開幕
2002年5月17日から26日まで韓国江原道の東海市で第64回FICC世界大会が開催されました。大会には韓国、日本、台湾のほか、イギリス、フランス、ドイツ、ノルウェー、フィンランド、カナダ、イスラエルなど17カ国から約1000人(日本からは58人)が参加しました。
開会式のパレードでは日本団の先頭で子供たちがサッカーボールを蹴りました。着物や半纏を着た男女5人の子供たちが、真剣な表情でボールを蹴る様子はテレビで全国に放映され、新聞各紙にも掲載されました。
なにしろ韓国で初めて世界大会。それもキャンプと言えば子供のするものと思われている国で、世界各国から老いも若きも集まってキャンプをするというのだからマスコミが興味をもつのも当然でしょう。
大陸横断ツアー
今回の大会がこれほど大きなマスコミの注目を集めたもうひとつの理由は「大陸横断ツアー」です。開会式の1カ月前にツアーに参加する8組のキャンパーがブリュッセルに集まりました。というと、冒険好きの若者を想像するかもしれませんが、いずれもキャンプの好きなごく普通のカップルで、半数は現役をリタイアした老夫婦です。これにKBSのテレビクルーとメカニックが加わりました。
翌日、全員バスでブリュッセルを出発。まずアントワープで現代自動車から提供された8台の4WDに乗り移り、ドイツのブレーメンに行きました。そこで製造されたばかりのキャンピングトレーラーとドッキング。こうしてキャラバン隊が完成し、いよいよ大陸横断の旅へ。まず、ハンブルグを通ってコペンハーゲンに行き、そこからフェリーでストックホルムに渡り、そしてヘルシンキを経てモスクワに到着。ここで車をシベリア鉄道に積み込み、途中イルクーツクやハバロフスクなどを観光しながら、ウラジオストックへ。そこから再び陸路で340km離れたザルビノ港に移動。ここでまたまたフェリーに乗り込み朝鮮半島東海岸の束草(ソクチョ)に渡り、東海市に向かいました。
その一方で、日本からは13台のRVやキャンピングカーが下関から釜山に
渡り、東海市に向かいました。先導役はIFCCメンバーの白(ペク)さんです。
5月17日、東海市の市役所前の広場に大勢の市民や報道陣が詰め掛けるなか、まず2時半ごろ最初に日本隊が到着し、それから約30分遅れてヨーロッパのキャラバン隊が合流。人々の拍手と歓声に包まれる中、日欧のキャンパーが手を握り合い、東海市長から花束を受け取りました。
アジアでは見られない光景
韓国の東海岸に新設された望祥(マンサン)オートキャンプ・リゾートには、ドイツから輸入したばかりの真新しいキャンピングトレーラーが約100台設置されました。紺碧の海と白い砂浜を背景に、初夏の日差しを受けて白い車体がまぶしく光ります。それは地中海のリゾートならいざ知らず、アジアでは絶対に見られない光景でした。
大会は当初開催国の韓国人の参加が外国人に比べて少なかったのですが、テレビや新聞が連日報道するのを見て、興味を引かれた韓国人が開会式の後に続々と参加してきました。大会の終幕に近づいたころには、キャンピングトレーラー脇のパラソルの下で焼き肉を楽しむ韓国人ファミリーの姿が数多く見られるようになったのです。
韓国兵士の巡回
望祥オートキャンプ・リゾートは直接海岸に面していて、キャンプ場と砂浜を遮るものはなにもありません。ある日、海辺のサイトで韓国人のキャンパーと夜遅くまで飲んでいたときのこと。夜中の12時に、黒い制服・制帽に身を包んだ数人の兵隊がどこからともなく現れ、私たちのすぐ目と鼻の先で黙々と砂浜に杭を打ち込み、それに幅10cmほどの長い長いテープを張り渡していきました。それから30分ほどすると、今度は迷彩服を着てカービン銃を構えた韓国軍の兵士の一隊が、焼き肉やキムチの臭いに目もくれず通りすぎて行きました。
実はここは北朝鮮との国境に比較的近く、何年か前に北朝鮮の潜水艦が座礁して、韓国軍との間に戦闘があった場所なのです。それ以来この辺りの海岸線一帯には延々と有刺鉄線が張り渡されています。ところが大会期間中はキャンプ場のビーチだけは有刺鉄線が撤去されているために、毎日夜12時から朝6時まで立ち入り禁止(どっち側からの?)のテープを張って、兵隊が巡回するのです。
毎夜のエンターテインメント
キャンプ場に隣接する海岸沿いの広場に、2000人収容の鉄骨製の巨大なテントを建て、音響や照明装置を備えた本格的なステージを設置しました。このビッグテントの中で開会式の前夜から最後の日まで、毎晩エンターテインメントが繰り広げられました。
一口にエンターテインメントと言っても、半端なものではありません。地元江原道の伝統芸能はもとより、ソウルからオペラ、クラシック、ポップスなどの一流の歌手やアーチストがきて、連日高い水準のコンサートを見せてくれたのです。
ある晩、「姉妹都市の夕べ」が開催されれました。東海市は日本、アメリカ、中国、ロシアにそれぞれ姉妹都市があります。これらの姉妹都市から一流の歌手、楽団、舞踏団がやってきて郷土の芸能を披露するという趣向です。
日本の姉妹都市は福井県の敦賀市で、敦賀市長が率いる民芸団が参加しました。太鼓や踊りを披露したあと、市長自ら舞台に上がり、大太鼓を叩くという見せ場もあり大受けでした。
なかでも感激したのは、韓国の伝統衣装のファッションショー。ソウルからきたトップモデルたちが古代新羅から李氏朝鮮時代に至るまで宮廷衣装を中心に、さまざまな伝統衣装を披露しました。舞台の特殊効果も凝っていて、ときには神秘的な雰囲気を演出します。観客全員がしばし陶然とした時を過ごしました。これまで本格的なファッションショーというのは見たことがありませんが、韓国で、それもキャンプ場で見ることになろうとは。
終章
大会初日こそ雨に見舞われましたが、それ以外は文句なしの晴天続き。太陽の位置によって刻々と色を変える海の美しさには何度も息を飲みました。ちょっと季節はずれのバカンスを心ゆくまで満喫した10日間でした。
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