「音声資料編」

古い録音で音質は大変悪いですが、資料ということで用意しました。 (AUファイルです)

再生すると音が途切れ途切れになることがあるようですが、情報は抜けたり省略されたりはしないようです。なめらかにお聴きになりたいという方は、しばらくこのまま再生し、次に停止ボタンを押し、再度再生ボタンを押すとうまく行くようです。

「音声資料 A 」(佐藤 朔) 1分50秒 (870KB) 「ここをクリック」

「結局ですね、ずいぶん時間がたち二ヶ月半にもなりますけど、その間ちゃんとやっていただいてるのでしょうか」
「えぇ、なんか調査しているようですよ。今日もちょっと聞きましたけどね、会田先生が動いて、色々調査をしているということは聞きました」
「ということはですね、二ヶ月半もかかるということはですね、こちらの言ったこと、例えば勉強のことですとか、それも6月以内に、辻村先生に返事をするようにコピーをお渡しになったということだったわけですけど、それからもう半月かかっているし、それでアクションをとるとおっしゃっていますけど、それはこちらの言った、例えば黒田助手が退学届けを出せと言いに来たということは勿論確認なさっているわけですね」
「ええ、したと思います」
「事実であったというわけですね」
「ええ」
「あとは辻村先生がこちらの書いたことに対して、一応第三者が見ても納得出来るような手紙を書くかどうかと、書けるかどうかということか、或いは出来なかったら大学当局として何らかのアクションをとると、今二ヶ月半かかっているということは、いづれを待っているわけでしょうか」
「いや、それはね、調査していることもね、われわれはあなたのお手紙を見て会田理事にまかせて、同じ学部ですから、研究科の委員長、学習指導、二、三の人に聞いているという報告をうけています」
***解説***
これは本文10の部分の電話の一部です。塾長からの回答なるものは、受け取ったのですが、辻村教授からの経済学上の回答もなく、黒田助手が研究科委員長の名前をかたってまでして起こした不祥事については、謝罪するどころか一言も触れていないので一体どういうつもりなのか、待てと言われれば待ってもいいが、それなら不祥事を謝罪した上で待ってくださいというのが筋でしょうと問い詰めた際の録音です。お聞きの通り不祥事は事実であったと認めています。事実でなかったなら待ってくれと頼む必要もないし、事実であったから話し合いの場を設けなければならなかったわけです。このあと一ヶ月ほどで不祥事は無かったと開き直ったのです。

「音声資料 B 」(黒田 昌裕) 1分50秒 (874KB) 「ここをクリック」

「京都に来て母にお会いになった時ですね、商学部長が退学届けを出せだというようなことをおっしゃりに来られたんですけどね、黒田さんはそういうことがウソだということは全然ご存知なかったわけですね。」
「知らないですね」
「ああ、そうですか」
「あのう、あれじゃん、退学届けでなくて停学届けじゃないかな、あの時僕が言ったのは」
「いや、でも、前の録音の時もですね、結局」
「ただね、その時にね、あの時ちょっと、僕はあとから、電話が終わってからね、何とおっしゃったかなと考えてみたんだけれどね、停学届けではないかな、それは。もしあの時、録音の時に退学届けと言ったとしたら、それは停学届けの間違いです。」
「でも結局それはうちの母も聞いておるし」
「だけどね、僕は京都に行った時にそう言ったんで、あの時電話では、後から、しまった、どっちて言ったかなと思ってね、あれしたんだけれどね、僕がもし退学て言っていたらね、それは停学の間違いですわ。僕は京都に行って退学届けと言った覚えはないんだけど」
「でも商学部長はそう言っているということだし、間違いないと、ちゃんとそうおっしゃっているわけでしょう」
「だからね、僕があの時の録音、君がやっていたときにね、僕がもし退学届けと言っているとしたら、それは僕の間違いです。」
「それは黒田さんがそうだとおっしゃる」
「ええ、だと思います」
「で、辻村さんがですね、結局、やめろと言った時に、励ますつもりで言ったというようなことを言っているわけですけどね」
「ああ、それは」
「結局黒田さんも、自分も豚野郎だとか、やめろというようなことは、なんぼも言われている・・・」
「(中略)・・・もしあのテープをとっている時、退学届けと言っているとしたら、それはあの時若干興奮してたんで(この後少し不明)停学届けと訂正しなければならない」

「 音声資料 C 」(黒田 昌裕) 1分49秒 (851KB) 「ここをクリック」

(中略) 「京都で退学届けを出せとおっしゃったのは、それも、結局」
「退学届けと京都では僕は言わなかったと思うんだけどね、実際問題としてそれほどはっきり把握していない、記憶していない。だけど僕が聞いたのは停学届けなんですよね、辻村さんから京都に行ったときに言ってくれと言われたのは。だからその点を僕が間違って退学届けて、ひょっとしたら言ったのかなあと思ってあの後」
「で、この間、夏休み前に辻村さんに会った時も、その話がちょっと出たけどもね、退学届けを出せというようなことをおっしゃったのにと言ったのに、それに対して全然反論もなかったわけだしね、辻村さんは」
「僕ほど神経質に考えていないんです、退学届け、停学届けていうことを。考えていないんです、そこまで。とにかくちょっとまぎらわしいんです。だから僕の言い方が誤っていたかもしれないし、その時のこっちの言い方が曖昧だったのかもしれないし、とにかく真意はそういうことだった」
「それは黒田さんの間違いだったと」
「ええ、そう思います。退学届け、停学届けに関して」
「それは商学部長がおっしゃったのですか」
「商学部長が言ったかどうかということとかね、それから辻村さんが僕にそう京都に行って伝えてくれないかって言ったのは、別に僕の間違いではない、それは事実です」
「それは事実」
「商学部長が言ったことは僕は聞かない」
「聞かないけれど、商学部長が言ったというようなこと(が事実)か知らないけれど、辻村さんがそう言ったから停学届けを出せとおっしゃったというように訂正なさるわけで」
***解説***
音声資料B,C とも同じ時のものですが、時間が2分以内に制限されるため二つに分けているだけのことです。本文8に書いてある話し合いの場、これは71年の夏休み直前に行われたのですが、これが失敗に終わった後の八月頃の録音です。本文7に書いてありますように黒田助手が京都に来て、増井教授の伝言だと言って、退学届けを出すように私の母に伝えた直後、黒田助手との電話で、「増井教授はそんな伝言などしていないとおっしゃっておられる」と言うと、黒田助手は「何を失礼な、ウソだと言うのか。退学届けを出せというのは増井教授からの伝言だ」と断言し、私が「録音をしていますよ」と念を押してもはっきり断言しました。それゆえ話し合いの場が設けられることになったのでした。
そうした経緯がありましたから、この時点でも前に録音をとられているというので、露骨には否定せず、退学届けと言ったのではなく、停学届けと言ったのではなかったかとか、どっちだったかはっきり記憶していないなどと、とぼけています。録音をとられている電話に対してはごまかし通し、録音をとられていない京都の出来事に対しては全面否定というつもりでしょう。
しかし退学届けを出せと言った覚えが無いのに母がそのように理解しているとわかったのなら、これが大問題になっているわけですから、母に電話でもしてきて訂正するべきでしょうが、そうしたことも一切しませんでした。勿論母に散々無礼なことを言っておいて言い間違えたなど言えるわけもありません。
しかしいづれにせよ辻村教授から増井教授からの伝言であると聞いてきたことは間違いないと言っています。尚辻村教授は奮起させるために「やめろ」と言ったまでだと開き直っているのですが、黒田助手も辻村教授が「頑張らせるために」私に「やめろ」と言ったまでだと言い分けしているのを事実として認めています。もしそうなら私の言い分のどこがおかしいのか説明すれば一件落着なのです。
また次にお聞きいただくように、増井教授は辻村君なり黒田君なりが京都の稲垣さんのところに行くこと自体知らなかったのだから退学届けなどの伝言を託すはずがないではないかと言明しているのですから、退学届けは停学届けの言い間違いだと逃げようとしても全く無駄なわけです。伝言そのものがウソなのです。
また黒田助手は停学届けにしても理屈に合わないので、もっと後には休学届けを出すと授業料を免除されるので親切心から休学届けを出すように言いに行ったなどと言い分けをしているのですから滑稽です。それなら最初の電話の問答が「く若干興奮していたので内容をよく覚えていない」などということはありえないはずです。。そもそも黒田助手が京都に来たのは私が佐藤元塾長に「辻村教授が質問にも答えず、やめろとしか言わない」と訴えた直後のことなのです。休学届けを出せば授業料が免除されお得ですよなどと言いに来るなどという言いわけは辻褄が合いません。質問に答えればそれで終わりなのです。この録音は黒田助手が京都に来てたかだか二三ヶ月後のことに過ぎないのです。

「音声資料 D 」 (増井 健一) 1分42秒 (792KB) 「ここをクリック」

「今言ったようにね、私はとにかく黒田君が(京都に)行くことも知らなかったのだから、黒田君に自分のメッセージを託すということはしなかったと、これははっきり言えるのだけどね。ただ黒田君や辻村君のことも考えて言わなければならないんでね。例えば研究科委員会とかいろんなのがあるわけでしょう。その時例えばあなたの話がその前に出てね、この人は長期欠席だけどどうしようか、というような話が出たかどうか、そんなことは僕は覚えていませんよ、今、一年前の話だからね。僕が例えば黒田君に京都に行くので稲垣君に退学届けを出すように言ってくれというようなことを託したということはなかったというのは確かだけどね、そういう話が出たことがあったか無かったか、今畳み掛けて聞かれてもこれはちょっと」
「私が白石先生に、手紙、コピーを出しましたですね、それをご覧になった時にね、そういう処置を講じになったかどうかということですね、商学部長として」
「今言った通りですよ」
「だから長期欠席がどうのこうのというのでなくてね」
「今言った通りに私が行く人に対してメッセージを託したことは無いということははっきりしてますよ。とにかくもう何回も言うようにね、黒田君が行くということもこっちは知らなかったんだもの、何も言うわけが無い」
「辻村先生を通じてかどうか知らないけれども京都の稲垣にね、退学届け・・・」
「そんなことは無いですよ」
***解説***
これは塾長からの最終回答なるものがイカサマだと分かった頃の、つまり72年の8月か9月頃の録音です。黒田助手が京都に来た時から1年数ヶ月後のことになるわけですが、増井教授の話し振りは黒田助手のそれと較べると明解です。本当のことを話しているのとウソを話しているのとではこれほど違うのです。増井教授が不祥事発覚時に適切な行動をとっておればと悔やまれます。何もしない人で、無責任極まりない人でした。
増井氏が適切な立会人を選び、自らも話し合いの場に立ち会っていれば、これほどの悪事を慶応が犯すことにはならなかったのではと思われます。しかし頼りない人でしたから本当のところはわかりません。
尚増井氏が辻村、黒田両名に気を使っているような話し振りは、この頃になると前述のように黒田助手が、京都に来て伝えた増井氏の伝言は休学届けを出すようにということだったなどと言い分けするようになっていたからです。一切メッセージは託していない、しかしそんなことはなかったと思うが、何かの会議で長期欠席者が何人かいるというような報告を受けて、それに対して何か言ったというようなことが絶対なかったとは断定出来ないというわけです。しかしこんな馬鹿な言い分けが通用しないのは話し合いの場を設けた増井氏が一番知っているわけです。

「 音声資料 E 」( 鈴木 諒一 ) 1分42秒 (809KB) 「ここをクリック」

「個人的問題で話している暇はないよ、個人的問題に時間を割いている暇はない。指導教授と話すべきことであってだね」
「ですから話さないから、いわゆる普通の人はどうお思いになるかと、少なくともうるさいとかですね、そういうことでですね、そのまま片付けられるような問題かどうかということですね」
「辻村君と君の間にどういう話があったかということは多少は聞いているけどね、詳しいことは知らないんだ、僕は」
「ええそうです、そうです。ですから感情的なことだとか、そういうことがもしあったとしたら、鈴木先生はご存知ないわけですね。ですからそういうことではなくて、純粋に学問のこととして話し合った場合、うるさいとかそういうことでなくて、私の言っていることが、鈴木先生にはご理解あると、つまり学者としてですね」
「論文は塾長のところに行っているから、僕のところにはないよ」
「全然そういうものはお読みになったことはないのですか」
「ちょっと見ただけでね、学務理事のところに保管したいというので返したよ、大江君が」
「私が今年の春書いた時に教授会としてはそれがどういうものであるかということは」
「それは直接かかわっていない、ただ君が授業料を45年、46年が払ってないんだね」

「 音声資料 F 」 ( 鈴木 諒一 ) 1分53秒 (887KB) 「ここをクリック」

「だからそのままでいけば除籍になってしまうて言っていたよ」
「勿論そうですよ、今も除籍になってなくて、請求のあれが来ているわけですね。ですからそれは私がお金を払ってないということが悪いのではなくて、私が(指導教授との関係が)おかしくなったから、こちらに帰って来ざるを得なくなったということですね。教授会としては全然お読みになっていないのですか」
「教授会として話題は出たけどね、話題としては出たよ」
「内容は全然ですか」
「内容はだって素人が多いんだもの、わからないよ」
「ですけれども、あれは言ってみれば(入門書の最初の)10頁か15頁位のことですね、限界効用のことですから。辻村さんの言っている消費量を座標としていると、そして消費量とは何かという時にですね」
「そういう話はね、もっと時間のある時にしてもらいたい、あんまり時間が割けない」
「鈴木先生は私が二年間、45年から授業料を払っていないとおっしゃっていますね」
「そうだよ」
「それは事実だけれども、そういうことしかあれだとしたら実にけったいなことでしょう」
「いや、だけどね、教授会として正式に問題になったのはそういうことなんだ。塾長も、どうも非常に困ると、迷惑だということを僕に言ってきたんだよ。度々電話をかけられて」
「だから返事をさせるようにということですわね、辻村先生が全然してこなかったということはですね」
「指導教授の責任だよ、はっきり言えば。はっきり言えば、指導教授の問題だよ」
「だから、どうしてもしてこない場合は学校の問題になるわけですね、商学部長なりの」 (中略) 「鈴木先生が、普通にそういう問題になった場合に、辻村さんがそういう・・・」
「もう時間が無いから」 ガチャン
***解説***
音声資料E,F とも、同じ時の録音を例によって二つに分けたものです。鈴木教授というのは、最も品位に欠けると感じる人物だったので、気が進まなかったのですが、本文12にもありますように塾長からの最終回答に従って、電話をしたのです。
個人的問題に時間を割いている暇はない、指導教授と話すべきこと、論文はちょっと目を通しただけで詳しくは知らない、教授会で問題となったのは授業料を払っていないということだけで、経済学の内容は素人が多いから分からないと、立て続けに呆れたことばかりを並べ立てたのです。佐藤塾長はこんな人物を本件の責任者としてしまって、逃げてしまったのです。
鈴木 諒一の回答から、私の主張に対しては何ら反論出来ず、また私の落ち度としては調査し尽くした結果、何一つ見つけることが出来なかったという、いまいましさがにじみ出ています。勿論私が悪いのではないのですが、授業料を払っていないということ以外、いちゃもんでさえ、つけることが出来なかったわけです。それであのような塾長からの最終回答になったのでしょう。そして除籍というわけです。

あ と が き

「消費選好場と相対性」

あ らす じ

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