映画・テレビ・大河ドラマ

■2003年
2/21、中国郵政局は、表の下側約3分の1に巌流島の写真や地図、「おいでませ山口へ」とのPR文などを印刷した葉書を発売した。1枚45円。10万枚作成して、山口県内郵便局で販売する。 中国新聞
2003/2/22
1/9、NHKは「坂の上の雲」を2006年に「大河ドラマスペ シャル版」として放映することを発表した。「大河 ドラマ」とは別の放送枠で、1回75分、20回程度を 予定。脚本には野沢尚氏があたる。(2003.2.25) 毎日新聞
2003/1/9
■2002年
12/11、山口県下関市の巌流島に佐々木小次郎の像が建った。同像は、高さ約2メートルのFRP製で濃い緑色。長剣を構えている。(2003.2.19) 中国新聞
2002/12/12
12/14、下関商工会議所と北九州商工会議所が共同で募集していた「武蔵・小次郎」のシンボルマークの採用作品が決まった。(2002.12.21) 読売新聞九州版
2002/12/14
12/12、奈良市観光協会と柳生観光協会は、同市柳生町など市内にある宮本武蔵ゆかりの地の観光PRのために、のぼりや横断幕などを用意。パンフレットの「奈良・武蔵通信」(A4)は、NHK奈良放送局と共同で製作。表がドラマに関する情報、裏が観光情報で毎号3000〜6000部を、旅館や市観光協会の窓口に置き、三号を製作中。(2002.12.20) 奈良新聞
2002/12/12
12/11、岡山、兵庫の両県は、武蔵の生誕地の論争を共同でパンフレット『武蔵のふる里をたずねて』にまとめた。パンフは変形A4判、折り畳み8ページ。。岡山側は郷土史料や古文書などを基に「美作こそが武蔵の出生地。生家跡などゆかりの地も多い」とし、作家の吉川英治氏も美作説支持と強調。兵庫県側も武蔵自身が書いたとされる『五輪書』の序文で「生国播磨の武士」とあり、「本人が播磨生まれと言い切っている」と反論している。(2002.12.20) 中国新聞
2002/12/11
12/10、NHK奈良放送局で、大河ドラマ「武蔵」のチーフプロデューサー古川法一郎氏の講演会が開かれた。原作でクライマックスに設定されている巌流島の戦いを9月ごろに放送し、残り2カ月半は「お通と武蔵の行く末」など、原作にはない物語を展開する予定であることを明らかにした。(2002.12.20) 奈良新聞
2002/12/11
12/4、おかやま観光キャンペーン推進協議会は大河ドラマにあわせ、ドラマのロケ地や宮本武蔵の生誕地とされる大原町などをめぐる「おかやま旬の武蔵バス」を運行する。運行日は12月22日、1月12日、19日、26日、2月2日、8日、3月2日、16日の計8回。(2002.12.22) 朝日新聞
2002/12/4
11/29、山口県下関市の下関大丸は、純金製の宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘場面の置き物を発売した。背景を含むセットは、約5百グラムの金を使い400万円。高さ約10センチの武蔵像、小次郎像だけでもそれぞれ88万8000円で販売。セーター、ネクタイに続く同店の企画の第三弾となる(2002.12.5) 中国新聞
2002/11/29
11/27、福岡県北九州市で2003年1月26日に行われる予定の市長選の啓発キャラクターに「武蔵と小次郎」が採用された。(2002.12.5) 読売新聞
九州版
2002/11/27
11/18、兵庫県高砂市の福助堂は、和菓子「武蔵伊織の郷(さと)」を考案し発売した。小倉あんを、皮で包んだ“もなか”で、刀の鍔の形に似た一品。(2002.12.22) 神戸新聞
2002/11/19
11/14、兵庫県高砂市や宮本武蔵・伊織顕彰会などでつくる「武蔵・伊織地域活性化実行委員会」は、2003年2月〜11月まで同市内で開く「武蔵・伊織と高砂展」の概要を発表した。晩年の武蔵が熊本藩主細川忠利に献上した「二天野鳥図」や、伊織が高砂市の米田天神社に寄進した「三十六歌仙額」、加古川・泊神社の棟札、五輪書の複製などを展示。会場は、生石研修センター。期間中に、約10万人の入場者を見込む。(2002.12.22) 神戸新聞
2002/11/14
●福井県武生市の観光協会は、同市が前田利家ゆかりの地であることをアピールして観光客誘致につなげようと計画、このほど「利家物語連絡会」を設置した。今後、ゆかりの地を巡るモデルコースを設定、看板やパンフレットを作成し、秋の菊人形も同ドラマを取り上げるなどする。武生は前田利家が信長から府中城主に任命され、初めて大名になった地。同時に佐々成政が小丸城主、不破光治が龍門寺城主に指名され、「府中三人衆」として勇名をはせた。(2002.4.11)
●2月19日、NHKは2003年1月にスタートする大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の主人公・宮本武蔵役に、人気歌舞伎俳優の市川新之助氏を起用すると発表した。42作目の大河ドラマとなる同作品は、吉川英治の歴史小説「宮本武蔵」が原作。鎌田敏夫氏が脚本を担当する。(2002.4.9)
●2月21日、石川県の選挙管理委員会と県明るい推進協議会は、知事選と県議補選に向けた啓発ポスターに利家を採用した。絵柄は、同県七尾市の長齢寺が所蔵する青年期の「前田利家画像」の利家が「投票所で まつ」と呼び掛ける構図。(2002.4.6)
●石川県の県立歴史博物館では、大河ドラマ「利家とまつ」の放映に合わせて作った「前田利家出世双六」が、遊びながら歴史の節目を学べるゲームとして、人気を集めている。利家の一生が肖像画やびょうぶなどの歴史資料と組み合わされ、加賀百万石を築いた生涯を見渡せる趣向。動かすこまも、前田家、織田家、豊臣家の家紋入り。(2002.4.6)
●今年の端午の節句商戦で、前田利家をモデルにした5月人形が登場した。これまで五月人形は、かぶとの前立てが「くわ形」のものが定番で、武将では織田信長や徳川家康、伊達政宗らが定番だった。今年は、メーカーが利家人気に着目。利家のかぶとの特徴である「ナマズの尾」をかたどった商品をつくった。(2002.4.2)

■2001年
8月23日、茨城県水海道市内で大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」がクランクインした。この日は、物語の冒頭、14歳の犬千代(利家の幼名)が、柴田勝家(松平健)にいさめられる場面など4シーンが川岸に設けた船着き場などで収録された(2001.9.28)
●福井県武生市の「たけふ菊人形」宣伝ポスターができた。ことしの菊人形館のテーマは大河ドラマ「北条時宗」で、ポスターは薄紫の野菊を背景に、主人公役を務める和泉元彌さんの武者姿の写真をデザインしている。ことしの菊人形は10月3日から11月11日まで武生市中央公園一帯で開催される(2001.9.13)
●8月7日、石川県金沢市に「利家とまつ−加賀百万石物語」の主役、前田利家役の唐沢寿明氏と妻まつ役の松嶋菜々子氏が訪れた。野田山の前田家墓地や、利家がまつられる尾山神社などゆかりの地を巡った(2001.9.12)
●6月30日、東京都本郷の東京大赤門前で、江戸時代に雪氷を金沢から江戸の加賀藩邸まで運び、将軍家に献上した模様を再現した。これは、金沢市の名物・氷室を首都圏に紹介するとともに、来年放送のNHK大河ドラマ「利家とまつ」を広くPRしようとしたもの(2001.7.13)
●5月31日、石川県金沢市内で大河ドラマ県推進協議会は、金沢市内であった。NHKの大河ドラマ「利家とまつ」の放送に合わせ、金沢城址(し)公園・二の丸広場で同年3月23日〜翌年1月5日まで開催する「加賀百万石博」の開催計画案が示された。計画では会場を五つのゾーンに分け、大河ドラマのロケ風景などを紹介する「大河ドラマ館」、大型スクリーンで大河ドラマの関連映像や石川を舞台にした既存映画を上映する「百万石シアター館」。それに石川の伝統文化を紹介する「石川まるごと館」、物販や飲食を扱う「楽市・楽座」、「屋外ステージ」などを設ける(2001.6.29)
●石川県高松町の社会福祉センターで文化講演会「桜井三郎左衛門を探る」が開催された。桜井三郎左衛門は、1584(天正12)年、末森の合戦の際、利家の軍勢を海岸沿いに案内し、利家に勝利をもたらした。利家はお礼に桜井の願いを聞き入れ、村民の租税を末代まで免除したと伝えられている。町では「三郎左衛門を『利家とまつ』に取り入れてもらいたいもの」としている(2001.6.18)
●5月19日、富山県高岡市関本町の国宝瑞龍寺の大茶堂で高岡ロータリークラブの創立五十周年記念の「第十回利長公シンポジウム」が開かれた。大河ドラマ「利家とまつ−加賀百万石物語」のチーフディレクター、佐藤峰世氏の記念講演会などがあり、「ドラマの狙い」を「利家とまつを通して理想の夫婦像を追求したい。日本人が元気が出るドラマにしたい」と語った(2001.6.3)
●4月25日、6月6日から北海道札幌市で開催される「YOSAKOIソーラン祭り」のソーランナイトに、押水町の「おしみず漁火乱舞隊」チームのゲスト出演が決まった。同チームは大河ドラマにちなんだ「2001 利家とまつ」の演舞を披露する。「2001 利家とまつ」の演舞は、四分半の四部構成で、曲に加賀宝生を取り入れて加賀の歴史と優雅さをイメージし、末森城の戦い、勝利の喜び、平和の中でソーラン節を踊る内容(2001.5.9)
●4月10日、石川県七尾市で5月3〜5日に行われる「青柏祭曳山行事」の呼び物「でか山」に飾る歌舞伎人形の出し物は、大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語」に合わせものとなることが決まった。まずは織田信長が木下藤吉郎に清洲城築城を命じる「清洲城普請の場」(人形は犬千代、藤吉郎、信長)。2台目は、秀吉の死後、三武将が国の将来を協議する「大阪城評定の場」(人形は利家、石田三成、浅野長政)。そして最後は、利家がまつを連れて入城する「小丸山城入城」(人形は利家、まつ、長連龍)。ちなみに、現存する1868(明治元)年以降の記録では、でか山が同じ人物で統一されるのは初めて(2001.4.27)
●4月3日、来年放映のNHK大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」のテーマ音楽演奏に、オーケストラ・アンサンブル金沢が加わることが決まった。NHK交響楽団との共演であり、大河ドラマで、ドラマの舞台となる地元オーケストラが音楽演奏に参加するのは初めて(20014.16)
●3月14日、金沢市の百万石まつり「百万石行列」のお松の方役に今年は女優の斉藤慶子さんの起用が決まった。前田利家の正室お松の方役はこれまで一般から起用されていたが、今年は第50回の節目を記念して女優から選ばれた百万石まつりは6月7日〜12日、14日の7日間にわたって開催され、百万石行列は9日に行われる(2001.3.21)関連記事
●石川県金沢市の主婦2人がホームページ「金沢発『利家とまつ』〜加賀百万石物語〜」を開設。信長に仕える利家・まつ夫婦、秀吉・おね夫婦らが住んだ清洲城下を社宅に例え、「信長コーポの人びと」と題して、出演者の似顔絵付きで登場人物が紹介されている。アドレスは
http://www.spacelan.ne.jp/~ tikitiki/index.htm(2001.2.27)
●2月18日、金沢、小松、七尾市の三会場で大河ドラマ県推進協議会による「ほっと石川観光ふるさと塾」が開催。観光ボランティアガイドを目指す300人余りが加賀藩祖前田利家の人柄や前田家ゆかりの地などについて学び、「利家とまつ」の放映に向けて知識を深めた。金沢市史専門員の屋敷道明氏は「利家とまつ―加賀藩草創期の藩主たち―」と題して講演を行い、利家が高級魚ほど高い税金をかけたことや、開墾をしない土地を出した場合には年貢負担を重くするなどしたエピソードを紹介(2001.2.22)
●2月6日、徳島県南淡町阿万吹上町の吹上浜でNHKドラマ「お登勢」のロケが行われた。「お登勢」は、江戸時代末期の淡路の貧しい農家の娘として生まれたお登勢が、勤王の稲田家臣・津田貢に心ひかれる。そして、お登勢は庚午事変など大きな時代の波にもまれながら、淡路から北海道へ移住、生涯貢への愛ひとすじに生きる。主演は沢口靖子。4月6日から毎週金曜午後9時15分から、連続12回放映される(2001.2.11)
●2月13日、富山県高岡市でNHK大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語」のロケ隊が雨晴海岸や国宝・瑞龍寺などを訪れた。番組中に挿入される北陸の冬景色の収録や視察が目的(2001.2.16)
●平成14年のNHK大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語」の制作スタッフがは来週、富山県高岡市の雨晴海岸から雪を頂く立山連峰を望む景観を撮影するため訪れる。高岡は、二代藩主の前田利長が開いた町。利長が築いた高岡城跡の高岡古城公園や利長の菩提寺の瑞龍寺(国宝)、利長が与えたとされる御車山などがある。放映決定後、市長がNHKに出向いて「市をドラマで取り上げてほしい」と働きかけた(2001.2.8)
1月23日、石川県金沢市の百万石まつり「百万石行列」の主役となる前田利家公役に、俳優の松平健さんが起用されることが決まった。今年の金沢百万石まつりは、6月7日〜12日、14日の7日間にわたって開催され、百万石行列は9日に行われる(2001.1.25)関連記事
●1月18日、来年のNHK大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」に、唐沢寿明と松嶋菜々子の出演が決まった。大河ドラマは平成8年の「秀吉」(30.5%)をピークに昨年の「葵徳川三代」(18.5%)に至るまで4年連続で年間平均視聴率が低下している。そのため今回の豪華キャスティングで挽回をはかる(2001.1.19)

■2000年
来年の金沢百万石まつりで、百万石行列のお松の方に女優が起用されることが百万石まつり実行委員会で決まった。大河ドラマ「利家とまつ〜加賀百万石物語〜」が放映されることを受けたもの(2000.11.10)
●10月25日、富山県七尾市の寺寺院群で11月3日に16ある寺院が宗派を超えて前田家と畠山家の歴代藩主らの霊を供養する合同法要が決定。前田利家ゆかりの名刹として知られ、大河ドラマを契機に初めて実現(2000.10.27)
●10月18日、金沢市「前田土佐守家資料館(仮称)」の起工式。大河ドラマ「利家とまつ」に合わせて完成を目指す。同資料館では前田家創設時からの資料約9000点を保存・展示。織田信長が本能寺の変の前に利家にあてた書状などの古文書約6500点、利政が使っていた銀兎(ぎんうさぎ)耳形兜(かぶと)や利家・利常所用の頬当(ほおあて)などの武具約50点など。前田土佐守家は、加賀藩年寄役八家のひとつで、家祖の利政は初代藩主前田利家の次男。藩政時代の歴代当主10人のうち4人が土佐守を務めていたことから、前田土佐守家と呼ばれた(2000.10.23)

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