2003年8月15日 (日)は大久野島に行ってみました。
大久野島ってのは広島県の島でかつて毒ガス製造工場があったって島です。
戦争中は地図から消されていたってことで、
って本もでています。
日本のどっかで「井戸水から高濃度の砒素が。旧日本軍の毒ガスか?」なんてニュースの時によくいっしょに話題にでる島です。
ちゃんと載っている今の地図、→
地図から消されていたのはだいぶ前のことのはずなのに、不思議なことに今のガイドブックにはあんまし載ってないんだよね。
うちにあった広島や瀬戸内のガイドブックじゃ載ってないから本屋で載っているのをさがして買いました。
「倉敷・広島・西瀬戸内海ブルーガイドてくてく歩き」(←amazon)
ただしてくてく歩きってシリーズの通り、車で行くことはなーんにも考えてない本です、駐車場のことなんか全然書いてない。
倉敷を朝7:15位に出発、2号線を西にたらたらと走り、三原で185号線にはいって忠海港に行きました。
道路にある忠海港の矢印があまりめだたなくて、しかも曲がる道の直前にしかなくて、一度は通り過ぎちゃいました。
大久野島内は車の走行が禁止で、忠海港に停めて船で行きます。
駐車場は無料。
10:15発の船に乗って15分くらいで桟橋につきます。
船は片道210円、倉敷のバスなんかと比較するとすっごく安いと思うな。
忠海から大三島に行くフェリーも途中で大久野島に寄るのがあるはずなんですが、なんでもどっかが故障で18日まで大久野島には行きません、となっていました。
船の時間は→全国・海外 船の旅情報>忠海←→大久野島
あるいは忠海←→大久野島←→大三島
桟橋から休暇村までは無料のバスに乗せてもらえる。
休暇村に泊まらなくても無料だなんて、なんて太っ腹なんでしょう。
休暇村大久野島


赤丸は見た所、ピンクの丸は見てないところ。
予定じゃレンタサイクルを借りて楽するつもりだったのに1台も残って無くて、って1台だけ残っていてもどうにもなりませんが、歩いて回りました。
黄色の点線が歩いたところです。
最初に大久野島毒ガス資料館 に入館
入館料:19才以上100円、19才未満50円
毒ガス製造工場のパーツの残骸が置いてある。
すごいんだよ、ガラスでも金属でもなくて備前焼みたいな焼き物なんです。
腐食には強そうだけど、簡単にひびがはいるだろうな。
| 細い長い管がぐるぐる回っている空冷式冷却器だとか、使っている道具のほうに感心してしまいました。 |
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海水浴場のレストハウスで私が食べた昼食はこれ、
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ざるうどん 400円
おかしいなあ、これは「ぶっかけ冷やしうどん」じゃないか、といっちゃんがつっこんでいました。
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で、上の地図のようにいろいろと跡があるんですが、見応え十分。
長浦貯蔵庫跡は立入禁止になってるんですが、他は全然ロープもなんにも張ってない、中にも簡単にはいれちゃいます。
いたづらされたり、壊されたりなんてことは考えないらしいです。
最も、見ているのは私たちだけでした。
レンタサイクルが残ってないってことはこの島の観光客数としてはマックスの日だったと思うんですが、いったいみんなどこにいるんでしょうね。
旧日本軍関係の物以外はキャンプ場、海水浴場、休暇村しかない、他は茶店もコンビニもなんにも無いとこなんですが。
暑くて東側の道路を通らずにすましちゃったけど、後で写真を見ると発電所跡なんか随分と立派な建物が残っていたのですね、おしいことをした。
休暇村を1:50に出るバスにのって、2:00の客船に乗って、車で途中ジャスコで買い物して家についたのは6時ごろ。
岡山からだとちょうどいいドライブの場所ですよ。
今回の反省
行き方しか考えてなかったんですが、もっと調べてから行けばよかったです。
とっても詳しい→毒ガス島歴史研究所
サンダルはまずかったです。
スニーカーとか運動靴にすべきでした。
雨の後のせいもあるんだけど、山の中はちょっとすべります。
そうそう、上の絵地図の黄色の矢印のところの遊歩道は大部分階段です。
北から南の方向に昇るとかなりしんどいでしょう。
行く時にコンビニで食べ物を買うか、お弁当を持っていって展望台で食べりゃよかったな。
感想
戦争の名残の物ってなかなか見かけることはないじゃないですか。
はっきりそれと分かる物を見るのは私は始めてです。
思い出したくないってのもあってさっさと壊しちゃったのかもしれないけど、せめて今残っている物は残して欲しいですね。
ということで終戦記念日にはとってもぴったりの場所でした。