珍訳マジ訳あれこれ


 気まぐれにより、誤訳、珍訳の話題をいくつか収録しました。せっかく誤訳を特許文献に限ったのに、関係のない一般の話題に立ち入ってしまいますが、まあ、話の種にでも。これをもって、わが国翻訳界の現状云々などと出すぎた論評をする意図は、さらさらございません。
(その後参照できなくなったURLがあります。)

[翻訳は芸術の価値を変える]

▼シェイクスピア「ハムレット」の有名なセリフ。
  “To be or not to be, that is the question.”
さて翻訳しろといわれると、困りますね。
はじめての翻訳は、
「アリマス、アリマセン、アレワナンデスカ」(イェロー・ヨコハマ・パンチ)。明治七年、イギリスの通信員チャールズ・ワーグマンによる。ちょっと信じ難い翻訳です。その後、多くの翻訳が生まれました。
「存(ながら)ふか、存へぬか?それが疑問ぢゃ」(坪内逍遥)
「世に在る、世に在らぬ、それが疑問じゃ」(坪内逍遥)
「生きているのか、生きていないのか、それが問題だ」(竹友藻風)
「どっちだろうか。さあ、そこが疑問」(浦口文治)
「生きるか、死ぬか」(市川三喜)
「生か死か……、それが問題だ」(久米正雄)
「生か死か、其の一を撰ばんには」(山岸荷葉)
「ながらふる、ながらへざる、ここが考へどころぢや」(土肥春曙)
「死ぬるがましか、生くるがましか、思案をするはここぞかし」(外山正一)
「ながらふべきか、しかしまた、ながらふべきにあらざるか、ここが思案のしどころぞ」(矢田部良吉)
「生か、死か、それが疑問だ」(福田恆存)
「やる、やらぬ、それが問題だ」(小津次郎)
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」(小田島雄志)
「生きてとどまるか、消えてなくなるか、それが問題だ」(松岡和子)
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/sha.html
http://homepage2.nifty.com/gunchan/vol-4/188.htm
 ほか
「愛が時にうち勝つか、時が愛にうち勝つか」(小田島雄志)
も。随分といろいろあるものです。

▼「クシコスの郵便馬車」(Csikos Post、19th.ネッケ作曲)
「クシコス」は、日本では地名か機関名かなにかと勘違いされていますが、ハンガリー語で「馬」の意味なので、「クシコスの郵便馬車」では、「馬の郵便馬車」になってしまいます。正しい翻訳は、タダの「郵便馬車」【NHK総合TVクイズ日本人の質問2000.10.8】。でも、誤訳のままのほうが、馬が駈けるリズム感が伝わってくるような気がしませんか?
ついでに、PCTを「PCT条約」、IPCを「IPC分類」などと称することがありますが、「特許協力条約条約」「国際特許分類分類」みたいでおかしいなどという突っ込みは聞いたことがありません。 だからって、(工事中) 英語の正式名称Air Hong Kongを「エアー・ホンコン航空」なんて翻訳すると誤訳といわれます。Airは航空会社ですから、「エア・ホンコン」でいいでしょう。--124.147.70.11 2006年5月14日 (日) 16:10 (UTC)
工事中
参考までに、ウイキペディアがGoogle検索した結果をご紹介しましょう。"エアー・ホンコン航空" 2 件、"エアー・ホンコン" の検索結果のうち 日本語のページ 約 71 件、"エアー・香港" の検索結果 約 29 件。日本語話者の間でもエアーホンコンとするのがより広まっているようではあります。--Oddmake 2006年5月21日 (日) 01:45 (UTC) 日本に乗り入れている成田空港(PDFファイル)では「AHKエアーホンコン」、関西空港では「エアホンコン」となってます。--58.138.31.18 2006年5月21日 (日) 16:32 (UTC) "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%B3"

▼シンデレラ物語は、ペロー(仏1628-1703、赤頭巾など)とグリム(独1786-1859)が採話しました。大切な小道具となった「ガラス(verre)の靴」は、実は、原文では「リス皮(vair)の靴」 だったのは、ブリタニカも収録する有名な話です。銀リス皮の靴は、当時貴族が履きました。vairは古いフランス語をペローが採話のとき聞き違えたようです。(他にも説があります。なお、ガラス素材の靴としての実用性を云々するなら、カボチャの馬車の方がよっぽどおかしいでしょうね)。ちなみに、主人公シンデレラの名は「サンド・リヨン=灰まみれの少女」をモジっています。父親が子連れの継母と再婚したために、母や姉のいじめにあって、台所で下女の役をさせられる話はご存じの通り。
http://shoebag.jp/glassslipper/glassslipper.html
http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/1999_9s.html#156go

▼ 「おじいさんの時計」
アメリカ民謡「Grandfather's Clock」は、Henry Clay Work氏(1832-1884)による、1878年の作品です。出だしの歌詞は、My grandfather's clock was too large for the shelf,So it stood ninety years on the floor;(おじいさんの時計は大きくて、床に90年置いてあった)というものですが、アニメソングなどで有名な、保富康午氏は、原文の90年を「100年」と和訳しました。
「大きなのっぽの古時計 おじいさんの時計 100年いつも動いていた 御自慢の時計さ」。
http://homepage1.nifty.com/cats/music2/clock.html
たしかに、日本語の語呂は「100年」のほうがすぐれています。言葉の意味からいえば、人の一代は30年とされ(日本でも同じです。「30=丗(世)」)、3代先祖であるおじいさんまでの期間は90年にあたりますから、理論上は原文が正しいのですが、日本語の歌詞をどう書こうが、作詞家の自由です。

▼原文「It is a far cry from ・・・・・」の訳「はるかかなたからの呼び声が聞こえるのだ。・・・・・」を誤訳と指摘したのは、別宮貞徳氏。別宮氏は「a far cry 」(遠距離)を呼び声と解したための珍訳と著書「翻訳はウソをつく」(文藝春秋)で評論しました【朝日1991.11.30】。
(錯覚を承知で云うと、誤訳のままにするのも一定の迫力を感じられないでもありません。)
「ウソをつく」著からもうひとつ。「もし、太陽電池をシリコンといっしょに使うことができれば、それは確実に我々がまだ使い尽くしていない何かを生み出すことになる(なんのこと?)。正しい訳は、シリコンで太陽エネルギーの変換ができるなら、それは今後欠乏するということがまずありえない材料だ、とでもいうのでしょうか。シリコンは地球上に大量にあるからと断るまでもありませんが、実は、原文にちゃんと記載があるのです。(原文:ケネス・ボールディング「トータル・システム」)。なお、別宮氏(上智大名誉教授)には「欠陥だらけの英語入試」(1995、マガジンハウス)や「誤訳迷訳欠陥翻訳」など辛口の著書が沢山あります。「翻訳はウソをつく」が発刊されたあとすぐ、翻訳の2字を教授の名におきかえた「・・・はウソをつく」というサイトが立ちました。無言の圧力(?)かどうか、長続きせず短期間で消失してしまいます。翻訳家たちにとって、別宮氏の小言はがまんがならなかったかもしれませんが、別宮氏の貫禄勝ちです。

[翻訳は道徳もスポーツもねじ曲げる]

▼宮澤喜一氏が首相時代、「米国人は働く倫理観が欠けている」と発言したとかで、悪名高くなったことがありました。これに対し、サンフランシスコ・クロニクル紙のブレス記者は投書で「日米のマネーゲームを指してのことで、米国人全体やその働く倫理観一般に言及したというのは、マスコミの誤訳だ」「プレスが誠実に再検証しなければ、日米関係を損ない、アジア系米国人をとりまく『恐怖の環境』に火に油を注ぎ続けるだろう」と援護射撃ました。宮澤氏には有難い話です。【朝日1992.3.15】

▼エジソンの言葉という「天才は99%の発汗と1%の霊感」"Genius is 1% of inspiration, and 99% of perspiration." は、普通、努力が大切という意味の教訓とされていますが、実は「そんな苦労より、せめて1%のひらめきでもあったらなあ」と言う意味だという説があります。もっとはっきり、「どんなに努力したって霊感のない者はだめだ」と言い切る説まで(プリンス・ハラルド市参謀長ユーリー・クルガン「七都市物語」(田中芳樹ハヤカワSF)が知人に語ったセリフ)。
http://www.blk.mmtr.or.jp/~nabesan/meimonku/monku29.htm
http://www.globetown.net/~maxi/zakkann2.htm
http://homepage2.nifty.com/zambak/kotoba/fic/fic03.html
http://yumi.cha.to/BMC/etc/know/o3_99.html

▼「健全な肉体に健全な精神やどる」・・・?
倫理道徳教育が好きな方は特に体育会系に多いかどうか、その手の誤訳の別の例です。スパルタ式体育を奨励する訓練の手本のように解釈されている「健全な肉体に健全な精神やどる」は、本当は、古代ギリシャ詩人ユベナリス(Juvenalis,60-130)の詩「mens sana in corpore sano」「あんな立派な肉体を持つならば精神もそれに相応しく立派でありますように」(事実はそうでないことが多いけれども)の意味のようです。
【天才の通信簿:ゲルハルト・プラウゼ、丸山匠/加藤慶二訳、講談社】
http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/news/2002/saltlake/kenzen.html
http://hippo.med.hirosaki-u.ac.jp/~sasakin/nao-h/kaisetsu02.htm

▼2004年アテネ・オリンピックで選手たちの発言が随分誤訳されたとロイター電が伝えています。男子バスケット中国の姚明は初戦でスペインに大敗した後「代表チームに失望した。引退したい」とボヤいたことが大きくとりあげられましたが、当人は引退などといった覚えは全くないそうです。柔道の内柴正人も「これが最後の試合になってもいいぐらいの気持ちでやった」といったのを、誤訳のため「これが多分最後の五輪だから勝ててうれしい」と引退扱いにされてしまいました。まだ26才なのにと周囲は同情(あたりまえです)。韓国サッカーの金東進は「アテネに来る前に母が癌で死んだ。亡くなる前にゴールをきめると約束した」と涙で語ったのを「癌で闘病中の母にゴールを捧げたい」と誤訳されました。バスケットのオブラドビッチ監督(セルビア・モンテネグロ)のように、通訳があまりに低レベルだと怒って記者会見場を出てしまった人もいます【2004.8.20朝日(夕)】。正直な感想をいえば、選手のプライベートな事情などろくな予備知識もなく、興奮と雑音の中で同時通訳させられる翻訳者たちも気の毒です。そういう事情は事務局で予めまとめておいてあげるのが事務局の役目かと。


[翻訳は外交と政治で悪用される]

▼ペリーの黒船がやってきて結んだ日米和親条約(1854)には、次の誤訳が見られます:
批准書交換の日取り「18ヶ月以内」を「18ヶ月を過ぎて」と、
外交官の日本駐在「どちらかの国が必要と認めれば」を「両国政府」と、
また「18ヶ月を過ぎたらいつでも」を「18ヶ月を過ぎても話がなければその必要はない」と、それぞれ誤訳。
そのため、ハリス総領事が突然来日したとき日本は慌てました。【平凡社「日本語の歴史6」、朝日2003.2.23天声人語が引用】

▼77年12月29日、カーター米大統領がポーランド入りをしたとき、オケチェ空港でのあいさつが、通訳のミスでとんでもないものになりました。朝日新聞報道によると、大統領が「ポーランドの見解を知り、将来の願望を理解するために来た」を通訳は「ポーランド側の官能的欲望」と通訳し、「私がアメリカを出発した時」が「私がアメリカを放棄した時」と通訳し、「ポーランド憲法は人権闘争の歴史のなかで三つの重要な文献のひとつ」を「ポーランド憲法は冷笑の対象」と通訳してしまったということです。これでは、戦争にでもなりかねません。

▼「捕虜の待遇に関するジュネーブ条約」日本文正文の誤訳を政府は1986.9.2の閣議で認め、史上初めてといわれる誤訳訂正(というのはウソ。あとの特許庁の例が早いのですが、それはさておき)をしました。“the said power”を「抑留国」から「当該国」(捕虜の所属国=日本)に変更。国の補償責任(シベリア訴訟で政府はソ連(当時)が支払うべきと回避してきました。)に影響がでる可能性があります。【朝日1986.9.2夕】 ところで、“said”は、一般にはあまり使われない言葉ですが、特許明細書でいまなお頻繁にお目にかかります。普通、「上記」「当該」などと訳されていますが、その訳では、役立たない場合もあるようです。

▼ニューヨークにおける地球温暖化のための「機構変動枠組み条約」交渉最終会議でリペール議長(仏)が提出した難解な英文は、「あいまいで具体性に欠ける」(バヌアツ)、「翻訳できないから本国に電話できない」(サウジアラビア)、「OECD語で、英語でない」(インド)、「フランス語で書けば明確だったのでは」(ベニン)とさんざん。原案はハワード環境相(英)とゼーリック次官(米国務省)による。米の反対に対する英の妥協案だったのですが、難解すぎました。苦労の原案は、次のようでした(さて、その意味は?)。『これらの政策と措置は、CO2 などの温室効果ガスの量を1990年代の終わりまでに従前のレベルまで回復させることが、より長期の排出傾向をこの条約の目的に沿った濃度修正に導く先進国による適切なシグナルであるとの認識の下で取られるだろう』(????)。 残念なことに、【朝日1992.5.9夕】は、同じ文章が日本向けにどう翻訳されたかを伝えていません。

▼1994年東ティモールを訪問した日本議員団の現地記者会見と日本での発言とに差があり、現地新聞で「二枚舌」扱いされました。竹村泰子議員(社会)は同年9.18日参院予算委で「在ジャカルタ日本大使館の一等書記官によるインドネシア語通訳の故意の意訳があった」と述べています。現地報道は、「議員団は東ティモール国軍と住民の協力を非常によいと評価した」(コンパス紙)、「インドネシア政府が東ティモールで行っている開発第一戦略は適切」(ジャワ・ポス紙)と。帰国後の議員団の東京記者会見をスアラ・ティモール紙(9.20)は東ティモール州アビリオ・ソアレス知事議員団を批判。日本政府はインドネシアの東ティモール「有効支配」を支持、国連人権委の調査団派遣決議を棄権していました。それらに通訳が反応しました。
金田誠一代議士(社)「軍の方は、あるいは政府の方は、人権は守られているんだ、サンタクルス(虐殺のあった墓地)の事件は勃発的な事故に、そしてすでに解決したという認識を持っておられる。これに対して私どもが会った協会関係者の方々、あるいはメッセージを寄せてくれた学生の方々は、人権の抑圧状況は日常的にあるんだ、サンタクルスの事件というものは報道されているとおりのことであって、まだ解決していないと、まだ正義は行われていない、ということをおっしゃっておられる。認識が180度違っていることでございます」
一等書記官翻訳「政府側、国軍側はとりわけ治安、統一、社会的側面を重視していますが、住民の側は自由、あるいは人権を重視している。したがって、目的は双方とも経済開発の進展なのですが、なぜかというと、地方政府または国軍によると、治安、社会治安の保障なくしては経済開発はないということなのです。」川上公一外務省東南アジア二課長によれば「通訳を逐語的にやればよかった。意図的ではないと思う。大使館にいる以上、日本・インドネシア親善は考えるだろう。しかし、記者会見のときそんなニュアンスを出してはいけない。通訳間違いが許容範囲かどうか、なんとも言えない」と。【朝日1994.10.19】
 内乱又は交戦中の地域で通訳が二枚舌になるのは当たり前です。外務省の準備の悪さ、ろくに現地語も話せない政治家がうち合わせもなく現地入りする脳天気ぶりが問題です。
                     *
なお、インドネシアで約32年間の長期政権を率いたスハルト元大統領は、27日、多臓器不全のため、ジャカルタの病院で死去しました。86歳でした。 (2008年01月27日17時47分)

▼1995.6.6「戦後50年の国会決議」の連立与党幹事長・書記長会談で自民案「侵略的行為」か、社会(当時)及びさきがけ案「侵略行為」かでもめました。外務省の英訳はどちらも“ACTS OF AGGRESSION”で、結局は自民案に。【朝日1995.6.7】

▼「日米防衛協力のための指針」見直しで論点の機雷除去について、中間とりまとめ記述に日英差のあることが1997.06.16参院内閣委で問題になりました。日本周辺有事機雷除去活動範囲につき日本文「日本周辺公海上」、英文「on the high seas (公海上)」(「日本周辺」が欠落)と平成会鈴木正孝氏が指摘したもの。外務省折田正樹北米局長は「訳が十分でなかった。日米認識に差はない」と。それまでも、有事の際の計画作成で、日本文「計画についての検討を含む共同作業」と英文「計画を含む共同作業」(「検討」が脱落)との不一致が指摘されていました。遠回しな日本文に対し英文は明確に言い切っています。国内世論への配慮の落差でしょうか。【朝日1997.06.17】

▼ラズムフェルド米国務長官は2001.12.21記者会見で、13日公表したオサマ・ビンラディン氏の「証拠」ビデオに関し、同時多発テロとの関与を裏付ける箇所で「不明瞭な部分は訳さなかった。翻訳を追加公表するつもりもない」と述べました。CNN、ABCテレビなどによると、テロ容疑者8人の名、サウジアラビアの宗教指導者の名が翻訳漏れといいます。同盟国サウジとの関連を隠すのかとの指摘に、長官は「テープの音質が悪く、翻訳を急いだ」と否定しました。【朝日2001.12.22夕】(そういう逃げ方もあるのか)

▼2003.2.18国連安保理での日本大使の演説では、イラクへの査察の有効性について「重大な疑問が生じている」を「疑問が生じている」と、「(イラクに残された時間が)非常に限られている」を「限られている」と、国内向けにはそれぞれ意図的に柔らかく翻訳しています。「目くじらをたてるほどのことではないかもしれないが、姑息の感をぬぐえない」と【朝日2003.2.23天声人語】談。(そういう天声人語も姑息なところが)

▼北方領土問題等でマスコミを賑わした鈴木宗男代議士は、私設秘書としてコンゴ民主共和国(旧ザイール)人のジョン・ムウェルテ・ムルアカ氏を採用していました。この秘書氏のパスポート(00年1月取得)に“faux document”(仏語)とあるのを、外務省は「偽造」と翻訳し発表しました。原語には「偽の」という意味はありますが「あいまいな」「不自然な」の意味もあり、違法とも言い切れません。顔写真の貼替えでもあれば明らかに違法ということになりますが、そのような事実はなかったようです。入管の問い合わせに対し、コンゴ政府の回答(4月)は要領を得ません。そののち、政情不安のため、追及のめどが立たず、入管は困惑しているということです【朝日2002.5.18】。あとはウヤムヤに・・・・


[法律も技術も翻訳は難しい][原文のちょっとした違いが   ]

▼[アベリ酸ってなに?]
古くなりますが、鈴木梅太郎は1911.2「アベリ酸」を抽出し、脚気の薬として有効性を証明し、邦文発表しましたが、ドイツ語訳に時間がかかり、発表が遅れ、同年12月英リスター研究所のポーランドの化学者フンクに先行されました。フンクはビタミンBと命名。鈴木梅太郎は「米糠中の一成分アベリ酸の製法」特許20785号、「米糠の一成分アベリ酸の製法」特許21314号、明治44年に取得しています。のちアベリ酸は酸でないことがわかって「オリザニン」と改名しました。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/nozu/fourth.html
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/news/2001/feb/#kin_01

▼(工事中)
▼ これも古い話、「飛行機」という日本語呼称を初めて使ったのは文豪森鴎外のようです(ライト兄弟が動力飛行機を発明したのは1903年12月、それより2年も早いのには驚きです)。鴎外は、1901.3.1「小倉日記」に飛行機の呼び名を使いました(「飛行機の沿革を説く」)。飛行機は、英語では Airplane(空の板)、独語では Flugzeug(飛行道具)です。他の翻訳としては、明治中期に“飛行器”があり、その後に、“空中翔機械”、“飛浮機”、“浮空機”などもありました。鴎外は、ドイツ戯曲を“飛行機”と改題したり、青年発明家矢頭良一の開発をその言葉で記録しました。1909年、臨時軍用気球研究会が飛行機の名を定着させました。【朝日2003.4.12夕】

▼工事中
「地球は青かった」ガガーリン  

▼工事中
1969有人宇宙船アポロ11号が月に到着、アームストロング船長が「人類の偉大な一歩 」と
That's one small step for a man. one giant leap for mankind.   

▼昭和50年ごろ特許庁が作った「世界にひろがる特許制度」というカラー・パンフで、2頁と3頁にリンカーンのスプリングフィールド演説の有名な一部を引用しましたが、なぜか翻訳が違っていました。2頁では「特許制度は天才の火に興味の油をそそいだ」と訳し、3頁では「特許制度は天才の火に利益という燃料を注いだ」と訳しました。“interest”を興味と訳すか利益と訳すかによって差がでたわけですが、ニュアンスが違います。(# 文法上はどちらにも誤りはありません。文部省と通産省<経産省の旧呼称>の違いのようにも見えます。)

▼「法律に英訳を」。民法など日本法に英文訳がありません。「一部」や「仮訳」のみです。「債権」だけでも、debt(債権、負債の両方の意味),claim(請求権),receivable(売り掛け債権),contractual right(契約に基づく権利),personal right(物権に対する債権),chose in action(訴訟によって手に入れられる財産)(東大・柏木昇教授による)。【朝日2002.2.4】

▼山岡洋一著「翻訳とは何か」(日外アソシエーツ)に池尾和人氏がよせた書評から。「翻訳を安易にできる仕事とみなす誤解の上に、それを助長させるかたちで翻訳教育産業の成長がみられる一方で、質の高い翻訳を行おうとする翻訳者への経済的処遇や社会的評価は、決して高くない。翻訳の質を見定めることの困難さが、こうした状況の改善を難しくする要因にもなっている。」【朝日2001.9.30】 特許文献の翻訳については、いかがでしょう?

▼スイキンチカモクドテンカイ・・・・海王星の次の冥王星が惑星でなくなって惑星の数が9から8になりました。米国の若者は米国人が発見した惑星の格下げを許さないと反対しています。教科書会社はあたふたと人間臭いこと。惑星の新しい定義がプラハ国際天文学連合総会で決まった日の夜、日本学術会議からファックスで送られてきた報道資料の8つの惑星のリストが「彗星、近世、地球、化成、木製、土製、天皇制、海王星」だったといいます。学術会議は「国立天文台がインターネットに載せたものをコピーペーストしてファックスで送った。手で打ったりしていない」と云っています。天文台も「絶対間違いはしていない」と。科学医療部次長勝田敏彦氏「コンピュータのバグで起きる誤字の連続とは思えない。今回の話題は、やはりとても人間臭い」と【朝日2006.9.5】。(# 変換ミスも誤訳の一種です。しかし、このケースでは、補正は可能です。間違いとはっきり分かるし、正しい答も一義的に分かるから:b・br判決参照<するまでもない?>)

▼米国オバマ新大統領の就任演説の中国語「全文訳」ウエブサイト(新華社通信、国営)掲載で「先人たちがファシズムと共産主義を屈服させたのは」から「共産主義」を削除。同「公金を扱う物は・・・説明責任を求められる」から「説明」を削除。「イスラム世界に対し、私たちは共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する」を全削除。「腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみつく者たちは、歴史の誤った側にいることに気付くべきだ」を削除。以上朝日新聞2009.1,28特派員メモが「都合の悪い情報は隠されてしまう」と批判しました。同じ内容を2009.1.28(夕)素粒子欄も採り上げています。新華社による原文変更は姑息ですが、朝日新聞を含め、日頃スポンサー政財界への気遣いや、さらには1945年頃の大政翼賛時代の報道を忘れて、声高に外国を批判する資格が新聞社にあるのでしょうか。なお、171国会2009.1.28衆院本会議の政府演説で、与謝野経済財政相が「麻生総理のリーダーシップの下」等を読み飛ばし、側近は疲れが出たかもといい、某自民党関係者は「リーダーシップのない首相の顔を立てた」と皮肉ったのは、ジョークの範疇でしょうがね。

▼60年以上も前、第2次大戦直後の東京裁判で、通訳をした多くの人は日本人で、主として外務省の職員でした。連合国側で信頼できる通訳人材は少なかったということです。裁判所では、通訳者の上に日系二世を置いて誤訳訂正をモニターさせ、さらに、翻訳での争いに最終判定をする白刃米軍士官の原語裁定官を三層に人員を配置しました。このような通訳体制で国際裁判を公正に行おうとしましたが、翻訳のルール形成は審理が始まって試行錯誤でした。訳文訂正に当たったモニターのリーダーのイタミという人は、被告東郷茂徳元外総の恩顧を受けたという人物でした。二世モニターが日米間の複雑な立場に置かれた様子を、武田珂代子氏は「東京裁判における通訳」として著作物にあらわし(みすず書房)、その書評を立命館大学教授赤澤史朗氏は朝日新聞【2009.2.8】に書いています。異なる言語の人々が参加する裁判が公正におこなわれるために、いかなる通訳の配置がなされたかが、武田氏の著書のテーマでした。赤澤氏は、被告の中でも軍人と外交官の対立があったことを挙げ、通訳の裁判への影響、外務省の位置について、問題を指摘しています。



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