| 末近四郎三郎信賀 | 三原城主小早川隆景の家臣。1852(天正10)年、隆景の命を受けて高松城に出向き、豊臣秀吉と戦って水攻めに遭い、城主清水宗治とともに切腹した |
| すえちかしろさぶろうのぶよし |
| 杉原千畝 | 1900〜1986年。外交官。リトアニア領事館副領事だった1940年、日本への通過ビザ2139通(命のビザ)を発行し、約6000人のユダヤ人を助けた |
| すぎはらちうね |
| 鈴木空如 | 日本画家。鈴木空如(1873〜1946)は秋田県太田町の旧家で生まれた19歳で上京し、画工に師事。日清戦争に従軍後、東京美術学校に入学。在学中から古仏画の模写に精進、1907〜1932年までの26年間、清貧を貫きながら法隆寺金堂の壁画模写に心血を注いだ |
| すずきくうにょ |
| 巣伏の戦い | 789(延暦8)年、北上川河畔の巣伏村(現水沢市佐倉河四丑地区)で征東将軍紀古佐美(きのこさみ)の朝廷軍を、アテルイ率いる蝦夷軍が巧みな戦術で撃破して勝利した合戦。『続日本紀』によると、この戦いで朝廷軍は戦死、水死、戦力喪失合わせ2600人余りの大打撃を受けた |
| すぶせのたたかい |
| 角倉了以 | 1554〜1614年。京の豪商。高瀬川や天竜川などの河川工事のほか、朱印船貿易でも活躍した |
| すみのくらりょうい |