さんも、暇があったらやってみませんか。人間、しょせん男も女も同じパーツで出来ている。ただ、化粧のキャンバスとして使うかどうか。イメージの転換は意外と簡単です。
若い人でも老人でも可能ですが、若い方が髪の長い男性がいたり、中性的なファッションが身近なので、イメージを膨らませやすいかな。
ただ、属性を全く知らない電車の中の他人が対象だからこそ出来る事、勝手な空想にすぎません。あくまで遊びですよ、遊び。
今朝の新聞に「文芸春秋が二審も敗訴 江副氏巡る記事」という見出しがありました。
妻との間の民事訴訟の内容を記事にされてプライバシーを侵害された、というもの。記事の内容をよく覚えていないのですが、紙面から察するに、どうも納得いかない。「裁判は公開」ではなかったのか?
もし重要な問題が生じるなら、裁判官の権限で非公開にすることは出来なかったか?
傍聴人には見せておいて、記事にしたら駄目というのは筋が通らない。ならばすべての裁判を記事にしてはいけないことになる。
被告も醜聞が嫌なら和解という手もあったはず。
そもそも、裁判の公開が傍聴席までに限られていることは、裁判所の身勝手以外の何者でもありません。
今では警察の検挙率も下がっている。かつてのようて有罪がとれる手応えがなければ起訴を見送り、とは言っていられなくなる。裁判の微妙な過程は、益々公開の重要性が増すのです。
ましてや民間人を裁判の判決に関与させようというのに、民間人が裁判がなんたるものかも分からない仕組みを堅持すべきではない。裁判のテレビ中継を認めてもいいくらいです。
3月12日の朝日新聞「ムネオ特需、メディア席巻 「悪役ぶり」に関心 週刊新潮は完売・増刷」の記事がありました。
社会的問題の真相を求めて週刊誌に期待を寄せている人が多数居るという状況はありがたい。
ただ、「週刊新潮完売・増刷」の見出しはいただけない。出版界で「増刷」とは、初版を発売したあと、さらに印刷して発売することを「増刷」と言います。単行本の2刷り、3刷り、というのはそれを言う。朝日の見出しを見ると、まさにそう、受け取ってしまう。
「えっ、そんなことがあるのか」
出版人なら、誰もが色めき立ってしまいます。
雑誌の場合には、広告収入を前提として原価計算をしている。部数が増えると印刷費が広告収入を上回ってアカ字になるので、滅多なことでは増刷はしないものなのです。
「週刊新潮完売・発売部数増」ならわかる。
朝日には出版部は無かったのか?
記事を読んだある人は、
「週刊新潮は初日に店頭に並んだ物は100%売れた。これは鈴木関係者に買い占められたからだ。昔の手法を使ったのだが、他が報じないと思ったのだろう。結局、敵を勢いづかせて自分の首を占めた。それでも新潮の直近の部数は60万部程度で、発売85万部実売90%
(76.5万部)は怪しい。新潮が景気よく言った話を真に受けすぎている」
と解説してくれたが、はたして真相はどうか。
ましてや、朝日が「週刊朝日」など自社の販売部門のネットワークを使えばもっと深い取材ができたはず。
これには、整理部の問題と記者の問題がありそう。
記事の署名に中島鉄郎とある。この程度で「朝日の講読を辞める」と騒ぐ気にはならないが、中島記者の書く出版界モノには今後注意を払おうとは思う。やはり、記事は署名にすべきだと、思わぬところで再確認。
余談だけど、ちょうど今、asahi perfect が利用者向けにアンケートを実施している。「出版部門のホームページと統合して欲しい」とでも書けばよかったか。
意外と高額だったなあ。
\27,430
昨夜、8時少し前に家に帰り着いたら、見知らぬ若い男性2人が我が家の玄関で作業をしていました。ブックオフの店員です。
これが、思いのほか感じがいい。
ブックオフのことは「出版界の寄生虫」などと強烈な批判が出ている。しかし、自分の目や肌で何らかの印象を持つまでは判断を保留しようと思っていたら、今になってしまった。我が家の近くには店がないんですね。この日も、船橋からやってきていた。
来週の引っ越しを前にして、昔読んだ本や、もう読みそうにない本に別れを告げることにした。
妻が、「ねえ、ブックオフに連絡してみてもいい?」
近所の奥さんから評判を聞いたらしい。
「うーん、じゃあ一度やってみるか」
| 単価 | 冊数 | 合計 | |
| コミック | 100 | 3 | 300 |
| 60 | 4 | 240 | |
| 40 | 2 | 80 | |
| 単行本 | 150 | 28 | 4200 |
| 100 | 43 | 4300 | |
| 50 | 51 | 2550 | |
| 20 | 94 | 1880 | |
| 新書 | 10 | 10 | 100 |
| 写真集 | 1140 | 1 | 1140 |
| ? | 6 | 1340 | |
| 雑誌 | 50 | 8 | 400 |
| 10 | 3 | 30 | |
| 10 | 106 | 1060 | |
| シングルCD | 10 | 5 | 50 |
| CD | 1350 | 2 | 2700 |
| 800 | 3 | 2400 | |
| 500 | 5 | 2500 | |
| 200 | 6 | 1200 | |
| 100 | 5 | 500 | |
| 10 | 16 | 160 | |
| 合計 | 27430 |
約400点で27430円。
「近所の古本屋さんに持っていた時には、30冊で100円しかしなかったのに」
と妻は大喜び。
「取りに来てくれるだけでもありがたい」
と、言っていましたね。
「本で一番高いのは…写真誌一冊で1140円か。これ、何?」
「菅野美穂の写真集です。これは人気があります」
「あっ、そんな物もあった? で、いくらで売るの?」
「定価の3割で買い取って、7割で出しています」
「CDで一番高いのは」
「美空ひばりの2枚組です。これは希少価値があります」
彼らなりの目利きはあるわけです。
積み上げた本や雑誌の7割は持ってきました。
残ったのは、ほとんどが雑誌のバックナンバー。ベストセラーでもカバーの無い本。
一方で、90年代の政界再編や官僚の問題、農業市場開放についての本、中国・朝鮮・東南アジア関連の書籍などは、古いにも関わらず軒並み持っていきました。
あんなの今頃読む人いないぞ。
意外だったのは、『water fruit』(篠山紀信+樋口可南子/1991.02.15/朝日出版社)が残ったこと。日本にヘア・ヌード写真集の市場を開いた歴史的に貴重な存在です。その後、男性総合週刊誌を始め、様々なメディアがヘア・ヌードのブームに影響されて行った。菅野の写真集が一番人気という事実とは、実に対比的です。
これに続く宮沢りえの写真集も出していたはずだけど、これは一山いくらのほうに入ってしまったみたいですね。
本・雑誌よりCDのほうが単価が高いことも驚きでした。CDだけで9460円分もある。
ブックオフがオープンして近隣の書店で万引きが増えた、という事例はあるらしい。
なかには、発売になったばかりの辞書が早速ブックオフに並んで、製本屋から横流したんじゃないか、と噂が流れたことがあった。
ブックオフに限らないが、既存書店が新古書店で買った本を出版社に売れ残りとして返本することで不当な利益を得る、再販委託制度の悪用も聞く。
法的な問題としては、著作権の権利者と関係なく著作物が転売されていく状況をどう考えたらいいのか。それに付随して、著作物を独占して頒布する権利を得た出版社の立場をどう考えるか、これはぜひ専門家の意見を聞いてみたい。
しかし、「新古書店が普及すれば新刊の売上が落ちるのではないか」というのが出版社、書店の正直な気持ちでしょう。
ブックオフ封じ込めがうまく行くかは疑問です。
過去にCDやビデオのレンタルも版元が負けている。中古ゲームソフト販売についても、阻止できないでいる。消費者のニーズがある以上、それをうまくビジネスに乗せた会社を阻止するのは難しいのではないか。
まして、出版社は過去にも古書店の存在を容認してきた事実があるのですから。
どこで折り合いをつけるか。
万引きや不正返本への対処は一緒に考えていくしかない。
著作権の問題については、新古書店の業界団体でも作ってもらって、売上の一部を著作権者の団体や出版社に還元する方法を考えるのも一手。
ただ、争うところは争う一方で、新古書店の存在を逆手にとって利をあげる方法がないかも、考えておくべきでしょう。
例えば、映画業界はビデオの誕生に激しく抵抗したが、今ではその売上に依存するようになった。また、レンタルビデオも問題視したけど、今ではうまく依存しあって利益をあげている。
問題は、本を販売用とレンタル用に作り分けることは難しい事。
では、「本に下取り制度がある」と考えるのはどうでしょうか。
車には下取りの制度がある。だからこそ、高価な商品を惜しげも無く買う客がいる。
仮に本が今より500円高くなって、下取り価格が500円上乗せされるなら、読者の懐は痛まない。どうしても気に入った本だけを手元に置いておけばいいことになる。
版元にとっては廉価多品種小量生産より高価少品種大量生産のほうが人件費などのコストをカバーしやすい。書店だって、同じことでしょう。
店頭に多様な本や雑誌が並ぶ環境は維持したい。
しかし、今の状況は明らかに過剰生産。読者不在の出版社の生き残り策が昨今の状況をもたらしたと言ってもいい。
大正、昭和初期あたりは、初版といえば数百冊だったらしい。それで商売が成立していたらしい。古書店も、希少価値のある本を扱ってこそ商売になっていた。
ブックオフに代表される新古書店の広がりは、出版界の過剰生産・過剰流通がもたらしたアダ花という見方も出来るかもしれない。
まだブックオフのことを十分に知ったわけではないですが、こんなところが昨夜の感想です。
天下の政治ショーを見逃して、今朝はちょっと寂しい気分です。
その一方で、ちょっと意外なニュースを見つけました。
夕刊フジのWebサイト「ZAKZAK」が報じています。
GE前会長と不倫の米誌美人編集長辞任
ウェルチ氏と「親密になりすぎた」こと認め…
米ハーバード大学経営大学院が発行している高級経済誌ハーバード・ビジネス・レビューの女性編集長スージー・ウェットローファーさん(42)=写真=が8日、辞任した。
カリスマ経営者ゼネラル・エレクトリック(GE)のジャック・ウェルチ前会長(66)をインタビューした後、妻帯者の同氏と「親密になりすぎた」ことを認め、編集部内の退陣要求に応じた。
ウェットローファーさんはマイアミ・ヘラルド紙やAP通信記者を経て2000年10月に同誌の編集長に就任。昨年12月に「世紀の経営者」(フォーブス誌)として日本にもファンの多いウェルチ氏と会見。しかしその後、性的な関係を持ったことが判明し、同誌の複数の編集委員が「雑誌の公正さと客観性を疑わせる」と辞職を要求していた。
ZAKZAK 2002/03/09
こんなことあるんですなあ。
雑誌の中立性を重視した編集部の良識の現れなのか、もともと問題の多い嫌われ者の編集長だったのか。
写真は、それなりに美人であります。
にしても、ウェルチはこんなところまで「勉強好き」でしたか。
違った意味で危うさを感じるのは、最近の「ニューズウィーク」。
アメリカ配信の記事には、ウンザリするほど自国中心主義を感じることがある。
自国を偏愛し、他国には人間性を認める余裕が感じられない。
テロ事件以降アメリカは病んでいる、と考えるべきなのか、アメリカの国際感覚なんて元からこんなもの、と考えるべきなのか。
今日は一つ謝ることが。弁護士の池田さおり様、一時とはいえ貴職を疑ったことをお詫びします。
いやー、見つけてしまったのです。携帯用空気清浄機。
同じ物かは分かりませんが、東急ハンズで通販しています。
詳細はココ。
マイナスイオンの働きで上向きに微風が発生して、浄化された空気がダイレクトに顔の部分をおおいます。コンパクトで軽量。ご家庭やオフィス、通勤途中でも、首にさげているだけで、1秒間に120兆個も発生するマイナスイオンが心身をリフレッシュします。米国の公的機関の検査で、効果と安全性が実証され、問題の炭疽菌に対する効果も認められた為、全米で大ヒットしている商品です。
ですと。なるほど米国製ですか。
マンションの換気口に入れるフィルターをネットで見つけました。これは、私が見たものとは違うようですが、ココをご覧あれ。
花粉ノンという正体不明の錠剤が一部で熱狂的支持を得ているようですね。ココ。
そして、ココでは色柄物のマスクまで見つけてしまいました。
しかし、センスが悪い。これなら、「墨染めマスク活性炭入り」でも作ったほうがよさそうだ。
黒いスーツによくあうし。
北朝鮮拉致事件に新展開。今後の報道に注目です。
経済産業省が「特定サービス産業動態統計調査」を毎月実施しているのだそうです。
12月分の調査のうち広告業界に関するものが「電通報」(2002年3月4日)に紹介されているので、転載します。
| 売上高(百万) | 現年同月比(%) | ||
| 4媒体広告 | 217,454 | 87.8 | |
| 新聞 | 52,296 | 83.7 | |
| 雑誌 | 20,750 | 86.1 | |
| テレビ | 136,642 | 89.3 | |
| ラジオ | 7,766 | 94.9 | |
| 屋外広告 | 8,424 | 109.1 | |
| 交通広告 | 17,778 | 97.2 | |
| 折り込み・DM | 44,710 | 86.6 | |
| 海外広告 | 2,805 | 125.8 | |
| SP・PR・催事企画 | 54,041 | 89.1 | |
| その他 | 92,443 | 95.3 | |
| 合計 | 437,656 | 90.2 | |
これは、使える。あとで経済産業省のサイトを探してみようっと。
屋外広告、海外広告が伸びている以外は、当然ながらマイナス。ただ、思っていたほど悪くはないな、と思いました。アメリカは売上が下がれば即広告宣伝予算もマイナス。
アメリカではテロ前にでも「新聞広告3割減」とか言ってヒーヒー言っていた。
日本では、「売れない時だからこそ広告を」というマインドがある。
東京都のラッピングバスは交通広告に入るのかなあ。そうだとすれば、屋外広告の伸びている理由は何なのか。
「携帯電話のせいだ」という説があります。人々は携帯を持つようになって、逆に街中に出るようになった、というわけ。確かに、一本の電話を待って電話機の前で何時間も気を揉むということもない。しかし、どうも広告を押し上げる要素としては考えにくい。というか、仮に事実だとしても、広告主がそこまで先読みして広告を増やしているのかどうか。
「単価が安くて派手だから」
「マス・セールスでない広告の需要が増えたから」
という気もするのですが。
えっ、ホントに?
思わず声が大きくなってしまいました。
会社の隣のビルに越してきた弁護士に、紀尾井町近辺の昼食所を案内しようと道を歩いていた時のこと。
首から下げる携帯用空気清浄器があるというのです。
大きさは文庫本より大きいくらいか。ここから吹き出した空気が顔の周囲数十センチをを覆って、花粉から守ってくれると言うんですね。
いくらなんでも、そんな機械をぶら下げて歩く時代になったとは。
彼女(女性です)も花粉症で、移動中の機内販売のカタログで見た、買おうと思った、というのですが、弁護士の言うこととはいえ、にわかに信じられません。最近JALか、ANAか、JASに乗る予定の方、ご覧になったら是非お知らせください。
その話を早速会社でしたら、隣の席から、
「じゃじゃーん。今日、東急ハンズで買っちゃった」
と、油こし紙のようなものを取り出した人が。マンションの換気ダクトにはめる花粉フィルターで、10枚1600円。1、2カ月は効果が持続するというから、1穴160円でピークのシーズンはしのぐことができるわけです。
「プロポリスで治った」という人もいた。
世の中、花粉ビジネス花盛りですねえ。
なのに、最大の必須商品であるマスクについての工夫はお粗末なかぎり。
メントールが入っているとか、眼鏡が曇りにくいとか、使い捨てだとか、色々な切り口の商品が並んでいるわりには、圧倒的シェアを誇る人気商品が出てこない。
いや、そもそも、銘柄を指名買いしようと思ってもできないほど、流通支配の基礎体力が無い。客とすれば、たまたま飛び込んだ店に並んでいる商品から、「なんとなく」よさそうなものを選ぶしかない。
誰か、マスクのベンチマークテストをやってくれないか。科学的データと、着け心地といった感覚的データと。
いや、それ以上に大事なことがあります。
「なぜ、マスクはファッショナブルでないのか!」
と、大にして言いたい。
なぜ、白しかないのか。これが大きな疑問です。
なぜ、タータンチェックでは駄目なのか。
なぜ、ピンクやグリーンでは駄目なのか。
なぜ、レース付きでは駄目なのか。
なぜ、ルイ・ヴィトンのモノグラム・マスクカバーがあっては駄目なのか。
以前から疑問なのです。
「そりゃ、白が衛生的だからだろ」
という人がいるでしょうが、手術着はグリーンがある、看護婦の制服にはピンクがある。
それに、たかだか数百円のマスクを2、3カ月も使うほうが間違いなのです。
色柄物マスクは汚れが目立ちにくい。その代わり、TPOに合わせて3種類くらいを持っていて、1、2週間で棄てるもの、という概念を作れば、単価は上がるし、商品の回転率も高くなる。
をとしてドングリの背比べ的なスペック争いを続けるのかなあ。
女性は目を洗う目薬は化粧がとれるから、駄目なんだそうですね。目の化粧は顔全体の3〜5割を占めると聞いて、納得。
花粉よけにサングラスをはめる人もいるそうですが、いくらイキなサングラスでも白いマスクと一緒では間が抜けてしまいます。
私、最近は頭に付着する花粉が嫌で、ボルサリーノと呼ばれるソフト帽をかぶっています。これに大きなマスクをしてコートを羽織ると、皆から「笑うセールスマン」と呼んでもらえます。
久々にあっても、驚かないでください。
「ディアス」(光文社)休刊について書くのでした。
自戒をこめて書きますが、編集者は「世間を動かしてこそ」の商売です。
「採算はしらない。言いたいことが言えたから満足」とはいかない。
単行本なら、なかには不採算を覚悟で出す本があってもいいが、他に売上を見込める本を出してトータルで帳尻を合わるべき。
そして雑誌を創刊したら、やはり軌道に乗せなければならない。
ただし、雑誌創刊の責任は一人、編集長や編集部員にあるのではありません。社の上層部の判断や社の培ってきた文化やシステムも含めての「結果」です。
特に週刊誌を出すとなれば、尚更です。
仮に「ディアス」の赤字を1号あたり1億円に抑えることができたとしても、年間であれば50億円。光文社の売上(利益でない)が400億程度とすれば、たちまち悲鳴をあげるのは当然のことです。
「週刊宝石」の休刊後、そこまでの覚悟があって「ディアス」を立ち上げたとは思えない。
会社が用意した準備期間は短かった。
編集長に起用した三橋和夫さんはカッパブックスで「小さくともキラリと光る国・日本」(94年)を仕掛けた敏腕編集者ですが、ビジュアル的センスや30代への感度はどうだったか。
『DIAS』は厳しい読者の眼に堪えられる実用記事をグラフィックに展開します。担当は『CLASSY.』の前編集長をはじめ、『JJ』『Gainer』『女性自身』のデスククラスです。
とココにはありますが。
編集面については、ずっと読んでいたわけではないので、詳しくはいえない。
というか、読むべき号がほとんどなかった。
部数は「数万部」と報じられていますが、よく店頭から撤去されなかったものです。あれだけコンビニやキオスクに置いてこの部数とは、読者の評価も付かなかったことになる。
最初にコンセプトを絞り込んでいないから、雑誌のイメージが散漫でした。
新商品開発物語などビジネス誌の方向に振ったことをあったけれど、取材力不足で読みごたえがなかった。
7月16日号
7・11新商品発売までの1年間
キリンビールは「失敗だらけ」のヒットメーカーに社運を託した
はその一例です。ひょっとして広告バーター記事だったのかな。
おや、と思ったのは1月17日号
スクープ!
あの「酒鬼薔薇」が今春、極秘出所する!
からでしょうか。
2月21日号は充実で、まず
激震スクープ!
NEC犬猿の仲
「(元ドン)関本忠弘vs.西垣浩司(現社長)」初の誌上論争(バトル)!
あくまで誌上で二人の言い分を構成しているだけで直接あっているわけではないのですが、面白かった。
同じ号の、
総力特集1 DIAS式「鈴木宗男研究」
さらば、宗男
の
生地・足寄ルポルタージュ
実母が病床から叱る!
「だからお前は嫌われる」
地元・釧路に政治家・宗男の原点を見た
のタイトルが目を引いた。
「上品に作らなければ」という呪縛から逃れて、ようやくケレン味というか、ワサワサ感が出てきたように感じていたのですが、遅すぎましたね。
カラー雑誌の高コストを支えるには、広告収入を増やすしかありません。
ところが、全く入らない。
「DIAS」のコンセプトは、当初から期待をかけていた広告主にも理解されなかったわけです。
| 面 | 本数 | 定価 | 合計 |
| 表2見開き | 1/2 | 300万円 | 150万円 |
| 目次対向 | 1 | 150万円 | 150万円 |
| 記事中タテ1/3 | 1 | 50万円 | 50万円 |
| 記事中4色1P | 7 | 140万円 | 980万円 |
| 表3 | 1 | 140万円 | 140万円 |
| 表4 | 1 | 200万円 | 200万円 |
| 1670万円 |
昨年10月24日に掲載した「週刊現代」「週刊ポスト」と比較してみると、その少なさが分かるでしょう。「週刊現代」5444万円。「週刊ポスト」6227万円。
「DIAS」は部数低迷を理由に大幅な値引き交渉があるでしょうから、半額と見たら800万円程度。4週で3200万円。下手をすれば原価割れで、広告をとるほど赤字、という本末転倒が起きないとも限らない。
実はこんなに細かく見なくても、広告の銘柄や掲載位置を見ただけで雑誌の懐状況や広告媒体としての格が予測できたりもするのですが、まあそこまでは書かないでおきましょう。
人事異動を前に、春雷の轟く如く休刊を発表した光文社ですが、さて今後はどうするのか。
編集スタッフはモノとは違う。どう育てていくか、という展望が必要です。
社内には「FLASH」「女性自身」「カッパブックス」系と「CLASSY」「JJ」「VERY」「BRIO」系があるんじゃないかと思う。
前者のグループに属する人的資源を有効に機能させるにはどんな企業戦略をとるか。
光文社の今後を見るには、こんなところが注目点かと思います。
「ディアス」(光文社)が3月28日発売をもって休刊。
早かったですね。
昨日午後にネットで時事の配信を見つけたのですが、私の席の周りでも一様に驚きの声があがりました。
昨年6月20日の日記で、「ディアス」創刊を、「時間との競争が始まりました」と書いた。
光文社が「週刊宝石」を休刊してまで取り組んだ「週刊ディアス」ですが、残念ながら厳しい見方をするしかありません。
ターゲットの絞り方が、「30代男性、ちょっとビジネステイスト」というところ終わっている。総合週刊誌の発想から抜け出していないんですね。
広告重視にするなら、あと2段階はターゲットを絞り込む必要があるし、従来持っていた総合週刊誌のノウハウを生かすのなら、池田市の事件は入っていなければならない。
そもそも30代ビジュアル娯楽誌はすでに多く出ています。多くは月刊で、それを週刊でやるには理由付けが必要です。それは何なのか。
表紙のデザインからよくないですね。どこか安っぽい。私はオシャレ系エロ雑誌かと勘違いして、他人に言われるまで手に取りませんでした。
以上、一つ一つの記事の内容を吟味する以前の問題です。
記事の体裁についていえば、どれも短いのですが、これは「今時の30代は活字を読まない」という判断と思います。読者の趣味が分かれるところですが、私は長短とりまぜるべきだと思います。
社内ではAERAの男性版と言っているようですが、それって単なる「柳の下のドジョウ」でしかない。AERA自体がそんなに採算がいいものではないのに、そのフォローアーになってどうするつもりなんでしょう。
週刊誌は毎週でるから、ノウハウの蓄積はしやすい。毎週手を入れて改良していけば、急速によくなる可能性もあります。
しかし、その一方で毎週赤字が積み重なっていく。
記事の本数が多いのでスタッフは疲弊しやすく、部数が伸びないと士気にかかわります。
新しい価値をつくることは大変な作業ですから頑張ってほしいとは思いますが、はたしてどうか。
時間との競争が始まりました。
さあ、それがどうなったか…。
ちょうど出勤の時間となりました。
続きは明日書きます。
いやぁ、難渋したなあ。
『出版、わが天職 モダニズム時代からオンデマンド時代へ』(J.エプスタイン・著/堀江洪・訳/新曜社/2001.12.10/\1800)は、 本文が174ページしかないのに、読み終わるまでに1週間かかってしまった。
昨年5月に読んだ『「ニューヨーカ」とわたし 編集長を愛した四十年』(リリアン・ロス/新潮社/\2300/2000年12月 英版は98年)も読みにくかった。
まーったく、アメリカの編集者の文章というものは…。
英語文化圏とのカルチャーの違いや、それを翻訳する際の手法というものも関係してくるんでしょうが、比喩をふんだんに使った持って回った言い回しが、そんなにいいものでしょうか。
しかも、これは講演録をもとにした原稿というから、想像を超えている。
おかげで、通常の3倍以上の時間を楽しめました(←コレ皮肉)
しかしまあ、日本人の書くアメリカ論とちがって整理されすぎていないところに肌身の感覚として理解する部分も有りました。
「わが天職」と陶酔を誘うタイトルに加えて、「ニューヨークの文壇を切って回し、ペーパーバック革命を起こしたアメリカの伝説的編集者」と謳われては、買わないわけにはいかないでしょう。
銀座の教文館で、中身もみずに買いました。
中身も見ずに買う、といえばオンライン書店です。
bk1ブックス安藤を下にスクロールしていくと…
| 出版業界人必読の本はこちら。ベンキョーしましょう。 ●ギョーカイ本コーナー |
はーい。
お説教に素直な私は、カチカチカチっとクリックしていきました。
商品名:人はなぜ、本を読まなくなったのか?(別冊・本とコン
価格(税込み):1365円
商品名:出版動乱
価格(税込み):1785円
商品名:本は死なず
価格(税込み):1785円
商品名:大議論それでも本に未来はある(本とコンピュータ叢書)
価格(税込み):1680円
商品名:子どもの本屋はメリー・メリーゴーランド
価格(税込み):1680円
商品名:ふるほん文庫やさんの奇跡(新潮OH!文庫)
価格(税込み):890円
商品名:出版界はどうなるのか(Publishing now)
価格(税込み):1470円
商品名:出版時評ながおかの意見1994−2002
価格(税込み):2310円
商品名:本屋なしではいられない
価格(税込み):1260円
ちーん! 14225円お買い上げ。
おー。
それにしても、ぎょうさんありまんな。
これ、どれも昨年以降の出版だと思ったな。
膨らみゆく出版界の不安が、こんなところに現れている。
どれがアタリかは、これからのお楽しみ。
昨夜は残業をしつつ、空き時間に職場の仲間と雑談。
話題は自然と4月の人事異動に。
その間も、花粉症がひどくてティッシュが手放せない。
「田中さん、大変そうですね」
「うーん、よくぞと思うほど出てくるね。鼻をかんだ後は意識が朦朧として…」
「田中さんだけじゃないと思いますよ」
「へっ?」
「この時期、日本国中の社長や人事部長が、そろって朦朧とした頭で人事を決めたり、来年度の戦略を決めたりしてるかもしれないじゃないですか」
「うひー、そいつは国難だね」
冗談と笑い切れないところがコワイ…。
今朝の新聞に掲載された小学館文庫の広告で、阿川佐和子さんの小説『ウメ子』が文庫化(\593)されたことを知りました。
めでたい。うれしい。
文筆を生業とする人達は、一部の例外を除いて様々な出版社と仕事をする。
音楽出版社と専属契約を結ぶ音楽業界との違いはなぜ起こるのか。今日はちょっと、その話を書きたいと思います。
定価1500円の単行本が初版で1万部を刷ったとしたら、著者の取り分は通常150万円です。
年収900万円を得ようと思ったら、最初の本が6万部売れるか、1万部の本を6冊書かないといけない。
書籍の売れ行きが落ちている現在、初版10000部は多い方になりました。無名なら4000〜6000でも文句はいえない。まして6万部は、誰もが到達できる部数ではないし、毎年となるとさらにハードルが高くなります。
また、2カ月に1冊の割合で本を書くことは難しいし、出版社としても、同じ著者の本を2カ月ごとに刊行するラインナップは組めません。
そこで、ネタの内容によってふさわしいと思える会社の雑誌編集部や書籍編集部に企画を持ち込みます。
雑誌に記事を書けば、あわよくば単行本として再び印税が入ってくる。人気を博して文庫化されれば、不労所得のように印税が振り込まれます。定期的に重版できる作品を幾つか抱えるようになれば、貯金が増えるようなもので、少しずつ生活が楽になる。
また、著者は様々な特色の出版社、様々な個性の編集者と仕事をするなかで新たなチャンスを見つけたり、着想を得たり、時に思いもしなかった自分の才能に気づいたりします。
91年のある雨の日。
私と阿川さんは、赤坂迎賓館の脇に留めたローバー・ミニの中で、少し緊迫した論争を繰り広げていました。
阿川さんのご自宅にお邪魔した後、TBSへ行く阿川さんの車で会社まで送っていただいたのだったと思います。
紀尾井町へ行く道の途中から、私は運転している阿川さんに「短編小説を書いてみませんか」という話を持ちかけていました。それは、当時連載していただいていたエッセイの内容にも必ず好影響があると思ったし、社内の雑誌を口説く意気込みと手応えもあったからです。
しかし、阿川さんは首を縦に振ってくださいませんでした。
話が終わらないうちに車は東宮御所の前をすぎ、私の会社のすぐそばまで来てしまいました。阿川さんは車を路肩に停めてくださり、しかし、説得を試みる私を拒絶し続けました。
理由は書きませんが、その気持ちは揺るぎないものでした。
その場は話を納めた私ですが、思いを全く捨て去ることはできない。そこで、大学時代からお世話になっている小学館の児童書の敏腕編集者・岡靖司さんに、お世話になりついでにもう一つ無理なお願いをしたのです。
「子ども向けの小説は誰でも書ける」という誤解から、岡さんの元には無理な話がいくつも持ちかけられていたと思います。最初、私の話を慎重に聞いていた岡さんですが、やがて会食する話がまとまりました。
阿川さんも、私の無理にここでは譲ってくださいました。
小学館のPR誌での「ウメ子」連載が始まったのは、その後です。
「小さい時からいい本を読んでいる人は違うね」
という岡さんの言葉を聞いた時は、どんなに嬉しかったことでしょう。
2000年3月、すぐれた児童文学に送られる第15回坪田譲治賞受賞。
けらさんの時に書いた事と同じように、阿川さんが今のような人気を博しているのはご本人の努力と多くの人の関わりがあってこそです。阿川さんの私との関わりは、一部にすぎません。しかし、こうしたことこそが、編集者にとっての醍醐味なのです。
天草のふぐの件、熊本日日新聞社のサイトで調べてみました。
97年2月18日「フグ養殖業者を提訴 真珠業者、賠償求める アコヤ貝大量死」
天草郡河浦町の真珠養殖会社「九州真珠」(平賀徳明社長)は十七日、同町内のトラフグ養殖二業者を相手取り、二億円の損害賠償とホルマリンの使用差し止めを求める訴えを熊本地裁に起こした。
訴状などによると、昨年三月下旬ごろ羊角湾と亀浦湾で養殖真珠の母貝・アコヤ貝の大量死が発生、分析の結果貝からホルマリンが検出された。同湾のトラフグ養殖いけすで寄生虫駆除用のホルマリンが使われており、貝の死はこのホルマリンが原因、としている。
同問題では昨年八月、ホルマリン使用禁止を求める仮処分申請が熊本地裁天草支部に出され同十二月、アコヤ貝大量死の原因は棚上げしたうえで「五月末までホルマリンを使用しない」ことで暫定和解が成立していた。
提訴後、平賀社長らは「和解は期間限定で、再びホルマリンが使用される恐れがある。大量死とホルマリンとの因果関係を裁判で明らかにしたい」などと述べた。
これに対し、トラフグ業者の一人は「アコヤ貝の大量死は全国で起きており、トラフグ養殖が行われていない所でも発生している。ホルマリンが原因とは考えられない」と反論している。
97年4月24日「ホルマリン不使用を指導 フグ養殖で県が回答」
このあと、懲役や罰金をともなう行政処分の対象となりましたが、2000年になっても後を絶たなかった。
2000年9月21日「津奈木町のフグ養殖業者、規制後にホルマリン使用 芦北町沖で」
新聞記事になったものだけの問題とは思えない。
それから2年もたったから、状況が改善しているといいですが。
月刊化を目指していた角川書店の季刊ビジネス誌「Biz Tage」も打ち切りが決まりました。
これで若手ビジネスマンを見込んだビジネス誌はすべて姿を消しました。
当初はハーバードビジネスレビューなどを思わせる地味な表紙でお勉強ものが入っていた。それを、途中から若手ビジネスマンを対象にしたファッション情報などライフスタイルに絞り込み、広告集稿を図っていましたが、広告代理店サイドからは厳しい見方が出ていた。
ファッション誌のノウハウでビジネスマンをターゲットとした「BRIO」のような華やかさはなかった。
季刊で開発コストを低く抑えつつ読者の反応を探ろうというのは、悪くない。
角川がビジネス誌という点でブランド力がない。あわせて、雑誌の名前から訴求しないといけない。
創刊キャンペーンで一致に認知度を引き上げようという定期刊行物と違って、書店でもなかなか目につかなかったが、それは当初から折り込みであるはずですが…。
いずれにしても、スタッフの方々には今後の活躍を祈ります。
私自身の経験を踏まえて言うと、廃刊は大きなショックだけれど、後に様々な教訓を与えてくれるものです。
所用あって、三重・和歌山に行ってきました。
紀伊半島の山中には豊かな杉山がありまして、昔から山林王を輩出したところ。
南紀白浜空港から、NHKドラマ「ほんまもん」の舞台になった本宮町までの道沿いには、うっそうとた杉林が続いていた。
しかし、よくよくみると間伐や枝打ちのなされていない、手入れの悪い山ばかり。伐採中の山には、爪楊枝のようなひょろりとした杉も生えている。
地元の運転手が、
「昔は山をもらうと喜んだものだけど、今は要らんちゅうてね」
誰も後継者になりたがらない。今では新宮の港にロシアの外材を積んだ船が次々と入港し、トラックが紀伊半島の山中を抜けて京阪神地方へと運ぶそうである。
紀伊半島でも杉林の拡大は戦後の植林ときいた。腐葉土層の出来ない針葉樹林は保水能力が低く、雨は一気に流れだす。豊かな水量を誇った美しい河川は、夏にはカラカラに乾いてしまうし、日本一降雨量の多い紀伊半島で土砂崩れなどの災害を引き起こす。
おまけに杉花粉をまき散らす。紀伊山中の村では、フロントガラスが黄色くなるくらい花粉が積もるそうだ。その話を聞いただけで気持ちが悪くなった。ただし、車が少ないせいか、マスクをしている人を一人も見かけなかった。私だけが、帽子にマスクで「怪人」のような様相。
ともかく、そこまでして育てた杉は
「戦後に植林した50年ものは売っても値がつかんのです。100年だと、どうにか」
林野行政の罪は重い。
アジア各国は伐採ブームだから、あと50年すれば値が上がるだろうか。
農水産業くくりで、もう一つ余談を。
数年前、郷里の天草に帰った時に、「今は貝類が食べられない」とかいう話を聞いて不審に思ったことがある。
原因はフグの養殖だった。
天草のフグは地元ではほとんど食する人はいない。下関で水揚げされて、下関産の養殖フグとして市場に出回る。
ところがフグ養殖は病気のリスクがあって、禁止されているホルマリンを使うと損害を少なくすることができる。そこで、阿蘇の農家に親戚をもつ養殖業者が違法に入手してフグの養殖場に散布していた。そのため、周辺海域の貝が次々と死滅。水産業者は逮捕された…そんな話だったと思う。
おかげで天草のフグの信用は一時急落したというが、もしも「天草フグ」の名前で市場の価値があれば、業者はそんなことをしたがどうか。
消費者だけでなく、産地の自然環境にも影響する問題だと思います。
一昨夜、あたたかな風に吹かれて夜道を歩いていると、はらりと雨が降りかかりました。
すぐに降りやんで、あれは現か幻か、ちょっと不思議な気分でした。
何事もおぼろげな、春の季節が到来しました。
『センセイの鞄』(川上弘美/平凡社/2001.06.25/\1400)は、そんな季節にぴったりの本かもしれません。
昨年末の「ダカーポ」483号「今年 最高の本はコレだ!」で絶賛されていたので、手にとってみました。
行きつけの飲み屋のカウンターで出会った高校時代の国語の先生と教え子。二人の間にある、淡くあいまいな親近感。それが、やがて恋心へと変わっていく過程。
著者の一貫した世界観のなかで、不思議に漂っている感じです。
一貫した世界観といえば、先日ご紹介したけらえいこさんも同じ。
昨日、けらさんのファンサイト「甘夏」さんからメールが届いた。
はじめまして。
【けらけらかしこ】というサイトの管理人をしております甘夏と申します。
先日けらえいこさんから田中様のサイトの2002.02.23(土)の日記をご紹介いただき拝見し、その内容にとても感銘を受けまして「ぜひ他のけらさんファンの方にも読んでいただきたいのですが…」とけらさんにお伺いしたところ、田中様からご承諾をいただいたとのお返事のメールを頂戴いたしましたので喜び勇んで早速、先ほど弊サイトのトピックスコーナーにて田中様のサイトを紹介させていただきました。
この度はありがとうございました。
掲載ページはこちらになります。
(もし掲載文章に何か不手際がございましたら、ご一報いただけますと幸いです。)
【けらけらかしこ>トピックス】
http://kashiko.oheya.to/cgi/topix/new.cgi
ご多忙中のことと存じますので、
このメールへのお返事につきましてはどうぞお気になさらないで下さいませ。
これからも田中様のご活躍とサイトを楽しみにしております。
それでは失礼致します。
いやいや、恐縮です。
ありがとうございます。
「毎日、よく書いてるね。いつも、読んでるよ」
えーっ! 思わず背筋が伸びてしまいました。
電話の主は、大宅賞作家にして日経BP常務取締役の佐藤正明さん。
私、いつもビジネス誌の紙面を「あーだ」「こーだ」と勝手に批評していますが、相手はビジネス雑誌界のトップを行く「日経ビジネス」発行人ですからね。
汗、かきました。
きっかけは、一通の案内状。
「映画『陽はまた昇る』製作発表のお知らせ」
というもので、6月公開を目指して撮影中という。
実はこの作品の原作が、佐藤さんの『映像メディアの世紀 ビデオ・男たちの産業史』(日経BP/1999.11.02/\1900)なのです。
そこでお祝いのメールを送ったら、取り返し電話が来た、という次第。
書籍編集担当の頃、佐藤さんの『ホンダ神話 教祖のなき後で』を文庫化させて頂いたことがあるのです。
ちょうどその頃「日経ビジネス」に連載され、単行本として刊行された『映像メディアの世紀』を、私は読みふけりました。
総ページ数648の大部。
映像産業を根本から変えた家庭用ビデオの開発史を、勝利を納めたビクター・松下側からだけでなく、敗れたソニー側にもしっかり取材して、旺盛な筆力で描き出している。
「ここまで書ける人は、他にはいないだろう」とページをめくりながら、つくづく思う。
自動車開発の物語に比べれば、家庭用ビデオ開発物語は、たくさんあるようで、意外とまとまったものは少ない。
家電販売店の息子である私は、特にある種の思い入れをもって読みました。
この本の内容は、NHKの人気番組「プロジェクトX」の第2回目で「窓際族が世界規格を作った〜VHS・執念の逆転劇」(2000年4月4日)として放映されたので、ご存じの方も多いでしょう。
「プロジェクトX」は、この放映で一気に注目を集めた、と言ってもいい。
NHKも、社会現象とまでなる人気を博すとは、番組スタート時には想像しなかったのではないでしょうか。
私が聞いていた情報では、最初に企画されていた第1回の内容は、「ビデオ」に比べればインパクトが無いもので、ずっと後の回になって放送されました。
第5回「世界を驚かせた一台の車〜名社長と闘った若手技術者たち〜」(2000年4月25日)も、佐藤さんの著作『ホンダ神話
教祖のなき後で』のエピソードを下敷きにしたものです。
佐藤さんは、自動車や家電といった日本の産業の内実を描いて、他には描けない世界観を作り出した。
2月25日の日記に、
「アメリカでは、実在の事件を下敷きにした映画が多いのに、日本ではそうでもないように思います。なぜですかね」
と書いた。
製作期間が気がかりですか、この映画が新たな一石を投じてくれればと思います。
活字の企画は時にテレビと微妙にシンクロすることがある。
91年、週刊誌の企画で中学高校の入試問題を再録して出題する「おとなの宿題」の企画を準備していたら、社内の先輩が、
「タナカ、同じような内容をテレビでやるんだって!」
それがビートたけしの「平成教育委員会」(CX)。
93年、対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」を始めるとき、「裏タイトルは『阿川佐和子のいちから教えて』にしましょう」と、著名人の苦労話を生い立ちから聞いていくスタイルを取ったら、同じような番組が現れた。それが、「いつ見ても波瀾万丈」(NTV)。
98年、グラビアページをリニューアルするに際して、モノクロページの留めに1ページの企画モノが必要になった。そこで、「今、日本は元気がない。家電開発の第1号など、戦後の開発の物語を象徴する製品を紹介しよう」と作ったが、「モノ語りの日本史」。東芝の炊飯器、東京オリンピックで東洋の魔女を生んだ新型バレーボール、スバル360、札幌五輪ジャンプの風洞実験、などなど。
その2年後にプロジェクトXが始まった。
パクった、とか、パクられた、とかいう話ではありません。
時代には雰囲気というものがある。
同時多発的に同じことを考える人がいてもおかしくない。
私が最初に仕えた編集長の花田紀凱さんは、
「企画に困ったら過去の雑誌を見ろ。人間が考えることは、そうは変わらない」
と言っていた。
「大衆」(言葉が悪ければ、「一般読者」)というものを、よくつかんだ人の言葉だと思う。
私は幸い、そうしたことをする必要は感じなかったけれど、過去の名企画は、記憶のどこかで無意識のうちに蓄積され、影響を受けているはずです。
そこに、自分なりのエッセンスをどう注ぎ込むか。
だからこそ、編集者は時代の感性が進もうとする方向に敏感である必要がある。
昔、「女性セブン」の編集長は、「電車に乗ったら駅一つ行く間に企画を3つ考える訓練をしろ」と言ったそうです。
佐藤さんの作品の場合は、テレビがずっと後から追いかけてきた。
つまり、いくらか時代の感覚の先を行っていた。
しかし、しっかりしたものを残しておけば、しっかりした読者に支えられ、やがて時代や大衆社会が後から追いかけてくることがある。
湾岸戦争で軍事評論家が脚光を浴びたり、ニューヨークのテロでアフガニスタンに詳しい人達が突如注目されことと、同様です。
物書きと編集者の違い、自分の名前のために仕事をする人と、雑誌の名前のために仕事をする人の違いは、こんなところにあるのかと思います。
まあ、佐藤さんの場合は、その両立ができている希少な存在ですが。