見たり聴いたり:速報
見沼くらしっく館 一日展観 「目で見る仏像大百科」
仏像が描かれた掛軸の展示と仏像についての解説講座
平成17年9月17日

 秋らしいさわやかな気候になりますと、少し落ち着いた気分で何か学んでみたいという気持ちがしませんか。 旧坂東家住宅見沼くらしっく館のお座敷を会場にして、そんな気分にぴったりの講座が開かれました。

 題して「目で見る仏像大百科」、講師はもちろん本館に縁の深い宮内正勝先生。ご専門の民俗史研究の中で収集された掛軸を中心に「目で見て」さらに「触って」日本の庶民の信仰の歴史を感じてもらおうという、親切で暖かい講座です。

 講義が始まる前の講師席には無数の掛軸が置かれています。掛軸はさらに後ろにも、横にもおそらく百本を越える数のものが持ち込まれたようです。その掛軸を1本ずつ展観していただきながら、説明を聴いて、さらにその1本ずつが回覧されるのを手にとってじっくり眺めるという贅沢な学び方です。1000年も前の「お宝」級が含まれているのを、惜しげもなく触らせてもらい、ちょっと緊張する場面もありました。宮内先生のお話は息もつかせぬ迫力で、三時間近い特別講義の内容を再現することは不可能ですが。雰囲気だけでもお伝えしたいと思います。

 私たち聴衆の手元に配布されたお手製の「資料」コピーは永久保存版にしたいほど「仏像」のエッセンスが詰まっています。その中の一枚に、今回の展観の目的を表すつぎのような言葉が記されています。


  仏(版)画は訴える 
  日本の庶民たちの願いごとの多さに気付く いまさらに
  大寺名刹以外の隠れ寺、隠れ神のさまざまを仏版画から再発掘!
  日本人の精神形成史の一端を探る
  民画の味わい職人仕事のたしかさ
  仏(版)画を通して見る もうひとつの古典美


宮内先生の講義より:

 え〜、今日は仏教を身近に感じていただくために、一般庶民の生活の中で拝まれてきた掛軸をお見せしながらお話をしようと思います。
 ここに持って来た掛軸は、寺にあったもの、村持ちであったもの、個人所有であったもの、収集家旧蔵のもの、とさまざまです。元来大切にされてきたものですが、毎年末に「お焚き上げ」されて灰になるところを救い出して保存したものもあります。中には相当痛んでいるもの、時代が付いて一見汚く見えるものもありますが、どうぞ後から手にとってご覧ください。

初めは、ここの床の間に掛けさせてもらった観音像から見ていただきましょう。これは「白衣(びゃくえ)観音」です。白衣というのは在家の観音菩薩です。出家の僧衣は通常、黄色か黄褐色とされていますから。高崎の観音様、あれも白衣観音でしたね。次は「大日如来」の坐像です。手には智拳印(ちけんいん)という印を結んでいます。

  


 ところで、いま見ていただいた観音は菩薩、大日は如来です。お配りした資料に詳しく書いてありますが、いわゆる仏様の中で一番高位におられるのが「如来」(あるいは仏:ぶつ)です。如来の代表はご存知のお釈迦様、釈迦牟尼仏です。お釈迦様のお姿では入滅されるときの「涅槃図」が良く知られていますね。それから薬師如来、阿弥陀様の阿弥陀如来、奈良の大仏様の毘舎那如来、そして今観てもらった大日如来などがあります。この如来部に属する仏様はあまり一般家庭で身近に拝することはなかったようで、如来の次に位置する「菩薩」が親しみを持って拝まれています。
菩薩というのは、梵語のボディー・サットーヴァの略で、悟りを求める人という意味です。観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩など、これもたくさんありますが、日本ではなんと言っても観音様、観音信仰が盛んです。観音様は資料にあるように沢山のお姿が仏像として拝まれています。観音様の次に人気があるのはお地蔵様でしょう。ここに持ってきたのは比較的珍しい「普賢菩薩」の画像で、象に乗っているお姿です。

このあと、一緒に見ていただきますが、仏様の序列で菩薩の次は「明王」、「天」と続きます。日本人に人気のあるお不動様は不動明王で明王の部、梵天、帝釈天、大黒天に毘沙門天から弁才天など身近な仏様たちは「天」の部に属しています。

   

ここで資料にある「十界の図」を見てください。十界は「じっかい」と読みます。最上位の「如来」を頂点として、二、三、四、五と順番がついていますが、三番の「縁覚(えんかく)」、四番目の「声聞(しょうもん)」までが悟りの「悟界(ごかい)」と呼ばれるのに対して、五番の「天人」から最下位の「地獄」までが迷いの「迷界(めいかい)」と呼ばれ、人間の「人界」は六番目に位置づけられています。この悟りに入っていない六つの界を「六界(ろっかい)」と呼んでいます。上の右側、真ん中に救いの手を差し伸べてくれるお地蔵様を配した六界図を見てください。

 掛軸の中には木版で輪郭を印刷して、その上に手書きで色彩を加えたものがあります。これは版彩色(はんざいしき)と呼ばれるものです。上の六界図は輪郭だけの墨刷り版画に、これを分けてもらったひとが素人の筆で「赤」で部分彩色したものと思われます。
 
   

 仏像といいましたが、中には像ではなくて文字を掛軸にして拝んだものがあります。上の掛軸はちょっと見にくいかもしれませんが、阿弥陀信仰の「南無阿弥陀仏」を字の輪郭で描いた中に沢山の仏様の像を曼荼羅にしたものです。こちらはその曼荼羅の仏様のお名前を文字で配置した曼荼羅です。これはだいぶ痛んでますね。穴が開いているのは虫に食べられたところ。大丈夫ですよ、触っても。ちゃんと消毒してありますから・・・。

 それでは、仏像をもう少し詳しく見ていきましょう。さっき言いました「菩薩」の中でも人気のある観音様ですが、これはちょっと日焼けしていますが、珍しい、爪の長い観音様のお像です。これは中国で描かれた観音様です。次はまた、とても貴重な「山越し観音菩薩」です。観音菩薩は独り立ちの像が多いのですが、勢至菩薩とともに阿弥陀如来の両脇に従って、亡くなる人を迎えに来る「来迎(らいごう)」の図柄も描かれます。これは今まさにお迎えが来る、そのときに、亡くなる人を乗せる蓮の台(うてな)を手に持って山の端から観音様が姿を現したところです。このお像は江戸時代の絵仏師が描いたと思われる肉筆の貴重な掛軸です。ところで、こちらの坂東家の床の間には真ん中を中心に三つの掛け金具が備えられていて、三幅一対の掛軸が掛けられるようになっています。阿弥陀三尊像のような三幅の掛軸が掛けられたものと思われます。

 坂東家では毎年「お盆飾り」が行われていますが、お盆飾りの主役が「十三仏」です。亡くなった方の初七日から三十三回忌までの十三回の追善供養にあてられた十三の如来と菩薩が描かれたものですが、こちらがその掛軸です。これはさきほど説明した「版彩色」のよいものです。

 観音菩薩には不空けん索観音。十一面観音、千手観音、馬頭観音などいろいろありますが、日本人がもっとも好んだのが如意輪観音であると言われています。意(思うこと)が輪のように回っていく、ということを尊んだのだと思います。
 余談ですが、お能を始めた阿弥、阿弥の親子に三代目の阿弥の三人の名前には「観世音」が読み込まれています。

 少し先を急ぎましょう。菩薩の次に位する「明王」で人気のある不動明王は大日如来の使者であるといわれています。これは高山不動で配布された不動明王図です。こちらは滝の上に現れた滝上不動、梵字で描かれた梵字不動もあります。明王でもうひとつ人気のあるのが愛染明王、これは経木(「へぎ」ともいいます)で描かれた「ひげ字」の愛染明王です。

 仏像を知る楽しみ方のひとつは、あちらこちらのお寺へ参詣したときにいただくパンフレットに仏様のよいお写真が載っているのを見ることです。そんなパンフレットを持ってきましたので、こちらも手元でご覧ください。

 次の天部へ参りますと、おなじみの弁天様、弁才天があります。もともとは川の流れを表す仏様だったのが、芸能、才能と結びつき、さらには弁財天と字を変えてお金儲けのほうでも信仰を集めるようになりました。

 民間信仰では庚申参り、帝釈天のほか星宿部で妙見菩薩に対する妙見信仰もあります。妙見は北斗七星で、関東は秩父神社、関西では大阪の能勢の妙見さんが有名です。鬼子母神は子供を護るというので信仰されています。東京では「恐れ入谷」の鬼子母神、雑司が谷の鬼子母神が有名です。
 
 広い意味の仏像には、聖徳太子や空海、源空、親鸞などの祖師、高僧または山伏修験の開祖といわれる役小角(えんのおづの)、仏教系のお稲荷さんといわれる豊川稲荷のお狐さま(だきに天)なども含まれます。中でも聖徳太子十六歳の絵像は広く知らています。
 
 こちら、仏像ではありませんが、お寺に縁の深い「お経」を持ってきましたので、これもご覧ください。この中には大変に古いものがあります。

 

 お話を通して仏像の種類とそのお姿のイメージをだいたいつかんでいただけたと思いますが、ひとつの例としてさいたま市と隣の川口市にある寺院のご本尊を調査した結果をご覧いただきます。埼玉県南の地域性もあると思いますが、ご本尊の分布はなかなか興味深いものです。

さいたま市周辺の寺院の本尊(宮内正勝 2005.9)

本尊如来菩薩明王その他
地域 釈 大 阿    薬
迦 日 弥    師
如 如 陀 同 如
来 来 如 三 来
     来 尊
聖 十 地 虚
   一 蔵 空
観 面 菩 蔵
   観 薩 菩
音 音    薩






日   そ
蓮曼 の
上荼 他
人羅
浦和2  6 10 2  4 4  1  5  0
10
0
4   1
大宮6  2 10 0  8 12  2  1  1
7
1
5   3
岩槻9  3 12 2  2 0  2  4  3
8
0
3   4
川口4  3 15 6  3 5   2  6  1
17
0
1   5


 本日お配りした資料には旧岩槻市も含めて「さいたま市の仏像一覧」があります。これを見ながら、皆さんのお近くのお寺を訪ねて身近に沢山ある仏像を眺めることを始めてはいかがでしょうか。鎌倉のお寺の仏像リストもありますのでさらに足を伸ばしてお参りされるとよいでしょう。


あとがき
 今回は「仏像のお話」ということで興味津々、30分以上前にくらしっく館に到着しましたが、早くも10名近い先客がおられ、講座スタートの時刻には50名近い聴衆がつめかけていました。宮内先生のお話は具体的かつ示唆に富んだもので、短いとは言えない講座の時間もあっという間に過ぎてしまいました。回覧された掛軸は五十を下らぬ数であったと思いますが、お話を伺いながらの写真撮影は全数をカバーすることができず、写真でお見せできない「優れもの」が他にもたくさんあったことをご報告します。これから身近なお寺を訪ねる楽しみが増えたことが何よりの収穫でした。

平成17年9月19日  稲林 記
(見学日:9月17日)