グラビアアイドル研究所
 

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着エロの歴史

2005.7.19 UpDated


−こんばんは、大三元ツモ夫です。グラビアアイドル研究所も正式オープンということで、これからはこちらでも、ひでまろ所長にグラビアイドルについて語っていただこうと思います。

「(こちらでは)ひでまろです。夜露死苦お願いします」

−さて、記念すべきオープニング対談ということで、今回は、21世紀のグラビア界にパラダイム転換を惹き起こした「着エロ」について語っていただこうと思います。

着エロの歴史

−さて、早速ですが、「着エロ」という言葉はどこから生まれたのですか?

「そうだねえ。『フラッシュ』2005年3月29日・4月5日合併号の特集『グラビア革命「着エロ」進化論』によれば、着エロはフラッシュが名付け親だそうなんだ。2002年9月17日号の『着エロの世界へようこそ』というグラビア特集がコトの始めらしい」

−なるほど、歴史が浅いので珍しく起源がはっきりしているのですね。ところで、「着エロ」は「着メロ」のもじりですけれど、着メロっていつから始まったんでしたっけ?

「初めてケータイに着メロがプリセットされたのは1996年5月頃で、今日のダウンロード形式の着メロが始まったのは1997年6月からみたいだよ。詳しくは『着メロ発展史』とゆーサイトがあるので、サーチエンジンで探してそちらで確認してほしいんだけど、なんか「着メロ」も「着信メロディ」も登録商標らしいね。ちなみに英語では"Ringing Tone"と言うらしい」

−ケータイにおける和音機能の発達と軌を一にして着メロも発展していったみたいですね。

「今やフル歌配信までなされているし、技術の進歩はすさまじいねえ」

−ところで、話は着エロに戻りますが、着エロの開祖って誰になるんですか?

「フラッシュと完全に被っちゃうんだけど、やっぱインリンでしょう。で、着エロをメジャーに押し上げたのは堀口としみだね。Tバックと大開脚は衝撃的だった」

−でも、前世紀末、1993年に結成されたTフロントアイドル「ピンク・サターン」はメジャーになれなかったですよねえ。そういえば、Tバックって誰がメジャーにしたんでしたっけ?

「誰だっけ?。Tバックはかなり昔からあるからすぐには思い出せないなあ…。インターネットでも1995年以前のことは検索してもなかなかヒットしないし…。ふむふむ、どうやら「飯島愛」と「ギルガメッシュないと」とゆーキーワードに思い当たったぞ」

−飯島愛のAVデビューとギルガメ登場は1992年みたいですね。ちなみにギルガメは1991年から98年まで放送していました。

「おお、懐かしいねえ」

−宮沢りえの「ふんどしビキニ」とゆーのも、そう言えばあったような…

「それは1990年のカレンダーでの出来事みたいだね。うん、なんか、話しているうちに色々思い出すねえ(笑)」

着エロの限界

−で、話を少し戻しますが、Tバックは1990年代前半すでにブレイクしているのに、どうしてTフロントはブレイクしないんでしょうか?。着エロ時代になって以来、大開脚は当たり前になっているのに、フロントは紐より三角(笑)の方が人気がありますよね。

「うーむ、やっぱここが着エロの核心部分なんだろうねえ。水瀬葵みたいなギリドル(爆)が不発だったように、ある一線を越えると商売として成立しなくなるんだろうねえ」

−小田有紗みたいなチクドル(笑)は商売として成功していますが…。

「胸に溶けたチョコレートをたらしてB地区(爆)が立っているのを見せる手法は斬新だったね。でも、あそこまでやっちゃったら、あとは脱ぐしかないんだけど(爆)」

−藤川京子も手ブラ手パンツ路線(笑)に追い込まれていますよね。堀口としみもいよいよカウントダウンが近付いてきたことを感じさせます。

「過去3年の傾向を見ると、着エロのガイドライン(笑)みたいなものが判ってきたよね」

−それって、どんな感じですか?

「まずTバックとVフロントはOKだけどTフロントはNG。前はやっぱり三角でないと(笑)。でも大開脚はOKみたいだね。で、上は極小ビキニが基本だけど、輪っか(笑)見せはNG。B地区は形がわかるのはOKだけど透け地区は境界線、モロ見えはNG」

−花井美里がやった付け地区の擬似ヌードの評価はいかがですか?

「麿的にはOKなんだけど、世間一般での評価はNGみたいだね。付け地区ってニップル・エンハンサって言うらしいんだけど、付けて許されるのはシャラポワと安藤美姫だけみたいだね(爆)」

−では、付け地区は基本的にNGということになるんですね。

「ま、そうみたいだね」

着エロの誕生

−着エロ初期はレースクィーン系が多かったじゃないですか。それは何か理由があったんですか?

「着エロが誕生した2002年には、RQ系の吉岡美穂がブレイクしたよね。で、RQ上がりの一般タレントポストが埋まっちゃったんで、残されたRQの皆さんは、大挙して脚線美+Tバックの悩殺路線で攻めて来た」

−残念ながらRQの皆さんは胸のデカさではMEGUMIに敵わないので(笑)、童顔巨乳路線はあきらめて対局に行ったわけですね。

「そう。で、気付いたらインリンのエロテロ路線と混ざっちゃって(笑)、いつのまにか着エロというジャンルができちゃった」

−フラッシュによれば、グラビア界の序列をひっくり返した革命的な出来事だったそうですねえ。

「まあ、それまで脱ぎ系がチャンピオンで、露出が減るにしたがって序列も下がっていたのが、ヘタすると着衣の方が上に行っちゃったんだからねえ」

−で、成功したんでいつのまにか童顔巨乳系まで着エロに参戦したと。

「2004年夏に都条例でコンビニ売り雑誌のヌードグラビアにうるさくなったこともあるみたいだけど、脱がなくていいということで、参入障壁が下がったことが大きかったみたいだね。新人が着エロでデビューするようにもなったし。でも、どんどん過激になって、いつのまにかセミヌードとの区別がつかなくなっちゃったけど(爆)」

−それじゃ着エロの意味がないですね。

「ホントに…。と言っているうちに思い出したんだけど、着エロの原点って1992年に山咲千里が出したボンデージ写真集『アナザー・スキン』にあるんじゃないかねえ」

−おお、そう言えばありましたねえ、着エロのご先祖様的写真集が。

「ヘアヌード写真集の開祖『ウォーター・フルーツ』が出たのが1991年だったよねえ。今から思えば今日の写真集文化の原点は、バブル崩壊の頃にあったんだねえ」

着エロの未来

−ところで、着エロも誕生から4年目を迎え、そろそろ転換点にきていると思うのですが、着エロはこれからどうなるのでしょう?

「フラッシュによれば、着エロマニアは5千人しかいないらしいね。で、着エロDVDって毎月120タイトル出ているらしいから、マニア向け市場としてはもう飽和状態らしいよ」

−まあ、これ以上先鋭化すると後は脱ぐしかないわけですが、そうなるとアダルトの領域に入って色々制限が出てきますから、これ以上は過激になりようがなさそうですね。

「ギリドル、チクドル、コキドルなど過剰露出演出路線は厳しそうだねえ。結局は王道的ソフト着エロだけが残っていくんだろうね」

−一方、世間一般では今年前半辺りから、やっと市民権を得つつあるという感じなのですが。

「結局、着エロも大衆化して、穏健路線だけが生き残るんだろうねえ。ただ、語感がいいので、着メロが流行っているうちは着エロも忘れ去られないだろうけどね」

−なるほど。というわけで、本日はここまでです。


【本日のサマリー】

  1. 「着エロ」の誕生は2002年9月。名付け親はフラッシュ。
  2. 着エロの先駆者はインリン。メジャーに押し上げたのは堀口としみ。
  3. ちなみに、着メロ配信開始は1997年6月に東京アステル。
  4. Tバックの開祖は飯島愛で1992年。Tフロントは1993年ピンク・サターン。
  5. 着エロは、グラビア界の序列を覆した一つの革命である。
  6. 2005年に入り着エロの知名度が上がり大衆化が始まった。
  7. 大衆化を期に過激路線は影を潜め、これからは王道的ソフト路線が主流になりそう。


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