出雲大社

島根県簸川郡大社町の出雲大社境内で発見された宇豆柱(うずばしら=棟持ち柱)によって、伝承の高層本殿があったことが確実視されてきました。


■2001年
●7月27日、出雲大社境内遺跡で、昨秋に出土した「心の御柱(しんのみはしら)」の近くに、新たな柱が埋没している可能性のあることが判明した。高層神殿の設計図とされる「金輪造営図」に基づくと、すでに出土した心の御柱、宇豆柱、側柱の3本の位置関係とは合致せず、別の神殿遺構と考えられる。高層神殿は何度か建て替えられたとされている(2001.8.22)
●7月18日、出雲大社境内遺跡で本年度の発掘調査が始まった。今回の調査の中心は、昨年10月に出土した九本柱の中央に位置し、信仰的な要素が最も高いとされる「心の御柱(しんのみはしら)」。下部構造や周辺を調べ、柱の性格や本殿の建築方法などの解明を目指し、9月ごろにはクレーンで持ち上げて、底部も調べる予定(2001.8.6)


■2000年
●12月10日、出雲大社境内遺跡から出土した巨大柱根が支えた本殿の発掘調査指導委員会が同大社社務所で開かれた。柱穴の底面から40〜80センチ浮いた状態で、手斧(ちょうな)の先端部、柱状高台付坏(つき)各2点と、杭(の列が出土。手斧などは儀礼目的の可能性が大きい(2000.12.14)
●12月8日、出雲大社境内遺跡で出土したスギの巨大柱根は鎌倉時代の1230年前後に伐採されたことが判明。本殿は、当初見込みの平安時代末ごろより幾分後の鎌倉前期のものとみられ、最後の高層本殿とされる1248(宝治2)年造営の本殿の可能性が高まった。出雲大社国造家などの文書では、11世紀前半から約200年の間に本殿が何度も倒壊建て直している。1248年の造営は中世での最後の正殿遷宮で、絵図では朱塗りの高床神殿が描かれている(2000.12.13)
●11月14日、出雲大社の宇豆柱の位置に三本束の柱をモチーフにした石柱モニュメント3基が納められた(2000.11.16)
●11月13日、出雲大社境内遺跡について「心御柱(しんのみはしら)」の遺構部分を引き続き公開することになった(2000.11.16)
●10月31日、出雲大社境内遺跡から出土した宇豆柱跡で多数の葉が見つかる(2000.11.8)
●10月26日、出雲大社境内遺跡で宇豆柱の1本を抜き取った跡近くから柱を立てた際に使ったとみられる手斧の金属部分が出土(2000.10.31)
●10月25日、出雲大社境内で出土した宇豆柱の取り上げ作業開始。この柱は長径1.35メートル、高さ約1.3メートル、推定重量1.5トン。(2000.10.27)
●10月7日、出雲大社境内遺跡で本殿のものとみられる柱2本が出土。これで9本の柱のうち計3本が発見され、現本殿(24メートル)の2倍、高さ16丈(約48メートル)と伝えられる高層本殿が実在した可能性が高まる(2000.10.10)

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