1. また日消連は大学を監督する立場にある文部省に対しても本件の解決を要望し、92年8月27日、時の文部大臣鳩山邦男氏宛てに「慶応義塾大学への私学助成について」(92日消連第51号)なる公開質問状を送付しましたが、応答無しでした。
    文部省が国民の方など全く見ていないのは厚生省、大蔵省などと同じで、今更言っても始まりませんが、94年度の文化功労者の顔ぶれを見て唖然としました。その中の一人に、わが辻村江太郎氏がいたのです。

    普段勲章なるものなどには興味なく、何も知らなかったのですが、同年11月3日号の週刊新潮によれば、まず文部省が文化功労者選考審査会の委員を10人選び、その選考委員が文化功労者候補をそれぞれ推薦したといいます。
    しかし作家の大庭みな子氏、京都国立近代美術館館長の富山秀男氏、日本芸術院院長の犬丸直氏など、その中に経済学を理解出来ると思われるのは慶応大の佐野陽子教授ただ一人で、しかもこの人は辻村氏の後輩、部下で、私と慶応とのやりとりの中で、商学部長として、辻村氏の悪徳行為、破廉恥行為をよく知っているのです。

    つまり90年1月、日消連は佐野商学部長に対してやはり公開質問状(89日消連第63号)を送付していますが、完全に無視されています。
    私は佐野氏については何の知識もなく、かって週刊誌で慶応初の女性学部長なる見出しの写真を見た記憶があるのみです。なお毎日新聞社発行のエコノミスト88年11月7日号、「日本の経済学界 その人脈地図」において佐野氏は辻村門下と紹介されています。
    するとこれは或る会社の係長が自分の直属の上司である部長を立派で優秀なお方と推薦したようなものに過ぎず、ずいぶん安っぽい文化功労者の出来上がりだなあと感心してしまいます。
    そういえばあの石川忠雄氏も文化功労者だそうです。辻村氏と同じく甲高い声で話す、薬害エイズで有名な安部英先生もなにか勲章をもらっていましたね。

    政府というのは悪い奴ばかりを探しては表彰しているような気がします。誰を表彰しようと勝手だけれども、文化功労者なるものは税金を納める必要の無い350万円もの年金を生涯貰えるのだそうです。「血税を大事に使え、文部省」と言いたくなります。辻村氏はまさしく「算数ができない大学教授」なのです。

    なおこの、しようがない佐野陽子氏は現在、嘉悦(かえつ)大学という名の大学の学長だそうで、この大学のホームページから顔写真を見ることができます。
    なんか派手なおばさんですよ。見てみたい方は
    http://www.kaetsu.ac.jp/message-gakucho.html をクリックしてみて下さい。

    (なお今日2002年6月24日、嘉悦(かえつ)大学のホームページをたまたまチエックしていましたところ、ホームページが新しいデザインで、リフォームされているのに気付きました。写真も新しく、大きなものに取り替えられていました。昔の写真を使っているのでなければ、なかなか若々しく、数段感じが良くなっています。この点に関しては、ここで訂正、ご祝福しておきます)

    "ところでこの後、折角誉めておいたのに、どういうわけでか、前の写真に戻されてしまっており、読者の方には、何のことか分からなくなっていますので、この場をお借りして説明させていただきます(2004年1月24日)。
    つまり、最初の写真は左下のようなものでしたが、新しい写真は更にその下のようなものに変えられてしまったのでした。

    最初の写真


    下の写真の方が普通の親しみやすい女性に思われるのですが、どうして元に戻されたのでしょうか。
    ひょっとして「昔の写真を使っているのでなければ、なかなか若々しく、数段感じが良くなっています」と書いたのが、図星だったのかとも思われます。
    案外、正直な人なのかもしれませんね。
    もっとも辻村仮説が間違っているのを知っておりながら、文化功労者に選んだわけですから、学者としてはクズですが・・・・。
    しかし両方の写真を比べますと、最初の写真の方が、何か狂気じみて、学者らしく見えなくもありません。
    真相はわからないままです。”

    嘉悦大学HPより・・・感謝

  2. なお月刊雑誌、財界展望(91年7月号、256ページから263ページ、「日消連が噛みついた慶応大学の退学問題」 ジャーナリスト、舘澤貢次氏著)において本件が取り上げられたこともありました。さすがはプロで、確かに要領よくまとめてあるのですが、肝心の辻村氏の名前が隠されていたので、関係者には、すぐ分かるとはいうものの、迫力不足な面もありました。いろいろ制約があったのでしょうが、ちょっと残念でした。
    財界展望
    黒田昌裕助手が上司の命令でウソの伝言を伝え、その事実を隠すために、平然とウソを言い続けて後輩を追い出したり、明らかに間違っている学説を、それ以後も書き続けているという神経は到底理解出来ず、不愉快極まりないことです。

    ところが財界展望によれば、著者の舘澤貢次氏に対して、黒田氏は「もう20年余も経過しているから、稲垣さんも、いろいろな場所で自分の説を主張できるのではないだろうか」と言っているそうですが、冗談ではありません。これでは全くの他人事ではありませんか。自分が辻村と同罪で共犯者なのだということを忘れてもらっては困るのです。呆れたものです。

    おまけにこの黒田なる人物は日消連が本件を調査し始めた当時、日消連の竹内直一代表(当時)のお知り合いで、自分のクラスメイトでもある女性をつうじて、「稲垣という人物は変わり者で辻村教授も手を焼いていた」と竹内氏に告げ、もみ消しをはかったそうです。竹内氏は消費者リポート95年4月27日号にて、この事実を明らかにされ、「本題そっちのけの誹謗中傷しか言えないていたらくです。全く正々堂々としていません」と呆れかえっておられます。
  3. 日消連としては主として竹内氏が本件を担当して下さっていましたが、経済学者のあまりの煮え切らない態度にしびれを切らし、お知り合いの二人の数学者に「消費選好場と相対性」を見せて感想を聞いてくださいました。
    お二人とも私の主張に同意してくださったそうです。
    お一人は私の言い分を認めたうえで、「このような初歩的なことを計量経済学の大家である辻村教授が分かっていないはずはないという気もします。あるいは計量経済の分野では、少々無理な(効用を基数で測定可能というような)仮説を立てても、そこから理論的に導き出された結論が現実の統計的計測値(家計調査など)と合っていればそれでよいとする行き方があるのかもしれません。この辺は経済学と計量経済学の基本問題に関することなので小生には正否の判断はできかねます」と回答してこられたそうです。

    勿論経済学といえども、効用を基数で測定可能というような無理な仮説を立てることは出来ません。これは辻村氏自身が自著の中で繰り返し述べているところですから、この点に関しては議論する必要はありません。私が辻村氏の説は論理的整合性を欠くと主張しているのはそのためです。
    言うまでもないことですが、辻村氏は自分の仮説が間違っているのをわかっているから、このような不祥事を起こしたわけです。

    竹内氏によれば、この方は現役の大学の先生なので慶応義塾や文部省などとトラブルを起こしたくないということなのでしょう、ということでした。

    もう一人の方は現役を退かれ、今は悠々自適だそうで、竹内氏も、この方は何の気兼ねも無く、オープンに証言してくださると期待なさっていましたが、やはり駄目でした。

    このあたりは日本人の考え方、生き方の問題なのでしょうか。
    このような初歩的な事柄でさえも表立っては明言出来る人間が、学者がいないなどというのは奇妙なことです。日本人が世界中で嫌われ、疎んじられるのは当然だと思えてきます。(学会以外でも雪印、三菱自動車、三菱電気、ブリジストンなど最近でも毎日のように世界を呆れさせています。)
    これでは辻村や黒田のような破廉恥学者は跡を絶たないでしょう。それゆえ今回ここに本件を公開したわけです。
    経済学の初歩を学んだ方はもとより、理科系の勉強をなさった方なら専門が何であっても、ご理解いただけると思います。

    なお辻村をはじめとする一派は最初の頃はあれほど基数的効用などは科学とは無縁だ、自分達は序数的効用しか前提としていないと強調していたのに、最近は自分達の間違いを隠すためか、こうした点にはあまり触れなくなってきています。それゆえ牧厚志氏の前掲書などは、ただ計算しているだけで、実態はまるで無意味なのですが、文科系の学生にとっては、一見高等数学を使った高級な本のように見えます。これは数学を「間違いを隠すために」利用しているだけ、はったりをかましているだけと言うことに他なりません。
    この事実は私たちにとっては勿論、冒頭にあげた「分数ができない大学生」の共著者の先生がたにとっても、不本意なことにちがいありません。
    「分数ができない大学生」にも少しは困りますが、非常識で横暴な「算数ができない大学教授」にはもっと困るわけです。

    なお経済学という学問が、辻村、牧氏などの習慣形成仮説などがまかり通るようなインチキな学問に過ぎないのなら、経済学を志望する受験学生に数学を課す必要は毛頭ないと思われます。
    そうすれば共著者の先生がたの、経済学部の入試には数学を必修科目とすべきという主張、運動は無意味なものとなってしまいます。
    そうはならないためにも、この先生方は、序数の和や差は無意味、つまり辻村、牧氏の習慣形成仮説なるものは無意味であると判定なさる必要があると思われます。

    共著者の先生がたは幸運なことに、経済学にお詳しいかたが多いようで喜んでいます。

    必要なら目次を、直接見ていただければわかることなのですが、
    http://www.math.hc.keio.ac.jp/edu/bunsu-index.htm

    「分数ができない大学生」の著者のうち、一部の先生のお名前を記しておきます。
    どの先生からどのようなお返事をいただけるのか楽しみです。

    西村 和雄先生:京都大学経済研究所教授
    岡部 恒治先生:埼玉大学経済学部教授
    戸瀬 信之先生:慶応大学経済学部教授
    滝沢 武信先生:早稲田大学政経学部教授
    永田 良 先生 :早稲田大学政経学部教授
    中馬 宏之先生:一橋大学イノベーション研究センター教授
    芳沢 光雄先生:城西大学理学部教授
    松本 幸夫先生:東京大学数理科学研究科教授
    浪川 幸彦先生:名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授



    「あとがき」 ......面白いものが見つかりました。最後まで見てください。

    「音声資料」

    「消費選好場と相対性」

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