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●7月19日、岩手県平泉町の平泉町役場で「柳之御所遺跡」の史跡整備について助言する柳之御所遺跡調査整備指導委員会の初会合が行われた。県教委は世界遺産暫定リスト登載を追い風に2004年度から一部整備に着手したい考えだが、委員からは個々の復元を急ぐよりも全体計画の充実を求める意見も出た(2001.8.6) |
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●6月19日、岩手県の増田知事と山内隆文県議会議長は遠山敦子文部科学相と武部勤農相、川口順子環境相の三閣僚と会い、「平泉の文化遺産」の世界遺産への早期推薦、登録などを陳情した。遠山文部科学相は「由緒ある素晴らしい所だ」と評価し、世界遺産への登録に前向きな姿勢を示した(2001.7.6) |
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●岩手県平泉町の「柳之御所遺跡」から昨年出土した折敷(おしき=盆)の杉材が、奈良文化財研究所の年輪年代法による測定で1186年の伐採とわかった。この杉材は、遺跡内の井戸跡の埋め土から大量に見つかった部材の1つ。奥州藤原氏が源頼朝に攻め滅ぼされた1189年の3年前に当たり、柳之御所遺跡が平泉滅亡直前まで使われていたことを裏付ける重要な手がかりとなる。また井戸の上の層からは廃棄された多量の炭や焼けた壁土が見つかっており、4代泰衡が平泉館(秀衡の政庁、柳之御所遺跡が有力)に火を放った、との『吾妻鏡』の記述も想起される(2001.7.6) |
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●岩手県平泉町議会は、県内58市町村と議会を訪ね、「平泉の文化遺産」の早期実現のための支援を要請する(2001.5.8) |
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●岩手県のJR平泉駅構内に2台の御所車が登場した。これは5月3日に行われる春の藤原まつり源義経公東下り行列で用いられるもので、同祭りのPR用。呼び物の東下り行列は、騎馬武者や侍女、山伏ら総勢91人が華やかな平安絵巻を繰り広げ、この御所車は行列で藤原秀衡役と義経の妻・北の方役が乗るもの(2001.4.25) |
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●岩手県平泉町の「柳之御所遺跡」で昨年見つかった大量のかわらけは12世紀初めのものと判明。見つかったかわらけは、ろくろ成形で身が深い碗型。平泉に京都系の手づくねかわらけが導入される以前の古い器形とされている。同遺跡はこれまで、三代藤原秀衡(1122〜1187)が使った施設と考えられてきたが、初代清衡(1056?〜1128)の時代からすでに使われていた可能性が強まった(2001.3.7) |
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●岩手県平泉町で5月三日に行われる春の藤原まつり「源義経公東下り行列」の源義経公役が若手俳優の山崎裕太氏に決まった。昭和30年に始まった東下り行列は今年で41回目。義経公役は山崎さんが41代目となる。東下り行列は、源氏の武将として平家追討で戦果を上げながらも兄頼朝に追われる身となり、平泉に逃れてきた義経主従を藤原秀衡が出迎えたという様子を再現したもの(2001.3.5) |
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●2月18日、岩手県平泉町平泉の毛越寺レストハウスで世界遺産講演会がで開かれた。参加者らは1998年に登録した奈良の取組みについて公演で、奈良の世界遺産入りに難色を示した寺院があったことに触れ「境内に法的な束縛が加わると好ましくないと思ったようだが」とエピソードなどが披露された。また「観光面に好影響があるが、(それを望む)のは世界遺産に対する冒涜」と警鐘を鳴らした(2001.2.22) |
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●2月13日、平泉町世界文化遺産登録推進協議会役員会が町役場で開かれ、十二年度事業と、十三年度の活動計画を決めた。さまざまな機会を利用してユネスコ世界遺産への早期登録をアピールしていく(2001.2.16) |
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●岩手県は平泉町の柳之御所遺跡の指定区域内に残る民有地の公有化事業に着手する。同遺跡の指定区域は約88,000平方メートルで、このうち約30,000平方メートルは民有地(2001.2.16) |
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●1月24日、平泉町世界文化遺産登録推進協議会が結成され「平泉の文化遺産」の世界遺産への正式登録早期実現を目指す(2001.1.26) |
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●岩手県平泉町は世界遺産登録候補となる暫定リストに「平泉の文化遺産」の追加登録が決まったことを受けて、1月24日に「世界文化遺産登録推進協議会」を設立する(2001.1.24) |