2011年夏号
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オーラのある人 I.T.
以前、私が会社を退職した時、尊敬する大先輩から薦められた
本がありました。
『いちばん大切にしたい会社』という本でしたが、その中の日本
理化学工業の話に出てくる知的障害を持った少女の事が、忘れ
られずにいました。
最初は入社を断られたものの、周りの応援で正社員になり、
その後50年勤め続け、今も元気にチョークを作っていらっしゃる
というのです。
偶然、あるイベント会場でその会社のブースを見つけ、本のこと
を社員の方に話すと、「その少女ならそこにいますよ」と言われま
した。見ると、横でチョークを販売している白髪の女性がいました。
しかしその女性はなんとも言えない、安らぎと癒しを与えてくれる
そんな温かい自然な笑みを浮かべていたのです。
人の心から発するオーラというか、輝きに感嘆した日でした。
オーラといえば更にさかのぼり、私が学生時代、サッカーの怪我
で大病院に入院をしている時のことでした。
隣のベッドの男性が、足の大怪我で痛みに耐えかね大声でうめ
き、若い看護婦達も周りでオロオロしていた時です。
50歳ぐらいの看護婦が来て、無言でその男性の手を握ってあげ
たのですが、その瞬間、大声を出していた男性が突然静になり、
母親に甘えるような目でその看護婦を見上げているのです。
見ると、その看護婦さんからは、なんとも言えない菩薩のような
安らぎのオーラが出ていたのです。
しかし看護帽を見ても線が入ってなく(看護婦も偉くなっていくと
線が1本2本と増えてゆく)、「?」と思いました。
その方は、一言二言周りの看護婦に指示を出して立ち去っていき
ましたが、私は思わず、「今のすごい看護婦さんはどなたですか?」
と聞くと、「あの方は元総婦長で、今は看護学校の校長先生です。
みんなの尊敬を集めてます。やっぱりわかりますか?」・・・・・・。
人というのは、その心というか、魂が、外見をも作ってしまうという、
良い例をみた思いでした。
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あさ出版
モデルが企画 チャリティーファションショー
「好きな服を着ると気持ちが明るくなるもの。少しでも元気に
なってくれてもらいたい」と、モデルの達也レイシーさん(20)が
モデル仲間約100人に協力を求め、デザイナーやスタッフらが
無償で参加するショーが、5月15日、東京・代々木で開かれた。
都内で避難生活を送る子ども達も参加。モデルと手をつなぎ、
ランウェイを歩いた。
「必要品を買うのに精一杯で、子どもに洋服を揃えてあげられ
ない。きれいな服を着せてあげたくて申し込みました」(東京都
江東区で避難生活を送る、福島県南相馬市の廣田一枝さん)
「新しいお洋服、うれしい!」(廣田望愛ちゃん/7歳)
「とっても楽しかった。将来はモデルさんになりたい」
(押田遥華ちゃん/4歳)
今回の収益金は、福島県災害対策本部に寄付される。
(11年5月16日付け朝日新聞より抜粋)
「夫は地元にいます。東京での避難生活は先行きが
見えず、以前のように洋服を買うこともできません。
いま着ているのは、いわき市の友人からもらった白地に
花柄のチュニック。友人が地元で支援物資として受け
取った服を分けてくれました。
着てみると、8歳と3歳の息子が『お母さん、うれしそう』
と笑顔になりました。
これからは元気な色の服を着たいと思います」
(東京都の旧グランドプリンスホテル赤坂で
避難生活を送る福島県いわき市の鴨下美和さん/40歳)
(11年5月17日付け朝日新聞より)
「9日の朝刊に『針箱がほしい』と話した母の記事が掲載
されました。全国から針箱などが入った段ボールが約150
個届きました。約230人いる体育館の全世帯に十分行き
渡りました。
これまで破れたズボンを粘着テープで補強したり、裾が
長いままズボンをはいたりしていましたが、今では裁縫が
でき、みんな喜んでいます。
添えられた励ましの手紙を母は涙を流しながら読んでい
ます。全国のみなさん、本当にありがとうございました」
(仙台市若林体育館で避難生活を送る
若林区の花渕みどりさん/64歳)
(11年5月23日付け朝日新聞より)
クールビズ、作務衣活用して
市原直志/無職/69歳
原発事故によって、この夏は節電が求められている。クール
ビズとして、アロハシャツ、かりゆし、ポロシャツなどが注目され
ているが、なぜか作務衣(さむえ)はあまり紹介されていない。
実際には、このように合理的な節電衣装はないと思う。
作務衣は襟や袖が広く、裾はズボンの上から垂らせる。チノ
パンの上にまとうと風通しはよく、汗むさい感じも飛んでゆく。
夏の部屋着として、あるいは外出着としても軽快で爽やかだし、
若さや行動力も感じさせる。腹の突き出た年配者にはとくに似
合うだろう。
カラフルなアロハも悪くはないが、日本の風土には古来ある
衣装がなじむ。妻は先日、和服リフォーム教室の仲間たちと
作った作務衣を40着ほど震災の被災地に送った。喜ばれたよ
うである。 (11年6月26日付け朝日新聞より)
心満たす編み物
見えない放射能に住み慣れた街を追われた人たち。その心に
ぽっかりと開いた空白は、時とともに広がっていく。これをどう埋め
るか。「何か打ち込める仕事がほしい」。
福島第一原発のある大熊町の約2千人は同じ福島県の会津若
松市にある東山温泉の旅館街に身を寄せているが、ここも例外
ではない。
ペルーの人たちの手編みニット製品などを扱う東京のフェアトレー
ドの店「第3世界ショップ」に、ボランティアのツテを介してこの話が
舞い込んだ。ちょうど、リサイクルで引き取った編み物を毛糸にほ
ぐした後、再び製品に編み上げてくれる人を探していた。
同温泉の旅館「新滝」で説明会を開いたら、女性10人が集まった。
腕前にはばらつきがある。仮設か、借家か、落ち着き先も未定。そ
こで、早く完成して品質も整えやすいパッチワークのひざ掛け類から
始め、徐々に参加者を増やすことになった。
お客さんに前払いで3万円で買ってもらう。2万円が工賃として被災
者に、残りは諸経費に充てる。結果的に何が出来上がるか、いつ受
け取れるかは「出来てからのお楽しみ」。
岩手県宮古市役所とも、仮設住宅の孤立解消策として手編み事業
が出来ないか話している。他の仕事でも、腕前と支援の心をつなぐ
輪を広げられないものか。 (川戸和史)
(11年7月11日付け朝日新聞より)
「がんばる」は悪くない 脚本家/内館牧子
(前略)
すると、月刊『パンプキン』5月号でソプラノ歌手の鈴木慶江
さんが語っていた。
「“がんばろう”は“顔晴ろう”、つまり“笑顔になること”」
これには目がさめた。「頑張る」という字をあてるから嫌われ
るが、「顔晴る」ならばまったく違う意味が出る。
「晴る」というのは、「心の憂さがなくなること」であり、「晴れ
がましいこと」である。日常という意味の「ケ」に対し、晴れの
日を示す「ハレ」である。
私は鈴木さんの言葉を読んだ時、武蔵野美術大学の向井
周太郎名誉教授が『ふすま』(住まいの図書館出版局)の中
で展開されていた興味深い考察を思い出した。それは、生命
の再生を告げる「春」、芽が出るという意味の「張る」、田畑を
新たに切り開く「墾(は)る」は同根だが、「晴る」もそれらと同
源ではないかとするものである。
そうか、「がんばる」は「顔晴る」かと考え、「芽が出る」のか
と思い、再生の「春」かと思い至ると、頭ごなしに唾棄するのは
短絡的だと思えるのではないか。
(11年5月21日付け日経新聞より)
「花というものは、季節を知って、折々にいちばんいい形を
見せようとします。
それは季節のはじまり、盛り、そして終わりを知っていると
いうこと、つまり、毎日、生と死を繰り返すということです。
花は生と死を繰り返し、それでもみごとに美しい。
そのことを教えてくれるんです」 (伊集院静/作家/73歳)
(『いきいき』2011年6月号より)
「人の力を遠慮なく借りる。
それは若者に限らず、人間に不可欠な能力なのだと思う。
もしもどうしても借りるのが嫌なら、あとでゆっくり返せば
いい。相手は誰だっていい。
本当に困っている人に今度は力を貸してあげれば、君に
力を貸してくれた人も本望なはずである」
(玄侑宗久/住職/55歳)
(『NHK学園パンフレット』より)
化粧で元気取り戻す
秋田県鹿角市にある高齢者向け介護施設では、3年前から
毎月1回、入居者や利用者を対象にした化粧教室が開かれる。
毎回約20人が参加して1時間余り、思い思いに化粧を楽しむ。
鏡をのぞき込む表情は真剣。途中から会話も弾み、お互いを
褒め合い、笑顔になる。スタッフが手助けすることもあるが、
できる限り自分でやるのが基本だ。女性が大半だが、男性が
参加することもある。
施設を運営する医療法人楽山会の小笠原充宏理事は、「化
粧した後は表情も明るくなり活動的になる。精神的に落ち着いた
人もいる」と話す。
化粧教室に協力する資生堂メーキャップ・ヘア研究開発センタ
ーの高田定樹次長によると、認知症の人でも病気自体は治らな
いが、一部の症状が好転した例もあるという。「脳などへの刺激
がよい結果をもたらしている」とみる。
山野美容芸術短期大学の野澤桂子教授によると、気分が沈み
がちで物事への感心が薄れているときに化粧をほどこすと、「元
気だったときの自分を思い出して、気分を引き上げる効果が期待
される」という。
また、野澤教授らは、入院中の患者に対しても美容の専門家や
臨床心理士と相談しながら化粧をするプログラムを実施。その結
果、化粧をした患者は、しなかった患者と比べ、怒りや混乱など
マイナス感情が減り、活気が上昇する傾向があったという。
野澤教授は、「きれいで若々しく見せるのが目的ではなく、化粧
をしているうちに気分が前向きになることが重要」と話す。
シニアに適しているのは立体的なメーク。昔覚えた化粧のやり方
を続けるのではなく、年齢を重ねることで起こる顔の変化を知るこ
とが大切だ。
骨格の浮き立ちや毛穴やきめによる影を意識して、くぼんでいる
ところには化粧を厚くつけ、くぼんでいないところは薄くつける。
目元は、まぶたが垂れてまつげが少なくなると印象が弱まるので
アイラインを入れるなどしてくっきりと際立たせる。
全体の色使いは、健康な肌を思わせる赤みがかった色がよい。
無理にしわやしみを隠そうとするのではなく、年齢に合った化粧で
魅力を引き出すことがポイントだ。
(11年5月1日付け日経新聞より抜粋)
「記憶は、過去のものでない。
それは、すでに過ぎ去ったもののことでなく、
むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。
とどまるのが記憶であり、
じぶんのうちに確かにとどまって、
じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ」
(長田弘/詩人/『記憶のつくり方』より)
「選ばれた人しか年寄りになれない」
(さだまさし/歌手/NHK『今夜も生でさだまさし』より)
夢の車で第二の青春 田沢直樹/無職/64歳
念願だったスポーツカーを64歳にして手にいれた。2人乗りの
オープンカーで、色は白。旧友たちは、やれ狂い咲きだの、やれ
年寄りの冷や水だのとからかうが、それはすべて「羨望」だと聞
き流している。
きっかけは、新聞に載ったある外国高級車の広告だった。「退
屈な大人になるな」とのキャッチコピー。いまだ孫がおらず、友人
の孫談義にうんざりしていた私の心はわしづかみにされた。
そして、だめを押したのがコラム「天声人語」で紹介された自動
車評論家の徳大寺有恒さんの言葉だった。スポーツカーの絶対
条件は、「世間に不要なものであること」だという。
現役時代、収入やら家族構成やらで、どんなに願っても高嶺の
花で「我が家に不要」だったスポーツカー。無駄遣いなのは百も
承知だったが、今年2月、清水の舞台から飛び降りた。もっとも、
外国車は高すぎるので、国産車だが。
かくして、今年還暦を迎える女房と2人、白髪を覆う帽子を目深
にかぶり、サングラスで目尻のしわを隠しながら、分をわきまえた
控えめな速度で、第二の青春を味わっている。退屈な大人になる
のはまだ早い。 (11年6月26日付け朝日新聞より)
自尊心 保つ闘い
米沢菊恵/介護支援専門員/51歳
介護保険で認定を受けている方が更新時期になった。家族と本
人から許可をもらい、認定審査に立ち合わせてもらった。90歳近く
の方だが、ヘルパーさんや家族、地域の方たちに支えられ、一人
暮らしをされている。
調査当日。名前、生年月日、住所はすらすら答えた。ところが、
具体的な質問になると、戸惑う場面が多くなった。
「朝ごはんは済みましたか?」「さあ、どうでしたかねえ」
(ほんのさっき、済ませたばかり)
「かかりつけの病院は?」「私は病院へ行くほど悪いところはない
ですし」(3日ほど前、家族と病院受診しているはずだが)
「最近、外出は?」「車の免許もありませんし、記録でもしていたら
覚えているでしょうが」
「お金の管理はどうされていますか?」「私は管理するほど持って
いません」
以前に比べると、思い出せないことが多くなった。が、「忘れた」
と言えない自分と一生懸命闘っている様子が痛いほど伝わってき
た。人はいくつになっても、認められたい思いがあると教えられた。
その思いをくみ取っていきたい。(11年5月8日付け朝日新聞より)
タレント事務所の知的障害児専門クラス
「ケイプランニング」(東京都渋谷区)が2008年に立ち上げた
「芸能部子どもSPクラス」。
幼児から30代までの約80人が所属。
「障害への理解が進まないのは、メディアへの露出が少ない
ためでは」と考えた国枝秀美社長は、ドキュメンタリーではなく
テレビや映画に役者として出演することを目指し、クラスを立ち
上げた。
TBS系ドラマ『生まれる。』の5月20日放送回には、所属する
ダウン症の高井萌生(ほうせい)くん(10)が出演した。
(11年5月12日付け朝日新聞より抜粋)
マグネット式反射板「TNPクリップ」
自動車などのライトを受けると光る反射板。
磁石を使った二つ折りに挟んで留めるやり方で
服や靴、帽子のつばやペットの首輪などに
簡単に取り付けられる。
赤や青などの蛍光色で全10色。色違いの2個
セットで販売。1,575円。
韓国では若者を中心に人気が高まっている。
by 山本工学(東京)
難聴ラガーマン 大学で挑む
生まれつき重度の難聴をもつ大分の大塚貴之選手。
小学4年生でタグラグビーを始め、中学で大分選抜、高校では
主将を任された。
「無名校の選手を育てるのがうまい」という帝京大学ラグビー部
に今春入り、練習に励んでいる。
2年連続大学日本一の強豪チームには、100人を超える屈強な
部員がいる。166cmの体は小さいが、俊足と細かいステップを生か
して走る。笛の音やコーチの声が聞こえない分、周りの動きに目を
こらし、仲間の背中をたたいて身ぶり手ぶりで意思疎通をはかる。
「すごい挑戦心。チームの絆を深める存在になってくれる」
(岩出監督)
「大塚が不安をため込まないよう、意図して声かけを増やしている」
(森田主将)
手話を覚えた同級生もいる。
目標は公式戦出場。そして優勝に貢献すること。
「試合に出てテレビで紹介されれば、見た人は『耳が聞こえなく
てもここまでできる』って感じてくれるはず」と大塚選手は考えている。
(11年5月2日付け朝日新聞より抜粋)
字幕放送は障害者の立場で 上舘好継/無職/65歳
私は耳が不自由なので、テレビはNHKの字幕放送で「見る」ことが
多いです。時に同音異字が出るのはご愛嬌としても、改善してほしい
ことがいくつもあります。
まず、文字が読みきれないうちに「消える」ことが結構あります。「黙
視」する時間を十分にとってほしい。
さらに、地震での各県別の死傷者数などの数字を羅列する場面で、
画面に数字が映っているのに、アナウンサーが読んだ数字が別に画
面に現れることがあります。数字が重なってわかりづらい。
こんな時は、「各県の死傷者数はご覧の通りです」と、文字に表せば
いいのではないですか。何がなんでも「アナウンサーの言ったとおり文
字にする」というのではなく、事前の編集や打ち合わせをしっかりし、
見やすい画面をつくってください。
最後にニュースでは、全国ニュースだけでなく、ローカルニュースも
字幕放送するなど、なるべく多くの番組を字幕放送で楽しめるように
してくれることを願います。 (11年5月16日付け朝日新聞より)
カーディガンは、戦争で腕を怪我した人が
簡単に脱ぎ着ができるように、セーターに
ボタンをつけたのが始まり。
究極のユニバーサルファッションでした。
3代の結婚を飾ったドレス 鎌田京子/無職/77歳
先日、孫の結婚式で、私が半世紀以上前に自分のために手作りした
ウエディングドレスが再びよみがえりました。着物が主流の時代、横浜
で布を買い求め、洋裁の先生に手伝ってもらって作ったものです。後で
仕立て直すことも考えて、シンプルな作りにしました。
ドレスはそれから三十数年をへて、娘が結婚式のお色直しで着てくれ
ました。今度は孫が着てくれるとは。式の最中、私は様々なことが思い
出されて言葉が出ませんでした。本当にありがとう。ドレスもきっと喜ん
でいることでしょう。
式の後でもらったアルバムには、3代の結婚写真が載っていて、私、
娘、孫はみんなこのドレス姿です。3代の結婚を飾ったドレスは、我が
家にとって、かけがえのない宝物です。
(11年6月26日付け朝日新聞より)
「嬉しいも 哀しいも 表情より 着ている服で伝わっていく」
(ルミネのポスター)
夢のNY 1ヵ月の旅 阿部美代子/主婦/72歳
二十歳の頃から夢見ていた、あこがれのニューヨーク暮らし。半ば
あきらめたこともあったけれど、昨秋、半世紀ぶりにチャンスが到来し
た。バンザーイ。
円高、健康、家族の同意に、こつこつためてきた50万円ほどの資金
もある。
「時は今。行動あるのみ」と、娘にインターネットでアパートを探して
もらい、英語の勉強もそこそこに、準備すること2ヵ月。
2010年11月16日。誕生日の翌日、大きなトランクと少しの不安を胸
に、72歳は旅立った。
暮したのは、セントラルパーク近くの古アパート。昔の映画に出てくる
ような階段を上った先の、ダブルベッド付き1DKの部屋が私のお城だっ
た。
近所のスーパーでパンやコーヒーを買っての自炊生活。英語が分か
らないなりに、テレビのニュースを見たり、地下鉄に乗ってあちこち散歩
したり。部屋でストレッチしながら、来し方を振り返る時間も得た。
今も目をつぶると、クリスマスイルミネーションの輝く街と、そこで出会っ
た親切な人々の顔が浮かび、胸が熱くなる。無謀ともいえる1ヵ月の旅
を無事に終えて、全てに心から感謝せずにはいられない。
(11年7月4日付け朝日新聞より)
雪が積もっていた東北地方も夏になりました。
よくなったこと、わるくなったこと、進まないこと、新たな問題。
それでも、少しずつ少しずつ前へ。 (N)
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