きまぐれパテント・エッセイ
 
明治18年特許5号12号くるりくるり
 
      エイバック稲葉特許事務所
       弁理士 稲葉慶和
       http://homepage2.nifty.com/inava/
 
 明治18年7月1日に出願された特許のなかで、回転運動に関係のある特許発明ふたつ(特許5号、特許12号)をご紹介する。二つの専売特許が儲かったかどうかは不明。明治政府は、ふたつの特許発明の権利者が発明を実施してロイヤリティを得たとの情報は持っていなかったらしい。
 
 くるりくるりその1
  米の脱穀を機械化した宮本孝之助さんの発明は、インターネットでほとんど出てこない。「稲麦扱機械」(いねむぎこききかい)の発明もネットで出てこない。だいたい、農業は、日本で(世界でも)最古の平和産業であるのに、自己主張が少なすぎる。いわば、人真似と保守と権力追従と弱者差別に類型化された農業という産業は、弥生時代大陸から入った米を、ほぼ、只ワンパターン、せっせせっせと石包丁と臼に頼って作り続けた。元禄になって千歯扱き(せんばこき、千把こきともいった。)が発明されたものの、人手、とりわけ女性たちの重労働によって、この産業が支えられた因習は、全くいただけない。
 女性の農業労働といえば、愛唱歌「夏は来ぬ」(佐々木信綱作詞、小川作之助作曲)は、いい歌ですねえ。とくに「早乙女が藻裾ぬらして」(2番)なんて、色っぺーなんてだらしなくにやけていてはいけませんよ。この愛唱歌は、思い切りキレイゴトだ。たとえば「早乙女」、実は最初「賤の女」(しずのめ)だった。知ってた? 
 身分賤しく貧しい女性たちにとって、課せられた田植えは、命取りの重労働だった。ウソだと思う人はいないだろうが、立って足をのばしたまま、腰をかがめて足下に苗を植えてごらんなさい。一列植えたら次の列。1日どころか、1時間だってもつまい。その重労働を「藻裾濡らして」連日やらされて、たまらず休んだら、蛍ならぬ陰険で吝嗇(けち)な雇い主が飛んできて「怠り諫むる」(怠けるなと叱り付ける=3番)のだ。
 発明者の宮本さんは、考えたに違いない。女性たちを何とかしてやらねば。田植えではないが、取り入れ脱穀の千歯扱きを機械化しよう。足踏み式にして八角の車をまわし、千歯扱きをさせた。
 くるり、くるり・・・(図:特許5号A,B)
 機械化といっても、手作業が足踏みになっただけであるが、いずれ、内燃機関や電力がコンバイン、ハーベスタに使われる下地を農業に残した宮本さんの功績は、たいへん大きい。
 同様な発明は、明治の終わり、どこかの青年が、自転車の車輪にはさまった稲穂の先がスポークにからまってこぼれたのを見て、脱穀に応用したという説もある。ウソではないと思うが、証拠も見あたらない。ここは、宮本さんに拍手しよう。
 宮本さんの機械は、大正に入って普及した。それまで千歯扱きで1時間40〜50把だったのが、250〜300把になった(動力脱穀機になった後には600把以上)といわれる。
 女性たちは少しでも楽になったろうか。農家の男どもは宮本さんの発明を「ゴケゴロシ」と呼んだという。機械が未亡人の生活の糧を奪ったと。後家に言い寄ってふられた腹いせだろうが。
 男どもがこういう因習を今も将来も引き継ぐ限り、日本の食料自給の将来は暗い。
 
 くるりくるりその2
 群馬県の渡邉さんの発明「納涼団扇車」である(図:特許12号参照)。愉快な発明の目的構成効果は図から一目瞭然だ。あえて注釈すれば、回転運動を起こすのに、今でいうクランクを使っている工夫、見てやってください。
 発明の効果、明細書によれば、自分が使って涼しく、同時に他人を併せて扇ぐことができる、とある。
 他愛ない仕掛けだが、のちに家庭用電力が普及したとき、ちょいと流体力学の知恵を付け足せば、扇風機というものに進化するアイデアを提供した渡邊さんのアイデアである。くるりくるり・・・
 明治の時代、誰が回したのだろう。子供の枕元でお母さんが回したか。そういうことに、女性の重労働がどうたらのヤボは言いませんよ。
 ウチワの絵を取り替えられるようにしてはどうかしらねえ、なんて言いながら、お母さんが、くるりくるり・・・、疲れて子供のそばで寝てしまう。
 今度はお父さんが、寝ている二人に向けて、くるりくるり・・・。わが女房も色っぽいな。ところでこのウチワ、ちょっと斜めにひねったらどうかな、なんて考えながら、くるりくるり・・・
(店でくれる広告ウチワと模型のモーターを使って、夏休みの工作でもしてみてはどうかな?)
 



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