告発!・虚飾の乳がん名医
イカサマ慶応医局医師のオン・パレード

 

この事件については「告発!・虚飾の乳がん名医」として、最近テレビ朝日が、鳥越俊太郎氏を中心として放映した感銘深い番組ですので、ご存知の方も多いことと思います。私も「ザ・スクープ」でこの問題を知りました。
「悪徳慶応義塾大学を告発する」本件とも相通ずるものがあり、この放送を絵や音楽なしで引用、ご紹介しようと思います。
文字だけでテレビ放送をご紹介するわけですから、不自然な所や、不明な個所もあるとは思いますがお許し下さい。
また他人がお作りにになった番組ですので、出来るだけ忠実に引用するよう努めました。
鳥越俊太郎、長野智子両氏のナレーションで始まります。


「四月からサラリーマンの医療費の自己負担が、1.5倍に増えたのは、皆様ご存知だと思いますけど、そうした一方で医師のモラルや医療技術の低下は目を覆うものがあります。」(鳥越氏)

「最高裁によれば日本の医療訴訟は91年には356件だったのが2001年には805件と、この10年で倍増しているそうですが、医療事故は患者側が気がつかなければ、隠蔽されるケースが多いので、氷山の一角と言わざるをえません。」(長野氏)
「皆さんは日本の医療は大変進んでいると思っていらっしゃるかもしれません。しかし医療ミスに関しては、欧米に比べて、野放しも同然なんですね。今日のザ・スクープ・スペシャルは医療ミスも取り締まれない日本の医療制度を徹底検証します。」(鳥越氏)
「先ずは静岡県で名医と言われた医者の信じられない実態からご覧下さい。」(長野氏)・・・というように始まります。

 


富士山と駿河湾に囲まれた静岡県清水、・・・清水港の名物は、昔は清水の次郎長、今は清水エスパルス、そして、乳がん・・・。

「清水の風土病は乳がんなんですって」と地域の住人に説明させています。
「息子のサッカー部のお母さんが30人いて、乳がんは30人の中の3人、1割ですね・・・。
実際”乳がん通り”ってあるんですって。」

「乳がん通り」、そこは一体どういう場所なのか。
およそ300mの間に乳がん患者7人・・・通称「乳がん通り」の中心には、或る病院の存在があった。

「静岡市立清水病院!!」

乳がん発生率は人口1万人あたり約2人、人口24万人の清水では約48人の計算になるが、この病院の乳がん手術件数はその2倍近い。
この異常なまでの集中発生の裏側には、或る疑惑があった。

清水に乳がんの名医あり、名医ことK医師は慶応大学の医局を経て、78年より勤務、95年には副院長まで登りつめた。
乳がん治療の権威として知られ、「医者が勧める専門病院」なる専門病院のガイドブックに顔写真入りで登場。96年度版の地域別病院ランキングでは乳腺部門で第8位にノミネートされています。

「これまで手術をした乳がん患者は、およそ1000人、かって名医の率いる乳腺外来のベッドには、いつも入院患者があふれ、週2回の診療日にはおよそ300人の外来患者をさばいていたと言います。
しかし今、患者たちや病院内部からも、その診療ぶりに疑問の声が上がり始めています。」(長野氏)

「K医師の診療はまるでベルトコンベアに乗せられているみたいです。異常な診察に驚き、他の病院に行き、難を逃れた方もいると聞きました。」(病院関係者からのメール)

「通常、乳腺外来を訪れると、最初に服を着たまま問診、次いで服を脱いで視診、続いて触診が行われます。

しかし清水病院の待合室には、或る奇妙な張り紙が貼ってありました。」(長野氏)

「乳腺外来受診時の注意事項」

「診察時、上半身裸になってベッドに横になって下さい。」
・・・なんと患者は上半身裸でK医師を待ったと言う。
元患者さんは言います。
「”いきなり乳ガン検診ですか。ではお脱ぎになって、お待ち下さい”っていう言葉で、問診という問診はないんです。横に座っていきなり触診が始まってさあーっと撫でる程度で、あっと言う間です。3秒くらいで診察とかが、魔法の手で触って終り・・・」

また元看護婦さんも
「親身になって患者の身になって、話を聞くとか、ちゃんと説明しているという場面は見たことがありません。その一方で触診で異常が無くとも、”ちょっと早めに(エコーの予約を)入れてあげてくれないかな。この(エコー)検査ね、ちょっと混んでるもんで、入れちゃったから。”・・・・ここへ来たら、カメラ(レントゲン)とエコーはセットになってるんだよっていう感じで・・・」と証言しています。

一般的には触診で「しこり」が見つかった場合に胸に超音波をあてて、その波形を見る検査やマンモグラフィと言われる乳房のレントゲン検査を行い精密に診断をするのが普通である。

この時点で腫瘍が見つかると、良性か悪性かを診断するため、細胞診つまり腫瘍の部分の細胞を注射器で吸引し、顕微鏡で調べる検査を行う。ここで良性腫瘍とわかれば経過観察となる。

しかし癌の可能性があるとわかれば、生体検査と言われる試験切除が行われる。これは乳房にメスを入れる手術なので、事前にキズのつかない細胞診を行うのが普通だ。

しかし91年に乳がん検診を受けた竹下勇子さんの場合,初診の日、マンモグラフィとエコー検査が終るや、いきなり
「”しこりを取って、先生(K医師)が見れば、すぐわかるから”という感じで次から次へと電話をかけているんですね、目の前で。」(竹下氏)

「”しこりを取って”という意味が、その時わかってました?」という女性レポータの長野氏に対して、竹下さんは「わかってないです、全然わかってないです。」と答えておられます。

わけもわからないままに、生体検査の手術の同意書に署名させられてしまったと言う。

「生検という意識が無い?」(長野氏)
「全然ないですね」(竹下氏)

「説明も何も無いのですか?」(長野氏)
「そうです。無いです。」(竹下氏)

「生検をしたのは?」(長野氏)
「次の日ですね。」(竹下氏)

つまり初診の12月26日に、触診、エコー、マンモグラフィ、翌12月27日には細胞診をとばして、いきなり生体検査手術、さらに翌12月28日には、なんと乳がん告知が行われたと言う。

「いきなり”乳がんです”という言葉ですね。」(竹下氏)
それは家族同席の指示もなく、わずか数分間の極めて脅迫的なものであったと言う。

K医師は
「あなたの場合、乳房温存療法と乳房を全部切り取る方法がある。
しかし温存療法は日本に入ってきて、まだ3年でデータが無い。
手術後、放射線ときつい抗がん剤を打つから我慢できないだろう。
命をとるか、危険をとるか」

「命をとるか、危険をとるかって言われたから、命をとりますって言ったんですね。」(竹下さん)

初診からわずか2日、おびえきった竹下さんは、命、すなわち乳房全摘出を選ぶしかなかった。

しかし名医のインフォームド・コンセントには決定的なウソがあると言う。

一時期清水病院の非常勤医だった癌治療の権威で現慶應病院講師の近藤 誠医師によれば、
「インフォームド・コンセント(患者への説明と同意)にはなっていません。日本でもだいぶ乳房温存療法が当時行われていて、竹下さんは当然その対象になる進行度だったんですね。

竹下さんが手術を受けた91年当時、日本では温存療法が始まって既に8年が経過。その割合はおよそ13%まで普及していた。また放射線や抗がん剤治療が必要なのは全摘出の場合も同じである。

「K医師は竹下さんにウソをついていたのか?」という 長野氏の問に対して、近藤医師は「ウソです。」と言っています。

「それはどうして?」(長野氏)
「乳房切除をしたかったからでしょ。説明もそういうウソを言って、全摘手術の方に誘導したと、これは歪めない事実ですね」(近藤氏)

「竹下さんの乳房全摘手術は翌年1月8日、年末年始の休暇を挟んでも初診からわずか13日目でした。
そして超スピード手術は竹下さんだけではなかったのです。」(長野氏)

元国立静岡病院の外科医という方の証言も取ってあります。

「あちら(清水病院)から、いらっしゃった方のお話を聞くと、いわゆる催眠商法ですね。患者さんの動転している間に、いろいろな計画を立ててしまって、そのレールに乗せるっていう形で・・・・」

通常乳がんは進行が遅いため、手術まで1ヶ月以上かけるのが一般的である。

しかし竹下さんとほぼ同時期に乳がん手術をした患者4人を調べてみると、全員初診のすぐ後、検査入院、その日か翌日に、癌告知、ほぼ2週間以内に乳房を全摘出されていることがわかった。

元患者D子さんの話
「最初に外来に行きましたよね。外来(初診)でレントゲンだとか、エコーだとか、採血をしまして、そしてその時に”コリャ癌じゃないか”と言われまして・・・」

D子さんのつけていたカレンダーによれば、初診の日、触診でいきなり癌と言われて、レントゲンやエコーの検査、翌日には早くも入院し、乳房の一部を切除する生体検査、次の日には癌と断定し全摘出手術は初診から13日目だった。

またE子さんの場合も触診で、しこりがあると、いきなりオペを勧められた。

「初診の日で癌宣告があった?」というインタビューに応じて、E子さんのご主人は
「”お父さん、癌だよ”って(病院から)そういう(内容の奥さんからの)電話がありました」と証言しておられます。

結局お決まりのコースをたどり、初診から13日目に全摘出手術を受けることになる。
しかしE子さんらのカルテには癌の記述は一切無く、ほとんど白紙も同然だった。

これについて日本医科大学第1外科の古川 清憲助教授は
「まあ、全くもう記載不充分ですよね、それ以外の何物でもないですよ。これはもう明らかにカルテじゃないと考えてもいいぐらいですよね」と述べています。
(もっとも日本医科大学といえば、前に書いたアゴの手術ミスを隠した大学ですが・・・筆者・注)

「またベルト・コンベア式の超スピード診療の一方で過剰診療を思わせる証言も出てきました。」(長野氏)

元患者D子さんの話
「手術に向かっての色々の検査があったわけです。胃カメラ。腹部のエコー・・・」

今回取材でわかっただけでも、およそ40人の乳がん患者全員が手術前に内臓検査を受けていた。それは何故?

K医師の元患者A子さんは
「(手術前内臓検査の)理由というのが、癌の宣告を受けると胃を壊す。胃炎をおこすものだから、胃カメラを飲んでもらわなきゃいけないというので・・・}

清水病院の元看護婦さんは「この人、本当にこの検査が必要なのっていうのは非常に多かったというような記憶はあります。過剰な診療だったと思いますね。」

一方肝心の乳がん手術はどうだったのか?名医のウデは信じられないものだったという。
前述の近藤 誠慶応大学医学部の講師は
「これだったらむしろ縫い方の技術からだけ言えばね、そこら辺の料亭の板前さんか何かにやってもらった方がはるかに良かった・・・」

「年間7,80件、行っていたというK医師の手術のウデは、名医どころか信じられないものだったと言います。」(長野氏)
手術後の竹下さんのカルテには、手術創がきれいだという記述が何度も見られる。本当にそうだったのか。

慶応大学の近藤医師は
「驚きました。私のところには日本中から乳がん手術後の患者さんが沢山お見えになりますけれども、こういう風に手術後にバカッと傷が開いてしまうというのは初めてですね」と言う。

乳がん手術後の放射線治療のため、清水病院に非常勤で通っていた近藤医師は手術痕の写真を保存していた。後日ひどい手術の代表例として紹介しようと考えたからだ。

「外科医だけれども、技量は非常に劣っている。外科医をする資格は、はっきり言って無いんだと思います。」

名医の技量は病院内でも有名だったと言う。

清水病院の元看護婦は
「最悪のランクかなというふうに思いますね。傷を見てとにかく汚いので・・・」と証言しています。
「他の看護婦さんも皆気づいていましたか?」という質問にも
「それは全員知っていたと思います。」

ザ・スクープに届いた病院関係者からの手紙には
手術後の傷はケロイド状で、あまりにも汚く、手術は下手で、内部事情を知っている職員は皆、身内、知り合いには、清水市立病院の外科は、かからないほうがいいと伝え、他の病院に行きました、とあります。

しかし副院長でもあるK医師が怖くて、まわりは何も言えなかったと言います。

さらに竹下さんが手術後、国立静岡病院に転院したところ、驚くべきことが判明しました。
こちらは転院先で撮った竹下さんのレントゲン写真である。そこには何と15個もの金属製クリップが写っていた。

元国立静岡病院外科医は
「たいてい、あそこ(清水病院)から来た患者さんを診ますと、このくらいクリップが入っていますから、胸のレントゲン撮っただけで、あそこで手術したんだなあと分かりますけどね」

国立静岡病院には3年間で30人以上の乳がん患者が逃げて来たという。そのほとんどの患者から発見された金属製クリップは血管の止血などに使うものだと言う。
「乳がん手術の場合には必要ないなということしか言い様がないですけどね」

たまに近郊の医院のM医師が清水病院の手術室を借りて、乳がん手術を行うことがあったのですが、2人の力量の差は歴然としていたと言います。
清水病院の元看護婦さんは
「2人の先生が別のお部屋で同じ時間帯に手術が行われました。外から行かれた先生(M)はガーゼ1枚で同じ手術が行われる。片方の先生(K)は10枚必要、ということは(K医師の方は)非常に出血もあるし、傷も大きい。」

ついに清水病院ではK医師とM医師の患者を隔離したという。

この看護婦さんは
「4階の病棟が外科病棟でAとBがあるはずなんですけれど、もう(A棟とB棟に)2つに分けて、患者同士が出会わないようにしていた」って言っています。

またK医師の元患者A子さんは
「お互いの傷を見たら一目瞭然なんですって」と言う。

病院関係者からのメールは
「技術的に大差があり、M医師の患者は1週間で退院、K医師の患者は2ヶ月位かかりました。技術が未熟で、下手な医師ほど検査が多く、治療期間が長くなり、病院にとっては増収につながり、貢献する訳です。手術をするまでは、あっと言う間だが、手術後の入院が異常に長いのもK医師の特徴である。

K医師の元患者さんのA子さん
「告知をされた時に6ヶ月ということで・・・」

「入院するのがですか?」

「はい。手術、治療も含めて6ヶ月ということでしたね」

たしかに清水病院でのA子さんの入院計画書では数ヶ月の長期入院となっている。
しかし不審に思ったA子さんが国立静岡病院に転院したところ、ここでの診療計画書によれば、「入院はおよそ1週間を予定」とあります。

元国立清水病院外科医は
「たいていの患者さんに聞きますと、3ヶ月、長い人は半年入院しているというふうに言いまして、それだけでビックリしますね」

さらに長期入院した患者たちは後遺症がひどく、リハビリが必要だったと言います。

竹下勇子さんは
「乳がん患者のサロンでしたね、リハビリ室はね」と言います。

こちらは竹下さんのリハビリのカルテである。
傷口がふさがらず、右半身が機能障害となったのである。

竹下さんは
「皆、傷口がふさがらなくて、ジュクジュクしちゃってて、それが当り前ですよね」

B子さんは
「水が腋にたまり始めてて、それがすごく痛くて、痛い、痛いって言ったんだけど」

傷がふさがるまで、早くて半年、1年以上かかった人もいたと言う。そして患者たちの苦しみは今も続いている。

D子さん
「とにかく傷跡はもう9年経つんですけど、傷跡がケロイド状みたいになっていて、そこが盛り上がっているものですからね、やっぱり今だに痛いですね。」

手術後10年以上経過した竹下さんも日常生活で補助器具が必要なほど右腕に障害が残り、第7級身体障害者と診断されている。

「医者とか、そういうレベルではない?」(長野氏)

竹下さん
「全然ないです。そんなレベルではない」

「許すことは出来ない?」(長野氏)

「出来ないですね」(竹下氏)

1996年ついに竹下さんはK医師に損害賠償を求める裁判を起こしましたが、そこでも信じられないような新事実が次々と浮上しました。

1996年竹下さんは、二度とこんな医療事故が繰り返されないように損害賠償を求める民事裁判を起こした。竹下さんは
「声を上げざるを得なかったんです。同じ思いをしてほしくない、ていう、それですね。」

「最初は手術が下手のため、後遺症に苦しんでいるという医療過誤事件として訴えましたが、裁判のため病院から保全した資料を見て、竹下さんは我が目を疑いました。」(長野氏)

先ず竹下さんの外来カルテには癌の記載が一切無く、病状も全く書かれていなかった。

前述の日本医科大学第一外科の古川 清憲助教授は
「(カルテに癌所見が無いのは)あり得ないことですよね。診断というのは、しっかりしていないと話にならないですよね。あり得ないですね。」

K医師による触診の所見も、右乳房にシコリがあると言うだけで、大きさや形状の記述が無い
さらに超音波によるエコー検査の結果は、担当技師によって良性腫瘍で定期的にチエックすれば良いと記されていた。またマンモグラフィ検査の結果も何故か欠落していたが・・・・

日本外科病理研究所の並木恒夫副所長は
「マンモグラフィの読みがおかしいと思います。これでスピキュラ(増殖体)があるというふうには思えません。

慶応大学の近藤 誠医師は
「ヘピキュラ(増殖体)だけでなく、そもそも癌のしこりを思わせる所見すら無いわけです。」

普通の診断ならば、この時点で経過観察となり、生体検査手術の必要も無かったケースだったと言う。

「私は本当に癌だったのか」
竹下さんは2001年9月乳がんでないのに手術を行った故意の傷害行為である、つまり医療事故ではなく、障害事件であるとして訴え直しました。
竹下さんの癌判定をめぐってさまざまな疑問が浮上したからです。

癌判定には生体検査で摘出した組織を10分ほどで簡易判定する迅速標本診断と、数日かけて行う永久標本診断の2種類がある。
迅速標本はあくまで緊急時用のものなので、見誤りも多いため、通常切り取った組織をホルマリンで固定して永久標本を作る。それを3ミクロンにスライスして、染色したものを病理医が顕微鏡で見て、癌の確定診断を行う。

しかし竹下さんの場合
「正式に手術がきまったのは?」という問に

「もうその日に言われたんです。」

「生体検査の翌日にですか?」

「そうです。」

つまり信頼性に欠ける迅速標本だけで、全摘出手術を決められ、永久標本の結果が出たのは、その10日後のことであった。

日本外科病理研究所の並木恒夫副所長は
「これはやはり異常に早いですね。病気の性格から言っても、そんなに急にすすむものではありません。」

「迅速標本でやった(決めた)ことは?」という質問には

「非常識ですね」と答えておられます。

「竹下さんの癌告知のもとになった迅速標本の検査結果は他の資料とは異なり、患者番号や生暦(せいれきというようにしか聞えませんでしたが、どういう意味かどういう漢字をあてるのか私には残念ながらわかりませんでした・・・筆者)が書かれていなく、しかもすべて手書きで記載された奇妙なものでした。
本当に迅速標本の病理検査は行われていたのか、新たな疑惑が浮上しました。(長野氏)

並木副所長は
「だいたいカルテに迅速診断をやったという記載もないし迅速診断の報告もありません。だから迅速診断を本当にやったか、どうかは疑問です」と述べています。

K医師の陳述書などによれば、迅速診断の経緯はこうである。
「12月27日、浜松医科大学で、Y教授と面会する機会がありましたので、迅速標本の検査を依頼し、Y教授が乳がんと病理診断しました。」

しかしY教授夫人は
「当時の日記を照らし合わせたところ、K医師の主張は明らかに事実に反します。」

Y教授は既に死亡しているが、病理診断をしたとされる日の行動を細かく日記に残していたのだ。

「12月27日(金)、天候わるい。amイワタへ。・・・」(日記)

当日勤務先の浜松医科大学を出たY教授は大雨の中、午前9時過ぎには、磐田市立総合病院に到着し、20件の病理標本を診断をしたと思われる。
そして
「病院を2時前とび出す。途中から雪になり、東京の家に6時半ごろ着いて、ほっとする。」(日記)

午後2時には磐田市立病院を出発、車で雪の東名高速道路を移動し、東京の自宅へ帰ったと見られる。
一方K医師が竹下さんの生体検査手術を行ったのは、当日午前8時59分から9時10分、迅速標本を持って浜松医科大学へ急いだとしても、到着は昼前となる。

Y教授夫人の陳述書は
「死人に口なし、とばかりに夫の権威をかりて、法廷で嘘を繰り広げたとしか思えません。」

カルテ改ざん疑惑

「これは証拠保全した検査資料の中で最終的に乳がんと確定された永久標本の病理診断結果です。
しかしこの癌診断をめぐっても、謎が浮かび上がりました。」(長野氏)

竹下さんの永久標本の病理診断結果には確かに浸潤性乳管癌と記入されていた。
こうした病理診断は通常検査を担当した病理医によって書かれるものである。しかし入院カルテを見直していた竹下さんは或る奇妙な事実に気が付いた。

竹下さんは言う
「入院カルテと病理結果の文字が素人目に見ても、一緒ではないかということで・・・」

通常入院カルテは外科医などの臨床医が記入するものである。しかし何故かその筆跡が病理医が書く病理診断の筆跡と酷似していたのだ。

前述の並木恒夫副所長は
「病理医が入院カルテを書くということはありません。逆に臨床家が病理の診断書を書くことも通常はありません。」

そこで警視庁の嘱託鑑定人でもある森岡恒舟氏に筆跡鑑定を依頼したところ、森岡氏は鑑定書でこう断言した。
「鑑定結果・・・・筆跡は同一人のものである。」

この事実は一体何を意味するのか。
竹下さんは
「(カルテ類の)改ざんが行われたという大きな証拠になっているのが、今出されている筆跡鑑定による結果なんです。」
私は乳がんではなかった、そう確信した竹下さんはついに生体検査で切り取った永久標本の提出を求め、癌かどうかの再鑑定を申請しました。
しかし病院から提出された標本が他人のものである可能性もあると疑った竹下さんは、その永久標本が本当に、自分の組織であるかどうか、同時にDNA鑑定も要求した。・・・結果たしかに提出された永久標本からは癌細胞が見つかった。しかしDNA鑑定の結果はミトコンドリアDNAを比較してみると、2ヶ所で違う塩基が出ている。それが2ヶ所違うというと他人の可能性もあるなあと・・・(東京医科大学名誉教授・支倉逸人氏談)

2ヶ所で違う塩基が出ているということですが、癌化した細胞というのは突然変異をする可能性もあるということで、提出された組織が他人のものであるということは断定することは出来ないということだそうです。

裁判でK氏側は、竹下さんは間違いなく癌であったと疑惑を全面否定しています。
まあ、さまざまな疑問点があるわけですが、K医師が、癌ではないのに乳房を摘出したことを証明する直接的な証拠がないということで、竹下さんの裁判は現在も係争中なのです。

鳥越氏は
「まあ病院の中ですから、密室行為ですから、患者さん、外側から、わかりにくいところがあるのですが、僕は入院カルテと病理の診断報告書が同一筆跡であるというだけでも、かなりの証拠にはなると思います。」

長野氏も
「そうですね、同一人物が絶対に書くということはないものなのですからね。」と相槌を打っています。

「さて今日はスタジオに、医療事故調査会代表世話人でもある森 功先生にも来ていただきました。
先生にお話を伺う前に、関係者が指摘します、K医師の診療の問題点をまとめてみました。

  1. ベルトコンベヤー式診断
  2. 劣悪な手術のウデ
  3. ズサンな癌判定

というふうに今までの番組内容を長野氏は示します。

「森先生には、竹下さんのカルテを全部ご覧いただいたのですが、一番問題となるのは何処らへんでしょうか。」

「これは病院のカルテ用紙なのですが、書かれている内容は本来カルテに必要なことが、ほとんど書かれていないので、カルテではないわけですね。」(森氏)

「これは必ず診断したものは全部書く・・・というのが原則なわけですね?」(長野氏)

「勿論、学問としては、私どもの医学は記載の学問ですから、書いて証拠を残さなければ、誰にも証明できないわけですね。本件に関してはカルテではない、用紙は使っていますが・・・・と言わざるを得ません。」(森氏)

「何でこういうことが起きるのですか?」と鳥越氏。

「私は、穿って考えれば、初めに癌ありきで、手術をするんだという大前提でもって、何人かの患者さんを決めてしまう、それを補填するために、色んなことをやっておられる、そう考えざるを得ないですね。今の状況では」(森氏)

「つまり、言葉をかえると確信犯的な・・・」(鳥越氏)

「そうですね」(森氏)

「癌のでっち上げみたいな・・・」(鳥越氏)

「ええ、私は年間にどれぐらいの手術をしたいという希望があってね、しこりがあって、来た人については、今日は、この人は癌で行くかというふうなことを考えてやった・・・」(森氏)

「すごいですね」(長野氏)

「そういう状況でしょう、だけど」(森氏)

「K医師がGOD HAND、神の手と言われていたんですよ」(長野氏)

「やっぱり、見てて、そう思ったのは、石器のね、旧石器の捏造したという、GOD HANDと言われた学者が、あっちにも学者がいたじゃないですか、おんなじことを思い出しましたよ、GOD HANDかと・・・」(鳥越氏)

「彼がそう思い込んでいたんだと考えようとしたんですが・・・。それじゃあ、ほとんど・・・」(女性アナ)

「思い込んでいたというようなポジィティブな所見は無いですよね。ただカタマリ(この言葉は聞き取り難く正確でないかもしれません。と言っているのかもしれません・・・筆者)があるというだけですから」(森氏)

「思い込みではなくて、確信犯的な・・・」(鳥越氏)

「そうですよ。何人かは癌として手術をしようという、基本的にそういう考えがあって・・・」(森氏)

「それは病院経営ということで?」(長野氏)

「それもかかわるでしょうし、ご自分の予備の収入も・・・(収入の前あたりの言葉が聞き取りにくかったので正確ではなかったかもしれません・・・(筆者)」(森氏)


そうですね、そんな中で、K医師が乳がんでないのに乳房を摘出していたという決定的な証言が出てきました。

「乳がんでなかった可能性は?」

K医師の元患者D子さん
「自己調査してみると、当てはまらないことが100%なものですから、私はそう(癌)でなかったんだって思ってますけどね。」

「清水病院でK医師が乳がん手術を行った女性は1000人以上いると言われています。
竹下さんの裁判をきっかけに、私も癌ではなかったのではないかと疑う患者が次々と出てきました。」(長野氏)

E子さんの場合も竹下さん同様、エコー検査の結果が乳腺症で、経過観察となっていたが、迅速診断だけで全摘出手術が決った。

「乳がんではないのに、摘出手術を受けた可能性は否定できない?」という問いかけに、K医師の元患者E子さんの夫は
「それは90%以上そう思います。2週間の間に抜け出して、よその病院でも行っていれば助かったな、とは思っていますね。」

はたしてK医師は癌ではない女性の乳房を摘出していたのだろうか。ついに決定的な証言が飛び出した。


「竹下さんの裁判の課程で、K医師が病理検査の結果を無視して誤った乳がん手術をおこなっていた可能性が浮上してきました。」(長野氏)

一時期清水病院で癌の放射治療を行っていた近藤医師は、ある信じられない体験をしている。

通常病理診断で悪性腫瘍と判断された場合に、乳がん手術が行われる。
手術後の患者に放射線治療が施されるのだが・・・。

「乳がんだから放射線治療をお願いします。」と外科から依頼が出たんですけど、病理の結果が無い。
「病理結果が出るまでやりません。」ということを言っていたら、そのうちに「良性だったので依頼は撤回します。」と・・・。

つまりこの患者は病理検査の結果、乳がんでなかったにもかかわらず、乳房摘出手術を受けていたことになる。
こちらがその決定的な証拠となる、外科からの回答書である。

「明らかな悪性所見は認められませんでした。大変ご迷惑をおかけ致しました。」

そして放射線治療記録にもこう記されている。

「外科に確認したところ、悪性所見なしであった。」

ところが外科のトップであるK医師はこの患者を乳がんだと断定したのである。

長野氏
「K医師が病理鑑定を無視している?」

近藤医師
「これは外科医としてあるまじきことでね、言語道断だと思いますけど」

長野氏
「違法なことをやっていると考えてよろしいのですか?」

近藤医師
「そうです。違法だからこそ、これを患者さんが知れば、訴訟にしても充分勝てると思います。」

さらに別の医療関係者は、これ以外にも、病理結果が良性だったにもかかわらず、乳がん手術が行われたケースがあったと証言している。近藤医師は竹下さんの裁判で、こんな陳述書を提出している。

「病理組織検査結果を無視する姿勢を読み取ることが出来ます。つまり他にも多くの患者が癌ではないのに手術を施行されていた可能性が高い」

こうしたK医師をめぐる疑惑は99年頃から次第に表面化、当時の清水市議会では、責任者である清水市長や清水病院長が追及を受けました。

西ヶ谷 忠夫議員
「清水病院で乳がんと言われ、他の病院へ行ったら、乳がんでなかった方が3人いる。」

杉山 欣司議員
「先生(K医師)の言うことを聞かざるを得ず、乳房の全摘出を選択した患者が多かった。それが本当のインフォームド・コンセントだったのか。」

一方竹下さんら患者らは2000年2月に「被害者の会」を結成して活動を開始、この頃には最盛期には100件近くあった清水病院の乳がん手術の件数は半数近くまで激減している。
さらにK医師自身も2000年春、清水病院の副院長を退職した。

現在K医師は伊豆半島のリハビリを中心とした療養型の病院で院長を務めています。
手術を必要とするような急性患者は対象外で、事実上K医師はメスを捨てていました。

女性レポーター長野氏はK医師に追いすがって質問をしている。
「すみません、先生。テレビ朝日ですけれども、乳がんではないのに、手術をなさったというのは本当なのでしょうか?」

「ウソですよ、そんなん。」

「ウソですか?」

「ウソです。」

「病理診断を待たずに、手術を決めたというふうに・・・」

「ちょっと・・・」

「先生!」


女性レポーターは言います。

はい、この後ですね、K医師からこの番組宛に「現在裁判以外のコメントは控えております。裁判が終了した時点ではすべての取材に応じます。」というFAXが届きました。

またですね、静岡市立清水病院の重野 幸次現院長にも質問状を出しました。それに対しては「裁判中ですので、コメントを控えさせていただきます。」という返事をいただきました。

そして医療事故調査会代表世話人の森 功氏に対して
「さて森先生、この病理結果を無視して手術を行ったという証言について、どう思われますか?」

「だから近藤さんも言うように、医師としてあるまじき行為なんですよね。それをやってしまうと、要するに医者の一番大事なところを失ってしまうわけですから。患者さんを私どもは常にキズつけているわけですね。傷害行為を行っていますから。それを医師として守る義務があるから、医療行為として認められているわけですから・・・。そのルールを逸脱しちゃうと、単にキズつけることになり、これはまさに傷害罪に当たります。」

清水病院は1989年に新築して、移転しました。それによって多額の負債をかかえたわけなんですが、K医師が副院長に抜擢された1995年には黒字転換しまして、11億円あった累積赤字が4億円にまで減ったという背景があります。こういった今回の疑惑の背景に、こうした営利主義があると思ったのですが、どうなんでしょうか?」

「そうですね。本件もそうなのですが、何故全例に胃カメラをやるのか。おなかの超音波を全例にやるのは、やっぱりおかしいですよ。」

「全例?」(鳥越氏)

「全部の患者さんに」

「ああ、全部の患者さんに」

「手術をすると決めたら、全部やっちゃうわけですから、そういうような不必要な検査を必ず付け加えてね、絶対数を沢山やれば、こうすれば収入は上がりますよ。特に胃カメラなどというのは、あまり経費がかからない検査なんですね。売り上げには大変貢献する、こういったものを、どんどんやりますと、やはり病院ってのは、利益は上がりますよね。ただ、そういうことは、するべきでないのは当り前です。」

「それでね、このK医師の例は、僕はあまりにもひどいと思って見ているのですけれども、こういうものは非常に例外的なもの、希少な例なのか、それとも森先生としては、こういうのは比較的、そこらじゅうにとは言いませんが、ありうるという、認識はどうですか?」

「そうですね、乳房に関する、乳房の手術、子宮を含めた婦人科の手術、これはね日本全国で、こういう類の方々がおられると思いますよ。(こういう類の方々というのはK医師のような悪徳医師のことです・・・筆者)」

「おられますか?」

「そうなんですか?」

「今までにも、いくつも病院で、そういうのやっているというのは実例としてあがっていますから。」

「そうしますと、やっぱり根本には、先ほど話した営利主義、というのは一部とは思いますけれど、そういった問題をなくさないと、また第2、第3のこういう被害者というか患者が出てくるということですね。」

「もっと沢山出るでしょう、本当に。だって規制が無いわけですから・・・。どんどんそういう方が存在してですね、排除されなければ、いつまでも続きますね。」

「医師として、症例を沢山やったという一つの実績をあげたい・・・。」

「だから、まさにこの先生は名医となってしまうわけです。もともと癌でないのですから。切ってますからね。死なないわけですよ、患者さんは。予後がいいわけでしょう?」

「癌じゃない・・・。名医になるわけだ。だからそういう個人的な野心とそして病院の営利主義とか、お金ですね。」

「やってはいけない営利主義ですね。」

「K医師の例は犯罪に近いというふうに怒りをおぼえますけど。」

この後、番組は何度も医療ミスを起こすリピーター医師や富士見産婦人科医が医師免許も剥奪されず、いまだに病院を経営し医療行為を行っているという話に移っていきます。


鳥越氏は犯罪に近いとおっしゃっていますが、これは犯罪です。

この番組は感銘深いと最初にお話しましたが、ちょっと違和感をおぼえたところもありました。

「それは清水病院の待合室には、或る奇妙な張り紙が貼ってありました」という個所です。
「乳腺外来受診時の注意事項」として「診察時、上半身裸になってベッドに横になって下さい」
・・・なんと患者は上半身裸でK医師を待ったと言う。
という個所です。

私の通っている病院では、内科だと1診、2診、3診と3つの診察室があり、それぞれの部屋には担当医がおられます。そしてその内の受診する部屋で診察を受けることになるのですが、順番がまわってくると、看護婦さんに呼ばれ、中に入ります。
するとその部屋の一番奥に医師がおり、患者が丸い椅子に座って診察を受けています。その手前にカーテンのような白い布で仕切られた1メートル四方の広さの空間が2つあります。そこには、それぞれカゴと椅子が1つずつ置いてあり、カゴの中にはバスタオルが1枚入っています。そこには「診察を受けられるかたへ。上半身、服を脱いで、肩からバスタオルをかけてお待ち下さい。ブラジャーも外して下さい(荷物などは籠のなかへ」という張り紙があります。医師に診てもらっている患者さんの衣服が片一方の空間にあり、次の患者さんがもう一方で、上半身裸で順番を待っているわけです。

布1枚隔てたところに、上半身裸の別の患者がいると思うと、男か女か関係なしですから、特に若い女性などは抵抗があると思います。また何人も使用したタオルなど気持ち悪いことです。
しかし、それよりも医師と患者が話している内容が丸聞こえですから、プライバシーも何もないのです。

しかしこの清水病院は乳腺外来ということなので、女性ばかりです。また乳房に異常を感じた女性のみが診察を受けるのですから、「服を着たまま問診を受け、充分納得した上で衣服を脱ぐ」というのが、理想なのかも知れませんが、乳房が異常なら、まず触ってみないと話しもできないわけです。
それをことさらベルトコンベア式の医療と騒ぎ立てる必要はないように思えます。医師と会って、充分問診を受けた後、「ではお脱ぎになって」と促されてから、帯をシュルシュル解く、ブラジャーをはずすなどということをしていれば、時間がかかって仕様が無いでしょう。

問題は触診した後で、充分説明をしているか、必要な検査を段階を踏んでしているか、その後で検査の結果を正確に説明しているかということでしょう。そして手術をしなければいけないのなら、当然納得されるように充分な説明をしておく必要があります。勿論、後でトラブラないように、カルテに正確な記録を残し、検査結果もキチンと保存しておかなければならないのは言うまでも無いことです。
上半身裸で医師を待つということ自体を、ことさら騒ぎ立てると焦点がぼけてしまいます。
歯の診察に行ったのに、上半身裸で医師を待たねばならないというわけではないのですから・・・。

以前、大腸癌についての書物で、直腸癌の可能性を疑った著者である医者が患者の女性の肛門に指を入れて直腸の検査をしたところ,つまり肛門指診検査をしたところ、その女性から病院長に「**先生は変態です」という投書があったと書かれていました。
まじめな医者でもこういう誤解をされることがあるのです。

 


先日、たまたま古い本を整理、処分しようとしていたら、この出典がわかりました。保健同人社から出版されていた「暮しと健康」という雑誌で昭和61年3月1日に発行された第41巻第3号の「増加する大腸がん」の中の「大腸がんが疑われる時、この検査をする」という項目で著者は当時、癌研究会癌研究所付属病院内科医長であった丸山雅一氏です。

そこの部分を引用しておきましょう。

大腸がんが疑われる時にまず行われるのが、肛門指診です。ゴムサックをかぶせた人差し指を肛門に入れられるのを恥ずかしがる人もいるようですが、最も確実で信頼できる検査法なのです。大腸がんの検査にはこの肛門指診の他に、X線検査と内視鏡検査がありますが、いずれの検査でも、医師の指示通りに力を抜いて受ければ、さほど苦痛はありません。

大腸がんが疑われるときに行う検査は、

の三つが中心となります。そして、以上の検査でがんが確定したときには、コンピュータトモグラフィ(CT検査)、超音波検査などでがんと周囲臓器の関係、リンパ節転移と肝転移の有無などをくわしく調べて手術の可能性を検討するための資料にします。

また、がんがかなり進行している場合には、血液のなかに微量に存在するCEA(カルチノエンブリオジェニックアンティジェン)という物質が増えるので参考になります。

肛門指診

直腸がん発見のための基本的検査

この検査で発見できるがんは直腸がんだけです。しかし、直腸がんは大腸がんのなかでも、最も多い(45%)ものですから、肛門指診は非常に大切な検査です。診察する医師がその気にさえなれば、何の準備も必要なく手軽にできるという利点もあります。
実際の検査は、患者を左側臥位で両ひざを抱かえこむようにした体位で行う場合と、背臥位(あおむけ)であぐらをかいたように両足を組ませ、両足くびを両手でもたせて肛門がよく観察できる体位にして行う場合があります。
検査する医師は人指し指に「指のう」というゴムでできたサックをかぶせていきます。また、ゴム手袋を使うこともあります。この場合も使う指は人指し指です。

肛門指診をしない医者は信頼できぬ

肛門指診は、直腸がんが疑われるときだけでなく、患者が初めて診察を受けに来たときには必ず行わなければならない基本的な検査なのです。しかし、日本では内科や外科で取り扱う領域が専門化したために、このことが守られていません。少なくとも、消化器が専門の医師であれば、患者がたとえ胃の具合が悪いという訴えで診察を受けた場合でも、肛門指診は必ず行うのが常識です。逆に肛門指診をしない医師は信用すべきではありません。
最初に診察した医師が肛門指診さえしてくれていたら簡単にみつかるはずの直腸がん患者が、実際には手遅れになって紹介されてくるケースがしばしばあります。

羞恥心を捨て積極的に受ける

診察を受ける患者の側にも問題があります。直腸がんを心配して来院した患者は別ですが、胃の具合が悪いという訴えで来院した患者に肛門指診をしようとすると、拒否する人がいます。
また、拒否はしないまでも「自分は胃が悪くて診察を受けにいったのに肛門に指を入れられた。M先生は変態ではないか」などと院長あてに投書してくる人もいます。こういう人はすべて女性です。
患者にとって最も重要なことは、羞恥心をすてることだと心得てください。肛門を診察されるというのは確かに恥ずかしいことですが、肛門の診察に限らず、ふだんは恥ずかしくてできないような話でもすべてつつみかくさず医師に相談することが必要です。肛門指診は、医師の指示通りに力を抜いて受ければそんなに痛いものではありません。

以上青字の分は、2006年6月3日に挿入しました。


また充分な診断をしないで、すぐ腹を切りたがる医者は昔から、います。私が1985年に直腸癌で手術をした病院は、それより大分前の時代に醜馬(仮名)という外科の名医がいることで近所では有名でした。私の兄も中学1年生の時、盲腸で手術をしてもらいました。また父も胃潰瘍で手術をして胃を切らなければならないということでしたが、レントゲン技師が「切る必要はない、切らなくていい」と医者には内緒で言ってくれたので、父は逃げて帰ってきました。
今どき胃潰瘍で胃を切り取る人はほとんどいないでしょうが、昔は結構いたものでした。その後、父は90才になる今も、その点では何ら異常なく、生きているようです。

この病院に勤務していた医師の多くは、そこそこの年になると、独立してこの病院の近くで開業します。お馴染みになった患者のお得意様を連れて行けるので開業し易いのでしょうね。
この醜馬(仮名)医師もこの病院の近くに醜馬医院という病院を経営していました。或る日、もう10年ぐらい前のことでしょうか、私の小学校の同級生のお母さんが母に電話をしてこられて、「直腸癌だから手術をしなければならないと醜馬先生に言われた。」と落ち込んで、話されたそうです。しかし診察を受けた日に癌だと言われたということ、ほとんど検査をしていないということで、「絶対他の病院でもう1度みてもらうように」と、口が酸っぱくなるほど忠告しました。
それで他の病院で診察してもらうと、直腸癌ではなく、只の痔であったということです。

直腸癌に気づかず、痔である、といったのなら医者としてはミスですが、まだわかります。見落としです。
しかし痔の患者を直腸癌と断定したわけですから、K医師と同じです。犯罪行為です。こんな医者は結構いるのでしょうね。癌ではないのに、切り取るわけですから、再発などするわけありません。まさしく名医なのです。

なお乳がんが女性だけのように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。
15年ぐらい前のことだったと思いますが、先斗町のお店で何回か一緒になったことがある中小企業の社長さんは、だいぶお年を召した方でしたが、乳がんで手術を受けられました。(もっとも男性の場合は乳腺外来ではなく、外科のほうに行くことでしょう。)

ところで名医の手術のウデはどうだったかという点についてですが、慶応大学医学部講師の近藤 誠氏は次のように述べていました。

「これだったらむしろ縫い方の技術からだけ言えばね、そこら辺の料亭の板前さんか何かにやってもらった方がはるかに良かった・・・」

しかし料亭の板前さんはきれいに肉を切りはしますが、縫いはしません。
近藤氏は「正義の味方」のような顔をして、K医師をボロクソに言っていますが、良性腫瘍の患者の乳房を、同じ慶応大学医局のK医師が切り取っていたと知った時点で、それを暴き、患者さんに知らせるべきだったわけです。そうすれば多くの患者さんがK医師の毒牙にかからずに済んだわけです。それを認識し、承知した上で、気の毒な患者さんのために尽していただきたいと思います。

近藤氏はK医師による手術痕の写真などを保管していたということですから、いづれは暴いてやろうというお気持ちがあったというようにも理解できます。また乳がん手術を終えた患者さんに「乳がんだから放射線治療をお願いします」と外科から依頼された時に、「病理結果が出るまでやりません」とつっぱねておられたというわけですから、悪いことをなさったわけではありません。まあ慶応の医局にいる人の中では異色の人と言えるでしょう。

なにしろ慶応義塾大学というところは最高責任者である塾長みずから、ウソをつき、もみ消しを図る、ナラズモノ大学、イカサマ大学なのですから・・・・。


2001年9月21日の朝日新聞において、近藤 誠氏は次のような一文を載せておられます。

怒りや涙が活動の原点

涙もろいと困ることがある。
好きな浄瑠璃を聞いているときならよいのだけれど、自分が講演している最中に涙声になってしまうと恥ずかしい。医療事故の被害に言及したとき、よくそうなる。「医療事故原告の会」など、被害者団体が開く集会にときどき呼ばれ、そこで聞いた話を思い出してしまうのだ。

被害内容そのものも過酷だが、医療裁判がまたひどい。病院側に過誤があるようなケースでも、しばしば被害者側が敗訴する。その理由の一つは鑑定だ。医学的知識に乏しい裁判官は、鑑定に頼って判決を書こうとし、大学教授などその分野の権威に依頼する。ところが事実や解釈をねじまげて、被告病院に有利な鑑定をする者が少なくないのだ。そういう鑑定書を見るとき、僕の胸は怒りでいっぱいになる。
朝日新聞記事・近藤誠

そうした怒りや涙が、僕の活動の原点らしい。そして現状を、医療を、変えなければと思う。被害者や弁護士たちと「患者の権利法をつくる会」の発足に参画したのも、そんな思いからだった。

でも、ひどい医者ばかりではない。95年には20余人の参加を得て、公正に鑑定することを目的とする「医療事故調査会」が立ち上がった。事務局を引き受けてくれた森功さんの獅子奮迅の働きもあり、順調に活動を続けている。現在の会員は42人で、別に協力医が23人おり、この3月までに463件を鑑定した。7月の総会では、不公正な鑑定書をインターネットで公開することを決めた。鑑定を依頼される権威たちに、変なことをしたら実名入りで公開するぞ、と心理的圧力をかける必要があるからだ。

医療被害の発生自体を食い止めるためには、再試験による医師免許更新制度の導入、免許はく奪をふくむ懲戒処分の厳格化なども必要だ。

再試験となると僕も受けるのか。よし、勉強してやろうじゃないか。

 


近藤 誠氏は涙もろいということです。怒りや涙が活動の原点になっているということです。世の中には困っている人や、悲しんでいる人は実に多い。そういう人たちは世界中に、いろんな分野や、いろんな原因で傷つき、悲しんでいます。
そうした人々すべてに援助の手を差し伸べるのは事実上不可能でしょう。しかし自分が教官として、医師として属している大学の不祥事をそのままにしておいて、涙を流しておられるのは、ちょっぴり変に思います。

最低、不祥事の情報を明らかにすることぐらいには努力なさるべきではないでしょうか。

 


 

それにしても竹下勇子さんは素晴らしい女性です。
乳がんでもない乳房をK医師に騙されて切り取られ、当り前のことですが、よほど悔しかったのでしょう。美しい人だけによけい悔しかったのでしょう。
(勿論美しくない人は悔しくないといっているのではありません。誤解しないでくださいね。)
乳房は全女性のシンボルなのですから、K医師の毒牙にかかって、乳房を失った人は悔しくてならないはずです。)
これ以上被害者を出してはいけないということで、名前のとおり勇ましく立ち上がられました。

最初は手術が下手のため、後遺症で苦しんでいるという医療過誤事件として訴えられましたが、乳がんでないのに手術を行った故意の傷害行為であるとして訴え直されました。

これは当然です。賢明なことと思います。
k医師は国家医師免許を持っており、その手術が下手といっても勝ち目は少ないでしょう。
その点病理検査を無視して手術を行ったり、カルテの改ざんまでしているわけですから、K医師の言い分には全く説得力がありません。

迅速診断をやったというK医師の主張も、実際に検査をしたとされた浜松医科大学のY教授(故人)の日記から、出鱈目ということが判明しています。このあたりは推理小説を読んでいるようで、良くこの事実がわかったなあと感心してしまいました。

入院カルテと病理診断結果が同一人の筆跡であるという鑑定は、カルテの改ざんが行われた証拠ということになります。

竹下さんが本当に乳がんであったのなら、改ざんなどする必要など全くないわけです。
改ざんをしたということは、勿論竹下さんが乳がんではなかったというのと同義なのです。

これは私の件で辻村江太郎や黒田昌裕が増井商学研究科委員長の名前をかたったのと同じことです。

テレビを見て「告発!虚飾の乳がん名医」を当HPに紹介しようとしたのでしたが、途中で竹下さんらによる「静岡市立清水病院から被害をなくす会」のHPがあったり、朝日テレビのHPの中に「ザ・スクープ」の項目があり、清水病院のこの事件を取り上げているのを知りました。それにしても清水病院の医療ミスはひどいものですよ。
慶応医局医のオン・パレードです。
限界効用、というより「序数の和や差は無意味である」という「序数の定義」も知らない経済学者のオン・パレードと同じですね。

偶然どちらにも、例え話として「旧石器の捏造」が出てきたのには、正直びっくりしました。「被害をなくす会」から医療ミスを起こした医者たちの表を引用させていただきました。

 
静岡市立清水病院(旧清水市立病院)での医療事故 03年5月現在

 裁判や新聞記事などから当会が作成しました。
 Wさん、Sさんは現在静岡地裁で係争中です。

Hさん 昭和60年02月 出産時の切開手術ミスで後遺症 青木大輔研修医 慶應医局
Iさん 昭和61年03月 陣痛促進剤事故で新生児死亡 新本 弘研修医 慶應医局
Gさん 平成01年09月 血液検査なしの抗がん剤投与で死亡 小坂昭夫外科医 慶應医局
Aさん 平成02年05月 適切でない治療の結果、肝不全で死亡 川村直見内科医 慶應医局
Wさん 平成04年01月 下手な手術で後遺症・故意の傷害 小坂昭夫外科医 慶應医局
Nさん 平成05年07月 診断ミス・手術ミスで後遺症 山口千賀志脳外医 藤田保健医局
Oさん 平成08年08月 心臓カテーテル検査事故で後遺症 西村 洋内科医 慶應医局
Kさん 平成10年02月 がんの見落としで死亡 川村直見内科医 慶應医局
Uさん 平成10年08月 抗がん剤漏れ事故で足の皮膚を壊死 三井洋子研修医 慶應医局
Sさん 平成13年02月 直腸がん手術で失血死 古川和男外科医 慶應医局
Rさん 平成13年04月 点滴の管で肺に穴を開けた 栗原智宏研修医 慶應医局
Yさん 平成14年03月 狭心症誤診で死亡 武井直之内科医 慶應医局


ご意見、ご感想をお寄せ下さい

静岡市立清水病院から被害をなくす会

 

ほとんど慶応の医局の医師ばかりですね。
このHPでも取り上げようと思っていました「東京女子医科大学の医療ミス隠蔽事件」も医師ら2人が逮捕されましたが、隠蔽を指示した指導教授も慶応義塾大学の出身だったようですね。

最後に「静岡市立清水病院から被害をなくす会」のURLを書き記しておきます。
ここから朝日テレビの「ザ・スクープ」にも行けます。
このビデオ放送も動画配信されているようです。


また、清水病院で同じような体験をなさった方は「被害をなくす会」でご相談なさったらいかがでしょうか。

「静岡市立清水病院から被害をなくす会」のURL
http://www3.tokai.or.jp/shimizu/

 

(なお今年の、つまり2005年1月半ば、私の通院している病院は、それまでのプライバシーも何もない白い布地で囲んだ仕切りから、ボード板で仕切られた立派な部屋に改造されていました。
病院関係者がこのHPを読んだからではないのでしょうが、なかなかの出来栄えでした。その上、患者の声が漏れ聞えぬよう、スピーカーがついて軽やかな音楽が流れていました。めでたし、めでたし。この項2005年4月3日に追加しました)

 

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