| 栄西 | 平安時代の僧侶。1168(仁安3)年と1187(文治3)年に中国へ渡り、臨済宗の印可を受ける。1201年に京都に入り、翌年に建仁寺を建立、禅宗を広めた。帰国に当たり、茶種を持ち帰って『喫茶養生記』を著し、「日本の茶祖」ともされる |
| えいさい |
| 英勝寺 | 神奈川県鎌倉市の尼寺。1636(寛永13)年に徳川家康の側室で徳川頼房の養母である英勝院が建立。以後は水戸徳川家の姫君が代々住職を務めた |
| えいしょうじ |
| 江藤新平 | 1834〜1874年。佐賀の出身。征韓論に敗れた後、下野。明治7年2月に佐賀の乱を起こしたが、政府軍に鎮圧された。鹿児島、宇和島を経て土佐を東方へと逃げのびたが、同年3月、甲浦で捕らえられ佐賀へ護送後、処刑された |
| えとうしんぺい |
| 江戸六地蔵 | 江戸六地蔵とは1712(正徳2年)、深川の僧侶・地蔵坊正元が10年がかりで江戸中からの浄財よって、旅人と江戸市民の安全を祈願して各街道口に建立されたもの。正元は深川に住み、24歳のとき大病にかかり、地蔵菩薩に祈願したところ、病気が全快したので、江戸の入口に金箔をはった丈六銅造の地蔵菩薩6体を建立することを決意し、諸国に募金、ついにこれを完成させた。ちなみに、1番は品川寺(品川)、2番は東禅寺(山谷)、3番目は太宗寺(新宿)、4番目は真性寺(巣鴨)、6番目は永代寺(深川。ただし明治時代に廃寺)のためのちに浄明院(上野)に建立された。 |
| えどろくじぞう |
| 遠藤新 | 1889〜1951年。建築家。福島県新地町出身で、大正時代を中心に活躍したアメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトとともに、旧帝国ホテルなどの設計にも携わり「日本のライト」と称された |
| えんどうあらた |