「慶応大女子院生飛び降り事件」と七戸克彦教授(その2)

 

「慶応大女子院生飛び降り事件」は前にもご報告しましたように、第2弾として以下のように始められました。

(今回も前回同様、「週刊文春」の記事を、そのまま引用させていただきました。文藝春秋社には厚く御礼申しあげる次第です)


小誌が報じた慶大女子学生飛び降り事件に、東京地検特捜部が重大な関心を示している。

特捜部を動かしたのは、慶大関係者から舞い込んだ大量の投書で、その大半が実名だったという。折しも大学側は助教授の処分を決定。”疑惑の密室”は果たして解明されるのか。

 


 

<慶大女子学生がエリート助教授の目前で飛び降り自殺>と小誌が報じてから約二ヵ月。

六月二十一日、慶応大学のシンボルともいえる三田の旧図書館会議室で教授会が開かれ、七戸克彦助教授に対する学部の処分が決定した。

慶応大学大学院法学研究科一年の山田緑さん(仮名=23)が、三田キャンバスの研究室棟七階706号室から助教授の目前で投身自殺をしたのは三月十八日のこと。706号室は学部時代に緑さんのゼミ指導をした七戸助教授(31)の部屋であり、しかも二人はただならぬ関係にあったため、七戸助教授の責任問題が注目を集めていた。

「文春の報道は慶大法学部に衝撃を与えました。ただちに、法学部幹部が構成する常任委員会に”特別小委”を設け、事実の調査にあたったのです」(法学部の某教授)

”特別小委”のメンバーは十人ほどだが、七戸助教授などの関係者から実際に話を聞いたのは、堀江湛法学部長、横山潤法学部日吉主任、米津昭子学部長補佐の三人だったという。

”特別小委”は四回にわたって開かれ、三人の調査結果が報告された。それを受けて処分の原案が作られ、常任委員会を経て教授会にかけられたのだ。

草案を作る段階では、「七戸君はやめるべきだ」という強硬論から「七戸君に責任はない」とする同情論まで、幅広い意見が出たというが、
「結局、教授会で出された処分の内容は、”譴責(けんせき)”と実質上の一年間の休職、出講停止です。正式な決定は理事会と評議会の承認を受けなければならないので、一ヶ月ぐらい先のことになるでしょう」(別の教授)

 

舞い込んだ大量の実名投書

 

慶応大学の懲戒処分には四つのランクがあって、厳しい順に”懲戒免職””停職””減棒””譴責”となる。つまり七戸助教授は、もっとも軽い処分で済んだことになる。

「七戸君にとっては、一番ありがたい処分でしょうね。処分の内容を履歴書に記載する必要はない。停職と違って、休職は大学の記録の上では身分が途切れないから、昇給や年金にも影響ありません。休職期間中も基本給は支給されますしね」(同)

コトの成り行きを見守ってきた遺族や大学関係者にとっては拍子抜けするような結論なのだが、この軽い処分にすら、教授会では反対の声があったという。

七戸助教授の指導教授にあたる新田敏教授は「七戸君に責任はない」と擁護したし、一部の教授からは、
「頭のおかしい女の子が研究室から飛び降りたことに責任を取らなければならないのか」
「交通事故のようなものではないか」
など、心ない意見も飛び出したという。

[聞くに耐えませんでした。通りがかりの女性が目前で投身するのと、今回のような経緯があった上での自殺とは、本質的に違うもの。法律を職業とする学者の発言とはとても思えませんでした」(出席した教授)

緑さんの残した日記には、緑さんと七戸助教授の関係が連綿と綴られている。いくつか例をあげてみよう。

これを「交通事故のようなもの」と断ずるとすれば、それこそ「頭がおかしい」のではあるまいか。この事件の解決が、こんなに軽い学部内の処分で済まされるものなのだろうか。

小誌は、東京地検特捜部が、この事件に重大な関心を持ったという情報を入手した。

そもそも特捜部が関心を持ったきっかけは、慶応大学の学生および関係者からの投書が殺到したためであり、事件の解明を求める投書の多くが実名によるものだったからだ。

実名投書の数の多さに注目した特捜部は永野義一副部長のところでこの事件に対応することになった。永野副部長といえば、過去にロッキード事件の公判やダグラス・グラマン事件の捜査を手がけた、特捜部事件捜査のエース的存在だ。

特捜部OBの弁護士が言う。
「特捜部がこの種の事件に関心を持つのは、きわめて異例なこと。というのは、特捜部が本来摘発するのは、汚職や脱税や企業犯罪で、この手の事件は刑事部マターだからです。
とはいっても、地検刑事部というのはあくまで事件を”処理する”ところ、つまり起訴か不起訴かを決めるところであって、事件を直接”解明する”ところではありません。ですから一般論で言えば、事件の捜査そのものは、警視庁などのしかるべき捜査機関に送られるものなのです」

こんなに狭かったのか!

しかしこの事件では、ある検事が六月下旬から調べ始め、関係者および緑さんの両親から何回か事情を聞いている。この事実からだけでも、検察庁がこの事件にどれほど重大な関心を抱いたかがわかろう。

ただし、前出の特捜OBが言うように、この事件は本来、特捜部の扱う範疇にはない。しかも永野班は、七月二日に丸紅の元部長代理らが逮捕された「丸紅架空取引詐欺事件」を担当しているため、まったく人手に余裕がない状態。

そこで緑さん自殺事件の捜査の中心は、刑事事件を担当する部署に移ったと見られる。実際、新たに捜査の中心となった部署では、すでに関係者から事情を聞き始めているという。

緑さんの両親は、特捜部に事情を聞かれたか、という小誌の問いに対しては、
「それはお話できません。ノーコメントです」
と答えるのみ。だが、娘の死に対する疑念はますます深まるばかりだという。それは、当日の自殺現場の状況に、あまりにも不自然な点が多いからだ。

七月三日、事件から四ヶ月目にして、ようやく父親は、事件の現場となった706号室に入ることを許された。

研究室の七戸助教授の本棚には、緑さんの文庫本が六十冊ほど並んでいた。

「部屋に入ってまず感じたのは、こんなに狭かったのか、ということです。同室していた三人が気づかなかったのはおかしい、と実感できました」

自殺当時、研究室にいたのは七戸助教授と大学院法学研究科二年のAさんと一年のBさん。

図を見ればわかるように、Aさんと緑さんの間は手を伸ばせば届くほどの距離しかなかった。しかも緑さんは、三人の前で二通の遺書を書き、アクセサリーや時計をはずして机の上に置いた。さらに足の二ヵ所をビニールひもで縛るという一連の準備行動をしているのである。

「緑の靴はヒーターと壁のすきまに落ちていたため、なかなか見つからなかったそうです。そんな狭い空間に落ちていたということは、緑は飛び降りる時にヒーターの上によじ登ったとしか考えられない。足を縛った不自由な状態でですよ。窓をあけるにしても、ブラインドを上げるにしても、大きな音がしたはずです。どうして三人は、緑のしていたことに気づかなかったのでしょう」(父親)

クルクル変わる同室者の証言

学校側の説明によれば、三人は、図のようにテーブルを囲んでドイツ語原典購読の勉強会を開いていた。そのドイツ語のテクストに夢中になっていたため、周囲の出来事にはまったく気づかなかったというのだ。

緑さんの母親が、なおも疑問を投げかける。
「どうしても緑の死んだ状況を知りたくてBさんに事情を聞いたところ、最初は確かに”勉強に夢中で三人とも気がつかなかった”ということでした。ところがもう一度尋ねると、
”実はすでに勉強会は終っていました”と打ち明けたんです。七戸先生はパソコンを叩き、Aさんが七戸先生の横に立っていたそうです。Bさんは扉のすぐ前に座って(図中の点線部)、最後の行の翻訳に夢中になっていた、と話してくれました。

ところが三度目の確認をすると、また説明が変わってしまいます。”勉強会は続いていて、一番難しいところにさしかかっていたので気がつきませんでした。七戸先生はパソコンの方を向いて緑さんには背を向けていました”とおっしゃるのです。どうしてこんなに、説明がクルクル変わるのでしょう。私はどうしても釈然としません」

おそらく再捜査の焦点は、この密室の状況解明に絞られることになるだろう。

事件当日の緑さんの行動にも不明な点が多い。

この日の朝、緑さんは母親に
「きのうの夜の電話で、七戸先生が結婚してくれることになった」と話すが、緑さんと七戸助教授の仲がこじれているのを知る母親は「よく話し合いなさい」と忠告。緑さんは七戸助教授のマンションに向かった。

ところが昼ごろ、母親に七戸助教授から電話が入る。
「”留守に来て鍵を壊された。僕は別の人との結婚が決まっている。迷惑です”と怒るんです。私は”どうか誠意をもって緑の話を聞いてあげてください”とお願いしました」(母親)

午後一時過ぎ、七戸助教授から二回目の電話が入る。
「”緑さんを(研究室に)ひっぱってきましたよ”というので、”緑は絶望しています。どうか注意してやってください”と強くお願いしたのです」(同)

一回目と二回目の電話の間に緑さんと助教授に何があったのか。謎は深まるばかりだ。

「依願退職扱い」の声も出た

大学の「特別小委」は、どんな調査をし、どこまで事実を明らかにしたのか。調査にあたった三教授に聞いてみた。

まず米津昭子教授は、
「学部にお聞きになればいいでしょ。私はお答えする立場にありません」
と木で鼻をくくったような答え。学部の責任者でもある堀江湛法学部長にたずねると、
「緑さんが恋愛感情を抱き、七戸君が同じような感情を持ったかといえば、ご遺族の話と七戸君や指導教授の新田君の話は食い違うのです。大学ではその判断はできません。七戸君の部屋で学生が自殺したという事実は変えられないし、自殺を止められなかった責任がまったくないとはいえません。が、あの場で彼は、考えられる限りの打つべき手は打ったとおもいます」

結局、確たる事実をつかむこともなく、学部としての処分をくだしたということなのか。

日吉の教養課程を代表した横山潤教授となると、少々ニュアンスが違う。
「個人的な感想でいえば、せま苦しい部屋ですし、身体を縛った状態で、ヒーターの上にのぼり、窓から身を投げるという緑さんの行動に、なぜ気がつかなかったのか不思議です。特に、七戸君はご両親との間に経緯があったのですから、注意を払ってしかるべきだったのではないでしょうか」

さらに続けて、
「いやしくも大学がお預かりした学生が、教員との関わり合いにおいて、キャンバスで身を投じて亡くなった。”交通事故論”などで済まされる問題ではありません。常任委員会では、”七戸君に辞表を出してもらい、依願退職扱いにしたらどうか”という声もありました。当日には緑さんの母親から注意を促す電話が入っているし、常識的には”依願退職”が適当だと、私も思いました。

しかし、詳しく申しあげられないが、どうしても、そうはできない事情がありました。学部を運営する立場からすれば、今回の七戸君の処分は学部内のコンセンサスを得た妥当なものというほかはないですね」
と苦渋に満ちた表情で語るのである。

堀江学部長は、
「すでに地検の指示で、三田署と警視庁が捜査にきています。その結果、新たな事実が判明すれば、処分内容を変更する可能性はもちろんあります」
と言う。しかし法を教えるものは、進んで自らの襟を正すべきではないか。司直の手を借りなければ学内で起きた事件の倫理的責任がとれないというなら、伝統ある慶応義塾法学部のモラルも地に堕ちたというしかあるまい

 


以上が記事のすべてです。

横山教授のおっしゃるように、せまくるしい部屋で、身体を縛った状態で、ヒーターの上に登り。窓から身を投げるという彼女の行動に、気がつかないというのはどう考えても解せません。しかも彼女の行動に気を配って欲しいという電話が母親からあったのですから、なおさらです。
堀江湛法学部長は「七戸君の部屋で学生が自殺したという事実は変えられないし、自殺を止められなかった責任がまったくないとはいえません。が、あの場で彼は、考えられる限りの打つべき手は打ったとおもいます」などと、ほざいていますが、打つべき手など何も打っていません。

ところで七戸助教授の処分が譴責処分だったというのは、あまりにも軽すぎます。
文中にありますように、譴責とは停職とは違って休職扱いだそうです。休職は大学の記録の上では身分が途切れないから、昇給や年金には影響はないというのです。休職期間中も基本給は支給されるというのです。

軽い処分です。有給休暇と同じです。
これなら、もてあそんで飽きてしまった女子学生を突き落とすのを奨励しているようなものです。

むかし、「トリスを飲んでハワイに行こう」というサントリーの宣伝コピーが流行りましたが、「あそび飽きた女子学生を七階から突き落として、有給休暇をとろう」というのが、慶応の教職員の合言葉となってしまうのではと思うほどです。
この女子学生が七戸宅の鍵を壊したとありますが、これは多分七戸がこの女子学生に合鍵を渡していたのだが、新しく愛人になった別の女子学生のため、合鍵を新しく作ったので、逆上したこの女子学生が鍵を壊してしまったものと思われます。たしかに彼女のとった行動も異常ではあります。
しかし彼女は精神を病んだ状態にあったのですから、七戸は彼女を見守ってやる義務があったのです。

驚くほど軽い処分です。
そう言えば、悪党・辻村江太郎は不祥事以後、同様の本を書いて福澤賞を貰っていますし、同じく悪党・黒田昌裕は学務担当の常任理事になっています。
悪徳・慶応義塾の、ならずもの大学の面目躍如というところでしょう。

なお文中赤色に着色したのは筆者によるものです。
この部分が一番注目すべきところです。

赤線の部分は「文部官僚」ないしは、それの意を汲む「族議員」からの圧力があったのではないでしょうか。だからこそ、その圧力に抵抗することは、私立大学の凡庸な教員には無理だったのでしょう。横山潤教授は「常識的には”依願退職”が適当だ」と私も思いました、と言っておきながら
しかし、詳しく申しあげられないが、どうしても、そうはできない事情がありました。学部を運営する立場からすれば、今回の七戸君の処分は学部内のコンセンサスを得た妥当なものというほかはないですね」などと、うそぶいています。馬鹿な野郎です。
七戸の父親は国立大学の教授だったと言いますから、ありそうな話だと思われます。
一体「独立自尊」とは何なのでしょうか。
「学部を運営する立場からすれば、今回の七戸君の処分は学部内のコンセンサスを得た妥当なものというほかはないですね」という言葉がこの辺りの事情を明らかにしているように思われます。
これがいわゆる社中協力ということなのでしょうか。

ところで七戸克彦は慶応の教官かと思っていましたが、九州大学の教授でもあるようです。
国立大学教授も公務員なのではないのかと思いますが、慶応教授との兼務も許されるのでしょうか。ここらあたりについては何も知らず、興味もないのですが、給料の二重取りで結構なことです。

九州大学のホームページに、以下のような、写真付の七戸克彦の「プロフィール」なる文章を見つけました。

URLはhttp://www.law.kyushu-u.ac.jp/~shichinohe/1=shichinohe/11=profile/frame-11.htmですが、面倒なので引用しておきます。


プロフィール


 

ドイツの運転免許証。昔は紙だったので,使っているうちにぼろぼろになったが,EU統合と同時期にプラスチック製のクレジットカードなどと同じ大きさのカードになった。更新もなく(この点は従来どおり),EU諸国全部で使えるので,とても便利である(でも,この写真を一生使うのは嫌だ)。

ヨーロッパでは,ビザを取得して一定期間以上経つと(ドイツでは6カ月以上),日本の免許証をそのまま現地の免許証に取り替えてくれる(現地で教習所に通って新たに免許を取得する必要はない)。もっとも,通常の場合には,その際に,日本の免許証は取り上げられ,帰国の際に,現地の免許証を返還して,それと交換に日本の免許証を返してくれる。

もっとも,ドイツの場合には,ちょっとした例外措置を使うテクニックがあって,日本の免許証をキープしながら,ドイツの免許証を取得する方法がある(州によって違うかもしれないが,少なくともノルトライン=ウェストファーレン州では,それが可能だ)。

これに対して,フランスでは,例外なく,日本の免許証は取り上げられてしまうようで,これに対応する方法もあるのだけれども,法学者としては,あまりお勧めしません。

 


やっぱり大学教師としては、ちょっと変ですね。

週刊誌の顔と免許証の顔は事件当時のものと思われますが、ちょっと笑ってしまいますね。

別のページも引用してみましょうか。

 

こちらのページのURLはhttp://www.law.kyushu-u.ac.jp/Staff/JP/shichinohe.htmです


 七戸 克彦 教授

 

2004.4.17.更新

配置・専攻

民事法学講座

民法、水法、比較法

研究キーワード

財産権,物権変動,公示
自己紹介

1959年9月24日札幌生まれ。札幌市立柏陽小学校、和光小学校、札幌市立北陽中学校、信濃中学校、北海道立札幌北高校から、慶應義塾大学法学部法律学科に入学、1985年3月慶應義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻修士課程修了、1988年3月同博士課程単位取得中退、同年4月慶應義塾大学法学部専任講師、1992年4月同助教授、2003年4月同教授を経て,2004年4月より現職。

所属学会: 日本私法学会,比較法学会,日仏法学会,日本家族≪社会と法≫学会
公的機関委員: 農業水利問題検討委員会(農水省)委員,今後の地下水利用のあり方に関する懇談会(国土交通省)委員,(社)日本河川協会理事,城原川流域委員会(佐賀県)委員

……と,必要事項はひとまず書いたので(研究業績については「法律判例文献情報」などでお調べください),あとは趣味その他について書きます。スポーツは好きです。中学時代には陸上(中距離)をやっていて,某私立高校から推薦入学の勧誘が来ました。そこへ進学していれば,全然違った人生になっていたでしょう。絵を描くのも観るのも好きです。高校時代は,美術系・都市工学系の学科に行くのが夢でした。その方面に進学していれば,まったく違う人生になっていたでしょう。大学時代には,木こりをしたり,地下鉄(東京の半蔵門線)を掘っていました。その方面に進んでいても,ずいぶん違う人生になっていたでしょう。大学院時代には,小説を書いていました。「三田文学」の飲み会で,安岡章太郎大先生に向かって違う作家先生の名前で呼んで,江藤淳にどつかれたことがあります。今では,そこで知り合った連中の書いている原稿のページ単価は,僕が書いている論文の10倍から100倍の値段です。けっこうむかつきます。音楽も好きです。モーツアルトをエンドレスにガンガンかけながら徹夜で論文を書いたりします。車には,今(2004年3月現在),柴咲コウとThe Day After Tomorrowの新譜が載っています。とりあえず新譜は買う主義です。昨年(2003年10月),九大の学生諸君とカラオケに行ったとき,「残酷な天使のテーゼ」とELTの超マイナーな曲を,アニメ・オタクの女子学生と持田さんファンの男子学生とデュエットしました。「九大生もなかなかやるな」と思いました。勉強もがんばってください。

学生への一言 学生時代ふらふらしていた自分自身の反省からいえることですが,早い時期に人生の目標を決めて,それに向かって最短距離で走り抜けることを強く推奨します。法科大学院への進学や資格試験の受験のためには,早期からの勉強が必要です。研究者になろうとするなら,語学の勉強も大切です。皆さんの多くは,きっと,将来社会のために何か役立ちたいと思っているのでしょう。あるいは,そんな大それたことではなくても,親御さんや恋人を幸せにしたい,喜んでもらいたいとは思っているのでしょう。でも,それができる程度の力を,皆さんは,まだ,何も身につけていません。他人を幸せにしようと思っているのなら,まず自分が幸せにならなければだめです。自分すら幸せにできないような人間が,他人様を幸せにできるわけありません。安楽な大学生活の中で眠っていてはいけません。目を覚まして,そして身構えなさい。

中学時代には陸上をやっていて、某私立高校から推薦入学の勧誘が来た。そこへ進学していれば、全然違った人生になっていたでしょう。
高校時代には、美術系・都市工学系の学科にいくのが夢でした。その方面に進学していれば、まったく違う人生になっていたでしょう。
大学時代には、木こりをしたり、地下鉄を掘っていました。その方面に進んでいても、ずいぶん違う人生になっていたでしょう。
大学院時代には、小説を書いていました。その方面に進んでおれば、まったく違った人生を送ることになったでしょう。

当り前のことをだらだら並列的に書くなと言いたいです。こんな人が大学院時代に小説を書いていたなど、考えられません。

それにしてもあの免許証の顔で木こりをしたり、地下鉄掘りをしたように見えますか。木こりの手伝いぐらいなら、ある程度できなくないかもしれませんが、あの顔ではねぇ・・・。

「三田会の飲み会」で安岡章太郎氏にむかって、別の作家の名前を呼ぶなんて、まわりにいた人は怒ったでしょう。あの免許証の写真の「へらへらした顔の」男に、別人の名前を呼ばれたんですからね。

それにしても殴る必要はなかったでしょう。
この江藤淳の本名が江頭淳夫ということからわかりますように、「いわゆる雅子さま」の祖父である元チッソ社長江頭豊氏のおいにあたります。血の気の強い血筋なのでしょう。皆傲慢な顔つきです。

文章のまずい、面白くない原稿など、まともに売れるわけがないでしょう。
そんなことも理解せずに、むかついても無意味でしょう。なお最近の顔はなかなか、たくましくワル顔になってきています。

皆さんの多くは,きっと,将来社会のために何か役立ちたいと思っているのでしょう。あるいは,そんな大それたことではなくても,親御さんや恋人を幸せにしたい,喜んでもらいたいとは思っているのでしょう。でも,それができる程度の力を,皆さんは,まだ,何も身につけていません。他人を幸せにしようと思っているのなら,まず自分が幸せにならなければだめです。自分すら幸せにできないような人間が,他人様を幸せにできるわけありません。安楽な大学生活の中で眠っていてはいけません。目を覚まして,そして身構えなさい。

これを読んでいる大学生の方は、お前にはそんなことは言われたくないとお思いでしょう。笑ってしまいますね。

ところで、これを読んでいますと似たような文に以前会ったような気がしますね。そうです「宮内先生のご紹介」の中の以下の文です。http://www.clb.mita.keio.ac.jp/econ/miyauti/miyautishoukai.html

 

勿論七戸ほどふざけてはいませんが・・・・。しかし限界効用も理解しない「先生」が以下のようなことをもっともらしく言うのですから、やはり笑わざるをえません。

以上のように研究会では、自分で研究課題を自由に選択し研究を進めることができる。卒業するまでの全ての時間が余暇時間であるのだから、この有り余る時間を、研究仲間との討論と研究活動のためにいくらでも費やすことができる。これが大学の研究会の最大の特徴であろう。大学における研究会とは、このような機会が得られる唯一の場であって、他には無い。従って、これから研究会に入会してこの機会を自分のものにしたいと希望する学生諸君は、自分の選ぶ研究領域についてできる限り具体的なイメージを持って、自分の考えと責任においてゼミを選ぶことが必要であろう。

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