コミンテルンでの活躍と『新ドイツ帝国主義』
石堂清倫
 とにかく、理論研究にしても労働運動の実践にしてもかなり優秀な人であって、ドイツ共産党の大会のときに、コミンテルンの本部から派遣されてきた大幹部の諸君がゾルゲの人物を見抜いて、コミンテルン本部で働くように言って連れて帰るわけです。これはたぶん大叔父さんのゾルゲの名前との関連もあったことと思います。
 ゾルゲはコミンテルンのアジプロ部の要員になります。二〇年代後半の『コミュニスト・インターナショナル』とか『マルクス主義の旗の下に』とか、コミンテルン系の理論誌に、ゾルゲはたくさんの書評や小論文を書いています。中でもわれわれ日本人が戦前から知っていたのに『新ドイツ帝国主義』という本があります。これを翻訳したのは朝日新聞の益田豊彦さんです。ブハーリンをもじって不破倫三という名前で翻訳して、一九二九年に発行されました。
 ゾルゲは組織者としての手腕もあり、理論家としても嘱望されていたようで、コミンテルンの第五回大会(一九二四年)にゾルゲは、代議員としてではなく、本部役員として出席しています。
 この大会の民族問題小委員会では、日本では問題にされませんでしたが面白い論争がありました。
 当時ドイツは、敗戦のために軍隊は解散させられ、わずかばかりの植民地ほ失ってしまう。戦争のあいだに破壊された重工業施設はおびただしく、ドイツ経済ほ原始的に近い状態に立ち返るような惨たんたる状態になっていました。おまけに賠償金の支払いを確保するために、フランス軍はルール地方を保障占領しているという時代でした。
 第一次世界戦争以前の先進的な帝国主義国家から、ドイツ経済は一挙に「モロッコ的状態」に立ち戻った。したがってドイツにおける階級闘争はもはや帝国主義的ブルジョアジーとプロレタリアートとの闘争ではなくて、フランス帝国主義の抑圧に対抗して民族的ポリシェヴィズムの立場に立たなければならん、という極端な議論が右のはうに出てきました。
 たとえばフランス占領軍と戦って殺されたシュラゲターという右翼があります。手のつけようのない右翼なんですが、この右翼をラーデクのように愛国者だと言ってほめたたえる傾向がでてくる。こういう運動が一方に起こるわけです。
 他方では、確かにドイツは外面的には古い帝国主義の構造が破壊されたように見えるけれども、その基本的骨格は依然として存在している。したがってドイツは敗戦の結果、後退をしいられただけで、まぎれもない帝国主義国家である。フランス帝国主義がルールを占領しているけれども、これは軍事上の問題であって、決してドイツは植民地状態におちいったわけでほない。依然として先進資本主義国として闘わなければならない。ルール問題は二つの国の帝国主義ブルジョアジーのあいだにあっても、ドイツ・プロレタリアートの問題にならない。この時代にはもはや民族問題ほ存在しないという、民族ニヒリズムと言われるような極端な傾向が出てきて、民族ポリシェヴイズムと民族ニヒリズムの対立をどのように処理するかということで、民族問題小委員会でいろいろ論争があったわけです。なお、民族ポリシェヴイズムについては桃山大学の勝部元氏が興味ある研究を発表しています。
 それにたいする一つの解答を与えるという目的をもって、ゾルゲは『新ドイツ帝国主義』を書いたわけです。著者名はゾンターとなっています。ゾルゲほいろんな変名を使っておりまして、ここではR・ゾンターという名前で書いております。(R.Sonter, Der neue deutsche Imperialismus. Hamburg 1928.)日本訳は一九二九年に発行されましたので、戦前の古い方はごらんになったかと思います。戦後、日本共産党で「日本帝国主義は復活したかいなか」という論争のときに、勝部元さんあたりがこのゾンターの本を引用したことがありますので、戦後の方もあるいはご存じかと思います。
 ゾルゲのこの新帝国主義論は、一時的な現象形態の変化と、骨格構造としてのドイツの社会経済体制というものをはっきり区別して、たとえばレーニンが『帝国主義論』に挙げた形の諸メルクマールのすべてが存在しなくても、新しい形態の帝国主義の存立は可能であり、ドイツ帝国主義はまさに新しい条件のもとにおける新しい帝国主義であるということを、詳しい材料を使って論証したものです。
 それだけではなく、この本の一つの特徴は、この新しい帝国主義のうちにすでに金融資本の支配が看取され、その金融資本はファシズム化の形態をとって、ぼっ興してくるプロレタリアートの階級闘争に対抗しょうとしており、このファシズム化の傾向と、帝国主義諸国間の新しい戦争の可能性にたいして、われわれは明確な行動の綱領を持たなければならないと提唱しています。先覚的な発想であり、平和のための闘争をどのような組織形態で闘うべきかということと、コミンテルンで閑却された統一戦線の再認識とを、ここで問題にしているわけです。
 ですから、統一戦線の問題とか平和のための闘争の新しい意義とか、古い時代のマルクス主義の教条に入っていないことを、ゾルゲがその本のなかで強調しているのは一つの功績であったと思います。
 本来ならば、そのような実践に即した理論活動をゾルゲに続けさせることが、コミンテルンとしてはどれだけ有益だったかわかりませんけれども、彼のその有益さは、逆に情報活動のほうに吸収されることになったわけです。
(『異端の視点』石堂清倫著 勁草書房 1987年5月20日刊 「リヒアルト・ゾルゲについて」より)

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