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新連載! スペース・オブ・サムライ!

お知らせ


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新連載!はじまりはじまり


 
 原稿は随時掲載していく予定です。感想などいただけると、大変助かります。

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  序



 ウルリッヒは体毛のないアルスト星人の滑らかな首に指をまわし、その脈動が刻々とか弱くなっていくのを感じていた。彼の右手は生前はメニスという名であった男の背にヒートナイフを差し入れている。それをぐるりぐるりと回しながら、背後でいさかうイムリッヒとアーデルガイドの声を訊いた。彼はちらりとその方を見たが、すぐにメニスに目を戻した。いかにも高度な文化を持つ星人らしい退化した細い顎に指を伸ばし首をこちらに向け、白目をむき充血した瞳を注視する。似ている。故郷を襲い、家族を殺したアルスト星人の男によく似ていた。というのも彼の恨みが甚大だから、どのアルスト星人を見てもそう思うのかもしれない。ウルリッヒはヒートナイフを強く突き入れた。もう一度。もう一度。メニスは内臓の焼ける苦しみに身を仰け反らせるが、声を発しない。脆弱なアルスト星人のくせにしぶといものだ、とまるで殺人の当事者ではないような冷静さで刃を回している。他のアルスト星人はアーデルガイドらが瞬く間に殺してしまったから、彼が復讐の趣向を向ける男はこのメニスにしかないのである。
「なぜ殺したんだ」
 とイムリッヒはしつこく言った。彼らはアルスト星人らの公用語をやめ、故郷の言葉で話している。イムリッヒは訛りが強く、声も甲高かった。ウルリッヒはメニスに向いた殺意が自分とよく似た名の同郷人に向くのを感じた。
「これでもう俺たちは故郷に帰れない。連絡をやめたらすぐに母船が来るぞ。俺たちだけでどう戦うんだ!」
「戦う必要などあるか。星に逃げこめば、やつらとて見つけるのは容易ではない」
「俺たちはよくても故郷の仲間はどうなる!」
 ウルリッヒはメニスの頭を床にたたきつけた。憂さの晴らしが足りないのだ。三度目でメニスが死んだことを確認すると(脳が流れ出れば、たとえ頑強なディード星人でも死ぬに決まっている)立ち上がった。
 母艦のパンディエスタは遠く離れている。探査船インパスファに乗り込み、名も知らぬ星に向かうところだった。
 アーデルガイドが激しく言いつのった。
「故郷がどこにある。もう五年も奴らの奴隷になったままだ。俺たちの星に生き残りがいるとなぜ言える」
 イムリッヒは巨大なレーザーガンを振り上げ、三人に向けた。
「探査船を戻せ。パンディエスタに戻るんだ」
「戻ってどうなる? 許しを請うのか? この船にはもうアルスト星人はいないんだぞ」
「お前たちが殺したんだ。お前たちが……」
「ああ、その通りだ。奴らの武器をごっそりと盗んでな」
 アーデルガイドが気を引く内に、ウルリッヒはイムリッヒの懐に飛び込み、レーザーガンをヒートナイフの柄ではたき落とした。その反動を利用してイムリッヒの左腹部を深々と刺した。イムリッヒはパワースーツを着ていない。この反乱を起こすのにウルリッヒたちは、この同郷人に相談すらしなかったからだ。

 イムリッヒは苦痛のうめき声を上げたが、ウルリッヒは許さなかった。さらに深くヒートナイフでえぐる。イムリッヒは苦しみ、彼の目玉を押しつぶそうとしたが、ウルリッヒは首を振って外した。ウルリッヒには、アルスト星人とのゲリラ戦を戦い抜いてきたという自負心がある。アーデルガイドとフランツィスカはその生き残りである。だが、イムリッヒは別だ。故郷での戦いのとき、この男はどの戦場にもいなかった。イムリッヒは中途でつかまり、すでに捕虜になっていた三人に合流しただけのことだ。貴様は逃げ回っていた、そうだろう、とウルリッヒは思った。ディード星人はおおむね好戦的な者が多いが、イムリッヒは穏健派で、故郷での戦いでもそうだったに違いない。
「お前を見ていると虫酸が走るんだ。この場で死ねえ」
 ウルリッヒの呪詛をこめた物言いに、イムリッヒは驚いた、というより傷ついた顔をした。だが、アーデルガイドもフランツィスカも止めなかった。故郷の争奪戦、あるいは奪還に命を張ってきたウルリッヒたちはこの気弱な同郷人を軽蔑し見限っていたのだ。
 苦しむイムリッヒの顔をアーデルガイドがまたいだ。
「お前はばかだ。あの星の連中は俺たち以下の未開人だぞ。これだけの武器があれば、なんとでも支配できる。アルスト星人が乗り込んできたところで、俺たちだけなら何とでも逃げようがあるんだ!」
「故郷を、ディード星に戻れなくてもいいのか!」
「世迷い言を言っているのはお前の方だ! どうやってアルスト星人から星を取り戻すんだ!」アーデルガイドはぐっと顔を近づけた。「もうあきらめろ」
「たった四人で何ができるんだ!」
 イムリッヒが首を振ると、血液が飛び散った。裏切り者でも血は赤いか、とウルリッヒは吐き気がした。
「三人だ。貴様はもう役にたたん」とアーデルガイドは嘲笑った。
「クワイガンは、クワイガンは知っているのか」
 イムリッヒは泣くように言った。アーデルガイドの顔に怒りがわいた。クワイガンは母船にただ一人で残ったディード星人である。
「奴が何だ。戦いの最初からアルストの奴らに取り入って、俺たちを裏切って来た男だぞ!」
「それは違う。奴も俺たちと同じく捕まっただけだ」
 アーデルガイドは聞いていなかった。彼らは戦いを好まないクワイガンのことを、イムリッヒと同じように嫌っていたのだ。
 フランツィスカが取りなすように言った。「やつらの船に乗せられて、俺たち以外のディード星人にあったことが何度ある。三度か? ディード星人の生き残りが大勢いるなら、なぜ他の仲間に会わないんだ」
 イムリッヒは言葉に詰まった。「ディード星人が皆殺しにあったとは思えない」
「いたとしても、いまさら殺すまい。やつらも奴隷が減るのは嫌がるだろう」
 俺たちを殺しすぎたからな、とフランツィスカは自嘲のような不思議な笑いをした。
「死ぬのは俺やあんたの家族かもしれないぞ」
 イムリッヒは肉髭を振るようにしてアーデルガイドに向き直った。ウルリッヒは鼻で笑った。アーデルガイドに身内などいないことを知っていたからだ。もともと天涯孤独なのである。
「奴隷暮らしはごめんだ。あそこにいるのは俺たちと同じ未開民族だ」
 ウルリッヒはもうヒートナイフを抜いていた。イムリッヒは這いずるようにしてアーデルガイドに言いつのった。
「未開民族だからとて抵抗しないはずがない。あんたたちがそうだったろ」
 ウルリッヒはひやりとなった。彼とフランツィスカが懸念していたのもそこだったからである。しかもアルスト星人と彼らはちがう。人数が少ないのだ。一時は支配できたとしてもいつ寝首を掻かれるかわからない。
 ウルリッヒはアーデルガイドの横顔を盗み見た。アーデンガルドにもその考えはあったはずだが、鼻先で笑い飛ばしている。生まれつきの境遇のせいだろう。逆境に強くディード側のリーダーとして行動してきた。その自信が強気にさせるのだ。アルスト星人の追っ手すら恐れてはいないようだった。
「捕まってからもう五年も奴らの宇宙船に乗せられたままだ。今が自由になるチャンスなんだ。このまま使い捨てられて死ぬのがいいなら好きにしろ」
 俺はあんたについていく、とフランツィスカが言った。俺もだ、とウルリッヒも追従した。三人はオートパネルに映る青く美しい星に見とれるようになった。イムリッヒも倒れ伏したまま頭をもたげ、星を見ていた。
「探査船で逃げたところで追いつかれるのが落ちだ。俺はこの好機にかけるぞ」
 とアーデルガイドは言った。ウルリッヒはうなずいた。この頭目が嬉々としていることがわかったからである。
 ウルリッヒたちは慣れない操船をしながら新しい故郷へと近づいていった。そして、全ての戦いは始まったのである。

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 第一輯 神隠し


    一


 亀也太は必死だった。高木村の村道を転ぶように走っている。まだ二十にならぬ若者だ。自分が見た物に魂が消し飛んでいる。
 庄屋屋敷だ、あそこまで行けば判野様たちがいる。
 助けて、と手足で前方をかくようにしながら喘ぎながら走り、亀也太は助けて、とつぶやいた。太吉っつあんは、もう殺されちまったかもしれねえ。亀也太は判野彦四郎の年老いたが優しい笑顔を思い浮かべ、侍だったらみんな助けてくれと胸の内に祈った。屋敷の正門に、忠八が槍を抱えて座り込んでいるのを見つけたときにはもう半べそを掻いていた。

    二


 判野音史郎は父親の肩を揺すり起こした。障子戸の外はわずかに明るかった。庄屋といえど、農家の朝は早い。にしても妙だ。人の騒ぐ声がするのである。
 彦四郎はさすがこのような事態だから、すぐに目を開け、
「どうした音史郎。また神隠しか?」
 と十八になる次男坊に訊いた。二人とも寝間着には着替えていない。音史郎も羽織袴のまま平座している。
「そうではありませぬが忠八が騒いでいるようです」
「忠八が?」
 彦四郎は、これは何事かあったなと眉をひそめた。忠八は判野家の家僕である。長年彦四郎に仕えてきた、腹の坐ったいい男である。彦四郎はもう五十四になるが、そこは若い頃から武芸狂いで神刀流の免許もとった男である。すぐさま起き出して息子とともに帯刀をした。気の早いもので、もう襷をかけて股立ちまで高く取り出した。
「神隠しが乱発してはたまらん」
「お言葉ですが、兄上の同輩には逃散(農民が他領に逃亡すること)を噂するものもおります」
 と彦四郎の支度を手伝いながら音史郎が言った。
「ばかな、じわじわとやる逃散があるものか」
 と彦四郎。すでに役目は嫡男に譲って隠居の身である。

 そうする間にも障子戸の向こうに人影が立った。旦那様、とその陰は言う。音史郎が戸を開けると、忠八が両手をついて平伏している。彦四郎に仕込まれて、これもいっぱしの槍を使う。彦四郎が首を伸ばすと、敷石に平座しているのは高木村の若者である。
「お休みの所を申し訳ありませぬ。これなる……」
「おう、お主は亀也太か」
 と彦四郎は一村民も熟知している。この彦四郎、若くから高木村になじみ、気取らないその人柄から知行地である高木の村人にも実に良く愛されている。元が四男坊で家を継ぐ可能性も薄く、若年のころは剣術にかけて過ごしていた。神隠し事件にもおっとり刀で駆けつけたあたり、腰の軽さがわかる。二百石の家柄は、種田藩では上士にあたるが、出世に興味を示さず、藩でも奇妙人で知られていた。
 ともあれ、高木村でつぎつぎ人が消えたのは事実だ。わずか五日あまりの間に七人。事件は藩庁の知るところとなり、すでに下横目(下級警官)も動いている。村人が近くの山間に捜索を出した矢先でもあった。
 亀也太は事件のあらましを語った。庄屋当主の徳兵衛も出てきて、若者を落ち着かせている。高木村の村役は、一年ごとの入れ札(選挙)で決める。もめごとがあったときには、この彦四郎がその腰の軽さで何度も動いてきた。自然、庄屋屋敷も他村のように大きくはない。
 つまるところはこうである。高木村の仁助というものが朝の捜索に顔を出さなかった。心配した村人が様子を見に行ったところ、雨戸も閉め切ったまま、戸締まりをし返事もない。が、異様な物音がするのである。すぐさま村人が集まって強引に戸を外し、太吉という力自慢が押し入った。そして――彼もまた出てこず仕舞いなのである。
「太吉は返事もしませんので。それに、血の臭いがいたしやす。面妖な声もいたします。太吉っつあんは死んだやもしれませぬ」
 と亀也太はもう涙ながらに訴えている。
 彦四郎は勢いぶって廊下に出た。
「これは神隠しどころではない。徳兵衛どの、すぐさま郡奉行に人を回して手代を寄越してくれ。下横目の甚野もつれてくるのじゃ」
「しかし……」
 と音史郎は言った。山賊か何かを想像しているのだろうが、生まれてこの十数年、そのような輩が藩領に出たなど、聞いたこともなかった。
「忠八、槍をもて! すぐに仁助一家を救いに行くぞ」

    三


 彦四郎がわらじを履いているところに、音史郎が近づいた。音は、昔から彦四郎が剣術に付き合わせてきた。真っ正直すぎて腕は目録どまりだが、聡明さが目の涼やかさにまで現れている。その音の忠告だから、嫡男の苦言にも耳を貸さない彦四郎もつい耳を傾けた。
「太吉というのは村の相撲自慢でしょう。大柄の」
 と高木村にもたびたび連れ出したから、よく知っていることだった。
「うむ」
「それが簡単に捕まったとは、相手は一人二人ではありますまい」
「じゃから奉行所の手代を呼んだわい」
 音史郎は迷うように目をぐらつかせる。
「ご無礼かも知れませぬが、父上と忠八が敵わぬなら、奉行所の手代など相手になりますまい」
「ふむ」
「村のことを心配して、大石殿らが道場に詰めておられます。彼らを呼んでおきましょう」
 彦四郎は無言で息子をみた。実のところ、音史郎の腹の内は見透かしている。この若者は、軽格ながらすこぶる腕の立つ大石らを兄のように慕っている。音は部屋住みの身の上だから、腕に比して藩からも軽く扱われる大石らに共感を覚えるのかもしれない。彦四郎は、こやつ大石らに手柄をあげさせようという腹づもりじゃなと思った。まさか、このご時世に出世はのぞめまいが、報償が出れば大石らの家計もいくらか助かるであろう。もともとこの彦四郎、好男子の大石をすこぶる気に入ってもいた。
「わかった。亀也太。使いを頼むぞ」

    四


 判野彦四郎が仁助一家の元に駆けつけた時には仁助一家を囲む村人の数は百名とも二百名とも見てとれた。すでに近隣の村人も集まってきているのである。彦四郎は村人らをかきわけるようにあるいは彼らに押し出されるようにして仁助宅の庭先に出た。農家の引き戸は内側に蹴倒されて消えている。太吉は村の相撲自慢で荒事が好きな性格だから彼の仕業らしかった。
「太吉はまだ出てこんか。返事はないのか」
「ありませぬ」
 彦四郎は高木村から多くの者を召し抱えている。見知った顔も多い。太吉は中に入るなりさらわれるようにして土間から消えたようである。
 仁助宅は典型的な農家。半分は土間で農耕馬や鶏などを飼っている。左側が居住区であるが、太吉はその居間から伸びてきた腕に瞬く間にさらわれたようだ。近くにいた者の証言によると、太吉の体をさらったのは、人のものと思われぬ巨腕なのだという。
 彦四郎はあることに気づいてしゃがみこんだ。庭の土に変色した部分がある。指でさわり、わずかに持った。指ですりあげると湿っていた。
「これは血痕ではないのか? 中から出た者がいるのか?」と近くの者に訊いた。
「いえ、俺たちみんなで家を囲んどりやすが、出てきた者はおりやせん」
 彦四郎は、音史郎、忠八と顔を見合わせた。ならば、入る前に落ちた血痕か?
「太吉を取り込むような奴です。出てこないまま囲まれておるのはおかしゅうございます」
 と忠八。彦四郎はうなずいた。二人とも侵入者が怪我をしているのではないかと疑ったのだ。
 よく見ると、血痕は草むらから家まで続いている。「深傷のようじゃな」
「わしが様子を見てきます。旦那様はここでお待ちくだせえ」
 忠八が槍をしごいて立ち上がると、村人たちが感嘆の声を上げた。彼らも鋤鍬をもって囲んでいるが、どう対処したものか、手をこまねいていたのだろう。なにしろ中の奴の得体が知れない。
「まて、忠八」
 と彦四郎も刀を抜いて後を追った。

    五


 彦四郎と忠八はそれぞれの側面を守るようにして玄関口に立った。田舎家なだけあって、仁助宅は入り口も広い。忠八は右から槍を突きだし、中の空間まで差し入れてみた。反応がない。
 彦四郎は忠八の左に立って、懐に飛び込んでくるようならいつでも斬りかかる準備を進めている。
 彦四郎は体幹を推し進めるようにして前に出た。躙り足で覗くと、右手に土間を仕切る壁が見えた。そこには黒光りする柱がとりつけられている。上は天井こそ低いが、かなり広い物置となっている。今風に言うロフトである。壁の向こうは農耕馬が居るはずだ。
「馬の鳴き声がしやせんぞ」
 すでに殺されたのかもしれない。彦四郎はふと黙り込んだ、血臭をその鼻に嗅いだのである。忠八も気がついたようで、二人は視線を見交わした。
「音、お主は後ろに控えておれ」
 と言ったが、音史郎はすでに父を守るようにして抜き身を下げている。
 三人とも文政時代の武士で、真剣での斬り合い自体がはじめてだ。呼吸が荒い。
 忠八は槍を揺らめかしながら、大きく一歩踏み込む、そのまま土間の高い桟を越え中に足を下ろした。そうして家の暗がりに顔を近づけてみると、血の臭いは甚だしかった。横にきた彦四郎が、こりゃあ、みな死んどるぞ、と忠八にしか聞こえない声でつぶやいた。忠八はまた体幹を滑らすようにして歩を進めた。足はべったりと地につけたままだ。後足が桟にかかると、そっと上げて骨組みを越えた。
 忠八はさらに槍を伸ばしながら、左手の居間をみた。障子戸は開きっぱなしだ。忠八の視線の先に大きな足が転がっていた。忠八には太吉の足の裏がいやに大きく見えた。そのとき主人の彦史郎が声をかけたので、忠八は腰が浮き上がるのを覚えた。
「どうじゃ、忠八」
「あきません。太吉は死んどりまっす」
 と忠八は言った。ささやいたつもりだったが、震え声は意外に広範囲に届いたものらしい、村人がいっせいに騒ぎだした。音史郎が、静かに静かにとみなの声を抑えている。声に紛れて襲いかかってくるのはよくあることだ。彦四郎が放胆にも八相に構えて、乗り込んできた。位置は忠八のわずか後ろ。視界を遮らぬように心得ている。
 太吉はまるで熱さをしのぐときように、畳の間に大の字に寝ころんでいる。が、その腹は食い破られて、内臓が大きく飛び出しているのが見えた。その部屋の奥は仏間のはずだが、赤くぬられた戸が閉まっている。見えなかった。彦四郎は雨戸を開けて、物が見えるようにしたかったが、村人にこんな光景は見せられないし、下手人に逃げる機会を与えてしまう。
「人の気配がありゃあせんぞ」
 と彦四郎。仁助一家はやはり死んでいるのだろう。
「犯人はこの奥でしょうか?」
 と忠八は壁の向こうを気にした。逃げるつもりなら、家の構造上、勝手口のある土間に出ていると思われた。
「いったん外に出て甚野たちの到着を待とう。出口を固めてから、下手人を捜すんじゃ」
 忠八がわかりましたと言おうとしたときだ。上から何かが落ちた。それが土間の土にぴちゃりと落ちた。忠八はその場から飛び下がりつつ、穂先を大きく上げた。慌てたために、梯子に当たり木組みを削いだ。木片がバラバラと散った。彦四郎はこれも忠八から離れて居間側に廻りながら大きく刀を振り上げた。
「なんじゃこいつは」
 と見上げたまま、彦四郎は凍り付いた。音史郎が父を救うべく土間に乗り込んできた。

    六


 そのとき彦四郎が見た物を、一言であらわすのは難しい。この老人は物陰に潜んでいた化け物を巨大な蜘蛛と錯覚したからである。そいつは二階に当たる物置から大きく身を乗り出していた。物置の床に左手をかけ、右手では梯子をつかみ、頭から忠八をのぞき込んでいる。下に落ちたのはそいつの唾だった。ざんばらの髪がもつれあって垂れている。胸当てのようなものは乳白色で鈍く輝いている。同じ材質の物を腕と足にも付けていた。
 着こみか、と彦四郎は呟いた。忠八が牽制するように穂先をそいつの鼻先で揺り動かす。そいつは(としか言いようがない。性別すらわからなかった)穂先に食らいつこうとでもするかのように首を揺らめかす。彦四郎は剣尖で男の左側面を制しながら、
「神妙にせえ! 屋敷は藩兵に取り囲まれとるぞ! 逃げられやせん!」
 彦四郎は不思議に心を奪われた。まず、そいつのぎょろぎょろとした目玉である。憎悪の色に光っている。なによりもその顔は恐ろしい能面をそのまま皮膚に縫い付けたかのようだった。蜥蜴や山椒魚のような肌をしている。化け物か、と音史郎が言った。なによりも巨大だ、彦四郎ら四人分の体積を一人でもっている。三人は上から圧迫されてじりじりと下がった。彦四郎はどっと汗が噴き出すのを感じた。化け物の憎しみが熱になって迫ってくるようだ。彦四郎そのときになって耳に異変が生じていることに気がついた。奇妙な音が聞こえる。何事かと思ったが、なんのことはない目の前の化け物がしゃべっているのだ。緊張と恐れでそんなことにも気づかなかった。
「どこの言葉だ? 貴様、何者だ!」
 化け物は彦四郎の声に応えて叫び始めた。体が大きいだけある。化け物の絶叫は古屋の屋台骨を揺るがさんばかりである。彦四郎には聞き取れないような発音が多かった。それだけに繰り返し語られた単語はいやでも耳についた。
 あるすと? あるすととは何だ?
 彦四郎はじりじりと回り込もうとする。が、化け物の位置が高すぎて斬りかかれない。音史郎が忠八の手元に立った。槍で追い落とさせるつもりなのだ。
 彦四郎は瞼に入ろうとする汗を嫌って頭を振った。「こやつ、取り押さえるのはむりじゃ。殺す気でかかれ!」
 忠八は、彦四郎の方は見ようともせず、
「奉行所の増援を待った方がいいのでは!?」
「いかん! 外に出たら手が付けられんぞ! 中で仕留めるんじゃ」
 忠八はそれで腹が定まったようである。大きく吸息して腹を整えると、だっと槍を突きだした。化け物は梯子を砕きながら、居間に飛び降りた。彦四郎は飛び退いてこれをかわし、音史郎は玄関に回り込んで脱出を防ぐ。化け物の姿が目に入ったのだろう、村人たちが悲鳴が聞こえる。彦四郎らは前後と左方、三方から挟み込む形となった。長物の忠八が足を狙って槍を繰り出した。化け物は激怒しつつ、これを振り払おうとする。彦四郎は腰を十分に落としながら、大上段から背骨に斬り込む。が遠い。恐怖で目測を誤ったのだ。
「もういっぺんじゃ!」
 彦四郎がもう一歩踏み込みつつ、下段から袈裟斬りを見舞おうとしたとき、化け物が両腕を振り回しつつ振り向いた。腕脚が長い。忠八は槍の根本を打たれ、壁まで吹っ飛ばされた。化け物の腕はついで柱を砕きながら、彦四郎に迫る。彦四郎はその腕に刀をあてがいながら、柄を支点に回るようにして飛び退いた。
「小刀だ!」
 と忠八が言った。化け物はいつ取り出したのか、湾曲する刃のようなものを左手にしている。忍者のクナイのような持ち方をしているが、拳から二の腕までをすっぽりと覆う形をしている。
 音史郎が背後から化け物の背を打った。固い音がして、刀が弾き返された。
「固いぞ、隙間を狙え!」
 と彦四郎は言ったが、少し妙だった。ただの着こみではないようだ。化け物の動きに合わせてやすやすと曲がるし、どうみても軟体の物質である。音の刀が当たった瞬間だけ、奇妙に輝き材質も変わったようだった。判野親子は戸惑った。
 そのうち、忠八が体勢を立て直し、下から潜り込むようにして化け物の顔面を突き上げた。化け物はその槍先を湾刀で斬り飛ばし、そのまま忠八の顔面を殴った。忠八は後ろの壁に叩き付けられた。だけではない、化け物の拳は刃でおおわれているのである。忠八は顔面を斬り潰された。顔面が完全に砕け、血と脳漿が壁いっぱいに広がった。
「忠八!」
 叫んだ彦四郎に隙が出来た。化け物は体当たりせんばかりの勢いで肘打ちを見舞った。彦四郎は体をひねりながらも、右頬を打たれてもんどりうった。
「おのれ! 魍魎!」
 音史郎は袈裟斬りを見舞おうとしたが、化け物は腰から何かを抜き取った。ホルスターから銃を抜いたのである。バシュバシュと水面を叩くような音がして怪物の腰から光が数度走り、音史郎が倒れた。
 彦四郎は化け物の空いた胴を逃さなかった。鞠のように跳ね起きると、刀を右腰に据えて、鎧のない腹部めがけて飛び込んだ。化け物の鎧に顔から打ち当たる。だから、その鎧がやさしく自分を跳ね返すのを感じた。まるで羽毛よりも柔らかく滑らかな心地がした。だが、彼の刀だけはその本来の威力を発揮して、化け物の肋骨に十分にめり込んでいった。
 彦四郎は刀を放して飛び下がると、脇差しをすっぱ抜いた。
「音史郎!」と彼は言った。「立つんじゃ音!」
 が、彼の息子は手足を投げ出したまま、ピクリとも動かない。化け物が唸りを上げて、腹に刺さった刀をつかみ、体から抜いていく。その間も化け物の燃える両眼は彼を捉えて離さない。
 彦四郎は顔面を打たれてふらついている。巨体なだけあってとんでもない力である。視界がはっきりすると、化け物の左手に小型の銃が握られているのが見える。銃口が狙いを付けている。
 彦四郎は銃口から逃れるようにして半身に体を捻りながら、もう一度刺突を見舞おうとする。またあの乾いた音がした。光が筋となって走り、彼の左腕を焼いた。そのせいで、刺突はついに届かなかった。化け物は彼の大刀を抜ききって、右手に刀を取り戻した(彦四郎は手っ甲の側面から湾刀が出現するのを見た。その場から生えだしたかのようだった)。化け物が正拳突きを繰り出す。そのときには彦四郎の体は左に流れきっており、その刀をかわせなかった。
 湾刀は彼の左喉首から入り込み、脊椎を削り取るようにして、老いた肉を抉りとった。驚いたことに、刃は鍛刀の最中のように灼熱していた。彦四郎の体はびくりと固まって、田舎家の柱に背を打ち当てる。傷口を押さえることもできず、化け物の動きを目で追いながら、ずるずると土間に滑り落ちていった。
 音、音、と彼は声にも出せずにつぶやきながら、化け物が土間を横切り、裏口に向かうのを見る。大猿のように身軽なあの化け物に外に出られては、大石達でも敵わぬ事を彼は知っていた。ああ、取り逃がしてしまう。忠八めも、音史郎めの仇も討てなんだ。
 藩侯のおられぬ時期にしでかした身の不始末を悔やみながら、判野彦四郎は絶命したのだった。

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第二輯 妖怪退治


    七


 大石は高木村までの道のりを急いでいた。同行するのは四人。全員、股立ちを上げて、馬を駆らせている。道場に寝起きしていた五人は、高木村からの急報を受けて、近所から馬を掻き集めて判野の元を目指していた。
「宗右衛門、相手は何人じゃろうのう!」
 と大石の後ろに相乗りする茅野吉右衛門が怒鳴った。茅野は神刀流富山道場師範代であるが、大石と違って実戦の経験がない。普段は冷静沈着な男だが、さすがに声が高ぶっている。大石とは、御徒町の隣同士で、同年同門無役という点まで同じである。性格は不思議なほどちがうくせに常に行動を共にしている。
「仁助一家と太吉まで皆殺しにしたんじゃ!」大石らは出稽古に行ったことがあるから、村の様子はなんとなくわかる。「一人じゃなかろう!」
 大石と茅野はちらりと後ろを走る若者を顧みた。道場の宿所にいた島崎和太郎である。師匠の富山清郎に報告しているうちに、ついてくることになったのだが、まだ十代の和多郎はさすがに色を無くしている。
「脇差しまでいいのを差しとりゃせんぞ! なまくらで折られちゃかなわんわい!」
 といったのは、隣を走る栗崎伝八郎である。そこは下級藩士の悲しさである。大石、大刀こそ、父親が懇ろに目利きをして大業物を無理算段に仕入れてきた。無銘だが、地沸が厚くかぶさり、地金は青く、すこぶる斬れた。が、脇差しは家伝の痩せ刀に過ぎない。
「しょうがあるまい」と大石は言ってから、和多郎に怒鳴った。「師匠の忠告を忘れるな。いざとなれば突き技で戦え」
 師匠の清十郎はすでに七十になんなんとする老人だが、さすが老境に達しても大石らを寄せ付けない達人である。屋内戦にも心得がある。突き技は死に太刀として嫌われるが(刺した瞬間に、どうしても動きが止まってしまう。居合いの用語でいえば、居着くからである)、互いを守りながら戦うよう指導していた。神刀流には集団戦の型がある。その通りにやるしかなかった。
 茅野が大石の耳に近づいて、
「相手はなにもんじゃあ」
 とささやいた。
「わからんが、判野殿が増援を頼んだぐらいじゃ。一人二人ではあるまい」
 大石は馬脇を見た。小者が走り寄ってきたからである。見ると、隈吉だ。給金も貰っていないくせに大石の家僕を自認する奇妙人で、巷では知れた侠客である。元は仕様のない暴れ者だったが、宗右衛門がやくざ者の討ち入りに参加した一件以来、犬ころのように慕ってついてくる。
「旦那、あっしもついていきやすぜ」
 高木村の一件をしって、酒の肴にでもしようというのだろう。お調子者で年がいっている割りにはおっちょこちょいで、どこか憎めない男だ。
「隈吉、今日は危険じゃ。引き返せ!」
「おくして侠客がつとまるけえ」
 と隈吉は大石の隣を走り始めた。
 侍たちはさらに馬を飛ばした。隈吉は苦もなく付いてきた。

    八

 天は蒼々としているが、路傍は朝露に濡れている。宗右衛門らがその土草を跳ね散らかすようにして駆けつけた時には全てが終わった後だった。判野親子も忠八も太吉も、みな庭に並べられ、むしろに並べられている。大石宗右衛門は馬をおりながら、ばかなと呟いた。下横目の甚野と五人の手代が魂の抜けたような顔をして彼らを見ている。
「甚野殿、一体何があったのです」と宗右衛門は言った。四つのむしろを見おろして、「これは誰です? まさか……」
「間に合いませなんだ」
 甚野が目配せすると、手代らがむしろをめくる。大石はぐっと息をつめた。真ん中のむしろにいたのは彦四郎と音史郎の親子であった。
「判野殿」栗崎が呻き、彦四郎の元に屈み込んだ。「首筋を一撃でやられておられる。対手はどうしたのです」
「すでに逃げたようです。ごらんくだされ」
 と甚野は自らの手で左端のむしろをめくった。村人らが悲鳴を上げ、何かが倒れる音がした。大石が振り向くと、隈吉が尻餅をついているのである。無理もない。その遺体だけは頭が粉々に砕けて誰のものとも判別がつかない。これほど無残な死体は誰も見たことがない。
「おそらく家僕の忠八でありましょう」甚野は左端のむしろに目を向け、「あそこにあるのは村の太吉であります。腹を食い破られて死んでいる」
「仁助一家はどうなったのです」
 大石が小声で訊いた。甚野も村人にはばかるように身を寄せてきて、
「仁助らは手をつけた後がある。あれは連れ出せませなんだ」
「手を付けた後とはなんです」茅野が聞きとがめた。
「喰われたとしか思えませぬ。遺体はかなりの部分がなくなっている」
「熊でも出たのですか?」
 和多郎はもう色をなくして震えている。
「熊なんどであるもんか」村の老人が進み出てきた。残念ながら大石には面識がない「ありゃまちがいのねえ化けもんだとも。あいつが判野様たちをやっちまったんだ」
「確かに熊ではないかもしれん」と栗崎が腑分けをする蘭医のような冷静さで大石らを呼び寄せる。「見てみい。首筋の傷を。刃物じゃ」
「これはおかしい。血が出ていないではないか」と茅野が言った。
 彦四郎の首は無残なほどに裂けているが、血は一滴も出ていない。栗崎は彦四郎の首筋にそっと指をあてがい(隈吉はそれだけで痛そうに首をすくめた)、
「熱で焦げたようじゃ。お二人のお刀は?」
 手代が彦四郎らの佩刀をもってきた。
 大石が改めると、彦四郎の刀には血がべっとりとついている。刃は無数の刃こぼれを起こし、激しく戦ったようであった。
「相手を斬られたのか? これは彦四郎殿の血ではあるまい」
 なにせ傷口からも血が出ていないのである。大石は音史郎の遺体を確かめようとしたが、茅野が待てと止めた。
「おかしな箇所があるぞ。もっとも大きく欠けた箇所じゃ」
 大石は驚いて刃に鼻を近づけた。確かに刀の真ん中あたりの欠損は、通常の刃毀れなどとは違う。まるで溶かしたような痕跡がある。
「三人は何者と戦ったのだ」
「だから、あれは化け物と申しております」
 老人の言葉に村人らの賛同があった。侍たちは無数の村人に囲まれて戸惑う顔を見合わせた。
「ともかく、音史郎殿の体を改めよう」
 茅野が音史郎の衣服を改め出す。甚野がそばに屈み込み、
「ご覧の通り、音史郎殿には刃物傷がない。が――」
 と着物の胸元をめくり、「奇妙な穴があいている。体にもです。服にもあるということは外から加えられたもの」
「銃ですか?」
 茅野の問いに甚野はうなずいた。大石は栗崎と視線を合わす。だとしたら厄介だぞ。
 甚野は胸元をはだけながら、
「そのはずです。だが、この傷口にも」
「出血がない」
 と茅野は言った。
「火縄の類は厳しく規制がされております。飛び道具ではないのではありますまいか」
 と甚野。それは改めて言われるまでもなく大石も熟知している。
「火縄にしても、傷口が小さいな」
「ですが、心臓の真上です」
 大石は戸惑いながら、音史郎の若い肉体を撫でた。では、なぜ出血がない?
 音史郎に空いた穴は三箇所である。心臓の上をのぞくと、右脇腹とへその上辺り。
「相手は一人なのですか?」
 と岡本和太郎が言った。彼は一同の中で最も若い。まだ十七にしかならない。
 大石がどういうことだ、と顔を上げた。
「判野様がたは三人で掛かられたのでしょう。ですが、音史郎様には三つも銃痕があいております」
 大石は茅野も見た。火縄なら一発ごとに弾ごめをせねばならないはずである。
「村の者は銃声を聞かなかったと申しております」
「銃ではないのかしれん。が、暗器を使ったにしても出血がないのは妙だ」
 甚野はうなずいた。「検死を行うべきでしょう。が、下手人は逃げている」
 甚野が大石をじっと見ている。大石と茅野は特に藩侯に許されて江戸に剣術留学をしたほどの腕だった(実際には出府に合わせて、ついていっただけだが)。
 それにしても、老いたりとはいえ、彦四郎ほどの男をやすやすと倒すとは相当な手練れである。大石は仁助宅の玄関に槍が立てかけられてあるのを確認した。すると、中に入ったとき、忠八は槍を手にしていたはずである。音史郎は目録だが、なかなか使う。この三人を、一人でやすやすと倒したとでも? 大石の胸は怒りと疑問で渦を巻いた。茅野が側に来て、
「村人が喰われたとはどういうことだ? そやつ、食人なのか?」
 大石にはわからない。振り向くと、さきほどの老人が諸手を合わせて拝んでいた。他の村人に抱えられ、庭から連れだそうとしている。家族だろう。
「くそ、彦右衛門どのに、どう報告すればいいんじゃ」
 彦右衛門は判野家の嫡男である。
「そやつは裏口をやぶって外に出たようです。逃げこんだのは山」と甚野は飯森山をあごでしゃくる。「どうやら、着込みをつけているらしい。刃毀れはそのせいでしょう。判野殿は庭の血痕に気づいておられた。この家に逃げこむ前から、手傷を負っていたのです。そして、おそらくは判野殿も傷を負わせたはず。それから村人の申していることですが、そのものの肌は緑色をしていたそうです。手足は長く、身の丈は七尺ばかり」
「なんだと?」
 大石らは驚いた。途方もない巨人ではないか。
 栗崎は彦四郎のむしろをそっと元に戻した。手代らが後に習った。
「藩庁への報告はすでに回しております。足軽をこちらに差し向けるよう要請はしています。が、飯森山の先は遠山二万石。あちらに逃げこまれてはやっかいだ」
 栗崎はうなずいた。「藩侯のおられぬ今、他藩に露見するのはまずい」
 なにせ侍のみならず人民まで殺され、取り逃がしたとあっては、改易になりかねない失態である。
 和多郎が、「殿は江戸につかれたのでしょうか?」
 四月の今は参勤の時期にあたる。多くの藩士が江戸に上ったこの時期を突かれたのは痛かった。種田藩はわずか五万石の小藩である。参勤の人数は石高で決まっているとはいえ、藩士自体が多くない。
「江戸への飛脚は間瀬が立てるだろう」
 大石は間瀬又之丞の利発な顔を思い浮かべながら立ち上がる。過去は道場で共に汗を流した間瀬又之丞も、今では外様吟味役である。
「藩兵が動くには時間がかかる。我々だけでやるんじゃ」と大石は佩刀をわずかに抜いて刃筋を改めた。「後を追おう。他領に入る前に斬る。判野殿の仇をとるぞ」
 旦那あ、と隈吉がむやみに感動して声を上げている。栗崎と和多郎は無言で立ち上がった。甚野と手代らも、にわかに緊迫した顔つきである。大石は捕縛する、とは言わなかった。
「お侍さま、あっしらもくわえてくだされ」
 と村の男たちが鋤鍬を構えて集まっている。みな仁助らの仇をとるつもりなのである。大石は茅野を見た。危険だと思ったのだ。判野らに使ったさまざまな武器から考えても、相手はかなりの武装している。大石は判野の刀をもう一度手に取った。そもそも、これほど刃毀れを起こす着込みとはどのようなものだと思ったのだ。
 茅野には作戦があるようで、庄屋や村人を集めて、猟銃を集め、屈強な者二十人を選ぶよう指示している。
 栗崎がそばにきて、大石の肩を叩いた。
「どなたかが生きておられれば、敵の様子もわかったのじゃが」
「屋内戦にはなりませなんだな」
 大石は島崎和多郎を側に呼んだ。

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人物相関図


 登場人物もちょっとずつ増えてきましたね。
 というわけで、人物の一覧表のようなものを用意することにいたしました。
 本文ともども参考にしてくださいね(^o^)


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時代用語集


 時代小説は調べ物が多くて手こずります(スペース・オブ・サムライはSFになりますが)。
 そこで勉強もかねて簡単な用語集を作ることにいたしました。
 間違いなども多いと思いますが、ご指摘があると助かります(^o^)



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