表情豊かな80分のうたしばい「あ・り・す」をみて
ルイス・キャロル協会 戸苅康子さんの感想
みじかい休憩をはさんで80分のうたしばい。一言で感想を述べると「ミッシュマッシュ」がぴったり。1975年初演され、演出と曲・台本に改版を重ね10演目の息の長い芝居である。キャストは若手。小劇場ならではの表情豊かな役者とアカペラが多く観客は「ほっと」する。そこに、キャロリアンが喜びそうなネタが散りばめられていた。
木の下から始まり、木の下でエンディングを迎えるといえば『不思議の国のアリス』の定番。しかしながらチョッキを着たうさぎは登場せず、落ちた先は「花が話す花壇」……と、いきなり鏡の世界である。ここで、コンセプトは『不思議〜』ではないことがわかり、何が出てくるか『ママ・ミーア』を見るアバのファンのような気分で舞台を楽しんだ。
配られた当日折込より場面展開は以下の通り。カッコ内は私の追記。1、大きな木の下 午後(蝉の声が五月蝿く、暑さを感じさせる。おねえさんがひなげし――ひなぎくではない――の冠を編んでいる) 2、花と汽車(花壇〜汽車〜涙の池) 3、揺すりいすにひつじ(ありすは思い出をタダで買った) 4、あおむしがいた(水キセルのいもむし〜左右のキノコ〜鳥の攻撃) 5、二人のディードル(輪のダンス〜戦い〜大ガラス=ねむり男の夢) 6、公爵ふじん(豚と胡椒) 7、こかげのテーブル(お茶会〜ねむりネズミならぬ「ねむり袋」が話す蜜蜂の井戸の話〜10人の子供の歌) 8、目の気球(ボビーシャフトーとの空の旅) みじかい休憩 8、目の気球 つづき(トランプの世界に落ちる) 9、カードたち(赤いペンキで卵に色を塗る……それはハンプティダンプティ=ねむり男) 10、チェスをするひと(ユニコーンとボビーシャフトーが勝負) 11、発明家白騎士の歌(黒騎士と戦って勝った後にありすと語り合う) 12、おかしな裁判(この世界でのあらゆる素行を罪とされるありす) 13、大きな木の下 夕方(蝉の声が夢の世界を思い出させる)
キャロルファンであれば、どこに何が収まるかの見当はつくはずだが、マザーグースが組み込まれていることにも注目したい。キャロルとマザーグースについて語る人も多いが、作者の意図は「うたしばい」か。アガサクリスティ『そして誰もいなくなった』でも使われた「十人の子供」を帽子屋+三月うさぎ+ねむり袋が歌うのを初めとして、キャロルが使った「牡蠣の歌」など歌はふんだんに使われている。
全体を通して二つの『アリス』を分解しながら繋ぎなおした感じがあるが、二幕は『不思議〜』と『鏡〜』の終盤を比較的多用している。『不思議〜』からは裁判のシーンを、『鏡〜』からはハンプティダンプティが壊れる=夢から覚めることを重ねている。ここまで書いて『鏡〜』はディナーテーブルのシーンで目が覚めるという当たり前のことを思い出した。ハンプティダンプティが壊れたほうが、夢から覚めるのにちょうど良いように思える。キャロルに文句はないが、この芝居のエンディングに繋ぐにはとてもいい。
ちなみにありすの衣装は黄緑のニットドレスに黒のスパッツ。他の役は太さ・色がまちまちな横縞のTシャツに黒のスパッツ。帽子を役代わりに合わせて何種類も使い表情を出していた。セットはほとんどなし。人が重なって木を表現したり、ハンプティダンプティのお腹は人が背中を丸めて5人も横に並んだり膨らんだり萎んだりしていた。ブラックライトを使っているのか? もっと使えるのか? 検討の余地はありそうだ。演出の関氏はまだまだ作りこみたいらしいが、楽しいひと時を過ごしたのは私だけではなく、満員の観客だったと思う。
(日本にルイス・キャロル協会という会があ るとは知りませんでした。戸苅さんどうもあ りがとう。「あ・り・す」を演りつづけるか ぎり、今後もよろしくお願いいたします。I・ S)
期待に応えた「あ・り・す」
成田英世(後援会員)
昨年暮れに、試演を観ていますので、今回は二回目でしたが、一回目よりも良い出来で、その間の稽古の成果がはっきりと表れていたと思います。芸能は二倍稽古すれば二倍上手になるという「稽古比例の原則」通りになったものでしょう。
集団演劇ですから、主役、脇役のある通常の芝居とはことなり、各演者が平均的な力を出して、高度の水準とまとまりを確保することに重点が置かれます。
その意味において、今回の「あ・り・す」は十分に期待に応えてくれました。まとまりが崩れて、焦点の定まらない劇にならないか心配しましたが、杞憂に終わりました。
さて、次には、集団でなく、各個人の演技が上手になるように腕を磨くことです。若い演者たちに期待をかけます。
「あ・り・す」の楽しさ
T・S生(投稿)
なんといっても渡辺典子の「ありす」がかわいくていい。初演でみたときから、そう思った。どこかに元気のいい子どもっぽさと、冒険心があり、おおらかに感じさせる気持ちのよさがあった。
そして、「歌」がいい。次から次へとつながって高揚してくる楽しみがある。俳優の個性がきらりとひかってみえる。歌の苦手な俳優がいたとしても、それほど気にはならない。あおむしを相手にありすがうたう「もしもしかめよよくかめよ、世界のうちでごはんだよ」などは、つい笑ってしまった。
「あ・り・す」の楽しさは何回みても、奥行きの深さにであえるところにあると思う。再演を積み重ねてほしいものだ。