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私にもっとも影響を与えたサックス吹きは誰かと問われれば、間違いなくSteve
Grossmanと答えるでしょう。さらに、今までの私の様々な経験によれば、同様の答えをするテナー奏者は世界中に散在しています。つまり「あ、コイツ明らかにSteveの影響受けてるもんね」と思えるテナー奏者をいままで、国を問わず何人も目撃しているわけです。リスナーや、ジャズ演奏者でもテナー奏者以外から見るとおそらくはあまり重要視されないこのテナー吹きが、何故世界中のテナー奏者から憧れられ、真似されているのか、改めて考えてみたいと思ってだらだら書いてみます。キーワードは「男らしい」です(笑)。
さて、私が考えるSteve Grossmanの凄さを、いくつかの要素に分けて考えてみましょう。
(1) 音が「男らしい」
とにかく「轟音」という表現がぴったりする凄まじい音です。というと、なんかうるさいようなイメージがありますが、そんなことはありません。音色はダークかつ暖かくてヒステリックではなく、音量としてはやたら大きいんだけれども、とにかく豊かな音色なので、うるさいとは感じない。なんというか、もの凄く密度の濃い、中身の良く詰まった音です。かつて佐藤達哉氏は「太くて黒くて逞しい」という極めて男らしい(この表現ちょっとヤバいけど)形容詞でその音色を表現していましたが、これには全く同感であります。なんというか、サックス、それもテナーサックスというモノに求められる理想的な音色、コールマンホーキンスやソニーロリンズ、デクスターゴードンといったテナーの巨人に共通的なイメージのいわゆる「テナーの音」をそのまま再現し、聞かせてくれる人な訳で、これはもう「天賦の才」としかいいようがありません。多くのテナー吹きはこの「テナーの王道」をなんなく聞かせてくれるSteveに憧れるわけです。
私がSteveの演奏を聴くようになった80年代前半、この人はぼ行方不明(笑)で、極めて限られたレコードとジャズ研で伝承されていた75年の幻のピットインセッションテープ(おそらく10回くらいダビングされていてヒスノイズに埋もれた演奏・・・でも凄い!)でその音色を味わうしかありませんでした。それでもその凄さは十分に感じられたのですが、そうなると当然生の音が聞きたくなるわけで、それが遂に86年の来日で実現したときには、会場の新宿ピットインに出掛ける前から興奮してました。私と同様に「初めてのSteveの生音」を聞きに来たたくさんの聴衆でピットインは異様な熱気に包まれ、いよいよその生音を浴びたときには・・・そのもの凄さに殆ど腰を抜かし、あとは教祖様のありがたい教えを聞く弟子よろしく至福の時を過ごしたモノです。
さらに思い出すのは翌年来日した際の大久保サムデイでやったライブでしょう。このときの音は本当に凄かった。ある日本人のテナーの方が飛び入りして一緒に何曲かやったのですが、ちょっと可哀想になるくらい音の大きさ、迫力が違っていたわけです。で、なんでもこのときは自分の楽器が壊れていて借り物の楽器だったという噂が・・男らしいなあ。このときは遂にソプラノも吹いた(こっちが借り物だったかな?)のですが、このソプラノの音も異常にでかくて密度が濃くて、なんか「怪鳥」の鳴き声みたいな感じ。後にも先にもあんなソプラノの音を聞いたことはありません。
(2) 八分音符が「男らしい」
「ジャズは八分音符」と考える私にとって、Steveの八分音符はまさに理想的です。比較的はっきりとして、裏を強調したアーティキュレーションで、ぐいぐいとドライブしていく感じ。この八分音符のせいで、例えばピアノからSteveのソロになると急にバンド全体が「スイングしてる」状況になったりします。タイムはあくまでジャスト、というか、落ち着いているのに音楽が前に進んでいるというか。Steveが好きなテナートリオというフォーマットはピアノやギターのリズム的なアクセントが無いので、通常なかなかメリハリがつかないのですが、この人は全く問題なし。多少バックが下手でもバリバリスイングした演奏になります。
(3) フレーズが「男らしい」
特に70年代のソロなどを聴いていると、いわゆる「手癖」とでもいえるフレーズのオンパレード。同じフレーズが至るところで何回も出てきます。特に「Live
at the Lighthouse」では横にデイブリーブマンが控えていろいろ工夫し・考えたソロを演奏しているわけですが、その頭の使い方をあざ笑うように次々と繰り出す「キメフレーズ」の数々。いや、Steveの頭が悪いというわけでは無いのですが(笑)、流れの中で効果的だと思えば、なんの屈託もなくついさっき吹いたフレーズをバリバリ吹くというのはまさに「男らしい」といえましょう。私もその思想を実践して同じ曲のなかで同じフレーズを恥ずかしげ無く何回も吹けるようになりました。
同じフレーズを何回も使う、と書いているわけですが、それにはそれなりに理由があって、要は、好調なときはとにかくソロが長いんですな。ライブを見ていると、とにかく盛り上がりっぱなしで15分くらいは平気でやってる。何十コーラスもやればそりゃ同じフレーズが出てくるって。でもSteve教の私としては全然飽きません。なんというか、ソロの間ずうっと挑発的というか、緊張感があるんだよなあ。構成がどうしたとか盛り上がりがどうしたとか、そんな小手先の女々しいことは考えないんだろう。
さて、そのフレーズそのものがまた「男らしい」んだよなあ。多分コルトレーンの1963年頃のレコードからコピーしました、みたいな感じのクロマチックなフレーズ。テナー業界におけるSteve信者にとっては必須のフレーズがいくつか存在しているはずで、信者は必ずコピーしています。で、その人の演奏をちょっとでも聴くと「あ、こいつSteve信者だな」とすぐにばれてしまいます。というわけで、私も一部使わせて頂いております。
(4) 行動が「男らしい」らしい(笑)
まあ、あまり書かない方がいいのでしょうが、結構滅茶苦茶な人らしい(笑)。NYのジャズ業界でも相当な問題児だったらしいですし(だからイタリアに移住したという噂も)。1986年の来日の際も各地で我が儘し放題だったらしいし。例えば日立の「ダル」では途中からずっとピアノを弾いてたらしいし。で、ツアーから東京に帰ってきてピットインで演奏したとき(上で書いた私にとっての初Steveから1ヶ月後ぐらいです)には、目もうつろ、ふらふらしていて立っていられないため椅子に座って演奏。床になにかのボトルを置いてたまに呑んでいるのだが、すわりながらそのボトルを取るのもようやっとの状態。で、曲がはじまってどうにかテーマを吹いて、そのまま自分でソロを取ればいいんですが、ピアノか何かに渡してしまうと、どうも自分のソロは終わったと思ってしまうらしく、ソロ無しで終了させてしまうとか。まあとにかく「こりゃヤバイな」と感じる状況だったので、その翌日に急遽大久保サムディでブッキングされた追加公演があったのですが、「やっぱりクリーンな状況が続くと駄目なのかな」などと思って行きませんでした。しかし、後で聴くところによるとその時の演奏は恐ろしいほど素晴らしかったらしい・・・この格差の原因は触れないでおきましょう。それにしても尊敬できる男らしさだなあ。私もこういう態度でいたいものです。あ、もうやってるか。
そのSteveも最近では相当落ち着いちゃったようで、やっぱりイタリアに永住しちゃうのかなあ。CDのリリースも最近とんとご無沙汰ですが、どうしちゃったのか。なんだかんだ言って、私にとっての「ジャズの魂」みたいなものを最も実感させてくれるSteve。またあの「轟音」、「イッちゃった演奏」を身体に浴びてみたいものです。
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