あの算数ができない計量経済学者が、まだ、こんなことを書いている!
経済学の最初歩の限界効用も理解せず、自分の間違った仮説、「消費習慣形成仮説」の間違いを、自分の指導する大学院生に指摘され、逆上し、邪魔になったこの大学院生を退学させるため、その母親に、大学院の研究科委員長の名前をかたってまでして、退学届を出させようとした、ハレンチ教授、悪党「辻村江太郎」の愛弟子の牧厚志教授、この人は、このホーム・ページのマクラとして利用した「分数ができない大学生」の著者の一人としてご記憶なさっておられる方も多いことと思いますが、この人は、今なお、以下のようなアホなことを自分の著書に書いておりました。
牧厚志氏には、何の面識も無く、本編でも書きましたように、日本消費者連盟が91年9月、当時の理論計量経済学会会長(当時)の斉藤光雄氏に対して行った問い合わせに、斉藤氏は、悪党「辻村江太郎」と同じ学説を発表している、弟子の慶応大商学部の牧厚志氏を紹介するから直接照会してみては、というお勧めをしてくださったわけです。
日消連の照会に対して、牧氏は返事をよこさず、催促の末、「おうけいたしかねます」の回答です。
アカンやっちゃなぁ、と思っていましたら、お馴染みの「分数ができない大学生」の中で、今の大学生は数学が出来ず、論理的思考力に欠け、独創力もないと、大学生を笑っていたものですから、独創力の無いのは自分のほうで、自分の指導教授の間違ったアホ理論の間違いにも気が付かず、そのアホ理論で自分も博士号を取ったり、教授になったりしているわけですから、大学生を笑う前に、自分を笑えとからかったものでした。
ですから、今頃は謙虚に、おなりになって、学問にいそしんでおられるものと思っておりましたが、何のその、次のような本を見つけました。
この本は本HPが開設されてから、約半年後に出版された「
応用計量経済学入門」(日本評論社)という本で次のように書いてあります。
序章 「今こそ経済学」
・・・・応用計量経済学の課題は、どの理論が現実の経済行動を説明するときに現実妥当性を持っているのかテストし評価することである。つまり論理的整合性を持ったモデルを作り、現実のデータで検証することである。
当然であるが、現実のデータと自分の思想が相反することもあるだろう。そのときには、研究者個人として何度も自分の思想と理論が矛盾しない実証結果を探すだろう。どうしても自分の思想なり理論と現実が合わないときには、現実を捨てるのではなく思想あるいはそれを具体化した理論を疑うべきである。
現在の経済学者を見たときに、どれくらい本気で理論の現実妥当性をテストしようとしているのか疑問を感じることもある。
経済学がもう一度社会から認知されるためには、薄っぺらな分析ではなく、思想あるいは信念に裏付けされ、かつデータとの整合性を持った実証結果を社会に提出しなければならない。
牧厚志氏は「経済学が社会から認知されていない」ということは賢明にも、ご理解なさっておられるようです。
しかし他人の研究を薄っぺらな分析であると、嘲笑する前に自ら反省なさる必要があるのではないでしょうか。
確かに薄っぺらな分析では困りますが、薄っぺらでも少しは厚さはあるのです。ですから数さえ集まれば多少の厚さは出てくるわけです。
ところが牧厚志氏の「消費習慣形成仮説」は0点なのです。小学生でも知っていますように、0点はいくつ集めても0点なのです。こんな分析はいくつ集めても0点で、薄っぺらにもなりません。
牧厚志氏は数学は良くお出来になるようですが、算数はあまりお得意ではないようですね。
ご精進なさってください。
それにしても「応用計量経済学」でも、「計量経済学」でも、はたまた「経済学」でも同じことなのではないでしょうか。
また分厚い理論を目指されるより、ご自分の、というより辻村、黒田以来の間違い理論を先ず正されるべきではないでしょうか。ごまかし、隠蔽したままでいることは、恥ずかしいことですよ。
大学や国から援助を受けて、つまり国民の血税からの援助を受けて、研究したり、留学したり出来るということに対しての感謝というものが感じられません。
これは牧氏のみに限ったことではありませんが・・・・。
誰でも本を読んだり、研究に専念できる立場にいられるなら、多少は物知りになれますよ。
もう少し謙虚におなりになられるよう希望いたします。
牧厚志氏のプロフィールは下記のURLでご覧になれます(写真付)。
http://www.fbc.keio.ac.jp/l3jstaff/FBC0116j.html
ところで昔は本屋で立ち読みをしていますと、ハタキを持った店員が立ち読みを止めろと言わんばかりに、ハタキでパタパタと嫌がらせをして、追い出そうとしたものですが、最近の本屋さんは立ち読みではお疲れでしょうというわけででしょうか椅子を置いていて下さいます。
それで読みたい本は購入し、買いたくない本は座り読みというわけです。経済の本などは常に座り読みで厚かましくも、一部をうつして帰ることもあります。本屋さん有難うございます。
それでは読者の皆様、母の介護で「へとへと」ですので今回はこれにて失礼いたします。