見たり聴いたり:
見沼くらしっく館 特別展 「物怪用心」

 4年目となった旧坂東家住宅見沼くらしっく館の夏の吉例物怪展は「物怪用心」と題して今年も開催されています。開催期間は7月24日〜9月5日です。毎年レポートを続けて、いっぱしの「物怪通(つう)」になっているつもりの筆者も、毎回意表をつくタイトルが、実は読み切れません。今年は4回目だから「物怪四回(妖怪とかけたダジャレ)」あたりかな、と思っていましたら、なんと「用心」です。ヨウジンね、やっぱり四がかかっているのか。仕掛け人の宮内正勝先生に確かめてみないと分かりません。ちなみに昨年は三回目で「物怪参上」でした。

 今年の物怪展はどちらかというと控えめ、抑え気味に見えます。なぜか?物怪通として推理を働かせてみました。前回のレクチャーで宮内先生のおっしゃった「第一回が交響曲、第二回が管弦楽、三回目は室内楽」というお言葉につなげると、今年は「BGM(バックグランドミュージック)」といったところでしょうか。
 物怪が旧坂東家にも常連の参観者にも完全に定着して、物怪の「日常化」といいますか、「普段着」の物怪といいますか、あるいは「出っぱなし」の物怪とも言えるような、物怪と私たちとの間の垣根が低くなって、何時でもその気になれば物怪に会えるという安心感が広がっている。そこで敢えて警鐘を鳴らすのが「用心」のふた文字です。そう、あまり慣れすぎてはいけない。物怪には物怪の尊厳というものがあります。物怪通などと思い上がってはいけません。あくまで畏怖の念を失わず親しむという、大人としてのマナーで今年の展示を眺めていきましょう。


 蝉の鳴き声が頭の上から降り注ぐくらしっく館へのアプローチ、前庭に面して立てかけてあるのが旧坂東家の幣串です。上棟式に用いたものでしょう。左が「万歳亀」、右が「千歳鶴」で一対になっています。馬屋の入口で入場者を迎えてくれるのは「染谷の万灯」です。これは見沼区染谷の八雲神社で毎年七月十四日に行なわれる宵祭りで使われる万灯(まんどう)で、中にろうそくの明かりを入れて高く掲げるものだそうです。

 
  染谷の万灯                      十羅刹女像

 今年の展示の目玉になっているのはなんといっても坂東家に伝わる秘仏の「十羅刹女像」です。十羅刹女像とは「法華経を守る仏様」ということで、その木彫は江戸時代の日蓮宗信仰に現れてくる特徴的なもので、伝存している稀な例といえるそうです。羅刹女というのは俗に「悪鬼・羅刹」と並び称されるワルモノであったものが、成仏して善女神になったといわれ、特に普賢菩薩を守る普賢十羅刹女は平安時代後期から鎌倉時代にかけて、主に宮廷を中心とした高貴な女性たちの信仰の対象であったといいます。坂東家の先祖が現在の和歌山県から出ていることと関連があるようです。坂東家の十羅刹女像の公開は今回が初めてであり、新聞(埼玉新聞7月3日)にも紹介されました。

 毎年ここに集う常連の妖怪たちが今年も元気な姿を見せてくれています。以前ご紹介した子どもの大敵、疱瘡(ほうそう)除けの赤い鍾馗さま、凛々しい立ち姿の鍾馗さまも展示を引き締めています。

  
赤鍾馗(疱瘡除け)              鍾馗像

 続く常連は屋根裏部屋の物怪スターたち、大黒さまと竃神(かまどがみ)、それから福助、布袋尊、天神様も健在です。七夕人形の姿もあります。

 
  屋根裏部屋のスターたち                大黒面とかまど神    


    
    天神様           布袋尊                 安倍晴明像

 もう一カ所、女部屋下の戸棚には安倍晴明、言わずと知れた平安時代の陰陽師。これは今年の初お目見えですが、昨年の展示で詳しく紹介された物怪界の大スターです。

 さらに地味ながら、戸棚の中で存在感があるお能の猿丸大夫の妖しげな姿。これは背中がくりぬかれた手あぶりになっています。雨を呼ぶと言われる八大竜王(はちだいりゅうおう)も背中に龍を背負った姿で控えています。こうしてみると、今年の顔ぶれは物怪界の実力者揃いです。


     
     猿丸大夫                 八大竜王(前)           八大竜王(後)   
 
 今年、表座敷の床の間に飾られたのは禅画の「骸骨おどり」です。掛け軸の見方、ほめ方は昨年、宮内先生のレクチャーで紹介されましたが、この絵には結構な賛(さん)が書かれています。結構な賛なのですが、読めないので絵の部分だけ拡大して紹介します。スミマセン!続いてお目に掛けるのは芝居でも有名な「皿屋敷」、こちらは幽霊の部になります。

  
骸骨の禅画               番町皿屋敷錦絵

 幽霊が出たところで、宮内コレクションの中の貴重品、怪談映画のポスター2点が展示されています。いまは亡き新東宝映画の往年のスターの名前がみられます。このころの映画はポスターだけでも恐かったのを覚えています。

      

新東宝映画「東海道四谷怪談」        新東宝映画「怪談鏡ケ渕」

 始めに物怪の日常化などと気楽なことを書きましたが、ここまで物怪を定着させる、については宮内先生と旧坂東家住宅・見沼くらしっく館のなみなみならぬご苦労があったことと思います。
 昔のくらしを体感できる貴重な空間である見沼くらしっく館にとって、物怪展示は定番のメインメニューに思えてきました。目に見えないものの世界に思いをいたすことは現代の生活にもっとも不足している部分を補ってくれるようです。最近の雑誌(「中央公論」9月号)で漫画家の水木しげる氏は「妖怪の棲めない国はダメになる」と述べています。「日本で妖怪が減ったのは電気のせいだ」と言い切っています。便利さと引換えに失われた心の豊かさを呼び戻す努力をしようとの水木氏の呼びかけが強く印象に残りました。

平成16年8月25日  稲林 記