おまけ小説 ミッチとネッチ
ずいぶんと昔に書いた小説です。子供向けのファンタジー小説ですね。
この作品は、「ねじまげ物語の冒険」の牧村洋一が習作に描いたことになっており、第二巻からは作品の舞台となっております。
ネタバレもふくみますので、ご注意下さい。
今回は、冒頭のさわりの部分のみ掲載しました。後半はねじまげ物語の冒険の舞台となってくるわけですが、そこはねじまげ物語! そのまま登場するからはわかりませんよ。
とりあえず、目次は全部掲載しております。
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銀河をずっと下ったところに、とてもきれいな星がある。
その星はとても平和で、戦争なんてない。一年中がずっと春で、木も草も生き物も、とても仲のいい星なのだ。
地上はずっと地平線まで花でおおわれていて、そこには一番きれいな水がながれている。
常春の星には病気なんてない。食物はあちこちになっているから、泥棒もいない。だから、みんなのんびりしてしまって、ひとに襲いかかるようなこわい動物もいない。
そんな星にすむ人たちは、きっとのんきで仕事なんてしないにちがいない。ここは銀河でいちばん幸せな星なのである。
とても遠い星だから、きっと行った人はいないんだろうな。
きれいな星のきれいな屋敷には、ひとりの貴族が住んでいる。ネッチモンド伯爵の屋敷である。
町中の職人が技術の粋をつくして造り上げた白亜の屋敷はおだやかな陽射しをうけてきらきらとかがやき、広大な敷地には狩猟用の動物がはしりまわっている、はずだった。
もともとこのウインザー家は星いちばんの名門の家であったが、伯爵自身は変り者で、都市にでて権力争いにしのぎをけずるでもなく、田舎のハンパーブルクという町で、気ままな生活をおくっていた。
その屋敷の廊下を、使用人がバタバタと走りまわっていた。
「大変だ! 旦那様がいなくなったぞー!」
かれの声をきき、他の使用人たちが、わらわらとあらわれた。
すると、ネッチモンドをさがしまわっていた別の男がやってきて、
「ミッチの奴も見当らないっ」
といった。
ミッチというのは、世捨て人のミッチモンドのことで、かれは毎日町をぶらつきながら、乞食生活を送っていたことだった。
公園や橋のたもとで悠悠自適の生活をし、昼になるとあちこちを徘徊している。まわりの人間からは変人扱いされているが、ネッチとだけはどういうわけだかウマがあった。
ふたりは、たびたび屋敷をぬけだしては、いろんな所へ出かけていく。
世捨て人の乞食と、星一番の伯爵がいっしょなのが、なんとも変わったところだった。
「あの二人、連れ出すのがミッチならいいんだけど、さそっているのは旦那さまだからなぁ」
鼻の下にひげをたくわえた男がこまったようにいった。
でも、そこはやっぱり、平和な星に住む人たちだから、「そのうち戻ってくるだろう」
と、至極楽観的になって、おのおの部屋にもどって行った。
この星の人たちは、いつもこんな感じなのである。
広い銀河をたった一隻、ボブンボブンと煙をはきながら、ヨタヨタと漂うようにとんでいる船がある。
「じつにきれいな星だなー」
虹の冒険号から銀河の星雲をながめ、ネッチモンド伯爵は、にこにこしながら言った。
目とカミの色は黒で、伯爵の割りに、面立ちには目立った特徴がない。
「なに、わしの金歯よりは光っちゃいないさ」
と、その隣で、ミッチモンドが、下アゴの二本の金歯をイーと見せた。
顔の中央に、おおきなワシ鼻がドデンとおかれていて、落ちくぼんだ目は、黒々とひかっている。ミッチはネズミ色(もとはまっしろだった)の貫頭衣をすっぽりかぶって、腰のあたりをヒモでむすんでいる。
世捨て人になってからは、すっかりうす汚れてしまって、どちらかというと、乞食になってしまった。
この人は、ジジくさいしゃべり方が好きで、声もどちらかというと甲高いので、あまり正確な年令はわからない。ボウボウにのばした髪は灰色になっているが、年はネッチと変わらないはずである。
シワがよってしんどそうだが、この人はまだ若いのだ。
「あいかわらず、その金歯だけは自満のようだねぇ」
シルクハットに燕尾服、それと胸もとに蝶ネクタイをきちんと結んだネッチは、あきれたようにミッチを見下ろした。
「この金歯は特別なんだぞ」
と、ネッチのあきれ顔にはまったく気づかず、ミッチは自満そうにいばりちらした。
二人は、いつものように虹の冒険号という、存在自体が化石みたいな船で、あてどもない旅に出た。臆病者のくせに、冒険好きなかれらは、こうして気が向くたびに、冒険旅行に出るのである。
その度にひどい目に合う。
帰るつど、こんなことはもうやめようと思うのだが、時間が経つと、こわかったことも忘れて、またぞろ旅に出たくなる。
今回もそうだった。いつのまにか連れだって、虹の冒険号を倉庫からひっぱりだし、夢中になって南の銀河をとびだしてきた。
冒険は、かくも恐くて楽しいものなのだ。
一本しかないエントツから、ボコンボコンと煙を吐くたびに、船はかすかに振動する。
「このボロ船も、ずいぶんとご機嫌じゃないか」
ミッチが機嫌よさそうにうなずいていると、「ボロ船とはなんだっ。この虹の冒険号はな、私のひいひいひい、ひいおじいさまから乗り継いできた……」
「そんな前から乗ってんのか!」
ネッチの講釈をきいて、ミッチの目玉は、ボヨンと飛びだしそうになった。
「そうだよ。なんとも愛着があっていいなぁ」
ネッチは幸せそうに目をほそめた。
ミッチは不幸せそうに顔をしかめ、「そういえば、ずいぶん古ぼけているもんなあ」と、少々感心したようにうなずいた。
「まぁ、いいじゃないか。こうして、銀河の旅を楽しめるのも、虹の冒険号のおかげだよ」
ネッチは、後ろのかまどに、スコップで石炭を放りこみはじめた。
虹の冒険号のエンジンは、なんと石炭で動くのだっ。
「その、石炭ってのが、なんとも不安なんだよなー」
ミッチはうたがわしそうに、せっせと石炭をくべるネッチを、しみじみ見やった。
木造の冒険号は、あちこちに木でつぎはぎが当てられている。おざなりな修復が、いかにも、「古いんです」と、主張しているかのようであった。
「はやく冒険にめぐりあいたいものだねぇ」
ネッチは燕尾服を脱いで、カッター一枚になりながら、ひたいの汗をぐいとぬぐった。
「今回はすてきな冒険になりそうだ」
ミッチがバネのとびだした椅子に、ドスンとすわりながら答えた。
この間の冒険でひどい目にあったのに、二人はちっともこりていない。
「今度は東の銀河に行こう」
ミッチが背もたれ越しにふりむくと、ネッチが奇声をはりあげた。
「ああ!?」
「どうした?」
と、ミッチは怪訝な顔でふりむいた。
ネッチはあきらかに動揺しながら、
「せ、石炭がなくなってるっ」
と、悲鳴じみた声で答えた。
見ると、星を出るときは、こんもりと山積みされていたはずの石炭が、今はほんの一山残すのみとなっている。ネッチのスコップで、一回すくえばそれで終りだ。
これは大変なことになってしまった。虹の冒険号は石炭で動いているのだから、それがなくなっては広い宇宙をただようしかない。
残っている石炭では、エンジンを一吹かししておしまいだろう。
さすがのミッチも、しばし唖然となってしまった。
「見ろっ」
と、ネッチがひとさし指をつきだした。
石炭の山から、シッポがひょこんとつきでて、右に左にゆれている。
ネッチがシッポをにぎって引きずりだした。すると、
「シングルハット!」
と、ミッチがわめいた。
ネッチの手の中で、宙ズリになって暴れているのは、白ネズミのシングルハットである。
「は、はなせっ」
暴れるシングルハットに、ミッチは怒ってちかづいた。
「こいつー、よくも大事な石炭を食べたなー!」
「ミッチが悪いんだぞ、オイラにだまって冒険に出たんだからっ」
今度はミッチに尻尾をつかまれながら、いたずらネズミのシングルハットは、すこしも悪怯れずに抗弁した。
ミッチとシングルハットはいっしょに暮らしている。どうもシングルハットは、旅に連れてきてもらえなかったことを怒っているらしかった。
「石炭を食べることないだろう、この雑食ネズミっ」
ミッチがツバをとばしてわめくと、
「いい気味だ。ミッチが悪いんだ。おいらをだました報いだ」
シングルハットは、手足をジタバタさせてわめきかえした。
虹の冒険号のエンジンが、ドカンドカンと、異様な音をたてはじめた。
ネッチはあわてて残りの石炭をかまどにほうったが、虹の冒険号は木の葉のように揺れはじめた。
「まずいぞ、あの星に吸いよせられてる!」
ミッチが、シングルハットの尻尾をつかんだまま、仰天して叫んだ。
虹の冒険号の窓には、巨大な星が大写しになっている。
石炭はなく、代わりになる燃料もなかった。
エンジンは完全に停止し、ネッチたちは為す術なく、星に吸いこまれていった。
木の葉の国
虹の冒険号は大気をひきさいて、やがて、深い深い、じゅうたんのような森のなかへ、音もたてずに落ちていった。
木々の梢を何本もへし折り、船体がはげしくゆれうごいた。ガコンガコンと、二度ほど大地にバウンドして、虹の冒険号はようやくとまった。
「ギャア、ギャア、ギャア!」
鳥たちが、なにごとかとさわぎたてる。
せまい船内をころげまわり、さかさになって壁にもたれかかっていたネッチは、その声をきいて目をさました。
視界がゆがんでいるな、と思っていると、それはそのはずで、床がななめになっていた。どうやら、きちんと着陸してはくれなかったようである。
ネッチは顔をしかめて、とりあえず声をしぼりだした。
「うう、ミッチ……」
見回すと、ミッチはかれと正反対のところで、おなじような格好をして気絶していた。
シングルハットは、まだシッポをつかまれたまま、やはり気をうしなっている。
ネッチは腰をおさえて立ちあがると、二人を起こしにかかった。
三人が苦労して船をでたとき、まず目にとびこんできたのは、この深遠なる森の風景だった。
かれらはハッチから、エッチラオッチラはいおりると、(船は横倒しになっていた)呆然と顔をあおのけた。
「こりゃ、すごい……」
森をおおう木々は、うっそうと枝葉をしげらせ、はるか上までぐーんと伸びている。ミッチは見上げていて首が痛くなった。
それは、見たこともない光景だった。こんな大きな木は、とんとお目にかかったことがない。ふとい樹幹は、チビの二人がどんなに腕をのばしたところでとうてい抱えきれず、とっかかりのない表面は、誰かにのぼられることを拒否していた。見上げていると、気が遠くなってしまいそうだ。
かぐわしい樹脂のかおりが、あたりの空気をみたしている。それは厳粛とした樹海の風景だった。
「こんなおおきな木は、われわれの星にはなかったね」
ネッチは興奮して拳をにぎり、シングルハットは意味もなくあたりを走りまわっている。
ミッチはあちこち歩いてみたが、あるのは木と石と、それにこびりついたコケぐらいなものだった。
どちらを向いてもにたような光景で、巨木が切れ間もなく、ずっと奥までつづいている。
むこうに、ミッチの胴ほどもありそうな枝が、青葉をつけたまま何本もころがっていた。墜落した際に折れたものらしかった。
その上空には、冒険号があけた穴から、青空がぽっかりのぞいていた。
ときおりヘンテコな動物が顔をだすが、目が合うと逃げてしまう。
「少々寒いぞ」
と、ミッチは腕をさすりながら、船のところへ戻っていった。枝や木の葉が幾層にも重なりあって、光が射さないらしかった。
ネッチは腰を落とし、なんとか横倒しになった虹の冒険号を引き起こしにかかった。
それをみて、
「無理だよネッチ。冒険号はすんごく重たいんだぞ」と、シングルハットがえばっていった。
「やい、シングルハットっ。こんなことになったのも元はといえばお前のせいなんだぞ!」
ミッチは怒って指をつきだしたが、シングルハットはつんとすましている。
「おいらを見捨てるからだ。神さまが怒ったんだ」
「こいつー!」
ミッチはとうとう頭の天辺から湯気を吹いて、シングルハットにつかみかかった。
「きーきー」
「どうだ、まいったかヒゲネズミっ」
ミッチはシングルハットのあたたかな体をぎゅうとしめ上げた。シングルハットはあわれっぽく啼いて、ミッチの手をひっかいた。
「いたーっ」
争う二人を尻目に、ネッチは虹の冒険号を、なかばあきらめかけていた。
「これはとても重いねぇ。私の力ではとても持ち上がりそうにないよ」
背を冒険号にもたせかけ語りかけるが、ケンカに熱中している二人は気にもとめない。
ネッチは気にせずつづけた。
「この星に石炭かそれに似た物があるといいんだけど、どうしたものかなぁ」
誰もなにも言わないので、ネッチは辺りを見回した。
「こんな森ではなにも手にはいりそうにないねぇ。どこかに町があるといいんだけど、どうやってそこまで行くかが問題だよ」
(もっとも、人間がいればの話なんだけど)
とネッチは声には出さずにつぶやいた。
虹の冒険号のうえでは、ケンカに疲れた二人がへたばっている。
「どう思う、ミッチ?」
ネッチはようやく振り向いた。
舌を出してうつむいていたミッチが、ぐぐいと顔を上げた。
「石炭は?」
どうやら聞いていなかったようだ。
ネッチは首をふって答えた。「もうないよ」
「ここはどこなんだ?」
「わからない」また振った。
ミッチはこの世でいちばん情けない顔になった。「じゃあ、どうすればいい?」
「どうしうようもない。ケッケッケッ」
これはシングルハットである。
かっとなったミッチと、またケンカになった。
ネッチは二人をほうって、背後の森へと顔を向けた。その視線が、ずうっと奥まで飛んでいった。真剣な顔で耳をそばだてている。なにかが走ってくる音がしたのだ……。
「ミッチ、ちょっとっ」
ネッチのあせった声を聞いて、ミッチはそちらに向き直った。
「どうした?」
すると、ネッチは正面を指差し、
「なにか来るみたいだ」
と、こわばった声でそうつづけた。
言われてみると、森はとても薄暗く、ミッチは気味が悪くなってきた。
ドキドキしながら立ち上がって、じいっと前方に目をこらす。なにもいない。しかし、
「ほんとだ……音がする」
と、シングルハットがつぶやいた。
「動物かな?」
ネッチは笑ったが、その顔はひきつっていた。
「か、隠れようネッチッ」
と、ミッチが慌ててまくしたてた。
「どこに?」
ネッチに言われてミッチは辺りを見渡した。身をかくすところはどこにもない。
そうこうするうち、森の奥から一匹の鳥があらわれた。
鳥といっても、空を飛ぶわけでもなく、地上を二本足で走っている。ドタドタと、バカデカイ足で大地を蹴った。風を起こし、草葉を揺らす。たいへんな速さだ。
そいつは変な鳥だった。駝鳥のように長く、駝鳥よりも太い首と足。はねが体の横っちょについてはいるが、とても飛びそうな感じではない。
ネッチたちは、あんな鳥は見たことがなかった。遠めに見ても、2メートルはありそうだ。不思議なことに、くつわをはめている。
「おかしな鳥だな」
ネッチが感心したように言ったので、ミッチはこわさも忘れてふきだしてしまった。
よくみると、鳥の背中にはだれかが乗っている。とても小さな人影で、乗っているというよりは、しがみついている、といった感じだった。
「どうも子供らしいな」
ミッチは、相手が子供だと全然平気らしく、もうかくれたいとは言わなくなった。
子供を乗せたおかしな鳥は、砂けむりを上げながらこちらにやってきて、つったつ三人の前に、横向きになって停止した。
間近でみると、そいつは予想よりずいぶん大きかった。ただでさえ背のひくい二人は、じっとしていると、あぶみにかけた足しか見えない。アゴを上げると、顔がみえた。
「こ、こんにちは」
ネッチがうしろ頭に手をやって、ぺこんとおじぎした。
「こんにちは……」
こちらもあいまいにわらって頭をさげた。まだあどけない、八才ぐらいの男の子だ。鞍にすわって、こちらを見下ろしている。
さらさらとしたキレイな金髪が、ほおにかかる。あおくすんだ瞳が、ちらちらとまたたきした。はだが白く、ほっそりした体つきだ。
身長はじぶんたちより低いな、とネッチはおもった。二人はもう立派なおとなだが、背丈は百六十センチとたかくはない。
「ぼくはナーシェル」
と、ナーシェルは名乗った。
「わしはミッチモンドだ」
「わたしはネッチモンド。三代目の伯爵だよ」
ミッチとネッチは、すっかり安心してこたえた。
「伯爵? じゃあえらいんだね」
ナーシェルが、くりくりした目をおどろいたようにみひらいた。
「いやぁ、そんなことはないよ」
ネッチがテレてわらっている。
「わしなんて世捨て人なんだぞ」
ミッチがぜんぜんじまんにならないことを、じまんそうにしゃべっている。
「おいらはシングルハットっ」
と、いたずらネズミが、ネッチの帽子にのっかってわめいた。ナーシェルはくすりとわらった。
「こんなところでなにをやってるの?」
いぶかしげに聞かれて、ネッチはこまってしまった。まさかべつの星からやってきましたとは、とてもいえない。
「北の銀河からやって……」
うかつに答えようとしたミッチの後頭部を、ネッチがたたいた。
「なにをするんだっ?」
ミッチが涙声でうったえると、
「ばかっ、そんなこといってわかるわけないだろう」
ネッチが小声でささやきかえした。たしかに、虹の冒険号を説明するのはむずかしそうだ。ミッチは納得したようにうなずいた。
こそこそ言い合うふたりに、ナーシェルは眉をしかめて問いかけた。
「どうしたの?」
「この鳥はずいぶんかわってるね」
ネッチがわざとらしく話をそらした。ミッチがニマリとして肘でどついた。
はたして、ナーシェルの注意はそちらにそれた。
「ドードー鳥のこと? どこにでもいるよ」
と、不思議そうにネッチをみつめる。
ミッチがネッチの脇腹をつついた。まずいんじゃないか、という意味だった。この星では、ドードー鳥が馬のかわりをしているらしい。知らない方がおかしいのである。
ナーシェルは答えをまっている。今度はミッチが話をそらした。
「きみはどうしてここをとおったんだ?」
ナーシェルはたづなをうまくあやつりながら、「これから城へ行くんだ」とこたえた。
「城?」
「そうだよ。女王さまに呼ばれたんだ」
ほこらしげにいうナーシェルに、ネッチたちは顔をみあわせた。城と女王さまに、このナーシェルという少年が、どうしてもむすびつかなったのだ。
「それで、ネッチたちはここでなにをやっているの?」
「それが……」
ネッチは肩ごしにうしろを見やった。虹の冒険号が頓挫している。
ナーシェルは目をまるくした。
「うわあ、あれはなに? おおきいなぁ」
と、感嘆の声を上げている。
「虹の冒険号さ。わしらが空からのってきたんだ」
と、ミッチが観念したのか、天狗のように鼻をのばして、ほんとうのことをいった。
「空から?」
ナーシェルは不思議そうに上をみあげた。
枝葉にさえぎられて、空はみえず陽もささない。
「これが空を飛ぶの?」
ナーシェルはこらえきれず、吹きだしてしまった。
「ほら、やっぱり信じない」と、ネッチがミッチにささやいた。
「じゃあ、ネッチたちは魔法使いだね」
ナーシェルはわらいながらドードー鳥の背をおりた。
ミッチとネッチは、きょとんとした顔で、ナーシェルを見つめている。
「すごいなあ」
その間に、ナーシェルはたづなを引いて、冒険号のところまで歩いていった。
「どうやってとぶの?」
と、好奇心にかがやく目で、三人をふりかえる。
「石炭で飛ぶんだよ」
ネッチも虹の冒険号のじまんは大好きだから、ついうれしくなって教えてやった。
「石炭って?」
「黒い石みたいなかたまりなんだが……」
いくらかの願いをこめてミッチは聞いたが、ナーシェルはそんなものは知らないと首を横にふった。ネッチたちはがっかりした。
「そのせきたんがないと、これは飛ばないの?」
「それでこまってるんだ。どこかにおおきな町はないかな?」
「町はとても遠いよ。この森を抜けなきゃいけないからね」
ナーシェルの答えはあまりいいものではない。
「きみの行く城はどこにあるんだい?」
ネッチは子供のひとり歩きは危険だと思ったので、すこし心配してたずねた。
「町よりはちかいよ」
と、ナーシェルはいったので、三人は考えこんでしまった。
「町まで行けば、石炭ぐらいはあるんじゃないかな?」
「でも、ずいぶん遠いっていうぞ。もしなかったらどうするんだ」
「代わりになるような物をさがそう」
「どうやって?」
シングルハットが口をきくと、ふたりはたいへん弱ってしまった。代わりになりそうなものなんてとんと思いつかないからだ。
「女王さまに聞いたらどうかな? 女王さまはとてもえらいから、いろんなことを知ってるとおもうよ」
と、なやんでいる三人を心配したのか、ナーシェルが口をはさむ。
ミッチとネッチは、これをしごく単純に理解した。
「それは、とてもいい考えだっ」
「女王に会おうっ」
ふたりは明るい声で、手をうち合わせた。
「どうかな。女王が会ってくれるとは思えないけど」
と、シングルハットだけは、うたがわしげに眉をしかめている。ネッチはともかく、こじきのミッチはむずかしい。
「女王さまはなんできみを呼んだんだろう?」
「さぁ、ぼくもくわしいことは知らないんだ」ナーシェルは少しこまったように眉をしかめたが、「でも、女王さまに会えばすぐにわかるよ。ぼくらの女王さまは、とてもいい人で有名なんだ」
すぐにぱっと笑顔になった。
「ともかく、城まで行こうじゃないか」
ミッチが元気よくいった。
「ドードーに乗りなよ。これならあっという間だよ」
ナーシェルが、かたわらに立つドードー鳥の頭をたたいた。ドードー鳥はクェーとないた。
「うんせ、こらせ」
苦労しているミッチを、先にのったナーシェルとネッチがひっぱりあげた。
「おいらを忘れるなー!」
下でシングルハットがさけんでいる。ドードー鳥がくちばしにくわえた。
「わっ、やめろ」
もがいているシングルハットを、ナーシェルがすばやく手にうつした。ポケットに入れると、シングルハットはようやく安心したようで、ほっと息をついてみせた。
「落ちないだろうな?」
ネッチの腰にしがみつきながら、ミッチが心配そうにたずねた。三人乗るとやはり手狭で、ミッチのしりは鞍から半分はみだしている。
ネッチはそれには答えずにうしろを向いた。
「冒険号は大丈夫かなぁ?」
「こんなところじゃ、盗む奴もいないだろう」
ミッチは意外に高いドードー鳥の背に、ひやひやしながら言い返した。
虹の冒険号は、木々のはざまでしんとしている。
ナーシェルがたづなを引くと、ドードー鳥はものすごいはやさでかけだした。
ネッチたちの悲鳴が、後にのこされていく。
「ひいえええええええ!」
ドードー鳥はじつに足のはやい生き物だった。まわりの景色がざーざー後ろにながれていく。色と色がまざりあって、パレットの絵の具をあらいながしているようだった。
虹の冒険号よりはやそうだとミッチは思った。風のない森で、ドードー鳥は風になった。
ネッチは自満の帽子をとばされまいと、懸命になっている。
しばらく進むうち、ナーシェルは道をふさぐ大木に目をとめた。まわりの木とはまるでちがって、背もひくいし色もちがう。ただ、胴まわりだけはたっぷりあった。
たづなを引いて、ドードー鳥を急停止させる。
「どうしたんだい?」
ナーシェルの背中に鼻をぶつけたネッチが、なにごとかと顔をしかめて問いたずねた。
ドードー鳥はゆっくりと大木に近づいていく。
後ろのふたりも、道をふさぐ巨木に気がついたようだ。
枝振りはみごとだったが、ずいぶん葉が散っている。
ネッチたちが鞍から下りると、地面がガサリと音を立てた。落葉だった。この木だけが、枯れてしまっているのだ。
ナーシェルは、ふと老人の姿を連想してしまった。朽ちていく木というのは、年老いた人間に似ている。
「ジャマだなぁ」
ミッチが本当にジャマそうにいった。
「どかすのは無理だね。迂回しよう」
ネッチがその木をみあげながら付け足した。
道のまわりはデコボコで、起伏がはげしいが、歩いてならさけて通れないほどではない。
ナーシェルがうなずこうとした時だった。
「きみたち」
突然、それまでだまっていた木が口をきいたので、(本当はずっと黙っているものなのだけれど)ネッチたちはひっくりかえるほど仰天した。
樹皮の模様だとおもっていた部分がじょじょに開き、ふたつの眼とひとつの口になった。まんなかには、鼻のかわりか、枝が一本生えている。
そいつは、二三度まばたきすると、口をひらいて問いかけてきた。
「私の名はパンプット。きみたちは木の葉の城に行くのかね?」
「そうだけど」
ただ一人、おどろきもあわてもしないナーシェルが、パンプットの質問にこたえた。
「おい、この木はなんでしゃべるんだっ」
いちはやくショックから立ちなおったシングルハットが、ポケットから身をのりだしてわめいた。
「生きている草木はしゃべるよ」
ナーシェルは不思議そうな顔をして、シングルハットをみおろした。
ここでは、ただの樹木がしゃべっても不思議でもなんでもなく、あたり前の出来事なのである。そんなことを聞くシングルハットの方がまちがっていた。
「きみは本当にお城に行くのかい?」
パンプットは念をおすような口調できいた。
「これから女王さまに会いに行くんだ」
「そうか、きみがナーシェルかっ」
ナーシェルの返事にパンプットは快哉を上げた。あまりの声のおおきさに、答えたナーシェルの方がびっくりしてしまった。
「どうして、ぼくを知ってるの?」
ナーシェルが目をしばたかせると、
「きみは女王さまに呼ばれたんだろう?」
パンプットは返事のかわりにべつのことを聞いた。
「うん」ナーシェルはちいさくうなずいてから首をかしげた。「へんだなぁ。生きている草木は、もっと南にいるはずなのに……」
すると、パンプットはよく聞いてくれたと言いたげに、枝を揺らし、わずかにのこった葉をならした。
「そうなんだ、南ではたいへんなことが起こっているんだっ」
「大変なこと?」
ナーシェルたちは顔をみあわせた。
パンプットは大きくうなずきながら、目をみひらき、必死のうったえをはじめた。
「わたしの友だちや、森のみんなが枯れはじめたんだ。木も草も花もっ。見てくれ、このわたしの体を」
と、ふとった幹をふるわせた。
その体はあちこち痛み、頭の枝たちはほとんど葉を枯らしている。
パンプットは、もとは立派な青葉をはやしていたにちがいない。それが、今はどの枝も、それこそ小枝にいたるまで、きれいに肌をさらしている。中にはまったく葉がない奴もいた。
「ずいぶん葉がなくなってしまっているね」
ネッチが見たとおりのことを答えた。
ミッチはのこった木の葉をかぞえてみたが、どうしても三十枚ほどしかない。これは、パンプットにとっては死活問題である。
「その成れの果てがこれだよ」
と、パンプットは地面の落葉に目をやった。葉は、枯葉にかわりつつある。
「わたしは、九百九十九の葉っぱひとつひとつに、詩や物語をおぼえこませていた。それが今ではこれだけになってしまった」
パンプットは、のこった木の葉をふるわせ、かなしそうに目をとじた。
「南では、なぜきゅうに草や木が枯れだしたんだろう?」
ナーシェルが聞くと、パンプットはうす目をあけた。
「わからない。わたしはそれを確かめるために、城に行こうとしていたんだ。仲間を代表してね」
それは、パンプットが、九百九十九もの詩や物語を言えるからにちがいない。パンプットは、仲間の木や草のために、さまざまな物語を聞かせていたにちがいない。
かれは、偉大な木なのだ。
パンプットは、またつらそうに目をとじた。
「だが、もうだめだっ。ここまで来たのに、こんなに葉っぱが落ちてしまっては、うごくことも、詩を思いだすこともできない……」
おわりの方は、口端からもれた溜息のためにかすれてしまった。
パンプットはまた目をひらき、ナーシェルを見つめた。
「だが、わたしはきみに会うことができた。ナーシェル、わたしはきみに頼みたい。女王さまに会って、原因をたしかめてくれ。女王さまも、そのために君を呼んだんだ」
「ええっ?」ナーシェルは驚いて肩をすくめた。「ぼくなんかに出来るわけないよっ」
そういって、小さな体をもじもじさせている。
ナーシェルは、そんな大変なことになっているとは思っていなかった。自分は子供だから、女王さまの用事なんてたいしたことがないだろうと、かるい気持ちでここまでやってきたのだ。
「できるとも。だからこそ女王さまはきみを呼んだんだ」
パンプットはつよく、確信をこめた声でいった。
「でも、ぼく、そんなたいへんなことだなんて、知らなかった」
ナーシェルは今にも消えいりそうな声でこたえ、目に涙をにじませた。
「弱気になっちゃだめだナーシェル。がんばるんだ」
ネッチがいそいで応援した。
「おいらたちがついてってやるよ」
と、シングルハットも子供にはやさしいらしい。
「そうだとも、あっはっはっはっはっ」
ミッチが豪快にわらって幹をたたくと、葉がバラバラと落ちてきた。
「ワッワッ、枯れちゃうー」
パンプットが葉を落とすまいと、必死に体を折ったり伸ばしたりしている。
「ミッチ。きみは鬼かね」
とネッチは身も蓋もない。
(わざとじゃないのに……)
ミッチは木々を見上げた。
「ぼくが行かないとだめなの?」
ナーシェルは泣きだしそうな表情で、パンプットのおおきな体をみあげた。
パンプットはつらそうに、ナーシェルをみおろし、「残念だがきみしかいない。女王さまが呼んだのはきみなのだからね」といった。
「わかったよ。どうしてそんなことになったのか、きいてくる」
ナーシェルはそういうと、服の袖でまぶたにたまった涙をふいた。
「ありがとう、ナーシェル」
パンプットはうれしそうに笑みをうかべると、道のわきにのしのしと退いた。
「これこそ冒険だ」
「冒険だ」
ネッチとミッチは、冒険の予感に心をおどらせ、手をとりあって喜んでいる。
「それじゃあ、パンプット、元気でね。ぼくらが女王さまに会うまで、枯れたりしたらダメだよ」
ナーシェルたちはふたたびドードー鳥にのっかると、パンプットにわかれを告げ、木の葉の城をめざしてはしりだした。
「気をつけてなー」
砂煙の向こうで、パンプットが枝を腕がわりにふっている……。
そのころ、南の領域は、枯れの危機にひんしていた。
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