| 生体腎移植で臓器売買・NHK・慶応義塾・万波誠 |
06年10月1日、テレビのニュースで愛媛県の宇和島徳洲会病院で05年9月に行われた生体腎臓移植で、臓器売買があったとして、移植を受けた会社役員と同社の社長でもある内縁の妻が逮捕された、ということを知りました。
生きた人間から臓器移植が出来るのは、前回少しお話しました肝臓移植と今回話題になっている腎臓移植のみと思いますが、前者は「とかげ」のシッポのように再生するからですし、後者は臓器が一人に二個あるから可能になるわけです。(生体肺移植などもないわけではないようですが・・)
今回の事件を初めて聞いた時、驚いたのは臓器の提供者が借金をチャラにしてもらう代わりに腎臓を差し出したというのではなく、反対に、このドナーのほうが、この内縁の妻にお金を貸しているのだということです。
なんでもこのドナーが内縁の妻に200万円ほど貸していて、何度催促しても返してくれないという状況だったということだったのですが、腎臓一つを提供してくれたら、300万円を上乗せして、500万円渡すという約束だったそうです。
ところが500万円どころか、貸してある200万円にも満たない30万円と150万円相当の新車を受け取っただけで、身体には30センチの傷が出来るは、激痛に襲われ、体調も悪くなるは、で他病院に入院しなくてはならなくなり、まったく割に合わない、騙されたというので、警察に相談に行ったので、この臓器売買が明るみに出たということなのです。
お金がスッキリ支払われていたら、表沙汰にはならなかった事件なのです。
前回、NHKの番組のお粗末さを書いた時も、脳死移植の配分について、アメリカの臓器移植配分機関であるUNOSも、NHKが言うようには決して公平なものではなく、相当いかがわしいものだという印象でした。
シリーズ・同時3点ドキュメントの「ふたりの命」で、NHKが追った、日米の赤ちゃんについても、二人とも大勢の待機者の中から臓器移植を、それも多臓器移植を受けることが出来たのですから、偶然とは思えません。
二人の主治医である加藤友朗医師の自由に出来る、臓器の枠があったのだと見るのが自然でしょう。
また日本の臓器移植ネットワークについてまったく触れないのは如何なものかと苦言を呈しておいたのですが、生体臓器移植については、健康な人を傷つけるものなので、本来、医療行為と呼べるものではないわけです。
しかも前回お伝えしたように、NHKの誤ったニュースとは違って、実際には生体肝臓移植などではドナーが死亡したり、多くの方が重篤な副作用で苦しんでおられるように、大変危険な行為なのです。
ドナーの半分近くが移植手術後に心身の不調を感じておられるそうですし、10数パーセントは合併症で苦しんでおられるようです。
父親の衆議院議長、河野洋平氏に自分の肝臓の一部を提供して生体肝移殖のドナーとなった経験のある衆議院議員、河野太郎氏は、移殖医の話に「反して」、術後は非常に痛い思いをしたということですし、体調もすぐれなかったそうです。
心臓死や脳死からの臓器移植では本当に公平な配分が行われているか、疑わしいことなのですが、生体臓器移植では事前に病院や医師も、ドナーに対して厳しい本人確認をして、臓器売買が行われないようにチェックをし、手術の危険さを充分説明し、同意を受けるものと思い込んでいましたが、そうではありませんでした。
この手術を執刀したのは万波誠(まんなみ・まこと)という医師で、とんでもない奴です。
徳洲会病院の院長、貞島博通によると、当初は臓器を移植された山下鈴夫という男の内妻の松下知子がドナーになる予定であったが、今回実際にドナーになった女性が代わって提供することになったという。
朝日新聞6月2日朝刊から引用すれば
「ドナーの女性は妻の妹と聞いていたが、確認はしていない」と話した。ドナーが変更になった点については「詳しいいきさつはわからない」と述べた。
病院の生体腎臓移植手術は患者自身がドナーを探し、移植手術を申し込むケースが大半で、今回もそうだったという。
移植手術を手がける医療機関は、ドナーを原則として親族に限っている。しかし、臓器移植法や日本移植学会の倫理指針には、本人確認についての規定はない。
関西のある大学病院の移植チームの医師(28)は「ドナーが本当に親族かどうかは患者側のモラルに委ねられている面が大きい」と言う。
万波によると山下は糖尿病性腎不全で視力も低下していた。病院側から移植を勧めたところ、松下容疑者は「私の腎臓を提供する」と申し出た。しかし、血液型が異なるなどの理由から認められなかった。山下容疑者の息子をドナーにする案も出たが、息子が応じなかったという。その後昨年8〜9月ごろになって松下、山下両容疑者がドナーの女性を連れて病院に現れ、松下容疑者の妹だと説明したという。病院側はその日のうちに検査をし、2〜3日後に移植手術の日程を決めたという。
万波部長は「家族以外の人が腎臓を提供するなんてことはほとんどなかった。義理の妹というのは珍しいとは思ったが、いい人もいるもんだと思って追及しなかった」と言う。ドナーの本人確認については「保険証で名前や住所などの照合はするが、それ以上のことはしていない」と話した。(赤文字にしたのは筆者によるものです)
笑わせやがる。「いい人がいるもんだと思って追及しなかった」だって。
爪の垢ぐらいなら頼まれれば、私だって他人にくれてやってもいいのですが、勿論私の爪の垢を欲しがる人もいないでしょう。
散髪して不要になった髪の毛ぐらいなら差し上げてもいいのですが・・・。しかし美しい艶のある、若い女性の髪ならカツラを作ることも出来ますが、私の髪の毛では使いみちがありません。もっとも戦時中は髪の毛から醤油を作っていたそうです。
息子も嫌がる手術を他人が喜んでするわけがありません。生体臓器移植は通常親族からの移植手術しか行わないと思っていましたが、まったくの赤の他人の臓器を使用しているのですから、開いた口がふさがりません。
移植手術を手がける医療機関は、ドナーを原則として親族に限っている。しかし、臓器移植法や日本移植学会の倫理指針には、本人確認についての規定はない。というのですが、それはないでしょう。
関西のある大学病院の移植チームの医師(28)は「ドナーが本当に親族かどうかは患者側のモラルに委ねられている面が大きい」と言う。とありますが、臓器移植の医師などはやっぱりこんな程度の奴ばかりなのでしょう。
万波という馬鹿医者もテレビで、折角の善意のドナーの行為を疑うことが出来ないなどというトンチンカンなことを言っていたが、とんでもないことです。
私は質屋に行ったことはないのですが、モノを預けようとすれば、身分証明書で本人確認をしなければならないでしょう。その上で商談に入るのでしょう。本人確認をしたからと言って、お客に失礼にもならないのは当然で、これをきちんとやっておかなければ、盗品の故買を質屋が疑われ、罰せられるでしょう。
本人確認をルールに従ってやっておけば、質草が盗難品であると後で判明しても質屋の責任には基本的にはならないでしょう。
親族の間でお金が裏で動いていたかどうかということまでは、たしかに医者にはわからないでしょうが、本人確認もしていないというのには本当にあきれました。
しかも病院側から、患者に移植を勧めているのですから、言葉もありません。もう移植という方法でしか腎臓が治る見込みはありませんと告知するのと、移植を勧めるのは勿論まったく異なることです。いくらでも入手できるものなら、勧めたというのも不自然ではないでしょうが、臓器がないというのに勧めるというのは、「どうにかしますよ」、或いは「どうにかしなさい」ということであり、この時点でおかしなことだとわかります。
万波は「依頼があって手術しただけと?」とテレビ局の記者に問われて、「そうですよ。それだけですよ」と言っていますが、内妻の妹ということになっていた女性には手術のリスク、手術後に不具合になった時の治療費の負担者などをキッチリと説明して、契約書を作成するように勧めておかなければならないでしょう。万波及び病院は何もしていません。
それどころか後に話しますように、ドナーにデタラメの説明をしているのです。
今回の事件では他誌に比べて、「週刊現代」が丁寧に取材しています。
週刊現代(10月21日号)によると、今回の事件が表沙汰になる前から、この騙されたドナーを独占取材し、この疑惑に満ちた臓器売買事件に関する潜行取材を続けていたと言います。
その最中に患者とその内縁の妻が宇和島署に逮捕されたわけです。
臓器移植法や日本移植学会の倫理指針には、ドナーは原則として親族に限るとしながらも、本人確認の規定はないということです。こんな有様では、偽装結婚するとか、養子縁組みをするとかで簡単に赤の他人から臓器移植が可能になります。
それどころか、万波は保険証で名前と住所を照合するだけだと言っています。これでは「妹だ」と言えば名字が違っても、住所が違っても親族だと名乗ればそれで良いのです。
わざわざ偽装結婚をしたり、養子縁組みをしたりするという、そんな手間もいらなくなります。事実今回の事件では内縁の妻の「妹」ということでノーチェックだったのです。内縁の妻でも、「親族に限る」という制限があれば、移植が可能かどうかは判別が難しいのに、それの妹なら尚更難しいでしょう。
実際は内縁の妻の妹でもなんでもなく、全くの赤の他人だったわけですから、医者や病院の責任は大きいと思います。医者は勿論、病院も倫理委員会も設けていなかったと言うことですから、金儲けだけしか考えていなかったのは明白です。またこうした倫理指針のいい加減さが移植に対する不信感をなくせない理由なのです。
万波はフジ系列の朝のトクダネで「この臓器移植は氷山の一角?」と質問されて「それはもう日本中の先生がみんな知っている。まったく氷山の一角」と開き直っています。また「今まで600人近く手術した中で、公的書類で確認していたか?」 「えー、それはないです」
脳死移植される臓器や、心臓停止後に移植される臓器の配分でさえ、いかがわしく、不公平なものにしか見えないと言っているわけですのに、生体肝臓移植や腎臓移植は当然親族間だけで行われ、本人確認は勿論、患者本人とドナー双方の顔写真のついた運転免許書や戸籍抄本ぐらいは簡単にチエック出来るわけですから、当然チエックしているものと思っていたのですが、余りの杜撰さにあきれてしまいました。
私たちはこうしたことを直接調査することが出来ないのですが、新聞社や放送局がこうした事実をどうして明らかに出来なかったのか不思議です。
結局無知なるドナーが騙されたと警察に駆け込まない限り、今回の事件は表沙汰にならなかったわけです。NHKが公共放送である、民放より質の高い番組作りをしていると言うのなら、「ふたりの命」を作る前に生体移植の実態を暴き出しておかねばならなかったわけです。
この事件を週刊現代より先に知ることは出来なかったとしても、生体移植全般の実態ぐらいは、知っておくべきだったでしょうし、私たちに伝えておく義務があったはずです。
臓器移植法や日本移植学会の倫理指針というのが、本人確認の規定もないというのですから、当然こんな事件は予想されたことでしょう。現にあちこちで起こっているはずです。
先に引用された医師が「ドナーが本当に親族かどうかは患者側のモラルに委ねられている面が大きい」などと言っていましたが、これは医師や病院が確認すべき問題なのは当然でしょう。
大学病院の医師でも、こんな程度の人間ですから、臓器移植法や日本移植学会などに人間の臓器移植の問題を任せておいてはならないでしょう。
ましてや万波は移植学会を数年前に退会しているそうですから、何の縛りも無いのです。
お金のやり取りや強制によるものとさえバレなければ、やり放題なのです。これは万波に限らずすべての移植医に言えるのだそうです。
「病院では戸籍を調べたりしないのか?」という質問に、これまで1000件以上の移植に携ってきた専門家である東京女子医科大学の太田和夫名誉教授は、「普通はしません。問題がなければ、親族だと言われてしまえば、それがウソかどうかと書類を取り寄せてというようなことはしない。最終的には組織(病院の部署)の責任者が決定する」と答えています。(6月2日、みのもんた「朝ズバッ」にて)
この太田和夫なる人物は自身が日本移植学会理事長だった時に、日本腎臓移植ネットワークを通さないで、UNOSで移植には使えない代物として用いなかった不良腎臓を日本の患者に移植していた事実、経歴があり当時大変不評をかった男です。自身もネットワークの設立にかかわり、その一端を担わねばならないのに、とんでもない奴です。前回述べました小紫芳夫という日本臓器移植ネットワークの初代会長とはワル同志で犬猿の仲だったそうですが、どちらも、おいしいところを自分の物としょうとしたのでしょう。
10月2日の朝日新聞には
臓器売買や人体の商品化の実情に詳しい粟屋剛・岡山大大学院教授(医事法・生命倫理)の話として「臓器移植法で移植用の臓器売買を禁止する大きな理由は『人体の部品に値段を付けるのは人間の尊厳に反する』『売買に対する感情的な嫌悪感』の二つで、根拠はさほど明確でない。今回の事件で臓器を提供した当事者も、こんな問題になるとは思わなかったのではないか。臓器は不足しており、患者は必死で身内の提供者を探している。事件の背景には移植用の売買を禁ずる『根底の理由』があいまいな点もあると思う。臓器売買についてもっと世間が関心を持ち、議論を深めるべきだ」とあります。
こいつは何を考えているのでしょう。
売春婦が、「私の体は親から貰った私自身のもの。どのように使っても、誰からも文句を言われる筋合いは無い」と、開き直って言うのなら、なるほどその通りと思えなくもありませんが、人体の部品に値段をつけて売買するのを禁止するのは根拠があいまいだとは恐れ入ります。売春婦は自分の性器をお金と交換に使用していると言っても、性器を切り取って他人のために使用するわけではありません。
臓器の供給量が需要量に比べて、あまりにも少ないからと、移植医療に携る者は云いがちですが、人体の部品を競り合うなど、考えただけでも醜悪なことです。
売春婦の場合も、相手次第でどんなことが起こるやもわからず、リスクが高いですが、自己責任ということでしょうが、本人が納得しているだけなら、何が起こっても知らないで済ませることも出来るかもしれませんが、人間の身体の一部を部品として売買しても良いという考え方が、この大学院教授のように一般的になりますと、本人の意思に反して、臓器斡旋の仲介ブローカーが暗躍して、借金を返せない者が強制的に臓器を摘出させられたり、お金の無い者が臓器を売ったり、人身売買が平然と行われるようになったり、殺人によっても臓器移植をしようとする者も現れるでしょう。
(腎臓が2個あるから、1個は不要ということではなく、パソコンにおいても、CPUを、いざと言う時に備えて2個用意しておくような、有り難い神の思し召しなのです)
しかし生体臓器移植は、親族の無償の愛情に基づくものでない限り絶対行われてはならないことです。勿論親族だからと言って、移植を強制させられてはなりません。
人体の部品という観点から売買が行われてはならないのは当然です。
サラ金の日栄、今はロプロと名を変えているようですが、借金を返せないなら、腎臓を売って返せと脅していたりしたようでしたが、万波はこういう手合いにも協力していたと思われます。
先の「週刊現代」には
「医者は私に『腎臓なんて1個あれば大丈夫』と言った!」というタイトルで被害女性、この人は臓器移植法違反で、受け取った車を没収され、100万円の罰金を払わねばならないようですが、の言い分を記しています。

「万波先生は、『手術はそう大変なもんじゃない。盲腸に毛の生えたぐらいの手術じゃけん、大したことなか』と言い、私に手術を勧めました。先生も含めて病院ぐるみで私を騙したんです。それに気づかなかった私も無知すぎました・・・」
被害者は松下知子から「何度もドナーになってくれ」という懇願の電話を受け「血液検査だけでも受けてほしい」と言われ、つい、宇和島徳洲会病院で検査を受ける破目になったと言います。
被害者は、実は自分の腎臓を他人に提供するのはたぶん無理だろうと漠然と思っていた。というのも、彼女には糖尿病・高血圧・パニック症候群・鬱病・後縦靭帯骨化症という数々の持病があり、「要介護度1」の認定者だったからだと言います。ところが驚いたことに、万波医師はこれらの持病を無視したということです。
「血液検査の後、私が万波先生と持病のことなどについて話していたとき、看護師が『血糖値が高いですね』と、糖尿病に関する指摘をしたんです。するとその瞬間、先生の表情が強ばり、あっちに行けと言わんばかりに看護師を手で追い払いました。そしてすぐにCTスキャンを撮るための造影剤を注射されました。先生はCTスキャンで撮影した私の腎臓を見て『おお!』と感嘆の声をあげるなり、『立派な腎臓してるなー。これなら腎臓が1個でも大丈夫だ。来週でも手術やろうな!』と、満面の笑みで言いました。(冒頭の)『盲腸に毛の生えたぐらいの手術じゃけん』という言葉は、そのとき出たのです」
この日の万波医師による診断には、松下・山下両容疑者も同席した。その後、二人はA子さん(被害者)を病院近くのレストランに誘って執拗に腎臓売買の説得を行い、松下容疑者は「涙を流し続けながら」懇願したという。「盲腸程度の簡単な手術ということだしお金も返ってくる。そう考えた末、売ることに同意して、9月25日に入院と決まりました。
当時の私は、この手術が違法だとも知らずにいたのですが、松下らはよくわかっていたのか、『絶対誰にも言わんといてよ』と何度も念を押してきました。入院前には松下の自宅に泊めさせられ、病院に入ったのです。
入院前も入院後も、徳洲会病院側はA子さんに手術についての詳細な説明は一切行っていない。それどころか、手術同意書までつくっていなかったことが判明している。同病院では過去82例の生体腎移植が行われているが、そのすべてについて文書による説明・同意がなかった。法的に問題はないが、日本移植学会の倫理規定に抵触する行為だ。
「万波先生も、もう一人の担当医であるM医師も、麻酔科の先生も、簡単な手術だといった感じのことをサラッと言うだけ。病気持ちの腎臓移植はできないとか、親族ではない他人への腎臓移植はだめだとかいった説明は一切なかった。手術後、ものすごい痛みで、何十回も痛み止めの注射を打ってもらったため、右腕は腫れてダンゴのようになりました。さらに胆嚢が肥大して激痛が走るようになったため、1週間後には胆嚢摘出手術も受けました。このとき万波先生は、『胆嚢が悪いなら言ってくれれば(腎臓摘出と)一緒にやってあげたのに』と言ったのです。なんてひどいことを言う人だと思いました。こんな病院には通いたくないと思ったので、他の病院を紹介してほしいと頼みましたが、毎月徳洲会に来るよう言われました」
その後も、腎臓の摘出部位は痛み続けた。病院に訴えたところ、万波医師はこう言い放ったという。
「『2年ぐらいは違和感がある。ガマンせにゃいかん』。医者が患者に言う言葉でしょうか。今考えると先生には”腎臓をカネで売った女”だという侮蔑の意識があったのだと思う」
退院までには1ヶ月を要した。「簡単な手術」どころか、以前にもましてA子さんの心身の調子は悪化した。
「退院後、山下から『お痛み金』として30万円だけが振り込まれました。しかし(謝礼の300万円の代わりの)車も残りの金も渡そうとしない。山下に尋ねたら、『そんなことを言うなら臓器売買で訴えるぞ』と、逆に脅されました。そのとき初めて臓器売買という恐ろしい言葉を聞いたのです。
私はすぐに万波先生に電話を入れ、『山下のドナーのA子ですが、(腎臓提供の代償に)車を買うてもらうのはいけんのでしょうか』と尋ねました。先生は、私と彼らの間に臓器提供にまつわる約束があったことを知っていたらしく『ええやん。買うてもろたらええ。私から彼らに言うておくわ』と明言しました。そのすぐ後に、松下から、『万波先生から電話があった。車を買わないとは言っていないじゃないか!』と、怒り心頭の留守番電話が入っていました。しばらくして150万円くらいの車(トヨタ『ラッシュ』)が届けられてきたのです」
両容疑者がA子さんに渡したのは、先の30万円とこの車のみで、貸し金の200万円は依然として返済されなかった。また、松下容疑者がA子さん名義のカードを盗んだ疑いもあったため、A子さんは警察に被害届を出し、臓器売買の件が明るみに出たのである。
本人も認めているとおり、A子さんの行動は軽率のそしりを免れない。しかしはるかに問題なのは、糖尿病などの持病をもつ要介護認定者を騙し、金銭の授受を知りながら違法な手術を断行した疑惑が濃厚な病院および万波医師だ。
本誌は万波医師を直撃し、A子さんの主張に対する回答を求めた。彼は焦りの色を浮かべながら答えた。
「ドナーの思い違いか何か知らんけど、盲腸に毛の生えたような手術とか、そんなことを言うた覚えは絶対にないですわ。A子さんは頭がおかしいからよく話を聞いたほうがいいですよ。
(車の仲介の件も)わしゃーもうぜんぜん、そんなこと言うたためしはない。(病人の腎臓を移植したことについても)移植手術ができないという状態ではなかった。
ただ、言った言わないは水掛け論ですよ。そのとき話したことは、いちいち詳しく覚えていませんから」
10月5日の朝日新聞にも、4日松下知子容疑者に接見した弁護士によると、松下容疑者は手術後、万波医師を名乗る男性から「ドナーから『約束の車はまだか』という話が私のところにあったから伝える」などと電話を受けたと話しているという。という記事が出ています。
新聞やテレビなどを見ていますと、今回の事件が起こった背景は、現在の日本の臓器移植法が非常に厳しく、つまり脳死した人間が「脳死すれば他人に臓器移植をしてもかまわないという」内容のドナーカードをあらかじめ持っており、かつ家族も移植に同意しなければ、臓器移植ができないという厳しいものなので、臓器の供給が需要に対して圧倒的に少ないからだとしています。
これを本人が臓器移植をしたくないという登録を事前にしておかない限り、家族の同意のみで臓器を摘出し利用できるように臓器移植法を改めれば良い、それで何もかも上手く行くというような論調ですが、このような制度をとっているアメリカでも臓器不足に悩んでいるわけです。
それでアメリカでも生体腎移植は増え続け、脳死者、心臓死者からの移植よりも多くなってしまっていると言うことです。
それゆえ臓器移植法の改正なるもので解決できるような論調には反対です。
医学の進歩に法整備が追いつかないというような結論は安易に過ぎます。
10月26日のNHKクローズアップ現代、「『臓器売買』揺れる移植医療」でも
「特に移植医療をめぐりましては、臓器の提供者が、血液型が違っても、その提供を受けられるようになったし、免疫抑制剤の開発も非常に進んで、どんどん可能性が広がっているわけですよね。そうした変化に対応出来るように、もっと徹底した議論が必要だと思います」と国谷裕子氏は結んでいます。つまり臓器移植を増やすようにしようと言っているわけです。
しかし、もしそれが本当なら、つまり血液型が違っても移植出来るということが本当なら、そもそもこの臓器売買事件は冒頭に引用しました朝日新聞の記事をお読みになれば、お分かりのように、山下に最初に腎臓を提供する予定だったのは、松下だったが血液型が合わず、A子さんをして腎臓を提供させたということだったというのが、まったくのウソということになります。
松下がドナーになっていれば何も問題にならなかったはずです。
山下の息子や家族も、内縁の妻の松下も怖くて痛い手術がいやだっただけです。それは誰でも嫌でしょう。それで人が良く、無知でもあるA子さんを騙したのです。つまり簡単な手術だと言って臓器売買を約束させたのです。
10月7日の朝日新聞によれば、A子さんが山下、松下両名に初めて徳洲会病院に連れていかれた時、ドナーの候補者として紹介されたが、病院関係者から「ドナーは他人ではだめ」と説明されたという。2度目に病院を訪れた際、松下はA子さんと相談したうえで「妹」と紹介。その日に検査が行われ、適合するとの結果が出て手術日が決まったという。勿論病院側がこれを知らなかったはずがありません。(先のA子さんの説明とは食い違い、A子さんはこの時点でドナーは他人では駄目と知ったことになります。もっとも臓器売買が犯罪であるということにまで思い至らなかったかもしれません)
もともと健常者として、生きている人から、その人自身の治療のためにでなく、体にメスを入れ、臓器を摘出するなどということは傷害罪や、場合によっては殺人罪にも匹敵する行為でもあるわけですから、ドナーになるのは親子や兄弟または10年以上の実績のある夫婦、養子といった狭い範囲の親族だけに限定すべきで、医者や病院に移植問題をまかせておいてはいけないのです。
「血液型」ということに関して言えば、10月2日のフジ系列の朝のトクダネにおいて、万波のことを「生体腎移植において、世界トップレベルの権威で、血液型が違っても、臓器移植が出来るということを編み出した人」と紹介していました。しかしこんないい加減な、学会からも脱会した人の主張など本当のドナーやレシピエントが誰かということも信じられないでしょう。手術にあたって、同意書も作成していないような医師は科学者として認めることも出来ません。
いい加減な日本臓器移植ネットワークのような組織でさえ通さずに、病院内で臓器移植をやろうと思えば、特に生体移植の場合は、医者の思うままに可能となりましょう。
特にこのHPの冒頭で記しましたように
”最近各地で医療過誤の事件が多発しておりますが、慶応病院ではまず表沙汰になることはないでしょう。塾長以下全員が一丸となって、もみ消してしまうからです。カルテの改ざんなど多分朝飯前のことなのでしょう。本当に恐ろしく、こわいことです。
それどころか、治療目的で入院したのに、本人の知らない間に臓器を摘出されてしまったなどというケースも珍しいことではないのかもしれません。”
というのが、まるっきりピントはづれなことではないということがお分かりいただけたと思います。
何と言っても、商学研究科委員長が設けた公式の場で「序数の差は無意味である」という定義も通用しないゴロツキ大学の病院なのですから・・・。臓器移植が行われたということでさえ表沙汰にしないようにすることは可能なわけです。
前回、取り上げた慶応病院のイケメン医師こと内田耕一が女社長の莫大な遺産を相続した件も、病に疲れ、医学にも明るくない女社長に、「多額の工作費が必要だけれども、新鮮な若いピチピチの女性の脳を、ミス慶応の脳を移植してあげる。上手く行けば、その時に・・・。万一上手く行かなかった時のために、遺産を全部あげるという遺書を書いてくれれば、ちゃんとしてあげる」と騙したとも可能性としては、充分考えられるのです。
ですから医師は勿論そうした受け取りを拒否しなければならないし、病院も患者から医師が多額のお金を貰うなどという行為を禁止しなければならないわけです。ところが慶応病院は医師と社長の兼務はいけないとしただけで、遺産相続には何ら注意も禁止もしていないのです。
倫理のカケラもない慶応義塾にそれを期待するのは無理なことでしょう。
昨年の生体腎移植数が最多の東京女子医大は、この事件後、患者とドナーの身元確認のために戸籍抄本や住民票などの提出を求めることを決めた、などと今頃言っているぐらいですから、いい加減なものです。
また市立札幌病院では、人工透析を受けていた病院からの紹介状を持参する移植希望患者が大半を占めるので「透析医は長い間、患者を診ており、家族関係やドナーのこともよく知っている。そうした医師と連絡を密にしていれば、事件はふせげるのではないか」などと朝日新聞(10月20日)にあります。
もしこれだと、他人間の移植手術の責任を、紹介した病院のせいに出来るので望ましくありません。(紹介状にドナーとレシピエントの間柄を示す公的文書を付けて持参させれば済むことです)
今各地で公務員がほとんど勤務実績がないのに、給料を貰い続けているという実態が明らかになっています。本当に病気なら仕方ないでしょうが、ほとんどが仮病です。診断書を書いた医師も威圧感を感じて書かざるを得なかったようですが、あまりにも長期で不自然な場合は、勤務先が複数の病院での診断を義務付けたり、生活態度を調査するのが当然でしょう。
同じように移植医療の場合も、やくざが子分の臓器を取り上げたり、京大で行われた生体肝移殖を受けたパキスタン人の社長のように会社の部下に臓器提供を強制したり、あるいは借金のかたに臓器提供を強要されたりするようなケースは公的資料の提出を義務化すれば、そして認可された病院でしか手術を出来ないようにすれば、ほとんどの不正は防げると思います。違反すれば医師免許の剥奪は当然、厳しい刑事罰で対応すべきでしょう。
先のNHKの番組でも、30年待っても移植出来ない人もある一方で、初診1ヶ月で手術出来た人もいたと言います。後者は万波にやって貰ったということで、内縁の妻から臓器の提供を受けたと言います。その際公的な書類の提供を要求されたことも、夫婦間のことも確認されたり、聞かれたりすることは全くなかったと言うことです。
このようにすばやく万波に腎移植をやってもらった人間は、万波の悪口は表立っては言わないでしょう。
毎日この事件についてのニュースを読んだり、見たりしていますと次々と新しい事実が分かり、このHPも書いている暇がありません。
臓器が足りない、足りないというニュースの中で、社会保険中京病院では、亡くなった患者さんより貰った折角の腎臓を誤って廃棄してしまうという珍事まで起こし、二人の患者に移植できなくなったということです。こんなことは日常茶飯事のことでしょうが、時期が時期だけにニュースになったのでしょう。臓器が足らない、足らないと言っているわりに、関係者に真剣さがみられません。
A子さんの場合も糖尿病、高血圧など数々の持病をもち、要介護認定者であり、腎臓のドナーになるには不適格だったわけですが、宇和島徳洲会病院の院長はこの臓器売買事件が発覚した時、「患者の状態も大変良く、何も問題ない」と述べていましたが、今は例え問題ないとしても、糖尿病のA子さんが将来もっと糖尿病が悪化すれば、腎機能の働きが足りなくなります。騙してまでしてA子さんの腎臓を自分のものとした山下の臓器など腐ってもよいが、A子さんの身体は「何も問題はない」では済まないわけで、こんな男が病院の院長ですから、こんな民度の低い病院には行かないようにしましょう。怖いですよ。
患者の状態も良いに超したことはないが、ドナーの状態や将来のことの方がずっと重大です。
ところで、この万波医師は今度は「病気の理由で摘出した」腎臓を別の患者に移植していた実態が表面化するところとなりました。
宇和島徳洲会病院によると、04年4月から今年9月までに実施した生体腎移植は、今回の事件を除くと81件。このうち11件について、「治療の必要性から摘出した」腎臓を移植に使っていたと言います。万波医師をトップとする医者が、グループを組み、治療目的ということで摘出した腎臓を、それぞれの病院には内緒で、万波のところに持ち込み、他人に移植していました。
今回の臓器売買が明らかになった時、万波は生体腎移植は親族間でしか行っていないと言っていましたし、病気の腎臓を移植したことが発覚した時は、徳洲会病院で行っただけと言っていましたが、これもウソ。前の勤務先の市立宇和島病院でも昔から行っていたことが明らかになっています。
「患者さんが良くなっていくのを見るのが嬉しくて、移植手術をやっているだけ」なんて言っていましたが、無茶苦茶な奴です。
「いい人がいるもんだ」と言っていたA子さんについて「A子さんは頭がおかしいからよく話を聞いたほうがいいですよ」なんて言っています。逆に言えば、医者としてコミュニケイションがとれないほど頭がおかしい人から臓器を摘出するなど以ての外です。
このグループ医の一人で万波誠の弟である康介医師は「摘出理由は腎臓癌や良性腫瘍、動脈瘤の疑いだったが、術後の検査でいずれも良性と判断されたため、移植した」と説明していると言います。
本当に摘出しなければならなかった腎臓であったのか、もしそうなら、そんな腎臓を他人に移植することが許されるのでしょうか。そもそも他人に移植出来るほどに機能する腎臓なら摘出する必要はないことになります。
万波医師は常識も倫理のカケラも持ち合わせていず、ゴロツキ慶応義塾を医者にしたような男です。
康介医師は良性の腫瘍だと言っているわけですから、移植するためだけに摘出したのでしょう。
最近のテレビでも、腎臓移植のカリスマ、「神の手」などと万波を、あたかも持ち上げるような論調の番組もあります。しかしこのHPでは「神の手」などと言われる奴は悪党ばかりです。
動脈瘤なら動脈の問題ですから、血管を治療すれば済む話で、摘出して他人に移植すべきではないでしょう。万波は患者に、「片方取り出すだけなら簡単だが、それをまた身体に戻す手術をすれば6〜7時間余分にかかりますよ」と脅かすような説明をして摘出しています。そして、これを「本来ならごみ箱行きになる物を利用しただけ」と言ってうそぶいています。この場合なら腎臓そのものは問題が少ないでしょう。
しかし免疫抑制剤をしているので、腎臓癌の場合はレシピエントの身体中に転移しまくるでしょう。この場合も本当にやったのか、あるいは癌だとウソを言って、正常な腎臓を移植目的で、摘出したのか不明です。きちんとした手続きをしておかないと、まったく説得力がありません。
またこの万波医師らのグループは、万波の「病気でも何でもいい。捨てる腎臓があればよろしく」という依頼に基づき、腎臓摘出で不要になった腎臓を集めまくっていたと言われていますから、実際にはこれを本当に他人に移植せず、病気の腎臓が入手出来るたびに、借金のために腎臓を提供することを暴力団などに強要された人間のまったく健康な腎臓を摘出し、移植していたのではないだろうかと疑ってしまいます。
このやり方ですと、今回のように臓器売買を疑われるような事態になった時に、ドナーとレシピエントの間の無関係を正当化し、臓器売買を隠蔽することが出来るからです。このあたりの悪質さは慶応義塾ばりですが・・・。
ところで先日、「週刊現代」(11月18日号)を読んでいましたら、作家で医者でもある渡辺淳一氏と日本大学医学部付属板橋病院消化器外科教授・高山忠利医師の対談が載っており、そこでは先日のNHKのUNOSについての説明と異なる部分が目に付きました。
渡辺氏の「欧米では、移植の順番はどう決めるのですか」という問に対して、高山氏は「脳死肝移殖では、移植の順番は、救命できる可能性の高い患者さんから先にやるんですね。日本人の発想だと、登録した順番に移植を受けることが公平だと考えると思います。・・・以下略」
この説明は欧米ではということになっており、直接UNOSではということではないのですが、同じことのはずですよね。ところがNHKの番組ではUNOS ルター・グラハム会長は次のように述べています。
「臓器配分で最も難しいのは公平性を保つことです。そのためには患者の症状を客観的に評価し、最も切迫している患者から優先的に配分しなければなりません。いったんUNOSに登録されれば、性別や人種などによって臓器配分に不公平が生じることがあってはなりません」
彩花ちゃんは加藤友朗医師が、年内しか無理とか、正直言って怖いなどと言っているのに、貴重な臓器を5個も使うなんて、と公平、公正に配分するのは難しいと、前回私は感想を書いておきました。
「救命できる可能性の高い患者」、「最も切迫している患者」、いずれも医者が決めるわけで、多分誰もが納得できる結果ではないでしょう。また「これは研究用だ」とか言って順番を無視して、横入りする奴もいるのが常識です。
それなら高山氏の日本人の発想というもののほうが、ましなようにも思えます。
これは5つのトイレがある部屋の入口で、整然と並んで待っているようなものです。先頭にいる人が最優先の権利があります。トイレが空くと勿論一番に入れます。ところが空いたのは和式で、先頭の人は膝が悪く、次の人が急いでいて、和式でも良いのなら、「お先にどうぞ」と譲れます。次に空いたのが洋式ならそれを使用すれば誰も文句を言う者もいないでしょう。同じように先頭の人が最優先の権利を持ち、空いたトイレが汚く、それが嫌だったら、次の者がそれでも良いと言えば順番を譲れば良いのです。
案外この方法は合理的と思います。大勢の行列なら、待ちきれず、漏らしてしまっても文句も言えませんが、諦めもつきます。
おつりを貰って、しまった、これはTOTOの便器だった、INAXのにすれば良かったと気がついても後の祭りです。用を足す前に紙を敷いておく必要があるとTOTOの消費者窓口の担当者はうそぶくだけと思うと腹が立ちます。
これはちょっとここの話とは関係なかったですね。TOTOの節水型というのは、節水するかもしれませんが、紙を前もって敷いておかねばならないので、とても経済的とは言えません。敷かなかったら、自分のものとは言え、おつりを貰う破目になりますよ。経済的かどうかというより気持ちが悪いこと、この上なしです。TOTOの企業体質がわかりますね。型名がわかれば、苦情のよくくる欠陥品とすぐにわかるはずですのに紙を敷いて下さいでは、納得できませんね。
消費期限の過ぎた材料を使用していた「不二家」、材料に含まれる菌の数が多く、測定も出来ず、2度3度薄めても菌の数を測定出来なかったので、「無限」と記録していたと言いますから、あきれます。偽装、隠蔽、まさしく食品業界の慶応です。
前にもお話しましたように、人間の死というのは昔から心臓が停止することを言います。(勿論死後の世界を信じた人や、信じる人も存在するでしょうが、これはまた別の話です)
しかし死体の臓器を部品として使用するという発想が生じて初めて、脳死という観念が生まれました。心臓が止まって、それを確認してから利用するのでは、臓器が痛んで使い物にならないからというのです。
そうすると本来、まだ治療し続けていただかなければならないのに、それを打ち切って移植のために臓器を新鮮に保存することにやっきになっている医師の姿を見て、そんなのあり?と患者の家族は悲しみと怒りで、臓器を摘出されるのに同意できないでしょう。
一部の患者は生前、脳死状態になれば、摘出して他人のために移植してもらって結構だと書面で遺志を残しておき、家族もその志を尊重して、赤の他人に対する臓器提供に応じるということはあるでしょうが、数は少ないでしょう。
患者本人が脳死の意味を本当に理解しているかも疑問です。
また脳死ではないのに、脳死ですと言われているのか、或いは本当に脳死であって、脳死と言われているのか、にわかには家族は判定を信じることも、否定することも出来ないし、戸惑うばかりでしょう。
普段目にし、耳にする「医療過誤」や「それに対する隠蔽工作」で医者を本当に心から信用する人は少ないでしょう。そのへんがこの問題を難しくしています。
私なども平均的な人から思えば、お医者さんにはお世話になっていますが、それでもどの医者をも絶対に信用するかと問われれば、勿論「NO!」です。
お通夜、お葬式が終ってから病院に献体するのなら、多くの遺族は納得できるでしょうが、そのくらい医学が進歩するまで臓器移植など止めればよいのではないでしょうか。
亡くなる人のうち、ほとんどの人の病気は臓器移植では助けられないのです。
少数でもドナー登録する方はいらっしゃいます。その方から出来るだけ決められた仕方で、公正に、公平に配分して、移植させていただくということで良いのではないでしょうか。それが自分のところに回ってこなかったとしても、あきらめるべきではないでしょうか。
「ドナーになることを事前に拒否する」旨の登録をしていないと、臓器を摘出しても当然だという論理は納得できません。
これは他人の家に入るのに、「入られるのがいやなら鍵を掛けておけ」と言うのに似ています。
他人の家に入りたかったら、「どうぞ、お入りください」と言われてから、入れていただくのが当然です。鍵が掛っていなかったからと言って、勝手に入られては困ります。
勿論泥棒に入られないように、鍵を掛けておくのは当然でしょうが、鍵が掛っていなかったから、家に入ってモノを盗ったって当然だと開き直られても納得できません。
NHKもNHKの映らないテレビを作ってから、NHKの映るテレビを持っている家から受信料を取ればよいでしょう。
勿論NHKの番組がつまらないものばかりと言うつもりはありません。しかしNHKがなくても困らないと思います。半分認知症の母はほとんどNHKをつけっぱなしです。あまり見ていないけれども、つけっぱなしなのです。
NHKで人気があると話題になったものと言えば韓国映画ぐらいでしょう。
最近の韓国映画の人気が高いのも、あのヨンさまとかいう男性の顔、雰囲気が最近の日本人に比べて、甘く、誠実で真面目な感じがするからでしょう。私は一度もテレビ番組でヨン様を見たことはありませんが、特に中高年の女性が夢中になったのは理解できるように思います。(もっとも最近はヨン様の他にも多くの役者がいるらしいので、何で朝鮮の人がそんなに良いのか不思議に思うほどです。それもヨン様と違って与太っぽいのもいるようです)
最近「チャングムの誓い」なる韓国映画が放映されているのに気が付きました。主演の女優も最近の日本の女性よりも、聡明な感じです。内容も真面目なようです。しかしこれは連続物で最初から見続けないとわからないもののようで結局見ずに終りました。
先日新聞の番組欄に最終回と書いてあったので、見てみようかなと思い、再放送の日にちについてぐらいはわかるかなと思っていましたら再放送の最終回だったそうで、ガックンです。
私にはドラマなど、「はぐれ刑事・純情派」のように1回ごとに内容が完結するもののほうが好きです。再放送で、これは前にも見たことがあるなあと思っても、先がどうなるかも覚えていないし、そのまま寝てしまっても惜しくはない、こんな程度のもので良いのです。
韓流(これはハンリュウと発音するらしいと最近知りました)映画はNHKが作ったものではなかったのでしたね。結局ドラマなどは、民間に任せれば良いのではないでしょうか。NHKの制作は中味の濃いものだけを最小限だけにすれば良いでしょう。そして受信料も強制的に徴収するのなら低く抑えるべきでしょう。NHKの不祥事から始まった受信料の不払いに対して、督促状を送って法的手段に訴えるという穏やかでない態度に出てきました。これでは焼け太りというものでしょう。
ところで最近「クローズアップ現代」の国谷裕子氏があのヨン様に似ているのかと驚きました。
それは10月9日の朝日新聞に掲載されていた写真を見た時です。いつもと違ってメガネを掛けておられます。
一体何年前のことでしょうか、初めて彼女を見た時、少し薹が立った帰国子女といった感じで、髪も短く刈り上げておられていましたが、少し不自然に思いました。
アメリカの多分20年代の流行り唄の
WHY DO YOU BOB YOUR HAIR GIRLS?
を思い出したぐらいです。
そう言えば、あの頃は短い髪をした女性が多かったですね。小宮の悦ちゃんも小泉今日子も皆そうでした。
流行だったのですね。
国谷氏は、今まさに人生の盛りという感じで、見ていても気持ちが良いぐらいです。特にNHKの職員でないようなのが余計素晴らしく思えます。
ヨン様贔屓の中高年女性の気持ちと同じとまではいかないでしょうが、私は彼女のファンの一人になってしまっています。誠実で真面目な感じが強い、一所懸命の美女ということでしょうか。
ところで私は臓器移植について考える時に、学生時代に暮らしていたアパートに時々訪ねてこられるご婦人がいらっしゃったのを思い出します。たしか「エホバの証人」と言う宗教か、聖書研究会の方で三田綱町に当時、本部があったように記憶しています。入会を強引に勧めるわけでもなくパンフレットを置いて帰られるのが常でした。
通常のパンフレットの場合も、厚手の表紙のちょっとした書物のような場合もありました。子どもの頃、カバヤのキャラメルを買って、点数を溜めると、もらえた書物のように厚い表紙の本でした。
ノアの箱船の話や進化論などについて記載されていたのを覚えています。退屈な時に読んで結構重宝しました。
京都に帰ってからは、そうした本を読む機会もなくなりました。
そしてある時、ちょっとした知人が急死なさったことがありました。私はスポーツはしませんので知らなかったのですが、死の1週間前に皆とゴルフをして楽しむほど元気だったのに、夜中に腹痛を訴えて救急車で病院に担ぎ込まれたら、すぐに亡くなったそうです。それを聞いてびっくりしていたところ、お葬式だというので、京阪電車の寺田あたりの教会まで行きました。出不精な私は、このあたりには小学校の頃、学校の課外活動の一環として線路脇の畑で芋掘りをしに行って以来、行ったことがなかったのですが、普通の家のような教会なる所に入ると、女性が多く、この知人の奥さんもエホバの信者だったそうです。
そして驚いたことに「喜びのうた」を歌っていました。古いカントリーの讃美歌などには苦しみも、悲しみも、不況もない天国への憧れが歌われており、神に召される喜びという観念には慣れているつもりでしたが、1年や2年の闘病生活の後なら、もう楽になったよと素直に言えると思いますが、たった1週間で亡くなったのだから、「悲しくないの」とカルチャーショックを受けました。
そして棺は普通の車、ワゴンタイプと言うのでしょうか、に乗せられて何処かへ行ってしまいました。
それでよいのだと思いますが、当時はちょっとショックでした。
なおこの宗教を思い出す時、上のエピソードとご婦人から頂いた本の中にある「ノアの箱船」を読んでいた丁度その頃(多分昭和42,3年頃と思いますが、朝日新聞だか、何新聞だか忘れましたが、人工衛星からロシアとトルコの国境あたりの山でノアの箱船の残骸が見つかったという記事を見つけたのです。
しかしこの時以来これについての記事は目にすることはありませんでした。ガセだったのでしょうか、いまだに気にしています。
ところで、この「エホバの証人」をもちだしたのは、この宗教の信者が医療上の輸血を拒むという事実を以前よく耳にしたからです。聖書に「輸血をするな」というようなことが書いてあるのかどうか、知りませんが、本人が拒んでいるのに無理矢理、医者が命を救うためにと輸血をするのはおかしいと思っていました。
子どもの場合は、親が信者で輸血を拒んでも、救命の可能性があれば医者の判断で輸血をすればいいでしょう。
子どもには判断能力がないからです。15歳以下の子どもからの臓器移植が認められていないのは、これと同じです。15歳を12歳に引き下げるという移植法の改正なるものは、貰うほうからの都合、手術をして儲ける医者の都合からのものに過ぎません。
輸血を拒否するということも、良かれと思って輸血したことがあだになり、B型、C型の肝炎のウイルスの感染により、肝臓癌になったり、またBSE感染の可能性があるからと英国に住んでいた人からの献血が出来ないとかを耳にすると、決して的はづれなことではないなあと思います。
勿論B型などは輸血のみでなく、セックスしても移ります。また薬害エイズのような例もあります。
輸血は血を提供する側にとってはあまり負担がなく、好意で受ける側が、副作用があるかもしれないけれども必要なので有り難く頂くという図式ですから、あまり問題ないようですが、一方臓器移植は提供する側には大きすぎるリスクがあります。
それゆえ臓器は不足し、犯罪が裏でうごめくことになります。もっともつい先日のニュースで、採血の際、注射が下手で針を血管の近くの神経に刺され、手が不自由になったとかで数千万円の賠償を病院側が被害者の女性に支払ったというのがありました。何事も慎重でなければなりません。
私はこの宗教の信者でもなく、それどころか内容もほとんど知りませんが生体臓器移植など禁止すれば良いと思います。この宗教が今だに輸血を禁止しているのか、臓器移植も禁止しているのか知りませんが・・・。
脳死臓器移植も、医者の品位が上がり、自然と臓器を提供しようという人が増えるようになり、また脳死についての教育がいきわたってからでも遅くはないでしょう。
今にも死ぬというような子どもに、何人もの医者や看護士、コーディネーターが付き添って飛行機に乗り込み、1億数千万円ものお金を使って海外での移植を待つという図式は異常でしょう。慶応病院にも移植コーディネーターなる者がおり、ウロチョロ動き回っているようですが、胡散臭い連中です。
移植医療のようなものは現在のところ、まだ時機尚早でしょう。それよりも産婦人科や小児科の医師が足りないので、特に地方では病院が閉鎖に追い込まれるとか、受け入れてくれる病院がないので、救急車に乗ったまま、たらい回しにあったとかいう事態を改善することのほうが先決問題でしょう。
現在特に女性は長寿世界一でしょう。何やかや言われても、国民皆保険は機能しています。その範囲内で、それこそ平等に医療が受けられることが大切だと思います。但し国民保険制度が破綻しかけていますのは皆さまご存知のことと思います。移植医療よりも国民保険を安定的に立て直すほうがずっと大事なことでしょう。何でも金次第とは嫌な世の中です。移植医療とは言いますが、こんなものは医療ではありません。
人工透析がつらい、嫌だと言いますが、たしかに大変でしょうが、透析機というのは人工腎臓なのであり、それで延命が可能となったのです。感謝すべきではないでしょうか。
昔私の友人の父親の京大工学部教授は流体力学の専門でしたが、医学部の教授と共同で、人工心臓を作り、地元の新聞に写真が出ましたが、洗濯機よりもずっとずっと大きなものでした。それが段々小さく、高性能なものとなっていくわけです。しかし本物の心臓と取り替えられるようなものはありません。不老不死は昔から人間が望んだことですが、そう簡単なことではありません。
ところで前回、彩花ちゃんのことを書いている頃に「NHKのさくらちゃん事件」なるものが起こっていたのです。
惰性でとっている朝日新聞にはまったく記事がなかったと思いますが、たしか週刊新潮の10月12日号の簡単な記事でこれを知りました。タイトルは、難病「募金運動」で集中砲火を浴びた「NHK夫婦」というものでした。
それでネットで何のことやら一寸調べてみますと大騒ぎだったようです。
自分の子どものさくらちゃんが難病で、やはりアメリカに行って心臓移植をしないと命がないと言って、団体職員が募金活動を始めたといいます。
目標額は1億3千6百万円とかだそうで、ともかく大金です。
最近よく見たり聞いたりする光景で、こうしたものを私はNHKなど民放も含めて、公共放送があまり美談のような扱いをすべきではないと思います。
同じような難病の方でも、そのような募金活動をして、お金を集めることが出来ない人や、臓器移植できない種類の難病の方、癌などで余命幾ばくもない方も多いのです。
また前回ご紹介したのですが、リストラに会い、栄養失調になり、入院を余儀なくされ、生活保護を受けて、治癒したのはよいのですが、仕事も見つからないのに、退院と同時に生活保護を打ち切られ、寂しく孤独死していた男性がいたりで、ほんの少しのお金で助かる人も多いのです。
それで前回、NHKの同時3点ドキュメント「ふたりの命」を、日本の臓器移植ネットワークが模範としているであろう「UNOS」のイカサマ臭さと併せて、批判をしておいたのですが、この「さくらちゃん」の場合は「2ちゃんねる」で大ブレークしたのだといいます。
2ちゃんねるというのは昔は誰でも見ることができる掲示板であったのだと思いますが、小さなタイトルと奇妙な言葉使いでとっつき難く、たまたま検索で引っかかった時に見るぐらいでしたが、最近は多分ただ見は出来ないようです。
保存しておくだけでも費用が大変でしょうから、それはしようがないでしょうから、この「さくらちゃん」の件も直接は見ていません。ただ他の頁で概略は知ることが出来ます。
何故2ちゃんねるでブレークしたかと言いますと、この団体役員は実はNHKの職員で、韓国語教育番組のエクゼクティブ・プロデューサーであり、妻もNHKのチーフ・プロデューサーで、高給取りなのに、NHK職員であるということを明かさないで募金運動を始めたということに対する反発があります。
高級外車を持っていて、立派な自宅まであるのに、自分の財布は使用せず、仕事上で得た人脈を利用して、募金活動をしているということが反感を持たれたようです。
支援するのはNHKの職員は当然、石坂啓と言う漫画家がいたり(私は誰だか知りませんが・・・)、チャリティ・コンサートを、これも私の知らない人ですが、音楽家の協力をえて行ったりで露出が派手だったのでしょう。この「さくらちゃん」は民放が大きく取り上げたようです。
(呑気な私は、露出が派手ということなのですが、まったく知らなかったという有様でした。)
掲示板では、この職員の自宅の衛星写真や登記簿、や両親の年収予測まで登場したということですから驚きです。
おまけに移植者の支援組織、トリオ・ジャパンという組織が、今までに同様の臓器移植を幾つも斡旋しているようですが、その1億数千万年のうち相当部分はデポジット(保証金)で、手術後返却されるものらしいのですがその余剰金の処分をどうしたかなど、一切公開、報告して詳らかにしていないなどというのです。それでNHK職員の募金活動などは「俺俺詐欺」にちなんで、「死ぬ死ぬ詐欺」と呼ばれたりしています。
こんなに大騒ぎになったのは、やはりNHKが嫌われているからでしょう。自分の子が臓器を貰うのに、自分達はドナーカードを持っていなかったりで、ずいぶんやられたそうです。
いずれにせよ、格差の広がった「美しくない国、日本」で同じ病気になれば、大抵の人は死を待つだけか、借金をして何十年も返していかなければならない苦しい生活を余儀なくされるのに、自分達が恵まれた生活をしているのに、失うことは何もしないで、お金に困っている人や、厳しい生活をしている人たちの同情を引いて募金活動していて虫がいいことだと、一般の人にはうっつたのでしょう。
民放や週刊誌、新聞でこの万波事件は割とよく取り上げられていますのに、NHKがほとんどこの事件について解説、報道しないのは国の臓器移植法改正の動きを念頭に置き、「さくらちゃん事件」をなるべく表に出さないようにしているからでしょう。
NHKは「NHK歳末たすけあい」として募金活動をしていますが、これは視聴者の寄付、献金なのですが、厚かましくも図々しくも、あたかも自分のお金を寄付するかの如く、頭にNHKをつけています。
その豊か過ぎるNHKが受信料なるものを説得力ある説明もしないで、強制的に徴収するということです。
NHK副会長の永井多恵子は、この臓器売買が最初に新聞で報じられた10月2日の朝日新聞紙上で、「番組の質、絶対譲れない」という見出しのもとで、その談話が掲載されています。
受信料の支払拒否・保留件数はまだ115万件残っているが、一方で「やっぱりNHKはいい、受信料は払う」という視聴者もおられる。支払・保留はこうした声を支えにさらに減らしていきたい。
現況の受信料支払い率は7割。この数字を上げることに全力を尽さねばならないが、「罰則なしでこの数字はすごい」というのが率直な感想だ。「受信料制度は崩壊している」という議論には与しない。今話題になっている「義務化」についても、あくまで「公平負担」という観点でとらえている。
相変わらずの、お馬鹿さんぶりです。それほど良質の番組とはとても思えませんよね。全家計から受信料を取るのが「公平」なのではありません。頼みもしないのに勝手に商品を送りつけてきて、代金を請求する悪徳商法と同じでしょう。
私はたまには見ていますが、「序数の差は定義によって無意味ではないのか。欠陥教育番組を放送しておいて、それに対する指摘には返答しないのか。それに対して納得できないので、受信料は払わない」と言っているわけですから、督促をよこすなりの手続きをとればよく、楽しみに待っているところです。
母のところには以前、過去3ヶ月分を払い、今後受信料を払ってくれればそれで良いからというような手紙が来ていましたが、これって社会保険庁の年金未納率を下げようとしたやり方と同じで、受信料未納率を下げようとしたわけでしょう。最近は態度が大きくなって時効の成立しない時からガバッと請求しているようです。
ところで移植手術さえ終れば、透析生活から逃れて快適な生活が続けられるように思いがちですが、そんなことはありません。
例えば「週刊現代」12月2日号の「息子は万波のモルモットにされた」という記事を見ますと、万波がいつも言う「患者さんが良くなり、喜ぶ顔を見るために手術をした」というのとはまったく異なった万波の態度を知ることができます。
勿論万波医師によって救われた人がいるのも確かですが、「人体実験」としか言いようのない移植によって、残酷な目に会った人たちも少なくないでしょう。
この記事の「息子」というのは「週刊現代」によれば、87年から’01年の15年間に、いずれも市立宇和島病院で万波医師による腎移植手術を4回も受けた。最後の手術直後、このAさんは急性すい臓炎を発症。29歳の短い人生を終えたのだった。・・・(中略)。と紹介されています。そして記事では次のように続けられています。
読者は、ただ真っ白な気持ちで、(ご両親の)夫妻の3時間におよぶ涙の告白に耳を傾けていただきたい。そのうえで、万波医師が「医療」という美名の下に行ってきた行為の是非を判断していただきたいのである。
母 : 息子が小学3年生のとき、学校検診の尿検査で初めて異常が認められました。市立宇和島病院に入院して精密検査を受けたところ、小児科の先生から「腎臓が働いていない。慢性腎炎です」と宣告を受けました。ただ、小さいころから人工透析をすると発育にも影響するので、透析は大人になってからということで、2週間に一度の通院と投薬治療が始まりました。
父 : 息子は非常に元気な子で、体格もよかった。小学5年生時の身長は160cm。同級生より頭ひとつは大きく、相撲大会で優勝することもありました。けれども、病気の影響で、冬になると入院という生活が続いていたんです。
母 :
中学3年の冬のことです。担当の医師から、「もう小児科では治療は無理だから、泌尿器科に移ってくれ。尿毒症の末期症状で、このままだともたない」と言われました。その日のうちに万波先生の診察を受けたのです。「この子に何が残されていますか」と聞くと、先生は「腎移植と透析です」と言い、家族の血液型を聞いたうえで、私に対して強く移植を勧めてきました。会った当日、いきなりです。私は万波先生に「ちょっと待ってください。移植ということなら主人にも話を聞かせてください」と言って、診察室の外で待機していた主人を呼びました。
その後の万波医師の応対を書く前に、病気腎移植発覚後、万波医師が取材陣に対して語った言葉を紹介しておく。彼は、こう明言している。
「ドナーへの説明も、レシピエントへの説明も、十分にするのが当り前だ。丁寧に説明しなければ移植はできない」
母親の話に戻ろう。
母 :
私が呼んできて主人が診察室に入ると、万波先生はいきなり「何しに来たんだ。お父さんは(移植に)関係ない。出とけ。お母さんと息子の問題だ。お父さんはまったく関係ないから出といてくれ」と追い出したんです。私は「主人にも話を聞いておいてもらわないと困ります」と訴えました。でも先生は取り合ってくれませんでした。そのまま息子にとって初めての腎移植が行われました。ドナーとなったのは私です。’87年のことです。
しかし、腎臓摘出後の万波先生の対応は、ひどいものでした。手術からわずか5日後、私は「退院してくれ。あとは通院でいい」と言われたんです。「まだ抜糸もしてないので無理ですと私が拒むと、先生は「あんたは腎臓くれたらもう用はないんじゃ。帰ってくれ」とはっきり口にしました。以来、毎日「帰れ帰れ」と言われ続けました。しまいには息子に「おまえの母さんはやかましいから、早く帰るように言え」とまで指示したのです。
父 :
幸い手術は成功し、5年が経ちました。息子は高校を卒業して調理師学校に通っていましたが、母親からもらった腎臓がいよいよ使い物ならなくなってきたので、万波先生は今度は私にドナーになるよう説得し始めました。
’87年の移植のとき、万波先生は私の血液型(AB型)では移植は不適合だと言っていたんですよ。そう問いただすと、先生は「医学が発達したから大丈夫だ」と言い、ろくに説明もせず提供を求めてきました。それでも息子が元気になるのなら、と私は了承したんです。
’91年、父親をドナーとした2度目の生体腎移植手術が行われた。それから4年後の’95年にAさんは結婚。二人の娘も授かり、順調な結婚生活だったが、移植した腎臓は次第に悪化し、’00年には透析で通院するまでになってしまった。
そしてこの年の12月、万波医師のもと、3度目の移植手術が行われる。しかもこのときの腎臓は、問題の”病気腎”だったのである。
父 :
万波先生から「適応する腎臓が出たからすぐに入院するように」と息子に連絡が入り、緊急入院して翌日には手術を受けました。私たち夫婦には、事前に何の説明もありませんでした。後から聞いて、とんでもない腎臓が移植されたことを知ったのです。
その腎臓とは、もともとはドナーになった人も腎臓病で、家族から提供を受けた移植腎だったのです。しかもすでにダメになっており、そのまま体内に残しておいたら、その人が死んでしまうというほどの状態です。すぐに取り出さなければいけないので摘出した。
すると、まだ2%は腎機能が働いていた。それで息子に移植したというんです。息子は「2%の働きだから、移植してもすぐにオシッコが出なかった」と言っていました。
妻や私の腎臓を移植したときは、オシッコの出がまるで違うと大喜びしていたのに・・・。
母 :
やはり2%しか働かないひどい腎臓を移植された影響はすぐに息子の身体に現れました。手術してからたったの1週間です。「移植した腎臓を取り出した」と息子から聞かされたのです。先日の記者会見で、先生は「移植してダメなら取り除けばいい」と発言していましたが、この言葉どおり、たった2%しか働いていない腎臓を移植し、わずか1週間でまた摘出したのです。万波先生は、口では「苦しんでいる患者のため」と言いながら、実際には「ダメなら取り除けばいい」と患者をモルモット扱いする。この言葉だけは絶対に許せません。
3度目の手術からわずか3ヶ月後の’01年春、Aさんは4度目の移植手術を受けることになった。「メスを入れるということは、身体に大きな負担を与える、大変危険な行為です。移植はやればやるほど身体に対するダメージが大きくなる。3回はなるべく避けたい。万波先生が4回もやっていたとは・・・。許される行為ではありません」(大阪大学大学院先端移植基盤医療学・高原史郎教授)
しかも、あろうことか万波医師は、こんどは腎臓がん患者から摘出した腎臓を移植したのだ。
父 : 手術後、息子は私たちに「がんのできた腎臓だけど、がんは取り除いて移植したから大丈夫」と言いました。ドナーの病歴などの話は3回目と同様、息子から手術後に聞かされるだけで、先生から直接聞くことはなかった。先生は「早くしないと傷んでくるから急ぐんだ。だから説明できない」と言うのです。万波先生のやり方は腹に据えかねましたが、後の祭です。
母 :
4回ですよ。4回も腹を切られて・・・。しかも、移植されたのは、1週間ともたない腎臓とがんの腎臓。息子は実験動物と一緒です。人間扱いじゃない。身体を切られることって、すごく痛いんですよ。辛いことなんですよ・・・。
がんの腎臓を移植し、退院してからわずか3日後のことでした。息子を激痛が襲ったんです。「お母さん、子どもをお願いします」
そんな言葉を残し、息子は再入院しました。その後、病院から電話があって、駆けつけると、万波先生からこう告げられました。
「急性すい臓炎だから内科に回しました。もうワシは関係ありません。内科で説明を聞いてください」
主人が詳しい説明を求めたら「もうワシは関係ないよ。内科で聞いて」と無視した。さすがに主人も怒って「なに!」と手を振り上げました。私がそれを止めると、先生はさっさと自分の部屋に入ってしまった。(以下略)
移植すべき腎臓がないのだから仕方がないということでは済ますことができない万波の態度です。これが「赤ひげ」だとはトンデモナイことです。ぼろクズのような腎臓や癌の腎臓を移植したということは、この時は借金のかたに強制的に摘出された腎臓を移植したのではないことは想像できますが・・・。
11月23日の「ニュースJAPAN」で紹介された男性患者はフィリピンに行って金で買った腎臓を移植してもらっていましたが、しばらくすると腎臓がうまく機能しなくなり、再度フィリピンに渡り、移植手術を受けていました。移植を受けた腎臓が長く機能するというのは珍しいのかもしれませんね。
先の息子さんに、それぞれの腎臓を移植したご両親は、ずっと移植された腎臓が機能し続けると、お思いだったのでしょうか。ご両親の二つの腎臓をあわせて14,5年もち、延命できたのですが、それを感謝すべきかもしれませんね。万波がもっときっちりと説明をしておくべきだったのは言うまでもありません。病気腎と言っても、内容はレシピエントそれぞれによっては、まったく違ったものですから、文書で告知し、同意書を貰っておくべきだったでしょう。それに何よりも倫理委員会に諮り、オープンにしておくべきだったでしょう。
たまたま見た12月14日の読売新聞の「移植医療を問う」という記事は次のように始まります。
京都市に住む女性(59)は今も納得がいかない。
「『元に戻りますから』と、先生から確かに聞いた。手術前と同じ体に戻ると思い込んでいた」
肝臓がんの夫に京都大病院で肝臓の右葉を提供したのは1999年3月。肝移殖の第一人者、田中紘一教授(当時)の執刀だった。
摘出後、体内に胆汁が漏れた。しかし病棟のベッドには全国から劇症肝炎などの急患が次々に運ばれてくる。ドナー(臓器提供者)は重視されず、1週間で転院を求められた。
夫は移植の20日後、57歳で帰らぬ人となった。死に際はよく覚えていない。その1年後には腸閉塞と十二指腸潰瘍を併発した。
「子どもからはもらえない」と長男の申し出を拒んだ夫。生きてほしい一心で提供した。「私の血管が細かったから・・・」「移植が死期を早めたのかも・・・」と自分を責めることもある。同時に、こうも思う。「私がこうなるとわかっていたら、夫は手術すると言わなかったでしょう」
肝臓は一部を切除しても再生する能力を持つ。この点に着目した生体部分肝移植は89年、島根医大(当時)で難病の1歳児に父が提供する形で始まった。最初は脳死移植が期待できない中での緊急避難だったが、京大を中心にどんどん進められ、90年代末には成人間の移植も急増して小児への移植を上回った。国内の累積移植件数は約4000例に達した。98年からは健康保険も適用されている。
家族の提供で助かった命は数多い。ただ、その陰には、健康な肝臓を切り取られた同数のドナーがいる。
肝臓の部位のうち、当初は小さい左葉を使っていたのが、大人への移植が増えるにつれ、3分の2を占める右葉の摘出が多くなり、合併症も増えたとされる。
京大病院で女性は、腹部に胆汁を取り出す管をつけたドナーを何人も見た。廊下の手すりに頼って青い顔で転院していく人もいた。
02年秋、驚く知らせを受けた。「京大病院で娘に肝臓提供した母親が、集中治療室に入っている」
危機感を抱いた女性は仲間と「生体肝移植ドナー体験者の会」を作った。
重体の母親は肝移植を受けたものの翌年5月に亡くなった。肝臓の切除量が多すぎたのが主因とされた。
その年の秋、日本移植学会は倫理指針を改定し、家族と血族に限っていた生体ドナーの範囲を「6親等内の血族と3親等内の姻族」に広げた。非親族や未成年でも倫理審査を通れば提供可能にした。健康な体を傷つける生体移植の拡大には学会内でも批判がある。
日本肝移植研究会の04年のドナー調査(回答1480人)によると、4割が健康不安をを訴え、離婚や人間関係の断絶を経験した人も1割いた。05年には群馬大でドナーの両足にマヒが残る医療事故が起きた。
ドナーがいて初めて成り立つ臓器移植。しかし日本には生体ドナーを守る法律がない。仮に手術や合併症で死亡しても生命保険はおりない。しかも医師らの目は移植患者に向きがちだ。
「体験者の会」は今年11月、ドナー保護の法整備や継続的なケアを求める要望書を厚生労働省に出した。
千葉県に住む同会の事務局担当、鈴木清子さん(49)も98年に京大で娘に肝臓を提供した。95年の父親の提供に続いて2回目の移植だった。娘は40日後に15歳で他界し、自分の体にも違和感が残るが「悔いはない」と言い切る。ただ、移植に関係する人に伝えたいことがある。
「患者とドナーが互いに思いやり、医療者が支える。そんな温かい関係が私にとっての移植の原風景。今は遠い所に来た気がします」
たしかにドナーの保護は十分ではありません。こんな文を読んでいますと万波であれ、田中紘一であれ移植医というのは、程度の差こそあれ、身勝手で、よく似ているなと思えます。
自殺に対しても、昔は契約後1年すれば、現在では多分2年すれば、生命保険金はおりるのに、ドナーにはおりないとは知りませんでした。
自殺行為は、しようと思っても正常な神経ではなかなか実行できない。ところがドナーは家族のために犠牲になってもよいという正常な神経で行うものであり、医者に命をゆだねているのですから、保険金はおりないのでしょうか。
しかしドナーは医療過誤の被害者でもあるわけです。自分の命はいらないといって臓器提供をするわけではないわけです。先の女性も次のようにのべています。
京都市に住む女性(59)は今も納得がいかない。
「『元に戻りますから』と、先生から確かに聞いた。手術前と同じ体に戻ると思い込んでいた」
肝臓がんの夫に京都大病院で肝臓の右葉を提供したのは1999年3月。肝移殖の第一人者、田中紘一教授(当時)の執刀だった。
この方は幸いにも生命は助かったわけです。しかし元に戻ると医者に言われてドナーになった人で、医療過誤の被害者になって亡くなった人に対しても、保険金がおりないようなら、生体臓器移植など止めさせればいいのです。これでは今、問題となっている保険会社の不払いの一つでしょう。
勿論臓器売買であれば、保険金がおりないのは当然です。犯罪だからです。
なおドナーの母親が死んでしまった京大病院での事件も、病気の肝臓を使用しています。ドミノ移植と言って、病気の患者の肝臓を摘出して、取り出されたその肝臓を例のNHKのニュースでも無視された、瀕死の母親に移植したのです。勿論癌の肝臓でなく、一部の機能が働かない以外は正常とも言えるほどの肝臓でした。万波の場合と違ってオープンにして再移植をしていますので、緊急避難的な使用は、やむをえないことかもしれません。いづれにしろ上手くいっても再手術をしなければならなかったような代物でしたが・・・。
| 万波誠登場の報道2001のいかがわしさ |
ところで06年12月10日の関西テレビの「報道2001」なる番組に万波が出るというのを、新聞の番組表で知り、録画して見たところ、面妖な番組でした。なお2006年になっているのに、何故まだ2001で続けているかも理解しがたいものがあります。
腎癌や動脈瘤など、病気で摘出された腎臓を同意書も取らずに、移植手術で使っていたことが問題となっている万波事件について、万波本人以外に、ゲストとして「まったく問題ない」とする難波紘二広島大学名誉教授と、「万波のやり方には異議あり」とする、近畿大学堺病院教授で日本移植学会の理事でもある秋山隆弘氏が登場、ということで番組は始まった。
司会者が、臓器売買事件の初公判でドナーの仲介者である松下知子被告は「最初からドナーが他人であることも対価の話も万波医師にしていた。『よっしゃ。よっしゃ』と励ましてくれて、ほっとした。先生にすがったのが間違いだった」、またレシピエントの山下が「腎臓のお礼はどれくらいか?」と尋ねると「1本程度と、ちらちら耳にする」と聞かされ「100万円程度と理解した」と証言しているという事実を述べ、万波に実際はどうだったのかと型通り問い質しました。万波は当然否定しました。
すると難波氏が「これはね、警察の取り調べ調書を検事調書として、提出しているだけの話でね、良くご存知のように、警察というのはですね、或る一定の方向に誘導しようとして尋問してね、自白させるんですよ。だから冤罪が一杯生まれてきているわけですよ。ですからね、これは言わば本当にそうならば、裁判官は彼を、万波さんをね、証人喚問しなければいけないんですよ。そりゃ言っているけれど、おそらく裁判官はそれを心証の中に採用してないと思いますよ。だから・・・」と万波の側に立って話します。
司会者 : 「これから裁判の中で明らかになっていくでしょうが・・・。難波さん、どうなんでしょうか?臓器売買というのはあるのでしょうか、普通・・・」
難波 : 「日本にですか。あると思いますよ、表に出ていないだけ。氷山の一角ですよ」
司会者 : 「普通にあるのですか」
難波 : 「あると思いますよ」
司会者 : 「違反ですよ」
難波 : 「違反だけど、売春だって違反だけど、なんぼでもあるじゃないですか」
司会者 : 「どの位あるんですか」
難波 : 「知りません。だって中国に臓器買いに行ったり、フィリッピンに行ったり、インドに行ったり、アメリカに行ったりしているわけでしょう。金持ちはそれが出来るけど、貧乏人にはそれが出来ないし、言葉が不自由だったら出来ないわけだけど、生きたいという望みは人によってものすごく強いです。だから例えば偽装結婚したりすれば、倫理学会の指針はクリア出来ますよ。ですから私はあると思いますよ」
司会者 : 「そんなの実際に聞かれたことはありますか、日本国内で」
難波 : 「私は病理学者ですから、ルーモアは聞いたことはありますけれども、細かいことは知りませんが、私個人は必ずあると信じています」
司会者 : 「秋山先生、いかがですか」
秋山 : 「臓器売買、いま難波先生が、中国とか外国の話を出されましたが、外国に関してはどうもあるみたいなんは、色んな状況証拠から、結構はっきりしているように思いますけれども、国内でやられている生体腎移植、或いは献腎移植について臓器売買というのは、あってはならないというのが、我々日本移植学会、或いは日本臨床腎移植学会の立場ですから、それを公に認めるわけにはいきません。それは内々でやられていても、それがわからないというのなら仕方ないですけれども、我々の目の前で、そういうことが行われているというのを認めるわけにはいかない。具合悪い」
つまり臓器売買が日本国内で行われていると堂々と認め、言うのは立場上まずい、しかしウラでやられているのなら仕方がないと言っているわけです。
ついで「病気腎移植」について話題が移ります。司会者が万波に「摘出された腎臓を他人のために使用しますよということを患者にちゃんと説明していますか」と問い質すと万波は当然したと答えます。しかしここで「それではどうして同意書のようなものを作成しなかったのか」と突っ込まれると、万波はしどろもどろになり「そういう習慣がついておったということです」と、とぼけます。
先に述べましたようにここで難波氏が万波に援護を送り、簡単なグラフを出して「世界で初めて出す新しいデータで、ウイスコシン大学が報告した症例と万波、瀬戸内グループのうち、呉共済病院が発表したデータと併せて19例になります。19についてはフォロウアップ出来ているのは、5年以上出来ているものはこれだけしかないんですよ。腎癌の症例も下部尿管癌の症例もありますが、5年以上追跡しても1例も癌が発生していない、皆ピンピンしている」と言いかけたのですが、それはこんな場所で話すべきではないと秋山氏に、たしなめられて現在の学会では摘出された病気腎の使いまわしは認められていないということで落着します。
万波などの不透明な連中のグループによって、密室で行われた手術のデーターなどまったく信用できないのは当然で、この難波医師も、いわゆる瀬戸内グループの呉共済病院の元医師であったのです。慶応病院のカルテが信用出来かねるのと同様です。
そして最後に「どうして日本では臓器移植は広まらないのか。05年の腎臓移植の件数はアメリカの1万6478件に対して日本では994件に過ぎないですよね、秋山先生、どうしてですか?」という司会者に振られて
秋山 : 「・・・アメリカでは、ヨーロッパでもそうなんですが、亡くなった方から臓器をいただいて、それでやるというシステムが非常に上手く出来ているんですよね。ところが日本の移植では、和田移植の名前がちょっと先ほど出ましたが、あそこがつまずきの初めかなとちょっと思いますけど、ボタンの掛け違いでズーと、亡くなった方からの臓器をいただくというシステムを上手になかなかよう作れんかった。やっとチョット出来かけたなあというところで、また臓器移植法というのが出来ましたよね。あれは臓器移植禁止法とか、臓器移植制限法というように悪口を言われてるように、非常に使い勝手が悪い、使い勝手が悪いと言う言葉は語弊があるかもしれませんが、なかなか折角、臓器移植ネットワークというのも出来たけれども、なかなか伸びない。
しかももう一つね、生体腎、腎臓にかんしてはね、生体腎も随分アメリカではね、日本では、その994件の内のほとんどが、800件近くがもう生体腎で、生体腎は非常に日本は進歩しているのかと思ったらね、実はそうでもないんですよね。アメリカとかヨーロッパの方が生体腎も提供されている方、実質として非常に多い。日本は本当にそういう意味ではね、他人のために無償の愛として臓器を提供しようということで、亡くなった後も、生きている間でもね、そういう気持ちが非常に乏しい、日本人の国民性・・・」
秋山はとんでもないことを口にしています。日本人の国民性云々というのなら、また腎臓など一つあれば充分だというのなら、生きている間に自分の、つまり秋山の腎臓の一つを他人のために無償の愛で提供すればよいので、そこまでやるのなら賛同者も少なからず出てくることでしょう。
ついで難波氏が続けます。
難波 : (音声をお聞きになりたい方はココをクリック願います)
「アメリカの例を今、先生がおっしゃったんですが、あれはね、全然血縁関係がない人についても認めているんですよ。と言うことはですよ、表向きには言いませんが、臓器売買を暗黙に公認しているんです、認めているんです。だから増えるんです。日本はそれを否定しているから、それをやっちゃったら犯罪になって、万波さんだって、今度一歩間違ってりゃ、あなた、起訴されて有罪の身になっていたわけですよ。だから、そのへんの臓器は、先程心臓移植の話がありましたけどね、あれ、一個しかないから、あれ取れば人間死ぬんですよ。でも腎臓は2つあるんだから、1個取ったって死なないんですよ。だからヘルシー・ドナーを親族に限っては認めているわけでしょ・・・」
悪魔のような顔をしているなあと、この人の顔を番組の初めから見ていましたが、案外この人は正直なのかもしれないなあと思いました。しかし臓器売買を認める気にはなれません。
結局日本の臓器移植というのはアメリカをお手本にしているわけですから、日本の移植医というのは臓器売買をめざしているわけです。
竹村健一もいたんです。そして初めて口を開きました。
竹村 : 「これね、素人が聞いていてね、やっぱりね、日本人の国民性というのが一番大きくてね、和田先生の手術がキッカケで、よけい出来なくなったとおっしゃるけど、ああいう和田先生のようなことを、もっとまだわからない時に、南アフリカの何とかいう先生がやったわけでしょ、そういう敢えて人がやっていないことをやる、それは失敗に終るかもしれないし、それによって新しい道が開けるかもわからないけれども、日本の場合は新しい、人がやっていないことをやること、そのものに否定的な国民性があると思う・・・。
今度、この先生のやったことをもっとバックアップする意見が大衆から出たら、その方向に行くと思う」
「失敗は成功のもと」という言葉がありますように、科学の世界では、失敗や偶然が新しい発見に繋がったということは、往々にしてみられますが、失敗がそのまま新しい発見になるということはほとんどなくて、予期しない結果を丹念に調べ、追及して運が良ければ新しい発見にたどりつけるのでしょう。
和田寿郎のように、海で溺れて意識不明になってはいるものの元気な体の青年の心臓を摘出し、心臓は悪いものの内科的な処置で、あと3年は大丈夫、人工弁に置き換えれば10年は大丈夫という別の青年に、功名心から密室で移植手術という、人体実験をやったのです。結局この手術を受けた青年は手術後83日で死亡しました。
こんな実験手術に否定的でない国民なんて異常です。
ところで強い酸のある胃には、バクテリアは生きていけないというのが常識であった時代、ウォーレンという医学者は胃潰瘍の患者の胃粘膜にピロリ菌がいるのに興味を示し、この菌が潰瘍の原因ではないかと、同僚のマーシャルと共に、この菌を分離、培養しようと試みました。48時間で培養できているかをチェックするというのが当り前だったその時代、なかなか上手く培養できませんでした。(私はこんなことには無知でよくわかりませんが・・・)
ところが培養中に、イースターで休日になり、結果として5日ほどほっておいたままになってしまったところ、培養できていたという幸運な結果となり、そこでマーシャルはピロリ菌を自分で飲み、この菌が胃炎の原因になることを実証しました。この人は多分最近テレビのコマーシャルに出ているようです。
このように自らの体を使用しての人体実験なら立派なものですが、万波のような奴はよく調べて、医者の資格を剥奪すべきでしょう。「報道2001」も、よく竹村健一のような男を使いますね。あきれてしまいます。
万波 : 「・・・最初透析をしていて、それから腎移植をして、腎移植の期間が5年か6年経って、それからまた腎臓が悪くなって透析に入らんといかんという人がおるわけです。そういう人が移植が多くなればなるほど出てくるわけです。そしたらそうした人らは一たん移植して、いい生活を送っとってまた透析に帰った時、もう本当にがっくりするわけです。本当に惨めな気持ちになって大変なんです。そういう人を見とると、何とかまた移植してあげんといかん気持ちになるんです」
腎移植が増えれば増えるほど、再移植が必要な人が増えるのなら、いつまでたっても臓器は不足したままなわけで言い訳にもなりません。そんな移植なら、しなければよいでしょう。
よしんば万波の言い分を聞いたとしても、臓器移植を待っている人は大勢いるのに、そういう人たちは無視して、順番も守らず、自分の思い通りに密室で手術をしたから非難されているわけです。
こんなイカサマ男が学会で発表しても説得力というものがまったくないわけです。
ウソばかりついているのですから。
「臓器不足を解消するために何をすれば良いのか」という司会者の問いかけに、秋山氏は「救急医療の現場にいる先生方が亡くなった患者さんの腎臓を提供をというような話をやるのは、あの人たちにとっては本業ではないんです。・・・そこでね、そういうことを出来やすいようなシステムを行政を含めて救急医療をねぎらえるような環境を整えれば臓器提供はもっともっと増えるだろうと思います。ものすごく沢山実はあるわけです。
あと生体腎移植については、腎臓内科や糖尿病内科の先生方に血液透析も良いけれども、それよりも腎臓移植の方がまだ良い、そういうオプションもありますよと血液透析と並べて言っていただけると随分変わりますよ」と虫の好いことを言っています。そんなことを言えば余計臓器が不足してしまいます。ここでは臓器が不足しているという話をしているわけです。(秋山氏は話をするのが下手で、まわりくどいので、多少間引いて引用しました)
難波氏は臓器不足の原因を次のように述べています。
難波 : 「臓器移植法を作って、全国一元のネットワークを作ったために中央統制型になってしまったために、現場の医師がやる気をなくしたのが、腎臓提供者が増えない一番の原因だと思います」
つまりUNOSや日本移植ネットワークのようなものには縛られずに、好きなように移植手術がやりたいと言うのです。そうしないと儲からないと言うのです。
四人の登場者がすべて臓器移植推進論者なのですから、面白くも、可笑しくもなくつまらない番組でした。しかし臓器移植推進論者がどういう種類の人間かということは良く理解でき、NHKよりは良かったと思います。
前回もお話しましたように、アメリカやカナダで脳死だと告げられ、親族がチャーター機で患者を運び、逃げ帰ってきた人たちがおられましたが、全員の方が意識を回復されていたというのです。驚いたことに既に働いておられる方もおられるそうです。この方はハワイで交通事故に遭って入院した時、脳死と言うことで、家族は全臓器の提供を求められたそうです。臓器提供者が不足しているので、適当に脳死者を作ってしまおうというのが移植医療者の本音なのでしょう。
また日本の臓器移植法では、子どもの臓器提供は15歳以上しか出来ないというのを12歳でも可能にするよう「改正」するというのですから、ひどい話です。ドナー本人の生前の意志表示が必要という現在の要件をなくし、家族の同意のみで提供できるようにしょうというのです。しかし特に子どもの脳死判定は難しいというのが常識です。
以前は脳死になれば、1週間以内に心臓が止まるというのが常識でしたが、脳死判定後の長期生存例が多数あり、臓器のかき集めを可能にするための「改正(?)」は止めさせなければならないでしょう。
臓器売買で始まったこの事件、結局医者や病院の責任は問われないままで終ってしまいそうな雰囲気です。そして臓器移植法の改正が成立し、遺族の意思だけで臓器は提供され、何もわからない子どもの臓器まで、治療は止めて、移植に使われてしまうのです。臓器移植は嫌だという文書を持っていても、そんなの気づかなかったと言って摘出されるのがオチでしょう。事故にあって救急車で運ばれる時に、そんな文書を持っていますか。すぐに家族や住所がわかりますか。殺されて臓器を摘出されてしまう可能性はありませんか。
こういう医者を見ていますと、可能性なしとは、とても言えませんね。
またアメリカ並みに臓器売買が公認されるような世の中、嫌ですね。NHKの番組って本当に、ゆずれないほど高い質なんでしょうか。笑っちゃいますね。