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●2月28日、長崎県島原市の島原鉄道南島原駅(旧島原湊駅)の駅舎改修工事がこのほど完了し完工式が行われた。同駅は1913(大正2)年、同鉄道の諫早〜島原間全線開通に合わせ開設。駅舎は洋風木造建造物の平屋。(2002.4.24) |
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●2月27日、長崎県教委は、五島奈留町の「江上教会」と対馬美津島町の「出居塚(でいづか)古墳」を新たに県指定文化財に指定した。江上教会は木造一部二階建てで日本がわらによる二層式の重層屋根構成。長崎県出身で九州北部の多くのカトリック教会堂の建設を手掛けた故・鉄川与助氏の設計施工で、完成は1917年4月。「出居塚古墳」は、県内唯一の前方後方墳。築造は4世紀後半〜末ごろとみられ、対馬では最大・最古。竪穴式石室も残っている。(2002.4.24) |
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●2月23日、長崎県西彼外海町の町立遠藤周作文学館の入場者が10万人を突破した。同文学館は作家の故・遠藤周作氏(1923〜1996)の遺品や生原稿、蔵書約8000冊などを収蔵し2001年5月に開館した。(2002.4.24) |
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●長崎県東彼波佐見町は、取り壊しを予定していた旧中央小学校講堂兼公会堂について、本年度中の解体を見送ることを決めた。旧公会堂は1937年に完成した木造洋館。解体しようとしていたが、住民らが保存、活用を求める波佐見講堂ファンクラブを設立していた。(2002.4.24) |
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●2月19日、長崎県壱岐芦辺、石田両町は2005年度から5カ年で「原の辻遺跡」の保存(復元)整備事業長期計画を明らかにした。計画によると、両町にまたがる約3万平方メートルに木造高床式の祭儀場や竪穴住居数棟、石棺など環濠墓域を復元。弥生時代の周辺の自然環境も再現し、一支(いき)国の風景をよみがえらせる。(2002.4.9) |
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●1月25日、長崎県長崎市南山手町の大浦天主堂(国宝)の大規模修理が終わり、黒ずんでいた外壁は19世紀の創建以来初めて全面的に補修され、白亜の姿がよみがえった。同天主堂は1864年、フランス人神父が居留地隣接地の現在地に教会として建立。翌年、ひそかに信仰を守っていた浦上の「潜伏キリシタン」が教会を訪れ、神父に信仰を告白。日本でのキリスト教復興のきっかけになった。れんが造りのゴシック様式になったのは1879年(2002.3.11) |
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●長崎県北松鷹島町の町立歴史民俗資料館の入館者数が本年度に入って急増している。大河ドラマ「北条時宗」に元寇が登場し、歴史ファンらの注目を集めていることが理由という。4〜7月までの4カ月間の入館者数は5135人で、昨年度1年間の総入館者数をすでに上回った(2001.10.3) |
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●7月6日、島原市教委は1909(明治42)年に同市湊道一丁目に建立された「天如塔」と周囲の石柱「玉垣」を、同市文化財に指定した。天如塔は八角形の木造の塔(高さ約11メートル)で、同市の理性院大師堂の開祖・廣田言証師が1906年から南方巡礼した際、現地で亡くなったからゆきさんたちを供養したことが縁で彼女らから浄財が寄せられ、インドから持ち帰った釈迦如来像を安置する塔を建てたとされる。また玉垣は、天如塔の周囲に286本あり、寄進者192人の名前、寄進額、居住地名が彫られている。日本国内のほか、ロシア、中国、韓国、ベトナム、マレーシア、インドなどの地名が見られる(2001.7.22) |
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●7月5日、長崎県佐世保市のハウステンボスは、現行の経営再建計画の一環として関連会社のテーマパーク「長崎オランダ村」を売却する方針を示していることが判明したオランダ村は、同社の前身に当たる「長崎オランダ村」社が1983年開業。ハウステンボスオープン後の1997年4月からは第三セクター「長崎オランダ村株式会社」が経営している。しかし、土地や建物、遊具などはハウステンボスが所有しており、施設維持のため年間約五億円を負担。オランダ村社はハウステンボスに年間1億円の施設賃借料を支払う契約だが、全額未納の状態。オランダ村社によると、入場者は1997年度の41万2000人から2000年度は21万9000人に半減。累積赤字も約5億3000万円に上る(2001.7.22) |
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●長崎県北松鷹島町の町歴史民俗資料館は、約20年前から続く海底発掘調査で引き揚げられた遺物などを紹介した図録「鷹島 蒙古襲来・そして神風の島」を発行した。図録はA4判、15ページで300円。初めに蒙古襲来当時の歴史的背景や元軍の経路、鷹島の惨状を説明。島内に残る元寇にちなんだ「遠矢の原」「首崎」「地獄谷」などの地名も紹介している。鷹島は元寇の激戦地。二度目の襲来となった1281年の「弘安の役」では、元軍約14万人、艦船約4400隻が、暴風雨いわゆる「神風」により壊滅したとされる。問合せは同資料館 電話:0955-48-2744(2001.7.22) |
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●6月20日、長崎県東彼波佐見町の町議会で、町側は同町井石郷の旧中央小学校講堂を解体する方針を改めて表明した。同講堂は1937年に建設された木造洋館。利用のめどが立たないまま老朽化し、本年度予算に解体費が計上されている。これに対して、住民有志による「波佐見講堂ファンクラブ」は保存・活用を求める要望書を、地元商店街と県陶磁器卸商業共同組合が解体延期の陳情書をそれぞれ議会に提出していた(2001.7.22) |
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●長崎市平野町の長崎原爆資料館の2000年度の入館者数は、83万5200人だった。これは前年度を6.3%下回る。原因としては、来館者のメインである修学旅行の団体客が、旅行先の分散化傾向のあおりで伸び悩んでいることがあげられる(2001.6.5) |
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●長崎県北松生月町で今年に入り、カクレキリシタンの信仰対象「御前様」(ご神体)の寄贈申し出が同町博物館・島の館に相次いでいる。同博物館によると、カクレキリシタンの組織の「組」は、同町内に計21あり、信徒は推定約1000人(今年1月現在)。しかし、信徒は、減少の一途。引き継ぎが困難になり、その世話をやむなく同博物館にゆだねているという(2001.6.3) |
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●4月9日、長崎県西彼伊王島町が整備を進めていた「町ふるさと資料室」が同町開発総合センター2階にオープンした。1941年から約30年間栄えた伊王島炭鉱の歴史をまとめ、現存する炭鉱に関する資料や島の生活道具の散逸防止と継承を目的に、同センター図書室を改修した(2001.4.24) |
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●長崎県県立対馬歴史民俗資料館に江戸時代の対馬厳原町中心部(対馬府中)を描いた府中絵図屏風の複製が展示された。絵図は同町後山中腹(通称・観光道路)付近から厳原港を望んだ風景を精密に描写。対馬藩主宗家の居城だった桟原城や居館の金石城、朝鮮通信史の客館となった国分寺などの建築物、厳原港に出入りする船などが描かれている。原画は現在、文化庁が所有し、東京国立博物館に収蔵されている(2001.4.15) |
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●3月21日、長崎県と長崎市が共同で計画している「歴史文化博物館」(仮称)について、基本構想専門家会議は、近世長崎の「海外交流史」を中心テーマに据えることなどを提案する報告書案をまとめた。報告書案によると、同館は本館の延べ床面積を約6000平方メートルに想定し、長崎奉行所の復元整備部分(約1400平方メートル)を併設。現在、県と長崎市が別個に所蔵する合わせて約1万点の収蔵資料を集める(2001.4.3) |
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●3月19日、長崎県諫早市は同市出身の浪曼派詩人、伊東静雄(1906〜53年)の直筆原稿など約160点が、遺族側から市立図書館に寄贈されると発表した。寄贈品は、詩集「春のいぞぎ」収録の「那智」など直筆原稿3点や萩原朔太郎が伊東を絶賛し浪曼派の雑誌に寄せた生原稿ほか(2001.4.1) |
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●3月6日、長崎県島原市城西にある私設史料館「さかきばら郷土史料館」は6日、同館2階の一角に、島原の子守歌の作詞などで知られる盲目の作家、故宮崎康平氏の遺品15点を集めた展示コーナーを開設した。氏の写真や邪馬台国ブームを生み出した第1回吉川英治賞受賞作「まぼろしの邪馬台国」などの著書など書籍類をはじめ、目が不自由な宮崎さんのために妻和子さんが作製した凹凸を付けた九州北部の特製地図、収集した土器、などを展示(2001.3.19) |
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●長崎県西彼大瀬戸町雪浦河通郷の栗原榮一朗さんは4月中旬、レコード約6万3000枚や昭和初期の蓄音機などを公開する私設の「音浴博物館」を同郷に開設する。なかでも、1960年まで生産されていた、78〜82回転のスタンダード・プレイ(SP)盤のコレクションは1万3000枚に及ぶ。「前畑ガンバレ」の連呼で有名な1936年ベルリン五輪・女子200メートル平泳ぎ決勝のラジオ実況や、乃木希典、東条英機の演説など珍しい盤も多い(2001.3.8) |
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●2月26日、長崎県教育委員会は武士団・松浦党に関する古文書「青方文書」を有形文化財に、北松吉井町にある山城「直谷城跡」を新たに史跡に指定した。「青方文書」は、松浦党の一員だった青方家に代々伝わった古文書群(手紙など483通)。また、「直谷城跡」は吉井町の内裏山山頂にある松浦党の一員だった志佐氏の居城(2001.2.28) |
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●長崎県長崎市は新年度から、同市南山手町のグラバー園の階段をスロープにするなどバリアフリー化を進める。リニューアル後は大部分に車いすで行け、高齢者らも無理なく散策できるようになる(2001.2.23) |
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●2月14日、長崎県長崎市は長崎市出島町の「出島和蘭商館跡」の復元整備事業の一環として、オランダ商館長の居宅「カピタン部屋」の復元などに向けた発掘調査を実施することに。同商館跡の西側と北側にあった11棟の整備を完全復元への第1段階と位置付けており、これまでに「ヘトル部屋」など5棟を復元。2002年度以後、「カピタン部屋」など残る6棟の復元に着手するため、発掘調査を行う(2001.2.18) |
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●長崎県長崎市南山手町の大浦天主堂(国宝)の修理に取り掛かる。19世紀の創建以来初めて外壁を全面的に補修。同天主堂はれんが造りで、日本最古の洋風教会建築。キリシタン禁教時代の1864(元治元)年、フランスの修道会の神父が外国人居留地内に完成させた(2001.2.14) |