しばらくぶりにウォーキング!
2月27日
ここのところグータラ生活が続いていて、これではいかんと思い、夕方散歩に出かけた。ところが7000歩あたりからガクッときてしまい。ヒーヒーで帰ってきた。結局1万歩は歩いたのだが、ぐったり疲れてしまった。なんということか!
明日から生活改善だ。
*
新聞によると、サガワに続いてヤマト運輸も玄関先でのデビットカード決済を実施するという。ヤマト勝手に応援団の私としては、大いに頑張ってほしいものだ。
ゆうパックはとくに年末に遅配が頻発したという。これはヤマトやサガワが予想していたとおりで、集配システムが確立しないまま荷物をかき集めても、どこかで渋滞を起こす。ヤマト運輸はかつてそういう痛い目にあっており、以後、現在のようなきめ細かいネットワークをつくりあげた。だからヤマトの荷物はまず遅れない。
ちなみに我が家に来てくれるヤマトの担当者の人は、異常なほど(?)仕事熱心で、「午前中着」の荷物は朝8時に、
「朝早くから申し訳ありません!! ヤマト運輸です!!」
と持ってくる。たぶん、配達ルートの一番はじめにこのマンションがあるんだろうが、それにしても早い。ヤマト運輸は朝10時までの配達は特別便として扱っているが、ウチに関しては「午前中」と指定しただけで朝8時に着くのだ。
別に郵便局の悪口を言うつもりはないが、そもそも郵政民営化自体が、果たして必要なものかどうか。コイズミは「改革だ!!」と叫んでいるが、郵政民営化より年金改革や景気回復対策を、国民は望んでいる。
「民にできることは民に」
というが、
「民にできないことは官に」
が郵便局だったのではないか。民営化されると離島や山間部の郵便局はなくなるおそれが大いにある。その地方唯一無二の金融機関でもある郵便局がなくなれば、どうなるか……。
私は、自民党の「郵政族」の味方をしているつもりはない。ただ、今回の“改革”があまりにもまやかしで、単に郵便局を4つに分けただけのものでしかないからだ。本来なら、不要な特殊法人を整理するなり、郵便や葉書も民間に門戸を開くなり、もっとやるべきことはいっぱいあるはずなのだ。
今年になって、2日に一句ほど俳句をつくっている。ただつくるだけではつまらないので、愛媛新聞に投稿しているのだが、火曜日は愛媛新聞の文芸欄に入選作が載る日だ。
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ライブドア対フジテレビの争いが泥仕合化してきた。その結果、だんだんと本質が見えなくなってる。そもそも堀江氏にメディアを経営する手腕はあるのかどうか、ということだ。マネーゲームに関しては、言っていることはフジテレビより堀江氏の方が正しいと思う。しかし、彼にフジサンケイグループを動かしていけるかとなると、大いに疑問符がつく。
愛媛新聞に俳句が掲載!
2月22日
今年になって、2日に一句ほど俳句をつくっている。ただつくるだけではつまらないので、愛媛新聞に投稿しているのだが、火曜日は愛媛新聞の文芸欄に入選作が載る日だ。
朝、実家から電話があり、
梅咲きて暫し転た寝仄暗さ
が掲載されたという。「転た寝」ではなく「昼寝」で投稿したと思うのだが、添削されたのかな……。まあ、よかったよかった。
ホリエモン負けるな
2月21日
ホリエモンが狂気のように頑張っている。しかしまあ、マスコミもマスコミだ。今週の週刊誌はほとんどが堀江社長の記事をトップに据え、表紙にまでしてる雑誌もある。
彼がああしてマスコミに出続けることで、ライブドアの株価はかろうじてストップ安を免れているという見方もある。堀江社長がそこまで読んでいるならたいしたものだが、案外単なる「出たがり屋」なのかも、とも思う。
だがいずれにせよ、ホリエモンの言っていること、やっていることは資本主義の世の中なら当たり前のことなのだ。なのに政府自民党はフジサンケイグループ擁護に回り、ホリエモンを悪者に仕立てようとしている。たしかに政府とくに守旧派の人間にしてみれば、NHKとフジサンケイグループは、絶対に“仲間”でなければならない。朝日とNHKのときも政府はNHK擁護に回った。
構図は同じである。
近鉄買収のときは、国民にとってわかりやすかったので、国民の多くも堀江指示に回ったが、今回は転換社債とかいろいろ面倒な話なのでみんなあまり理解できない。それをいいことに、政府はホリエモンに「乗っ取り屋」という名前をつけて悪者扱いしてる。
それを言うなら孫正義など、全身乗っ取り屋ではないか。
球団買収のときは、楽天三木谷を引っ張り込み、ライブドアのアダルトサイトを問題にするというエゲツナイ手を使った。今度もライブドア包囲網は露骨だ。
まあたしかにやっていることはやや子供っぽいし、旧体制にまともにぶつかっていってあまり“策”もない。しかし悪者扱いはないだろう。もちろん、金がすべての世の中を肯定するつもりは毛頭ないが、基本的に私はホリエモンを支持する。
そもそもフジサンケイグループは、上場した時点で、自社株の評価を上げるなりいろいろやってしかるべきだったはず。それがな〜んもしないで、易々とホリエモンに40%近い株を買われてしまったのだ。どっちが間抜けかは、はっきりしている。
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ところで、関係ないかもしれないが、現在ニッポン放送の社長は、亀淵昭信である。私たちが高校時代、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」は受験生の多くが聴いていた。亀淵昭信は、たしか火曜か金曜のDJだった。ものすごくノリのいい人で、
カメカメエブリバディ!!
なんてやっていたなあ。草分け糸居五郎は鬼籍の人となり、斎藤アンコーは一時「箱根の森美術館」の左遷されていたが、最近ニッポン放送に復帰したと聞く。今仁のテッチャンはどうしているだろう。
これ、わかる人、確実に50歳を超えています。
2月20日
丸4年かかったが、このホームページのアクセスカウンターが、1万を超えた。いつも見ていただいている皆さん、ありがとうございます。
どこといって特徴のない、何でも放り込んだようなサイトだが、それなりに一生懸命運営してきたつもりである。
これからもコツコツとやっていきたいものだ。
パソコン通信の終焉
2月16日
私が「通信」を始めたのは、1988年の初めだった。「通信が出来る」という謳い文句の富士通ワープロ「OASYS」を秋葉原で買ってきて、さっぱりわからないマニュアルと格闘しながら、「ワープロ通信」を始めたのだった。最初はたしか「週刊ポスト」が運営してる「ポストネット」につないだ。
「ピーガー……」というモデムの音とともに、「ようこそPOSTネットへ!」という画面が現れたときの感動。
通信速度は300(!)bpsだった。3000ではない、30000でもない。300である。当時は1200bpsが最高で、翌年ぐらいにやっと2400bpsのモデムが出た。画面は当然、文字だけ。それも、表示されるスピードは恐ろしく遅く、ラクラク読めるほどだった。
1995年あたりからインターネットが一般化したときも、モデムのスピードは“高速”と言われるもので、38000とか48000ぐらいだったと思う。
……ともあれ、通信を始めてすぐに「ホロネット」という小さな草の根ネットに入って、当時はまだ高価だったパソコンを購入して、本格的に私の「パソコン通信」がスタートした。ネットで広がる人間の輪……それは現在のように無法地帯ではなく、節度のある人間関係だったように思う。
NIFTYの会員になったのは、1988年の終わり頃だったと思う。以来、私のアドレスは、ずっと変わっていない。
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今日、NIFTYからメールが来た。
ワープロ・パソコン通信を2006年3月31日で終了します−−との内容だった。たしかにインターネットの時代になり、いまどき「パソコン通信」をやっている人間はごく少数だ。NIFTYより早く始まったパソコン通信の「PC−VAN」は、数年前にパソコン通信をやめてインターネットプロバイダ Biglobe になった。NIFTYも遅かれ早かれパソコン通信をやめるだろうと思っていた。そして、その時がついに来たわけだ。
<NIFTYからの案内>
http://www.nifty.com/support/tty/index.htm
一抹の寂しさがある。
実は私はまだ「パソコン通信」を続けている。もちろんNIFTYのパソコン通信フォーラムなどを利用しているわけではない。まだ、12年前の買ったDOSパソコンをメインに使っているため、メールもそのパソコンの通信ソフトで送受信しているのである。
もちろんその通信ソフトでは、添付ファイル」などは開けない。インターネットのブラウザではないので、ホームページなども見られない。ただ単純に、シンプルなメールを送るだけである。
NIFTY会員以外の人にメールを送る場合は(ほとんどこのケース)、アドレスの最初に INET: をつける。会員以外の人からの受信メールは、送信者がすべて INET GATE となっている。
メリットは、絶対にウイルスメールに侵されないこと。
しかし来年からそのソフトも使えなくなる。
*
インターネットはあまりに肥大化した。まるで何でもアリのように、とんでもない情報が飛び交う。ネット上の“付き合い”はバーチャルで、実体があまりになさすぎる。パソコン通信jを始めて驚いたのは、会ったこともない人と「メール」でやり取りでき、その人と実際に対面したとき、まるで十年来の知己のように語り合えることだった。
もちろん今でもその感動はある。しかし、あの頃とどこか違うと感じるのは、単なる郷愁からだけではないと思うのだ。
トップページを少しリニューアル
2月15日
カウンターが1万を超えそうなのを機に、少しトップページをリニューアルした。増殖に増殖を重ねて、何がポイントなのかよくわからない「トップ」になっていたのを、きちんと「旅日記と日記と俳句のページです」と入れることにした。
その上で、旅日記や毎日の日記を上に持ってきた。「掲示板」や「プロフィール」は下のほうに……。
これで、「旅日記」「俳句」などで検索した場合でも表示されるようになるかも知れない。“常連”のかたには「おや?」と思われたかも知れないが、基本構造は変わっていません。
*
昨日はバレンタインデー。結婚してからチョコの数はぐんと減ってしまった。ま、いいけどね……。
マタンゴ
2月12日
いま50歳〜55歳ぐらいの人は、もしかして強烈に記憶しているかも知れないが、今から40年ほど前(1963年)に『マタンゴ』という映画があった。ヨットが無人島に漂着するが、そこは毒キノコ「マタンゴ」の支配する島だった……。漂流した7人は食料が尽き、理性を失って禁断のキノコを食べ、次々とキノコになってゆく…………。
当時、小学校でこの映画を見に行って(団体で見に行った記憶がある)、とにかく怖くて、しばらく夜トイレに行けなかった。あっと驚くラストシーンが強烈で、学校では、だれかれとなく肩を叩いて、振り向いたら「マタンゴ〜〜」と驚かせる遊び(?)がはやったものだ。
今日、レンタルビデオ屋さんに行ったら、『ゴジラ』『モスラ』などのDVDの横に、この『マタンゴ』のDVDがあって、迷うことなく借りてきた。15年ほど前にもレンタルビデオで観たことがあり、いつも妻に、「あれは、本当に怖いんだよ!!」と話していた。
で、二人で観ましたよ。
いやあ、怖かった!! 人間がキノコのお化けになっていくという不気味さ、得体の知れなさ……。しかし水野久美のキスシーンなどもあって、あれって、本当に小学校で観に行ったんだろうか。
今観ても充分怖いんだから、小学生が観たら、メチャ怖かったろうなあ。
*
なお、一緒に『下妻物語』を借りてきた。いざ夫婦で見始めると、どうも演技が下手だし、いきなりレズシーンなんかがあったりする。それでも、そのうち深田恭子が出てくるんだろうと思って見続けていたら、なんとレイプシーンになってモザイクまでかかっている。
「おい、これおかしいよ、絶対」
と、よくよくパッケージを見れば、ロゴや衣装は『下妻物語』とまったく同じに作ってあるが、小さな文字で「no」と入っている。
『下妻no物語』というアダルトDVDだった。しかし、『世界の中心で愛をさけぶ』の隣に新作で並べるなよなあ、まったく!!
つくるほうもつくるほうだ。パロディにしてはあくどすぎるゼ。
むかし、『調教だよ、おっかさん』というアダルトビデオがあったが、これぐらいの洒脱さ(?)がなきゃ!
愛媛新聞に川柳が掲載された
2月11日
今年に入ってけっこう真面目に俳句をつくっている。で、毎週月曜日に、「愛媛新聞」に投句している。愛媛は俳句の盛んな土地で、愛媛新聞は毎週火曜日の文芸欄で、投稿された俳句を掲載している。これが俳句だけで5人も選者がいるというもの。レベルも高い。腕試しのつもりで投句しているのだが、なんと2月8日の「川柳欄」の1句掲載された。
俳句を投稿したときに、ついでに出来てしまった川柳を2句、一緒にポストに入れたのだが、俳句が載らずに川柳が載ってしまった。
せち辛い世の中だけど意地を張る 東京都 片山一行
と載ったわけだ。掲載された川柳は、約25句。ほかはすべて愛媛県内の市町村名だが、ひとつだけ「東京都」とあるのも、妙なものだった。
その中に父の川柳もあった。
吊り橋を揺すって強い子が育つ 宇和島 片山辰巳
……うーむ、川柳に関しては親父のほうが一日の長があるなあ。ちなみに父は、この川柳欄の常連らしい。
ちょうど私の誕生日に掲載されたこともあって、母は喜んだようだが、いまだに息子に辛い父は、
「あんな句は、いけんぞ」と一言。
要するに、「せち辛い」と来たら「世の中」と続くのは、余りにも当たり前すぎるというのだ。なるほど、俳句で言うと、
寒椿赤い花咲く……
と言うようなものなのだろう。
父は掲載紙と一緒に、わざわざ添削したものを送ってきた。
せち辛い都会の風に意地を張る
なるほどねえ。
ま、何にせよ川柳もけっこう面白い。季語の制約がないのがいいが、それなりに「ポンと膝を打つ」ようなものが必要で(これを「うがち」と言うらしい)、俳句同様、奥は深い。
送られてきたものの中に、「第十二回、四国番傘誌上大会」と「第二十九回、全日本川柳大会」の応募用紙が入っていた。
「お前も挑戦してみよ」
ということらしい。やってみるかな。
52歳である!
2月8日
今を去ること52年前、愛媛県宇和島市和霊町の借家で、玉のような男の子が誕生した。約一貫目。髪の毛はなかった……。
夜8:30……しんしんと雪が降り積もる夜だったという。
片山家の長男として生まれた私は、当時、魚市場の人がびっくりしたという鯛の尾頭付きで祝われ、蝶よ花よで育てられた……というのはウソで、商売に一生懸命だった両親は、ほぼ放任状態で私を育てた。
片山商店はパンツやズロース、カーテンなども縫製していたのだが、その2年後に弟が生まれると母は弟を背中におぶって、私は腰ひもで柱にくくりつけられ、半径1.5m以内しか動けないようにされた。母は私をそういう状態にしてミシンをせっせと踏み続けたという。
2歳半というと、ゴソゴソと動き回って手がかかる年齢だ。仕事をしている母にとっては、「もう! じっとしとけ!」といったところだろう。しかし一歩間違うと幼児虐待だよなあ。
……そんなわけで今日2月8日は私の誕生日である。この歳で「誕生日おめでとう」と言われるのも面はゆいが、まあそれなりに区切りを感じる日ではある。
*
早いもので、私が上京してから34年が過ぎようとしている。ちょうど34年前の今頃は、大学受験のために東京の叔母の家に居候させてもらっていた。その叔母も、一昨年亡くなった。
まだ隠居するには早いが、30代、40代のようにガツガツ働く気持ちもない。あくまで自然体に、静かに、淡々とやっていきたい。もっとも最低限の好奇心は失いたくはないが……。
悲しき(?)休肝日
2月3日
先日、中尊寺ゆつこが大腸ガンで亡くなった。42歳だという。まだ小さな子供が二人いるそうだ。発見されたときには手遅れだったのだろう。また先月末、歌手の北原健二が亡くなった。まだ60代だ。『北風』『ふるさとの話をしよう』などは私の十八番である。
年齢的なこともあるのか、人の死が気になる。
*
突然だが、ウチの奥さんのことについて。
知っている人は知っているし、知らない人は知らないだろうが(何のこっちゃ)、私と彼女は高校時代の同級生である。知り合って30年以上になるわけだが、実はいろいろあって、「結婚」したのは一昨年である。
ま、そんなことはどうでもいいのだが。最近「鬼嫁」がブーム(?)になっているけれど、今のところ“鬼”ではない……と思う。仕事もソコソコやってくれるし、料理もけっこううまい。
しかし、なんといっても私は「一人暮らし歴30年」だから、同居人ができることだけで微妙なストレスがあった。ようやく「二人暮らし」に慣れたところだが、それでもお互い小さな不満はあるんだと思う。
ところで……。
私は晩酌をする。焼酎である。720mlが4日か5日でなくなる。なくなった翌日は酒を出してくれない。つまり休肝日である。それはいいとして、「あなたは飲み過ぎだ」としょっちゅう言われるのには閉口している。
……酒ぐらい好きに飲ませてくれ〜。そんな、大した量じゃないんだし、アル中でもないんだからさあ、と言ってもダメである。ちなみに昨日は休肝日。悲しい夕食であった。
*
先日、キッチンで手を洗って冷蔵庫の扉に掛けてあるタオルで手を拭こうとすると、
「何すんのよ! ダメよ、それは食器を拭くタオルなんだから!!」
と怒鳴る。
「そっか、手が汚れるとまずいもんな」
「そうじゃなくて、汚い手で拭いたら、食器を拭けなくなるでしょ!」
オレの手は「汚い」のか。亭主の手よりも食器のほうが大事なのか……。
と、私はいじけて、ま、そんなふうに我が家の一日は過ぎていく。
*
いま、大陸から冷たい高気圧がやってきていて、日本海側は大雪だが、こういうときの東京はきれいに晴れ渡る。今朝、6時頃に目が覚めてベランダから東の外を見ると、きれいな朝焼けだった。この写真は急いでデジカメで撮ったもの。ホームページビルダー9から、写真補正機能などが付き、なかなかきれいに納めることができた。
一太郎販売中止!?
2月1日
新しいパソコンはとりえず動いている。まだ、おっかなびっくりというところもあり、少しおぼつかないが、まあ最初はこんなものだろう。やや文字変換が遅い(キーの反応が悪い)のが不思議だが……。
実はこのマンションには光ファイバーが入っていて、本来なら快適な通信環境が体感できるのだが、これまでのwindows98マシンは、6年前に買ったPentiumUで、かなりポテンシャルが低く、せっかくの光を生かし切れていなかったのだ。
しかし今度のはPentiumW540だ。速い速い。ホームページ更新のため、ホームページのデータをサーバーからダウンロード(転送)したのだが、(実はこれにウイルスチェッカーがひっかかっていた)、6MBものデータが十数秒でダウンロードできてしまった。
*
「一太郎」の製造販売中止の判決がおりた。松下電器の特許を侵害していたとのことだが、ニュースを見る限り、判決はおかしい。一太郎のあの機能は「一太郎3」の遠い昔からあった。つまり、Escキーで機能一覧を出して、その中から「センタリング/右寄せ/左寄せ」などの機能を選択していくものだ。この機能が一太郎の最大の特徴でもあり、これが好きな人もいれば嫌いな人もいた。私などはこれが好きで、14、5年前から使い続けている。
それが、マウス操作で出来るようになっただけのことで、松下電器の特許侵害となるのは、おかしいと思う。これはジャストシステムの言い分に、一票!
それにしても松下も肝が小さいよなあ。マイクロソフトに対抗して必死でがんばっている国産ソフトなんだから、横やりを入れなくてもいいじゃないかと思うんだがね。もしかしてビルゲイツの差し金か……。まさかねえ。
ジャストシステム側は控訴すると言っている。当然だろう。
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各地で大雪である。実家の四国でも雪が降り、高知でも積雪があったという。宇和島は当然雪だ。
実は宇和島という地域は、けっこう雪が降る。大陸から高気圧がやってきて雪が降るのは、湿った空気が日本アルプスなどの山にぶつかって雪雲をつくるからだ。しかし中国山地は低い上、端っこは関門海峡だ。北西の季節風は、この関門海峡を吹き抜けてきて、四国山脈にぶつかって、その麓である宇和島に雪を降らせる。
雪にならないまでも、東京のようにからりと晴れるということは少ない。宇和島の冬は、どんよりと曇っていた記憶がある。
私の妻は、宇和島市の隣町の「三間町土居中」というところの生まれである。ここは宇和島から峠を一つ越えた山の中の盆地で、冬はよく雪が降る。子供の頃、鎌倉をつくって遊んだ記憶があるという。夕方電話してみると、宇和島も三間も積雪は大したことないようだったが、「吹雪」だと言っていた。
「冷(ひ)ようて、朝からじーーっとしとらい……」
と実家の親は、それでも元気そうである。