南北朝時代

■2002年
11/13、奈良県桜井市の「西口遺跡」で、南北朝時代の狼煙台や番小屋の遺構が見つかった。 京都新聞2002/11/24


■2001年
●茨城県北茨城市関南町の丹賢一氏は、南北朝時代の臨済宗の僧・夢窓国師は「大解脱直前の2年間は、隣接する福島県いわき市内で修行を積んでいた」とする研究をまとめた。この時期について、夢窓の高弟が没後まとめた『夢窓年譜』には、「奥の白鳥郷」や「内草山」で修行を積んだと記されている。これまでの研究では、「白鳥郷=岩手県前沢町白鳥」「内草山=茨城県高萩市君田」と解釈され、夢窓窟の北茨城市史跡指定理由や夢窓窟案内板にも「白鳥郷(岩手県前沢町)」と表記されている。一方、北茨城市史には、2カ所ともいわき市だったと書かれており、食い違いを見せている。丹氏は、5年にわたる資料収集や現地調査を行い、白鳥郷も内草山もいわき市内だったとしている(2001.7.24)
●栃木県の足利郷土史料研究所は、研究報告叢書「南宗継の生涯」を発行した。叢書はA5判、22ページ。南氏は南北朝時代に名草地区を本拠地とした武将で、高師直などの高氏から分かれ、足利尊氏の重臣として活躍。宗継と孫の宗氏の五輪塔や屋敷跡(金蔵院)などが残っている。宗継は1371年に死去したことが五輪塔から解明できたが生年はわかっていない(2001.5.28)
●滋賀県大津市の石山寺所蔵の木造弘法大師座像が南北朝時代に作られたものだったことがこのほど、解体修理の際に判明した。修理作業中に頭部内側から「明徳二(1391)年」の墨書が見つかった。座像は高さ90センチと人間とほぼ同じ大きさで、現存する弘法大師座像としては最大級だという。従来この像は江戸期のものと考えられていた(2001.3.28)
●2月4日、静岡県芝川町大晦日(おおずもり)の芭蕉天神宮で例大祭が開かれた。後醍醐天皇の使者として富士山本宮浅間大社に戦勝の報告に向かっていた右大臣久我長通が、同地区で病のため急逝した。その長通の遺言で、同地区に祠が、1334年に建てられたのが起こりとされている(2001.2.6)


■2000年
●11月19日、宮城県松島町の円通院で発見された石製の板碑は南北朝時代の有力豪族・留守氏ゆかりの女性が建立した供養碑であることが判明。板碑は、高さ150センチ・幅70センチ。中央に「建武5年」(1338年)とあり「藤原氏女」という建立者名と、生前の功徳で死後の成仏を願う銘文も刻まれていた(2000.11.22)
●福山市草戸町の明王院五重塔(国宝)に残る南北朝時代の柱絵や壁画は、保存状態が極めて良い国の重要文化財級であることが、広島大文学部らによる初の学術調査で判明(2000.10.31)

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