悪党・辻村江太郎を尊敬する藤原眞砂・島根県立大学教授

 

去年のクリスマス頃、つまり2004年12月25日頃、あの悪党・辻村江太郎を尊敬するという奇妙な人がいるということをグーグル検索で偶然見つけ、読んでみることになりました。この人は島根県立大学教授だということです。

どうでもよいことかもしれませんが、最初この方が書かれた文章を読んで、これは女性かなと思って、マサとお読みするのかと思っていましたが、マサゴとお読みするらしいとわかって男性なのか、女性なのか残念ながら不明です。
マサと言うと、関西では、確か元ボクサーとかの「お笑いタレント」がいますが、こちらは「雅」と書いて男性です。
マサゴと言えば、京都の三条河原で釜茹でになった、あの大泥棒の石川五右衛門の辞世の句の
「石川や  濱の真砂は尽きるとも  世に盗人の  種は尽きまじ」
を思い出してしまいますので、あまり女性らしくも思えなくなりました。一体どちらなのでしょうか、自信を無くしました。旅館や小料理屋にはありそうな名前ですが・・・。
それはともかく、このページは以下のURLです。見に行かれるのも、面倒でしょうから、そのまま引用しておきます。

http://www.u-shimane.ac.jp/graduate/kaihatsu/fujiwara.html

 

教授  藤原眞砂

担当:労働社会論、開発研究TU

大学院での最初の論文作成は、将来、さらに進学するにしても、就職するにしても、皆さんのその後の研究や仕事のスタイル、さらにはそれらを超えた人生の基本の姿勢に影響するほど意義あるものだと私自身および知人の経験、観察から思います。この意味で、大学院での指導は将来の皆さんのあり方に関わるわけで、私は責任重大だと自戒しています。文献研究一途に打ち込むか、理論志向のない「実証」に徹するのか、実証的な理論研究の道を進むのか、これは最初の研究の指導が大きな影響を与えるように思います。

さして必要の無い言葉にまで注を打ち、その背後に権威者の名前を配した注を書き、また文献に海外や国内の権威者の名前を誇示的に列挙する、そのような論文の書き方を最初に身に着けた人は、その後も同じスタイルの論文を書き続けます。このように批判がましい文章を書いた直後に、権威者の名前を配した文章を書くのは少し気が引けるのですが、私の尊敬する経済学者である辻村江太郎先生の著書に以下のような記述があり、わが意を得ました。それは、辻村先生がハーバード大学のレオンティエフ先生のリサーチ・セミナーに出席したとき、レオンティエフ先生は「だれが何を言ったか(who said what ?)などという話はもうけっこう。はやく君の研究の中味を述べたまぇ。」と報告者に促したとのことです。辻村先生が留学した当時、日本では、経済学の研究対象は書庫の中にある、とでもいった雰囲気が学会を支配していた時代だったようで、これは辻村先生にとっては感銘的な出来事だったようです。私の大学院の講義や演習もこのようなスタイルでありたい、と思っています。つぎのような話しも出てきます。

「ハーバードで、もう一つ感銘したのは、サイモン・クズネッツ教授の講義だった。この講義ではかなりのアサインメントが課され、予習としてその日のテーマに関連ある書物や論文をたくさん読んでおかなければならない。

ところが驚いたことにクズネッツ先生が予習させるのは、それら著名な経済学者たちの述べている諸命題がいかに実証的根拠を欠き、現実ばなれしたものであるのかを、みずからの苦心の観測資料によって示すという目的のためであった。なで切りにされた中にはケインズも入っており、・・・・。レオンティエフやクズネッツは現代の巨人だから、彼らにとってこのような姿勢は当然だといってしまえばそれまでだが、大型だろうと小型だろうと、研究者である以上は、高名な学者の言ったことだからまちがいのない真理だとか、高名な学者はつねに完全な理論を展開するとか、信じるわけにはいかない。・・・と、まぁこう思って、わたくしはわたくしなりに、・・・努力してきた。」(『経済学名著の読み方』1979年 日本評論社、引用中の点線は藤原が割愛した箇所である。)

私も社会学の研究対象は観察・観測事実の中にあるのであって書物の中にあるのではないと考える、厳格な実証派の先生の教えを受け、その後もそのように研究を進めて来ました。この間、都市社会学、政治社会学から産業・労働社会学、生活時間学へとレパートリーを拡げました。この間、研究環境も様変わりしました。今やわれわれはコンピュータを利用しての大規模なデータ処理を個人的に行いうる素晴らしい時代に生きています。硬直的な思考から自らを解放し、柔軟な発想をもつて、事例研究、アンケート調査研究、統計研究にこれを十二分に活用し、理論と実証を架橋する実証的研究を展開し、知の大陸を発見、開拓しようではありませんか。

 


以上が全文です。このページは島根県立大学の開発研究科(修士課程)の担当専任教員紹介の中の1ページというわけです。
藤原氏の履歴としては、以下のように記されています。

担当:労働社会論、開発研究TU
慶應義塾大学社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得退学。日本労働協会委任研究員。ニュースクール・フォー・ソシャルリサーチ客員研究員。いわき明星大学専任講師、助教授、教授を経て現職。専門は社会学・生活時間研究。

少し、この冒頭に挙げた文章は変ではないでしょうか。

文献研究一途に打ち込むか、理論志向のない「実証」に徹するのか、実証的な理論研究の道を進むのか、これは最初の研究の指導が大きな影響を与えるように思います。

とありますが、研究対象が社会現象なのですから、過去の現象なら、新聞や書物などの資料から事実と思われる事柄を学ばなければなりません。社会科などというのは知識の集積なのですから、この本にはこう書いてある、彼がこう言った、彼女がああ言っているなどと言うのは当然でしょう。実際ラザフォードは「科学は二つの部分からなる・・・物理学と切手集めがそれである」と言っているそうです。切手集め、つまり科学としてはエセ科学なのです。エセ科学とまでは言わなくとも、未整理な事実集めなのです。
しかし科学ではなくとも、つまり未整理な事実でしかなくても、役に立つことはありますし、予想もできることもあります。
例えば、慶応の不祥事の本件でも、悪党・辻村江太郎の日頃の言動を見ていますと、自分の学説の間違いを知った学生は、何がなんでも退学させようとするでしょうし、塾長に窮状を訴える手紙を出せば、辻村は私なり、私の家族を脅しても退学させようとするでしょうし、ワルの黒田昌裕助手も出世のためには、これに手助けをするであろうということは大体想像できることです。
また、増井の設けた、つまり慶応義塾の設けた「話し合いの場」なるものも、辻村の仮説なるものが間違って0点なのに、「辻村先生がご子息の疑問、質問に対して、丁寧に回答、お返事をしますから、ぜひご家族にも、立ち会ってお聞き頂きたい」などと言うのですから、これはもう「だまし討ち」のつもりだなあと予想できます。
それだからこそ、電話の内容を録音したり、商学部長室で行われた「話し合いの場」の内容を録音できたのです。
勿論、可能性としては辻村が謝罪するという可能性も無いではなかったわけですが、過去の言動を見ていれば、ほとんど100%無いと予想出来ました。これは当然、科学による予測ではありません。しかし注意深い観察は、そこそこの予測に役立ちます。
社会科というのも、科学ではないのですが、これと同じで文献研究に一途に打ち込んでも、勿論特別に尊敬されることはないとしても、軽蔑されるべきではありません。引用した書物や著者は詳細に明示しておくのが望ましいのです。さもなくばパクリです。

また辻村がアメリカ留学中に、レオンティエフが「だれが何を言ったか(who said what ?)などという話はもうけっこう。はやく君の研究の中味を述べたまぇ。」と報告者に促したとのことです。

藤原氏はこれを聞いて、我が意を得ましたということですが、誰が何を言ったかというだけでは、確かにあまり意味が無いかもしれません。
しかし「自分の研究の中身を述べたかのように」言っているのが、限界効用も理解していない、また序数の定義も理解していない悪党・辻村江太郎なのですから、笑わせます。
「研究」の中身を述べる前に、辻村は先人の言ったことを少しは理解していなくてはならないのです。傲慢に過ぎます。ましてこの文章は、辻村が不祥事を起こした後に書かれたわけで、何の反省もなく、よくこんなことを平気で書いておれるなあと呆れてしまいます。もっとも、これを読んで藤原氏は
「我が意を得ました」と感動しておられるのですから、世話がありません。世の中、広いなぁと思ってしまいます。

藤原氏も他人の書物を引用するときは、その著者の「程度」ぐらいは理解しておられないと、笑い者になりかねませんよ。
「レオンティエフやクズネッツは現代の巨人だから、彼らにとってこのような姿勢は当然だといってしまえばそれまでだが、大型だろうと小型だろうと、研究者である以上は、高名な学者の言ったことだからまちがいのない真理だとか、高名な学者はつねに完全な理論を展開するとか、信じるわけにはいかない。・・・と、まぁこう思って、わたくしはわたくしなりに、・・・努力してきた」
とまぁ辻村はこう思って努力してきたというわけらしいのですが、序数と基数の違いでさえも理解しないで、限界効用曲線の変位などというアホなことを言い出すのですから、研究者である以上は、黙っているわけにはいかないと、純情なる小型も小型の若き私めが、それを指摘したら、慶応を放り出されてしまったわけです。「高名な学者の言うことだから、間違いのない真理である」などと思うほうが最初から、おかしいのです。これは当り前のことなのですから、「我が意を得ました」などと感心していてもらっては困ります。

真砂先生にもしっかりしていただきたいものです。あまり簡単に「限界効用」も理解していない人を尊敬してはいけませんよ。

大学院での最初の論文作成は、将来、さらに進学するにしても、就職するにしても、皆さんのその後の研究や仕事のスタイル、さらにはそれらを超えた人生の基本の姿勢に影響するほど意義あるものだと私自身および知人の経験、観察から思います。この意味で、大学院での指導は将来の皆さんのあり方に関わるわけで、私は責任重大だと自戒しています。文献研究一途に打ち込むか、理論志向のない「実証」に徹するのか、実証的な理論研究の道を進むのか、これは最初の研究の指導が大きな影響を与えるように思います。

こんなことをおっしゃっていると「大学院での指導は学生の皆さんの人生の基本の姿勢に影響するほどの大事なこと」なので、「充分自戒していただきたい」、「責任重大ですよ」と強調したくなります。

なお理論志向のない「実証」とは何なのでしょうか。この点は「小尾 恵一郎、宮内 環」の著書から学ぶべきものがあるのではないでしょうか。(もっとも彼らは肝心の自分たちの理論については初歩的な間違いを起こして失敗していますが・・・)
ここをクリックしてご自分の説の不可解さを理解なさるべきでしょう。

理論と実証を架橋する実証的研究を展開し、知の大陸を発見、開拓しようではありませんか。

やはり真砂先生、慶応ではあまり良い指導、教育は受けなかったようですね。責任重大ですね。
理論と観測事実とはもともと一体なのであり、観測事実を無視したような理論などというものはありえないのです。

「私も社会学の研究対象は観察・観測事実の中にあるのであって書物の中にあるのではないと考える、厳格な実証派の先生の教えを受け、その後もそのように研究を進めて来ました」とありますが、社会学に厳格な実証派の先生など本当にいらっしゃるのでしょうか。
つまらない講義や授業などは百害あって一利無しと思われます。

こんなことを書いていると、去年、つまり2004年9月2日に慶応の学生さんに頂いたメールを思い出してしまいます。

はじめまして。現在慶應の商学部二年(日吉)のものです。
そちらのホームページを拝見させていただきました。
自分にとって衝撃的でした。しかし何も知らないよりは・・・とも思えました。
こんな状態なのでまだ自分の意見を咀嚼し切れていません。厚かましいですが
機会があればメールします。

実は牧厚志氏の経済学は1年のときの必修でした。経済学は桜本、井原、牧の中
からクラスごとに分かれるのですが、殊に牧氏についてはかなり評判が悪かっ
たです。できる先輩からは「私はあの人の授業は一回しか出なかった。最初で
やめた。やるのはテストの過去問だけでいい。」といわれました。授業はおそ
まつなもので、現在の学生の質が低くなったのもあるかもしれませんが、理
解している学生はいるのだろうかと思えるものでした。テストは毎年同じ
ような問題しか出しませんし、おまけに手書きです。さらにすごいのは毎
回必ず2、30分前には帰るということです。つまり授業が10時45分〜12時15分
でやらなければならないところを「君たち、僕はこの曜日はどうしても三田
に用事があるから、それに間に合うために・・・」と言い12時前に終了させ
てしまうことです。日吉を蔑ろにしています。最後の授業は自分の英語の掲
載論文(確かニュージーランドの規制緩和)を自慢して終わりでした。
このせいか大体の学生は勉強しません。もしかしたら、悪影響が及ばないと
言う見方もできますが。(笑)

今二年生なのですが、理論経済学と言う科目で樋口氏の授業があります。こ
れは1限にもかかわらず学生の出席率はいいです。(自分はなかなか起き
れませんので全てでていません。情けない言い訳ですが地方出身で仕送り
がなく塾講師のアルバイト、奨学金でやりくりし、事情があり◆◆から
通っています。これは自分が思っているよりもきついです。)ただ、これ
も悪影響が及ばないのかも知れません(笑)授業は著書の『労働経済学』
にそっています。この授業はまともだと思っていたのですが・・・・。

どちらかと言うと独学が多いですが、このホームページを拝見してから本
に対して懐疑的になりました。
また社会科学は批判により良くなっていくものですが、批判を受け入れず
向上しないままというのは悲しいことです。まさか慶應が・・・。商学部
の周りの人たちに刺激を受けて(ネイティブでないのに英語がネイティブ
並にできる人、プレゼンが上手い人など)レベル高いなと思った学生がこ
のような形骸化した体質下にいるのはとても残念なことです。


(◆◆の部分は筆者が地名を隠しました)

 

この方は、冗談まじりですが、授業に出られなかったので、間違った理論の悪影響を受けなかったとおっしゃておられます。
牧氏も毎回、授業を早く切り上げて三田に戻ってしまうということですが、これは牧氏が悪いのか、大学当局が悪いのかは、わかりませんが困ったものですね。

私の学生時代も、休講はざらにありましたし、何よりも慶応というところは学生を、商売第一で容量以上に沢山採り過ぎて、大教室でも入りきれない者が多くいて、これでは大学側が学生に授業に出てくるなと言っているようなものでした。それで大抵の学生は四、五人ずつに分かれて、東横線の向こう側に麻雀をしに行ったものです。(私は当時の大学生としては珍しく麻雀は出来ませんでしたし、今も出来ません)
大学は雀友の待ち合わせ場所でしかなかったのでした。
また受講しても、つまらないものばかりでした。授業といってもノートをただ読み続けるだけというような講師もいるという有様で、面白いわけがありません。授業の第一声が「しかし・・・」という時があったので、びっくりしたことがありました。「しかし」は前週の授業に続いているのでした。

そんな中で、このHPにも何回か、ご登場願った西岡秀雄氏はご自分の学説「気候七百年周期説」を勉強もしない、本も読まない我々にも興味を持つように、当時では珍しいAVを採り入れた授業をして下さいました。
(AVは勿論ADULT・VIDEOではなく、AUDIO・VISUALのことですよ)

間違っているかもしれませんが、ご自分がラジオで講演なさったものが確かNHKの音盤として残っていたとして、聞かせて頂いたこともあったように記憶しています。当時はビデオカメラも当然無かったので、幻燈で色々な写真や資料を見せて頂いた思い出があります。
(幻燈なんて古い言葉がすらっと出てきたので、我ながらびっくりしてしまいました。音も出ていたような記憶がありますので、映写機だったのかもしれません。最近、バンドのことを楽隊と言ってしまい、赤面したことがありました。なお、こんなことを書いていますと、私の高校時代、英文の中のティッシュ・ペーパーの意味がわからなかったので、英語の辞書で調べたところ、薄様紙とあったので「何のこっちゃー」と訝しく思ったことを思い出しました。その頃は日本にはまだティッシュ・ペーパーなどというものはなかったのです。”ちり紙、さくら紙というような紙はありましたが・・・”。そんな時代だったのですね。その時は文脈から当時の書物などの写真の前に写真を保護するために、ヒラヒラ貼ってあった蝋紙かと勝手に判断していました。ずいぶん年を取りました)

ところで当時でも、『近年気候温暖化の傾向が認められ、その原因は「産業革命」以降の急激な石炭石油の使用による炭酸ガスの増加が地球の放射熱の放散を妨げているからだ』とする説が唱えられていましたが、西岡氏は、「勿論そうしたこともあろうが、それだけでは、8世紀や15,6世紀に”暖化傾向”にあったことを説明出来ない。地球の気候は700年の周期で暑くなったり、寒くなったりしてきたのだ」という自説を発表なさったのでした。

700年周期の原因が太陽の活動によるものとするのは、当時これは、ちょっと眉唾物だなぁ、という印象を持ちましたが、学説そのものは大変面白いものでした。過去に暑くなったり、寒くなったりしたのは事実であろうし、今まさにサイクルで言えば、暖かになりつつある時期である、という主張なのです。

西岡氏は700年周期説を証明するために、年輪測定法を利用されました。
つまり暖かい年には年輪の厚さは一般的には厚くなるという事実を利用して、古い樹木、材木を利用して過去長い期間にわたっての温度変化を調べられました。(この測定法を利用すると古い木材がいつの時代のものか、同時に確定できるので、今でも考古学で良く利用されているようです。中学、高校とまったく勉強しなかった私はこの時初めてこの測定法を知りました)

同時に、この測定法で近年における最寒冷期と判明した江戸末期には、気温が寒い時期には陸上の気温だけでなく、海中の温度も低かっただろうし、寒流に好んで生息する動物も寒流の南下にともなって南下するであろうという予想で、当時の古文献を調べられ、確かに日本国中にアシカという名のついた島が多くあり、和歌山などにもアシカ島というのがあるなどと氏の講義で聞いたことがあります。
最近話題になった多摩川のタマちゃん、これはアシカではなく、多分「あざらし」だったと思いますが、これも寒い所に普通は住んでいるものなのでしょうから、アシカの例と似ていますね。
しかしタマちゃんが多くいたから、多摩川と呼ばれたのではなく、多摩川にいたからタマちゃんと呼ばれたわけですが、アシカ島はアシカが沢山いたので、そのように呼ばれたのでしょう。

また古文書の中に、今で言うオーロラに当たる言葉が頻繁に見られるのは「気候700年周期説」の寒い世紀で、暖かい世紀には比較的少ない、など面白い視点で自説を主張されていました。
オーロラと気温の間に如何なる関係があるかは、はっきりしないが、この共変関係は、オーロラ現象の発生原因が太陽黒点の活動や地磁気の変化に関連しているらしいということと照らし合わせて、寒暖700年周期の根本原因も太陽活動と結びつけられるのではなかろうかと、うまくごまかしておられたように記憶しています。

さらに驚いたことに,日本の石器時代の遺跡からしばしば土製の人形、つまり土偶が発見されることがあります。この土偶の中に目の細い形状をしたものがあり、これを一部の学者がエスキモーの土人が使用している、今の言葉でいうサングラス、つまり遮光器だというのだそうですが、西岡氏はこれも都合よく採り入れて、遮光器土偶が縄文後期の雪の特に多い東北時代に多く発見されたことから、700年周期の寒冷期にギラギラ照りつける太陽の光が雪に反射する害から目を守る遮光器がこの地で良く使われたことが、このような土偶の出現に結びついたのだと
上手に説明しておられていました。
(尚、最近ゴムのようなもので作られたメガネ状のもので、レンズにあたる部分も同じくゴム状の材質で出来ており、目にあたるところに小さい5,6個の穴があいているものが、売られています。
なんでも、これはどういう理屈かよくわかりませんが、目の筋力を強め、視力を良くするのだということです。
目の悪い方は一度ご使用になられたら如何でしょうか。昔の雑誌に広告が出ていた「鼻を高くする器具」とか「服が透けて見える覗きメガネ」のようなものとは思いますが・・・・)

ところで、悪党・黒田昌裕などは京都議定書をふりかざして、炭酸ガスの増加を抑制するべきだと、声高に主張しているようですが、私などは、黒田が,自分の不祥事を棚に上げて、環境問題について口出ししているのを知ると、白けてしまい、炭酸ガスの増加が、来るべき激寒期や氷河期に備えて、むしろ必要なのではないかと思ってしまいます。寒いのは嫌ですからね・・・。
炭酸ガスが増加することによって、次に来る氷河期が少しは、温暖なものになるのではと期待するからです。

勿論そんな時期にまでも生きているとは思いませんが、悪党・黒田の言っていることよりも、西岡氏の主張のほうが正しいような気がするからおかしなものです。勿論西岡氏は温暖化に炭酸ガスが影響していることも、当然認めておられます。悪党の言っている環境問題については、たとえ正しいとしても、認め難いものがあります。普段からの信用が第一です。
地球の気温の長い歴史の間のホンのつかの間の変化を取りたてて言うことはないような気がします。また塵で地球が覆われると、火山爆発の後のように太陽光のエネルギーが遮蔽されて、地球の温度が下がるようにも思えます。温暖化によって極地の気温が上昇し、氷が溶けても、砂漠に水が流れ込み、緑の大地が復活するかもしれません。
素人は好きなことをいっておれば良いので気は楽です。

いずれにせよ、地球にやさしくなどと言っている者ほど、胡散臭いことをすることがよくあります。
例えば家庭電化製品のうち、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、テレビを廃棄する時、リサイクル料金を支払わなくてはならなくなった時、このリサイクル料金をいつの時点で支払うべきなのか議論されたことがあります。

勿論製品を購入する時に、リサイクル料金を販売価格に上乗せしておけば良いのですが、価格が高くなると、商品が売れなくなると言って、電気メーカーが猛反対して、現在のように、廃棄の時に支払うという制度にしてしまったものですから、結果として山や谷は古い電気製品で溢れかえって、ゴミ捨て場となっています。これを行政が税金で始末をする有様です。消費者はゴミ捨て料金を二重に支払う破目になりました。
ゴミ処理という仕事を零細業者から取り上げてしまった大手のメーカーはどうしたとお思いでしょうか。

例えばシャープなどが作ったリサイクル工場などは、安くないリサイクル料金を取っておきながら、引き取ってきた古いエアコンから、本来はガスを大気に出さないように処理するべきなのに、ボンベが足りないからと言って、何トンものガスを大気中に垂れ流すと言う有様で呆れてしまいました。そんなシャープが吉永小百合を使って、液晶テレビの宣伝をしています。

リビングで、環境のために出来ること    
大画面も、液晶へ。    
  AQUOS  
  SHARP  
    吉永小百合

また今、盛んに議論されているレジ袋の有料化の話も胡散臭さを感じます。
多くの人間が住んでいるのですから、地球温暖化の要因となるものは多種多様で、色んな物が増加し続けています。この内レジ袋のみが槍玉に上がっているのはどうしてでしょう。
そこには大型スーパーなどの思惑が見て取れます。

昔はほとんどの主婦は専業主婦で、確かに皆シュロで編んだ袋や、籐で編んだ買い物カゴを持参して買い物に出掛けていた記憶があります。しかし現在主婦の多くは勤めに出ていますし、また家庭の冷凍冷蔵庫も大きくなり、特に若い主婦は買いだめをすることが多くなりました。こういう主婦が大きな買い物袋や買い物カゴを勤務先まで持参するというのも不便でしょう。
レジ袋は買い物をした商品を持ち帰るという一次使用のみでなく、さまざまな用途に使われています。

その中でももっとも多いのはゴミ袋の代用でしょう。すべてのゴミがレジ袋でまかなえられ、ゴミ収集車に持って行ってもらえれば、何も問題はありません。
また家庭ゴミのすべてをまとめて、大きなゴミ袋にいれて道路に出して、収集車に持って行ってもらうのを待っていると、猫やカラスに袋をつつかれ、破られして、不潔ですし、悪臭も漂うようになります。毎日の生ゴミをレジ袋に入れ、それをまとめて市販のゴミ袋に入れれば、臭いも少なく、破れにくくもなるので清潔です。ゴミ収集車に乗って、ゴミを集める人も楽なのではないでしょうか。

聞くところによれば、最近は幼児のオムツだけでなく、老人のオムツもゴミ袋に入れて出すと言うことですから、ゴミ集めの方のためにもレジ袋をどんどん使うほうが理に適うというものでしょう。

昔、私たちの幼い頃は勿論現在のようなプラスチックのゴミ容器などは存在せず、多分リンゴ箱の空き箱に、コールタール色の防腐塗料を塗ったものを、ゴミ箱として利用し、ゴミ収集トラックが来る日には、フタをはずして、箱ごと道端にゴミ満載で、どこの家庭からも出され、ハエはたかるし、臭いはするしで、とんでもない時代でした。ゴミ収集車はその中味のゴミだけを荷台に放り込み、空箱のみを元の場所に戻して進むのでした。
あんな時代に戻れとでも言うのでしょうか。私は嫌です。

それよりも大型スーパーが朝早くから夜遅くまで営業し、ほとんど客もいないのに、広い店の内外の照明をあかあかと灯し、冷暖房で電気を浪費したりするほうが、よほど環境に有害です。(いま日本では多くの人が過労死で亡くなり、また過労などによる原因で自殺をなさっているそうですが、ほとんどがサービス残業ということです。
こういうことこそ厳しく罰するようにしなければならないでしょう)

また企業が出しているパンフレットなどにも自慢気に、再生紙を使用していますなどと書いてあるのを見ることが多いですが、嫌味なものです。黙って使えと感じてしまいます。

木を植えています、だと、黙って植えろ。

反対に最近、京都大学の桂キャンパスに新設される図書館は、匿名の方の20億円の寄付によるものだそうです。
善行とはこういう行為を言うのでしょう。

話は元に戻りますが、西岡先生は、ご自分の好きなことを、能なしのわれわれ学生にも教えるのが楽しいというように、色々工夫なさって教えて下さったと記憶しています。
面白いと言っても、けっして駄洒落を言ったりなさるのではなく、話が面白かったのでした。人文地理学などというのは、川の名前や、山の名前を覚えるだけと思っていましたのに、なかなか壮大な学問だと感心したものでした。

勿論「700年周期説」というのも決してその中味はことさら改まって出来上がっているものではなく、過去の多くの学者が収集、研究した事実を丹念に集めたもので、地球には今までに暑い時期も寒い時期もあったのだというに過ぎません。ただ700年周期というのには賛成出来かねませんでした。つまり700年周期とおっしゃるには観察期間が短いように思えましたが、面白い講義でした。
それにしても、今の科学では過去の地球の温度をどのように推定しているのでしょうね。また過去をどのくらいさかのぼって推定できるのでしょうか。あまり新聞や雑誌ではそうしたことを解説してくれていないように思えます。
人間が自然の力に対抗するのは、なかなか難しいことでしょう。

いっそう、人間の方が進化して、暑さや、寒さにも何の苦痛も感じないようになったり、苦しいとか、まずいとかに鈍感になり、何を食べても、腐ったものを食べても平気で、腐った人間を見ても何も感じないようになるほうが、手っ取り早いような気になります。つまり人間が進化して、ゴキブリにでもなったほうが、皆が幸せになれるのではなかろうかと思えるぐらいです。ある意味でエデンの園のアダムとイブのようなものですから・・・。

そこでは少子化や学力低下、ホームレスなどは当然、北朝鮮の脅威、世界経済の壊滅など一切苦にならず、皆ヘラヘラしておれば、ハッピーなのです。米国産牛肉もエイズもヘイッチャラという世界です。悪党・辻村江太郎や黒田昌裕でさえも、ゴキブリになれば、ギラギラしなくなり、ちょっとは人相も良くなっているでしょう。(この場合は人相ではなく、ゴキブリ相とでも言うのでしょうか)

しかし進化論などというのは学者が使う概念とは多分、まったく違うものなのでしょうが、われわれが子供の時に習った進化論というのは、キリンの首が長いのは、動物園にいる猿が急に人間にならないのと同様、急に長くなったのではなく、高くにある木の葉などを食べることの出来る首の長いキリンのみが生き残り、その遺伝子を受け継いだものが、今のキリンなのだというわけの分からないものでした。
こんな進化論しか知らないのですから、子供のころから進化論には懐疑的でした。

例えば、蚊は生存するために、われわれの血を吸うのですが、もし少しでも長く生き延びようとするのなら、また進化論が正しいのなら、蚊としては血を吸った後に、かゆくするようなことをしなければ良いのです。かゆくするからピシャリとやられ、生存が難しくなるのです。蚊に吸われる血液量は高が知れていますので、かゆくしないのなら、蚊も安泰です。
進化論と唱えるからには、蚊は血液を吸った後に、お礼として、われわれが快感を感じるような、例えばマリファナのような物質を、代わりに注入しておいてくれるぐらいの行為を実際にするのであれば、合点がいくのですが・・・。(勿論マリファナの経験はありませんが)
こんな気の利いた蚊なら、腕まくりをして、と言うよりパンツ一枚になって、蚊を歓待するのですが・・・。蚊に刺されることによって、かゆくなるのは蚊にとって、なにかメリットがあるのでしょうか。

子供に中途半端な進化論を教えるぐらいなら、教えないほうがましかもしれません。(するとまた、西村和雄などが学力低下と騒ぎ立てるでしょう)

世の中わからないことが多いです。犬猿の仲と言いますが、例えば生まれたての犬が、猿と一緒に居続けると、犬は猿を親と思って仲良く行動するというようなことが、よく報道されます。たしか「すりこみ」とか言うようですが・・・。このあたりまでは何とか理解出来るようですが、魚などは卵で生まれるわけで、親とは別に育つのですから、誰が親か、誰が同類かは分からないはずなのに、同じ種類の魚が群れて泳いでいます。
魚が鏡を見るということも普通ありえないでしょうし、魚眼レンズを持っているとしても、自分が何様かということまでは見ることなど出来ないでしょう。

それだのに同じ種類の魚が群れをなして泳いでいるのはどうしてなのでしょうか。
それだけのみならず、「なんとかもどき」などという生物がいて、自分の姿を例えば毒をもっているコワイ生物に似せて身を守るなどという現象は本当に進化論で説明出来るのでしょうか。また尾に目玉そっくりの模様をつけた魚までいるのを写真で見たことがあります。敵を欺き、脅すためのようです。本当に進化してそんなになったのでしょうか。
さらに擬態というように蝶々が枯れ枝とそっくりになり、身を隠すようなことは、進化のお陰とは考えにくいものがあります。

それにしても慶応での授業で思い出のある授業と言えば、西岡秀雄先生の教養課程で習った「人文地理学」ぐらいなのは残念な気もします。700年周期説とは、関係ありませんが「大陸移動説」も教えていただいた記憶があります。確かドイツの学者が子供の頃、お母さんが世界地図をバラバラにして世界地図を教えようとしたのですが、その子供は、うまく並べると、各大陸は一つにまとまってしまうということに気づき、生涯をかけて、その仮説を実証しようと、元くっついていたと思われる個所を、生物学や地質学の観点から、どちらも元は同じで、つながっていたと検証しようとします。
しかし当時の学会ではどうして大陸が移動するのかを説明出来ていないとして、これを認めようとはせず嘲笑する有様だったということです。

結局彼の死後30年後に地磁気学の力に寄って復活することになります。

西岡先生の名調子では、小学生や中学生にも理解出来、こうした学問に志す子供が沢山出来るような気がしました。自分の研究しているものを、若い学生にも理解出来るように噛み砕いて教えることの出来る人材こそ必要なのでしょうね。興味を持った子供は放っておくだけで勉強し始めるでしょう。これを適当に指導するだけでよいのです。これが「ゆとり教育」と言うものでしょう。
相手の学力程度に合わせ、授業を進めることの出来る余裕のある教師こそが必要なのです。(予習も復習も全くせず、講義を聞き流すだけでしたが、40年以上前の授業をまだ大雑把にではありますが覚えております)
それが出来ない奴に限って、学生の出来が悪いと罵って、それを本に書いて出版し、受験産業の広告搭になったり、金儲けのため経済学検定まで始めるお粗末です。

たいした力も持ちあわせていないのに、出し惜しみをする奴が多すぎます。辻村江太郎や鈴木諒一などは、高等数学を使って・・・などというようなはったりを使うだけで教えようともしませんでした。

西岡先生は、驚いたことに「浅草えんじゅの会」と言うHP(http://www.asakusa.gr.jp/mimiyori/feb-03.html)によれば、2003年の2月3日の浅草観音文化芸能人節分会で、参拝の人々に福豆をまかれたそうです。

参考までに記しますと、西岡先生以外の文化芸能人は次のような方々でした。

アニマル浜口、安西愛子、春風亭柳昇、田辺一鶴、斉藤こず恵、晴乃ピーチク、宮城けんじ、内海桂子、大山克己、三遊亭圓歌、長門勇、松島トモ子、小沢昭一、コロンビア・トップ、笹みどり、毒蝮三太夫、上原ゆかり、林家こぶ平、なぎら健壱、それにファイテング原田さんなどというような人々でした。

今もお元気なのでしょうか。なつかしく思い出されます。
アクの無い、気さくな方でした。皆に愛され、慕われたのでしょう。

なおメールをくださった塾生さん、無事3年生になられたのでしょうか。仕送り無しで頑張っておられるのですから大変ですね。
苦労も知らない宮内環が「学生は、すべての時間が余暇である」などと、ほざいていますが許してやって下さい。経済の実態が分からない者が経済学者というのですから笑ってしまいますね。

周りに、いらっしゃる英会話の上手な方などは、大学が良いから,native なみに話せるのではなく、ご本人の努力の賜物なのでその方が立派なのです。あなたもお友達に刺激されて立派な人になってください。(出世して下さいと言っているのではありませんよ)

とは言え、私たちの頃とは英会話一つをとっても、勉強するのは楽になりましたね。英会話を教えてくれるのは当時、早稲田大学の五十嵐新次郎と言う教師が朝早く、多分朝6時ぐらいに、NHKのラジオで英会話の授業を持っていたぐらいです。この番組は童謡「証城寺の狸ばやし」のメロディを使って、"Come come everybody" "Everybody,how are you ?"というテーマ曲で始まるのでした。
今と違って、若い時は朝早く起きられず、特に前の夜にお酒を飲んだら、目が醒めたら、お昼前というようなことがよくありましたので、最初から聴きもしなかったのですが、そういう状況でも勉強する人は勉強して、立派な英会話の力を身に付けていました(とは言え、今の英語の達者な人と比較すれば、レベルは低かったでしょうが・・・)

私などは努力するというのが出来ない人間で、英会話などは全然出来ません。森前首相並みといったところでしょうか。
半分痴呆の母はテレビに森前首相が出てくると毎回、Who are you? の人やな?と必ず聞いてきます。これは森氏がクリントン前大統領に会った際、How are you? と挨拶するべきところを言い間違えたことを思い出すからなのでしょう。クリントンは澄まして、ヒラリーの夫ですと応えたそうです。

ところで今はラジオどころかテレビもありテープレコーダーは勿論、ビデオ、DVDなどで予約録音、録画が簡単にできます。教材も増え、外人と接触する機会も多くなりました。経済学など経済現象の名前と定義だけを知っているだけで充分でしょう。役に立つようなものはないようです。食うための学問である弁護士や会計士になるための勉強は、私は嫌いでしたが、確かに役に立つでしょう。人格者が勉強すれば確かに良い学問と言えるでしょう。福澤の言う「実学」とは物理学や医学以外はこうした実用的な学問のことでしょう。あとは音楽や芸術といった部門は熱中する価値があります。勿論すぐに役立つ学問だけが良いと言っているわけではありません。「虚学」「エセ科学」が悪いと言っているのです。

どうも経済学者というのは、もともとは経世済民を目指す者、つまり世を治め、民を救おうとする者であったはずなのですが、今は住民票を毎年正月になると外国に移し、所得税を逃れ、自分の蓄財のみを目論むような輩ばかりに成り果て、それが大臣になると政府は貧民からも税金をふんだくるような始末です。

また一方では経済学者は理学部や農学部の落ちこぼれが、少しは得意な数学を経済学に持ち込み、検証も出来ないような「理論」で「エセ科学」を作り出すという有様です。
限界効用も理解しない、理解しても引っ込めようとしない、恥知らずの経済学者に私たちの生活をおびやかされないように監視していかなくてはなりません。

なお私は20年ほど前に、大腸から転移した多くの肝臓癌を、肝臓への癌にとっての栄養、つまり血液を遮断する兵糧攻め療法、肝動脈塞栓療法で治療していただきましたが、ゴロツキ大学である悪徳慶応義塾大学には一切、税金を投入しない、寄付をしないという兵糧攻めでやっつけようではありませんか。慶応は大学という名の癌です。

ところで先日つまり2005年5月18日読者の方より、メールをいただきました。

七戸氏とは全く面識がないが,「ところで七戸克彦は慶応の教官かと思っていましたが、九州大学の教授でもあるようです。
国立大学教授も公務員なのではないのかと思いますが、慶応教授との兼務も許されるのでしょうか。ここらあたりについては何も知らず、興味もないのですが、給料の二重取りで結構なことです。」
というのはあまりにひどい事実誤認。七戸氏の履歴は,2004年4月から九大教授であり,それまでの慶應を退職していると読むのが常識。現に慶應の法学部教授には七戸氏は載っていない。

何の恨みがあるか知らないが,履歴書もまともに読めず,事実も確認できないのに,他人の業績を批判する能力があるのか疑う。

というのが、その内容です。

別に七戸氏には何の恨みもありませんが、おもろい、かわった奴と思っただけです。
怨んでいるのは、7階から落下した女子学生の家族でしょう。母親が七戸にわざわざお願いしているのに、殺してしまったわけですからね。私が言いたいのは、或いは世間の人が言いたいのは慶応義塾という組織の非常識、冷たさ、怖さについてです。医学部の助手の方に対するセクハラも同様です。私に怨みがあるとすれば、辻村や黒田に対して、慶応義塾に対してです。

とは言え慶応の教師でなくなったのなら、訂正する必要もあろうかとLast Update: 2004/12/07 という九州大学の七戸のHPより「履歴」を見ると2004年4月〜現在として、慶応義塾法学部非常勤講師と書いてあるし、慶応での七戸研究会のHPでは2004年度のゼミ員を募っています。2004年5月13日には第3回のゼミの予告をしているわけで、慶応とはまだ繋がっているとみるのが妥当でしょう。尚このLast Update の日にちは私のHPに七戸の週刊誌記事を直接引用した日にちの4日後となっています。
他人の業績を批判する能力があるのか疑うとありますが、七戸なる者の業績など批判したことなどないし、辻村や黒田に対する批判なら、これがわからないなら、あまりにもお馬鹿さんと言えましょう。

なお全く話は変わりますが、西村和雄教授が属する「京都大学」の医学部付属病院で2000年、入院中の藤井沙織さん=当時(17)=が人口呼吸器にエタノールを誤注入され死亡した医療事故で、死亡診断書に「病死及び自然死」などとウソを記載した虚偽有印公文書作成などの疑いで書類送検され、不起訴処分になった担当医師(50)と副看護師長を今回も再び不起訴にしたということです。
昨年、つまり2004年9月、前にもお知らせしましたように、京都検察審査会が二人の不起訴処分を不当と議決し、地検が再捜査していたのでした。
ところが2005年2月10日の京都新聞によると2月9日までに京都地検は二人を再び不起訴処分としたと言うではありませんか。とんでもないことです。

京都府警は、最初にエタノールを誤注入した看護師(28)や副看護師長ら七人を業務上過失致死の疑いで、担当医師を虚偽有印公文書作成などの疑いでそれぞれ書類送検したが、地検は看護師一人を起訴し、担当医師らを不起訴処分としたのです。

藤井さんの両親は、担当医師らの処分の審査を京都検察審査会に申し立て、審査会が「医師に隠蔽の意図がうかがえる」「副看護師長は看護ミスはないと過信していた」と不起訴不当を議決していました。

それにこのざまです。

両親はこの日、会見し「審査会が市民の視線で事件をとらえたのに、検察は応えなかった。”知らなかった”を押し通せば罪に問われないのなら、現行法は明らかに問題だ。悔しい」と話したそうです。本当にその通りです。

こういう問題も起こしている京都大学ですが、大学ぐるみで悪いことをしているというほどの受け取りを国民はまだしていないように思います。それは先の寄付行為からも分かります。

(なお最後にお断りをしておかなければならないことがあります。京都大学には農学部に有機農業を研究なさっている同姓同名の西村和雄先生がいらっしゃると言うことです。こちらの先生のご家族などが誤解されて不愉快な思いをなさっていましたならお詫び申し上げます)

これに反して慶応義塾大学は大学ぐるみで悪徳行為をし続けています。兵糧攻めでいきましょう。

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