Cafe de Brise Pastral


 私は駐車場に車を停めるといつものように歩き出した。
 角を一つ、また一つと曲がりカフェ・ド・ブリーズ・パストラルに近づいていく。歩いても1、2分 の距離。夕暮れに染まった町並みを見渡しながら足早に去っていく人達の顔を見ると色が無いことに 気付いた。
 私も色を無くしているのかも知れない。だが私は失った色を取り戻す方法を知っている。

 慣れ親しんだ煉瓦造りの外観が目に飛び込むと安堵の溜め息を吐いた。いつものように手彫りの看板 には明かりが点っており人間の手の温もりを感じさせた。木枠の自動ドアの前に立ちゆっくりと歩を 進めた。独特の音と同時に目の前にあるドアは開いた。コーヒーの薫りを微かに感じ私は店内へ 入った。
「いらっしゃいませ」御馴染みの声。
 さぁ、色を戻す時間だ。私が大切にしている時間の始まり。楽しもう。人が人であるために。素敵な 無駄な時間を過ごすために・・・


 カウンターに腰を下ろした。
 ふと、流れている音楽がビル・エヴァンスであることに気付く。束の間の安らぎに包まれるこの場所 が私は好きだ。生花のある風景。様々な種類のカップ。木の温もりが心地良い店内。店内のそこここに 人を和ませる何かがある。それは行った者でないとわかるまい。わかってたまるかという気持ちもある 。
 水が差し出され、メニューが置かれた。
 私はいつもコーヒーを飲む。それもストレート・コーヒーをドゥミタスで。
 いつの頃からか紅茶好きがコーヒー好きに変わっていた。紅茶もコーヒーも生きている。葉や豆を 摘まれて熟成をされるのだが、紅茶は管理がしっかりされていれば美味しい紅茶を飲むことが出来る。 しかし、コーヒーは焼き方、挽き方、点て方によって毎日味が変わる。講釈などするつもりはないが 知っているのと知らないのでは愉しみかたが違ってくるのは明らかだろう。
「スマトラ・マンデリン」そう言い終えると煙草に火を点けた。
 席はいつも決まっている。カウンター席の折れ曲がったところから2つ目の席だ。なぜかいつもこの 場所に座る。そして誰かに座られていると寂しさを感じてしまう私がいた。後で思い返せば
 コーヒーを点てる時、煙草の煙を吸い込んでしまうのが嫌いなマスターはネルに湯を注いでいるとき はカウンター席にいる客に煙草を吸わせない。私はそういったこだわりが嫌いではなかった。美味い ものを出すには美味いものなりの理由がある。それは手間をかけ、成分を抽出することだったり、 マスターの美味しいものを出したいという気持ちなのだ。
 冷凍庫から豆を取り出す。計量器を使い、決められた分量を取り出した。バックルームへ行き、 豆を挽く音が聞こえる。お湯は沸き始めているので火力を弱めたらしい。ネルに挽いた豆を入れ、棒で 整えた。小さめのポットにお湯を移し、その後カップを暖めるために少し注いだ。小さなポットのお湯 を大きなポットに移し、再び小さなポットにお湯を差した。
 マスターが左手に豆の入ったネルを持った。
 少しずつポットが傾けられた。微かに熱湯が流れ出す。コーヒーの豆が吸い込む分だけの分量の熱湯 を注いだ。そのまま時間を置き、豆の成分を十分に引き出す。その後、再び熱湯を注ぎカップ一杯分の スマトラ・マンデリンが出来上がった。


 カップが目の前に置かれた。
 私はカップを持ち上げ、鼻腔に近づけた。スマトラ・マンデリンの薫りを確かめる。
「あぁ・・・」私に色が戻ってきた。
 時間がゆっくりと過ぎていく。マスターとの話も、居合わせた人の話も全てが素晴らしい。下らない 話もするがそれも人間らしい一時だろう。人が人であるためにカフェ・ド・ブリーズ・パストラルは私に とって必要なのだ。

 私は一年に一度しか紅茶を飲まない。
 それは私の誕生日である2月6日。“キャッスルトン・ダージリン”を飲むのだ。
 マスカットのような薫り。力強い味。自然に体の中に入ってくる。記念日にこんなのもいいのでは ないだろうか?誰かに祝ってもらうのも嬉しいが自分に最高の贅沢をさせる。それは例えば酒でもいい 、食事でもいいだろう。無くなってしまうものだから自分の中に刻み込んでおける。残らないもの だから贅沢なのだ。儚さを感じ、憂いを感じる。そんなものを一年に一度だけ愉しもうではないか。

 さて、そろそろ私は戻らなければ・・・
 また、私は色を無くすだろう。それでも私は色を取り戻す方法を知っている。恐くはない。 ここがある限り私は何度でも色を取り戻せるのだから・・・


宇都宮市二荒町3−4小塙ビル1F
TEL(028)633-4439
木曜日定休