「参 考 文 献」


エホバの証人
マインド・コントロール
カルト

(新世界訳研究会)


(新世界訳研究会では書籍購買等に関する業務は行っておりません。その場合には、一般書店およびクリスチャン・ブックストアー等をご利用くださいますようお願いいたします。)



T.ものみの塔より出版されている日本語の文献

 <定期刊行物>

・『エホバの証人の年鑑』(1976年から毎年出版)
  世界中のエホバの証人の一年間の伝道成果を報告している。また、いくつかの国を取り上げ、その国の活動状況を紹介している。ちなみに、94年度の年鑑ではギリシヤ、ハイチ、ポーランド、95年度の年鑑ではキプロス、グアドループ、メキシコ。エホバの証人の活動の状況、各国の教勢の推移を統計的に調査するには不可欠な資料。1976年発行のアメリカの歴史は、赤裸々な実態、組織の教えの変遷を紹介している。また、1978年の年鑑は、戦時中拷問を受けた灯台社のメンバーの体験をリアルに描写している。しかし、証詞をしているメンバーたちは戦後すぐ離脱している。この年鑑は組織が人間によってつくられたものであることを正直に証詞しており、必読の価値あり。

・『日ごとに聖書を調べる』(1986年から毎年出版)
  エホバの証人が毎日聖句を学ぶために用意された手引き書。キリスト教世界のデボーションのために用意された読物に相当する。それぞれの聖句を学ぶとき、前の年の『ものみの塔』誌の研究記事を復習するようになっている。聖書通読ではなく、組織が重要視している聖句を、ものみの塔の解釈によって読むようになっている。

・『ものみの塔』(1951年から月2回発行)
  ものみの塔が出版している最も重要な雑誌。毎月、1日と15日に発行。この雑誌の中には、頁の下の方に質問が載っている記事(研究記事と呼ばれる)が二つないし、三つある。日曜日の朝、王国会館で『ものみの塔』誌研究の時間を設け、学ばせている。ものみの塔の教理や見解を変更する場合は、通常地域大会で発表し、半年後ぐらいに出版する『ものみの塔』誌に掲載する。エホバの証人が活動するときに中心として用いる雑誌で、世界中で1,600万部発行している。一年たつと前年度分を合本として発行。JWTCは1960年以降の合本を備えている。

・『めざめよ!』(1956年から月2回発行)
  『ものみの塔』誌とともに、毎月2回、8日と22日に出版されている。『ものみの塔』誌に比べ、一般の人にも分りやすい記事を載せ、世界の動向などもかなり詳しく紹介している。世界最新の情報を、統治体のスクリーンにかけ、手際よくまとめて提供しているので、この雑誌を読めば、他のマスコミによる情報など必要ないと考えているエホバの証人もいる。一年たつと前年度分が合本としてまとめられ、出版される。JWTCは、1982年度以降の合本を備えている。

・『わたしたちの王国宣教』(1951年から毎月1回発行)
  毎週金曜日(または木曜日)の夜、王国会館で行なわれている奉仕会の手引き書。4-8頁のもので、その月の目標や強調点、心得ておくべきことなど、さまざまな内部情報が記されている。エホバの証人の実態を知るには貴重な資料であるが、奉仕会や神権宣教学校に出席しても、伝道者にならないともらうことができない。JWTCは、1960年以降のものを備えている。

・『あなたがた自身と群れのすべてに注意をはらいなさい』
  長老用の神権宣教学校の教科書。所有権はものみの塔協会に属し、長老の資格を剥奪される場合には、返却の義務がある。エホバ神は長老を「助言者」また「裁く者」としてたてられた。旧約時代の裁き人の一団と同じ立場で奉仕すること、会衆の成員の服装と身だしなみや話し方に関しても規制や矯正措置を講じることなどを勧めている。輸血することは排斥処分に相当する、とみなしている。

・『世を照らす者として輝く』
  組織は、1年以上正規開拓者として模範的に活動したエホバの証人を対象にして、約2週間にわたる教育・実習過程を設けている。その開拓奉仕学校で用いる教科書。車の不注意な運転を習慣にすること、自分の車の整備の不行き届きなども罪とみなしている。血を避けようとしない悪行はゆゆしい罪である。「勧誘お断り」や「エホバの証人お断り」の標識を掲げる家にどのように伝道し続けるか、などといった対策も具体的に教えている。

 <聖書・讃美歌・辞典・索引>

・『聖書新世界訳』(1985年)
  一般のエホバの証人が使用している聖書。1950年代に、ものみの塔聖書冊子協会の5人からなる翻訳委員会が訳出した。一つの言葉に一つの言葉をあてるという字義訳を採用しているので、エホバの証人は正確な訳であると信じている。しかし、ギリシャ語のコンコルダンスで調べるなら、字義訳ではないことは明らかである。新約聖書の「キュリオス」は、237箇所において、「エホバ」に置き換えている。ものみの塔の教理に合わせて、300箇所以上を操作している。巻末にある聖書語句索引、および話し合いのための聖書の話題は、エホバの証人がよく引用する聖書箇所であるから、目を通しておくとよい。この聖書は、エホバの証人に依頼すれば簡単に手に入る。

・『聖書新世界訳−参照資料付き』(1985年)
  上記の新世界訳聖書の巻末に、翻訳上問題があると指摘されている事項に対する反論が掲載されている。そのほとんどは歴史的キリスト教が批判していることに対する弁明であるが、説得力はまったくない。しかし、長老レベルのエホバの証人はそこにある弁明をよく使うので、エホバの証人と対話しようとするクリスチャンは、その説明を踏まえておく必要がある。エホバの証人にお願いすれば入手できる。

・『クリスチャン・ギリシヤ語聖書新世界訳』(1973年)
  新世界訳聖書の1973年版。現在使われている1985年版との違いは未確認。

・『エホバに向かって賛美を歌う』(1984年)
  王国会館で歌われている讃美歌集。エホバの証人の集会では、これらの賛美歌をカセット・テープの伴奏で歌う。しかも、世界中どこに行っても同じ集会では、同じ賛美歌を歌う。歌詞の内容などを分析してみると興味深いであろう。むろん、イエス・キリストへの賛美というより、エホバ神への賛美が圧倒的に多い。JWTCは、カセット・テープ『エホバに向かって賛美を歌う』(1984年)を備えている。エホバの証人がこれらの賛美歌をどのように歌うのか興味のある方は聞いてみるとよい。

・『洞察』(1994年)
  聖書の中に出てくる事柄が項目毎にコンパクトにまとめられている。一般に「聖書辞典」と「神学辞典」を合わせたような書物。それぞれの項目において、歴史的キリスト教の立場から批判されている点に関して、弁明できるよう配慮して記している。最近、長老レベルの人々はこの書物をよく利用しているので、エホバの証人と対話を試みている人は、対話しようとする項目をあらかじめ読んでおくことをお勧めする。未だ、エホバの証人であってももっていない人が多いので、外部の人にとっては入手しにくい。JWTCでは、項目ごとにコピーサービスをしている。

・『ものみの塔出版物索引(1951〜85年)』(1989年)

・『ものみの塔出版物索引(1986〜90年)』(1993年)

  ある主題がものみの塔聖書冊子協会より出されている出版物において、どの箇所で、どのように扱われているかを調べるための索引集。エホバの証人は、奉仕会や神権宣教学校で、さまざまの割り当て(講演やロールプレイ)を課せられるが、そのための準備や個人研究のために利用している。ある項目について、この索引集をていねいに拾っていくなら、ものみの塔がどのような考えているか、これまでにどのように考えを変えてきたかをたどることができ、興味深い研究ができる。

 <エホバの証人・組織に関わる書物>

・『神権宣教学校案内書』(1971年)
  毎週金曜日(会衆によっては木曜日)に行なわれる「神権宣教学校」の手引き書。聖書の読み方、資料の使い方、話の作り方、話すときの注意事項、声の出し方からマイクの使い方に至るまで、伝道者として心得ておかなければならない事柄に対するマニュアルである。それは、神学校の説教学などではとても追いつかないほどのきめ細かなものである。神権宣教学校の校長(その会衆の長老が担当する)は、割り当てた講演やロールプレイがこのマニュアルに従ってなされているかどうかを、厳密にチェックする。伝道者にならないと入手できない。

・『偉大な教え手に聞き従う』(1972年)
  子供に聖書を教えるための書物で、ものみの塔の教理がよくまとめられている。カセットテープによって学べるようにもなっている。現在は、子供の教育のためには『わたしの聖書物語』(1978年)を用いる。創世記から啓示までのエホバ神の救済の歴史が分りやすく記されている。

・『王国を宣べ伝え、弟子を作るための組織』(1973年)
  1983年に『わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織』が出版されるまで用いられた書物。研究生が伝道者になりたいと望んだ場合、司会者(研究生を指導しているエホバの証人のこと)は本書の128-29頁にある12の資格について審査した。また、バプテスマを受けたい場合には、長老は、3章(17-51頁)にある80の質問と6章全体をよく理解しているかを審査し、よく理解していると判断したなら、バプテスマを受けるのを認めた。現在は絶版。

・『二十世紀におけるエホバの証人』(1979年)
  1986年『世界中で一致して神のご意志を行なうエホバの証人』が出版されるまで、司会者はこのブロシュアーを用いて研究生にエホバの証人の組織を知らせるた。84年3月から4月にかけて、火曜の夜、家庭で行なわれる書籍研究のテキストとして用いられた。

・『唯一まことの神の崇拝において結ばれる』(1983年)
  エホバの証人としてどのような生活態度をとったらよいかを扱った書物。研究生が『あなたも地上の楽園で永遠に生きられます』を学び終えると、司会者はこの書物を学ぶよう勧める。もしこの書物は研究生にとって難しすぎると司会者が感じるなら、『平和と安全』または『王国が来ますように』が選ばれる。組織は、84年5月から10月、85年9月から86年7月、87年10月から88年7月までの3回にわたって書籍研究で学ばせている。それほど重要視されている書物であれば、エホバの証人と対話しようとする人もまた、目を通しておかねばならない。

・『世界中で一致して神のご意志を行なうエホバの証人』(1986年)
  研究生にエホバの証人の組織を知らせるために用意されたブロシュアー。多くの司会者は、学びをはじめる前(時には後)の10分位をこのブロシュアーを教える時間として使っている。はじめ、ブロシュアーの最後の頁には、当時長老だった岩村兄弟の写真が掲載されていたが、兄弟がクリスチャン(組織からいうと背教者)になったので、他の人の写真に置き換えられ、以前のものは用いないよう指示が出された。

・『わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織』(1989年)
  バプテスマを受ける前に学ばなければならない書物。伝道者となる資格が98-99頁に記されている。また、バプテスマを受けるには、長老が192-205頁にある120の質問をするので、それに答えなければならない。エホバの証人にとっては基本的な書物であるので、エホバの証人と対話しようとする人にとっても必読の書。

・『エホバの証人−神の王国をふれ告げる人々』(1993年)
  エホバの証人の歴史、活動状況を詳しく紹介している書物。むろん、組織を美化しており、都合の悪い事柄についてはほとんど触れていない。しかし、これまで外部から批判されてきたいくつかの間違いについては、認めるかのような書き方をしている。例えば、ラッセルがピラミッド学を用いて聖書研究をしていたこと、ベテル本部でさえ1926年まではクリスマスをお祝いしていたこと、雑誌の表紙には十字架が描かれていたことなどである。しかし、ピラミッド学はオカルトと関係があること、十字架はフリーメーソンの紋章であることは覆い隠している。従って、正確な歴史書ではなく、組織が会員に宣伝するために記された弁明書である。

 <聖書論に関わる書物>

・『すべてのことを確かめよ』(1963年)
  聖書の中に出てくる重要な言葉のうち、70の概念を取り上げ、説明している。エホバの証人の信仰を手っとり早く知るのに役立つ。1985年に出版された『聖書から論じる』は、本書を基にして作成された。現在は絶版。

・『聖書は本当に神の言葉ですか』(1969年)
  聖書は歴史的・科学的に確かであること、その記述において互いに矛盾がないこと、高い道徳的基準を示していることなどを根拠として、「聖書は神の言葉である」と論証している。13章では、キリスト教世界が聖書を全く学ばず、聖書を無視している、と解説している。1979年に書籍研究で用いられた。現在は絶版。

・『聖書から論じる』(1985年)
  エホバの証人がクリスチャンと論争できるように、テーマ毎に解説されている書物。多くのエホバの証人は、この書物を暗記するほど学び、そこに記されたとおりに議論を展開する。エホバの証人と対話しようとする人は、このマニュアルを熟知しておくだけではなく、どこに論理の飛躍があるか、聖書解釈のどこがどのように間違っているのかをあらかじめよく調べておく必要がある。それをしないで、エホバの証人と対話するなら、エホバの証人の詭弁的聖書解釈に困惑するだけである。エホバの証人に依頼すれば入手できるはずである。尋ねてみるとよい。手に入らなければ、JWTCで、項目ごとにコピーサービスを受けることができる。

・『聖書−神の言葉それとも人間の言葉?』(1989年)
  69年に出版された『聖書は本当に神の言葉ですか』の改定版。聖書が神の言葉であることを分りやすく解説した書物。エホバの証人の中には、聖書学者はいない。従って、福音派の代表的な学者、F.F.ブルース、G.L.アーチャー、ケネス・カンツアーなどをはじめ、キリスト教界の権威ある聖書学者がふんだんに引用されている。中の文章だけを読めば、歴史的キリスト教の立場に立って書かれた書物と間違えるかも知れない。引用された学者たちは、このようにものみの塔の書籍に利用されていることを知っているのだろうか。知っていても、抗議しないのだろうか。90年10月〜91年3月、書籍研究のテキストとして用いられた。

・『聖書全体は、神の霊感を受けたもので有益です』(1990年)
  聖書66巻のそれぞれの書物の緒論的問題を扱い、内容を解説している。聖書の各書物の著者、執筆年代、執筆場所などについては、きわめて保守的な見解をとっている。例えば、ヘブル人への手紙の著者をパウロとしている。年代その他もすべて明確に断定しているので、エホバの証人の聖書および歴史理解を把握するのに便利である。神権宣教学校のテキストでもあるので、エホバの証人と対話しようとする人にとっては必読書。

 <聖書の注解を土台にした書物>

・『その時、神の秘義は終了する』(1976年)
  ヨハネの黙示録4章以降の注解書。1917年に出版されたラッセルの『終了した秘義』と、76年に出版された本書、さらに88年出版の『啓示の書−その壮大な最高潮は近い!』とを読み比べるなら、ものみの塔が「啓示の書」の解釈をどのように変えてきたかを知ることができる。これらの変遷を「大いなる光がきらめいた結果である」(『ものみの塔』誌95年5月15日号)などと説明するのは、全くの詭弁である。

・『世の苦難からの人間の救いは近い』(1976年)
  イザヤ書の預言を1914年以降の苦難の時代と結びつけながら解説した書物。「新しい天」と「新しい地」に関するエホバの証人独特の解釈を詳しく述べている。83年後半から84年4月にかけて書籍研究のテキストとして用いられた。ただし、1-5章、12-13章は取り上げられなかった。現在は絶版。

・『最善の生き方を選ぶ』(1980年)
  人生は選択の連続である。では、正しい選択をするにはどうしたらよいのか。このような問題をペテロの手紙の注解という形で扱っている。82年8月から83年2月までの書籍研究に用いられた。

・『ヤコブの手紙の注解』(1980年)
  ヤコブの手紙の注解をとおしてエホバの証人の生き方を教えた書物。81年頃の書籍研究でテキストとして用いていたが、終わりまで学ぶ前に突然中止になり、他の本に移行した。統治体の知恵袋と言われていたレイモンド・フランズが組織に疑問をもち、離脱したからである。というのは、この注解は彼によって執筆されていたからである。現在は絶版でなかなか手に入らないが、もし手に入ったら、蔵書にしておくとよい。

・『啓示の書−その壮大な最高潮は近い!』(1988年)
  ヨハネの黙示録全般にわたる注解書。その解釈は、終わりの日が1914年にはじまったとする独特の歴史観に立っている。エホバの証人は、自分たちが啓示の書を解釈しうる唯一のグループであると自負しているが、本書に見られるような解釈は、エホバの証人以外誰も賛成することができない、まったく滑稽なものである。しかし、エホバの証人の信仰の全体像を理解するには、彼らの黙示録解釈を踏まえておかねばならないので、一読しておいていただきたい。福音的な教会は、黙示録が難解な書物であると敬遠しているので、エホバの証人が本書を基にして黙示録からの解説をはじめると、それがデタラメであるにもかかわらず、太刀打ちできない。歴史的キリスト教は、本書の解釈上の問題点を明らかにする責任がある。89年5月から90年7月、91年4月から92年9月、そして94年10月以降今日まで、書籍研究のテキストとして用いられている。

 <神・三位一体に関わる書物>

・『聖霊−来るべき新秩序の背後にある力』(1977年)
  ものみの塔の信仰においては、聖霊は一つの力であり、人格的なものではない(12頁)。本書では、聖霊が、天で、古い秩序の中で、旧約聖書の時代に、キリストに対して、エホバの証人や新しい創造物において、どのような影響力を現わすのかを明らかにしている。エホバの証人の聖霊論を知るのに大変役立つ。

・『神のみ名は永久に存続する』(1984年)
  神のみ名はエホバである、そのみ名を使わないことこそキリスト教世界が神を侮辱している最大の証拠である、新約聖書には本来エホバというみ名が237回出ていたのに削除されてしまった、などというエホバの証人の考えを論述したブロシュアー。エホバみ名の問題はエホバの証人にとってはアキレス腱である。本ブロシュアーとそれに対するキリスト教側からの反論をよく学んで、「み名」に関して話し合ってみるとよい。85年1月から3月まで書籍研究で用いられた。

・『あなたは三位一体を信ずるべきですか』(1989年)
  正統的キリスト教会が信じている三位一体の教理は聖書に由来するのではなく、異教の神概念に基づいているとして、三位一体を徹底的に批判しているブロシュアー。三位一体こそ、エホバの証人がクリスチャンと論じたいテーマである。エホバの証人と対話を試みるクリスチャンは必ず目を通しておくと同時に、キリスト教側からの反論をも合わせて学び、そのすべてに反論できるようにしておかねばならない。エホバの証人がキリスト教世界が信じていると思い込んでいる三位一体は、歴史的キリスト教が主張する三位一体とは違う。従って、エホバの証人の土俵で三位一体を対話すると不毛に終わる。多くのクリスチャンは、ヨハネ1:1を示せば分るはずだと思っているが、それもまた、誤解である。このブロシュアーは、90年7月から10月まで書籍研究のテキストとして用いられた。

・『これまでに生存した最も偉大な人』(1991年)
  キリストの生涯を133項目に分類して紹介した書物。『ものみの塔』誌に連載された記事がまとめられたもの。福音書の記録に基づいているが、キリストが神であることを示すような点は巧みに否定して、ものみの塔の解釈に基づく説明を随所に散りばめている。キリスト教世界を否定するため、例え話を滑稽に解釈している。92年11月から93年11月の家庭における書籍研究のテキストとして用いられた。

 <終末・地上の楽園に関わる書物>

・『神を真とすべし』(初版・再版1952年)
  三位一体の教理は、一つの神の中に三つの神がいるという教えだと解説している。ローマ13章1節の「上にある権威」とは、エホバ神とイエス・キリストとしている。

・『新しい天と地』(1958年)
  エデンの園の蛇のさし絵には足がある。ノアの箱舟を組織制度の予表と解釈している。千年王国の期間、地上を管理する「君」はエホバの証人の長老たちと解説している。

・『これは永遠の生命を意味する』1958年)
  西暦1世紀に、12使徒たちは、全会衆を従わせる神権制度としてエルサレム会衆の年長者たちとともに、管轄体、あるいは統治体を形成したと解説している。規則や神権的な取り決めという言葉が繁雑に登場するようになる。

・『失楽園から復楽園まで』(1960年)
  現在は絶版。

・『御心が地に成るように』(1963年)
  主の祈りの一節に基づいて、旧約聖書時代を出発点として、1914年にはじまる終末の時代にいたるまでの歴史を明らかにしている。69年の『とこしえの命に導く真理』の出版までは、研究生は本書によってものみの塔の信仰を学んだ。現在は絶版。

・『神が偽ることのできない事柄』(1966年)
  3聖書の歴史を通して、神が人間にどのような生活を望んでおられるかを、時代を追いながら扱っている。70年から81年頃までの間、バプテスマを受ける人は、バプテスマの準備のためのテキストとして学んだ。現在は絶版。

・『神の自由の子となってうける永遠の生命』(1967年)
  神に違反した人間は本来死を経験しなければならない。ところが、神はみ子によってその死から解放し、自由にしてくださる。その自由を受けた者はどのように生きたらよいのか、結婚、政府に対して、血に対する姿勢などについて扱っている。人類の歴史の一覧表(31-35頁)は、1975年を6,000年の終わりとしている。

・『とこしえの命に導く真理』(1969年)
  『あなたも地上の楽園で永遠に生きられます』が出版されるまでは、本書が研究生の学びに用いられた。「この本はあなたとご家族が聖書の基礎的な教えを学ばれるのに役立ちます。キリスト教世界(教会)の宗教が幾世紀もの間、教えてきた誤りを明らかにし、あなたを永遠の生命の喜びに導く真理を知らせます」と序文で紹介されているとおり、多くの人が本書によってエホバの証人になった。本書の表紙が青いところから、「青い爆弾」と呼ばれたりした。現在は絶版。

・『真の平和と安全』(1973年)
  本当の平和はこの世界が滅びてから来る。本書は、その破滅の時を生き延び、本当の希望を手にするにはどうしたらよいかを説いている。1986年に『真の平和と安全をどのように見いだせるか』が出版されたので、本書は絶版になる。

・『神の千年王国は近づいた』(1974年)
  1914年にキリストの「臨在」がはじまったこと、その後神は、ものみの塔を「思慮深い忠実な奴隷」として選ばれたことなどを、ものみの塔の歴史上のさまざまな出来事とを合わせながら解説している。エホバの証人を説得するときに有効な箇所がいくつかあるので、蔵書にしておくことをお勧めする。「十人の処女」「タラント」などに対するエホバの証人の独自な解釈も興味深い。82年2月から8月にかけて書籍研究のテキストとして用いられた。

・『今や勝ち誇る、神の「とこしえの目的」』(1975年)
  神は人類のはじめから目的をもっておられた。それは、ダビデに対して約束されたメシヤであるキリストが、1914年に王に即位したことによってはじまった。今の体制は艱難時代を通って、ハルマゲドンを迎えて終わる。エホバの証人が歴史をどう見ているかがよく分る。現在は絶版。

・『来るべきわたしたちの世界政府−神の王国』(1978年)
  エホバの証人が信じる王国を解説した書物。1914年、キリストが王に即位され、それまでに死んだクリスチャンたちが復活した。その人々と地上に一部残っている人とで、天上の政府が構成されているが、その政府のメンバーは144,000人からなる。今の世界は、ハルマゲドンの戦いによって滅ぼされてしまうが、忠実にエホバの証人として生きるなら、ハルマゲドンの戦いに生き残ることができる。ハルマゲドンまでに死んだ人々は、復活してもう一度ものみの塔の教えを受け、命を受けるチャンスがある。現在は絶版。

・『見よ!わたしはすべてのものを新しくする』(1979年)
  聖書の神は、やがてすばらしい楽園を地上に備えてくださると説き、そこに入るにはどうしたらよいかを解説している。研究生と学びをはじめる前によく用いられるブロシュアー。87年3月〜4月に書籍研究のテキストとして用いられた。

・『あなたの王国が来ますように』(1981年)
  エホバの証人の王国は「天にある政府」であり、イエスと144,000人によって構成されると紹介。付録185頁は、エルサレム陥落の年を607年と弁明している。しかし、その根拠としては、バビロン捕囚の期間が70年であるという聖句をあげているだけである。むろん、エホバの証人以外、世界で607年説を信じている人はいないので、この箇所を突破口にして、歴史に興味をもつエホバの証人に、自分たちの聖書理解が間違っていることを気づかせることができるかも知れない。82年2月から8月にかけて書籍研究のテキストとして用いられた。

・『地上での生活を永遠に楽しんでください』(1982年)
  挿絵を中心にして、創造者なる神、人間の救い、人間の問題などを説明している。年輩の人との話し合いによく用いられるブロシュアー。

・『あなたは地上の楽園で永遠に生きられます』(1982年)
  ものみの塔信仰の入門書ともいうべき書。現在までに7,200万部以上が配布されているという。エホバの証人が家庭を訪問する目的は、本書をともに学ぶ研究生を見いだすことにある。この書物を用いて、半年ぐらい研究生を教えるなら、ものみの塔の信仰の枠組を研究生の頭の中につくることができる。そうすれば、研究生は、エホバの証人の信仰のマインド・コントロールの中に入り、ものみの塔という組織こそ聖書を正しく解釈しているグループだと錯覚を起こすようになる。もし研究生になって本書を学ぶ人は、このテキストの文章を一つ一つ聖書によってチェックしていただきたい。引用されている聖句の70-80パーセントは、聖句が文脈から切り離されていることを知って驚くに違いない。その作業をしなければ、本書によって、エホバの証人の信仰を無批判的に受け入れる人に変えられてしまう。絶対に学ばないでいただきたい。エホバの証人は、1983年に書籍研究のテキストとして学んでいる。

・『新しい地へ生き残る』(1984年)
  1914年にはじまった天にあるキリストの政府は、間もなく現在の地上の政府をすべて滅ぼし、新しい世界をもたらす。本書は、その時が真近かに迫っているので備えなければならない、と読者に緊迫感を与える。最後の頁は、地上で永遠に生きる人々がどのような人かを、旧約聖書および新約聖書から例示している。旧約聖書の人々と現在のエホバの証人の大多数が地上楽園の住民となるというのは、聖書のどこを読んでも出てくる結論ではない。85年3月〜9月の書籍研究のテキストだった。

・『楽園をもたらす政府』(1985年)
  歴史を主権論争と見ながら、旧約聖書から新約聖書にいたるまでの人類の歩みを説明している。挿絵が多いので、大変分りやすいブロシュアー。

・『「平和の君」のもとで得られる世界的な安全』(1986年)
  世の終わりの平和、ハルマゲドンの戦い、天のエルサレムおよび千年王国、大群衆や回復されるエデンの園、といった内容を扱っている書物。エホバの証人の終末理解を簡便に知るのに便利。87年5月から10月まで書籍研究のテキストだった。

・『真の平和と安全どのように見いだせるか』(1986年)
  1973年に出版された『真の平和と安全』の改定版。内容は基本的に変わらないが、より詳しくなっている。86年6月から87年3月までの書籍研究のテキスト。

・『神は本当にわたしたちのことを気遣っておられますか』(1992年)
  人生には多くの苦しみがある、それはなぜなのか、神はなぜそれを許しておられるのか、その目的は何なのか、などといった一連の問題を扱っている。最後に、神は苦しみのないすばらしい楽園を用意している、と説いているブロシュアー。

・『戦争のない世界がいつの日か実現しますか』(1994年)
  聖書が権威ある神の言葉であること、神はサタンを滅し、やがて神が支配する平和な世界、戦争のない世界が来ることを述べているブロシュアー。

・『宗教は人類の為に何を成したか?』(1955年)
  エジプトをはじめとする古代の宗教から、ヒンヅー教、仏教、儒教、回教、キリスト教などについて解説している。例えば、21章は、キリスト教は2世紀から3世紀にかけて、三位一体という異教の教えに感染されてできあがった宗教である、と教えている。

・『進化と創造−人間はどちらの結果ですか』(1968年)
  進化論は科学的ではないこと、人間は神によって創造されたこと、などを論証した書物。現在は絶版。

・『生命−どのようにして存在するようになったか』(1985年)
  進化論を徹底的に批判した書物。進化論は、その主張者の間で一致のない、不確かな理論にすぎない。被造物の神秘さは、すべてのものが偶然の突然変異によってできた、と考えることを許さない、などなど。68年出版の『進化と創造』の改訂版。88年9月から89年5月までの書籍研究のテキスト。

・『神を探求する人類の歩み』(1990年)   世界のさまざまな宗教を手際よく紹介している。戸別訪問をするエホバの証人は、いろいろな宗教の人たちと出くわすので、このような書物によって備えている。その記述内容は、専門的に見れば、多くの問題点があるが、一般の人から出される質問にとりあえず答えるには、これぐらいで間に合うのであろう。

・『死者の霊』(1991年)
  悪霊やサタンについて説明し、それらから離れてエホバ神に仕えるよう教えている。挿絵が多く、読みやすいブロシュアー。エホバの証人は悪霊に対して異常なほどの恐怖感を抱いている。ときにそれは、エホバ神への信仰というより、悪霊に対する信仰ではないか、と思わされるほどである。それは主権論争的から聖書を解釈するということに関係していると思う。さらに、キリストの受肉、十字架、復活によってサタンが滅ぼされてしまったという聖書の宣言をよく理解していないことに基づいている。

 <人生・幸福・家庭・若者に関わる書物>

・『今ある命がすべてですか』(1975年)
  人間は本来永遠に生きることができる者として創造されたが、死を経験しなければならなくなった。そのような人間にとって、魂とは、死とは、地獄とは、やがて起こる復活とは、どのようなものなのか。キリスト教の魂や死後の裁きの理解に対立するエホバの証人の理解を詳しく記している。80年の後半から81年2月までの書籍研究のテキスト。

・『あなたを幸福にする良いたより』(1976年)
  全人類には、人種や皮膚の色を問わず、地上の楽園においてすばらしい希望があることを強調した書物。『とこしえの命に導く真理』とともに、10年ほど前には、研究生の時代に学ぶ書物として盛んに用いられた。
  若者が直面するさまざまな問題、性、健康、服装、勉強、アルコール、スポーツ、娯楽、麻薬、音楽、デートなどについて率直に扱った書物。エホバの証人の若者がこのようなきめ細かい指導を受けることに、福音的なクリスチャンは驚くのではないかと思う。

・『人生には確かに目的がある』(1978年)
  研究生に、副読本として読むように勧められていた書物。神は人間を支配しておられ、楽園で生きるというすばらしい約束を与えておられる。今の時代、神は苦しみを許しておられるが、人間を愛しておられ、救いを備えておられる。やがて神は、すべての犯罪や不公正、病気や死を除かれる、などという説明が続く。

・『わたしの聖書物語の本』(1978年)
  子ども向けに書かれた聖書物語。絵が入っていて分りやすい。エホバの証人、あるいは研究生の子どもたちが、エホバの証人の信仰を学ぶときに学ぶテキスト。これによって幼いときから、エホバの証人特有の神の救いの歴史を身に着ける。

・『あなたの家族生活を幸福なものにする』(1979年)
  幸福な家庭生活を送るための指針を明らかにしている。結婚生活、夫婦の役割、子どもの養育、永遠の命を目ざす家族が払うべき努力などについて、きめ細かい指導をしている。80年、93年11月から94年5月の書籍研究のテキスト。

・『幸福−それを見いだす方法』(1981年)
  無神論の影響の強い今日において、神を信じるなら、生活上のストレスや金銭の問題、性の問題や家庭生活、健康や病気、死や悪といった問題に解答がある、と説いている。94年5月から9月に書籍研究のテキストとして用いられた。

・『学校とエホバの証人』(1985年)
  エホバの証人の子どもたちが学校で直面する問題についてどうしたらよいかを解説したブロシュアー。将来に対する見方、道徳上の原則、国旗や国家の問題、祝祭日の問題、課外活動、授業、学校制度などについて、両親向けに記している。エホバの証人の子どもたちが直面する問題を理解するため、あるいは信教の自由の問題を考えるためには、必ず目を通しておくべきである。組織外での配布を禁止している内部向けの戒律書。

・『若い人が尋ねる質問−実際に役立つ答え』(1989年)
  若者が敬虔なエホバの証人として生きるにはどうしたらよいかを扱っている。家族や仲間に対する態度、学校や仕事、性道徳、デートや恋愛、麻薬やアルコール、余暇、将来といった点まで細かく指導されている。『目ざめよ』誌に連載された記事をまとめたもの。

・『人生の目的はなんですか』(1993年)
  神の目的である「地上の楽園」に生きるように、と勧めたブロシュアー。人生には目的がある、聖書にこそ解答がある、と説く一方、キリスト教世界は神と聖書を裏切ってきた、と強調している。

・『愛する家族を亡くしたとき』(1994年)
  家族を失ったときにどのように耐えてゆくか、あるいは、そのような人にどのような手助けができるかを扱ったブロシュアー。エホバの証人がいかにきめ細かく、人生において直面する問題に指針を与えているか分る。最後の章は、死んだ人への希望として、復活を約束している。

・『血、医学および神の律法』(1962年)
  旧約聖書の創世記9:3-4、レビ記3:17などにある律法は、使徒15章からクリスチャンも守らなければならない律法である。血液には複雑な性質があり、適合しない血液の害、病気が伝染することの危険、合併症などの危険性を上げ、輸血しないですむ手術をするように、また、子どもの輸血については両親の意見を尊重するように、と主張している。医師を念頭において書かれた小冊子。

・『血はあなたの命をどのように救うことができますか』(1990年)
  『エホバの証人と血の問題』の改定版。血を食べてはいけないという旧約聖書の教えと、16世紀初頭にはじまった輸血との関連を説明。輸血は大変危険なものであり、それに代わる良質の医療もあること、輸血が必要だと言われる状況においても、エホバの証人には選択の自由があり、輸血を拒否すべきである、と説いている。輸血について議論するには必読のブロシュアー。89年3月から4月にかけて書籍研究で用いられたテキスト。

 <戦前に出版された書物>

・『世々に渉る神の経綸』(1913年)
  聖書研究第一巻の日本語版。キリストの神性に関して、神人和合と教えている。ピラミッド理論を詳しく解説。

・『神の立琴』(1925年)
  ラッセル牧師(今日牧師の称号を否定するが、当時は用いていた)だけが忠実で思慮深い奴隷であると注解している。現在のエホバの証人は、「他の羊」を地上で生きる大群衆と見なしているが、この書物では、キリスト教会のメンバーと説明している。
  かつてジャーナリストであった明石順三が、国際政治の動向や、キリスト教会の世俗化を痛烈な批判でつづっている。順三がアジア地域の監督として自由な裁量を所持していたことや、満州、台湾、朝鮮半島にまで宣教を拡大した様子が克明に記録されている。

・『神の救ひ』(1928年)
  ルシファーは固有名詞だから「明けの星」(イザヤ14:11-12)などと訳するのは絶対の誤りと主張。異邦人の時は1914年に終結。1918年に天界で戦争があり、悪魔が敗北し、地に投げ落とされ、メシヤ王国の開始となった。1925年ハルマゲドン説失敗の言い訳として、西暦70-73年のエルサレムの苦難をひな型として用いている。

・『創造』(1929年)
  十字架上でイエス・キリストが処刑されたさし絵がある。1874年にイエスの「臨在」が始まったとしている。神はラッセルを用いて「聖書研究」を書かせたと紹介している。

・『和解』(1930年)
  十字架でイエス・キリストが処刑されたさし絵がある。昴座がエホバ神の御座と注解。三位一体の教理を考え出したのはサタンであると説明している。

・『政府』(1930年)
  エホバの証人が油注がれた残りの者クラスであるという解釈を初めて発表している。1914年に異邦人の時が終結するとしている。「忠実で思慮深い奴隷」「油注がれた者」「残りの者」とはエホバの証人であると詳説。

・『預言』(1931年)
  「もしこれらの預言が今までに成就せず、又成就する可能性がすでに過ぎ去ったとならば、これらの預言はあきらかに偽物であることを立証している」と力説。1874年以降、イエスは再臨していると預言。

・『生命』(1931年)
  ユダヤ人のエルサレム帰還は神の恩恵であり、全人類および死者にも恵みが注がれる兆しと解釈している。イスラエル人がカナンの地に入った紀元前1575年からヨベル年の70回目が1925年と計算し、1925年にユダヤ人がパレスチナに帰還した意義を説明している。十字架のさし絵あり。

・『光』第一巻・第二巻(1933年)
  黙示録の注解書。第二巻は、黙示録16章4節が1924年7月5日に成就したと解説している。さらに「ハルマゲドンのクライマックスは遂に到来した」とも宣言。第二次世界大戦がハルマゲドンとならなかったため、戦後、本書は回収し処分するようにとの通達が出された。そのせいか、海老名ベテルの図書にも見あたらない幻の書の一つ。

・『保護』(1933年)
  エステル記、ルツ記の注解書。1931年7月26日の大会決議全文掲載。イエスの再臨は1914年と説明。

・『富』(1936年)
  三位一体の教理はエホバ信仰を否定するサタンの虚言である。「他の羊」は「大群衆であるヨナダブ級」と言及するようになる。

・『敵』(1938年)
  1914年に「エホバの国」が始まったと注解。大いなるバビロンをローマ・カトリック教会とみなしている。エホバの証人こそが真の神の教会を形成していると主張。

U.ものみの塔より出版されている英語の文献

<聖書・辞典類>

New World Translation Committee,

・New World Translation Of The Holy Scriptures With References・ (1984)
  日本語に訳された参照資料付き聖書のもとになった英語版。

・The Kingdom Interlinear Translation of the Greek Scriptures・ (1985)
  ギリシャ語と新世界訳の英語が併記されている聖書。ギリシャ語テキストはウエストコットとホルトによる本文を基にしている。エホバの証人は、自分たちの出版物しか信用しないので、現代の聖書学で用いる、ネストレ版やクルト・アラント版のギリシャ語テキストを用いても功を奏さない。この「ギリシャ語聖書王国行間逐語訳」を用いて新世界訳の間違いを指摘すると納得しやすい。エホバの証人に頼めば手に入る場合もあるので、ぜひ本書を手に入れていただきたい。

・Comprehensive Concordance of the New World Translation of the Holy Scriptures・ (1973)
  新世界訳聖書のコンコルダンス。1984年版の新世界訳聖書のすべての言葉が網羅されているわけではないが、新世界訳特有の表現を発見しやすく、便利。日本語版はないが、日本語の新世界訳は英語の新世界訳に準拠しているので(翻訳の世界ではこれを重訳という)本コンコルダンスは、新世界訳の研究にはとても役に立つ。

・Watch Tower Publications Index 1971-1975・ (1976)

・Watch Tower Publications Index 1976-1980・ (1981)

・Watch Tower Publications Index 1930-1985・ (1986)

・Watch Tower Publications Index 1991-1992・ (1993)
  あるテーマに関して、ものみの塔協会出版物のどの書物、どの箇所に該当するかを調べるのに適した索引資料。日本語に翻訳されていない書物や文献の研究に役立つ。

・Aid To Bible Understanding・ (1971)
  聖書理解を手助けする大辞典。福音派の辞典類が多く参考にされているが、ものみの塔の教理に合わせて執筆されていることは言うまでもない。エホバの証人の研究の集大成であったが、1980年、編集者レイモンド・フランツ(統治体のメンバー)の排斥以降、『洞察』が出版され、本書に取って代わった。

・Insight On The Scriptures Vol.l・ (1988)

・Insight On The Scriptures Vol.2・ (1988)
  71年に出版されたAid To Bible Understanding の改定版。主要教理を踏襲しているが、ほぼ二倍に増補、修正している。日本語版は『洞察』として、1994年に発行。

 <ラッセルの書物>

 ものみの塔の信仰の創設者はラッセルである。創設者の神学がそのグループに影響を及ぼしていることは言うまでもない。ものみの塔の歴史の中で、ラッセルの位置や評価も大きく変化しているが、それだけに、ラッセルの書物をていねいに読む必要がある。ラッセルはきわめて多くの書物や講演を残しているが、中でも代表的な書物、「聖書研究シリーズ」七巻を紹介しておく。このシリーズは、古い書物であるが、一般の人々に向かって記されたからであろう、比較的分りやすい。今日手に入れることが難しくなっているが、アメリカでエホバの証人伝道に重荷をもっている宣教師に注文すれば購入できる。連絡先は、Free Minds, Inc. (P.O.Box 3818 Manhattan Beach, CA 90266, U.S.A) または、Bethel antiquarian books (P.O.Box 2076, Danvilla, CA 94526, U.S.A)

Russell, C. T., ・The Divine Plan of the Ages・ (Series 1, 1886)
  ラッセルが執筆したシリーズの最初の本。神が存在すると信じることは理性的に考えてもおかしなことではない、聖書は神の啓示である、神は歴史に対してご計画をもっている、長い間隠されていた秘義が今や聖徒に明らかにされた、裁きの日、贖い、人間の本性、命への狭い道、この世、神の国などについて分りやすく解説している。これらのほとんどは、今日のエホバの証人が信じている信仰と基本的に変わらない。1913年に、日本語版『世々に渉る神の経綸』が発行されたが、今日入手することはほとんど不可能。356頁。

Russell, C. T., ・The Time is at Hand・ (Series 2, 1889)
  神の人類救済の時代区分を紹介している。アダムの創造から1873年までが6000年、その聖書年代は、当時よく知られていたアッシャー監督の年代とどう違うか、ダニエル書9:23-27からキリストの到来と受難の時の予告、異邦人の時は紀元前606年にはじまり、1914年に終わる、キリストの再臨は目に見えない形の「臨在」である、50年ごとのヨベルという安息の年が50回目を迎えるのは、律法が与えられた年から数えると1874年、「臨在」の年の開始である1914年には反キリストが現われ、その終わりの時が真近かに迫っている、と警告している。371頁。

Russell, C. T., ・Thy Kingdom Come・ (Series 3, 1891)
  終わりの時は1799年にはじまり、1914年に終わる。その期間は王国を待ち望む備えの時である。教会は、宗教改革を行なったルターや、再臨を説いたミラーなどによってきよめられてきたが、不完全だった。1874年から1914年の40年間は収穫の時である。その時教会はどのように解放され、高められるのか、イスラエルの回復はどうなるのか、といった問題を扱っている。特に最後の10章では、ピラミッドの測定値から、1874年が収穫の時のはじまりで、1914年が終わりの時になる、と算定している。

Russell, C. T., ・The Battle of Armageddon・ (Series 4, 1912)
  ラッセルによれば、大いなるバビロンはキリスト教世界のことで、裁きを受ける。また、この世界も同じように、神の復讐を受ける。世の知識人がこの世をどう考え、問題をどう解決しようとしているかを紹介し、それらすべてが無駄に終わることを述べる。そして大いなる日の戦争が起こると警告、イエスが語られた世の終わりの預言(マタイ24章、マルコ13章、ルカ21章)を解説して、王国の樹立を述べる。

Russell, C. T., ・The At-One-Ment between God and Man・ (Series 5, 1916)
  贖いの源はエホバである。その仲介者は、エホバのひとり子なるキリスト。キリストは罪なき方として生まれ、人間と同じようになった。またダビデの子であり、ダビデの主であり、人の子である。贖いに対する聖霊の働きはどのようなものか、聖霊によってバプテスマを受けるとはどういうことか、聖霊は恐れを除くはずである、聖霊を悲しませないとはどのような意味か、真理の御霊とは、聖霊に満たされるとは、など聖霊に関する論述が続く。さらに、贖いを受ける側の人間についても触れる。永遠の命は贖いによって保障されている、呪いを受けている人間には贖いが必要であり、その贖いはすべての人のためのものである、と。710頁。

Russell, C. T., ・The New Creation・ (Series 6, 1904)
  この世界は6日間にわたって創造された。それに対して、教会時代のクリスチャンは「キリストにあって新しく造られた者」である(Uコリント5:17)と説き、この新しくつくられた教会に対するさまざまな課題を取り扱っている。例えば、召命、安息、裁き、バプテスマ、過越の祭り、結婚関係における義務、両親としての義務、地上に生きる者としての責任、クリスチャンを取り巻いている敵、現在地上で受ける嗣業、やがて復活のときに受ける嗣業、などなどである。810頁。

Russell, C. T., ・The Finished Mystery・ (Series 7, 1917)
  ヨハネの黙示録およびエゼキエル書の注解書。バーンズはじめいくつかの福音的な学者の注解書を参考にしているが、ラッセル独自の解釈も多い。ラッセルの講義ノートに基づきながら、彼の死後1918年に遺稿として発行された。今日のエホバの証人は、1914年王に即位されたキリストが、1918年に地上にあるすべての組織を調べ、ものみの塔を「神の唯一の伝達経路」として是認されたと信じている。その1918年当時、ラッセルに従っていた人たちが信じていた内容とは、本書に記されていることである。従って、本書の黙示録およびエゼキエル書の注解はきわめて重要な文献ということになる。1988年に出版された黙示録の注解書『啓示の書−その壮大な最高潮は近い!』は、ラッセルの主張と百か所以上違っている。現在、日本語に翻訳中。出版時期は未定。592頁。

 <ラザフォードの書物>

Rutherford, J. F., ・Life・ (1921)
  世界の創造者は人間がこの地上に永遠に生きて楽しむよう計画された。本書は、最初の人間アダムからはじまって、律法、預言者の時代を経て、イエスによる贖いが完成されたことを歴史的にたどり、ヨブの記録から、この歴史が神とサタンの戦いの歴史であったことを示し、神の側に立つ者を神は弁護してくださる、と説いている。1931年、日本語版が「生命」という書名で発行されたが、現在入手は困難である。358頁。

Rutherford, J. F., ・Deliverance.・ (1926)
  神はこの世界を造られた。しかし、最初の人間はエデンの園で神に反逆し、罪を犯した。神はノアの時代に人類を一掃するが、ニムロデという神に敵対する組織が生まれ、それはエジプトのパロ王によって継承された。一方神は、アブラハムを立てて契約の民を組織する。その民は、バビロンやアッシリヤから攻撃されるが、やがてメシアを到来させる。そのメシアは、新しい国家を生み出す。神は世の終わりに戦い、古いものを壊し、すべてを新しくし、回復する。1928年、日本語版として「神の救い」という書名で発行されたが、現在入手は困難である。379頁。

Rutherford, J. F., ・The Harp of God・ (1921)
  本書の題名に使われている「立琴」は、神のご計画が輝きに満ちたすばらしいことを象徴的に語った表現(19頁)。そのような説明どおり、本書は創造にはじまり、アブラハムの契約、キリストの誕生、贖い、復活、再臨、教会の栄化、回復という、神が歴史上計画されている一連の出来事を時間的に追いながら解説している。二代目会長ラザフォードの力作。1925年、日本語版「神の立琴」が発行されているが、今日入手は困難である。375頁。

Rutherford, J. F., ・Reconciliation・ (1928)
  神は人間を創造され、エデンの園に置かれたが、人間は罪を犯し、堕落してしまった。しかし神は(三位一体の神ではなくエホバである神)、愛のうちに、完全な人間イエスをとおして贖いを用意された。それはアブラハムとの契約に結び付いており、律法や犠牲制度ではなく、キリストによる贖いである。その結果、キリストのからだである新しい契約共同体ができあがった。クリスチャンは、この和解の福音を宣べ伝える使命を与えられていると力説。1930年、日本語版「和解」が発行されたが、入手は困難である。360頁。

Rutherford, J. F., ・Preservation・ (1929)
  エステル記およびルツ記の注解書。両書とも歴史的事実を伝えているだけでなく、終わりの時代に成就する預言的な意味を含むドラマと見ている。中心的テーマは、エホバを愛する者、すなわち「残りの者」と言われる人々には、艱難と迫害の真っ只中でも、神の保護と備えとが用意されている、ということである。1933年、日本語版「保護」が発行されたが、現在入手は困難。351頁。

Rutherford, J. F., ・Vindication T,U,V (1931,1932,1933)
  エゼキエルの預言の解説書。神は、キリスト教世界と世に対して裁きを用意している。しかし、キリスト・イエスに忠実に従う者は、そのような中にあっても、慰めと励ましが与えられる。神はご自身のみ言葉とお名前を弁護し、従順である者に、永遠の平和と喜びと祝福を用意している。日本語版は「証明」として、第一巻、第二巻、第三巻と発行されたが、入手稀。346頁。

Rutherford, J. F., ・Prophecy・ (1932)
  預言の起源と目的は、神の言葉を高め、み名を明らかにするためにある。今日まで、多くの人が預言を間違って解釈し、失望を与えてきた。それは人間的な知恵に基づいていたからであると説明している(皮肉なことに、このような解説は今日のエホバの証人にまことによく当てはまる)。神は歴史の中で神の組織を用意されたが、一方サタンもまた、サタンの組織を用意した。神はこのサタンの組織に戦いを挑み、勝利をおさめ、ご自身のみ名を高らかにされる。1931年、日本語版「預言」として発行、入手稀。351頁。

Rutherford, J. F., ・Riches・ (1936)
  人は誰でも富むこと、幸福になることを求めている。では、偽りの富や幸福ではなく、真に富んだ者になるとはどういうことか。それは物質的な目に見えるものではない。神は偽りのグループである、カトリックやプロテスタントの教会を裁かれる。そのような人とは違った、神を恐れる民がこの地上にいる。彼らは、バアルの預言者を集めて皆殺しにしたヨナダブ(U列10:15-27)とその子孫の生き方(エレミヤ35:6-19)になぞらえられ、「ヨナダブ級の人々」と解釈される。そのクラスの人々は、天上の144000人とは違って、地上に生きる人々で、ヨハネの黙示録7章に出てくる大群衆である。1936年、日本語版「富」として発行されたが、入手稀。379頁。

Rutherford, J. F., ・The New World・ (1942)
  今の世が終わると、新しい天と新しい地とが到来する。新しい天では、キリストのからだなる花嫁、144000人が支配する。今の世は、1914年以来終わりの時を迎えており、サタンの時代である。これはやがて滅ぼされ、エホバの支配がはじまる。本書の後半は、このような新しい世界に対する希望をヨブ記の記録をたどりながら説明している。382頁。

Rutherford, J. F., ・The Kingdom is at Hand・ (1944)
  神の国こそ聖書のテーマである。アダムをはじめとし、ノアの時代、モーセや士師記時代、サウルやダビデ、そしてそれ以降の王制時代、捕囚とそれからの解放時代、それらすべての時代を通して、人間は世界を統治する点で失敗した。しかしキリストがこの地上に来臨し、144000人によって構成されている「王の家族」をつくった。彼らこそ、キリストと共にこの世を治める人々である。キリストはこの家族以外に「他の羊たち」と言われるグループをもっている。最終的にエホバがこの世界を統治する。380頁。

V.エホバの証人に対する批判的な日本語の文献

 <岩村義雄師(練馬凛はペンネーム)の書物>

 神戸市垂水区にある明舞会衆を大きく成長させ、最も有能なエリート長老として活躍していた岩村氏は、エホバの証人は聖書への信仰ではなく、組織への信仰であることに気づき、1988年、30人ほどの人々と組織を離脱、福音的クリスチャンになった。現在も毎朝、駅前に立って、キリストの証人として証詞を続けている。師の書物は、直接体験の中から生まれてきたものであるだけに、エホバの証人の思考回路にピッタリしており、エホバの証人や研究生には大変説得力がある。エホバの証人と対話しようとする人は、岩村師のすべての書物を読んでおいていただきたいと思う。

・『聖書に基づいて彼ら(エホバの証人)と論じる』(真理のみことば伝道協会、1989年、1800円)
  エホバの証人がよく用いる『聖書から論じる』に反論した書物。聖書の信仰とは、エホバを信じるのではなく、キリストを信じるのだということを、エホバの証人の論理を用いて展開している。エホバの証人と対話しようとするクリスチャンが最初に読んでおくべき書物。エホバの証人と話すときには、次の資料集をも合わせて、有効に用いるとよい。

・『ものみの塔文書資料集』(真理のみことば伝道協会、1989年、2600円)
  ものみの塔は、これまで偽預言を何度も繰り返してきた。また、教えをころころ変えてきた。エホバの証人は、これらの事実から、ものみの塔の組織は「神の信頼すべき伝達経路ではない」ことを知る必要がある。そのために役立つ資料を、組織の出版物の中から収録したもの。エホバの証人は組織以外の出版物を信用しないので、このような組織自身が出している資料を用いる必要がある。エホバの証人と話すときには、テーマをしぼり(一度に一つの主題に限定しながら話し合うこと)、必要な頁のコピーをとり、じっくり話し合うことである。

・『神のみ名はエホバか』(いのちのことば社、1995年、2400円)
  エホバの証人が歴史的キリスト教を攻撃する最大の点は、神のみ名エホバを使わないことにある。エホバの証人は、それを「背教者のしるし」と思っている。著者は、そのような主張が聖書的根拠のないことを明らかにし、歴史的キリスト教のメッセージこそ聖書の福音であることを、緻密な論理で論じている。最近、自分たちはマインド・コントロールにかかっているのではないか、と思いはじめた現役のエホバの証人の長老が、本書を手にして、エホバの証人の聖書解釈の間違いに気づき、組織を離脱する決心をした。

 <ウィリアム・ウッド師の書物>

 ウイリアム・ウッド師はエホバの証人問題に早くから目ざめ、福音的な諸教会に、異端問題と積極的に取り組むよう啓蒙活動をしている宣教師。アメリカにおけるエホバの証人伝道に精通しているばかりではなく、日本のエホバの証人救出活動の火付け役的存在として、経験から生まれた書物を多数出版している。師の書物は、エホバの証人と対話するには大変有効な資料ばかりである。

・『「エホバの証人」と「キリストの証人」』(日本純福音伝道協会、1983年)
  ウッド宣教師が初めて出版された書物。現在は絶版であるが、その内容は、その後の書物の中で十分カバーされている。

・『エホバの証人への伝道ハンドブック』(いのちのことば社、1987年、1700円)
  エホバの証人の教えをよく知り、その教えに対してどのように対応したらよいか、さらにもっと積極的に聖書の福音をどのように伝えるか、を説いている。本書を読んで、聖書の信仰に導かれたエホバの証人が何人もいる。

・『「エホバの証人」の教えと聖書の教え』(いのちのことば社、1988年、1900円)
  エホバの証人の教えが、はたして本当に聖書に裏付けられているのかを検証した書物。エホバの証人伝道に関心をもつ人は、まず本書をジックリ読み、ものみの塔の信仰をよく知っていただきたい。エホバの証人の信仰を考えることで、自分たちが信じているものもまた、よりはっきり見えてくるはずである。

・『エホバの証人の反三位一体論に答える』(いのちのことば社、1990年、1700円)
  エホバの証人がクリスチャンと論じたいテーマは、三位一体である。ところが、大抵のクリスチャンは、ヨハネ1:1をエホバの証人に突き付ければ、すぐに納得してもらえる、と誤解している。エホバの証人はその聖句にどのように反論したらよいかよく訓練を受けているので(誤解に基づく、詭弁にすぎないが)、それは無駄である。むしろ、本書を参考にして、キリストは最初につくられた被造物であるとエホバの証人が主張する聖句を一つずつ完全に論破することで、納得してもらえる糸口が見つかるかも知れない。

・『エホバの証人もキリスト教の一派(その洗脳教育の実態)』(新生運動、1990年、70円)
  ものみの塔をキリスト教と間違えてしまう人は意外と多い。この小冊子は、エホバの証人がキリスト教ではないことを明らかにしている。クリスチャンではない未信者の方で、エホバの証人の信仰に疑問をもっている人に差し上げるとよい小冊子。

・『エホバの証人の反三位一体論に答える資料集』(いのちのことば社、1992年、500円)
  エホバの証人のブロシュアー『あなたは三位一体を信じるべきですか』は、多くの文献を引用している。本書はその引用方法がいかに我田引水的で、ものみの塔にとって都合のよい部分だけを抜き取った、会衆を欺いたものであるかを明らかにしている。エホバの証人にも、知的探求心をもっている人、学問的良心をもつ人々はいる。そのような人に、本書のような資料集を提示し、組織の出版物がいかに人々を欺いているかを考えていただくとよい。組織の離脱者たちを背教者呼ばわりして、信者に彼らと接しないよう警告する最大の理由は、外からの真実な情報が侵入してくることを恐れているからである。人を欺いていなければ、どんな情報にも耳傾けることができるはずである。

・『ものみの塔の預言の記録』(真理のみことば伝道協会、1993年、200円)
  ものみの塔は、キリストが「臨在」される日、あるいは終わりの日に関して、これまでさまざまな預言をしてきた。そのような預言の記録を、ものみの塔の出版物のコピーを集めてまとめたのが本書である。クリスチャンが研究生となり、この記録集のコピーをとり、司会者であるエホバの証人とジックリ話し合ってみるとよい。エホバの証人は、預言が外れたことをタッキングという理論で弁明するが、この資料をていねいにたどっていけば、そのようなごまかしではとうてい間に合わないほどひどいものであることをエホバの証人自身も納得せざるをえない。

・『「エホバの証人」その恐るべきマインド・コントロールの実態』(三一書房、1993年、1700円)
  エホバの証人は、多くの家庭や学校で問題を引き起こしている。その背後に、会衆をマインド・コントロールするシステムが働いているからである。本書は一般の読者を対象にしているので、まだエホバの証人に触れたことのない人に紹介するとよい。あらかじめこの種の本を読んでおけば、エホバの証人のようなカルト集団に入る確率は非常に少なくなる。一般書店も扱っているので、本書を求め、ものみの塔から脱会した人々も多数現れはじめている。

・『「エホバの証人」への伝道とフォローアップ』(いのちのことば社、1995年、2400円)
  最近、ものみの塔の教理的な間違いに気付き、組織から脱会する人々が増えている。その人たちがエホバの証人を止めるだけでは、不十分である。聖書の教えに立ち帰らなければならない。しかし、ものみの塔は、キリスト教会を悪魔の巣窟と教えているので、離脱者たちが教会に行っても、多くの点でつまづいてしまう。教会は彼らを一般的な求道者と同じように扱わないで、彼らがもつ疑問や問題に対応する必要がある。本書は元エホバの証人がキリスト教会に行った場合どのような問題にぶつかるのか、教会はそれにどう答えたらよいのか、分りやすく解説している。特に、元エホバの証人と個人的に聖書研究ができるよう、50課に分けたテキストが用意されているので、もしエホバの証人の方が教会に来たら、これを基本に学び会をもつとよい。すべての牧師(あるいは教会のリーダー)がこの書物を読み、エホバの証人の離脱者が教会に来やすくなるよう備えていただきたい。

 なお、次の三冊は、エホバの証人に渡してほしいパンフレットである。ご家庭に常時、数部用意しておき、訪問してきたエホバの証人に渡すとよい。大抵は受け取ってもらえないが、「自分も『ものみの塔』誌などを受け取るから、あなたにも読んでいただきたい」と交換条件を出して渡すなら、受け取ってもらえることもある。

・『目ざめの時!(1)1914年:それは特別な年か』(いのちのことば社、1989年、300円)
  エホバの証人は、1914年にキリストの「臨在」が起こったと信じている。そしてその「臨在」のしるしとして、戦争、飢饉、地震が1914年以降、それまでとは全く違った頻度で起こっていると教えられている。しかし本書は、そのような理解が聖書とは全く違うものであるし、現実の歴史とも全く異なっていることを明らかにしている。

・『目ざめの時!(2)忠実で思慮深い奴隷:それはだれか』(いのちのことば社、1990年、300円)
  エホバの証人は、統治体こそ聖書を解釈することができる神に立てられた組織であると信じている。本書は、そのような理解が聖書的には全く無縁なものであることを明らかにしている。

・『目ざめの時!(3)救い:それはいつ与えられるか』(いのちのことば社、1992年、300円)
  エホバの証人は、恵みによる救いを信じていない。これは聖書を熱心に読んでいるエホバの証人にとって、最も悲劇的なことである。訪問してきたエホバの証人に、本当の救いを知っていただくために手渡していただきたいパンフレットである。

 <金沢司氏の書物>

 金沢氏は北海道の広島会衆の元長老で、会衆の皆から大変尊敬されていた。しかし、ものみの塔の聖書解釈に疑問をもち、ものみの塔発行の「聖書理解の助け」を独自に研究し、組織に質問すると、排斥されてしまう。その後も、金沢氏は、ものみの塔の信仰に関して深い研究を重ね、その成果を発表している。氏の書物は、特異な経験を背景にしているだけに大変説得力がある。ほとんどが絶版のために、今は入手が困難であるが、JWTCでは、コピーサービスをしている。

・『事件簿』(北海道広島会衆、1987年、絶版)
  北海道広島会衆の方々が経験した排斥事件を告発した書物。組織の教理に疑問をもった場合のものみの塔本部の対応の仕方、長老や審理委員会のやり方、会衆の人々のものの考え方、レスポンスの仕方など、外部の人々には分りにくいエホバの証人の実態を明らかにしている。

・『欠陥翻訳−新世界訳』(北海道広島会衆、1987年、絶版)
  新世界訳は本当に正確な訳なのか、字義訳はよい翻訳なのか、などという点を検証している。著者独自の観察、洞察も多く、内部にいた人だから言える発言もあって、きわめて興味深い書物。

・『ものみの塔協会の誤導からエホバの証人を解放するために』(北海道広島会衆、絶版)
  ものみの塔協会の実態を明らかにし、そこから人々を救出するためにはどのようにしたらよいかを、説いた61頁の小冊子。ものみの塔が神の組織ではないことを徹底的に明らかにしている。

・『ものみの塔の終焉』(北海道広島会衆、絶版)
  ものみの塔は神に用いられている組織ではないことを告発し、やがて神の裁きによって滅亡するであろう、と警告した書物。組織の中にいて、指導的立場にあったからこそ書くことができた書物。

 <西舞子バプテスト教会出版部の書物>

 西舞子バプテスト教会は、エホバの証人伝道に早くから取り組んできた教会である。95年1月、同教会副牧師の草刈師が中心になって、エホバの証人救済対策協議会として独立、エホバの証人のご家族の依頼を受けて、救済活動を展開している。この働きによって非常に多くの方がエホバの証人を止め、福音的なクリスチャンになっている。このグループが出している書物は、エホバの証人を説得する過程で得られたノウハウを分かち合っているので、大変分りやすく、すぐに役に立つ。

・『だれでもできるエホバの証人への伝道アプローチブック No.1』(西舞子バプテスト教会出版部、1989年、850円)
  ものみの塔は、1975年にハルマゲドンの戦いがあり、世の終わりが来ると預言した。しかし何も起こらなかった。それは、ものみの塔が偽りの預言者であることのしるしである。この点を中心に、エホバの証人に組織の間違いに気付いていただく伝道の方法を紹介している。実際ここに記されている方法をそのまま用いて、エホバの証人を導いた人が何人もいる。

・『だれでもできるエホバの証人への伝道アプローチブック No.2』(西舞子バプテスト教会出版部、1991年、1250円)
  ものみの塔は、1914年にキリストの「臨在」が起こったと主張している。そのような主張は全く根拠がないことを示し、エホバの証人は聖書ではなく、組織に信仰をもっていることを明らかにしている。エホバの証人を導くには、彼らの信仰が組織信仰であることに気付かせることにある。末尾には、この本を使って成功したクリスチャンの証しが載っている。

・『あなたは三位一体を信ずるべきです』(西舞子バプテスト教会出版部、1993年、650円)
  ものみの塔から出されているブロシュアー『あなたは三位一体を信じるべきですか』に答える形で、三位一体を擁護した書物。問題がよく整理されており、ブロシュアーの流れに沿って論述されているので、エホバの証人がそのブロシュアーを使ってくるときに用いると効果的。

・『ものみの塔の預言・教理の移り変わり』(西舞子バプテスト教会出版部、1992年、1200円)
  ものみの塔はその歴史の中で、教えをコロコロ変えている。その中でも重要な教理の移り変わりを、ものみの塔聖書冊子協会の文献から紹介している。エホバの証人は批判書を見ることを禁じられており、自分たちの文献しか信用しないので、この書物をそのまま提示しないで、必要な頁だけコピーして示すのがよい。そのようなコピーを突き付けるなら、良心的なエホバの証人は組織に対して疑問をもちはじめるであろう。150頁。

 <森山諭による書物>

 福音派の教会の中で、異端研究の先鞭を築いたのは森山師である。その鋭い洞察力と切り口は、今日でもその右に出る人は少ないと言わなければならない。師は、エホバの証人を理解して対話をするというより、キリスト教の立場に立って、ものみの塔の信仰の異端性を暴露するというスタンスである。従って、歴史的キリスト教の立場に立つクリスチャンが自分たちの信仰に確信をもつのに有益である。エホバの証人や研究生にとっては、間違いを認めてからなら、すんなり受け止めることができるが、間違いに気付くまでは、抵抗が大きいはずである。

・『エホバの証人のまちがい』(ニューライフ出版社、1980年、330円)
  初版は1970年。エホバの証人の信仰が歴史的キリスト教から見てどこが間違っているのかが、コンパクトにまとめられている。

・『現代日本におけるキリスト教の異端』(CLC暮しの光社、1976年)
  まず教会の歴史上に現れたさまざまの異端を紹介し、その後、統一教会、モルモン教、エホバの証人に焦点をしぼって考察している。エホバの証人の項では、ものみの塔の教理がいかに聖書から逸脱しているかを明らかにし、その一つ一つに対し、ていねいに弁証している。

・『エホバの証人はキリスト教ではない−その間違いをただす−』(ニューライフ出版社、1988年、1100円)
  エホバの証人の教えが正統的な教理といかに異なっているかを、多くの聖句から明らかにしている。ものみの塔の異端的な教理を一刀両断のもとに切り裂いているので、対話する人のためというより、クリスチャンが異端に惑わされないようにするために役立つ。

 <異端研究家である牧師たちによる書物>

・井出定治 『異端とは何か』(いのちのことば社、1982年、1000円)
  長い牧会の経験者で、神学校で異端のクラスを教えてきた著者が、正統的なキリスト教の立場から、異端とは何かを明らかにし、モルモン教、エホバの証人、統一教会について解説している。異端の本質についてもよくまとめられているので、一般のクリスチャンにとっては、異端に関する最善の手引き書である。

・千代崎秀雄 『エホバの証人はキリスト教か』(いのちのことば社、1986年、1250円)
  牧師で東京聖書学院教授である著者が、エホバの証人が教えている教理は、歴史的キリスト教が教えてきた正統的なものとは似て非なるものであることを明らかにした書物。このようなエホバの証人と対話するためではなく、福音的クリスチャンの信仰に確信を与えるために書かれた書物を、何の疑問ももっていないエホバの証人や研究生に読ませるのは無理がある。彼らにどのような書物を紹介したら効果的かということには、よほど注意が必要である。

・千代崎秀雄 『輸血は罪か(エホバの証人の輸血拒否をめぐって)』(いのちのことば社、1987年、絶版)
  旧約聖書に造詣深い著者が、聖書は輸血を禁じてないことを明らかにした書物。エホバの証人と輸血問題について話し合うときには、前もって読んでおくべき書物である。

・内藤正俊 『「エホバの証人」その狂気の構造』(青村出版社、1986年、1500円)
  エホバの証人の信仰をキリスト教の聖書に照らして明らかにした書物。異端を切ることは、自分たちが切られることでもある、という著者の真摯な姿勢に共感を覚える。異端に厳しい姿勢をとればとるほど、自らにも厳しさが求められる。教職者の立場にある方々に読んでいただきたい。

・平田真実 『あなたも出来るエホバの証人救出活動』(新生運動、420円)
  著者が実際にエホバの証人と対話し、救出活動をしている経験から生まれた書物。エホバの証人と対話するときに用いるとよい質問をたくさん紹介している。簡便ではあるが、的をえているので、すべてのクリスチャンに読んでいただきたい。これだけでは難しい論争はできないが、訪問してくるエホバの証人を追い返さないで、自分の信仰を証詞するために数回会うぐらいだったら、本書によって準備できるだろう。

・ウイルバー・リングル、皆川誠訳 『エホバの証人への実際的アプローチ』(いのちのことば社、1989年、1030円)
  著者は、永年名古屋で宣教師として労され、今はアメリカの地において、エホバの証人伝道、特にエホバの証人へのテレホン伝道を展開している。エホバの証人に福音を伝えることは決して難しいことではない、訪問してくるエホバの証人にどのように対話をはじめたらよいか、対話の中でどのような質問をしたらよいか、予想されるエホバの証人の答えはどのようなものか、その答えに対してどう応答したらよいのか、などといった具体的な質問に答えている。このような書物を読んで、戸別訪問してくるエホバの証人を追い返さず、証詞するクリスチャンがたくさん起こされるよう切に願っている。

・久保有政 『聖書に基づいてエホバの証人と論ずる』(レムナント出版、1994年、レムナント94年2〜5月号、各480円)
  レムナント94年2月号は「救いについて」、3月号は「神・キリスト・聖霊について」、4月号は「十字架・輸血・死後の世界について」、5月号は「キリスト教会・ものみの塔について」特集記事を載せている。一つ一つのテーマについてものみの塔の教えを手際よく解説しており、しかもエホバの証人と対話するのに有益な資料を数多く紹介している。なお、この雑誌は、これらの記事に限らず、エホバの証人伝道に役立つ聖書研究の材料を数多く掲載しているので、購読することをお勧めする。

 <証詞・ドキュメント>

・いのうえせつこ 『主婦を魅する新宗教』(谷沢書房、1988)
  ものみの塔が、多くの問題を抱えている主婦にとって魅力的に見える理由を分析している。主婦を魅了している他の宗教も紹介されているので、それらとの共通点を知ることができ、参考になる。

・大泉実成 『説得−エホバの証人と輸血拒否事件−』(講談社文庫、540円)
  川崎で起こった輸血拒否事件の真相を追跡したジャーナリストによる書物。著者はエホバの証人と無縁ではなかったので、輸血問題は自分の問題でもあったとの認識に立って執筆している。エホバの証人の中にもぐり込んで、エホバの証人といっしょに生活しながらのこのような記録は、ジャーナリストでなければ書けない内容である。エホバの証人との関わりをもっている人は、本書を読んで、一度輸血の問題をじっくり考えてみる必要があるのではないだろうか。

・教会新報編集部 『異教からの回心』(日本教会新報社、1980年、1100円)
  エホバの証人からクリスチャンになった、横浜市の有富邦子さん、松岡チカヨさんの証詞を紹介している。現在、絶版。

・クリスチャン新聞編 『ドキュメント異端(教会への挑戦)』(いのちのことば社、1983年、1200円)
  クリスチャン新聞1980年6月からおよそ2年間にわたって連載されたシリーズ『異端と教会』をまとめた書物。キリスト教の異端として、統一教会、モルモン教とともにエホバの証人を紹介している。特にエホバの証人の生活、伝道や集会のようすなどを手際よくレポートしているので、ものみの塔についてあまり知識のない方には、参考になると思う。

・ヨージー・ドイオン、湯川真人訳 『無慈悲な牧者たち−エホバの証人十年間の報告−』(あかし書房、1988年、2060円)
  エホバの証人だったヨージー・ドイオン(女性)がものみの塔に絶望して、聖書の信仰に導かれるまでの10年間の歩みをドキュメント風に記している。この記録を読んだ元エホバの証人たちは、異口同音に、ドイオンの体験は、ドイツの、そして10年昔の話なのだが、現在の日本のエホバの証人の姿とほとんど変わらない、と証言している。エホバの証人の方、あるいは研究生にぜひ読んでいただきたい書物。

・クリスチャン新聞編 『異端からの回心−エホバの証人−』(いのちのことば社、1994年、900円)
  クリスチャン新聞が1989年3月26日から12月10日までに連載した記録を基に編集した書物。1988年10月、神戸市垂水区の明舞会衆30人がものみの塔を離脱した。そのとき岩村長老夫妻、二世のエホバの証人、正規開拓者だった主婦たちに何が起こったのか、どのようにものみの塔から離れ、キリスト教会に入って行ったのか、組織を離脱するにあたって、何が一番大きな問題だったのか、どのような不安を感じたのか、などといった点を、元エホバの証人たちの証言を中心にまとめている。付録として、エホバの証人の救出活動をしているグループを紹介している。エホバの証人問題で悩んでおられる方はそれを参考にして、連絡をとるとよい。

 <灯台社に関する書物>

・稲垣真美 『兵役を拒否した日本人』(岩波書店、1972年、580円)
  戦前の日本におけるエホバの証人であった明石順三と灯台社が第二次世界大戦のときに、どのような迫害を受け、戦いをしたかを明らかにした書物。エホバの証人の研究だけではなく、戦時下の宗教弾圧の研究においても欠かすことのできない書物。

・『戦時下のキリスト教運動』(新教出版社、1972年、4500円)
  第二次世界大戦下において、キリスト教がどのような行動をとったかを記した貴重な記録。特高警察によって弾圧を受けた灯台社の裁判記録や、彼らが組織に示した忠誠心が詳しく書かれている。

・京都大学新聞社編 『口笛と軍靴』(評論社、1985年、2365円)
  1920年代、30年代の日本の思想史、特に天皇制の問題を中心に、研究論文を集めた書物。第三部において、笠原芳光氏が「戦時下抵抗と戦後転向、明石順三をどう見るか」という論文を執筆している。当時のエホバの証人の状態を知るのに役立つ。

・明石順三 『明石順三の公開状−ワッチタワー本部へ提出−』(コピー製本同志社大学人文科学研究所第一研究室、1947年)
  戦時中投獄された明石順三が出獄して後、ものみの塔の本部の動きに疑問を感じ、ノア会長に公開質問状を出した。同志社大学の図書館にその文書が保存されており、本書はそれをコピーしたもの。

・岩村義雄 『灯台社の沿革』(個人出版、1988年)
  灯台社の指導者、神田繁太郎、明石順三らの活動を年表形式でまとめている。大変詳しいので、この年表を調査するだけで、戦前のエホバの証人の日本における活動を理解することができる。入手を希望する人は、市販されていないので、著者に直接申し出るとよい。

 <キリスト者と戦争に関する書物>

 エホバの証人のキリスト教世界に対する最も激しい攻撃の一つは、エホバの証人は兵役を拒否してきたが、キリスト教界は戦争を支持してきたという誤解にある。エホバの証人と対話しようと願っている者は、戦争に対してどのような考えをもっているのかを、よく整理しておかねばならない。

・小坂康治 『古代のキリスト教徒と軍隊』(教文館、1988年)
  初代教会は戦争を拒否し、クリスチャンになった兵士は退役した、という訳ではない。本書は、その辺の事情が歴史的、客観的に調査され、記述されている。

・ピーター・C・クレイギ、村田充八訳 『戦争と平和』(すぐ書房、1990年、2472円)
  神は人間のありのままの世界を舞台として救済の働きを展開された。旧約聖書の教えは、戦争の問題をも含め、平和の君イエス・キリストの教えに道備えをするものである。クリスチャンは進展的啓示理解に立って、現実的平和主義を志向すべきである。本書は、たとえエホバの証人と関わりをもたなくても、キリスト者として避けて通れない課題を扱っているので、ぜひ大ぜいのクリスチャンに読んでいただきたいと思う。

・ローランド・ベイントン、中村妙子訳 『戦争・平和・キリスト者』(新教出版社、1963年、  円)
  古代から今世紀に至るまでのキリスト教徒が、戦争と平和についてどのように考えてきたかを、まとめている。

・ジャック・エリュール、唄野隆訳 『暴力考』(すぐ書房、1976年、1236円)
  キリスト教的現実主義的立場に立って、一方では「暴力は国家にとって必然性の秩序である」としながら、他方では、だからといってキリスト者も暴力を利用してよいということにはならないと説く。暴力をどのように理解してきたかという歴史、特に「正義の戦争」について、きわめて興味深い洞察を示している。キリスト者が暴力を否定する根拠はキリストの十字架にある、という著者の見解も説得力をもっている。

・ジョン・ストット、油井義昭訳 『地には平和』(すぐ書房、年、950円)
  キリスト者とは、平和をつくりだす者である。核、環境問題、南北、人権問題についてキリスト者はどうしたらよいかがきめ細かく論じられている。

 <機関誌類>

《西舞子バプテスト教会出版部よりの機関誌》

・『良いたより』(創刊号、1992年、300円)
  山口県で起こった集団離脱の方々のあかし、北海道で起こった離脱者のあかし、エホバの証人との話し合いの仕方、エホバの証人とキリスト教の違い、などが記されている。24頁。

・『良いたより』(第2号、1993年6月、400円)
  まもなく1914年説が変わる?/マインドコントロールとエホバの証人/輸血は母体内で既に行われていた−医学最新レポート/聖書は輸血を禁じていますか?/三位一体をわかりやすく説明するには/その他救出者の体験談など、が記されている。46頁。

・『良いたより』(第3号、1994年12月、800円)
  昨年、ものみの塔の組織から脱会した13人の人々の証詞を紹介。後半は、エホバの証人に間違いを気づかせるために、どのように資料を使ったらよいか解説している。80頁。

《ニューライフ・ミニストリー出版部よりの機関誌》

 大阪で牧会しているドーゲン宣教師は、ウッド宣教師とともにエホバの証人の救出活動を展開し、多くの方々を救いに導いている。その暖かい人柄は、接する人たちに神の愛を感じさせる。エホバの証人のことで悩んでいるご家族は、連絡をとってみるとよい。

・『友達からの良い便り 第1号』(1991年、150円)
  アメリカでエホバの証人伝道に専心しているダビデ・リードが出版している機関誌の翻訳を中心に、編集している。本号は、ものみの塔は愛のない組織であるという元エホバの証人の証詞を掲載している。

・『友達からの良い便り 第2号』(1992年、60円)
  兵役拒否はものみの塔が唯一の真の宗教組織であるという証拠にはならない、と解説している。アメリカにおいて組織を脱会した人の証詞なども掲載している。

・『友達からの良い便り 第3号』(1993年、150円)
  ものみの塔は自分たち以外の組織はすべてサタンのものであると教育しているので、エホバの証人はものみの塔を出たらどこにも行くところがないと不安を感じている。それが全くの誤りであることを説いている。

 <新世界訳研究会からの出版物>

・『見過ごしてよいのか』(印刷代実費、一冊100円)

・『黙っていてよいのか』(印刷代実費、一冊100円)
  福音的なクリスチャンの多くは、エホバの証人の訪問を受けるなら、異端者として追い返してしまっているのではないだろうか。また、たとえ話し合ったとしても、平行線の議論を繰り返しているのではないだろうか。本書は、そのような不毛な関係ではなく、エホバの証人に本当の福音を証詞する糸口を見つけ出すよう励ましている。教会の学び会などで、テキストとして用いるのに適切。

・『ヨハネの福音書1章1節の解釈をめぐって』(印刷代実費、一冊100円)
  新世界訳は、ヨハネの福音書1章1節の「神」を「a god」と訳している。ものみの塔のキリスト論に基づいてそのように訳すことは、ギリシャ語文法上からもありえないことを、学問的に厳密に論じている。

・『ものみの塔の創設者ラッセルの歴史』(印刷代実費、一冊100円)
  ものみの塔の創設者ラッセルの歩み、書籍などを紹介し、ものみの塔が神によって立てられた組織ではなく、当時の異端的キリスト教の流れを組む一グループにすぎないことを明らかにしている。

・『マタイの福音書』(No.1)(印刷代実費、一冊100円)

・『マタイの福音書』(No.2)(印刷代実費、一冊100円)
  エホバの証人を家族にもつ方が、エホバの証人に組織の間違いを気付かせる一つの方法は、聖書をいっしょに通読することである。その際、どのような点を質問したらよいか教えているのがこの小冊子である。本書によって、実際にエホバの証人である家族と対話をし続けている方々が何人かいる。

・『啓示の書』(No.1)(印刷代実費、一冊100円)

・『啓示の書』(No.2)(印刷代実費、一冊100円)

・『啓示の書』(No.3)(印刷代実費、一冊100円)
  エホバの証人の信仰にとって、「啓示の書」(ヨハネの黙示録のこと)はきわめて重要な書物である。本シリーズは、ものみの塔出版の「啓示の書」について、頁を追いながら問題点を明らかにしている。エホバの証人といっしょに学ぶためのテキスト。

・『対話シリーズエホバのみ名は』(印刷代実費、一冊200円)
  新世界訳の新約聖書には、エホバのみ名が237回出てくる。しかし、それはギリシャ語写本に基づいているのでも、初代教会において翻訳された書物によっているわけでもない。むしろ、1385年以降、ヘブル語に翻訳された新約聖書に基づいているにすぎない。本書はこの事実を、エホバの証人とクリスチャンの対話形式で、明らかにしている。なお、上記の対話が文献的に確かな証拠に基づいていることを明らかにするため、『資料集』(印刷代実費、一冊700円)が用意されている。貴重な論文、書物からのコピーを集め、出典を明らかにしている。

・『宗教は恐ろしいか』(印刷代実費、一冊200円)
  カルト教団の実態、マインド・コントロールの手法を明らかにし、そのような宗教に近付かないように警告している書物。エホバの証人だけを扱っているわけではないが、本書を読めば、エホバの証人もカルト教団の一つであることをすぐ理解することができるだろう。

・『参考文献』(印刷代実費、一冊300円)
  エホバの証人、マインド・コントロール、カルトなどに関する文献を簡単に紹介した書物。(今読者がお読みの本書のこと)

W.エホバの証人に対する批判的な英語の文献

Adler, Kathie, ・The Deity of Christ - Answering Difficult Bible Passages For Cults・ (出版社不明、1990)
  エホバの証人がキリストの神性を否定するときに引用する、黙示録3:14、コロサイ1:15、ヨハネ14:28、マルコ13:31-32、箴言8:22、ヨハネ5:19、Tコリント11:3、15:28、ピリピ2:5-6などの聖句に対し、厳密な釈義をしてエホバの証人に反論している小冊子。14頁。

Adler, Kathie, ・Linetka And The Town of Make Sure of All Things・ (New York: Narrow Way Ministries, 1993)
  クリスマス物語をとおして、エホバの証人の信仰が正しくないことを子どもに教えるために書かれた書物。44頁。

Adler, Kathie, ・The Crucifixion・ (New York: Narrow Way Ministries Inc., )
  エホバの証人は、キリストは十字架ではなく、一本の杭に架けられたと主張する。しかしこの小冊子は、スタウロスというギリシャ語が十字架を意味していたことを初代教会の歴史、ローマの歴史、考古学的発見、そして聖書から検証している。28頁。

Barefoot, Darek, ・Jehovah's Witnesses & the Hour of Darkness・ (Grand Junction: Grand Valley Press, 1992)
  ものみの塔の出版物の挿絵の中に、頭蓋骨などの絵が隠されていることを指摘した書物。著者はこの問題を統治体に問い合わせたところ、仕事を閉鎖しなければならなくなり、個人的な手紙まで盗まれ、結婚生活が破られ、長年の友人たちからも別離しなければならなくなる。ものみの塔の文献がオカルトの影響を受けていることを示唆する書物。一読する価値がある。180頁。

Bergman, Jerry R., ・Jehovah's Witnesses And The Problem Of Mental Illness・ (Clayton: Witness Inc., 1992)
  著者はエホバの証人として20年間生活をしたが、心理学者として信仰に疑問をもち、組織を離脱する。その後、30年間にわたって、エホバの証人と精神的な病との関係を研究しつつ、精神的な病をもつエホバの証人をカウンセリングしている。エホバの証人が精神的な病をもつ確率は普通の人の3-4倍になり、しかも、長老たちが精神病に関する無知であるため、こじらせてしまう場合が大変多い。現役のエホバの証人、特に長老の方々に読んでいただきたい情報がたくさん紹介されている。342頁。

Bergman, Jerry R., ・Blood Transfusions・ (Clayton: Witness Inc., 1994)
  エホバの証人が輸血拒否をすることはよく知られている。本書は、輸血拒否の問題はエホバの証人の歴史の中で、どのように扱われてきたのか、また、聖書は輸血に関してどのように語っているのかを、詳細に論じている。エホバの証人、特に多くの人の命を左右する立場にある長老たちはこのような書物をジックリ読み、自らの責任を深く自覚していただきたいと思う。208頁。

Bjornstad, James, ・Counterfeits At Your Door・ (Regal Books, 1991)
  エホバの証人またはモルモン教の宣教師が家を訪問してきたなら、どのように応対したら良いのかを分りやすく解説した書物。著者は、ニュージャーシー州、オークランドにあるノースイースタン神学校の哲学および神学の教授。160頁。

Bowman, Robert M., ・Jehovah's Witnesses, Jesus Christ and the Gospelof John・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1989)
  ヨハネ1:1、ヨハネ8:58に関するものみの塔の主張を徹底的に分析し、その解釈上の誤りを指摘している。さらにあらゆる角度から、真摯な学問的研究によって、この二つの節が「キリストが神であることを証言している」ことを明らかにしている。171頁。

Bowman, Robert M., ・Why you should believe in the Trinity・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1992)
  ものみの塔が出版している「あなたは三位一体を信ずべきです」というブロシャーに対し、聖書から徹底的に反論している。エホバの証人はそのブロシュアーをよく学んでいるので、もしエホバの証人と三位一体について話し合うときには、そのブロシュアーとあわせて、本書を学んでから対話するようにしていただきたい。157頁。

Bowman, Robert M., ・Understanding Jehovah's Witnesses・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1991)
  エホバの証人と歴史的キリスト教の違いは、結局聖書解釈の違いに帰着する。著者は、きわめて公平な態度で、エホバの証人の聖書解釈方法を明かにし、歴史的キリスト教の立場から不十分な点を指摘している。著者はエホバの証人に対しても、歴史的キリスト教に対しても公平な姿勢を貫いているので、福音的なキリスト者が自らの内にもっている問題にも気づかせてくれる。エホバの証人伝道に関心をもっていない人でも、正しい聖書解釈のヒントを得ることができる。165頁。

Burridge, J. H., ・Pastor "Russell's Date System And Teaching On The Person of Christ, The Atonement, Etc.・ (Clayton: Witness Inc., 1920)
  ラッセルが主張した、聖書の年代計算法、イエスの人格に対する理解、ラザロの話の解釈、贖いの理解などがいかに愚かなものであるかを指摘し、そのようなものに惑わされないよう警告した小冊子。30頁。

Burridge, J. W., ・"PASTOR" Russell's Teaching On The Coming Of Christ・ (Clayton: Witness Inc., )
  キリストの再臨に関してラッセルが主張したことは、いかに聖書から逸脱しているかを明らかにした小冊子。31頁。

Cetnar, William I., ・Questions For Jehovah's Witnesses "Who Love the Truth" 2Thess 2:10.・ (Center P. A., 1993)
  著者は6才のときから27年間、エホバの証人のエリートとして歩んだ人物。21才のとき、ニューヨークのベテル本部に招かれ、組織の中枢で働くことになったが、ものみの塔が神の唯一の組織であることに疑いをもち、1962年、33才のとき、組織から離脱した。奥さんも最も有能な秘書として組織に仕えた三代目のエホバの証人であったが、やはり組織の間違いに気づき、断絶する。その後、夫妻が中心になってエホバの証人をやめた人々の集いを年に一回、ペンシルバニア州で開催している。本書の著者であるご主人は、数年前亡くなられたが、奥さんがその意志を継いで、その集いを続けている。本書の前半には、組織の矛盾を示す資料を掲載し、後半には、ご夫妻が組織を離れる証詞を載せている。84頁。

Cetnar, William I., ・Troy Debates Rutherford・ (The Watchtower Horoscope, 1983)
  1915年4月21-24日、ロサンゼルスのトリニティー公会堂において、ものみの塔二代目会長ラザフォードとグレンデール・バプテスト教会のトロイ牧師との間で公開討論が行なわれた。討論の一日目は、「死者はどこにいるのか」というテーマで、まずラザフォードが60分話し、それに対してトロイが60分反論する。その後15分、ラザフォードが反論し、最後の15分、トロイが反論するという形で進められた(二日目は反対の順番で進められた)。二日目のテーマは「悪しき者の運命」、三日目は「死者は千年王国時代にチャンスがあるのか」、最後の日は「キリストの再臨」だった。司会者には中立の立場の人が立てられ、毎晩変わった。この論争を一読するなら、討論における勝利者が誰なのかはすぐ理解できる。ものみの塔が今日決して公開討論に応じようとしない理由は、1908年にラッセルがホワイトとの討論に破れ、1915年にラザフォードがトロイに負けたからである。これらの論争において、エホバの証人が勝利したと長老から聞かされたことがあるが、そのようなことを言う人には、ぜひ一読していただきたい。73頁。

Chretien, Leonard and Marjorie, ・Witnesses of Jehovah・ (Eugene Dreg: Harvest House Pullblishers, 1988)
  22年間エホバの証人として歩んできた著者夫妻は、組織の偽瞞性に気づき、1982年8月、組織を断絶した。本書は、組織に忠実に仕えた長老時代に蓄積された資料が基になっているだけに、ものみの塔の間違いに対する指摘は鋭く、きわめて説得力がある。このご夫妻は、日本語のビデオ「エホバの証人とは?」の主人公として登場する方々である。219頁。

Conner, W. T., ・The Teachings Of "PASTOR" Russell・ (Clayton: Witness Inc., )
  神の計画、来るべき時、千年王国における救い、現在提供されている救い、キリストの人格、王国などについて、ラッセルが説いていることを批判的に検討紹介している書物。著者は南部バプテスト神学校の組織神学教授。68頁。

Cook, Charles C., ・All About One Russell.・ (New York: Charles C. Cook, )
  ラッセルの聖書解釈、あるいは世界の宣教旅行のレポートなどがいかに虚偽に満ちたものであるかを明らかにして、ラッセルが信頼できる人物ではないことを告発している。48頁。

Countess, Robert H., ・Jehovah's Witnesses' New Testament・ (Presbyterian and Reformed Publishing, 1982)
  新世界訳の新約聖書が正確であるかどうかを学問的に検証した書物。エホバのみ名やキリストの神性に関わるテキストの翻訳などに関し、エホバの証人と対話をしようとする人々が知っておかねばならない情報をたくさん紹介している。新世界訳に興味をのっている人にとっての必読書。136頁。

Czatt, Milton Stancey, ・The International Bible Students Jehovah's Witnesses・ (Yale Studies in Religion) (Clayton: Witness Inc., 1933)
  年代計算の方法、贖いの理解、ピラミッドによる解釈、組織運営、ラザフォードたちの裁判などについて研究した書物。エール大学提出の博士号の学位論文をもとにまとめた小冊子。44頁。

Dencher, Ted, ・Why I Left Jehovah's Witnesses・ (Fort Washington: C.L.C., 1985)
  著者は、42年にエホバの証人に接しはじめ、47年にバプテスマを受け、57年までの10年間のエホバの証人として生活する。その間、聖書を通読してまことのキリストに出会い、新生体験を経てキリストにある自由を味わうようになり、ものみの塔の組織を離脱する。組織や教理に対する疑問が起こったエホバの証人の中に、どのような葛藤が生じるのかを赤裸々に描いているので、ものみの塔の信仰に疑問を持っているエホバの証人や研究生、あるいは救出に携わっている人々にぜひ読んでいただきたい書物。254頁。

Duggar, Gordon E., ・Jehovah's Witness・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1991)
  著者は、30年間エホバの証人として組織に仕えたが、75年に疑問をもちはじめ、ものみの塔の文献を調べていくうちに組織に留まるべきではないと確信、81年に脱会した。聖書から、ものみの塔の歴史、組織、キリストへの礼拝、預言が外れたこと、引用間違い、記念式の持ち方、排斥、輸血、箴言4:18による弁明、思慮深い忠実な奴隷、などについて徹底的に検証している。124頁。

Farkas, J. R. & Zarpentine, Pat, ・Watchtower Bible and Tract Society Teachings: Have They Changed?・ (Personal Freedom Outreach, 1992)
  ものみの塔は、1874年、1914年、1975年についてどのようなことを主張してきたのか、ものみの塔出版の文献自体によって検証し、組織の偽瞞性を明らかにした小冊子。38頁。

Felix, Richard, ・Rutherford Uncovered・ (Clayton: Witness Inc., 1937)
  二代目のラザフォード会長と同郷の著者は、ラザフォードに関する多くの証言を裁判所の記録から紹介している。巻末には、ラザフォード自身の発言を紹介しているので、ラザフォードがどのような考えをもっていたか理解することができる。34頁。

Finnerty, Robert U., ・Jehovah's Witnesses on Trial・ (Presbyterian and Reformed Publishers, 1993)
  ものみの塔は、2、3世紀から背教が起こり、異教の影響を受けた結果、三位一体をはじめとするキリスト教世界の教理が作り出された、と主張する。本書は、初代の教会教父たちの文献を丹念に検証し、そのような主張には何の歴史的根拠もないことを徹底して論証している。著者は神学者でも、聖書学者でもなく、使徒ルカのように歴史に興味をもつ医者である。164頁。

Franz, Raymond, ・Crisis of Conscience・ (Atlanta: Commentary Press, 1992)
  前会長フレデリック・フランズの甥にあたる著者は、71〜81年の間、統治体のメンバーとして活躍、ものみの塔の知恵袋と言われた。彼は統治体の依頼を受けてさまざまの書物を執筆するうちに、ものみの塔の教えが聖書と違うことに気づきはじめ、81年に組織を離脱する。外部の人には決して知ることのできない統治体の内部情報を数多く明らかにしているので、ものみの塔を研究する人にとっては必読の書。日本語の翻訳が望まれる書物。396頁。

Franz, Raymond, ・In Search of Christian Freedom・ (Atlanta: Commentary Press, 1991)
  フランズがエホバの証人の信仰の一つ一つの教理に対して聖書から徹底的に論じた書物。フランズ自身は、ものみの塔の組織を離脱したとはいえ、未だ、福音的なクリスチャンになってはいない。しかし、王国、新生、福音などの聖書解釈は福音的キリスト者のそれとほとんど変わらない。ものみの塔の内部資料に熟知した上で、論議を展開しているので、一つ一つの文章が重みをもって迫ってくる。本書のような書物を読みこなして、エホバの証人の長老たちと対話する牧師が日本の各地に現れるなら、ものみの塔組織は壊滅的なダメージを受けるはずである。732頁

Gerstner, John H., ・The Teaching of Jehovah's Witnesses・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  ピッツパーグ神学校の教会史の教授である著者が、エホバの証人の歴史、教理、用語の使い方、正統的なキリスト教教理との違いなどについて分りやすく解説した小冊子。31頁。

Gray, James M., ・The Errors of "Millennial Dawnism"・ (Clayton: Witness Inc., )
  ムーデー聖書学院の教授である著者が、聖書論、キリスト論、救済論、終末論、教会論などにおいて、ラッセル主義者がどのような点で間違っているかを明らかにした小冊子。22頁。

Gruss, Edmond C., ・Jehovah's Witnesses and Prophetic Speculation・ (Presbyterian and Reformed Pulishing, 1972)
  著者は、1950年、17才のときにエホバの証人からクリスチャンになり、後に大学の歴史学および弁証学の教授になった人物。キリストの再臨、ハルマゲドンの戦い、世の終わりなどについて、これまでものみの塔がどのような預言をしてきたかを明らかにしている。エホバの証人と、1914年のキリストの「臨在」に関する預言、あるいは1975年の世の終わりに関する預言について対話する際、有効な議論を展開するために本書に目を通しておくことをお勧めする。131頁。

Haldeman, I. M., ・Millennial Dawnism The Annihilation of JESUS CHRIST・ (Clayton: Witness Inc., )
  ニューヨークのバプテスト教会の牧師である著者は、キリストの死は切断された(annihilation)とのラッセルの解釈を取り上げ、その結果、キリストの復活を正しく理解することが不可能になっていると、論じている。キリストの復活に関してエホバの証人の間違いを鋭く指摘し、聖書的なメスをあてた好著。75頁。

Hall, Daniel LeEarl, ・A Personal Letter to Jehovah's Witnesses・ (Elk Grove: Reveal Ministries)
  2才の時から50年間エホバの証人として生活し、長年長老として活躍してきた著者は、1975年の終末預言が実現しなかったことをきっかけに、ものみの塔の信仰に疑問を抱くようになり、聖書を通してキリストと出会う。その経験を、個人的な手紙という形で、かつての仲間に証詞しようとして書かれた。57頁。

Harris, Doug, ・Awake! To The Watch Tower・ (Twickenham: Reachout Trust, 1988)
  キリスト教から見て聖書的ではないと思われるエホバの証人の教理、エホバのみ名、三位一体、ヨハネ1:1、144,000人、救い、王国、地上楽園、新世界訳の問題、排斥、十字架を杭と理解することなどについて、大変有効な議論が展開されている。特にものみの塔の文献引用法が詐欺的なもので、人々を欺くものであることを徹底的に明らかにしている。254頁。

Harris, Doug, ・Why Should You Believe?・ (Twickenham: Reachout Trust, )
  ものみの塔が出版している「あなたは三位一体を信ずべきか」のブロシュアーに一つ一つ反論し、三位一体の教理は聖書の上に立っていることを論証している。三位一体について議論をするときには、必ず目を通しておくべき小冊子。39頁。

Harris, Doug, ・Don't Close the Door・ (Twickenham: Reachout Trust, 1991)
  4人のエホバの証人と2人のモルモン教徒が福音的なクリスチャンになった証詞を掲載している。異端と言われる人々が伝道のために家庭を訪問してくるなら、彼らにキリストを証詞するようクリスチャンを励ましている。112頁。

Hewitt, Joe, ・I was Raised as a Jehovah's Witness・ (Denver: Accent Publications, 1986)
  小さな時から三代目のエホバの証人として育てられた著者は、ものみの塔の信仰に疑問を持ち、ついに聖書の福音の真理を発見する。きわめて興味深い証詞文書である。191頁。

Johnson, Olaf, ・The Gentile Times Reconsidered・ (Atlanta: Commentary Press,1986)
  ものみの塔は、エルサレム崩壊の年を紀元前607年とし、それにダニエル書4章を参照しながら2520年を加え、キリストの「臨在」の年を1914年とする。スウェーデンで長年エホバの証人の長老だった著者は、この607年説に疑いをもち、20年にわたって研究し、その成果に基づいて統治体に質問した。ところが統治体は、彼の質問に誠意をもって答えないばかりか、その研究成果を口外しないよう口止めする。そのような統治体の対応に疑問を感じた著者は、それがきっかけになって組織を離脱する。本書はその研究の成果をまとめたものである。エホバの証人の良識ある人々は、このジョンソンの提出している疑問に答える責任がある。もし、607年エルサレム崩壊説が崩れれば、1914年のキリスト「臨在」の根拠がなくなり、ものみの塔の信仰が成り立たなくなる。

Johnson, Olaf, ・The Sign of the Last Days・ (Atlanta: Commentary Press,1987)
  キリストは1914年に天の王国の王位に即位された。その時、サタンが地に投げ落とされ、地上で活動するようになった。その結果、1914年以降、地震、戦争、飢饉などは、それまでとは比べものにならない規模で起っている。そのような出来事こそ、目に見えない「キリストの臨在のしるし」である。以上がものみの塔の教えであるが、著者は、そのような主張が全く歴史的に根拠がないことを明らかにしている。先のしるしと言われる諸現象は、1914年以降、それ以前に比べ、特別多くなっているわけではないことを、さまざまの文献から徹底的に検証しているのは見事である。センセーショナルな終末論を吹聴する風潮は、われわれ福音派教会も無関係ではないので、エホバの証人だけではなく、われわれ自身も本書を読んで、衿を正す必要がある。

Lingle, Wilbur, ・How to Begin a Phone Ministry・ (Love to Share Ministries)
  テレホン伝道がエホバの証人に対して非常に有効であることを強調し、クリスチャンたちにその働きをはじめるよう勧めている。著者は日本の名古屋で永年宣教師として活躍し、定年退職後も、アメリカのエホバの証人伝道に日夜労している。

Lingle, Wilbur, ・For Those With A Phone Ministry To The Jehovah's Witnesses・ (Love To Share Ministries)
  エホバの証人へのテレホン伝道をしている方々のために、一年間、52回分のメッセージをサンプルとして提供している。一般に市販されている書物では見ることができない情報を、ものみの塔協会から出版されている昔の文献からたくさん紹介している。これらの資料を利用しながら、日本でもエホバの証人向けのテレホン伝道を開始してくださる方が起こされるようにと祈る。なお、ものみの塔信仰を研究する者にとっては、このような資料は宝の山である。

Lingle, Wilbur, ・Approaching Jehovah's Witnesses in Love・ (Fort Washington: C.L.C., 1994)
  エホバの証人とどのように接触するのか、訪問を受けたならどのような約束をして対話に入ったらよいのか、どのようなテーマなら議論してよく、どのようなテーマは避けるべきか、実際にエホバの証人にどのように質問をしたらよいのか、予測される答えにどのように答えるのか、といったことが実に懇切に説明してある。また、エホバの証人の歴史、歴史的キリスト教との教理の違い等、エホバの証人に証詞するのに必要な知識がコンパクトにまとめられている。本書の前に出版された書物が『エホバの証人への実際的アプローチ』(いのちのことば社)として翻訳されているが、本書は内容が大変豊かに改訂されているので、訳出されることを望む。著者は、今年9月、日本の数カ所で異端セミナーを開催する予定。

MacGregor, Lorri, ・What You Need to Know About Jehovah's Witnesses・ (Eugene Dreg: Harvest House Publishers, 1992)
  15年間エホバの証人だった著者は、組織の間違いに気づき、1979年組織と断絶する。以来、エホバの証人をキリストに導く働きを展開している。本書は、訪問伝道してくるエホバの証人に対して、どのような会話をしたらよいかを、キリスト論を中心に記している。136頁。

MacGregor, Lorri, ・"The Witness At Your Door" Teacher's Manual・ (MacGregor Ministries, 1991)
  クリスチャンがエホバの証人の訪問を受けた場合、どのような聖句を引いて、どのように対話をすすめていけばよいのかを知っておく必要がある。もし本書にある資料をよく理解しておくなら、大変有効に会話を進めることができる。82頁。

Magnani, Duane, ・Who Is The Faithful & Wise Servant?・ (Clayton: Witness Inc., 1980)
  エホバの証人は聖書を信じていると主張しているが、実はそうではなく、統治体の教えを信じている。従って、エホバの証人に間違いを気付かせるためには、「神の唯一の伝達経路」として受け入れている統治体に対する信頼を砕く以外にない。本書はそのような会話を進めるための具体的な資料を提供している。本文127頁の他、236頁にわたるものみの塔の文献が関連資料として添付されている。エホバの証人は自分たちの組織の出版物しか信用しないので、このような資料は大変役立つ。

Magnani, Duane, ・Bible Students?・ (Clayton: Witness Inc., 1983)
  エホバの証人は自分たちの組織は聖書に忠実である、と思っている。しかし実際には、組織を通しての聖書解釈を信じているのであって、聖書そのものを学んで、信じているわけではない。本書は、エホバの証人に対して、使徒17章に出てくるベレヤの人々に習って、聖書に戻るよう励ましている。本文は76頁であるが、137頁にわたるものみの塔の文献のコピーが添付されている。

Magnani, Duane, ・A Problem of Communication・ (Clayton: Witness Inc., 1989)
  エホバの証人と対話をしたけれど、結局平行線に終わってしまったという経験をした方は多いだろう。対話ではなく、議論になってしまうのは、エホバの証人との間にコミュニケーションがうまく成り立っていないからである。なぜコミュニケーションが成り立たないのか。クリスチャンが話さなければならない本当の相手が統治体であることに気付かないからである。エホバの証人と話している人は、そのエホバの証人を通して、統治体と話さなければならないのである。もしそうであるなら、実りある対話をするために、どのような資料を用い、どのような時に、どのような話し方をしなければならないのか、本書はそのことを具体的に説いている。エホバの証人伝道に重荷をもつ人が最初に読むべき書物。106頁。

Magnani, Duane, ・Charles T. Russell - Child Molester・ (Nelson B.C.: Macgregor Ministries, 1986)
  ものみの塔の創設者ラッセルは、自分に仕えていた少女ローズ・バールと親しくしていたことを妻から訴えられている。本書は、そのときの妻の訴え、法廷の記録、ものみの塔側の弁明などを紹介して、ラッセルが自分の妻に対して誠実でなかったことを明らかにしている。55頁。

Magnani, Duane, ・What Makes A Minister?・ (Nelson B.C.: Macgregor Ministries, 1986)
  ものみの塔は、しばしば教理を変える。そのような事実が指摘されると、タッキング理論(ヨットは右に、左に揺れながら、前進して行く)によって言い逃れる。例えば、すべてのエホバの証人は按手された訪問伝道者であると現在は教えているが、1939年以前の文献は、そのようには教えていない。本書は、このような問題を取り上げ、それに対してどのように対応すべきかを明らかにしている。65頁。

Magnani, Duane, ・The Finished Mystery: A Helping Hand For Bible Students、(Clayton: Witness Inc., )
  ラッセルの遺書となった「終了した秘義」は、今日絶版で、手に入らない。そこで、その書物のすべての頁をコピーしたものが本書である。ラッセルの執筆した七冊の「聖書研究」は、大阪のドーゲン宣教師に依頼すると、一年間ほど待たされるが、古本価格の四万円で入手できる。そこまでする必要はないと思う方は、本書を求め、ラッセルの文章に直接触れることをお勧めする。

Magnani, Duane, ・Where Is Michael?・ (Clayton: Witness Inc., 1984)
  ものみの塔は、イエスは天使ミカエルが処女マリヤを通して生まれた方、と教える。このような主張をものみの塔の文献から徹底的に分析し、聖書のあらゆる角度から批判的に検討している。109頁。

Magnani, Duane, ・Moneymakers・ (Clayton: Witness Inc., 1986)
  一般にものみの塔は金銭的には問題のない団体であると信じられている。しかし実際はそうではない。エホバの証人の伝道はそのまま集金システムになっている。その結果、本部のあるニューヨークをはじめ、世界の各地において不動産を増やし、蓄財している。また、組織のリーダーは他の人々と全く同じ生活をしていると宣伝しているが、実態はそうではない。161頁。

Magnani, Duane, ・The Heavenly Weather Man・ (Clayton: Witness Inc., 1987)
  多くの人は、ものみの塔が教えるエホバ神は、聖書の神と同一であると思い込んでいる。ところが、ものみの塔文献に描かれているエホバ神の概念は、聖書にある全知全能、不変、偏在の神ではなく、私たちの賛美や礼拝を受けるに値しない「限定された神」に他ならない。この事実を、ものみの塔の文献から実証している。326頁。

Magnani, Duane, ・Danger At Your Door・ (Clayton: Witness Inc., 1987)
  エホバの証人は本当に幸福な人々なのか、エホバの証人を縛っている権威とはどのようなものなのか、初期のリーダーたちはどのような人だったのか、偽りの預言をどのように繰り返してきたのか、といった問題をものみの塔の文献から徹底的に検証している。エホバの証人が伝えているのは、結局「別のイエス」であり、「異なった福音」に他ならない(Uコリント11:4)。392頁。

Magnani, Duane, ・Doomsday 1999・ (Clayton: Witness Inc., 1992)
  ものみの塔は、現在の事物の体制は今世紀が終わるまでに到来する、とほのめかしている。この問題に関し、ものみの塔の出版物がいかに揺れている状態にあるかを明らかにしている。20頁。

Magnani, Duane, ・The Watch-Tower Files・ (Bethany Publishers, 1985)
  エホバの証人の教理がどのような点で間違っているのかを、ものみの塔の文献を紹介しながら、聖書から論じている。本書の情報は、エホバの証人の長老時代の学びと、組織を出てからの豊富な学びを基にしたものであるから、エホバの証人と対話するときには大変役に立つ。ぜひお読みになり、エホバの証人との対話のときに活用していただきたい。303頁。

Magnani, Duane, ・"Super Index"・ (Clayton: Witness Inc., 1993)
  エホバの証人と対話するためには、話そうとするテーマがものみの塔の文献のどこにあるかを知る必要がある。本書はそのような目的のために用意された。主題ごと(あるいは聖句毎)に、目を通すべきものみの塔側の文献、あるいはキリスト教側の文献を紹介している。220頁。

Magnani, Duane, ・Cruel And Unusual Punishment, Vol.1・ (Clayton: Witness Inc., 1986)
  エホバの証人は、子どもたちに多くの重いかせを背負わせている。本書は、2巻に分れ、1巻目では、交友関係、レクレーション、高等教育を受けること、ハルマゲドンの恐怖といった問題を取り上げている。354頁。

Magnani, Duane, ・Saleskids: The Kids Go To Work, Vol.2・ (Clayton: Witness Inc., 1986)
  前書に続く2巻目で、子どもたちの訪問伝道、その際に子どもたちを利用すること、学校における生活など、エホバの証人の子どもたちが直面する問題について、組織の文献から明らかにしている。443頁。

Magnani, Duane, ・Another Jesus, ・ (Clayton: Witness Inc., 1990)
  エホバの証人は、キリストが肉体をもって復活されたことを否定している。そのような考えはものみの塔の魂、生命観から見ても、矛盾に陥ってしまう。エホバの証人の立場に立って、エホバの証人の論理を展開しながら、エホバの証人の信仰を崩していくという著者独特の議論の展開の仕方が、最もよく現れている書物。401頁。

Magnani, Duane, & Barrett, A., ・Eyes of Understanding・ (Clayton: Witness Inc., 1980)
  ものみの塔がこれまでに何度も世の終わりを預言してきたが、その度に失敗したことをものみの塔の文献から明らかにしている。エホバの証人が組織の間違いに気づくには、最もよいテーマであるので、本書の内容を自分のものとして、エホバの証人と対話を進めるとよいであろう。80頁。

Magnani, Duane, & Barrett, A., ・DIALOGUE with Jehovah's Witnesses. Vol.1, Vol.2・ (Clayton: Witness Inc., 1983)
  エホバの証人の教理をクリスチャンの視点から徹底的に分析し、反駁している書物。1巻目は、組織の権威、キリストの神性、キリストの復活、三位一体、聖霊、救いというテーマが扱われている。563頁。2巻目は、エホバの証人という名前、十字架、クリスマス、国旗、戦争、輸血、人種差別、教理の変化、偽りの預言などが扱われている。563頁。ここにある内容は、エホバの証人に見ていただきたいことばかりである。エホバの証人は背教者の書物を読むことを禁じられているので、クリスチャンが本書にあるような内容を、訪問してくるエホバの証人に分かちあっていただけたらと願う。

Magnani, Duane, & Barrett, A., ・From Kingdom Hall to Kingdom Come・ (Clayton: Witness Inc., 1987)
  キリストの復活とイエスが主であるという二つの点に関し、エホバの証人がどのように教えているかをものみの塔の印刷物から徹底的に明かにし、聖書から反論している。歴史的キリスト教の立場に立つ人々は、聖書はよく知っているが、エホバの証人側の資料については無知であることが多い。本書のような書物をとおして、エホバの証人の主張をエホバの証人の文献から知り、エホバの証人と有効に話せるようになる必要がある。240頁。

Martin, Walter, ・Jehovah's Witnesses・ (Minneapolis: Bethany House Publishers, 1957)
  クリスチャンに対して、聖徒たちにひとたび伝えられた信仰を守るよう励ましている書物。エホバの証人の神学の源流は、イエスを単なる人間ととらえた4世紀のアリウス主義迄さかのぼる。その教えはカメレオンのように次々と変更され、聖書とはまったくかけ離れた異端的なものである。輸血を拒否するようになったのは、1945年からである。64頁。

Martin, Walter and Klann, Norman, ・Jehovah of the Watchtower・ (Minneapolis: Bethany House Publishers, 1974)
  エホバの証人の歴史、主要な教理の間違いを適切に指摘し、論じた書物。他では見られない資料も含まれており、エホバの証人と対話する人には、ぜひ読んでいただきたい。著者の一人マーティンは、異端研究において、アメリカの福音派の草分け的存在。192頁。

Mellows, F., ・Russellism The Latest Blasphemy; or "Millions Now Living Will Never Dieism"・ (Clayton: Witness Inc., 1921)
  バーミンハムのチャプレンである著者が、ラッセルおよびラザフォードの年代の設定の仕方、聖書の解釈の仕方がいかにおかしなものであるかを明かにし、ラッセル主義は神を冒涜するものであると断じている小冊子。23頁。

Morey, Robert A., ・How To Answer A Jehovah's Witness・ (Bethany Fellowship Inc., 1980)
  ペンシルバニア州のニューライフ・バイブル教会の牧師であり、エホバの証人伝道に重荷を持っている著者が、もしエホバの証人の訪問を受けたならどのように対応したらよいかを解き明かした書物。ものみの塔の文献もコピーされているので、重要な資料集にもなる。107頁。

Mathis, J. J. W., ・A Review of Russellism, Et Cetera, Et Cetera・ (Clayton: Witness Inc., 1916)
  ものみの塔の信仰が、アダムの罪の理解、第二の死の理解、キリストおよび信者の死の理解などにおいて、いかに聖書から離れているかを明らかにした小冊子。43頁。なお、その後に、クリスチャン・サイエンスのエディ夫人の記録が22頁にわたって追加されている。

Penton, M. James, ・Apocalypse Delayed・ (University of Toronto Press, 1988)
  四代目のエホバの証人でありながら、ものみの塔の歴史を調べているうちに組織に疑問をもち、1981年に組織から離脱する。著者は本書を書く10年前に、組織から依頼されて、カナダのエホバの証人の歴史を執筆したほど、組織から信頼されていた。ものみの塔の信仰を、歴史、教理、生活の三つに分け、エホバの証人の真実な姿を学問的に正確に描写しようとしている。ものみの塔を研究しようとする人には、必読の書物。著者は現在、カナダのレイスブリッジ大学の歴史学および宗教学の教授。400頁の大著。

Personal Freedom Outreach, ・Jehovah's Witnesses Exposed・ (St. Louis: Personal Freedom Outreach, 1994)
  正統的キリスト教とは違っているものみの塔の教理、例えば、キリストの神性、三位一体、キリストの復活、福音、仲保者としてのキリスト、さらには、新世界訳の問題点や、グレーバーの降神術との関係、輸血は聖書においては禁じられていないことなどが、それぞれの分野のエキスパートによって扱われている。それぞれがものみの塔の教理を鋭く分析をしているので、一読をお勧めしたい。51頁。

Quick, Kevin R., ・Reasoning With Jehovah's Witnesses・ (Nelson B.C.: Macgregor Ministries, 1989)
  著者は、エホバの証人時代独学で聖書を学び、ものみの塔の教理の間違いに気づいた。そのプロセスのなかで生まれた研究成果を土台にして、ものみの塔の教理を一つ一つ徹底的に分析し、聖書の教えとの違いを明らかにしている。エホバの証人と対話しようとする人には、宝の山である。83頁。

Quick, Kevin R., ・Pilgrimage Through The Watch Tower・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1991)
  七年間のエホバの証人の歩みの中で、聖書の真理を知り、組織を断絶するという魂の遍歴をつづった証詞の文書。組織を抜け出るときの苦悩、抜け出た後の感情などが克明に描かれていてとても興味深い。エホバの証人や研究生の心情を理解するには、最善の書物。近く翻訳出版される予定。103頁。

Reed, David A., ・Behind the Watchtower Church・ (Sputhbridge: Crowne Publications Inc., 1989)
  ものみの塔は表面的にはとてもすばらしい人々の集まりのように一般の人々に映る。しかし本書は、普通の人には見えない隠された部分を取り上げ、ものみの塔の信仰がいかに危険に満ちたものであるかを警告している。エホバの証人の長老、主催監督として活躍した著者の言葉であるからこそ、説得力がある。エホバの証人と対話する人にはぜひ読んでいただきたい。149頁。

Reed, David A., ・Index of Watchtower Errors・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1991)
  1879-89年のものみの塔の出版物の中から、相互に矛盾した発言などを紹介している。エホバの証人は、自分たちの出版物の中から指摘されない限り、組織の間違いに気づくことは難しい。もしエホバの証人が、ここに記されているデータを、ものみの塔の文献から一つ一つチェックしながら確かめるなら、組織に留まることはできないはずである。むろん、正常な判断力をもって読んでくだされば、の話ではあるが。138頁。

Reed, David A., ・"New Light" Index - Listing Recent Watch Tower Quotes・ (Stoughton: The Comments from the Friends, 1994)
  前の書物に続いて、1989-94年の5年間の出版物の中から、相互に矛盾するような発言などを集めた書物。40頁。

Reed, David A., ・Jehovah's Witness Literature・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  ものみの塔聖書冊子協会から出版されている書物を批判的なコメントをつけて一つ一つ紹介している。ものみの塔の信仰を知る最善の道にして、最短の道は、ものみの塔の出版物にじかに触れることである。本書を手引き書にして、ものみの塔の文献を直接お読みになることをお勧めする。207頁。

Reed, David A., ・Proclaimers Answered Page by Page・ (Stoughton: The Comments from the Friends, 1994)
  93年に『エホバの証人−神の王国をふれ告げる人々』という書物が日本語に翻訳された。ところが、その書物は、事実を正確に伝えないで、都合の悪い多くの事柄を覆い隠し、曲げて記述している。どんな組織でも、自らの歴史を描くときには、そのような傾向を免れることはできないが、それにしてもその書物は偽瞞的で、普通の歴史感覚の者には到底容認できない。そのような偽瞞の例を取り上げ、論じている。今後この種の研究が本格的に進められなければならない。40頁。

Reed, David A., ・Worse Than Waco・ (Stoughton: The Comments from the Friends, 1993)
  エホバの証人の輸血拒否によって死亡する人はいったいどれぐらいなのか。ジム・ジョーンズが率いたカルト集団は、一度に900人以上の犠牲者を出したため、マスコミが大きく取り上げた。ところがエホバの証人の場合は、毎年、少なくとも数千人の人が犠牲者となっているにも関わらず、一度に同じ場所で起こっているわけではないから、マスコミに取り上げられることはない。これは飛行機事故は大きく騒がれるが、車の事故は無視されるのに擬えることができる。輸血拒否の教理は、他のカルト教団によるいかなる殺傷事件よりも、多くの人々を死に追いやっている。この事実に黙してよいのか、と著者はエホバの証人と一般の人々に告発している。144頁。

Reed, David A., ・Jehovah's Witnesses Answered Verse by Verse・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  ものみの塔も聖書を文脈にしたがって読むよう教えている。ところが、エホバの証人が、独自の教えを主張するときには、決まって文脈を無視して聖句を引用する。本書は、そのように誤用されている聖書の箇所を一つ一つ取り上げ、その聖句を文脈に沿って解釈しながら、正しい意味を明らかにし、エホバの証人の間違いを正している。エホバの証人と対話する人は、この種の書物によって、エホバの証人がどのように聖書を誤用するのか、それにどう答えたらよいのかを、身に着けておく必要がある。139頁。

Reed, David A., ・How to Rescue Your Loved One From The Watchtower・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  エホバの証人はマインド・コントロールにかかった人たちである。福音的なクリスチャンが歴史的キリスト教の教理を相手にぶつけるなら、平行線をたどるだけで、対話にならない。そこで本書は、エホバの証人にどのようにアプローチするのか、話すときの注意事項、話し方のテクニック、資料の用い方などについて、一つ一つ手にとるように教えている。エホバの証人に伝道する人々、ご家族の方々に読んでいただきたい書物。168頁。

Rhodes, Ron, ・Christ Before The Manger・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  エホバの証人の信仰の異端性を最も明白に示しているのは、キリスト論である。本書は、聖書の厳密な解釈に基づいて、キリストの先在性を明らかにしている。このような本格的な研究書が次々出版されるなら、エホバの証人が自らの信仰を擁護することはますます難しくなるであろう。299頁。

Rhodes, Ron, ・Reasoning From The Scriptures With Jehovah's Witnesses・ (Eugene Dreg: Harvest House Publishers, 1993)
  ものみの塔から出版されている『聖書から論じる』に対抗して、聖書的立場から、その一つ一つのテーマに対して反論している。多くのエホバの証人は、『聖書から論じる』を、丸暗記しているのではないかと思うほどに見事に使いこなしている。従って、彼らと対話するクリスチャンは、本書のような本格的な反論書を自分のものとしておく必要がある。一度に全部をマスターしようとしないで、一つの項目づつ取り上げ、エホバの証人とジックリ話し合ってみるとよい。相手がマニュアルどおりに来るので、こちらもマニュアルどおりに進めてみることである。

Ross, J. J., ・Some Facts And More Facts, About The Self-Styled "PASTOR" CHARLES T. RUSSELL・ (Clayton: Witness Inc., 1920)
  エホバの証人は自らの宗教の創設者ラッセルについて正しい知識をもっていない。例えばラッセルは、唯一の聖書解釈者であると主張しながら、ギリシャ語のアルファベッドさえ満足に知らなかった。カナダのオンタリオのロス牧師は、他にも一般には知られていないラッセルに関する情報を数多く伝えている。48頁。

Rowe, F. L., ・Russell White Debate・ (Cincinnati: F.L.Rowe Publisher, 1925)
  1908年2月23-28日、ラッセルとホワイトとは、6日間にわたる公開討論会を行なった。本書は、両者それぞれが講演したことをそのまま記録したもの。エホバの証人は、昔ラッセルやラザフォードがキリスト教の牧師と公開討論をし、論破したと教えられているはずである。それがいかに事実と違うかは、本書を一読すれば、すぐ分る。このような資料が手に入らないうちは、どのような説明をしても事実は薮の中であるが、本書が公刊された以上、事実は明るみに出された。エホバの証人の方には、ぜひ読んでいただきたい。196頁。

Schnell, William J., ・Thirty Years a Watchtower Slave・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1992)
  30年間のエホバの証人生活を送った著者は、ものみの塔の信仰がラッセル時代から、ラザフォード時代になるにしたがって、次第に組織が変質していくのを知る。それに並行して、聖書研究に没頭し、やがて組織を離脱して、聖書的なクリスチャンになる。その長い道のりの心情を赤裸々に吐露している。

Schnell, William J., ・Jehovah's Witnesses' Errors Exposed・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1959)
  エホバの証人の経験を基にして、ものみの塔の教理の間違いを一つ一つ指摘し、聖書から論じている。今日、ものみの塔の信仰を聖書から批判する書物がたくさん出ているが、エホバの証人として指導的な立場にありながら、組織を離脱して福音的信仰に立って著されたものは、本書がはじめてであろう。エホバの証人の信仰が基本的に変わっていない以上、ここに記されている反論は、今でもなお、有効である。

Shadduck, B. H., ・The Seven Thunders of Millennial Dawn・ (Clayton: Witness Inc.,)
  ラッセルの書物から、1914年にまつわる預言がことごとくはずれたことを明かにし、ラッセルは神の導きによって聖書解釈をしたのではなく、ピラミッドを用い、サタンによって聖書を理解した、と論じている小冊子。33頁。

Sire, James W., ・Scripture Twisting・ (Downers Grove: Inter Varsity Press, 1980)
  異端のグループは聖書を用いて、奇妙な教えを展開している。それは単純に聖書を引用している場合もあるし、巧みに推論を重ねて利用していく場合もある。本書は、そのような異端の聖書の用い方のどこに問題があるのかを指摘し、正しい聖書解釈の原則を明らかにしている。179頁。

Springmeier, Fritz, ・The Watchtower and The Masons・ (Fritz Springmeier, 1992)
  著者は、ものみの塔の創設者ラッセルの異端的神学の背景には、父親の影響があったのではないか、と推測する。そして、ラッセルがフリーメーソンと深い関わりがあったことを、ラッセルが記した文書、聖書解釈、伝道活動、説教、神学などから明らかにしている。著者はエホバの証人への伝道に重荷を持ち、世界中を講演旅行している。232頁。

Stevenson, J.ed., ・A New Eusebius, Documents Illustrative Of The History Of The Church To A. D. 337.・ (London: S.P.C.K., 1960)
  初代教会以降の教父たちの文献を集めた書物。ものみの塔は、二世紀から三世紀にかけてクリスチャンの間に背教が起こり、その結果エホバのみ名は使われなくなり、三位一体などの教理が異教の影響を受けて入り込んできた、と教えている。そのような史実にまったく反する教会史理解に反論するためには、本書のような本格的な教会史の書物を参考にしなければならない。

Tucker, Ruth, ・Another Gospel・ (Grand Rapids: Zondervan Publishing House, 1989)
  カルト、セクト、教派などの違いをまず説明し、過去の教会史に現れた異端の運動を歴史的にたどる。そして、モルモン教、セブンスデー・アドベンチスト、エホバの証人、クリスチャン・サイエンス、世界的な神の教会、神の子たち、統一教会、ハレ・クリシュナ、バハイ、サイエントロジー、ニューエイジ・ムーブメントなどの最近のアメリカにおける動向を紹介している。それぞれのグループのセンターを訪れ、重要な人々との個人的なインタビューなどをも入れながら、客観的・公平な姿勢でそれぞれのグループを描写しようと努力している。カルト教団の入門書として有益な書物。著者は、トリニティー神学校の比較宗教学の教授。

Tolbert, Keith Edward, and Pement, Eric, ・The 1993 Directory of Cult Research Oreganizations・ (Trenton: American Religions Center, 1993)
  世界中でカルト教団の人々を救出するために働いているグループを、福音的伝道という視点からアプローチするグループ、心理学的アプローチをするグループ、社会的アプローチをするグループに分類して紹介している。そのような団体が全部で693ほど掲載されているが、そのうちのほとんどはアメリカにあり、またエホバの証人への伝道のため結成されている団体も非常に多い。世界のカルト教団を監視する動きを知るためには不可欠の書物。

Trombley, Charles, ・Kicked Out of the Kingdom・ (Springdale: Whiteker House, 1974)
  二代目のエホバの証人だった著者は、足に障害をもって生まれた娘を、エホバ神にいやしてくださるよう祈ると、いやされてしまう。ところが、この経験は、奇蹟は一世紀の時代に終わったと説くものみの塔の信仰に抵触し、著者夫妻は排斥される。このような経験を通して、聖書の本当の信仰に導かれるという、ユニークな証詞文書。182頁。

Warren, Russell A., ・Outnumbered・ (Clayton: Witness Inc.,)
  エホバの証人は、天に行く油注がれた者は144,000人であり、その数は1935年に満たされた、それ以降のエホバの証人は地上の楽園で生きる、と教えている。本書は、初代教会の殉教者数が254,502人と報告されているのをはじめ、その他の証拠から、そのような聖書解釈が全くおかしなものであることを明らかにしている。92頁。

Watters, Randall, ・Refuting Jehovah's Witnesses・ (Free Minds Inc., 1992)
  ものみの塔の教理40項目の一つ一つを取り上げ、聖書から徹底的に検証した書物。ここで扱われているテーマの一つ一つをエホバの証人とじっくり話し合ってみると伝道の突破口になるであろう。著者はニューヨークのベテル本部で印刷部門の副所長をしていたが、ベテル本部で開かれていたグループ聖書研究をとおして福音的信仰に導かれ、81年頃、ものみの塔を離脱した。220頁。

Watters, Randall, ・Understanding Mind Control Among Jehovah's Witnesses・ (Free Minds Inc., )
  エホバの証人を救出するには、ものみの塔の信仰をキリスト教の異端としてとらえるだけでは不十分である。彼らはマインド・コントロールの犠牲者である。著者はこの点に早くから気づき、エホバの証人のマインド・コントロールがどのようなメカニズムで働いているのかを明らかにしている。エホバの証人と対話する人が、教理論争や聖書解釈論争で平行線で終わらないために、ぜひ読んでいただきたい書物。50頁。

Weeks, David N., ・Evangelizing J.W.'s・ (Greenville: Christian School Ministries, 1993)
  カルト集団に所属する信徒は、自分の組織に対する疑いをもつまでは、その組織が教える教理の間違いをいかに説明されても、教理の間違いに気づくことはない。世界的に広がっているカルト集団の人々への伝道の経験からそう確信する著者が、いかにエホバの証人にアプローチしたらよいかを分りやすく説明している。エホバの証人伝道を考えている人にとって必読の書。138頁。

 <裁判の記録集>

Watchtower Attorney Olin R. Moyle Sues Watchtower President Joseph F. Rutherford and Wins!・ (Court Transcript)
  1940年、エホバの証人の顧問弁護士オリン・モイルが、二代目会長ラザフォードを訴えた裁判の全記録をそのままコピーしたもの。ものみの塔のベテル本部において覆い隠されてしまっている、腐敗、偽り、不道徳、不正などを次々と暴露している。本書は小説を読むより興味深い文献といえよう。裁判記録は、1992頁に及ぶ。

THE DOUGLAS WALSH TRIAL, THE WATCHTOWER UNDER OATH, Exposing the Wathchtower Dictatorship over Jehovah's Witnesses・ (Clayton: Witness Inc., 1954)
  1954年、スコットランドで行なわれた裁判の記録。組織の政策決定のプロセスなどを明らかにしている。エホバの証人の地帯監督であったダグラス・ワルシュやものみの塔の統治体のメンバーが、ものみの塔という組織は個人の考えを許さない「宗教的独裁主義」の団体であることを証言している。762頁。

X.マインド・コントロール・カルト・新宗教の日本語文献

 <マインド・コントロールに関する書物>

 ものみの塔の信仰をキリスト教の異端と理解するだけでは不十分である。特にエホバの証人への伝道を試みる場合には、カルト集団としての要素、マインド・コントロールの問題に真正面から取り組まねばならない。
 マインド・コントロールを直接取り扱っている書物はあまり多くはない。あったとしても、統一教会のマインド・コントロールがほとんどである。むろんその多くはエホバの証人にも当てはまるが、違っていることも多い。
 エホバの証人のマインド・コントロールは、人間の認知能力、人間の間に生じる心理的原則、大衆心理学、セールス・テクニックなどが巧みに応用されている。しかもそれらは、120年にわたる組織の中で身に付けてきたノウハウであり、付け焼き刃的に外部から学んだというような代物ではない。従って、エホバの証人のマインド・コントロールは、マインド・コントロールの技法に熟達していない限り、一見しただけでは分らない。従って、今しばらくは、マインド・コントロールに関わりのあるさまざまの分野の研究を梃子に、エホバの証人のマインド・コントロールの実態に迫る努力をしなければならない。
 ここでは、以上のような点を踏まえて、エホバの証人のマインド・コントロールを理解するのに役立ちそうな書物を紹介しておく。それらは、あくまでも理解のヒントになりそうなことが触れられていると思うので、紹介しているにすぎない。ものみの塔という組織が、それらの原則を実際に応用しているかどうかは別のことである。読者に推測していただく以外にない。また、マインド・コントロールという観点からこれらの書物を紹介したとしても、それらの手法に対し善悪の判断基準を前提としているわけではない。人間がもっている自然な心理的反応は、どんな世界にも見られるもので、知らなければ、禍を招くことさえ多い。
 しかし、もしある有能な人物が現れ、それらの自然な反応や手法をすべて動員して、他の人をある方向や目標にもっていったとする。その場合、一つ一つの心理反応やテクニックは是とされるのだが、全体として他人やグループを欺くために利用するなら、恐ろしい結果になる。そのようなことが予想される場合には、一つ一つの手法をよく吟味し、それらが全体の中でどのような機能を果たしているのかを正しく認識しなければならない。エホバの証人のマインド・コントロール問題は、このような状況の中で扱われなければならない。以上のような理由から、マインド・コントロールに直接関わりのない書物まで紹介しなければならないことをお許しいただきたい。

・スティーブン・ハッサン、浅見定雄訳 『マインドコントロールの恐怖』(恒友出版、1993年、1500円)
  元米国統一教会の副会長だった著者の体験をもとにした、マインドコントロールに関する本格的な研究書。著者が、ものみの塔のマインド・コントロールをも射程に入れて論じていることは、本文の中にも現れているし、巻末の参考文献の中に7人の元エホバの証人の書物が紹介されていることからも明らかである。実際、現役のエホバの証人で、本書をとおしてものみの塔のマインド・コントロールに気づいた人もいる。カルト集団の場合、自分の教団のことを言われると心を閉ざしてしまうが、他教団の話は受け止めやすいのである。今日、カルト教団のマインド・コントロールを論じる場合の標準的なテキストになりつつあるので、必読書。

・田口民也編 『統一教会からの救出』(いのちのことば社、1992年、2000円)
  元統一教会の幹部だった著者が、自らの体験に基づいて統一教会の中で行なわれているマインド・コントロールのメカニズムを紹介、そこから抜け出るにはどうしたらよいかを解説した書物。また、統一教会から救出する際の心得を手際よくまとめている。これらのことはエホバの証人の救出対策にもほぼそのまま有効である。

・浅見定雄 『新宗教と日本人』(晩声社、1994年、1500円)
  著者は、数百人の統一教会の若者たちのカウンセリングをしてきた大学教授。そのような経験をとおして、統一教会におけるマインド・コントロールがいかなるもので、それをどのように解消していくかを明らかにしている。それは破壊的カルト集団に共通しているので、エホバの証人に見られるマインド・コントロールの実態理解にも役立つ。

・郷路征記 『統一協会マインド・コントロールのすべて』(教育資料出版会、1994年、1854円)
  統一教会に見られるマインド・コントロールの実態を元信者であった人たちと徹底的に検証した書物。具体的に扱われているのは統一教会の実態であるが、ここで確認されている多くのことは、他のカルト教団にも当てはまる。エホバの証人の集会、研究方法、生活などと比較してみると、表面的には全く違うことをしているように見えるだろう。しかしよく分析してみると、その底流では、同じ原則を応用していることを知って驚くに違いない。

・日本ルーテル神学大学教職神学セミナー編 『「神々」の時代を問う』(キリスト教視聴覚センター、1994)
  本書の中に、平岡正幸牧師(日本福音ルーテル横須賀教会)による「マインドコントロールとカルト宗教」という論文がある。主として統一教会によるマインド・コントロールを研究対象としているが、エホバの証人にも通じる点が多々ある。

・浜田至宇 『マインド・コントロールの拡張』(第三書舘、1995年、2060円)
  マインド・コントロールを大変広い意味にとらえ、洗脳はその一部である、と理解している。マインド・コントロールとは、自由意志、行動、人格、記憶をコントロールすることを目的としており、それは催眠状態に近い。それを利用して多くの事件を起こすこともできるし、治療などに応用することもできる。後半では、電磁波によるマインド・コントロールを詳しく説明している。

・ニ澤雅喜・島田裕巳 『洗脳体験』(宝島社、1994年、1250円)
  二人の著者による共著。はじめの部分は、二澤氏が自己開発セミナーに参加した生々しい体験記。セミナーに参加した人々がいかに人格改造されていくかが明らかにされている。後半は、島田氏が、人がいかに洗脳されていくかという点を解説している。マインド・コントロールを受ける立場に立って、マインド・コントロールに関する素材を提供していることは貴重である。

・福本博文 『心をあやつる男たち』(文芸春秋社、1993年、1800円)
  自己開発セミナーは、自己探求を通して、宗教以外の方法で宗教体験をさせ、自らの変革をすることを目標にして開かれている。それは宗教ではないセミナー会社が企画しているので、スティーブ・ハッサンが「心理療法または教育カルト」と呼んだものである。本書は、そのようなセミナーの直接体験を通して、そのようなセミナーを主催するトレーナーの半生を主軸に描いたノンフィクション。

・リチャード・キャメリアン、兼近修身訳 『洗脳の科学』(第三書舘、1994年、2000円)
  ロシア、北朝鮮、合衆国などの洗脳技術を紹介している。さらに最近の電子機器による脳コントロール、あるいは宗教カルトのマインド・コントロールにも触れている。洗脳という技術は、歴史的に長く研究されてきただけではなく、最先端の研究分野である。

・加藤諦三 『人を動かすために手っ取り早くて確実な方法』(PHP研究所、1994年、1500円)
  人は他人をコントロールできる。そのメカニズムはどのようなものか。その力を身に着けるにはどうしたらよいのか。他の人との関わり方、人を動かす技術、効果的な質問の仕方、など日常生活の中で起こる出来事を例にあげながら、成功する人関係のきずき方を説いている。ここに見られる多くの原則は、マインド・コントロールにおいて利用されている。

・T・ギロビッチ、守一雄、守秀子訳 『人間この信じやすきもの』(新曜社、1993年、2980円)
  人間の世界は、迷信、誤信で満ちている。それは僅かな情報で物事を決めたり、思い込みがあったり、欲するものが目に写ってきて、そうでないものは目に入らないからである。人間はまた、噂や、皆がそう信じているからということでいとも簡単に惑わされてしまう。人間はいとも簡単にマインド・コントロールを受けてしまう。著者は、そのような誤信が起こらないためにはどうしたらよいのかを考察しているので、参考にするとよい。

・島田裕巳 『信じやすい心』(PHP研究所、1995年、1350円)
  若者たちは未成熟のために、信じやすい心をもっている。それは変身願望、体験の欠如、心の不安など、いろいろなものが要因になっている。禁欲的な宗教に魅力を感じ、汚れた世界の救済を願うという若者の心理を分りやすく解説している。「幸福感が価値観の基準となっている現代は宗教の時代である」という言葉は、味のある洞察である。

・岡本浩一 『社会心理学ショート・ショート』(新曜社、1993年、1400円)
  人は集団の中にいると、一人でいるときとは違った行動をとる。あるいは、個人の中に互いに矛盾する二つの認知が存在するとき、不協和が生じるので、その不協和を低減するために、比較的変えやすいどちらかの認知を変える。また、集団で決定したときの方が、個人で決定したときより、より危険が伴う決定をする傾向にある、などといった集団心理の問題はマインド・コントロールに巧みに応用されているのではないだろうか。

・ロバート・B・チャルディーニ 社会行動研究会訳 『影響力の武器/なぜ人は動かされるのか』(誠信書房、1991年、3400円)
  人が行動を促される背景にはどのようなメカニズムが働くのかを興味深く解説している。マインドコントロールのテクニックはこのような心理的メカニズムを研究し、応用している。もしエホバの証人の集会に参加するなら、その励まし方などは本書をそのまま応用しているのではないか、と錯覚する。一読しておくことをお勧めする。

・鵜野義嗣 『究極のセールス教本』(データハウス、1991年、1200円)
  セールスマンのテクニックを解き明かした書物。エホバの証人の集会、特に巡回大会や地域大会に出席して、本書にあるような手法をヒントにしながら、プログラムの進め方を分析してみるとよい。そうすれば、今まで見えてこなかったことが、あるいは霊的な表現で覆われているために気付かなかったことの実態が見えてくる。

・池見酉次郎 『睡眠−心の平安への医学』(日本放送出版協会、1991年、780円)
  医者である著者が心身医学の研究を分りやすく説明したもの。催眠に関する人々の誤解を解き、心身の健康を促し、心身のひずみを調整するという目的のためには、催眠療法がいかに有効であるかを明らかにしている。八章には、医学と宗教という項目があり、宗教の世界が催眠の手法を巧みに利用している、と述べている。

・斎藤稔正 『催眠法の実際』(創元社、1994年、2000円)
  催眠とは、意識をあるものに集中させることによって、他のものへの意識が働かない状態になることである。催眠状態になると現実の吟味力が低下する。それには、性格や知能、性差などは直接関係がなく、年齢や物事に熱中する力と関係がある。催眠にすぐかかるけれども浅い、というタイプもあれば、なかなかかからないが、一旦かかると深いというタイプもある。催眠をかけるには、かける人とかけられる人との間に親しい信頼関係が築かれるかどうかがキーである。催眠という問題を科学的に扱った本書のような書物によって、マインド・コントロール理解を深めることも、現在のところ重要である。

・津田大愚 『催眠コミュニケーション』(星雲社、1991年、2000円)
  人は論理的な判断に基づいて行動するのではなく、もっとデリケートな心の作用によって動かされる。警戒心を解き、安心感を与え、一体感を作り出すなら、人はいとも簡単にその人の思う方向にもっていかれてしまう。小さな問題にイエスという答えを繰り返させていくなら、大きな問題に対しても、イエスという答えを引きだしやすくなる。人を動かしたり、誘導したりすることは、結局人を催眠状態におくことである。このような人間の心理的反応をマインド・コントロールは巧みに応用している。

・D.ウェグナー、倉智佐一 『暗黙の真理』(創元社、1992年、2500円)
  人は、自分、他人、物事をどのように認知するのだろうか。著者は、人のパーソナリティー、他人の評価、性格、人間関係の根底に横たわるものなどを、認知のメカニズムとして取り上げ、解明している。このようなメカニズムが明らかになれば、人間の行動もまた予測可能になる。それは、マインド・コントロールをするものにとっては大きな武器である。

・リチャード・ワーマン 松岡剛訳 『理解の秘密』(NTT出版、1993年、2800円)
  情報が的確に、与え手から受け手に伝達されるには、そのメカニズムをよく理解し、備える必要がある。本書は、コミュニケーションの大半は、インストラクション(人の前で講義をすることなどを言う)によって成り立っているという前提で、よりよきインストラクションの方法を提案している。マインド・コントロールの手法の最大のものもまた、インストラクションである。エホバの証人の話し方、実演などの訓練は、驚くほど徹底したものである。この書物に記されていることを踏まえて神権宣教学校の訓練を評価するなら、それまでに見えてこなかったものが数多く見えてくるに違いない。

・田中國夫編 『人が見え、社会が見え、自分が変わる』(創元社、1993年、1600円)
  何がパーソナリティーを形成するのか、人間関係においてはどのような心理が働くのか、そして大衆の中に置かれたときの心理はどのようなものなのか、などに関する興味深い研究を紹介している。特に、人間がいかに権威に服従しやすいかを強調している。

・西田公昭 『所信システム研究の展望』(関西大学社会学研究科院生協議会、1986年、非売品)
  この論文は、関西大学発行の学会誌「人間科学」27号の15-30頁に掲載されている。著者は、ある個人が受け止めたさまざまな情報を個人的に整理し、構造化した体系を「所信システム」(ビリーフ・システム)と呼ぶ。この個々の所信システムはどのように形成されるのか、どのような構造になっているのか、どのように強化されたり、何によって変化するのか、所信システム全体の変化は起こりうるのか、起こるとすればどのようになされるのか、という課題について、現在の研究状況を紹介している。一人の人の信仰が何によって構成され、何によって変容されるかを解明するのに有益である。

・斎藤勇編 『対人社会心理学重要研究集1』(誠信書房、1987年、2575円)
  社会集団や組織において、人の心理や行動はどのような形をとるのかをさまざまな角度から実験したその成果が紹介されている。人に影響を及ぼす社会的勢力とはどのようなものか、社会的権威や集団圧力とは何か、服従の心理や同調の心理はどのようなメカニズムをもっているのかなどなど、非常に興味深い実験結果が含まれている。マインド・コントロールを利用する人は、この書物で明らかになった原理を「操作」(著者はこの言葉を16頁において次のように定義している。「影響を与える人の意図が受け手には隠されており、その隠された意図があらわになったときは、逆影響が及ぶ」)しているのである。

・松井豊編 『対人心理学の最前線』(サイエンス社、1995年、1751円)
  本書の12章には、『「信念」に従う』という西田公昭氏の論文がある。人間の信念は危機を脱出させる手段にもなれば、破滅に陥る要素にもなる。そしてそれは他者の信念とのぶつかりあいをも生じさせる。その信念なるものを理解するには、ビリーフ・システムという概念を導入する必要がある。それは現実の行動を左右したり、人格に大きな影響を及ぼすものだが、それがどのような構造をもっており、どのような場合に崩れるのかが論じられている。
  本書の15章で、今井芳昭氏は、『人に影響を与える』という論文を執筆している。人間は互いに影響を与あって生きているのだが、その影響はどのような場合に起こるのか。影響を与える内容、与える人が保持している社会的勢力、与える手段などについて徹底した分析をしている。特に、影響を与える社会的勢力の分類、それについての最近の研究動向は興味深い。

・J.C.ロサンゼルス、M.D.ランゴーニ 多賀幹子訳 『カルト教団からわが子を守る法』(朝日新聞社、1995年、780円)
  カルト集団に6年間入っていた著者がその体験を踏まえ、専門のカウンセラーとともに、カルト問題に悩む親に向かって記した書物。カルトの定義、子どもが入信したときの会話の仕方、対応法、脱会させるための方法などを分りやすく解説している。カルトから脱却させるための脱洗脳プログラム(ディプログラミング)に対して積極的な評価をしながらも、すべての人がそのような方法を採用できるわけではないので、親子の会話の実例を数多く紹介しながら、親が子どもにカウンセリングできるように指導している。カルト問題を家族に抱えている方は必読の書。

・青山あゆみ 『カルトのかしこい脱け方・はまり方』(第三書館、1995年、1236円)
  カルトを「一般の社会通念とかけ離れた教えや世界観、信条、生活様式などをもつグループ」と考え、カルトは歴史の中で多くの摩擦を経験し、やがて主流文化となり、人々の間にカルトという自覚がなくなって「文化」(カルチャー)になる、というとらえている。従って、カルトを危険視しないで、距離を置いて上手に接し、三年ぐらいかけてそのカルト教団の実像を判断するよう提唱している。カルトに対するこのような肯定的な見解は、著者自身のカルト体験に基づいたものでもあり、興味深い。しかし、今日騒がれているいわゆるカルト教団を「たわいないもので、時期がくれば比較的簡単に目がさめる」(153頁)と言い切ってしまうのは、認識が甘すぎる。カルトがもっている負の要素を正当に評価しないと、今あるカルチャーさえ破壊されかねない事態が生じるかも知れない。

 <隠し絵・フリーメーソン>

 エホバの証人は、キリスト教の異端、カルト集団の特質をもつ集団、という認識を超えて、最近は、降神術、悪霊の業、オカルト的なものとの関わりがある、という仮説をたて、積極的に発言している学者が現れている。ラッセルの異端的信仰の背景にあったもの、フリーメーソンとの関係、ピラミッド学の採用、歴代の会長の言動、ものみの塔聖書冊子協会の出版物の挿絵に見られる隠し絵などは、今後ジックリ取り組まねばならない課題であろう。

・横井真路 『洗脳ゲーム』(リブロポート、1995年、2060円)
  現代の音楽や商品の広告の中には、サブリミナルと言われるメッセージが入れられていることがある。人々は、そのようなメッセージを無意識のうちに受け取り、行動に大きな影響を受けている。このような仮説はどこまで検証可能かは定かではない。今後の研究に待つ以外にない。ここではそれらの問題を考察するのに、役立ちそうな書物だけ、紹介しておく。

・ヤコブ・カッツ、大谷裕文訳 『ユダヤ人とフリーメーソン』(三交社、1995年、3800円)
  18-19世紀のヨーロッパにおけるフリーメーソンの状態をよく紹介している。ラッセルの父およびラッセル自身がフリーメーソンのメンバーであったかどうかは、今のところ確証はないが、その確率はきわめて高いと言わなければならない。本書のような本格的な研究書は、ラッセルの背景にあった状況を理解するのに大変役立つ。

・吉村正和 『フリーメイソン』(講談社現代新書、1989年、650円)
  フリーメーソンの起源および歴史、思想と目的などを簡単に要約している。また、アメリカの国家形成期におけるフリーメーソンの状況を紹介している。ものみの塔の創設者ラッセルがフリーメーソンとの関わりをもっていたことは間違いないので、ラッセルをよく理解のためにも、一読することをお勧めする。

・小石泉 『世界を動かすユダヤ教の秘密』(第一企画出版、1995年、1600円)
  著者は船橋市で開拓伝道をしているキリスト・イエス栄光教会の牧師である。著者によれば、フリーメーソンの流れを組むユダヤ教は世界制覇の陰謀をくわだてており、歴史はそのスケジュールに従って進んでいる。そして、現在のカトリック教会はその配下に置かれて活動している。このような記述が歴史的にどこまで信用できるものなのかは確かではない。全体として信頼できる記述のようには思えないが、201頁から209頁は、ものみの塔とフリーメーソンの結び付きを詳しく論じている。

・ケビン・コリンズ、角間隆訳 『フリーメイソンの真実』(こま書房、1995年、1400円)
  フリーメイソンは国際政治の舞台裏で暗躍し、先進国を陰で操ろうとしているとの俗説が日本でも盛んに論じられている。しかしこのような陰謀家のフリーメイソン像は、間違った情報に基づいている。著者は、旧約聖書の中に端を発し、中世に結成されるこの秘密結社が、18世紀に世界市民的な友愛団体としてどのように再出発するかをたどって、その真実な姿に迫ろうとしている。いろいろなフリーメイソン像に惑わされないために一読することをお勧めする。

・フレッド・ゲティングズ、阿部秀典訳 『オカルトの図像学』(青土社、1994年、4800円)
  ものみの塔の出版物の挿絵には、頭蓋骨やオカルトで用いられている記号などが存在する、と考える人々が増えている。はたしてそれは事実だろうか。統治体がその事実を認めてはいないので、それぞれが自分の目で判断する以外にない。私が尋ねた人々に関して言えば、あるさし絵に関してはほぼ全員が異常なものを認めた。オカルト的な記号が存在するかどうかは、オカルトの図柄などを知らなければ判断できないので、そのために助けになる書物として、本書を紹介しておく。

 <オカルト・ニューエイジ>

 オカルトに関する書物は実にたくさんある。ここでは、クリスチャンの立場に立って書かれたものと、ニューエイジの代表的な二、三の書物を紹介するにとどめる。

・水草修治 『ニューエイジの罠』(CLC出版、1993年、900円)
  日本同盟キリスト教団の新進気鋭の牧師が、現在のニューエイジの風潮を紹介し、その罠に陥らないように警告している。特に、中学生、高校生、大学生の若いクリスチャンは、このような危険性にさらされているので、読んでおくことをお勧めする。わずかでもこの種の知識が入っていれば、惑わされる確率はかなり低くなる。

・田村昭二 『なぜいけない?占い・オカルト・新新宗教』(いのちのことば社、1200円、1993年)
  若者が占いやオカルト、降神術などにひかれていく背景を分析し、そのようなブームに対して、聖書から、そのようなものを避けるように警告した書物。クリスチャンの家庭に育っている子どもたちに読むようにお勧めする。

・秋月菜央 『自己変革セミナー』(二見書房、1993年、1500円)
  ケビン・ライアーソンという人が、自己変革セミナーをアメリカを中心に開催している。本書はそのセミナーを解説する形で、ニューエイジに見られる自己変革という問題を取り上げている。それは自分の中にあるポシティヴなものに目をとめるところからはじまり、チャンネリング(催眠状態の中で、さまざまなスピリットとコンタクトをもつこと−78頁)による神秘的な世界に至るまで、いろいろある。本当の自分を回復し、人間の霊性に目ざめさせようとする運動をニューエイジの本質だと考える著者の宗教理解は、ニューエイジ運動がなぜ現代の若者を引き付けていくのかを考えさせる。

・シャリーン・マクレーン、山川紘矢・亜紀希子訳 『ゴーイング・ウイズイン』(地湧社、1994年、1648円)
  人間が一番はじめにしなければならないのは、自己変革である。自分を取り巻いているさまざまな問題から解放され、自分の内側にある霊的な力、自らの内にある「聖なるもの」を認識することである。その自己探求にとって、瞑想こそ入口である。どのようにしたら瞑想ができるのか、瞑想した結果到達した大いなる自己をどのように宇宙のエネルギーと結びつけることができるのか、ということを扱っている著者は、女優で、ニューエイジの旗手と言われる人物である。ニューエイジの書物に直接接してニューエイジを理解しようとする人にとっては格好の入門書。

 <新宗教に関する研究>

 新宗教に関する文献はたくさんある。ここでは、手もとにあるものだけを紹介する。カルト問題を考えるとき、カルトプロパーの問題だけではなく、カルトを生み出す時代の潮流を見きわめる必要がある。宗教はしばしば、その時代の問題を端的に表現するからである。これまで宗教関係の書物は教義の問題に関心を集中させすぎた。今後は、人間の実存的な問題、心理学的な問題、社会の病理学的な問題、などを加味した議論が展開されるようになるであろう。

・石井慎二編 『いまどきの神さま』(JICC出版局、1991年、1010円)
  最近の宗教ブームがどのようなものであるかを特集している。オウム真理教や幸福の科学、オカルトブームなど、新宗教に若者が引かれて行く背景にあるものが何なのかについて、よきレポートをしている。

・沼田健哉 『現代日本の新宗教』(創元社、1994年、1800円)
  著者は、キリスト教系の新宗教としてものみの塔を取り上げ、歴史、教義、組織と行動などについてかなり詳しく紹介している。エホバの証人が聖書解釈において字義的解釈を大切にしている点に着目して、キリスト教の根本主義者の一セクトとしてとらえることには賛成できないが、エホバの証人の中に最近の新宗教との共通点を見い出している点は、評価してよい。

・井上順孝 『新宗教の解読』(筑摩書房、1994年、1350円)
  日本人口の1割から2割の人々が関わりをもつと言われる新宗教は、社会の縮図になっている。それは、消極的に言えば、日本社会における矛盾や歪みの産物であるが、積極的に言えば、民衆の欲求を反映している。そのような新宗教は時代のトレンドに敏感であるばかりか、時に時代の方向を先取りする。新宗教を通して現代の日本の社会が抱える問題に迫っていこうとする興味深い書物。

・井上順孝 『未来を預言する教祖たち』 大航海 No.1(新書館、1994年、780円)
  1970年以降の日本の宗教状況を解説している。著者は本当に宗教ブームなるものがあったのか、新宗教と言われるものが提供しているものが何なのか、という点で鋭い洞察を示している。

・井上順孝、大塚和夫編 『ファンダメンタリズムとは何か』(新曜社、1994年、1957円)
  本書は、最近の新宗教の動きを、さまざまな宗教のファンダメンタリズムへの回帰現象としてとらえている。その流れに沿って、エホバの証人もまた、キリスト教のファンダメンタリズムの一セクトとしてとらえられている(前書き8頁)。この場合、ファンダメンタリズムとは、人間が本来共通項としてもっている素朴な「常識哲学」を指すのだろうか。キリスト教根本主義についてだけ言えば、十年ほど前に福音派の間でも問題になったジェームス・バーの根本主義理解を基底にして論じているようだが、キリスト教系の新宗教をそのような土俵で論じることは、歴史的キリスト教の立場から言えば、賛成できない。

・日本ルーテル神学大学教職神学セミナー編 『「神々」の時代を問う』(キリスト教視聴覚センター、1994年)
  本書の中で、井門富二男師は「アメリカの新宗教」という小論文を執筆しているが、その中で、エホバの証人を根本主義者の流れとしてとらえている。聖書の字義的解釈を尊重するという点では、ある種の共通項が存在すつので、そのような認識をまったく否定する必要はないかもしれない。しかし、エホバの証人の実際の聖書解釈法は字義的ではなく、比喩的かつ随意的であり、その結果構築された異端的教理や組織がもっているカルト的要素にいたっては、歴史的キリスト教の根本主義とは全く異質のものである。慎重な表現を望みたい。

・小田晋 『人はなぜ、宗教にシビレるのか?』(はまの出版、1995年、1500円)
  著者は、30年以上にわたり、精神病理学の立場から宗教や犯罪を研究してきた筑波大学社会医学系教授。日本における第三次宗教ブームの宗教は、密教、オカルト的色彩の強いものになると予測していた著者は、カルト集団を世紀末の社会病理現象としてとらえ、それを生み出す背景を解明している。人はなぜ宗教のとりこになるのか、世紀末になぜカルトが流行するのか、カルトの教祖はどのようなタイプの人間か、宗教がどのように人を変えてしまうのかなど、精神科医ならではの分析が興味深い。人は誰でも、心の底では「宗教的なるもの」を求めていると、宗教に積極的な評価を示しながらも、宗教が反社会的にならないよう、信者の告解から得た情報を他に流さない、布教の方法として詐術、強制、薬物を用いない、収入を公開し、経済活動を明らかにする、といったことを提唱している。

Y.カルトなどに関する英語の文献

 エホバの証人の信仰は、他のカルト集団とともに論じられることが多い。エホバの証人がカルト集団に属するということは、以下の英文の文献を見る限り、ほとんど異論はない。以下の書物は、筆者が目を通したもののみである。重要な書物が抜け落ちているかも知れないので、版を重ねる度に追加していく。ご了解願いたい。

Ankerberg, John & Weldon, John, ・Cult Watch・ (Eugene Dreg: Harvest Hourse Publishers, 1991)
  モルモン教、エホバの証人、フリーメーソン、ニューエイジ・ムーブメント、降神術、星占い、オカルトなどについて詳しく紹介し、クリスチャンが欺かれることのないよう警告している。著者アンカーバーグは、全米のテレビのトークショウで有名であり、世界の各地を回って講演旅行をしている。96年の春に来日して、セミナーを開く予定。378頁。

Braswell, George W., ・Understanding Sectarian Groups in America・ (Broadman & Holman Publishers, 1994)
  キリスト教の異端グループ、モルモン教、エホバの証人、統一教会、クリスチャンサイエンス、オカルト、ヒンドゥー教、仏教、イスラム教、ニューエイジなど、それぞれについて、歴史、教理、組織、ライフスタイルなどを分りやすくまとめている。特にアメリカの中で最近起こってい動きをよく紹介している。著者は南部バプテスト神学校の宣教学の教授。375頁。

Burrell, Maurice C and Wright, J Stafford, ・Some Modern Faiths・ (Downers Grove: Inter Varsity Press, 1983)
  エホバの証人、モルモン教、クリスチャンサイエンス、オカルト、降神術などのカルト集団について簡明に紹介している。128頁。

Ellis, Roger & Clarke Andrea, ・The New Age and You・ (Eastbourne: Kingsway Publications, 1992)
  さまざまな形で見られるニューエイジ・ムーブメントの実態を明らかにしている。霊的な飢え渇きを覚えている若者たちに歴史的キリスト教の教会は答えていかねばならない。教会はそれらの運動にどのように対応すべきか、示唆を与えている。

Enroth, Ronald M., ・Evangelizing the Cults・ (Ann Arbor: Servant Publications, 1990)
  現代流行しているカルト教団の中で、主な10のグループを取り上げ、そこに共通している点を検証している。エンロスは編集者で、それぞれのカルト教団に関しては、それに詳しい人々が手分けして執筆している。カルト研究の入門書として一読をお勧めする。215頁。

Enroth, Ronald M., ・Churches That Abuse・ (Grand Rapids: Zondervan Publishing House, 1993)
  教会は、いつの時代であれ、聖書的真理から離れ、偽りの団体に堕していく危険性がある。例えば、霊的権威の誤用、罪責感や恐れの感情の悪用、選民意識や迫害を利用すること、絶えず警告を発して信徒を統制することなどは、福音的教会にも存在する。そこで、現代のアメリカの教会の中から、カルト集団的要素の罠にはまりつつある教会に対し、実名をあげ、警告を発している。カルトの問題を自分たちとは無縁と考える福音派の指導者は本書の警告を真剣に聞く必要がある。253頁。

Fisher, G. R., Cannon, S. F., & Blizard, P. R., ・The Confusing World of Benny Hinn・ (Personal Freedom Outreach, 1993)
  いやしの伝道者として有名なベニーヒンの信仰について、書物や彼の証言などから、聖書理解および神学的な面において疑義がもたれている点を論じている。67頁。

Hutchinson, Junis, ・Out of the Cults and into the Church・ (Grand Rapids: Kregel, 1994)
  カルト集団から抜け出た人々は、他の人が直面することのないような問題にぶつかる。彼らが福音的教会に入っていくためには、教会側もまた多くの点で配慮する必要がある。36年間モルモン教徒だった著者が、聖書の信仰に回心し、福音的な教会に入って行くときの経験に基づきながら、具体的で適切なアドバイスを述べている。エホバの証人の救出に携わる人々はもちろん、牧会者も読んでおいて、エホバの証人が脱会してくるのに備えていただけたらと願っている。222頁。

Lawrence, John, ・FreeMasonry・ (Eastbourne: Kingsway Publications, 1987)
  さまざまのキリスト教の教派がフリーメーソンに対してどのような姿勢をとってきたかを紹介している。歴史的には、カトリックよりは、プロテスタントの方が、メーソンに対しては曖昧だった。メーソンの本質は宗教そのものであり、クリスチャンであると同時にメーソンであるということはあり得ない。日本ではあまり問題にならないことであろうが、興味深い研究書。185頁。

Lee, Richard, and Hindson, Ed, ・Angels of Deceit・ (Eugene Dreg: Harvest House Publishers, 1993)
  カルト教団は、それぞれが説く教義は相違しているが、霊的に人々を欺いているという点では同じである。そのような欺きはどのようになされているのかというメカニズムをまず解明し、その後、一つ一つのカルト集団の指導者について検証している。二人の著者はジョージア州アトランタのバプテスト教会牧師。261頁。

MacGregor, Lorri, ・Coping with the Cults・ (Eugene Dreg: Harvest House Publishing, 1992)
  カルト集団とは、疑似キリスト教であるとの認識に立って、エホバの証人をはじめ、モルモン教、セブンスデー、神の世界的教会などに対し、クリスチャンはどう対応したらよいかを解説している。192頁。

Marrs, Texe, ・New Age Cults & Religions・ (Austin: Living Truth Publishers, 1990)
  今日の時代をニューエージと規定し、そこに見られる特色を考察している。その後、101のカルト宗教を取り上げ、それぞれの宗教において問題となる点を指摘している。日本では馴染みのないグループの名前も見られるが、それらも何時海を超えて飛来してくるか分らない。著者はニューエージの宗教研究の第一人者。

Martin, Walter, ・The Kingdom of The Cults・ (Minneapolis: Bethany House Publishers, 1992)
  著者は、35年間カルト集団あるいはオカルトの研究をしてきた、新宗教研究の第一人者である。本書は、さまざまのカルト教団の教えを手際よくまとめており、カルト教団の研究においては、標準的教科書ともいうべき書物。カルトについて学びたいと言えば、ほとんどの福音派の牧師が本書を最初に読むべき書物として上げる。544頁。

Martin, Walter, ・The New Age Cults・ (Minneapolice: Bethany House Publishers, 1989)
  現代はオカルトやニューエイジ・ムーブメントが流行するきわめて危険な時代である。その中心的な教えは何か、なぜそれが危険なのか、どのようなグループがそれに属するのか、クリスチャンがそのような人々と接して伝道するにはどうしたらよいのか、といったさまざまな課題に対し、聖書から論じた書物。カルト研究の草分け的存在である著者が分りやすく記しているので、とても読みやすい。

Martin, J. Mark, ・Seventh Day Adventism And The Writings of Ellen G. White・ (Nelson B.C.: Macgregor Ministries, 1994)
  セブンスデーの創設者、ホワイト夫人の書物が聖書とはどう違うのかを指摘し、セブンスデーの異端性を明らかにしている。ホワイト夫人の書物自体の中から、相互に矛盾している箇所などをあげているので、センブンスデー研究には欠かせない小冊子。37頁。

Martin, Paul R., ・Cult-Proofing Your Kids・ (Grand Rapids: Zondervan Publishing House, 1993)
  クリスチャンホームであるからといって、カルト集団の罠から全く自由であるわけではない。否むしろ、宗教的なもの、霊的なものを大切にして育てられているだけに、カルト的なものが付け込む危険性は一般の家庭より高い。著者は、クリスチャンの両親に対し、子どもたちをカルトの犠牲にしないためにどうしたらよいか、また関わりをもってしまったなら、どのように手助けをしたらよいかを説いている。著者はカルトに属していた人々を救出するために労している専門的心理学者。256頁。

McDowell Josh & Stewart Don, ・Occult・ (Bucks, England: Scripture Press, 1992)
  現代の書籍、音楽、テレビ、映画などにはオカルト現象が充満している。オカルトとは何か、占星術、占い、預言、ニューエイジのオカルト、降神術、サタンと悪霊、サタン礼拝、マジックや超能力などについて、明解に分析し、それらの背後にサタンの巧妙な策略があることを聖書から論じている。オカルトに対して正しい認識をもつために、すべてのクリスチャンに読んでいただきたい書物。

Miller, Elliot, ・A Crash Course on the New Age Movement・ (Eastbourne: Monarch Publications, 1989)
  ニューエイジ・ムーブメントとは正確に言うと何か、なぜその運動が今日それほど流行するのか、それがアメリカ文化に及ぼしている影響はどれほどか、そのような問題から解放されるにはどうしたらよいか、クリスチャンはどのように対応したらよいか、などといった問題に、正確な調査に基づいて論じている。ニューエージ・ムーブメントを知るのに必読の書。

Rea, Walter T., ・The White Lie・ (M & R Publication, 1982)
  セブンスデーの創設者エレン・ホワイト夫人は神からの啓示によってその教えを広めたと信じられている。しかし、ホワイト婦人が当時一般には知られていなかった多くの書物を引用して執筆したにすぎないことを、本書は実証している。409頁。

Reed, David A., & Farkas, John R., ・How To Rescue Your Loved One From Mormonism・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1994)
  モルモン教徒を救出するにはどうしたらよいのかということを、元エホバの証人の長老だったリードと元モルモン教徒だったファーカスとが協力して執筆している。モルモン教からの救出も、ものみの塔からの救出も、基本的には変わらない。現役のエホバの証人にとっては、他の教団の話の方が耳を傾けやすいので、本書を違った目的で利用できるかも知れない。202頁。

Reed, David A., & Farkas, John R., ・Mormons Answered Verse by Verse・ (Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  モルモン教もまた、聖書を使って、独自の教えを展開している。モルモン教が誤用している聖書の箇所を取り上げ、その聖句の正しい意味を解説している。153頁。

Robertson, Irvine, ・What the Cults Believe・ (Moody Press, 1991)
  正統派の教理とカルト集団の教えとがどのように違うかを明らかにした書物。モルモン教、エホバの証人、統一教会、神の世界的教会、インターナショナルの道、ヒンドゥー教に根ざした宗教と運動、ニューエージ・ムーブメント、サイエントロジー、クリスチャン・サイエンス、降神術、その他最近のカルト集団が扱われている。208頁。

Scott, Latayne C., ・Why We Left a Cult・ ( Grand Rapids: Baker Book House, 1993)
  はじめに、カルト集団から離脱した6人の証詞を掲載している。そして、カルト集団に共通の問題が取り上げられ、カルトに属する人々にどのように効果的に証詞したらよいかを模索している。著者は元モルモン教徒。207頁。

Sire, James W., ・Scripture Twisting・ (Downers Grove: Inter Varsity Press, 1980)
  カルト教団は聖書を用いて、奇妙な教えを展開する。それは単純に聖書を引用する方法から、議論するために精巧に練られた使用法までさまざまである。カルト教団のそのような聖書の用い方のどこに問題があるのかを指摘し、正しい聖書解釈の原則を明らかにした書物。179頁。

Stallard, Mark, ・Worldwide Church of God: Changes And Deceptions・ (Nelson B.C.: Macgregor Ministries, 1994)
  神の世界的教会というカルト集団は、創設者ヘルバルト・アームストロングが1986年1月に死去して以来、その教えを変えていく。その変遷させた内容を明かにし、その異端性を論じている小冊子。39頁。

Thomas, F. W., ・What Happens After Death・ (Vancouver B.C.: Thomas Publications, 1978)
  死、不死、カルマの法則、律法と正義、堕落、地獄などの教えについて聖書から論じた書物。著者はバンクーバーに住むレイマンであるが、カルト集団に対して造詣が深く、多くの書物を執筆している。165頁。

Z.その他の文献

 カルト集団の人々は、自分が所属する集団を客観的に見ることはできない。他人から自分の教団のことを言われると、心を閉ざしたり、聞く耳をもたない。しかし彼らも、他のカルト教団に関しては、いろいろな情報を読むことができ、客観的な判断をすることができる。そこで、他のカルト集団がどのようにマインド・コントロールを用いているかを知ってもらって、自分の教団においても同じことが行なわれていること気づかせることも可能である。
 エホバの証人の中には、山崎浩子さんが統一教会を脱会する決意を表明したテレビを見ていて、自分たちのグループも統一教会と同じような集団ではないのだろうか、と思うようになり、組織を出る決断をした人々が何人もいる。
 ここでは手もとにある幸福の科学、オウム真理教、統一教会に関する文献の書名だけを紹介しておく。

 <幸福の科学に関する文献>

大川隆法 『悪霊撃退法』(幸福の科学出版、1987年)

大川隆法 『内村鑑三霊示集』(幸福の科学出版、1987年)

大川隆法 『太陽の法−新時代を照らす釈迦の啓示』(角川文庫、1989年)

大川隆法 『不動心−人生の苦難を乗り越える法』(角川文庫、1990年)

大川隆法 『黄金の法−新文明を開く釈迦の英知』(角川文庫、1989年)

大川隆法 『無限の愛とは何か』(幸福の科学出版、1992年)

大川隆法 『宗教の挑戦』(幸福の科学出版、1992年)

ノストラダムス・シナリオ・プロジェクト編 『映画ノストラダムス戦慄の啓示全秘密』                         (幸福の科学出版、1994年)

大川隆法 『新・太陽の法』(幸福の科学出版、1994年)

大川隆法 『マンガで見る幸福の科学』(幸福の科学出版、1994年)

米本和広、島田裕巳 『大川隆法の霊言』(JICC出版局、1992年)

 <オウム真理教に関する文献>

麻原彰晃 『キリスト宣言』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『キリスト宣言(パート2、再臨・裁き・終末)』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『キリスト宣言(パート3、偉大なグル・キリスト)』(株式会社オウム、1992年)

麻原彰晃 『キリスト宣言(パート4、イエスの真理の法則を解く)』(株式会社オウム、1993年)

麻原彰晃 『滅亡の日』(株式会社オウム、1989年)

麻原彰晃 『麻原彰晃、戦慄の預言』(株式会社オウム、1993年)

麻原彰晃 『麻原彰晃、戦慄の預言第2弾』(株式会社オウム、1994年)

麻原彰晃 『仏教真理・八正道』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『願望成就の秘法』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『絶体の真理』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『ノストラダムス秘密の大預言』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『古代エジプトの秘儀を解く』(株式会社オウム、1994年)

麻原彰晃 『尊師に聞く!1 真理入門篇』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『尊師に聞く!2 人生開拓篇』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『超能力秘密のカリキュラム』(株式会社オウム、1987年)

麻原彰晃 『滅亡から虚空へ』(株式会社オウム、1989年)

麻原彰晃 『絶対幸福への道』(株式会社オウム、1992年)

麻原彰晃 『仏教真理十二縁起』(株式会社オウム、1992年)

麻原彰晃 『尊師、聖地インドを行く』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『宗教にだまされるな』(株式会社オウム、1991年)

麻原彰晃 『日出づる国、災い近し』(株式会社オウム、1995年)

麻原彰晃 『亡国日本の悲しみ』(株式会社オウム、1995年)

ヴァジラヤーナ・サッチャ No.7(株式会社オウム、1995年)

ヴァジラヤーナ・サッチャ No.8(株式会社オウム、1995年)

ヴァジラヤーナ・サッチャ No.9(株式会社オウム、1995年)

熊本日日新聞編 『オウム真理教とムラの論理』(葦書房、1992年)

江川紹子 『救世主の野望』(教育資料出版会、1991年)

 <統一教会に関する文献>

森山 論 『統一教会からまことのメシヤへ』(ニューライフ出版社、1987年、1500円)

浅見定雄 『統一教会=原理運動』(日本基督教団出版局、1987年)

浅見定雄 『偽預言者に心せよ!』(晩声社、1989年)

有田芳生 『原理運動と若者たち』(教育資料出版会、1990年)

有田芳生 『霊感商法の見分け方』(晩声社、1988年)

有田芳生 『統一教会とは何か』(教育資料出版会、1992年)

榊 利夫 『文鮮明主義の批判』(白石書店、1993年)

成澤宗男 『統一教会の犯罪』(八月書舘、1989年)

成澤宗男 『統一教会の策謀』(八月書舘、1990年)

若者と宗教研究会 『統一教会の内幕』(エール出版社、1992年)

川崎経子 『統一教会の素顔』(教文館、1990年)

荒井荒雄 『日本の狂気・勝共運動と原理運動』(菊屋書房、1971年)

荒井荒雄 『日本の狂気2・まぼろしの勝共、世界最終戦』(青村出版社、1972年)

荒井荒雄 『日本の狂気3・原理運動の謀略と自民党』(青村出版社、1980年)

荒井荒雄 『日本の狂気4・青瓦台と日本の学者たち』(青村出版社、1982年)

荒井荒雄 『日本の狂気5・原理運動最後の日』(青村出版社、1983年)

萩原 遼 『淫教のメシア・文鮮明伝』(晩声社、1980年)

赤旗社会部編 『わたしは”洗脳”された』(新日本出版社、1989年)

茶本繁正 『原理運動の実態』(三一書房、1979年)

茶本繁正 『原理運動の研究』(晩声社、1977年)

森山 論 『統一教会のまちがいについて』(クリスチャン文書伝道団、1966年)

柿田睦夫 『統一教会・集団結婚の裏側』(かもがわ出版、1992年)

山口廣、東澤靖 『告発・霊感商法・統一教会』(水曜社、1987年)

世界基督教統一神霊協会 『原理講論』(光言社、1993年)

有田芳生 『週刊文春』(取材班『脱会』)(教育史料出版会、1993年)

全国原理運動被害者父母の会 『親と子のきずな』(個人出版、1993年)

日本キリスト教団統一原理問題連絡会 『新・これが素顔』(個人出版、1994年)





          
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