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もうすっかりネタバレ済みだが、それでもあえて「ミステリー」と言い張ってみる企画。 去年は一泊二日のバスツアーで北側から攻めましたが、今年は二泊三日の個人旅行(?)で、南側からイキまっせ! てか、出発前夜、テレビ見てたら、目的地のあたりに大雨洪水警報が出てるんだが、大丈夫か〜??? ちうわけで、2008年8月13日 07:00 徒歩で自宅を出発! |
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07:42 常磐線特急「フレッシュひたち」で上野へ。 今回は、電車(&バス)でGo!なのであります。 |
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09:30 東京駅にて。 今停まってる「のぞみ」の次の「こだま」に乗りますよ。 待ってる間に昼メシ用の駅弁も買っておこう。 |
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09:56 定刻どおり「こだま」発車。。 なんと、豪勢にもグリーン車です。 ……別に贅沢した訳じゃなく、10日ほど前に指定席買おうとしたら、禁煙席(車輌)はグリーンしか空いてなかったんですのよ! でもお陰で、でかいリュックを足元に置いても快適。 |
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11:00 三島駅到着〜。 おおっ、何か横断幕で歓迎されてるぞ! ……写真ブレてるけど(白々しくボカすためじゃなく、素でブレた)。 で、本来なら、目指す頂はこの駅からも「どばーん!」と見えるはずなのだが、この日は、駅周辺は良い天気なのに、 そっち方面だけ曇ってて、姿は見えず。 |
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11:30 バスが出るのは12:15分。 時間があるので、さっき東京駅で買った駅弁で腹ごしらえ。 ちなみにわしは、「焼売炒飯弁当」というのを買いました(クリックで開封)。 それにしても三島駅前ロータリーは、噴水の池のフチとか、バス停の庇や時刻表の基礎の部分とか、ベンチの土台とか、 色んなものが溶岩で出来てます。 |
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ところでわしらが三島駅に着いてから、バスに乗るまでの1時間あまり、わしらと同じとこに向かおうとしている人には全く遭遇せず。 たまにそれらしき装備の人が何人か現れるのだが、持っている荷物の感じからすると、どうも下りてきた人っぽい。 ネットで色々調べていると、この手のバスは、日時とコースによってはめちゃくちゃ混みあう、乗車時間も長いので、座れないと辛い、 しかも、混雑のピーク時など、満員になると、定刻前に出発することもある……などなど、色んなウワサが飛び交っており、 念のため早めに来てみたのだが、ちょっと拍子抜け。 |
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12:15 バスも定刻どおりにやって来た。 「2時間も乗ってるんだから、観光バスみたいなのが来るのかと思ったら!」(by旦那) ……思いっ切り普通の路線バスです(いや、わしは知ってたし、旦那にも前もって一度は言ってあったと思いましたが)。 |
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結局、わしらの他にこのバスに乗ったのは、親子連れが二組だけ。 それも、片方は途中の遊園地「ぐりんぱ」で、もう片方にいたっては、このバスが急行運転なのを知らずに乗ってしまったらしく、 運転士に掛け合って、本来なら停まる予定じゃない停留所に停めてもらって降りていった。 |
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| 13:20 運転士さんの休憩と、時間調整のため、「ぐりんぱ」で10分ほど停車。 | |||
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えーと、去年から、このためにニューアイテムを惜しげもなく投入しているわしですが、これは間違いなく一番高価なもの。 「プロトレック」の最高級グレードの一番安いやつ(????)。←機能は同じなんですが、バンドの材質の違いで、 3種類の価格が設定されてるのです まだ買ったそのままの状態で、高度の補正とかしてないですが、この時点で1,000米超は間違いなし。 このあたりからどうやら雲の中に突入してしまったもよう。 |
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ピークシーズン中は、この先、マイカー乗り入れ禁止になっています。 車で来た人は、ここ「水が塚レストハウス」でシャトルバスに乗り換えます。 ……あ、携帯電話の照明が窓に映りこんじゃった。 |
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14:30 登山口到着。 この階段を登ったところに、新五合目レストハウスや指導センター(静岡県警詰め所?)があります。 |
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登る人は、ここに「登山届」を投函しましょう。 特に決まった書類・書式というものは無く、何かの切れ端程度の紙で良いので、登る人の氏名・住所、緊急時の連絡先、 入山日・下山予定日等を書いておけば良い、という話です。 |
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では、軽く準備運動など……と思ってるうちに、とっとと歩き出しちまいやがった>旦那。 出だしの勢いだけは相変わらず……。 旦那曰く、 「去年具合が悪くなったのは、きっと、周りのペースに合わせてゆっくり歩いたせい。 だから、自分のペースでさっさと歩けば、高山病になる前に登頂できるはず!」 んなわきゃねーべよ……。 でもまぁ、今日は新六合目(ここから100米ほど↑)までだから、良いか……。 |
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この区間は、最初のうちは上の写真のようなゴツゴツした岩場が続きますが、途中から比較的なだらかで歩きやすい、
砂地メインの道になります。 そんな訳で20分ほど歩いているうちに、いともあっさり、という感じで |
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14:50 今回のベースキャンプ、「雲海荘」に到着〜。 (※この写真は、翌日、登山本番出発前に撮ったもので、天気が良いです。 実際に、13日に到着した時は、ガスの中でした。) |
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一旦、雲海荘に荷物を預けて、足慣らし・身体慣らしのため宝永山トレッキングに出発。 しかし、合羽出すのめんどいからって、横着して、Tシャツだけで出かけたら…… 天気悪…… サムっ…… しかも、時々雷鳴るし…… おまけに、たまにポツポツ降ってくるし…… |
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でも、一瞬だけガスが晴れた時に全体が見渡せた、宝永第一火口のスケールには圧倒された。 全くもって、 ♪人間なんてららーらーららららーら〜 ですな。 |
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第一火口の上のフチの方にある、奇岩?群。 遠くから見ても迫力満点。なんか、地球上じゃないみたい。 (撮影:旦那) |
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ここで腕時計の高度計を合わせました。 (撮影:旦那) |
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この画像では小さくてわかりにくいですが、真ん中あたりに、赤っぽい字で「天地之境」と書いてあります。 ここは山の中腹をぐるっと一周する(現在は途中で分断されていて、完全に一周はできないそうだ)「お中道(おちゅうど)」 と言われるコースの一部で、この道が聖域と俗界の境目らしい……と豆知識。 |
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16:30頃、雲海荘に戻る。 外の自販機で買ったオロナミンCを飲もうとキャップを開けたら、気圧低いからすごい勢いで溢れた! このあと店内に入り、暖かいお茶をいただきながら、持参のおやつを食べて休憩していたら、このおやつが呼び水(?)となって、 余計ハラが減ってしまったので、17時過ぎからなし崩し的に夕食タイムに突入! |
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今回は、宿泊に込みの食事は朝だけにして、夕食は別会計で任意選択(笑)で。 富士宮といえばそりゃやっぱり焼きそばでしょう。 トレッキングで程よく疲れた身体に、甘じょっぱく香ばしいソースが、た・ま・り・ま・せ・ん。 添えて出された七味唐辛子をかけるとなおよろし。 |
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| 焼きそばは美味しいが、去年のレポートのメモにも書いた通り、山小屋の食事は基本量が少なめ (食べ残しがゴミになるのを防ぐため)なので、焼きおにぎりとお汁粉も追加……あ、写真撮るの忘れた。 | |||
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腹具合も良い塩梅になったところで、寝室へ。 雲海荘には、二階に定員3名の個室がいくつかあり、そこを使わせてもらえました。 (というか、新六合目には、隣にもう1軒山小屋があるのだが、この個室があることで、雲海荘に決めた。) |
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今日はこのまま朝まで、寝れるだけ寝ます。 去年のバスツアーでは、五合目到着から登山開始までの「慣らし」の時間が30分しかなく(わしらが参加したそのツアーだけでなく、 大抵のバスツアーはそんな感じだそうだ)、それはいくら何でも短すぎだろうと思ったので、今回は、そこにまずたっぷり時間をかける、 という作戦なのだ(最終的に、この作戦は大当たりだったと思う)。 さて、先ほどの宝永山トレッキング中から、時折ポツポツと来ていたのですが、わしらが寝室に入った頃から、 雨が本降りになって来ました。 明日大丈夫なのか?……と不安になりつつも、眠くなってきた。zzz …… 18:30頃、しばらくウトウトしていたら、トイレに行っていた旦那が「大変大変……」と言いながら戻ってきた。 いつの間にか雨は更に激しくなっていて、食堂とトイレの間の、屋根のあるスペースが、、雨宿りの登山客ですし詰め状態らしい。 うーむ、元々天気予報が良くなかったから、実のところあまり期待していなかったのだが、それにしても明日大丈夫なのかアゲイン…… とまた不安になりつつもやっぱりウトウト……。 しかし、屋根を打つその激しい雨音が、いい具合に、階下の騒ぎや他の宿泊客の声やら物音をかき消してくれたようで、 あれは19時半ころだったか、山小屋の女将さんが「明日の朝食です」とお弁当を持ってきてくれた時に時計を見たのを最後に、 なんか熟睡してました。 明けて8月14日。 01:20 トイレに起きて外を見たら……あら、雨上がってる。ちょっとガスってるけど、空には月も出てる。麓の街の夜景もきれい。 この時間になると、御来光登山の人たちも、もう八合目あたりまで進んでいるか。いずれにせよ、一番登山道が空く時間帯らしい。 用足しと、その前後にしばらく外を眺めていた10分ほどの間に、雲海荘前を通ったのは、3人くらいの1グループのみ。 一方、去年、高山病の辛さに耐え切れず眠ってしまい、余計悪化したことを思い出して、しきりに「寝るのが怖い」と言っていた旦那だが、 途中で起きて苦しんだ形跡も無く、わしがトイレに立ったのにも気付かないほど熟睡している。 実は旦那、夕食後寝室に入ったあたりから、悪寒と頭痛を訴えていて、すわ、早くも高山病か!?と肝を冷やしたが、 念のため用意していた痛み止めを飲んだのが(もしそれが高山病によるものであれば、正しい処置ではないかも知れないのだが)効いたみたい。 |
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4:20 起床。 先ほど中途半端な時間にトイレに起きてしまい、その後眠れるかどうか不安だったが、思いのほか眠れたみたいで、 全く自然に覚醒。 出発は5時の予定。急いで身支度を整え、食堂に下りて外を見ると…… 良い天気! |
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目覚めの暖かいお茶をいただき、用意してもらったお弁当を半分だけ食べて、軽く腹ごしらえ。 お弁当はこんな感じ。 泊まり合わせた人の殆どが、わしらと同じように、五時頃出発の予定らしい。 そして大抵の人が同様に、お弁当で腹ごしらえしているが、中には朝からチャーシュー麺をオーダーしているツワモノも! |
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5:05 いよいよ出発! まずは準備運動でも、と思っていたらやっぱり旦那はとっとと歩き出しちまいやがった。 しかも、のっけからハイペースで飛ばしすぎ。 案の定、ものの数十米も登らんうちに、早速へばって立ち止まっている(そのくせ、出だしにわしが、記録用の写真を撮ったり、 GPSで測位したりしていたら、「早くしろ〜」と急かすのだ)。 ほーら、言わんこっちゃない……と思ったら、あれ? わしも……なんかキツイんですけど??? 去年は山小屋着くまで全然余裕だったんだが? しかも、早くも脚も辛い…… むー、息が上がったのは、旦那のペースに合わせたからとしても、脚が辛いのは……あーそうか、こっちのコースは、 去年登ったとこと比べて、のっけから急坂の岩場ばっかりだからですね。 それはともかく、このペースはいかん、旦那にこのペースで行かせてたら、旦那ばかりかわしまでやられてしまう。 追いついて、「ゆっくりジワジワと、ナメクジのように歩け!」と指示するが、旦那の性格上(笑)、なかなか難しいようなので、 途中からわしが前に出る。30分ほど、すり足で半歩ずつ進むような、わしにしても遅めのペースで歩いていたら、 どうにか落ち着いた。 |
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5:40 それまでまだ宝永山の陰に隠れていた朝日が顔をだしました。 陽が当たると急に暖かくなります。 |
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雲海荘から次の山小屋(新七合目)まであと1/4くらいまで登ったところで、急に便意を催し、旦那に
「ゆっくり来てねー」と言い残して、一足先に新七合目へ向かう。 6:30 新七合目「御来光山荘」(2780米)着。 正確に言えば、わし自身が着いたのはもう少し早く、用を足してトイレから出てきたのがこの時間。トイレに入っているうちに、 旦那も無事着いていた。 どこからともなく、雷鳴のような音が聞こえる。 しかし、周りは雲ひとつ無い青空。 ハテ?と思っていたら、他にも気になった人がいて、山小屋の人に「雷ですかね?」的なことを聞いたらしい。 で、山小屋の人が言うには、陸上自衛隊の演習の音らしい。そういえばもうすぐ、総合火力演習の時期だな。 暖かくなってきたので、ここで合羽を脱ぐ。旦那も一度は脱いだが、歩き出してすぐ「やっぱりまだ寒い」と再び着た。 やっぱりどうやら早くも、高山病の兆しが出ているようだ。 |
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7:35 元祖七合目「山口山荘」(3010米)まであと少し。 この時、少し前を歩いていたグループの中の女の子が 「えーっ!?まだ七合目なの〜!?」 と、悲鳴をあげていました。 このルートには、先ほどの「新」と、この「元祖」の2つの「七合目」があります。 予習しないで来ると、こういうことになるわけです(笑)。 |
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このあたりから、御来光登山帰りの人たちとのすれ違いが増えてきた。 今回わしらが登っているこのコースは、4つあるコースのうち唯一、登りと下りが同じ。 この場合、「登り優先」が原則だが、実際登ってみると、全く停まらずに登り続けるというのは無理で、 時々、いや2/3くらいはこちらが停まって下りの人をやり過ごし、その間休憩するくらいでちょうど良い。 それにしても、外国人が多いのにびっくり。1/3くらいは日本人じゃない感じ。 中でも多いのはアジア人だが、マナーの悪さも一番。 もちろん、アジア人登山者の全てがそうとは限らず、装備がマジメな人は態度もマジメなのだが。 |
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そして 7:40 遂に3000米! |
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8:40 3100米くらいかなぁ。 それまでは、白っぽい石と黒っぽい砂が主体でしたが、このあたりから、赤い砂礫と赤黒い大きな溶岩塊が目立つようになります。 |
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9:10 八合目の山小屋「池田館」(3250米)到着。 軽くお腹が空いたので、わしは持参のあんパンを半分食べました。甘いだけでなく、意外と塩が利いているのが良いところ。 普段は特に何とも思わないのに、こういう時に食べると、何て美味しいんだろう。 しかし、山の天気は目まぐるしく変わる。 それまで晴れていたのに、急に雲が湧き出し、 |
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あっという間に真っ白に! | ||
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ところでここまで、特に何事も無かったかのように書いていますが、旦那は、新七合目のあたりから既に、心拍に連動して、
頭が脈打つように痛いと言いながら登っていて、高度が上がるにつれ、歩行時間・距離に対する休憩回数・時間とも、徐々に増えています
(ここ一発!って時のパワーと勢いは相当なものなので、とてもタフな人間に思われているが、心肺機能は意外と弱いのですよ)。 後で計算したら、元祖七合目までは、100米あたり30分程度のペースで登れていましたが、そこから先は、九合目までが 45分、頂上までは60分超まで落ちていました。 一方わし自身は、高山病と自覚できるほどの変調は無く、特に息苦しいとか、心拍数が上がるとかも感じませんが、 確かに脚の末端まで酸素が行き渡っていない、という感じで、一回に歩ける距離が短くなってきています。 それでも、今回は「(どちらかでも)気持ち悪くなったらそこで諦めよう」と思っていたのですが、旦那も、 辛いとは言いながらも、しばらく立ち止まって息を整えれば回復するというので、焦らずあわてず、じっくり行くことにしましょう。 そんな訳で、ここから先のキーワードは 「頑張らないで、頑張る」 です。 |
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9:35 八合目を出てすぐのところにある、鳥居を振り返る。 実は八合目から上の土地は全て、山梨県でも静岡県でも日本国でもなく、「浅間神社」の所有地なのです。豆知識その2。 |
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この登山は、八合目が本当のスタートと言われる(八合目以前にリタイアしたら、登ったうちに入らんらしい)。 そして今までは、山小屋を出て歩き始めると、上方にすぐに次の山小屋が見えていて、とりあえずあそこまで頑張ろう、 と目標を定めやすかったのだが、八合目を出発しても、更に勾配を増した斜面のせいか、次の九合目の山小屋は、 到着直前まで見えてこない。 そういう意味でも、この辺りちょっと辛いところ。 |
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もうすぐ3333米 ジャスト3333米を狙いたかったのだが、どうもこの時計は、5m刻みでしか表示できない設定っぽい (本当はなんか調整できるのかも知れないが)ので、ここで記録。 もっとも、気圧の変化で感知している以上、どのみち正確な数値は期待できないのだが(ちなみに、 旦那の腕時計に付いている高度計とも、常に±10m程度の差が出ていた。前日、同じ場所・時間に調整したのにね)。 |
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で、その、もうすぐ3333米、の地点から仰ぎ見る頂上。 八合目あたりまで来ると、それまでは単になんとなく全体が茶色っぽく、滑らかに見えていた山頂近辺の山肌が、 実はこんな風に、白っぽいのや黒っぽいの、赤茶色っぽいの、色んな大岩小岩が複雑に混ざっているのがはっきり見て取れるようになります。 |
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10:50 九合目「万年雪山荘(3460米)」到着。 二人とも、500mlのミネラルウォーターとスポーツドリンクを1本ずつ持って来たが、あらかた飲んでしまったので、 ミネラルウォーターとスポーツドリンクを1本ずつと、旦那が、高山病の頭痛が辛いというので、効いたとしても気休め程度だろうけど、 酸素スプレーを購入。 飲み物は、500ml入りのペットボトルで1本500円もするが仕方あるまい。 つーか、ここまで来ると全然高く思えなくなっているから不思議。 |
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その万年雪山荘で、ちょっとしたハプニング。 ちょうど山小屋前の石垣で布団干しの最中だったが、急に風が強くなり、煽られた布団の何枚かが、 下の登山道に落下したり、山小屋の前にめくれて来たりした。 すかさず、 「布団が、吹っ飛んだー」 と定番過ぎる駄洒落を飛ばす旦那……。 |
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この後数分間強風は止まず、並べなおした布団が次から次へとめくれて来て、山小屋のお兄さんはてんやわんや。 しかし、他の登山客も一緒になって、並べなおしを少し手伝ったりもしながら大爆笑していたら、 それでかなり酸素が取り込めたのか、旦那の調子もだいぶ回復。 |
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11:20 九合五勺の鳥居をくぐる。 |
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3500米からの雲海。 地平線(水平線)が丸く見えました。 この頃下界は若干荒れ模様だったようで、この雲海も、急にせり上がってきた感じ。 この画像では判りにくいのだが、雲は縦方向に伸びてきていて、霜柱のように見えた。 |
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万年雪が残っているところもあります。 | ||
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12:15 九合五勺「胸突山荘(3590米)」着。 ふと頂上を仰ぐと、真ん中のくぼんでるあたりに、頂上入り口の鳥居が見えて来た! |
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また少し腹が減ったので、半分残していた朝のお弁当の、更に半分を食べた。 それまで、気持ち悪いほどではないけどまだ食欲が無かった旦那も、やっと余裕ができたのか、あんパンを食べていた。 他の登山客が、山小屋の女将さんらしき人に、これまでの山小屋は「何合目」毎だったのに、なぜここだけ「五勺」 なのか、と聞いていた。女将さんの回答によると、九合目から先が難所なので、途中に休憩地点が必要だったから、とのこと。 |
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ここまで来ると流石に(?)わしにもほんのりと頭痛が出始めた。 が、こうなったら絶対登り切る!というテンションの方が勝って、全く辛くない。 相変わらず頭痛と激しい動悸が続き、一回の歩行距離は短くなる一方の旦那も、それでもこうして休み休み登っていれば、 これ以上酷くなることもないとのことで、この期に及んでまたリタイアはしたくない、どんなに時間がかかってもいい、 絶対登頂する、と、息切れしながら息巻いている。 そこから先は、つづら折の急坂の登山道を、その折り返し毎に休んでは登り、休んでは登り、の繰り返し。 出発から元祖七合目あたりまでは、それまでのペースから、昼過ぎくらいには登頂できるのでは、 と踏んでいたのだが、やはりそうは問屋が卸してくれなかった。 しかし、じわじわとではあるが、進めば進んだだけ、鳥居が大きく見え始める。 |
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そして、九合五勺を出てから一時間余り。 13:45 頂上入り口の鳥居を通過! |
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やりました!とうとう山頂です! 佐藤家レーシング、遂に「日本一」です!(なんか違……) それにしても、旦那は寒そうです(実際、高山病の影響もあって、かなり寒がっていた)。 一方わしは、着いたばかりのこの時点ではまだ暑く、冷気が気持ち良いくらいでした。 ちなみに、後ろに写っているのが、「浅間神社奥宮」です。 登頂の記念に、お札を買いました。 |
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ちゃんと連れて来ていたけど、今回はようやく初登場、 「かんとく」も満足げです。 |
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九合五勺までは良い天気だったのに、本当にあと一歩というところで天候が急変。 山頂だけすっぽり雲に覆われてしまいました。気温も急低下した(多分10℃以下)ので、山小屋「頂上富士館」 の食堂で、味噌汁とお汁粉をオーダー。どちらもインスタントだけど、暖かくて美味しい〜。 かんとく、日本最高所の食堂でいただくお汁粉の味はいかがですか〜? |
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さて、本当はここから「お鉢めぐり(頂上一周)」もしくは、せめて剣が峰(日本最高地点、本当の「頂上」)までは行っておきたかったのだが、
天気も悪いし時間もない(当初の見込みでは、12時半くらいにここに到着の予定だったが、1時間以上遅くなってしまった)。 14:15 下山開始。 わしらが登ってきたここ「富士宮口」登山道は、岩場が主体の急坂コースなので、登りは比較的楽だが、下りは脚への負担が大きいと聞く。 そこで最初は、距離は長いが砂地が多く、脚への衝撃がわりと少ないという「御殿場口」から下山、ということも考えていたのだが、時間が読めない。 だったらまだ、状況がわかってるルートの方が確実だろう、ということでこのまま、登ってきた富士宮口を降りることにする。 |
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15:50 九合目着。 ここから先は、携帯電話のバッテリーが残り少なかったので、写真は無い。 そして、時間との戦い、日没との競争になった。 |
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16:45 八合目着。 登りの九合目あたりからほんのり出ていた、高山病と思われる頭痛が、何故か今頃になって強くなる。 登頂できて気が抜けたからか? 17:40 元祖七合目着。 両足の親指の先がヒリヒリしてくる。 爪剥がしたかも知れない…… この辺りで、太陽が山の陰に隠れてしまい、一挙に冷え込んできた。合羽の上だけを着る。 |
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この辺りから、明日の御来光を目指す登山客とのすれ違いも増えてきた。 途中、登ってきたハタチくらいの若い女の子が、わしとすれ違いざま、 「あ〜、チップだぁ〜♪」 チップ、って……もしやうちの「かんとく」のこと? だとしたら、わしは「かんとく」をリュックに、この写真の状態でぶら下げていたのだが、ここだけ見てよくわかったな。 |
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新五合目から麓の街に降りるバスの便は、富士宮駅行の20:00と、三島駅行の20:35というのがそれぞれ最終。 もし、最終バスに間に合わないようなら、途中の山小屋に空きがあればもう一泊、ということも考えたが、二晩も風呂に入れないのは辛い。 もうこのあたり、とにかく何でもいいからひと風呂浴びたい、という気力だけで歩いていたような気がする。 18:35 新七合目着。 爪先の痛みに加え、両膝が笑い出した。 停まると脚全体がプルプル震えていて、立っているのも辛い。 ちなみに、わしと旦那とでは、約20cmの身長差がある。一見、登山に体格差は関係なさそうだが、この登山道のように、 段差の大きな岩場が続くと、確実にその差が効いてくる。 身長が20cm違えば、乱暴に見積もっても、脚の長さは10cmも違うことになり、それだけの差が出ると、例えば、ちょっと大きな段差で、 旦那だったら一歩で、普通に階段を歩くように昇り降りできるところを、わしは、岩に手をついてよじ登らなければいけなかったり、 降りる時は、踏み出した方の足が、相対的に10cmも余計に落ちることになるので、その分衝撃が増える。 更に、この辺りで完全に日が暮れてしまった。 一応、こんな時のことを考えて、ヘッドランプも持ってきていて、わしはリュックの、すぐに取り出せるところに入れておいたのだが、 「まさかここまで遅くなるとは思っていなかった」旦那は、奥のほうの、どこだかわからない場所に入れてしまい、すぐには取り出せなさそう。 探している時間ももったいない。旦那に比べて、わしの方が比較的夜目が利くので、ヘッドランプは旦那に着けさせる。 特に難しい箇所は、旦那に足元を照らしてもらい、あとは周りの人の動きをよく見ながら降りる。 この頃から、御来光登山に向かう人たちが急激に増えてきた。 しかし、殆ど「ガレ場」と言っていいような道で、もう完全に真っ暗になっているのに、まだ半分以上が無灯火なのにびっくり。 よく登れるな……。 19:30 新六合目着。 雲海荘、そして隣の宝永山荘とも、御来光登山前に一息入れる登山客で大賑わい。 朝、出発する時、雲海荘の御主人・女将さんに「帰りにまた寄ってくださいね」と言われ、わしらとしても、明るいうちに降りてこれたら、 ビールの一杯でも、と思っていたのだが、残念ながらそれどころでなくなってしまった。まぁ、仕方ない。 今回は一応、登山道は登り切れたけど、剣が峰に登れなかった、という宿題が残ってしまったので、また再チャレンジに来よう、 その時また雲海荘にお世話になろう(旦那がヤだ、って言ったら一人で来てやる)。 19:45 新五合目着。これにて下山完了! しかし、まる一日、足元の不安定な急傾斜の岩場ばかり歩いていたせいか、急に舗装路に切り替わると、却って上手く歩けないものですな。 バスにも間に合った、良かった。 ところがここに来てちょっとしたオチが…… 今回は、登山/下山の時間が読めないからと、登頂後の予定は、どのルートで降りるかも含めて、全く立てていなかったのだ。 |
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そういうのもあって、昨日、三島駅でバスに乗るとき、こんな往復セット券(\3,000)を買っていたのである
(どこから登ったか関係なく、帰りのバスは、富士宮・御殿場・須走・河口湖のどの五合目からでも乗れる)。 それで、帰宅の電車の便も考えると、やっぱり三島が一番楽だろうと、三島行きのバスを待つ間、宿を探そうと思ったら! 三島駅近辺の宿泊施設リストだけ、持ってくるの忘れた…… orz |
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しょうがない、御殿場の宿泊施設リストは持ってきていたので、御殿場に下りよう(富士宮のもあったが、
新幹線に乗るまでの乗り継ぎがめんどいのでパス)。 そして富士宮口新五合目から御殿場に行くバスの便は無く、タクシーで行くしかない。という訳で、上のセット券は無駄になってしまった (でも、三島駅からここまでの片道運賃が2,390円、ってことなので、最初から片道しか買ってないと思えばダメージも少ないか……)。 幸い、御殿場駅近くのホテルに、シングルで2室でよければ、ってことで空きもあった。 タクシーで、約1時間でそのホテルへ。 道中、今日の経緯(殆ど初めてだから、時間が読めなくて、的な)を話したら、運転手さんからも、降りるのは御殿場口の方が良いですよ、 距離は長い(富士宮口の5kmに対し、8.5km)けど「砂走り」で脚への負担も軽いし、時間も稼げるから、 意外と富士宮口と同じくらいの時間で降りて来れますよ、とアドバイス。 21:00 ホテル着。 早速ひと風呂浴びてさっぱりした後、旦那の部屋で、リベンジ達成を祝って乾杯! いやー、ビールが五臓六腑に染み渡る〜。 ……疲れもあって、あっという間に眠くなり、この後すぐに、自分の部屋に戻って爆睡。zzz …… |
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あ、そうそう、下山途中から気になっていた、足の親指の爪ですが、完全に剥がれてはいませんでしたが、多少浮いてしまったらしく、
内出血してムラサキ色になってました(特に右足)。 この写真ではあんまりはっきり色が出ていませんが、実際はもっと濃い、ナスみたいな色になってました。 |
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8月15日 9:30頃、ホテルをチェックアウト。 御殿場から東京方面(というか、東京から更に東へ向かうための上野)行き、というのも、電車ではなかなか便が良くなく、 最初はやはり、一旦新幹線の通るところに出ようかと思ったけど、その乗り換えも色々面倒そうで、結局、10:56発の特急「あさぎり」で新宿へ。 この特急「あさぎり」は、途中から小田急線に乗り入れ、小田急ロマンスカー「あさぎり」として走ります。 実はわし、学生時代は小田急線沿線に住んでいたので、周りの景色が懐かしいかな、と思っていたら、そこはやっぱり20年も前の話、 全然変わってしまっていました。 12時半に新宿に着いて、山手線に乗り換え、上野駅で昼メシを食い、14時発のフレッシュひたちに乗って、15時半頃、無事帰宅。 いやー、疲れたちゅかれた。 この後わしは、脚の筋肉痛がひどくて、まる3日間ほど、階段の昇り降りがまともに出来ませんでした。 いやはや、「日本一」はやっぱり大変! |
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← おまけ(クリック)。 ※ 別ウィンドウで開きます。 |
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(2008年08月26日) |
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