気まぐれパテント・エッセイ



水飲鳥
 

かわいい永久機関




 水を満たしたコップの前に、鳥を型どったおもちゃが置いてある。鳥のおもちゃは、運動具の鉄亜鈴を小さくしたような外観。
 実際には鉄ではなく、ガラスの管の両端に、やはりガラスの球を取付け、それぞれ鳥の胴体と頭と尾とを形成する。
 全体は外面を布で覆ってあり、くちばし、眼、羽、帽子などを取り付けて、鳥のかたちにデザインしてある。胴体にあたる管は、中央を垂直な2本の柱に支えられ、ほぼ水平を保っている。支柱は、鳥の足になっている。
 そのような状態で、鳥はゆっくりと頭を下げはじめる。くちばしがコップの水に触れて濡れると、頭をあげ、尾を下げる。しばらくすると、再び頭をコップに向けて下げはじめ、尾を上げる。何度も、コックリ、コックリ、シーソーのように。
 どうして動くのだろう。不思議だった。まさか、永久機関ではあるまいが、どこかに小型の電池やモーターでもあるのか。探してみるが、動力のようなものは見あたらない。
 水飲み鳥、平和鳥、ハッピーバードなどという名でも呼ばれた。なにが平和でどうしてハッピーなのか、由来は分からない。特許が複数あることは、すぐに分かった。商標登録されていたことも、あとで知った。
 2006年2月現在、平和鳥の登録商標はない。ハッピーバードは3件あったが、菓子と農機具と被服で、いずれも関係のない商品だろう。
 水飲み鳥は、古くは、大正7年、福岡県の伊藤正太郎さんが「伊藤式水鳥玩具」という名のおもちゃを作ったのが最初のようだが、シーソー運動をすることと、水を吐き出すこと以外、どんなものか、記録がない。
 昭和25年頃、いくつかのものが特許された。代表的なものは、東京の須田勇治さんが昭和23年11月15日に出願した特許185346号(特公昭25ー2455)「沸騰球を使用せる原動機関」である。参考までに、クレームには、「正亜鈴状に比しその一端がやや偏心し、内部液体の還流を完全ならしむる如く配置せる沸騰球の中央近くを支持し、之に運動制限を与えて両端球部の温度差により移動する液体の慣性力を利用して往復運動せしめる原動機関」とある。鳥に限定されてはいないが、実施例は鳥の形である。
 同じころ、山口県の吉村理一さんが「玩具用自動水飲鳥」という起伏運動をするものを、大阪府の矢野博さんが、サイフォンの原理を使った「放尿する水飲み鳥」を、少しあとに東京都の庄野良雄さんが「熱源つき水飲み鳥」を、それぞれ発明した。インターネットでは、昭和27年に小林直三さんの発明ということになっているが、須田さんの発明の方が早かったようだ。ごく最近にも、大阪府の成富はな子さん、臼井宏さんが「常温度熱機関」(特開2000ー54950、不服2000-18580)の出願をしている。
 初めて世に出た当時は、あまり売れなかったという。売れたのは、東京オリンピックを境に、昭和40年代だった。ブームの商品は「王様のアイデア」で誕生した。以後、アパートの窓際やショーウインドウの隅で、いつまでも(?)シーソーかシシオドシのような運動を繰り返すおもちゃを頻繁にみかけることになる。
 このおもちゃが商品として沢山売れたことは間違いない。それなのに、水飲み鳥が集団で、賑やかに水を飲んでいるシーンは、全く見たことがない。水飲み鳥は、なぜかいつも孤りぼっちだった。水飲み鳥のある風景は、日本が好景気の時代を迎える始まりだった筈だが、どちらかといえば、松本零士氏描くところの「男おいどん」(わかるかなあ)の侘しい世界だったように感じられてならない。
 盛り上がったブームも、飽きやすい人々にいつか忘れられた。しかし、人々が忘れた水飲み鳥の記憶を、最近になって、インターネットが呼び戻してくれた。ネットの中で、この鳥は、当時の格好をそのまんま維持していた。
 日本製のものは、1500円程度で入手できるが、発売元が判然とせず、あまり生産されていない。台湾製のものが800円程度で売られているが、動作がよくないというレポートもある。事情は、昔とすっかり変わったようだ。
 水飲み鳥は、勿論、永久機関ではない。運動の仕掛は、一体どうなっているのか。
 須田さんの特許185346号「原動機関」は、クレームだけでは、手品の種はちょっとわかりにくい。明細書を読むと、運動エネルギーの源は蒸気圧であると説明してある。
 鳥の胴体の内部、アレー状のガラス管は、中を真空にして、沸点の低い液体(エーテル、塩化メチレン)を封入してある。アレー状の部分は、沸騰球と呼ばれる独立したおもちゃが既にあって、それを利用したらしい。布を被せてあるため、中は見え難いが、ガラス管は中を2重にしてあり、液体が頭から胴体の管を通って尻尾に戻る仕掛になっている。
 大切なのは、鳥の頭の側にコップをおいて、きれいな水でたっぷりと満たしておくことだ。また、頭を少し下げた状態で、バランスを保たせてやるのがコツであるらしい。
 最初、コップの水で頭部を濡らしてやる。すると気化熱で頭部が冷却され、頭と尾との間で温度差が生まれる。
 尾の温度が高くなると、尾の中の液体が、管を通して頭へ押しやられる。すると、重心が前に移動し、鳥は前方へ倒れ、くちばしがコップの水を飲む。この時、尾の中で、管が液面から離れ、液体が尾に戻る。
 そうすると、再び尾が重くなり、くちばしがコップの水面から離れる。
 このおもちゃは、通常、頭部が少し重くて、下がるように作ってある。くちばしがコップの水で濡れたとき、その蒸発熱で尾より蒸気圧が低くなり、そのため尾の液体が頭のほうへ押しやられる。頭が下がると、液体は中の管にこぼれて尾にもどり、尾は重くなって下がり、頭が上がる。こういったことを繰り返す結果、コックリコックリとシーソー運動をする。
 以上の趣旨のことを、須田さんは明細書に記載した。それにしても「原動機関」は、ちょっと大袈裟だが、それはともかく、明細書には、永久機関であるとか、外からエネルギーを与えないのに言々といった文言はない。
 この原動機関は、太陽から熱エネルギーをもらっている。頭の前のコップの水が蒸発して空になれば動かなくなるから、永久機関でないことは、明らかだが、静止して動かないコップの水を運動エネルギーと結び付けるのは難しい。
 明細書の記載にうさんくさい矛盾は見あたらないが、審査官にすんなりとわかってもらえたのか。興味が湧く。
 水飲み鳥の作者は、あきらかに永久機関を皮肉っている。
 この世に永久機関があると信じ、あわよくば実現しようとする愚かな試みに対してか、それとも、永久機関などは存在せんのだよと厳しく説教する先生に対してかは知らないが、どうだい、オレは永久機関だぞ、ウソと思うならオレの仕掛を見破ってみろ、とでも言いたかったようである。チャンスがあって、もう一度流行ると面白いのだが。


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