| 違いのわからない男、清家 篤が慶応義塾長に |
| 基数と序数の違いがわからない男が、実学どころか虚学にまみれた、税金泥棒私立大学長! |
朝日新聞(2009年5月28日)の「ひと」欄に、カラー写真付で「慶応義塾の新塾長」として「清家 篤」が以下のように紹介されていました。
28日、就任。労働政策、社会保障、行政改革、国民生活・・・・・・多方面にわたる政府の審議会の委員に名を連ねてきた、メディアでの発言も多い「スター教授」の一人だ。 選挙で3選を目指した現職らを退けた。私学の雄・慶応だが、資産運用の失敗などで、昨年度の赤字は269億円にのぼった。 「嵐の中の船出」と言い、事業計画全体を見直す決意だ。「情報を共有し、民主的な手続きで決めていく。 かっこよさにあこがれて慶大に入学した。会社員になるつもりだったが、ゼミで労働経済学に出会った。みんなに協力してもらえる雰囲気を醸成したい」 |
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| 労働という、複雑で人間くさいことを、合理性から読み解ける」。そんな魅力にとりつかれ、学者の道へ。審議会に参加するのは、行政も科学的な考え方に基づいて進められるべきだ、という信念からだ。 | ||
常に意識するのは「自分の頭で考えること」。学生の卒業論文にも、「少しでもいい。オリジナルな内容を盛り込め」と求める。仮説を立て、それを検証して結論を導き出す。「研究者にならなくても、あらゆる仕事で生きてくるはずです」 |
車を運転して移動する間が、息抜きの時間だ。父は現代建築家として著名だった故清氏。「違いがわかる男」としてテレビCMにも登場した。「既存の考えにとらわれず、自分が一番いいと思ったデザインを目指した」。父譲りの思考で、学校経営に新しいスタイルを模索する。 文・杉本潔 写真・高橋雄大 |
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「慶應塾生新聞」(2009年6月10日号)でも、清家篤新塾長は就任に際し「今日の大変化の中、福澤諭吉の実学の精神に立ち返り、学問を進歩させ、それに基づいて自分の頭でものを考えることのできる人を育てることが最も大切。そのために教育・研究・医療の質の向上に努めていく」と抱負を語っている。
「労働という、複雑で人間くさいことを、合理性から読み解ける」。そんな魅力にとりつかれ、学者の道へ。審議会に参加するのは、行政も科学的な考え方に基づいて進められるべきだ、という信念からだ。とあるが本当であろうか。
常に意識するのは「自分の頭で考えること」。学生の卒業論文にも、「少しでもいい。オリジナルな内容を盛り込め」と求める。仮説を立て、それを検証して結論を導き出す。
知らない者が読んだら、清家先生はよほど自分の頭で考える人なのだなぁという印象を持つことでしょう。学生に「少しでもいい。オリジナルな内容を盛り込め」と求めるぐらいですから・・・。
あるいは「福澤諭吉の実学の精神に立ち返り、学問を進歩させ、それに基づいて自分の頭でものを考えることのできる人を育てることが最も大切」。とあることから、現在の義塾では虚学が横行しているので、実学に戻らなければならないと反省しているのでしょうか。
もしくは、自分の頭で考えることができる学生を育てることの大切さを力説しているのでしょうか。
しかし、もともと考えるというのは、当然のことながら、他人の頭では考えることができないものでしょう。
学生は自分の頭では考えないが、塾長自身は自分の頭で考えていると自負しているのでしょうか。
父親譲りの思考とはどんなものなのでしょうか。検証してみるのも面白いかもしれません。
残念ながら、私は40年前に除籍されて以来、経済関係の本は読んだことはありません。しかしWEB上で
04/12/07 最低賃金制度のあり方に関する研究会第4回議事録
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/txt/s1207-2.txt
などというような議事録を見ることができます。
この研究会は「序数と基数の違いも理解しない辻村江太郎の仮説(?)」をそのまま引き継いだ樋口美雄が議長を務め、清家篤などのヒアリングを受けるというような研究会になっています。この日の研究会は2時間にわたって催されたものですが、清家は半分弱の4,50分で途中退席しています。
清家篤はこの研究会は、大学内のものではなく、厚生労働省の会議であるのに、
「完全競争について は、よく言われているように、労働の売り手である労働者と買い手である企業の間に は、交渉上の地歩に大きな隔たりがございますので、これらの点については辻村江太郎 教授の先駆的な研究等において、理論的にも精緻に展開されているわけですが、簡単に 言えば、今雇ってもらえないと明日の生活にも困るような労働者と、その人が働いてく れなくても、直ちに行き詰まってしまうわけではない企業との間には、対等な交渉が行 われにくいわけで、それが市場における均衡を、いわゆる「内点均衡」の成立を妨げる 要因となるわけでございます。」
とか
「1つは、右下がりの労働供給曲線が、マクロの労働市場で出現する可能性です。こ
れは樋口さん等が非常に精緻な研究を、あるいは日本では小尾恵一郎教授等が、先駆的
に研究されていたところですが、いわゆる「ダグラス-有沢法則」などというのが経験
的事実としてあるわけです。つまり、世帯主の賃金が下がると、非世帯主の労働供給が
増える。マクロでは、賃金が下がることによってトータルの労働供給が増える。供給曲
線が右下がりになってきますと、どんどん均衡点が右の方に下がってきてしまう。いわ
ゆる「低賃金多就業」の状態が発生する危険があるわけです。
」
などと、わざわざ出す必要もない名前を出し、ハッタリをかましているわけです。
しかも、辻村江太郎や小尾恵一郎などは序数と基数の違いも理解していないのですから、笑ってしまいます。
この清家篤新塾長は、あまり自分の頭で考えているようにも思えませんね。
「審議会に参加するのは、行政も科学的な考え方に基づいて進められるべきだ、という信念からだ。」と言うのだが、何が科学的なのでしょうか。
そもそも福澤諭吉の実学の精神に立ち返り、というのは、自ら現在の慶応義塾では実学が教えられていないということを白状しているわけで、それは在学生は当然、卒業生や社会から「慶応大学で経済学や商学を学んでいるけれども、あるいは学んだのだけれども、現実の経済現象がさっぱり理解できない」という不満が強いからでしょう。
これは当然で、教えている者が理解できていないわけです。慶応での経済学が科学であるはずはないのです。
大学というところはもともと「すぐに役立つようなものばかり」を研究するところではありません。しかし大学全入時代の現在、資格もない「科学の仮面」をつけた「疑似科学」ばかりで、大学生活を終え、社会に放り出されても路頭に迷う人も増えてくることでしょう。
実学という意味では、先を行く医学部、理工学部、薬学部などは社会的に認知されていますから、それゆえにお金の援助も流入も多いようですが、同時に、それにつけこんだ倫理観もない教員や大学も悪さをするという有様です。
これは毎日のように報道されている事件からも明らかでしょう。
文科系にはお金はかからないので、学生の数さえ確保すれば大学の収入は増える一方というわけで、私たちの頃から授業は貧弱そのもので、この点に関しても、今も昔も変わらないのだなあと残念に思います。
多少の悪事を行っても、文科系の学生を集めようという大学側の企み、行動、その結果の一つが弁護士資格試験の漏洩事件だったわけです。
今回の新塾長は「福澤諭吉が泣いている」という怪文書や街宣車のおかげで生まれたような一面もありますから、注意深く監視を続けていかなければならないでしょう。医学部長選挙も同様のゴタゴタ騒動がありました。
不祥事続きの大学、こんな所に巨額の国税を注ぎ込んでも、本当に良いのでしょうか。
なお、このHPでも、その名前を数回取り上げたこともありますアメリカ民謡研究家であり、歌手、演奏家であったマイク・シーガー氏が前回このHPをアップした直後の8月7日に白血病のためご逝去されました。
つつしんでお悔やみいたします。
NHKによって「ニューポート フォークフェスティバルの映画」で名前や、演奏場面まで削除されてしまったマイクやアラン・ロマックスなどの熱意と行動が無かったなら、その後に続くジョーン・バエズやPPMやボブ・ディランなどのポップ フォークの隆盛も、さらにその後のロック ミュージックも現実のものとは違ったものになっていただろうに、と感慨にふけっていましたら、何と、病院の食堂で毎日新聞を読んでいましたら、そのボブ・ディランが、しかもアメリカ国内で、若い警察官によって職務質問を受けていたというのです。
若い人ならアメリカ人でもボブを知らないのでしょうか。
風体の悪い、胡散臭いおっさんと思うだけなのでしょうね。
矢沢栄吉などもテレビのCMでなら、わかりますが、実際に道ですれ違ったなら、同世代の私でもわからず、避けて通ると思います。ファンのみなさま、堪忍。
合掌