きまぐれパテント・エッセイ
 


審決1号をめぐって
 


 
 
      エイバック稲葉特許事務所
       弁理士 稲葉慶和
       http://homepage2.nifty.com/inava/
 先号に審決2号をご紹介したので、審決1号もご紹介しよう。技術はハイテクではないが、審判官の考察はなかなかのものである。
 特許条例が施行された明治18年の7月9日、小豆澤亮一という人が「写真絵及び石版畫の着色法」なる発明を出願し、特許31号として同年10月7日に期間15年の特許(2クレーム)を受けた。その特許の一部に対し、亀井至一という人が、無効審判の請求をした。
 先の審決2号は出願人が拒絶処分を不服として争った査定系の審判だったのに対して、審決1号は、当事者系、すなわち、特許権者と無効審判請求人の両当事者が対立して争った審判であった。
 特許権者で発明者でもある小豆澤さんと無効審判請求人亀井さんとは同門の仲間だったらしい。二人は、亡くなった横山松三郎という"師匠"のもとで、ともに働いており、横山"師匠"から伝授された発明を、弟子の一人だった小豆澤さんが勝手に(当人に故意はなかったかもしれない。)出願して特許取得し、師匠の後を継いだ亀井さんが特許無効処分を請求した、といったストーリーかと推測されるが、詳しい資料はない。
 結論からいうと、審判合議体は、特許第31号「写真絵及び石版畫の着色法」の第1項の発明を、請求人の主張を認めて無効としたもので、いわゆる部分無効判決である。師匠の跡継ぎである亀井さんは望んだ通りになった。一方、第2項発明の特許は無事だったので、小豆澤さんの特許権者の地位および発明者の名誉も維持された。
 特許31号の発明は、写真絵又は石版畫を着色して美しく観せる方法であり、絵の表面から着色するのでなく、その裏面から着色する。変色の心配がなく、対象物の色が真に迫って、良好な油絵と違わないものとなる、と明細書にある(明細書に図面の添付はない)。
 方法を実施するには、硝子板と紙盤との2種がある。第一種、硝子板を使うには、先ず、硝子板をアルコールで洗い、写真絵又は石版畫をニカワで貼付け、乾かした後、その絵畫の裏面を指頭で摺り取り、畫の薄膜だけ残して、これに「的列並油に草麻子油を少し加えたもの」を塗り、一昼夜おいた後、布で脂気をよく拭き去り、油絵の具を裏面から施し、よく乾いた上へ、仮漆を塗抹する。油絵の具を施すに、先ず指頭にて其の裏面を摺り取るのが特徴である。(第二種省略)。
 以下、審決にしたがって、審判官(高橋是清、奥田義人、眞中直道)の考察をたどろう。
 審判の争点は、特許発明の方法は、第一に、被請求人が発明したものか否か、第二に、その専売特許出願以前に、既に公に知られたものか否かにあり、発明の精神は、写真絵又は石版畫の裏面から油絵の具を施すに当たり、先ずその絵画の裏面から紙質を、全く又はほとんど皆無に至るまで除去する方法であって、この方法を行うための手段(物)でないことは明らかである。なぜなら、紙質を除く際に、指頭を使って摺り取ることは、従来印刷師等が普通行っており、被請求人がはじめて発明して世に知られたものではない。手段でなく、その方法を特許したのであるから、特許の目的は、油絵の具を施すに先立ち、その絵畫の裏面から紙質を、全く又はほとんど皆無にまで取り除く方法であるというほかない。
 請求人が提出した甲第一号乃至同第十三号の諸証拠の中で、甲第一号、同第二号、同第三号の三証は、本件審判と直接関係はなく、甲第四号、同第七号の両証中、写真油絵と記入があるが、その写真油絵は、果たして本件特許の方法と同様の製法を用いたか否かを知ることができない。又甲第五号、同第八号、同第九号、同第十号、同第十一号、同第十二号の諸証は、製造の日時が明らかでないので、共に十分の証拠とは言えない。甲第六号同第十三号の両証は、共に同様の製法によって、本件特許出願以前に製造したことは、被請求人自ら認める所であるから、これらの両証拠は、果たして、本件特許第1項の方法と同様の方法、即ち、絵の具を施すに先立ち、裏面の紙を手頭又は他の手段によって摺り取ったもか否か、判定する必要がある。そこで、鑑定人に、甲第六号証と被請求人が特許品見本として提出した乙第二号証とを試験させたところ、次の結果を得た。
 甲第六号証:表面に「コロヂューム」、次にニカワ、次に全体に紙質が少し、次に絵の具、次に台紙。
 乙第二号証:表面に蛋白質、次に全体に紙質少し(甲第六号証に比して稍々多量)次に絵の具、次に台紙。
 この結果によれば、裏面の紙質を取り去った状況は、両証拠を比べると、甲第六号証において完全である。然るに、被請求人は第六号証を以て、墨写真の方法によって製造したと主張し、本件特許第1項の方法に拠らないことは、其の表面に蛋白質でなくニカワがあることによって明らかである。なぜなら、表面にニカワがあるときは、これを貼付けた硝子より取り去るはできないと主張する。ところで、被請求人のいう所によれば、墨写真の方法においても、写真絵の具裏面の紙を剥がすに先立ち、これを硝子に貼附する必要がある。墨写真の表面も亦重にニカワより成り立つから、写真絵の表面にニカワがあるからといって、硝子から取り去ることは困難とするときは、墨写真も又硝子より取り去ることが困難といわざるを得ない。しかし、墨写真の表面を硝子から取り去り得ることは、被請求人も自ら認めているから、その表面にニカワがあることを以て、硝子より取り去ることができないとはいえない。いわんや、鑑定人の謂う所に拠れば、明礬を用いるときは、硝子より取り去ること困難でないとすることはどうなのか。又、甲第六号証にして、果たして被請求人の謂うような方法によって製造したものであるためには、そのいうように、絵と絵の具との間全体に紙質がない筈であるのに、其の全体に紙質があるのは、試験の結果から明らかである。従って、甲第六号証の表面に蛋白質でなくニカワがある事実のみをもって、直ちに本件特許第1項の方法によらないと認めることはできない。ということは則ち、甲第六号証を以て、被請求人のいうような墨写真であるとしても、請求人の謂うような、ニカワと蛋白質とを混合して、其の所在を認められなくする普通の紙取り写真としても、又膠板を用いた一種の写真としても、共に其の裏面の紙質を摺り取ったものか否かを判定すれば足りる。前記試験の結果によれば、甲第六号証は、その裏面の紙を取り去るための手段は明白ではないものの、何らかの方法を以て之を摺り取ったものであることは、絵の裏面全体に少量の紙があることから明らかである。而して其の結果、本件特許第1項の方法を用いたものと比べて優るところあるも毫も劣るところがないと認める。故横山松三郎は、本件特許出願以前に、特許第1項の方法と同一か之に劣らない方法を用いて、公に必要に応じて写真油絵を製造したことが明白である。よって、本件特許第1項の方法発明は、その出願前、公に知られたものであって、被請求人の発明ということができない。
 以上、ゆき届いた重厚な考察であるが、発明が公知という判断に、冒認のニュアンスを含めている点、発明の新規性判断の先行技術に発明と同一「以上」を含めている点が注目される。
 
(審決1号、同2号は、弁理士鈴木伸夫氏から提供していただきました。)


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