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●4月19日、佐賀県神埼郡の「吉野ケ里遺跡」で1999年、弥生時代後期の大型の高床式倉庫など約80棟の建物遺構や広場とみられる空き地が見つかった一角で、古代の市場を管理する施設「市楼」の可能性がある大型建物跡が出土していた。県教委によると、遺構が見つかったのは遺跡西側にある環濠の内側部分。縦約5.5メートル、横約7メートルの範囲に、計21の柱穴が4列に並んだ形で確認された(2001.4.26) |
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●3月20日、歌手の橋幸夫氏が、佐賀県をPRする吉野ケ里大使になった。吉野ケ里大使は、県が佐賀ゆかりの著名人に委嘱しており、橋さんが101人目(2001.4.2) |
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●4月21日に開園する吉野ケ里歴史公園の開園事業を検討する実行委員会はイベントの概要を固めた。5月6日までの16日間にわたり、青銅器づくりなどの体験イベントを実施し、シンボル施設「祭殿」を初公開する(2001.3.20) |
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●3月4日、佐賀県佐賀市の市文化会館で吉野ケ里遺跡の報道を検証するシンポジウム「遺跡と報道」が開催された。日本最大規模の環濠集落出現などの報道にかかわった新聞記者らが遺跡の価値や報道のあり方、今後の活用方法などについて語り合った。遺跡報道のあり方については「発掘担当者と記者の間に一定の緊張感や相互批判も必要」「『最大』や『最古』を求める報道を受けて、考古学界でも『最古』を追い求める傾向がある。互いに反省しなければ」と指摘が相次いだ(2001.3.8) |
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●2月6日、佐賀県神埼郡の「吉野ケ里遺跡」で、弥生時代中期初頭(紀元前2世紀後半)のかめ棺から、細形銅剣一本が見つかった。この時代、銅剣は首長クラスの副葬品とされることから、出土した場所は遺跡北端の墳丘墓(紀元前1世紀前半〜同1世紀中ごろ)を約半世紀さかのぼる、吉野ケ里で最も古い有力者の墓とみている。吉野ケ里ではこれまで10本の銅剣が出土。このうち有柄銅剣(重文)などが出土した北側墳丘墓が最古の首長墓とみられていたが、さらに40〜50年さかのぼることになる(2001.2.11) |