| 11/19、京都府城陽市久世の井筒紀久枝氏が、旧満州での開拓生活や引き揚げ体験を綴った自費出版本『大陸の花嫁』を、同氏の長女らが朗読CDにした |
京都新聞 2002/11/24 |
| 10/22、大分県の「西南戦争を記録する会」は、「西南戦争之記録」第1号(A4判・138ページ)を発刊した。「宗太郎越えの出来事」「観音山(黒岩山)踏査記」「西南戦争の台場跡の分類」といった現地踏査の記録。「直川村の銃と銃剣」「祖父の語った陸地の村と西南戦争」「宇目町の西南戦争―駒木根隊長とツンナール銃―渡辺用馬『懐古追録』より」などの報告・研究を収録。(2002.12.14) |
大分合同新聞 2002/10/22 |
| ●埼玉県桶川市の元従軍看護婦・木村美喜氏は、戦争体験を綴った『わたしの青春―追想のフィリピン』を刊行した。文芸社刊。本体価格1000円。1944年7月末、氏は16歳でに救護看護婦として応召した。配属は、フィリピン南方第十二陸軍病院。広島連隊に入隊して陸軍軍属になり、病院船で南方ルソン島マニラに向かった。1945年1月には、勤務していた病院が直撃弾を受けて全焼。次の勤務地も戦局が厳しくなって脱出。空爆を避けて戦傷病者とともにルソン島中部山岳地帯に逃げ、ジャングルの逃避行が始まった。(2002.7.1) |
| ●札幌の市民グループ「札幌郷土を掘る会」は、冊子『子ども達に語りつぎたい戦争体験 上』を完成させた。B5判114ページ。同冊子は、戦争を経験した48人の証言を紹介。軍隊でのいじめ、戦場の恐怖、飢えの苦しみなどの戦争体験をまとめている。市内の中学・高校の歴史担当教師に配布した。なお『同 下』8月に刊行する予定。(2002.4.9) |
| ●沖縄県読谷村教委は、3月末に発刊予定の『村史戦争編(上巻)』を検索機能付きのCD-ROM化する。将来的には、村史を村のサイトで公開することも検討している。同戦争編は1988年から90分テープ700本以上ある聞き取り調査などの取り組みを始め、3年前から編集作業を行ってきた。上巻はB5判の約950ページ。(2002.3.27) |
| ●青森県十和田市の文筆業川口泰英さんは、雪中行軍遭難の真相を探った『雪の八甲田で何が起(おこ)ったのか』(北方新社 B5判296ページ。本体価格2000円)を刊行した。同書は、半分以上を割いて当時の史料をほぼ原文通りに収録。同書では史実を覆す事実をいくつか明らかにしている。たとえば、事件の記念碑として遭難現場付近に生存者の後藤房之助伍長の銅像が建てられている。同伍長を捜索隊が発見した時、吹雪の中で仮死状態で立ちつくしていたとされているが、川口さんは「後藤伍長は歩いていた」と指摘している(2002.2.2) |
| ●山口県原爆被爆者福祉会館「ゆだ苑」が所蔵する被爆資料をデジタル保存しようと、東亜大・山田博章教授と学生3人が制作していたCD-ROMの試作品が完成した。 ゆだ苑には、被爆者自身が描いた絵や学生服などの被爆遺品、書籍、体験証言のカセットテープなど約1000点の被爆資料がある。今後完成版の制作を急いで、約1000枚作り、来年1月中にも県内の学校などに無料配布する予定(2001.12.19) |
| ●広島県呉市広白石の喫茶店経営・大下八枝子氏は、戦前から戦時中にかけての旧海軍第十一航空廠での体験を克明な手記につづっている。氏は1936年から終戦まで、広にあった航空廠の飛行機部設計係に勤務。初めて設計係に採用した女性工員2人のうちの1人。最初は、設計図の青写真の整理が主な仕事だったが、戦時中は図面の目録などを作成するタイピストになった。女性工員が見た航空廠の日常は、貴重な証言となり、手記を読んだ航空廠工作研究所のメンバーが、ワープロで打ち直し、コピーして回覧している(2001.12.19) |
| ●岩波書店は、第二次世界大戦から現代までの戦争、平和に関する歴史を総合的に解説したCD―ROM「岩波平和ミュージアム」を発売した。本体価格9500円。「テーマ」コーナーでは、日中戦争、太平洋戦争下の社会や、アジア各地での日本の侵略行為、戦後の核廃絶運動など百数十の項目に分け解説。ベトナム戦争、大国の軍拡競争など世界情勢にも触れている。「トピックス」のコーナーで広島、長崎の原爆をそれぞれ特集。原爆投下前と投下後の街の様子を写真で比較することができる(2001.9.24) |
| ●熊本県熊本市花園の元小学校教師・岡崎和三氏は、太平洋戦争中のマレーシアでの日本兵による民間人虐殺の様子を描いた『教えられなかった戦争』を自費出版した。A5判、95頁。岡崎氏は県歴史教育者協議会副会長。平成5年3月、マレー半島を訪ね、日本兵による虐殺の生存者約60人と会って話を聞いた。自身も陸軍航空士官学校生として満州(現中国東北部)で終戦を迎えている(2001.9.21) |
| ●静岡県浜松市の会社社長・掛井松寿氏は、『レイテ沖海戦―巡洋艦能代の最後―』を出版した。氏は、通信の下士官として海軍を志願。中でも、昭和18年10月から、重巡「能代」がレイテ沖で沈没する翌19年10月26日まで同艦に乗艦していた(2001.9.21) |
| ●北海道比布元町の佐藤弘氏は、満蒙(まんもう)開拓青少年義勇軍に参加し、悲惨な体験を重ねながら大陸から引き揚げた歩みを自分史「零(ぜろ)からの再出発』として自費出版した。佐藤氏さんは16歳だった1938年、満州(現中国東北部)へ10代の少年を送り出す義勇軍に参加。牡丹江省(黒竜江省)鏡泊湖に入った。敗戦で引き揚げる際に、仲間が病気で倒れるなど多くの犠牲を出した(2001.9.18) |
| ●治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の岐阜県支部は、1925(大正14)年から太平洋戦争終結まで施行された治安維持法で、苦痛を味わった県民らの体験手記などをまとめた冊子『真実の歴史を21世紀に』を刊行した。冊子はA5判128頁。600円。同法の下で天皇主権や戦争に反対する人らが特別高等警察に逮捕され、厳しい拷問を受けたほか、その家族も世間から偏見を受けた。賠償要求同盟では、これらの「被害」を受けた人への補償を求めて署名活動などをしている(2001.9.12) |
| ●絶版だった樋貝義治氏『「戦記 甲府連隊』が自費で復刊された。同書は、陸軍歩兵第四十九連隊“甲府連隊”の記録をつづったもので、初版は1964年。1978年に再刊されたが、以後絶版だった。甲府連隊は日露戦争さなかの1905(明治38)年に編成され、1909年から甲府市北部に常駐した。山梨と神奈川で徴兵された青年らが所属。太平洋戦争ではグアム島やレイテ島などの戦いに参加した(2001.9.12) |
| ●広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」元機長の証言を中心に戦争と人間の問題に迫ったノンフィクション『DUTY(デューティ=責務)』が光文社から刊行された。37頁、1800円。著者は、米国の著名なコラムニスト、ボブ・グリーン。元機長・ポール・ティベッツに20年以上取材を求め、1998年10月にやっと実現した(2001.8.23) |
| ●山口県由宇町の広津みどり氏は、戊辰の役に従軍した先祖の日記を解説した『建尚隊 覚―一少年兵の戊辰の役』を自費出版した。主人公・森脇孝之は、1868年、17歳で、官軍の救援に赴いた岩国藩建尚隊の一員として戊辰の役に参加。7月15日に岩国港を出発して、敦賀に上陸。会津まで遠征し、会津城落城後、京都から瀬戸内海を通り、12月4日に帰宅するまでの138日間の日々を「軍中日記」と題して記している。本はB5版、124ページ。1300円(2001.8.22) |
| ●福井県丸岡町竹田地区遺族会は、西南の役、日露、日中、太平洋戦争で、若くして散った同地区出身者68人を、在りし日の写真や遺族の思い出、遺品でつづった『命の記憶 英勲録』をこのほど発刊した。B5判、100ページ。写真200点。生誕地、生年・死亡年月日、所属部隊、現遺族名ほか「英霊の思い出」として兄弟、親類の一言を掲載した。戦没地の地図と家系図を添えた(2001.8.22) |
| ●撃沈された戦艦大和から生還し、その後、復旧作業のため入った広島市で被爆した八杉康夫氏の半生を記した『ある少年兵の帰還』が刊行された。八杉氏は1943年、15歳で軍隊に入った。敵艦などとの距離を伝達する測的発信手として乗り込んだ大和は1945年4月、米軍機の攻撃に遭い、坊ノ岬南西沖の東シナ海に沈んだ。奇跡的な生還の後、原爆投下翌日の8月7日、広島市で被爆した。著者の鬼内仙次氏はインタビューなどを基に約3年間かけて書き上げた。創元社。四六判、245ページ。1600円(2001.8.10) |
| ●沖縄県豊見城村の村教委は、『豊見城村史第6巻・戦争編』を発刊した。沖縄戦当時の村内23字の様子や住民らの戦争体験などを多数収録。さらに資料として、村内にあった日本海軍司令部が発信した「海軍電報」を135通も収めているのが特徴。海軍電報とは海軍沖縄方面特別根拠地隊(沖根、司令官・大田実少将)が発した機密電報。沖根は小禄一帯と同村一部に本拠を置いていたが、米軍の侵攻状況を上級機関である連合艦隊などに通報することが主な任務となっていた。同書では米軍の慶良間上陸2日前の1945年3月24日から大田司令官が自決する同6月13日前後までの135通を掲載。次第に戦況が厳しくなる様子を伝えている。B5判、1075ページ。1冊3000円で販売。問い合わせは文化課、電話:098-856-3671(2001.7.27) |
| ●元海軍技術少佐・石井寛一氏、同技術少尉・坪田孟氏、日本銃砲史学会会員の山田太郎氏の3人は、『海軍工廠造兵部史料集成』を完成させた。1996年に山田氏と工廠OBらがまとめた『呉海軍工廠製鋼部史料集成』に続く記録で、工廠概史、海軍造兵史、海軍軍備制限条約、砲熕部、砲熕実験部、火工部、水雷、魚雷実験部など大砲や弾丸、魚雷などを製造した砲熕(こう)、火工、水雷各部など造兵部門の全容をとどめた。明治期の砲熕部史料では1897(明治30)年に同工廠で製造、試射された英国の技術に基づく速射砲の図面や仕様などを採録。演習や実戦中の艦砲の事故についても、当時の報告書の断片や聞き書き、戦闘記録などを収集し、原因や状況などを推定している。海軍で製造、使用した弾丸の製造法の変遷も詳述している。全3巻、計758ページ。4440円(送料を含む)(2001.7.27) |
| ●5月22日、長崎市在住の元三菱重工長崎造船所社員で被爆者の原圭三氏は、を記載した「三菱関係原爆殉難者名簿」(全3冊 6294人分)を同市に寄贈した。氏は、自費で全国を回り、長崎原爆などで死亡した県内三菱関係事業所の社員、動員学徒らの追跡調査を約半世紀にわたり続けてきた(2001.6.5) |
| ●長崎原爆被災者協議会は、被爆体験の証言集『被爆者230人の証言―核兵器のない21世紀めざして―』を発行した。直接の原爆体験者の証言だけでなく、諫早市で被爆者の救護活動に当たった体験者の話なども含まれている。全国の平和資料館や被爆者団体などに寄贈し、希望者には送料負担で提供。問い合わせは同被災協 電話:095-844-0958(2001.5.22) |
| ●「済々黌日露戦役記念帖編集委員会」は、日露戦争に従軍した将兵たちが、戦地から母校の済々黌に送った書状を収録した「日露戦争従軍将兵の手紙」を刊行した。収められた書状は443通。送り主は同校を卒業・退学した208人で、当時の井芹経平校長や教職員、在校生にあてて書かれている。書状は、在校生たちから届いた慰問状への感謝の言葉に始まり、自身や同校出身兵の近況、戦地の中国で見聞した事柄、在校生への激励の言葉などでつづられている。監修は大濱徹也・筑波大教授。A5判482ページ、8000円。発行は同成社 電話:03-3239-1467(2001.4.9) |
| ●沖縄県竹富町史編集室は町史資料集として「鉄田義司日記―船浮要塞(ようさい)重砲兵連隊の軌跡」を発刊。船浮要塞は東南アジアから石油や物資を運ぶ艦船の待避、停泊などを目的に西表島西部に1941年から戦時中にかけて整備されていた。A5判、519ページ。1500円。問合せは竹富町史編集室、電話09808(2)9985(2000.11.1) |