
池袋小劇場機関紙 No.95
2OO4年2月1日発行
発行所 池袋小劇場
発行責任者 関 きよし
編 集 池袋小劇場編集部
〒l71-0014東京都豊島区池袋2-3-5
TEL03-3986−2040
FAX03-3986−1278

サムイル・アリョーシン作 五月女道子訳
50片(ピース)の悲喜劇
*廃墟の神殿を背景に演じられる歴史の真実 美術館の展示室にある死の瞬間のソクラテスの彫像
エドワルド・ラジンスキー作 宮沢俊一・雪山香代子訳
ドストエーフスキーの妻を演じる老女優
* 作家と手紙と妻の回想録による女優と演出家が演じる狂気と愛


★クサンチッぺとあの男
4月8日(木)7時
9日(金)7時
10日(土)2時・7時
11日(日)2時
12日(月)7時
13日(火)2時・7時
★ ドス卜エーフスキ…
4月16日(金)
7時17日(土)2時・7時
18日(日)2時
19日(月)2時
前売2500円 当日2800円
アリョーシンさんのこと
(一九八六年、初演プログラムから)
五月女道子
サムイル・アリョーシンの戯曲が日本で上演されるのはこの『クサンチッぺ・・・』が三本目です。一本目が『主題と変奏』(日本での上演名は『恋愛論』)、次が『十八番日の駱駝』です。それもみんな今年になってからですから、「小さなアリョーシンブーム」とでもいいたくなるくらいです。でも数多い彼の作品がソ連国内ばかりでなくヨーロッバ各地で上演されているのに、いままで日本に紹介されなかったほうが不思議かもしれません。
アリョーシンさんは一九ニニ年生まれですからもう七十歳というおじいきまですが、相変わらず精力的に仕事をしていて、一年に一本半くらいの割合で戯曲を世に出しています。彼の作品にはいつでも現代社会のさまざまな問題ー倫理や世代間の理解や新しい規範、またそこで生きる人間の愛や良心の問題を見つめるみずみずしい、そしていたずらっぽい目が感じられます。
日本でもお馴染みのアルプーソンさんが亡くなったいま、アリョーシンさんはソ連劇作界の大御所ともいうべき存在なのでしょうが、彼の目はそんなことにおかまいなく、まるで青年のように何かを求めていつも生き生きと輝いているのです。
ロシア演劇二本連続上演
演出 関きよし/
美術 幡野寛/ 照明 川崎ひろし/ 音響 松尾彗
出演『クサンチッペ・・・』
山内栄治、山田 武、金子捨次郎、舟田 敬、坂井 浩、
川島柳一、神本十兵衛、前原礼子、田崎紀子ほか。
出演『ドストエーフスキー・・・』
沼田恭杖、小川敦史
『貧乏物藷』‐池袋演劇祭区民審査員評――『舞台人』10号から
豊島区懲戒連合会会長賞受賞「貧乏物語」
舞台の使い方、美術、音楽等、シンプルながら質の高さを感じました。狭い劇場の中で良く工夫して観客の視線や興味の持つていき方、etcも
研究していると思いました。
一人一人の役者さんの演技の質が高く、発声も安定し大人の女性のキャラクタ]の違いがメリハリ良く出ていました。河上ひで役のどっしりし
した味わいのある演技には、頼りがいがあり、充分に浸ってみていることができました。
ヨシ、クニ役の若い二人も、他の年長のベテランの役者さんに劣らず、新鮮さ、初々しさが良く出ていて、引き込まれました。六人全員が、
目がキラキラしそて、本当の芝居らしい芝居を十分に観させてもらいました。強力なアピール、攻撃的な演技、軽快なリズムとは無縁でもこ
れだけ堪能させてもらえて大変満足しています。今後も是非このような劇団が質の高い作品を発表していって欲しいと思います。
心から応援します。 (女性 四五歳)
『貧乏物語』を観る
いまの自分のありかたをかんがえる
よしだはじめ
京都大学教授河上肇は、資本主義社会の矛盾をついて『貧乏物語』を著し、その後マルクス主義経済学者としての道を歩む。さらに日本共産
党の非合法活動に参加したが、昭和八年逮捕、治安維持法による五年の実刑判決を受けて下獄する。
ドラマは、翌九年、河上留守宅を舞台に、六人の女性たちによって展開する。気丈に明るく振舞うことで一家と夫を支える妻のひで、党に潜
入したスパイの策動で「銀行ギャング事件」にかかわり拷問で心も体も傷ついた娘のヨシ、その世話を一心に果たす若い女中の初江は芸者に
なれとの母を振りきった家出娘である。そして開幕とともにこの家を居候になる三人、かつて河上家の女中でインチキ占師の後妻になったや
り手の美代、現在警察保安局の切れものと結婚した世間知らずの早苗、となりのキャバレー女給の宿舎からころがりこむ新劇女優のクニこれ
が登場人物である。河上肇が舞台に非存在であることが「権力と対峙する彼の存在」を強く表現するドラマだと思われたし、そうでなく、き
びしい現実の状況を背負ねぼならない「女たちの行動」のドラマであるとも考えられ、さらに、この思想弾圧下の「時代を生きる人間」のあ
りようを通て現在の日本人の生き方を問うドラマであるとも感じられた。もちろん、井上ひさし特有の趣向とせりふづかいかいをふんだんに
もりこんである芝居だ。
「小劇場」の舞台では、河上夫人(沼田恭枝)に人物としての確かな存在感があり、ヨシ(瀬尾奈津子)と初江(大橋真琴・相馬律子)に若
い一途な心が、美代(野山みどり)早曲(前原礼子)、クニ(渡辺美英子)の三人が狂言回し的な役割もふくめて庶民のもつそれぞれの課題を
カ演で形象化した。この三つの若干質の異なった演技のバランスで舞台を構築することが演出(劇団)の意図と思われたのだが、戯曲そのもの
の特徴を的確に生かしたのかもしれぬ。
とくに、川上肇の転向声明をとろうと、保釈のほのめかし、ひでの逮捕・ヨシの裁判という圧力、早苗を利用した勧告、右翼の名による脅迫
などの「ゆさぶり」に対し、権力のあくどさが一つひとつ明らかにされ、河上肇を転向させないと決意する女性たちの場面は、六人それぞれ
が自分のありかたを確認し、おのれの生きかたを発見する姿を通して描かれており、心にひぴくものがあつた。
終演後、関きよしさんに<井上ひさし以上に井上ひさし的なものを感じた>と口走ったのは、そのこととかかわっている。井上ドラマには、作
者のどうしても伝えたいメッセージがあるのだが、それはおもしろおかしく設定された趣向につつまれている。舞台を観た場合、そのメッセ
ージは役者表現の滑稽さと対置されてやや観念的説明的になったり、趣向のおもしろさが全面に立ちすぎることも間々あるのだ。「小劇場」
では、観客が役者に直接接する条件が有効に働き、伝える内容への誠実な対しかたがあり、舞台表現は役者のアンサンブルとして集約されて
いる『貧乏物語』となっていた。それ以上に、今の時点、彼女たちの立場だったら自分ははたしてどうするか −それも六人ひとろひとりの
−という切実な問いかけがなされたとわたしは感じたのだ。そういう舞台であった。
すべてを手放しでほめるわけにはいかない。演技に対していくつかの注文がないわけではない。最後の舞台処理ー隣家との境の心張棒を全
面に移動し、その前の空間で美代・早苗・クニに演じさせ、後景のひで、ヨシと対置させるーなどは、どうもしっくりこなかった。だが、総
体として、「小劇場」は、この作品世界をよく消化し、良い仕事をしてくれたという想いを抱いて劇場をあとにしたのだ。
★お便りから
冴えたた演出
真船 禎さん
今でも権力の構図は少しも変わっていないと、つくづく思いました。演出がすこぶる冴えていたと愚考します。人闇の配置、せりふのテンポ、
しかも明らかに聞きとれる発声の良さ、妻は東山千栄子さんを偲ぱせる名演技でした。関さん、さすがです。また、娘役の方が妙にユニークで
したね。見終わって何だかすごく嬉しく、心豊かになり、ついつい独りで呑んでしま小ました。良い夜でした。
格段の向上
成田英世さん(後援会員)
今会の『貧乏物語』は、先回のものとは一味違っておりました。ここニ年ばかりの間に、池袋小劇場の演技水準が絡段に向上したとみておりま
したが、改めてその認識を新たにしました。配役上、ヨシと初江が若手の新人となり、他の演者たちは変らずという布陣となりました。その新
人たらが清純な演技で、べテランたちに臆することなく、小気味のよい雰囲気をかもし出してくれました。これが一味違って見えた要因かも知
れません。何といっても、ひで役の沼田さんの演技は圧巻で、落ち着いたせりふ回しで.内面に非常に力強い信念を秘めて留守宅を守るひでを演
じ、ともすれば暗くなる気持ちを跳ね返して明るく振無う姿は、崇高てさえありました。他のベテランの皆さんは、何れもが甲乙つけがたい熱
演でした。それぞれが個性を豊かに出していながら、それでいてグループとしての全体調和を失わず、観客をひきつけました。これからも、良
い意味で互いに競い合って上手になられることを期待します。
『貧乏物藷』池袋演劇祭審査員の感想から
『貧乏物語』の舞台は、区民が遷ぶ池袋演劇祭賞のr豊島区町会連合会長賞」を受賞しました。連続受賞がつづいてうれしい限りです。審杏員
の方々から鑑賞の感想文をたくさんいただきました。その一部を紹介します。関係者ならびに審査員、観客の皆さんにお礼を申します。(見出
しは編集部)
米切なさが・・・
全員女性キャストで、それぞれの悲しみや希望を語りあう婆が、とても切なかった。時代は今と違いますが、やはり、あの時代は、思想というものに自由はなかったのだと、もどかしく感じました。
米慎重さと丁寧さ
まず、最初に驚いたことは、登場人物6人、ひとりひとりのせりふが長く、息継ぎもなく-気に語ることでした。そして、長きにわたる経験
積んだベテラン俳優の芝居であると感じました。過去、実際にあった事件を原作として描かれているためか、その慎重さを丁寧に演じられているような
そんな気がして趣きがありました米存在感を表す 舞台装置は河上肇先生の絵一枚で、その存在感を表し、玄関の音だけで人の動きを感じさせる
。観客席は年輩の方が多く、劇団のカを感じさせる素晴らしい舞台であつた。
米脚本の良さ
なんといっても脚本が良かつた。1時間40分の中で、おいしいものをたらふく食べさせてもらったのに、食べす|ぎて気分が悪いという感じはなく
、バランスのとれた満足感でいっぱいです。米素臓らしい演技舞台と覿客席の作り方がユニークで、舞台と観客との一体感が大変よかった。演出の関きよし
さんのいう『夢空間』という感じがぴったりだった。河上ひでを演じられた沼田恭枝さんの存在感のある演技が素晴らしかった。
米何か大切かを・・・
私が二の舞台で何よりも心を動かされたのは、自分に嘘をついで生きないということが大切だというメッセージだった。この舞台は自分にとつて何が大切か
ということを思い出させてくれるものだった。これはいつの時代でももっとも重要なことなのに、それを貫いて生きている人は今も昔もわずかである。ラス
トの初江のせりふで「もう一度やり直すことにしました」という言葉にも心を動かされた。私もまたがんばりたい。
ともに育つ喜びの原点
いま関きよし著『夢空間』が面白い
松原和子
ふるさとを愛し、人を愛し、絵本を愛し、濠劇を愛し、まわりのあたたかい心のつながりのお陰で、今日まで生きてこられた私にとって、『夢空間』は懐かし読みができた。読み方にもいろいろあると思うが、私の場合、ノートを一冊、ぺンを一本、そばに置き、本を広げる。まず音読。一人読みでも、黙読ではなく、音読み。箸者の声が自分の声と共鳴し、心の底から聞こえてくるときかある。響き合えるすごさだ。「読み回(た)む(繰り返して読む)」「読みこなし」は苦手だが、ご本の中、池袋小劇場という名は、劇団名であり、劇場の名である。この書き出しが実にさわやかでいい。始め良ければすべて良し。著者の世界がパッと広がり、楽しい舞台の幕開けのようでわくわくする。「語りりものとプレヒ卜」で立ち止まり、「うちつけ本番」でいろいろ思いあぐらせ、「線と点」では富沢賢治没後50周年記念事業での堀尾青史氏の楽しいお話を懐かしく思い出し涙した。早迷、作品を音読した。「でれすけほうほう」の創作の部分は面白くて、山本安英さんのことばも納得でき、うれしかった。プレヒトについでは、もっともっと学びたくなった。一番感動したところは「演出年譜」。ただただ頭がさがり、敬服。まなざしの深さ、あたたかさにふれたような気がして、あの居心地のいい池袋小劇場を思い出した。やっぱり、「現場」「生」がいい。もっともっと学ぴたくなる。『夢空間』に乾杯。(千葉県松戸市在住)

