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●2月25日、奈良県明日香村の「キトラ古墳」の石室の天井にある現存最古の本格的な天文図の日輪(太陽)の中に、カラスとみられる壁画が描かれていたことが判明した。日輪の中に描かれたカラスは、古代中国、朝鮮半島の古墳などに例があるが、国内の古墳で見つかったのは初めて。また、石室北壁の玄武の下方中央で確認されていた襟とみられる朱線の上の部分で、ネズミの目や鼻、耳らしい輪郭も新たに見つかった。(2002.4.24) |
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●1月21日、奈良県明日香村の「キトラ古墳」調査研究委員会会合が開かれ、痛みの激しい古墳の保存について話し合われた。同古墳の石槨内は天井を含む各壁面に漆喰が塗られ、その上に壁画や天文図が描かれている。その漆喰や石材のすき間に入り込んだ木の根が確認されているほか、天井の漆喰もボロボロの状態で、石材が割れている部分もある(2002.3.11) |
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●1月21日、「キトラ古墳」の石室の東壁に、頭部が寅(とら)で、首から下を人物で表現した獣頭人身の「十二支像」の一つとみられる壁画が描かれていたことが判明した。像は左斜め向きの立像で、寅の両目やしま模様を表現したとみられる頭部、V字形の朱色の襟に緑色の衣服が描かれていた。十二支像は石室の東西南北の四神の下方にそれぞれ3体ずつ描かれていた可能性が高い。石室内に守り神である十二支像を描くのは中国の強い思想的な影響とみられる(2002.3.11) |
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●キトラ古墳で人身獣頭の十二支壁画が見つかったことで、聖武天皇皇太子の墓とされる那富山墓(奈良市)の「隼人(はやと)石」が注目されている。隼人石は那富山墓の四隅に置かれており、高さ0.57〜1.2メートル。人身獣頭の干支が線刻されており、このうち2つに方角を示す文字が刻まれている。もとは12個あったとみられ、他の8個は残っていない(2002.3.11) |
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●キトラ古墳で確認された東アジア最古級の十二支壁画。朝鮮半島の古墳で十二支像が本格的に登場するのは8世紀代で、今回の発見はそれよりも早い時期の日本で、十二支の思想を反映した古墳が造られていたことが明らかになった。従来十二支の思想は中国から統一新羅に伝わったと考えられ、武装した人身獣頭の十二支を石に刻んで埋納したり、墳丘すそに立て並べるなどした。ただ、統一新羅が全盛期を迎えるのは8世紀代で、これまでの見方ではキトラ古墳の方が古くなってしまう。専門家は「キトラ古墳の年代を少なくとも8世紀前半まで新しくする必要があるかもしれない」と指摘している(2002.3.11) |