「何かがおかしい」と、最初に感じたのは、3年ほど前の夏の夜だった。
 真夜中すぎ、腕や脚の痒さに、目がさめた。
 枕元の電気スタンドを点けてみると、いつの間にか両腕両脚あわせて数箇所も、蚊に食われていた。
 おかしい、部屋に蚊がいれば、寝入るあたりで気配に気付くのだが……などと、ぼんやり考えているその間にも、 腿のあたりにちくりと、こそばゆいような痛いような、微かな刺激を感じた。ふとそちらを見ると、 一匹の蚊がとまって、まさに夢中で血を吸っている様子である。
 ばしり。
 平手打ち一発で、蚊はぺちゃんこに潰れ、叩いた手のひらには、直径1cm近くの血の跡が残った。 人が寝ているのをいいことに、さぞかし美味しい思いをしていたに違いない。
 どうやら部屋に入り込んでいたのはそいつ1匹だけだったらしく、その後しばらく待っていても、 寄ってくる奴もいないようなので、灯りを消してまた床に入ったが、なんとはなしに違和感を持った。
 が、その時はその違和感がまだ何かわからないまま、再び寝入ってしまった。
 そしてそれ以降その夏は、あまり蚊に食われることもなく、そのことはすっかり忘れてしまっていた。
 その些細な異変にはっきり気付いたのは、翌年の夏だったと思う。
 アルバイト先で、パソコンに向かって仕事をしていると、何だか1匹の虫が、顔の周りに付きまとってくる。 手でふりはらうと一瞬離れるのだが、すぐにまた寄ってきて、周りを飛び回る。
 そして最初は小バエか何かだろうと思っていたその虫が、そのうち手首のあたりにとまった時、 それが実は蚊だと分かった時は、正直驚いた。と同時に、前年の夏の夜に感じた違和感の正体がわかった。
 今でも、殺虫剤や蚊よけのテレビCMを見ていると、蚊は、あの、聞いただけで背中がむずがゆくなるような、 独特の羽音をたてて飛んでくることになっているが、その時といい、前の夏の夜中のことといい、 最近の奴らは、音もなく忍び寄ってくるのである。これでは食われるまで気付かないワケだ……。
蚊。
 更に次の夏、それは確信に変わった。
 あるバイク仲間の家の前で、5、6人がかりでレースに出す車両の整備をしていると、周りに草むらの多い所だったから、 すぐに蚊がわんさか寄ってくる。しかし、やはり誰もが、刺されるまで気付かないのだ。
「最近の蚊って……音しないよね?」「あ、そういえば……」

 やはり、大きな羽音をたてる固体は見つけられやすく、どんどん潰されて、子孫を残すことが出来なくなり、 たまたま羽音をたてずに飛ぶことのできた固体は、その存在に気付かれることも少なく、生き延び、子孫を増やすことが出来たのだろう。
 わずか数年の間のことだが、「淘汰」の実態を目の当たりに見せ付けられたような気がする出来事だった。


 なお、文中に表示している蚊(ヒトスジシマカ=通称「やぶ蚊」と呼ばれるもの)の画像は
害虫防除技術研究所 ホームページより拝借いたしました。

(2003年7月8日)