| オートキャンプ歴史博物館 |
| Museum of the History of Autocamping |
| 本 館 |
| 自動車の時代 | ||
ゴットリープ・ダイムラー カール・ベンツがシュツットガルトの近郊マンハイムで自動車の発明に打ち込んでいるとき、ほど近いカンシュタットでゴットリープ・ダイムラーが小型エンジンの開発に取り組んでいました。二人は互いの存在を知ることなく、偶然にも1886年にそれぞれの自動車を世に発表しました。 カール・ベンツが自動車を一から十まで自分の手で作り上げた「天才的な職人」とすれば、ゴットリープ・ダイムラーは「天才的なエンジニア」と呼べるでしょう。そもそもダイムラーの目的はベンツのように自動車そのものを作ることにはなく、陸上・水上・空中の考えられる限りすべての乗り物にガソリンエンジンを取り付けることでした。実際彼はボート、二輪車、気球と、やつぎばやにエンジンを搭載していきました。後にダイムラー社のシンボルとなる「スリーポインテッドスター」も、陸海空あらゆる乗り物を目指すことを意味しています。 4ストロークエンジンの発明者として知られるニコラウス・オットーは、1872年にドイツ・ガス発動機製造会社を設立しました。ダイムラーは1857年から1859年までシュツットガルト工業学校で学んだ後、フランスとイギリスでさまざまな技術的活動を経験したあと、1872年に協力者のマイバッハとともにドイツ社に入社して以来、同社で指導的な役割を果たしてきました。やがてオットーが所有している4ストロークエンジンの原理を、走行機械の動力に応用したいと考えたダイムラーは極秘プロジェクトを開始しました。まず彼はカンシュタットのタウベンハイマーシュトラーセに75000マルクの大金で広大な屋敷を購入しました。屋敷の庭にあった温室をレンガ造りの実験室に改造し、車が通れるように庭園の道幅を広げました。
1886年春、ダイムラーはシュツットガルトのW.ウィンフ&ゾーン社に1台の箱型馬車を注文しました。表向きはダイムラー夫人の誕生日のプレゼントということになっていました。馬車はハンブルクで製造され、シュツットガルトで組み立てられて、8月28日深夜密かにダイムラーの屋敷に運び込まれました。馬車は二列座席のオープン車で、エンジンなどの装置を取り付けるためにフレームに多少の変更を加えました。 エンジンは二輪車に搭載された「置き時計」をさらに改良したもので、出力は1.1馬力、回転数650rpm、最高時速18kmでした。動力の伝達はベルトで行われました。それはまさに「エンジン付き馬車」と呼ぶべきものでした。こうして世界初の4輪自動車が誕生したのです。 | ||
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