永久機関と間違えるな
 




 永久機関は特許されない。特許法29条柱書の発明でないから特許要件を満たさない。
 では、流れる川はどうか。ちょっと待ったくらいでは流れは止まらない。1年、10年、いや100年以上変わらず流れ続ける。川の流れによって水車を廻せば、いつまでも発電し続けるだろう。これは永久運動ではないか?
 そういうものでない。あえて解説すれば、山奥の水源地に水が無限にあるわけでなく、流れた水は、蒸発し、雨になって山に降り、再び流れ落ちるという循環で、エネルギーは保存されている。無から有が生まれてはいない。
 では、次のような発電方法はどうだろう?
「発電機の出力でポンプを駆動し、水を高所へ上げ、その水を落下させて水力発電する高能率発電方法」。
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 永久機関といえば、錬金術と並んで、技術のインチキの代表のように、いわれる。
 しかし、永久機関は、それを人が永久機関と呼ぶかどうかはともかく、発明マニアにとっては、ロマンであり、人生を賭けるに値する魔力がある。発明マニアでなくとも、人間の永遠の憧れといってよいだろう。なにしろ、エネルギーを供給することなくエネルギーを生み続ける、そういうことができれば、京都議定書などたちまち達成である。
 マニアのおかげか、不可能であるにもかかわらず、出願はあとを絶たない。電子図書館を使って“永久機関”を検索したところ、たちまち30件ヒットした。自然法則に反する以上、産業上利用することができないにも拘らず。検索日は2006年1月13日、まさかこの日が金曜のせいではあるまいな。
 しかし、マニアの作品か、意地の悪い物理の先生のいたずらか、たとえ自然法則に反することがわかっていても、どこが間違っているのか、すぐには解きあかしてみせることができないものも多い。
 あるものは超精密機械。又あるものは、人を魅了せずにおかない美しいデザインを持った芸術品。実用性はともかく、着想の奇抜さには感心せずにいられない。意匠登録出願すれば、登録査定はまず間違いないものを?
 これらを、単なる一人合点の産物、役立たずのまやかし物として棄てさるには、あまりに惜しい。興味ある方は、後藤正彦著「永久機関の夢と現実」(発明協会)やA・オードヒューム「永久運動の夢」(朝日選書)をごらんになるといい。
 永久機関なんていわないで特許したっていいじゃないか、実害があるわけでもないのだから、といった考えもあるかもしれない。なんといっても、オリジナルなんだから。
 けれども、特許制度における発明は、産業上利用することができる発明でなくてはならず、着想の奇抜さ面白さでは足りない。特許制度は生真面目だ。好みや遊び心で特許するわけにもいかないらしい。
 もっとも、その真面目な特許制度も、ときにはユーモアを見せる。なんと、特許分類(IPC)に、永久機関(と主張するもの)を分類する項目を用意している:
 F03B17/04(靜水圧推力による永久運動)
 F03G7/10(機械的動力を生む永久運動)
 H02K53/00(永久運動する回転電機)
 H02N11/00(電気的、磁気的永久運動)
という具合い。
 もしも自分の出願が公開されたとき、公開公報にこれらの分類が付いていたら、要注意だ。そのうちにも「産業上利用することができる発明でない」などというアブナイ拒絶理由が送られてくる心配がある。
 といっても、すぐ悲観することもない。というのは、挙げたような項目に分類された出願の中には、ほかの副分類が付いているものも見られるからだ。これは、ひとつのヒントを提供してはいないか。永久機関とはいうものの、他に何かの役にも立たないものでもないというヒントにならないか。
 たとえば、置物、おもちゃ、変わったエンジン、あるいは(永久機関は存在しないことを示してみせるための)教習具とか実験装置として役に立つことは充分考えられる。永久機関も錬金術も、タイトルを変更すれば、発明として成立する可能性はある。
 そういえば、インチキ仲間の錬金術だって、サギ師たちの意図するところであったかどうかはさておき、マジメな化学の発展を助けてきた歴史がある。
 サギ師をばかにしてはいけない証拠、といっていいかどうかはわからないが、大発明家の多くは、サギ師よばわりされた記録がある。エジソンがレコードを発明したとき、中に人がいるのだろうと云われた。ド・フォレが3極真空管増幅器を発明したとき、宣伝文句が派手過ぎて詐欺で訴えられた。そして、大発明者の何人かは本当にインチキをして、金を稼いだ。
 永久機関や錬金術は、特許の世界では、むなしく暗い悪夢になるのだろうか。
 いや、そうじゃないと、あまり大きく胸を張ってではないが、いいたい気もする。世間常識の枠にとらわれるのがよいなんていうお説教が間違いであった例は数限りない。インチキはいけないが、ブレークスルー(突破)は必要だ。
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 さて、先に例示した発電方法に話を戻そう。 「発電機の出力でポンプを駆動し、水を高所へ上げ、その水を落下させて水力発電する高能率発電方法」だけだと、エネルギー保存の法則をマル暗記しただけの手合いはだませても、ちょっと電気の知識がある人なら、この文章に、ほんの少しの単語を付け加えるだけで、永久機関ではないと理解するだろう。つまり、文章のはじめに「夜間に」を、そして「その水を落下させて」の前に「昼間に」を加えると、夜間の余剰電力によって貯めた水を、昼のピーク負荷時に使うことによって効率を上げる、いわゆる揚水式発電になる。この発電方法は、古くから実施されている。
 夜間昼間でなくてもよい。「豊水期に」「渇水期に」のような発明も成立する。
 そんな重大な要件を欠落させるなどあるはずがない、とは、揚水発電が既によく知られている今だから言えること。発明当時に遡れば、なにしろ自分で発電した電力を再び発電機を働かせるために使う“逆転の発想”に酔ってしまい、負荷を時間的に平均化させるという大切な要件を説明し忘れるかもしれない。権利の範囲を広くしようとして、「夜間に」「昼間に」の限定を欠落させることだってある。
 明細書本文や図面にも、発電機、ポンプ、貯水池などの空間的構造のみ説明し、それらを運転する時間的要件、横軸を時間とする稼働チャートをおろそかにした場合、審査官に実施不可能と誤解されても仕方がない。タイムチャートの追加補正は、元の明細書の記載から直接かつ一義的に出てはこない。
 “時間的要件”について言うと、現に、コンピュータ利用発明で、フローチャートがないために手順がよくわからないケースや、通信方式や電子回路の発明で回路の伝達関数や信号波形図が記載してなくて理解不能なケース、自動制御の発明でタイムシーケンスの説明がないために、これまた動作が不明なケースは、よくあることだ。些細な説明不足で、発明未完成と誤解されないよう、ぜひご注意。



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