感想
感想
43年の会社生活で出来なかった、やりたい事、行ってみたい所、沢山、満を持して暖めてきたつもりだ。
卒業するに当たってそれを実行するのがなんとも楽しみでもあった。今回その一つをやり終えて、
達成感と共に、或る意味ほっとした気持ちになった。またどれだけご利益に預かれるか分からない、が
10日間、宗教という別世界に集中して触れてみて、今まで味わったことの無かった清々しい気持ちになった。
人生を野球に例えるならば、人生も終盤、三塁を回ったところだろうか。
一塁、二塁を回るときは、それこそわき目もふらずに一目散に駆け抜けてきた。ところが三本間は
平均寿命から言えば長いということに気が付いた。本塁に立って人生を終える時、人は恐らく三本間の
出来事を思い返すのだろう。これからも精一杯、自分に誠実に生きてみたい、と思う。
1. 四国の人達は、途中、場所を教えてくれたり、民宿に電話してくれたり、車で案内してくれたりと、
お遍路さんに対して極めて親切にしてくれた。また品川ナンバーのバイクを見て、声をかけて
くれる方が多かった。またお遍路さん同志もすぐ打ち解けて親しくなれた。旅館のご主人や奥さんとも
いろいろ話が出来たのは収穫だったと言えるだろう。
2. お寺は八十八箇所以外にも無数にあッた。日本の宗教、仏教について考えさせられた。
お寺の建物含めて「ハード」は、お金をかけた立派なものが沢山あッた。勿論、古色蒼然としてそれは
趣の深いお寺も多かった。そのどちらも素晴らしいのであるが、日本人の日常の生活に
密着して、倫理、道徳の面で貢献するという「ソフト」の面では寂しい思いがした。人が亡くなったときに
お寺にお参りし、正月になると神社に初詣する。クリスマスにはパーティーをする。
日本人の宗教観が希薄なのも事実であるが、これだけ日本人の倫理、道徳が退廃しているいま、仏教にもっと
寄与してもらいたいと思うのは私だけだろうか。
またお寺も商売と無縁でないということも多々感じた。
3.私は本来、神様に対してさほど信心の深いほうではないと思っていた。しかしこれだけ、八十八箇所も
のお寺にお参りし、心底お願い事を唱え、またお寺の由来、弘法大師の足跡、民とのかかわりを沢山
見聞きしてきた。お参りする前は知らなかったことであるが、それぞれのお寺には長い長い歴史があり、
まず例外なく、焼失と再興を何度も繰り返してきている。焼き討ちにあい、兵火にあい、空襲で焼け、
山火事で焼け、そして時の権力者の寄進を受け、民の浄財で、再興してきた。その結果の、現在の
札所を一望できたのは幸せだった。またお遍路道には、行き倒れになったお遍路さんの無縁仏の石を
無数に見て、車上ではあるが、頭を下げた。本来なら手を合わせるところであろう。そんなことで、
神様の足元に少しは近づけてもらえたかな、という気持ちになった。あつかましいだろうか。
4. 淡路島の観光ずれには幻滅した。部屋があっても一人客は泊めない。一人と聞いただけで、
けんもほろろに一方的に電話を切られる。断り方も知らない。食事をしても地元の客を優先する。
二度と行くまいと思った。
5. バイクは良くがんばった。行く前、エンジンのタペットの音がしていたので気になったが杞憂であった。
ただ酷暑の空冷エンジンはきつい。度々ホットの起動時にバックファイヤをおこしていた。
また山の急坂の細いつづら折のお遍路道には苦労した。特に上り坂ではクラッチを酷使した。
坂道で倒したら、280キロの巨体は、まず自力では起こせない。必死に運転してきたと思っている。
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