銅像(石像)

■2002年
12/10、福井県永平寺町の京善バイパスの中腹に、馬の銅像が置かれ話題を集めている。この像を設置した中川民堅氏は、戦時中、騎兵隊や輸送部隊で活躍し、その当時疲れ果てて死んでしまった「愛馬への恩返しに」に銅像を購入して設置。(2002.12.20) 中日新聞
2002/12/10
11/30、滋賀県守山市三宅町の市民ホール前に宇野宗佑元首相の銅像が建ち除幕式が行われた。(2002.12.13) 京都新聞
2002/11/30
10/12、福岡県北九州市で小倉祇園太鼓の銅像を、駅二階部分とつながる歩行者用回廊の上に移設す る作業が終了し、記念式典 が行われた。(2002.12.9) 読売新聞
九州版
2002/10/13
11/26、福島県会津若松市で自民党衆院議員、故・伊東正義氏の銅像の台座への取り付け作業が行われた(2002.12.5) 福島民報
2002/11/27
11/23、青森県弘前市の市民団体が建立を目指している津軽為信公の銅像の粘土原型がこのほど、完成。制作者は、同市出身で東京都北区在住の彫刻家・古川武治氏、武彦氏の父子 東奥日報
2002/11/24
●5月17日、北海道函館市に米海軍ペリー提督の銅像(来航記念碑)が完成し除幕式が行われた。像の高さ2.28メートルで2メートルの台座にそびえたつ。ペリーは日米和親条約が締結された1854年5月17日、静岡県・下田に続く開港地の調査のため当時の箱館に入港し、約2週間滞在した。(2002.6.27)
●2月12日、青森県弘前市の弘前商議所会館で、藩祖津軽為信公銅像建立協議会の全体会議が開かれ、弘前文化センター前庭への銅像建立が2003年秋になる見通しが報告された。銅像本体の費用は3000万円で、台座に650〜750万円かかる見込みで、資金が不足していることから、さらに募金活動を進める。(2002.4.2)
●神奈川県小田原市のJR小田原駅前にあり破損した二宮尊徳像の修理が終わり、元の台座に戻った。この銅像は、まきを背負って読書をする少年時代の姿で、かつて市立城内小にあり、2年前の夏から市尊徳記念館(栢山)の収蔵庫に保管されていた。2001年10月20日、尊徳の命日に合わせて設置されたが12月下旬、何者かが銅像を強くゆすったらしく、尊徳の足と台座の銅製接合部分が緩んでしまっていた(2002.3.13)
高知県高知市鷹匠町の山内神社境内に山内容堂公の銅像を建立する計画が進んでいる。容堂公の銅像は大正時代に一度建立され、高知城二の丸に置かれていた。しかし太平洋戦争中に供出され、現在、山内氏の像は初代藩主の一豊公とその妻、千代(見性院)だけになっている。建立されるのは、建白が受け入れられ大政奉還(1867年)が実現したことを喜ぶ座像。脇息に手を掛け、ギヤマンのグラスで酒を飲む姿を像にしている(2002.3.7)

■2001年
9月6日、岐阜県岩村町出身で幕末の儒学者・佐藤一斎(1772〜1859)をたたえる同町の佐藤一斎顕彰会の役員たちが小泉純一郎首相と面談し、来年建立する一斎の銅像への揮毫を依頼した(2001.11.7)
8月29日、広島県広島市東区二葉の里の鶴羽根神社に同市出身の飛行士・山県豊太郎の石像が58年ぶりに再建された。山県は1919(大正8)年、東京遷都五十周年記念式典で木製の国産機「第二鶴羽号」で宙返り飛行し、話題になった。翌年も東京―大阪間の無着陸飛行大会で優勝するなど活躍したが、22歳の時連続宙返りの練習中に墜落死した。 1923年、地元の氏神で、機名の由来になったとされる鶴羽根神社に銅像が建ったが、第二次大戦中に供出を余儀なくされ、台座だけが残っていた(2001.10.25)
●岐阜県中津川市観光協会は、「恵那山ウェストン公園」を恵那山の登り口につくり、恵那山を世界に紹介した英国人登山家ウォルター・ウェストンの銅像を設置し10月13日に除幕式を行う。ウェストンは、1888年に宣教師として来日。飛騨山脈、木曽山脈など日本各地を登山し、数多くの著作で登山ルート、日本各地の風景や文化を世界に紹介。また、スポーツ登山を国内に導入し、日本山岳会の設立などに尽力した。1893年には外国人として初めて恵那山に登頂した(2001.9.13)
●7月31日、青森県八戸市根城の八戸市博物館前庭に南部師行の騎馬像が建立された。騎馬像は、高さ約1.1メートル、幅2.8メートルの台座の上に、高さ約2.2メートル、幅約2.2メートルの像を配置。根城南部家に伝わる資料や文化財を基に、甲冑や刀、馬の焼き印などをリアルに再現した。肖像画がないため、顔は資料や子孫から推測した。南部師行は南北朝時代、南朝方の陸奥守・北畠顕家の国代として糠部に入り、1334年に根城を築いた。また除幕式では師行を歌詞に織り込んだ新しい「史跡根城音頭」が初めて披露された(2001.8.23)
6月27日、福井県福井市浄教寺町の一乗滝に剣豪・佐々木小次郎の銅像が建設された。像の高さは約2メートル。左足を踏み出して木刀を水平に構え、ツバメを追うかのようにやや上を見ており、「つばめ返し」の修業の様子を表している。制作した織田町の彫刻家・水島正博氏。一乗滝は、小次郎が秘剣「つばめ返し」を編み出した場所ともいわれる(2001.7.13)
●5月23日、石川県武生市の味真野観光協会は、JR武生駅の一番ホームに謡曲「花筐」の銅像を設置した。これは、先に同市余川町の「越前の里・味真野苑」に建立したものの縮小版(2001.6.18)
●5月4日、北海道日高管内新冠町で、名馬ハイセイコーの一周忌に合わせて「ハイセイコーフェスティバルin新冠」が開催され、等身大の銅像除幕式などが行われた。ハイセイコーは1970年代前半の競馬界で活躍し、2000年5月4日に満30歳で死亡した(2001.5.15)
●5月3日、福井県武生市の越前の里味真野苑で「花がたみ」像の除幕式が行われた。謡曲「花筐」をモチーフにした銅像。皇子像(高さ2メートル)と花かご(花筐)を携えた照日前像(同1.8メートル)が建てられた(2001.5.24)
●4月27日、富山県富山市北代の呉羽山展望台で佐伯有頼少年像の除幕式が行われた。佐伯は16歳の若さで立山を開山したとされる(2001.5.24)
●4月27日、キューバの首都ハバナ市に慶長遣欧使節団を率いて渡欧した支倉常長の銅像が建てられ、現地で除幕式が行われた。像が設置されたのは、ハバナ旧市街(世界遺産)の運河を望む一角。併せて整備された約1000平方メートルの日本風庭園の中に、高さ170センチの陣羽織姿の常長像が、高さ2メートルの台座の上に立つ(2001.5.18)関連記事
●4月25日、東京都北区滝野川七丁目のJR板橋駅東口前にある新撰組隊士の墓所内に新撰組局長・近藤勇の石像が、完成し除幕式が行われた。石像は黒御影石製で、高さ約1メートル。袴に大小の二本差し姿。近藤は1868年4月25日、板橋宿の外れで斬首され、首は京都に送られ、胴体は近くの無縁仏をまつる塚に埋葬されたとされる。1876年に新撰組幹部の永倉新八らが、この場所に近藤ら隊士の墓碑を建立、毎年近藤の命日に新撰組隊士の墓前供養祭が行われている(2001.5.11)
●富山県高岡市の国宝・瑞龍寺の参道に加賀藩二代藩主・前田利長の銅像が設置された。台座を含む銅像は高さ約2メートルで、陣羽織姿の利長が前を見つめる座像(2001.5.11)
仙台育英学園がキューバに寄贈しようと制作した支倉常長像の除幕式が4月に現地で行われることが決まった。慶長遣欧使節団は、ローマに向かう途中の1614年、ハバナに立ち寄り、16日間滞在したとされる。常長像は、そのハバナ港に臨む公園に立てられ、像の台座部分には仙台城の石垣が使われるという(2001.3.7)

■2000年
●11月5日、静岡県熱海市で「釜(かま)鳴屋平七夫妻像」の除幕式が行われた。平七は江戸時代に熱海の漁民の生活を守るため一揆の先頭に立ち、島送りの途中の大島で死亡した郷土の義人(2000.11.7)

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