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2002/3/10 私はソロの時ナニを考えているのか?(3) <全体構成を考える?> ようやくアドリブである。 問題は、1コーラス目にまずナニをやるか、であるが、その前になんとなく全体構成を考えていたりできていればそれに越したことはないような気がする。所謂「ストーリー」というヤツである。だがこれが結構難しい。 難しい理由はふたつあって、ひとつめは、「大抵同じようなパターンを考えてしまうこと」、ふたつめは「大抵いろいろとあって考えたとおりにはいかないこと」である。なんかちょっと矛盾した感じがだが、続けて書いてみよう。 ひとつめについてだが、だいたいジャズのアドリブソロなんちゅうのは、ひとつのパターンに陥りがちである。どマクロで考えると、典型的にはこんな感じか、
つまり、音量的にも音数的にも小さく(少なく)始まって、最後は盛り上がって終わるというパターンで、自分にも、他のプレイヤーにも、さらには観客にも極めてわかりやすいものである。これが悪いというわけではないが、あまりにもパターン化するのもなんかなあと思ったりする。自由なはずの即興演奏だからこそ陥る罠(不自由)とでも言うべきか。 とはいえ、これを打破するのはなかなか難しい。いきなり盛り上がって最後手探りで終わるというのもなんだしなあ。ずーっと一本調子でいくのもなかなか勇気のいることだ。ブレッカーだってメセニーだって煎じ詰めればこの王道パターンのソロばっかりやっているといっても過言ではない。かといってこういうストーリーを予め考えないでやっていればいいかというと、考えなくても結局こうなってしまうので、なんか人間の生理学的なものなのかもしれない(このパターンって、なんかあっち方面を思い出したりしますね)。 さて、仮にこの王道パターンでも、あるいはそれを打破するようなパターンでも、前もって準備していたとしよう。私の経験では、そういうときに限っていろんなことが起こってなかなか思うようにいかないのである。典型的には「1コーラス目から目算が外れる」というやつがあって、要は、例えば「静かに始まる」はずだったのが、前のソリストの都合によりリズム隊が盛り上がったまま自分のソロに突入してしまった」ようなケースがある。そのような場合は、「そのまま盛り上がってキメのフレーズをバシバシ出す」か「リズム隊が落ち着くのを待って、やおら予定してたアプローチをやってみる(上手くいく保証無し)」かの選択を迫られるなど、結局臨機応変に対応しないといけない。 結局、1コーラス目のソロの入り方というのが、その後のストーリーを決めるのかもしれない。そこでのバンド全体のサウンドおよび、自分の中に浮かんできたアイディアで、その後の構成がぼんやりと浮かぶ位かな。 というわけで、結局、私の場合は、ソロにストーリーを持たせようと努力はしているが、前もって全体構成のようなものを精緻に考えているわけでは無いというのが結論であろうか。要は行き当たりばったりに近い。ここら辺、一流の方はどのように考えられているのか極めて興味深い。 <課題(規制)の設定をする> 「全体構成は考えない」にしても、課題を設定してソロに望むというのはありだと思う。私もタマにやることがある。 ここでいう課題というのは、テクニック的なもの、ソロの構成的なものを含めていろいろなことが考えられる。例えば、
などなど。 これらの課題を設定してみる狙いは、「パターン化されたソロを防ぐ」ためと考えられる。ある課題を達成しようとすると、苦し紛れに何か新しいアイディアが出てきたり、共演者に「お、こいつ何かやってるぞ」と思わせて意外なレスポンスが出てきたりするので、ソロが予定調和的なものでなくなるのではないかという意味だ。 これはいろんなジャズプレイヤーが実際にやっていることだったりするかもしれない。マイクスターンが55バーでやっているセッションなんかはソロが異常に長くて有名だが、当人としては毎回何かしらの課題を持ってソロをやってるんじゃないかなあ。逆に、だから長くなるんじゃないかとも思える。どんな課題だと聞かれると常人である私には想像も付かないが。 こうやって考えてみると、これらは「課題」というより、ソロを行う上での「規制」を課しておくということなんだろう。規制が多い日本の社会では「規制緩和」が刺激を生み出すが、規制の無いジャズでは「規制強化」が新しい価値を生み出すのだ(ちょっと話を大きくしすぎましたね)。 というわけで、(4)に続く。 (2)はこちらから。 All Rights Reserved, Copyright (C) 1996-2002, Hiroyuki Yagi
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