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第167話 『リペア作業』 | 前頁へ | 次頁へ |
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M事務機のN常務から会ってもらいたい人がいると相談を受けた。Nさんが私に会わせようとした相手は、F社というコンピュータ関連のフィールドサービス会社の常務さんだった。F社は大手コンピュータメーカーの100%子会社である。
分離当初は規模が小さかったが、当時は社員数3000人を超える大企業となっていた。大企業は労働省から障害者の法定雇用率遵守を厳しく指導される。F社も例外ではなかった。実績として雇用率が向上しないと、障害者雇用のための具体的施策を立案せよと迫られる。 毎年のように法定雇用率をいつ達成するのか、達成しないなら公表するぞと脅されていたとのこと。F社の人事担当常務のIさんはかねてより昵懇のNさんに障害者雇用の相談を持ちかけた。Nさんは太陽の家を紹介した。 |
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1度見学したいと云うことでIさんとNさんが来所された。太陽の家が取り組んでいる障害者雇用を説明した。共同出資会社方式で特例子会社を設立する方法があると提案した。Iさんは大変乗り気になって、太陽の家に仕事を提供したいと申し出た。
当時の太陽の家は、バブル景気がはじけ、何となく暗雲がたれ込もうとしていた。景気に左右されない仕事がないか思案していた。Iさんの説明では、F社は金融機関で使われる端末のATMの保守をしているという。 銀行は簡単には潰れることはない。景気が悪くなると設備を大切に使うようになる。保守という仕事は不景気に強いかも知れないと単純に考えた。不景気に強い全天候型事業にはもってこいだと判断した。 双方のメリットが合致し、早速、F社の担当窓口は大分営業所長がなり、事業提携の話を進めることになった。だが、フィールドサービスの現場ではいろんな問題があって、提携話がさっぱり進まなかった。 |
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私は、社内事情から太陽の家との事業提携は困難で、営業所長が板挟みになっていると推察した。
まだ何も具体的な動きがない時期だったので、Iさんに「さっぱり話が進まないが、事業提携は難しいのではないか、困難なら無理をせず白紙に戻しましょう。無理したら、どちらも痛い目にあうだけだ。今ならどちらも傷がつかない。」と電話を入れた。 社内でも反対意見があるだろうし、Iさんの立場が悪くなるのなら、この話はなかったことにしたほうがIさんのためだと思った。その時、Iさんは「伊方さん、私はこれを絶対成功させます。今までの遅れは目をつぶって欲しい」と答えた。 |
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それ以降、本社の動きは早かった。1995年共同出資会社が設立され、大手コンピュータメーカーが納めた九州内の銀行ATMが太陽の家の営業範囲となった。正確には九州地区全域が共同出資会社のテリトリーとなった。
世の中は予測がつかないものである。潰れないと思った銀行がドンドン潰れていく時代になった。ATM設置数は、人件費の合理化で、増加こそすれ減少はしないと思っていたが、肝心の銀行がつぶれ、リストラで支店が閉鎖され、ATMの総数が少なくなってきた。 九州地区だけでは足らず、中国・四国とテリトリーを広げたが、金融不況は強まるばかりで、すぐ、近畿・中部まで広げたが追いつかなくなった。最近では、関東・東北の一部まで取り込まなければ、仕事量の確保が難しくなった。全天候型事業の夢はどうなるのか。 製造業国内空洞化が目覚ましい昨今、F社をはじめとする協力企業は、障害者雇用を通じた社会貢献という錦の御旗のために、非常な努力で事業を維持してくれている。全く感謝感謝の毎日である。 |
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