第二日目 平成15年8月10日(土)
(地図)

積算計 6157KM

 いよいよお遍路に出発する。
 市内にある一番札所の霊山寺(リョウゼンジ)に行く。 写真写真 ご朱印 売店にお遍路用品を沢山売っていた。何を用意したらよいのか分からなかったので売店のおばさんに 相談した。結局、納経帳、弘法大師の鈴のついた金剛杖、それに線香、蝋燭、納札、それらを入れるずた袋、 白装束、、地図を買った。(¥9895)地図は町で売っている一般のものではなく、専用のもので 見やすく便利なので終始これを使った。 始めて行く町で、見知らぬ寺を八十八箇所もうろつきながら探し当てるのは結構、労力と気を遣うものだ。 納経帳には既に霊山寺のご朱印が押されていた。
お札を納め、蝋燭にお線香を上げ、念入りにお参りをした。
 弘法大師は人間の持つ八十八の煩悩を消滅させるべく、心身救済の場として、四国の東北の地を 起点とし、右回りの霊場を考えられ1200年余が経つ。そして霊山寺を一番札所とされたのだという。  本堂に安置されている本尊の釈迦如来像は大師の作といわれる。
 お参りの格好を記載しておこう。下はGパンのズボン、上は半そでTシャツの上に白装束をはおり、 ずた袋を肩から下げ、バイクの後ろのバッグのところには鈴のついた金剛杖をおっ立てた。見るからに お遍路さんとは分かるが、ヘルメットにバイクとはまことに不釣合いないでたちでのスタートとなった。 お遍路さんの多い四国以外でこんな格好していたら気が違っていると思われても仕方あるまい。
 各お寺では、先ず駐車場にバイクを止め、(車は駐車代をとるお寺が多かったが、バイクはとらない お寺が多かった)氏名、住所を記載したお札を、本堂、大師堂にある二箇所の納札箱に納める。 そして蝋燭とお線香を上げ、お参りする。般若心経を唱えている人が多い。もし再びお参りする 機会があったら、その時は般若心境を唱えられるようにしよう、と思った。その後、納経所に向かい、 300円を払って、納経帳にご朱印を頂く。そしてお寺の写真を何枚か撮る。これが各寺でのひながた となった。

 霊山寺をあとにして1キロくらい離れたすぐの所にある極楽寺(2)に行く。 しばらくは寺と寺との間が近いので助かる。 写真ご朱印 ここは本尊、本堂とも国宝に指定されていて、三方が、山に囲まれた静かな所にある。 境内には大師お手植えの長命杉があって、願うと長命がかなうという。

 次に3キロ位離れたところにある金泉寺(3)(コンセンジ)に向かう。 写真ご朱印 水不足に悩む地元民のために大師が井戸を掘ると霊水が湧き出たさまを称え、大師が金泉時と名づけた。 昔、壇ノ浦に向かう義経がここに立ち寄り、戦勝を祈願したという。 また弁慶が持ち上げた力石がある。

 ここから約6キロ離れて次の大日寺がある。  大日寺(4)は 写真ご朱印 人里離れ、三方を山に囲まれた緑深い、静かな所にあった。朱色の山門は周囲の緑に映え鮮やかで ある。この門は上部が鐘楼になっていて一階部分が角柱、二階が円柱になっている。本堂には大師自ら彫った 大日如来が奉られている。

 そこから約1.5キロ離れた  地蔵寺(5)に行く。 写真写真 ご朱印 821年に大師が開創したという。水琴窟が境内に二箇所ある。 境内の裏山には五百羅漢があり、木造のものとしては日本最大のものという。境内に或る樹齢八百年の 銀杏は、たらちね銀杏と呼ばれている。

 そこから5キロちよっとで次の安楽寺(6)に着く。  写真ご朱印 薬師如来の本尊をまつっている本堂は昭和38年に再建された鉄筋コンクリート建て。ここの境内の 「さかさ松」は大師お手植えのものという。

 そこから1.5キロくらいで次の十楽寺(7)に着く。  写真ご朱印 人間が持つ八つの苦しみを阿弥陀如来(本尊)の慈悲によって克服し、十の光明に輝く楽しみが 得られるように、という願いを寺の名前に込めている。ここは昔から盲目に霊験ある寺としても知られている。 寺宝に真田幸村の茶釜がある。

 ここから約3.5キロで熊谷寺(8)(クマダニジ)に着く。    写真ご朱印 境内の池に浮かんでいる弁天島の弁天様は安産に霊験があるという。四方に四仏がまつられている多宝塔は 四国地方最古最大のものという。

 ここから2.2キロで次の法輪寺(9)につく。  写真ご朱印 本堂に或る本尊の涅槃釈迦如来は大師の作と伝えられ、霊場中唯一の涅槃像である。

 ここから約5キロで次の切幡寺(10)に つく。  写真ご朱印 ここのお寺にいたる石段の数は450段と八十八箇所のお寺の中で二番目に多い。

 ここから次の藤井寺(11)まで約12キロある。 写真ご朱印 藤井寺は三面を山に囲まれ、閑静な雰囲気に包まれた霊地である。本尊の薬師如来で大師の作である。 900年以上前のもので四国霊場最古の仏様といわれている。ふじの木が境内一杯に植えられている。  ここから約43キロで次の 焼山寺(12)(ショウサンジ)にいたる。 写真写真 ご朱印 細い山道を登り、やっとたどり着く難所の一つ。標高938mにあり、巨杉に囲まれた仁王門の近辺は 鬱蒼としたところである。

 ここから次の大日寺(13)までは約30キロくらい離れている。 写真ご朱印 ここには歴史的価値の或る、大師作の大日如来像と本尊である行基の十一面観世音菩薩の二つが安置 されている。また門を入った正面には「しあわせ観音」がたっている。

 ここから約3キロで次の常楽寺(14)にいたる。 写真ご朱印  815年に大師画創建した。本尊の弥勒菩薩は四国霊場中唯一のもの。日本にある三体のうちの 一つで、傑作仏像として評価が高い。

 ものの1キロもいかないところに次の国分寺(15)がある。 写真ご朱印  741年に聖武天皇が天下泰平を祈願して全国66箇所に建立した国分寺の一つ。本尊の薬師如来は 行基が彫ったもの。

 ここから2キロくらいで次の観音寺(16)にいたる。 写真写真 ご朱印  田舎町の住宅の中にあり、境内と下界の境は、寄進額を彫りこんだ石柱で区切られている。
 途中からここまで車(三菱、RV)で先導していただいたお遍路さんの 石橋氏(中学の先生、お遍路三回目)に感謝して別れる。

 次の井戸寺(17)までは4キロくらい。 写真ご朱印  田園の中にあり、朱塗りの大きな門が目を引く。当時この地域は水が濁って困っていたのを大師が 一夜のうちに杖で井戸を掘ったところ、清水が湧き出たとのこと。この井戸は現在も境内にある。また 寺の名前もここからきている。

 ここで親切な方が次の 恩山寺(18)(オンザンジ)までわざわざ車で先導してくれた。約20キロはあろうか、渋滞の町中を 避けた複雑な道も迷うことなくスムースに行くことが出来た。多謝 写真ご朱印  このお寺はもともと女人禁制であったが、大師の母君がこられたので、大師は女人解禁の修行をされた。 大師の母を祭った親孝行のお寺である。
  今日は昼食を抜いてしまった。今日のお参りはここまでとしよう。近くの民宿「ちば」(¥6500) を紹介してもらってそこに泊まる。
 この民宿で、大山徳森氏という方のお遍路164回遍路記念(なんと!)のお札を頂く。 食事しながら夫婦連れのお遍路さんとビールを飲みながら話す。
 今日は、寺と寺との間が近かったので、予想以上にはかどり、十八番札所までお参り出来た。  今日お遍路をしていて気が付いたのであるが、地元の方がお遍路さんに例外なくとても親切にしてくれる。 昔からの伝統のようだ。
 今日は暑かったのでお寺で缶ジュースを相当飲んだ。こんなにジュースを飲んだのはいまだ記憶に無い。

走行 142KM

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