北陸先端科学技術大学院大学 知的財産セミナー(第2回)
 
               日 時 平成17年3月2日(水)14:00〜
               場 所 先端科学技術研究調査センター 2階研修室
 


青色LED訴訟決着に関する大まかな賛同と小さな疑問
 


 
               エイバック稲葉特許事務所・本学特許アドバイザー
                    弁理士 稲 葉 慶 和
 
【イントロダクション】
 稲葉でございます。
 先端大の特許関係、知的所有権関係のアドバイザーというお役目を拝命しているんですけれども、今まで何のアドバイスもいたしませんで、まことに申しわけございません。初めてお目にかかります。
 さて、本日は、裁判あるいはトラブルというとおかしいんですけれども、そういったものに関係した出願の話をということで、私も出願しているときは余り裁判のことまで考えませんし、裁判そのものは私もそんなに経験があるわけではございません。まず特許庁は裁判の場合に必ず被告になるのですが、特許庁の職員だった私は、被告代理人の経験しかございません。裁判は、TVの2時間ドラマで見ると、ものすごく手に汗握るようなことがありますが、実際の特許の裁判は非常に静かなものでして、ほとんどが準備手続で、密室というとおかしいんですけれども、結果はともかく、静かにかつ和やかに終わってしまいます。
 あくまでやじ馬としての私がおもしろいと思ったのは、やはり例の青色LEDを発明した中村修二大先生が職務発明に対して「相当の対価」を20年勤務した日亜化学社に請求した事件で、この話に絡めて脱線するかもしれませんが、話を進めていこうかと思います。
 
【休日出勤と大発明今昔】
 青色LEDを生んだ(出願は1990)日亜化学工業社に、中村先生がまだサラリーマンとして勤めていた1993年ころ、朝日新聞の記者が訪ねたそうです。そしたら、休日だったそうですけれども、中村先生が1人休日出勤して研究をしておられたそうです。そういうことを新聞の記事でその記者が思い出話として書いていました。
 中村先生は、なにか緊急の事情で、休日出勤して研究をしていたのか、それともお仕事が好きだからやっていたのか、その辺のことはよくわかりませんが、このシチュエーションの中で中村先生の大発明が生まれたわけです。
 このシチュエーションは、もう一つアメリカであった大発明の話とよく似ています。それは、ジャック・キルビーという人ですけれども、ご存じのメサ型ICの発明者です。中村先生もある意味では非常に運のいいところがあると思いますが、ジャック・キルビーという人も非常に運のいい人ではありました。しかし、青年のころはお金がなくて、2週間のバケーションがあるんですけれども、会社も休まず研究した。キルビー氏はもともと中途入社です。テキサス・インスツルメンツに中途入社しました。先輩社員はお金があって、みんなどこかへ遊びに出かけるのですが、彼には遊ぶお金もなかった。
 彼はもといた会社で補聴器の小型化を研究していたそうです。それで、電子部品を小さくすることを一生懸命考えていて、ICを発明しました(1958、日本出願は1960)。キルビーさんのICは、図を見ると、空中配線が飛び交っているというか、ICというより、むしろ立体回路のバラックのような格好をしているんですけれども、それでも立派なICです。
 運がよかったのは、その数カ月後だったと思いますけれども、ノイスがやはりプレーナICの発明(1959)をしたわけですが、それよりちょっと早かったところじゃないかと思います。
 ここで中村先生とちょっと比べてみました。この土曜日(2005.2.26)に新聞を見ていたら中村先生の顔がばっと出てきて、これで経歴がわかったのですが、1979年に日亜に入社して、1999年に退社しておられます。インターネットは便利なもので、中村先生が日亜在職中にした出願をコンピュータでとり出すことができます。大体300件ぐらい出てきました。
 
【高い特許率】
 日亜社に勤務したのが20年くらいで、20年の間に300件。実際には最近1年半のものは公開されていませんので、まだこれから出てくるわけですが、検索した時点での数でございます。ですから、数がもっとふえるだろうと思います。それにしても20年の間に300件以上発明をして、それもただ単にレポート書くというだけではなくて、特許出願という形でまとめたと。ほか、特殊なケースとして、中村氏は、社長から言われて取り下げをさせられたという出願もあるみたいです。
 300件のうちどのぐらいが特許になっているかというと、皆さんのお手元に私がお渡しした資料では百八十何件となっていると思いますが、それはまだ特許庁の処理が進んでない頃の数字でして、その後の裁判所の資料では195件になっています。今後も増えるでしょう。まだ中村先生の出した出願が日亜社の出願として残っております。そういうわけで、少なくとも200は超えるのではないかと思います。
 それで、ご存じだと思いますが、特許の場合に審査請求というものを出さないと特許庁は審査いたしません。審査請求をするのは普通60%ぐらいです。大体、100件出して60件ぐらい審査請求をする。あとの審査請求をしないものは何になるかということですが、だいたい、一たん出願はしてみたけれども、あまり商売になりそうにもないから審査しなくていい、あるいは、自分には独占権はなくてもいいが他人に独占されたら困るので少なくとも出願しておけばそういうことはないのでとにかく出願はしておこう、というものがあります。自分に独占権は生じませんけれども、特許にはなりませんから他人に独占されることもないといった事情です。それから、出願した後で気がついたら、先行技術があった、プライア・アートがあるのでは特許はとれない、そういった事情から、出願はしたけれども、審査請求をしないケースはあるわけで、そういうものが大体40%ぐらいです。
 それから、審査請求した出願に対する特許率は、普通は半分ぐらいです。特許の場合には、100件審査請求をするとおよそ50件が特許になります。意匠・商標ではもうちょっと登録される率は高いです。
 そうすると、300件の出願の60%は大体200件になるわけですが、中村修二先生の特許が約200件あるということは、審査請求した出願がほとんど全部特許になっている勘定です。非常に多いです。ちなみに、東芝とか日立とか松下などの大企業でも、審査請求件数に対する特許率は50%、全出願に対する特許率は大体30%、それを超えるところはそんなにありません。20何%が割合高い方。100件出願して27〜8件特許になっていると、そういうものが大体普通です。このことから、あとで問題にしますが、企業はリスクを負担しているんだという点について、中村さんという研究者は、出願中の発明が特許されるかされないかのリスク、パテント・リスクと呼びますか、そういうリスクが非常に少ない研究者だと言えます。
 さて、皆様のお手元に、先端大の方が出願されたリストをずらっと挙げさせていただきました。他にもより詳しいいろんなリストがありますが、それぞれ個人で出願されたものもありますし、それから個人と会社と共同で出願されているようなものもありますし、あるいは全く会社の方に譲り渡しているというのもあります。「北陸先端大学」というのをキーワードにして調べるといろんなケースが出てきます。必要なら、特許庁の電子図書館という便利なもので調べることができます。
 話を戻しまして、中村先生はその休日中の研究を経て、青色発光ダイオードを発明した。一方、その何十年も前にキルビーが休日出勤をしてICを発明したということですが、このあたりまでは両者話がよく似ていますけれども、そこから後このお二人は、違う運命をたどるわけです。
 
【テキサス社の攻撃】
 キルビーの方は、彼の発明をテキサス・インスツルメンツ社がものすごくアグレッシブな方針で全面的にバックアップしました。しかし、実際にキルビーの最初の特許出願の明細書を見ると、どこがいい発明なんだろうと。ICやLSIで半導体が複雑に絡み合っている。プレーナーではないので立体的なのかもわかりませんが、空中配線がざーっと飛びかっているバラックのフリップフロップの実施例の図面が有名ですけれども、その発明の作品を見て、テキサス社の経営者は何かやっぱり夢を感じたのでしょうね。そういうわけで、キルビーの発明をバックアップしました。私は外国でテキサス社が何をしたかは存知ませんが、日本に関して言えば、昭和35年出願(1959優先権主張)後、いろいろと問題がありまして、なかなか特許にはなりませんでした。しかし、原出願が1件だけ特許になります。
 その前に、TI社は、出願を十幾つかに分割するという手続をとっていました。一つの発明にみえても、いろんな面から見るとたくさんの発明が内在しており、たくさん出願して強く保護するというのは、方針として大事なことで、昔からキルビーさんでなくてもやっております。その十幾つ分割したうちのもとのご先祖の原出願一つだけがとにかく特許になったのです。
 原出願と分割出願のいくつかが公告されたのは昭和40年です。当時、公告異議制度が採用されていました。特許する前に一回公告をして、印刷物として国民の皆様に見ていただく。それに異議のある人は出してくださいといって、一定期間異議を待ち、異議が出ず、かつそのときに拒絶すべき理由を審査官が発見していなければ、そこで特許するというやり方をとっていました。今はそういうやり方はとっていません。今は審査官が審査をしてすぐに特許します。異議制度は、つい最近廃止されまして今は無効審判という手続をとります。この異議制度は、現在の無効審判と同じようなものだと考えていただいて結構です。当時、公告されたICの各出願に異議が随分申し立てられまして、やはりそんなもので特許を取られたら困るということなのでしょうけれども、基本的な技術で、いい先行技術がなく、それだけキルビーの発明がよかったのでしょう。そこのところで1件だけは特許にはなりました。
 特許になる前からテキサス社はその技術を全面的に利用しました。利用したというか、先にロイヤルティ(特許使用料)を前払いしてくれと言って、あちこちの会社から何十億、場合によったら何百億という金を集めたようです。アジアだけでも相当な金額を取ったようです。それだけではなくて、今、日本TI(日本テキサス・インスツルメンツ)という会社がありますが、これもそのときのICを、言ってみれば条件というか、人質と言うとおかしいですけれども、これを使わせるから、日本TIをつくらせろというようなことを日本政府に迫った。最初はソニーと合弁ということだったのですが、のち独立して、日本TI社をつくりました。これもやっぱりICの発明を一つの武器としたわけですね。ICの原出願の特許終了後、分割出願の一つが突然公告され、権利がさらに存続します。これは、旧大正10年法が適用された幸運です。
 それで、発明者のキルビーさんはどうしたかというと、会社から対価をもらったかどうか、その場合どのくらいもらったかあいにくデータを持っていないのですが、アメリカ人には珍しく転職せず、ずっと研究所の所長をやりました。重役待遇だと思います。キルビーは、ずっと後までテキサス・インスツルメンツにおりました。2000年にノーベル物理学賞をもらいますが、そのときもテキサス社の社員でした。テキサスという会社が気に入ったんだろうと思います。
 
【争いが一時に顕著に】
 いよいよ中村修二さんの話に入りますが、中村修二さんも、最初は会社とけんかはしていなかったんです。まず、先代の社長とは非常に仲がよかったのだそうです。2代目になってから急に人間関係が悪くなったようですけれども、それでも別にけんかをしていたわけではなかったそうです。ただ、中村さんの著書を読むと自慢話か苦労話か愚痴か、そういう話が半分ぐらいになります。
 ここでお断わりしておきますが、弁理士にも、発明者と経営者のどちらに味方したい、というような感情がございます。何の感情もなく法律に従って淡々とどちらかにやるという、そんな人間ではありません。発明者と経営者、使用人と従業者ということになりますが、それがけんかしているときには間違いなく私は発明者の味方になりたいと思っています。発明者が悪いというかわがままというか、それはおかしいよということももちろんありますが、それも含めてやはり発明者の味方になりたいと思っています。私自身がいい格好しようということももちろんないわけではないのですが、ただ、従業者と使用者、会社と発明者というのを比べれば、これは明らかに発明者の方が弱者です。弱いです。会社の方が強いわけです。
 ただし、社長だって発明者にはなれるわけで、社長が発明しても職務発明であるのでこの場合は全然違いますけれども、普通の研究者、サラリーマンが発明をしたときには、それがもし労働組合と使用者との紛争だったら団体交渉等で怒鳴ったりできますが、しかしながら発明者の場合にはやはり孤独な闘いで、弱いけれど1人で闘わなければいけない。せいぜい友達が何人か味方してくれるかもしれませんし、あるいは労働組合が支援するかもしれませんけれども、いずれにしても中村先生の場合には、会社にいる間はさほどのけんかをしてはいなかったようです。
 それで、そのころになると何しろ大発明をしたので、あちこちから引き抜きがきていたんだそうです。多分、日本からも引き抜きはあったと思いますが、外国からの引き抜きに中村先生は気持ちが向いたそうです。UCSB(カリフォルニア大、サンタバーバラ校)が何回もスカウトに来るのですが、来るたびに給料が上がる。これは中村先生が言っています。そのうちに相手が「これ以上上げると学長より給料が上がっちゃうから、このぐらいにしてくれ」というようなことで気を良くして、そちらへいらっしゃったそうです。
 そのときに日亜化学を辞めました。ちょっと多めの退職金をもらって円満に退職しようとしたのです。20年も勤めて、約300の特許出願をして、そのうち、ほとんどみんな特許になるような状態で、中村氏としては会社に対して十分な貢献をしたと。ところが、そのときに、法務部の部長が追いかけてきて、「これにサインしてくれ」と誓約書を持ってきたんだそうです。その誓約書に何が書いてあったかというと、よそへ行っても研究はしませんという。何の研究もしませんということはないですが、日亜時代と同じ研究はしませんという誓約書だったそうです。中村先生は、とんでもないと断ったそうです。そうすると、法務部長が間で板挟みになって相当困ったんでしょう。幾らかお金を足してきたそうです。けれども、そんなに大きな額ではないですね。何十万円かということですから。
 ところが、そうこうしているうちに、中村先生が聞かないものですから、日亜は中村先生をアメリカで訴えました。不正競争防止法に該当する向こうの法律で、日亜の社内の秘密を洩らしたとアメリカで訴えたのです。アメリカの裁判は後で中村さんの勝ちになって請求棄却になっていますが、それはともかく、訴えられて中村さんは頭にきたんです。
 
【職務発明とは】
 それで、日本でも日亜社と争うことになるんですが、特許法35条の職務発明はどういうものかといいますと、会社は命令はしなくてもいいんですけれども、発明者は会社の事業内容に沿った仕事をして、これ、別に会社の定款とは限りません。会社は多角経営でいろんなことをやりますから別に定款に書いてなくてもいいんですが、とにかく会社でやっている仕事と何らかの関係で発明して、必ずしも勤務時間中の発明に限らないと思いますが、命令されなくてもその人の職務で、したがって中村さんであれば研究員としての中村さんの職務の範囲で仕事をして、そこで生まれた発明というのは職務発明で、発明そのものはもともと中村さんのものなんですけれども、会社としてはそれに対して特許を受ける権利を譲渡してくれませんかという請求権はあるわけです。
 それから、請求権以前に、通常実施権といいまして、独占はできないけれども、よその人に使うなとは言えないけれども、自分自身はただで使える。ただでというのがちょっと私にはひっかかるんですけれども、一応、ただで使えるという通常実施権が会社にはあります。これはどこの会社の職務発明でも同じです。私なら私がどこかに勤めていて、そこで職務発明をして、そうすると少なくとも特許を受ける権利は発明者にあるんですけれども、どうやってその特許を使って営業していくかは会社にまかせるのが普通好都合でしょうから、日本の場合にほとんど社員のした発明というのは、会社が継いでしまいます。
 日亜の場合もほとんどそうだったんだろうと思いますが、中村さんの場合には、あの人の本を読んでみると、もう最初は、自分がした発明は会社のものだと思い込んでいたんだそうです。中村氏の言うところによれば、全く自分がやった発明というのは、もともと会社のものでなければいけないんだと。そういうふうなことを考えておられたんだそうです。そうでないことは後で分かるんですが、そのときはそういうことで、けんかというか訴訟になりました。
 
【訴訟は2段階に】
 訴訟は2段階なのですが、両方とも東京地裁の訴訟です。まず、自分は会社に特許を受ける権利を譲ってなんぞはいないぞという争いです。これが一つ。それからもう一つは、仮に譲ったとしても、譲ったら今度は会社はそれに従ってもうけるわけですから、相当の対価というものを発明者である中村氏に支払わなければいけない。これは特許法の35条にありますが、その金額が退職金を考慮しても少ないと。したがって、相当の対価の額と権利の帰属、だれのものかという2段階で争っております。
 結論から言えば、職務発明を会社に譲ったかどうか。一体特許権がだれにあるかという争いでは、中村さんは負けています。これは会社、日亜にあるという結論を地裁は出しました。
 2番目の対価の額ですが、これがすごいセンセーショナルだったです。皆さんも新聞等でご存じと思いますが、200億円というすごい額を地裁の三村裁判長らが計算したわけです。200億円というと、NHKでやっていましたけれど、札束にして、皆さんの前にある机ぐらいの大きさになりまして、そんな200億円もの現金をぽんと動かすのは、相当大きな会社でも難しいだろうと思います。
 結論としては、高裁に控訴しました。双方控訴したんですね。それで、高裁の勧告があって和解して、8億4,000万円という結果になりました。地裁で200億が高裁は8億4,000万という、えらい差がありますけれども、一体どういう計算をしているんだと考えさせられます。
 
【8億4000万は高いですか】
 まず、皆さんにお聞きしたいことがあります。皆さんの心の中に聞いてください。『8億4,000万円というお金は大きいだろうか』という簡単な質問です。確かに絶対金額としては大きいですね。仮に私個人が生活をするのに、1年に1,000万円も要らないと思います。そうすると、8億4,000万というと、仮に私がもらったら、84年間遊んでいても使いきれません。家族を含めてもそんなに必要ではないだろうと思います。
 そうすると、8億4,000万というのは多いのだろうか。200億というと多いという感じがしますね。とにかく何か理由もなく多いという気がしますね。
 ここで、8億4,000万が多いかどうかというのは、これを生活給付として考えるから確かに多いのですが、仮に例えば、“中村修二窒化ガリウム研究所”とかいうような会社を起こして、それでいろんな設備や装置を買ったりしたとしましょう。MOCVDという言葉が判決を読んでいるとよく出てくるんですが、Metal Organic Chemical Vapor Deposition(for Nitride Semiconductors)、そういう特殊な装置なんですが、これが約3億円するそうです。仮に8億何千万というお金をどう使うかということなんですが、これを日亜が使うとすれば、それは当然、事業の一環として使うでしょう。しかし、中村修二さんが会社をつくって、そこの経営者になる。そうすると、8億ぐらいのお金というのはそんなに高いということにはなりません。8億円ぐらい経費で簡単に要ってしまいます。そのMOCVD一つ買っても3億円かかってしまうわけですから。
 だから、ここで特許権というものについて、よく経団連の幹部でさえも、ばかなことを言うんですけれども、経団連の方々は『そんなに払えない』というんですが、ひょっとしたら中村修二さんが新しく会社を始めて経団連の仲間に入るかもわからないですね。あくまで中村修二さんを個人として、その人の生活のための金とすれば、200億円はともかくとして、8億4,000万というのも、確かに生活給付としては高いですけれども、事業資金としてはそれが高いか低いかは決められない。実際にあれだけの会社をやろうとすれば何億円というのは当然かかるわけで、それを経団連の人などがマスコミに意見を求められて『そんなに会社というものは金を出せるものじゃないよ』と言う。お金を出せるものじゃないよという言い方が大体おかしいです。相当の対価というのは、儲かったものの一部なんです。もうかったものをそれ以上出せと、1億円もうけた人に10億円出せというと、これは出せないと言うでしょう。しかし、もうけた以上に出せと言うわけじゃない。ましてや、他人である経団連の幹部が、論評をする資料もないだろうに、そのようなことを言う必要は全くないと思うんですけれども、そういう発明者個人を敵視するような立場に立つんですね。そういう話もあって、発明者と経営者とが何かトラブルを起こしたときに、私としては、どうしても発明者に味方したくなるんです。
 
【発明はまず発明者のもの】
 といいながら、ちょっと中村修二さんの悪口を言うことになりますが、中村修二さんの話によりますと、300件の出願をしていながら、もともと権利が発明をした発明者にあるんだということを知らなかったといいます。これはうかつだと思います。300件も出願しているのですから。
 皆さんのお手元に私の資料が配られています。そこの一番最初の方に「発明をした者は特許を受けることができる」と特許法29条にあります。ただ、29条そのものはそういう発明者の特許を受ける権利を決めたということで重要な規定というよりも、むしろ発明の新規性を決めた規定でございます。特許出願をした経験のある方はおわかりと思いますが、29条は「発明をした者は特許を受けることができる……」の次、省略しましたけれども、「次のものを除いて特許を受けることができる」となっています。何を除くかというと、公に知られたもの、公に用いられたもの、刊行物に記載されて頒布されたもの、ネットワークで配布されたもの、そういったものです。そういう公に知られたもの等は特許にならないという、当然のことですが、そういうものも決めてもおります。それが29条です。
 その29条で「発明をした者は特許を受けることができる」という非常に基本的な特許法の考え方が規定されています。旧大正10年法では「工業的発明を為したる者は特許を受くることを得」とか難しい条文がありました。
 ちなみに、民法の1条の3のところに「私権ノ享有ハ出生ニ始マル」というのがあります。生まれた人は権利を持っている。基本的な考え方で生まれた人は人権を持っているんだという民法の考え方と同じかどうかは別として、とにかく特許法には、特許を受ける権利の享有は発明に始まる、みたいな考え方があります。逆に、発明をしていない者は特許を受けることができません。
 そういう基本的な考え方が法律の中にあるということ、つまり、たくさん300件も出願した特許のもともとの権利が自分にあったんだということを中村さんはそのとき初めて知ったというんです。中村さんは著書にそう書いています。
 それからもう一つ、しかももしそれを会社に譲り渡したとしたら、会社から相当の対価を得ることができるという。これも35条に書いてあった。何だ、発明者を保護する条文が特許法の中にはあるのかと。これは中村氏の著書の表現をかりれば、そのとき「自分は目からうろこが落ちた気がした」と。この法律を訴訟の弁護士から教えられて言うんです。300件も出願した人がそういうことを知らなかったというのは、冗談にしても、ちょっとうかつではないかなという気がいたします。
 ですから、中村氏でさえ知らなかったのに、ましてや一般の研究者の方々は知らないのでしょうね。ただ、青色発光ダイオードというのは大発明ですから、小さい発明の場合にはごく自然に粛々と会社に権利を譲り渡してしまっても、それはそれでそういうこともあるかなと思いますが、中村氏の場合には特殊な事情がもう一つあります。
 それは、会社に特許を受ける権利を譲ったけれども、あれは間違いであった。自分が知らない間に判を押させられた、あれは実は私のものなのだ、とこういうことも争っているのです。
 ここで私はもう一つだけ中村氏への非難を申し上げたいのですけれども、皆さんのところに404特許(第2628404号)の公報がございます。公報の1ページ目のところに、発明者という欄があると思います。氏名というのは自然人です。法人、会社とかに氏名というのはありませんで名称といいます。名前欄は発明者の名前を「中村修二」と書きます。私が気になったのはその下の発明者の住所欄です。中村氏の住所をかくのですが、これは「徳島県阿南市・・・日亜化学工業株式会社内」というふうに書いてあります。自分個人の発明であると言う人が住所を会社内と書くのは節操がないじゃないかなと、ちょっと私は思います。
 でも、それが当たり前のことが多いのです。私自身も自分のところに来たクライアントには、一々住所を尋ねません。名前の次に住所又は居所欄は、何々株式会社内というふうについ書いてしまいます。
 私の場合に、そういう発明はしたけれども、発明した権利、特許を受ける権利を会社には譲りませんよというふうに依頼してきた人はいまのところ一人もおりません。よっぽどの大発明でないとそういうことは起こらない。普通は会社に譲り渡してやってもらった方がどっちももうかるわけです。その方がお互いに得です。
 しかるに、いやしくも権利を自分のものと主張する人が、自分の住所を何も「日亜化学工業株式会社内」とすることはないじゃないかというふうに私個人は思います。法律的にはとくに意味のない些末なことではありますが。
 先端大の方の発明を見ると、実は皆様にお配りしたもののリストで出願人の名前も発明者の名前もわかるんですが、先端大の皆さんはご自分の住所をお書きになっている方が何か多いように思いますね。
 日本全体から見ると、これは大学ごとにまちまちでございます。かつて文部省が決まったルールというのを出したんですけれども、そのとおりにはなっていませんし、そのことで訴訟になったということも余り聞きません。
 
【金が欲しかったわけじゃなく】
 中村氏にしても、結局、出願するときには会社に譲り渡すつもりでやっていたんじゃないか、そう思われても仕方ないような感じがいたします。会社の勤務時間中に研究しながら、しかも職務発明ではなく自分の発明だというのは、結局わがままになってしまうんじゃないかと。そこのところは中村修二氏もさすがに会社の悪口は言っておりません。
 むしろ、対価の額の話の方が、中村氏の言いたかったことではないかと思います。
 中村先生自身は、著書では、発明をした動機として、金が欲しかったわけじゃないというふうに言っております。これは本当だろうと思います。外国に留学したときに仲間の学者、外国人の学者が非常にたくさん出願もしているんですが、論文を書いている。ところが、自分は論文を書いておらず、そこで非常に肩身の狭い思いをした。こうなったら論文をたくさん書いていい格好してみたいというような、そういう気持ちも出てきたようです。学者や研究者がその研究論文を書きたいというのは当然のことですから、むしろお金よりも大きいモチベーションになったかもしれません。
 しかし、中村氏は、東京高裁の判決が終わった後で、結局、お金が大事だと思いますということも言っているのです。言っていることが反対ですが、私は、どちらも本心だろうと思います。時間が違ったら人間というのは違うことを言うものですが、これは仮に同じときに言ったとしても、それはそれでやはり大事なことで、お金も大事だし、それからお金以外のことも大事だし、中村氏がうそをついたとは私は思いません。
 ただ、発明をした本当の目的が何だったかは別として、結果として中村先生はお金に振り回された。まず200億円という大きな金に振り回されて、それから後に10億を超えるかどうかというところで争って8億4,000万になった。何億を超えたから意味があるとも思えませんが、ただ、中村氏としては10億以上は取りたかったという気持ちはあったんでしょうね。これはあくまで個人の気持ちですから。正しい正しくないという問題ではなくて、人間の感情です。
 しかし、私は単なるやじ馬として最高裁まで争ってほしかったですね。皆さんの中にもそんなことを考えた方もいらっしゃるかもしれません。最高裁まで争って、最高裁が結局どういう判断を示すかを私やってほしかったんですが、残念ながらそこまで行きませんでした。個人で200億という訴訟をやるということは、訴状に印紙を張るだけでも多額になりますから、個人で訴訟をやるのは大変でしょう。弁護士に払うお金にしても実費だけでも大変でしょう。そういうわけで、個人で争うのはあの辺までだろうとも思います。
 
【人間関係の対立】
 私、この裁判のてんまつとして、基本的には日本の発明者にとってよかったと思っています。ただ、細かいことで、関係者の間で、何をばかなことを言ってるんだということが随分とたくさんありました。
 これまで発明者であり一研究者の中村氏のことを少し悪く言いましたから、今度はその反対に、経団連も含めて経営者側のことを言わせていただこうと思います。もしこの中に日亜化学のどなたか縁続きの方、あるいは社員の方、まさかとは思いますが、そんな方がいらっしゃいましたらお許しください。
 お配りした資料では、使用者側、会社側に立った考え方には黒丸をつけています。それから、発明者側に立った考え方には白丸をつけています。それで、民法623条以下(雇用)にありますが、労働者が会社でつくったものは会社のものだ。これは当たり前ですよね。基本的にはそうなんです。これは民法から読めます。しかしながら、特許の場合には、たとえ会社内で発明しても、特許を受ける権利は発明者のものです。これは民法623条の例外です。特許法というのはいろんな大事な法律の例外なんです。民法しか知らない人が、そんなことあるわけがないというので、経団連の人も、会社で発明したのに何でそんな会社の社長と争うんだ、恩知らずな、という言い方をされる方もいらっしゃるんですが、会社で発明したら何でもみんな会社のものだという考え方というのは根強くあります。これは中村先生が言っているんですけれども、会社に対して滅私奉公を強制する考え方です。中村先生は、最初はそれでもいいと思っていたみたいなんです。ただ、2代目の社長とけんかして、考えが変わってきたんだろうと思います。
 民法623条に基づく考え方と、例外である特許法に基づく考え方と、やはり2つどうしても対立します。その例が相当の対価、つまりお金ですが、それを決めるのにどうしてもその考えの対立が表へ出てまいります。社長、経営者によって、発明者になるべく金を払いたくないというふうに思う人もいるでしょうし、逆にできるだけたくさん払いたいという人もいるでしょう。
 じゃ払ってりゃいいのかというと、こういうとき、周囲に、やっかむ人がよくいるんです。Aさんが大発明をしてたくさんお金をもらった。Bさんは全然働いてなくてお金をもらわない。Bさんは何にもやらないんですけれども、しかしやっぱりAさんのことをうらやましいと思う。うらやましいと思うのは誰でもそうなんですが、悪口を言うんです。「あの人は発明したけれども、あんな発明は何の役にも立たないよ」とか、「おれだって前から考えていたことなんだよ」とか、そういうことは今回の青色ダイオードでも、日亜社内の方ではありませんが、ほかの学者で言ってる人がいます。
 基本的には、できるだけ会社というものを大事にする考え方と、それから個人の発明家というものを大事にする考え方というのは、これはパイの取り合いみたいなものですから必ずしも一致点がありませんで、本当は両方で協力してわっとパイ全体を大きくして、大きくしておいてから取ればお互いにもうかるんですが、そういうことができない場合というのも、やっぱりあります。
 基本的に2つの対立する考え方がありまして、そこで、具体的に職務発明規程なんていうのを、お配りした資料の1ページ目の下のように決めるんですが、日亜の場合には、まず出願したときに1万円払う。それから、登録になったらやはり1万円払う。外国出願していた場合には、もう少し高いものを払っていたようですが、5万円ぐらいという不確かな資料しかありませんけれども、これらは定額です。大発明であろうが小発明であろうが、とにかく出願したときに払う。それから、登録されたときにまた払う。その後、実際にもうかったら、もうかった分に相当する金を払うという規程が普通です。
 日亜の場合には、実費補償の規程はなかったようで、その点、裁判でも争っていますが、余り相手にされていませんでした。一銭も払わないというのは特許法の35条違反ですから、そういうことはできないと思います。
 会社と発明者とが物を取り合う、お金を取り合うという場合、どうしても発明者の方が弱い立場になるわけです。それは誰でも分かっているわけです。そういうわけで、一つのやり方として、職務発明規程という内規を会社の中でつくるのが普通です。その内規に従って、できるだけ客観的に公平に判断しようじゃないかと。普通は会社の中で何々委員会をつくる。職務発明委員会をつくって、これは会社でこのぐらいもうかったから、その何%であるこのぐらいは払いましょうというふうな、職務発明規程みたいなものをつくってやるのが普通です。日亜の場合にも社内規程は一応はありました。
 中村先生自身のもともとの気持ちがお金だったかどうだったかは存じませんが、結局、お金の話に行っちゃったというのが事件の一つの不幸のような感じがします。これは私の、どちらかといえば小さな疑問です。さらに、小さな疑問をいろいろ挙げていきたいと思います。
 
【社長の苦労はディナーやら技術隠しやら】
 まだ和解が出る前に、国会(平16.4.23衆議院経産委)で参考人意見聴取がありました。特許法35条の改正に関係のある審議です。そこで、衆議院の方で経団連の知財関係の委員長が、発明者はなぜ発明をするのかということを言っていました。何を言うかと思えば、私は議事録を見ただけですが、何と社長からディナーに招待してもらう、そういうところに発明者の栄誉があるんだというようなことを言っているわけです。何ばかなことを言うもんだろうと。それは社長と飯食うのはいいですよ。しかし、わざわざそのために発明をするのでしょうか。それをまた国会で経団連が言うというのがおかしいですね。
 さらに、同じ国会審議の中の参議院の参考意見(平16.5.25経産委)の方では、今、社長からディナーに招待してもらって喜ぶだろうなんてことを言ったのは知財の委員長ですが、その委員の方が参議院で出ていますけれども、その人は、給料を払っているのにどうしてそれ以上に金を払わなければいけないのかと。これはもう無知だと言わざるを得ません。
 例えば自動車を売っている会社であれば、普通ならばセールスマンが1台か2台売れればいいところ、ある月、ものすごく頑張って100台売った。そうすると、その人には特別ボーナスが出るでしょう。たくさん仕事をした、あるいは業績を上げた方にたくさん金を払うというのはよくあることなんですが、でも、特許の場合の相当の対価というのは全然違うんです。セールスマンの方にちょっとご褒美を、報償金を出すというのは、それはそれで非常に短期的な、例えばある月にたくさん仕事をしたら特別ボーナスを出すという、それはその月限りの話です。ずっともらい続けるものではないです。
 ところが、発明の場合には、出願してから最大で20年。さらに、薬関係等でもう5年延びることがありますが、とにかく非常に長い間、その報酬をもらい続けるわけです。発明に従った対価をもらうわけです。そういうわけで、セールスマンの特別ボーナスとは考え方を変えていただかないといけません。これはしかも給料とは別です。給料というとどうしても生活給付的なものが頭に入ってきて、8億4,000万というのは高いとか言われます。これは確かに高いですが、生活給付ではない。発明に対する対価であって、その人が会社を離れて研究を続けて商売というか営業もするかもわからない。それも含めたお金なんです。
 したがって、給料のほかにどうして支払わなければいけないのかなどという愚痴が、特許制度を含めて、ものを知らない人の口から出るならともかく、経団連の重役の口から出るというのは、非常に古い体質を感じます。
 さらに、日亜の社長ですけれども、それについてはやはりもうちょっとまた悪口を言わせていただかなければならないんです。新聞で見たところ、にこにこした穏やかな方のように思いますけれども、日亜の社長は結局、今はにこにこしているでしょうね。東京地裁の計算では1兆何千億円というお金をもうけている。土曜日(2005.2.26)の新聞に日亜の業績があるんですけれども、青色発光ダイオードを発売した直前の1993年には、売上高が167億円、これで税抜き後の利益が3億円だったんだそうです。それが売り出した後の2003年には1,811億円の売上高になって、そのうち税引きということになるのか、545億円に膨らんだということが書いてあります。株でいうと1株もともと200円ぐらいだったのが、配当が5,000円になったというふうに新聞では書いてあります。これ自体は多分本当でしょう。
 こういう状態で小川社長は非常ににこにこしているでしょう。ただ、これは私の、やっかみも含めた単なる憶測と思っていただいて構いませんけれども、この人は経営者にあんまり向いていない。大体、天才研究者である中村さんを追い出して、しかも追い出した後で中村さんは二度と日本には帰りませんと言っています。そういうふうなことを言わせて、結局けんかして、日本からはともかく、会社から追い出しちゃったわけです。それが一つの失敗。
 もう一つは、中村さんも含めた社員なり、あるいはだれかが受け取るべきお金を自分1人でポケットへ入れちゃったわけですから、今は笑いがとまらないということになるでしょうけれども、ただ、技術の方向が読めないというか、恐らくこういう人はこれから事業をさらに続けたときに、余りうまいやり方をしない。
 小川社長はこれから特許出願はやめますと言っています。特許出願をやめて、技術はみんな隠しますと言っています。しかし、これはまず成功しません。隠してもほとんど知られますから。中村さんがやめる前にばらしていっちゃったということもあるんですけれども、そうでなくても、こういうのは一会社が隠そうといったって、隠すのは無理です。
 日亜化学が今は相当大きな会社に短期間でなったんですけれども、さっきのキルビーのTI社のように、ずっと大きな会社としてうまく経営していくという、そういうことはちょっと考えにくいと思います。
 
【不発に終った200億円の判断】 
 いよいよ裁判の話になりますが、どういうことを争ったか。相当の対価です。中村修二さんは、特許を受ける権利をまだ会社に実質的に譲渡してないんだという争いには確かに負けましたが、その後少なくともいっときではありますけれども、200億円という勝ちを得たわけです。その200億円の勝ちを得たときの裁判の方が、当然のことながら私個人は興味があります。その後で、東京高裁が和解に持ち込んだ東京高裁の考え方というものを出していますが、私個人は、あほらしくて見ていられない内容です。
 とにかく東京高裁の8億4,000万がどういう根拠なのかというのは、実はよくわからないんですけれども、それに比べれば東京地裁の計算の方がずっと説得力があります。
 それで、まず独占の利益というのは何かというと、会社が営業をして儲けたら、それが独占の利益なんだということはありません。まず会社には通常実施権というのがあります。通常実施権というのは、もうけるというか実施するのは自由だけれども、他人が実施するのを禁止はできない。これが通常実施権です。逆に、専用実施権というのもあるんですが、これは他人に使わせない実施権で特許権とほとんど同じです。
 職務発明をした社員のいる会社には通常実施権というのがもともとあります。普通は、特許権の譲渡も受けて独占すれば、競争会社がいなくなるわけです。競争会社がいるとどうしてももうけは少なくなりますが、でも独占していればそんな心配はないのでもうかります。
 独占なんですけれども、例えば他社とライセンスしている。そのときに他社から受け取ったお金。これ実際に、アメリカのクーリー、トヨタ合成とやっています。他社とライセンスをしてお金を受け取っていれば、これは独占の利益になります。したがって、この何%かが中村氏の懐に行かなければいけないわけです。
 他社とライセンス以外に、超過利益というふうに今言っていますが、これは独占によってつり上げた値段です。
 ところで、独占はいけないという法律があるんですけれども、よくご存じのいわゆる独占禁止法ですが、その3条に独占してはいけませんという条文があるんです。それから、6条に、外国と独占をするような協定をしてはいけません。19条に、とにかく不公正な取引はいけませんという条文があります。
 しかしながら、独禁法は、21条で、特許、実用新案、意匠、商標、著作権についてはこの法律(独禁法)を適用しないと規定します。したがって、特許は民法の例外だというようなことをさき程言いましたが、特許は独占禁止法の例外でもあります。特許は、言ってみれば合法化された独占です。合法化された独り占めが特許の魅力です。だからこそ特許で一獲千金を夢見る人がいるのでしょう。
 しかし、中村氏のような大発明というのはしょっちゅう出るものではありません。何十年か前にキルビーがしたICの発明、その後で出たノイスのプレーナー特許も含めて、大発明というのは、そうしょっちゅう出るものじゃありませんから、全部をひっくるめて平凡な発明と一緒にするわけにはいきませんけれども、でも、今回の中村氏の発明は非常に大きいと思います。相当の対価というのは、この何%かという形で計算されます。
 それで、判決を読むときに、最初に原告はこう言った。被告はこう言った。争いのない事実はこうだ。裁判所の考え方はこうだ。したがって、結論はこうだ、こういう起承転結になっています。それが定型です。
 そのときに、原告はこう言った、被告はこう言ったというのは、裁判官は全部は書きません。もしこれが原告の請求を認めるのであれば、被告の言っていることに反論するために被告の主張について詳しく書きます。原告は、仮に請求を認められるのであれば、勝つわけですから、判決文はそんなに詳しくなくてもいいわけです。
 逆に、原告の請求が棄却で被告が勝つのであれば、原告の言うことに判決は反論します。特許庁の場合には審判の結論で審決といいます。私自身も特許庁で無効審判も何度かやりましたが、審決をする場合にも、特許を無効と主張する審判請求人が勝つときには、特許権者の言うことに一生懸命反論します。それから逆に、特許権者の特許を維持させようというときには、無効審判請求人の言ってることに対してどうしても反論が親切になります。逆に、勝つ方に対しては不親切になるので、この東京地裁の裁判もそうかというと、ちょっと事情が違っています。
 
【けちんぼうの争点】
 職務発明をした発明者である中村さんに対してどれだけお金を払うべきかという裁判なんですが、まず社長の立場としては、できるだけ払いたくありません。できるだけ払いたくないけちんぼうとはいえ、ばかなことを言っています。
 まず、会社がもうけたのは中村さんの発明とは別の発明のおかげなんだと。そして、いろいろ証拠も出しています。青色発光ダイオードだけじゃなくて、青色LEDの発明なんていうのはごく一部で、実は別の発明で儲けたんだというようなことを主張しています。これに対して裁判所は相手にしていません。結局、別の発明もあったとしても、青色発光ダイオードの発明のおかげじゃないかと言っています。
 皆さんに404特許明細書の公報を配りました。最後についている図面が発明の説明図ですが、あくまで発明の説明図でありまして、日亜化学がつくったり売ったりしたものとは限りません。実施品の説明図ではありません。
 したがって、日亜化学が言ったのは、発明のどれを実施したかわからず特定できない。ここで言う発明というのは、実施をした発明です。実施をした発明が特定できない。これはこれで大きな問題ですね。大きな問題なのですが、東京地裁はこれに対して、これがもし侵害事件だったら、実際には、特許発明はこれだ、それに対して実施したものはこれだ。そうすると、あそことここが違う。あそことここは同じだ。ここはこういうふうにみんなある。したがって侵害だというふうに、一つ一つ構成要件を対比させて比べます。厳密にやりますが、これが職務発明の判断の場合には、とにかく入っていればいいじゃないかと、裁判は非常にアバウトでいいということを言っています。
 それから、日亜化学は何を思ったのか、中村氏の発明は未完成だと主張しています。なぜこんなことを言ったかというと、発明が完成していなければ、発明者である中村氏にお金を払う必要がないわけです。したがって、こんなことを言い出したらしいのです。もし本当に未完成だと裁判所がそこで認めたら、裁判所にはそんな権限はありませんけれども、しかし、仮にそういう判断をしたなら、中村氏から正しく譲渡を受けて特許を受ける権利を承継したはずの日亜化学の権利の意味が全くなくなってしまいます。日亜化学は特許権者でなくなるのと同じことです。
 ということは、会社はクーリーやトヨタ合成からライセンスして、相当多額のお金を受けていますが、そのお金も全部受けることができなくなります。それどころから、逆にお金を払わなくちゃいけなくなる。
 そんなこともわからずに、発明は未完成だと言っているのですが、これに対して裁判所は何でそんなことを言うのか分からないけれども、とにかく完成は疑いようもないと。未完成だという主張は認められないと一蹴しております。
 さらに、日亜社は、他の技術、代替技術があると主張しています。別に青色発光ダイオードを作ったからといって、いわゆるツーフロー方式というか、その図面に書いてあるその装置を使ったものとは限らない。ほかの技術を使ったものもあるんだと主張します。しかし、発明(ツーフロー方式)を使ったことは事実であり、ツーフロー方式の発明の価値自体は変わらないだろう、と裁判所は言っています。それだけの話です。これも一蹴されたわけですね。被告は、つまらないことをいろいろ言っていますね。
 次に、会社は、中村氏がつくったものは品質がよくないと言っています。自分のところで青色発光ダイオードをつくって、現に売っていながら発明自体は品質がよくないんだと言っています。エンドユーザーがそれ聞いたら気分を悪くすると思うのですが。
 ただ、こういう主張は全然意味が無いわけではない。発明をしたときには、実際にはノウハウ、2つの吹きつける気体の傾きがいろいろあるんですが、それをかなり微妙に変えなければいけません。そういったことが確かに特許明細書に書かれていませんので、そういう意味で品質がよくないものもあると言えなくもないのですが、これに対して判決は詳説しておりません。品質そのものを測定することは難しい。品質を測定できないというふうに言っています。どういうものがよくて、どういうものが悪いのか、価値判断もよくわからない。主張した日亜の方がいいかげんだから判決もそういうふうになっています。
 結論的には、中村氏に払うべきものの基本になる売上高は1,200億ぐらいになります。これは裁判所のした計算です。裁判所の計算に対して、日亜化学は実は14億の損をしたんだと主張しています。これに対し裁判所は、ばかを言いなさいということで、現実と違い過ぎる、現実にはすごくもうけているじゃないか、そういう変なことを言うのは、『いぶかしいもの以外はない』というような難しい言葉でこれも一蹴しています。
 
【リスクの評価】
 日亜社は、意味のあることも主張しています。会社にはいろんな事業リスクがある。社員にはそれはないですね。ただ、発明者にはリスクがあります。今、中村氏は研究を完成したのでヒーローになりましたが、もし失敗していたら、これは全くばかだということになってしまうわけです。そのときはそれでもいいですが、その次に何かいい発明をしたとしても、「このまえ失敗した中村さんの発明か」などということになりかねないわけです。そういうリスクは、中村氏にもあるのです。
 しかし、リスクの大きさというのは確かに会社にはあるでしょうけれども、この青色発光ダイオードに関しては、まず業界の期待が大きかったわけですね。夢の技術と言われていました。それも判決の中に書いてありますが、業界の期待、そういうものがあったらいいなというものが、まさに発明されたわけです。
 技術的には完成したわけです。ある作り方で作れたわけで、そうすると会社にとって技術的リスクは非常に小さくなっているわけです。完全になくなったわけではありませんが、しかしこうやればかなりの高率でつくれると、技術的リスクは小さいわけです。
 じゃ、営業の方のリスクはどうかといいますと、これは水虫の薬がそうですけれども、実際には水虫の特効薬やがんの特効薬もないのですが、もしこれらの特効薬が生まれたら、これはもう本当にたくさんの人が飛びつくでしょう。当然売れるでしょう。それと同じで、青色発光ダイオードというのは、RGBのRGはあったわけです。色の三原色のレッドとグリーンはあったわけです。ブルーだけがなかったわけです。ブルーを入れれば、これでテレビなり何なりカラーができるわけです。そういうわけで、売れるに決まっていると言ってもいいぐらいです。これは売れなかったらおかしい。売れるに決まっているわけで、そうなると少なくともちゃんとした営業をやる限りリスクというものはほとんどないと考えられるし、判決もそう言っています。
 古い話ですけれども、ミキモトパールで御木本幸吉氏が初めてアコヤガイに貝殻を埋めたのですが、そのときに成功したのがやっぱり2%か3%か正確な数字はわかりませんが、非常に低い成功率だったんだそうです。しかも代替技術があるのなんのと。そもそも天然真珠と同じつくり方じゃないかというような言い方もあったかもしれません。天然の真珠貝は同じようなつくり方をするわけですから。しかし、それを商売にしてやったというのは、やはりあれも大発明だと思います。2%か3%しか成功しなくても、それはそれで発明としては成立いたします。やり方によって、それでいいんだと。そのやり方の方向を出したということで、発明の完成が認められるわけです。必ずしもそうでない場合もあります。(大切な要素が欠けていて)これがないと発明が完成したとは言えませんよという場合です。
 大発明というのは、みなこういうリスクをくぐっていると思います。例えば、江崎玲於奈氏が半導体のトンネル効果を発見したときに、半導体の不純物が非常に大きな問題になったわけです。これまでは不純物があるのがいけないんだというので純粋なものをつくろうとしていました。そこで、江崎氏と、正確に言うと助手のクロカワさんという女性の共同発明者ですが、その人たちが、むしろ逆に一定の不純物を与えてみたらどうかと考え、これが成功を導いたわけです。しかし、逆に不純物を与え過ぎると、何のことはない、半導体どころかただの物質、ごみになってしまいます。ですから、大きな発明というのは、やはりリスクというものもくぐってきているのです。
 もしも品質がよくなかったり、別発明だったり、あるいはノウハウがなかったら、クーリーやトヨタ合成等の企業はライセンスしなかったはずじゃないか。現に他の会社とライセンスしているじゃないか。実際に日亜社が儲けているのは、やはり発明に価値があるからではないか。中村氏の発明の価値は厳然と変わらないであるのではないか、というようなことを、判決は述べています。
 
【共同発明者が外にいるなら】
 それから、日亜社側が新聞記者に言ったこともつけ加えますと、共同発明者がいて、中村氏が一人で発明したんじゃない、というのです。これは一理ないでもないのですが、もう一度特許の書面見てください。発明者欄に「中村修二」の名前しか書いてありません。もし、別の共同発明者が本当にいるなら、願書の発明者の欄に書かなければいけません。でなければ、その人の発明を盗んだと同じことになります。これはあくまで法律論なんで。
 発明者の氏名というのは特許になってからでも訂正できます。面倒くさいですけれども、発明者訂正というのはできます。特許になる前も特許になった後もです。しかしながら、訂正しないならしないで、その共同発明者に小川社長はやっぱり相当の対価を支払ったのでしょうか。あんまり払ったという話は聞かないです。ただ会社がもうかったのだから、特別ボーナスぐらいは出したかもしれませんが。それにしても共同発明者がいたのなら、現に協力者はいたんですけれども、少なくとも中村氏を助けた部下が何人かいましたが、そういう、協力者がいたとしても、だからといって中村氏の発明でないということにはなりません。日亜社は、新聞記者に一生懸命訴えていたそうですがね。
 特に私が言いたいことは、協力者というのは発明には必ずいるものです。その人たちが共同発明者とは、必ずしもいえません。
 
【発明者の貢献と会社の貢献】
 それから、先の企業家のリスクもそうですが、こういったことは一般には大事な主張ではないかと思います。しかしこの事件では、こういったことを全部退けて、裁判所は中村さんの功績というのを幾つか挙げています。中村さんの功績ですが、ちょっと皆様のお手元にある特許請求の範囲というのをごらんになってください。不思議なことに、特許請求の範囲の中に『青色発光ダイオード』という言葉がありません。しかも、明細書の中にあるのかというと、読んでもなかなか出てきません。どこにあるかというと、最後の方のページの左上の方にやっと出てきたと思いますが、『440ナノメートルの波長』について書いてあります。その波長の光のところで感度がよくなったという記載があると思いますが、それが青色発光ダイオードの、言ってみれば実施例です。しかもそれが青色発光ダイオードの特許だという証拠です。ところが、特許請求の範囲には、これが青色発光ダイオードのつくり方だということは全く書いてありません。これはこれで一つのおもしろいところだなと思います。
 それからもう一つ、材料として窒化ガリウムを使ったというのが大きな特徴なのですが、窒化ガリウムという言葉も特許請求範囲にないでしょう。これは結晶の成長のさせ方の発明なんです。これをぱっと見て、すぐに青色発光ダイオードだと言うことはできません。実は青色発光ダイオードを中村氏が発明をしたというよりも、むしろそれまであったアイデアを育てて実現可能にした、実際に実用化を完成させたというのが正しい言い方だろうと思います。これは裁判官が認めているので、ある意味じゃオーソライズされていると思います。
 それまで窒化ガリウムを使ったらできそうだぞというアイデアだけなら確かにありました。ですから、材料自体は中村氏のオリジナルではないのです。現に特許請求範囲に書いていません。ただ、現実には誰も使おうとしなかった窒化ガリウムを使って実験し成功しました。かつ売り出しているのも窒化ガリウムです。この材料はちょっと高いのです。これを使ってやっていたのは、名古屋の某大先生が1人いただけで、あとの会社はみんな別の材料で研究していました。トヨタ合成にしても別の材料を考えていました。もっと安い材料があるんです。中村先生は、あえてその材料を使おうと、独自に考えたのです。
 そもそも赤いダイオードと青いダイオードがあるんですが、もともと会社は赤いダイオードをつくっておりました。それで、赤いダイオードをつくる技術の蓄積はありました。ところが、青いダイオードをつくる技術の蓄積はありませんでした。それは両者とも認めております。つまり、中村氏は全くのゼロから始めたのです。しかも、当時会社が、というか小川社長が「やめろ、やめろ」と言ったそうですが、中村氏は頑固に進めたそうです。その辺は部下の方も手伝ったのだそうです。それこそ共同発明者かどうか、協力者はいたということですね。 
 中村氏は、会社に命じられたのではなく、自発的に、発意して行った。また実験装置なども自分で随分作ったそうです。そういう状況を考慮して、発明者の貢献のパーセントを大きく見てもいいのではないかと三村裁判長は言っております。
 なお、会社の貢献度もやはりあるわけです。まず中村氏に給料を払って、場所を貸して、MOCVDのような高い機械を買って、さらに研究のために中村氏を外国に留学させて、そういったお金をいろいろと負担しました。そのお金がどのぐらいになるのか。現に儲かっているほどたくさんではないと思いますが、そういう意味で会社の功績というのももちろんあるわけです。
 そういう会社の功績と中村氏の功績とを比べてどうであろうという判断では、これは中村氏の功績はまず50%はあるだろうと判決は言っている。これは全く有効数字として果たしてどこまで正しいかはわかりませんが、根拠というより何となく結論が先にあったような気もします。
 でも、これは会社の功績は功績で、実は普通よりは小さい。それから、中村氏の功績は普通よりは大きいということを考慮すれば、半々という考え方は一つの裁判の行き方だろうと思います。後に和解にいきましたけれども、地裁の判決は否定されてはいないですから。高裁が地裁のあそこの判断は間違っているから地裁の判決は取り消すとか、そういうことを言ったわけではありません。地裁の中でこういった話し合いや議論が行われたということ自体は貴重だろうと思います。
 ここで会社側の主張の中で一つ忘れていました。時効だという主張もしています。会社は、発明をしたときというか、出願したときからだから、対価の請求権は、時効で消滅していると主張します。そうじゃないと。会社は、登録されたあとに、実質補償といいますか、もうけに応じてお金を払うのだから、それが特許になったときに実際に請求権が発生するんだということで、まだ時効は終わっていないと判決は言っております。時効はまだ終わっていないというのが裁判所の見解です。
 中村氏としてはかなり高い功績を認められたわけで、それに対して会社側が不満なのはもちろん分かるのですけれども、中村氏の功績について三村裁判長は判決で随分たくさん述べておられます。
 判決文は読んでみる価値があるんじゃないかと思いますので、判決文をコピーしてきました。ご覧になりたい方はIPセンターにお願いして見せてもらってください。また、これはインターネットでも簡単に取ってくることができます。
 
【明細書に現れる発明者の個性】
 ここでぜひもう一人の別の発明者を登場させたいと思います。それは、島津製作所の田中耕一さんです。中村氏が会社とけんかをしているのとちょうど同じころに、田中耕一さんは非常ににこにことしてテレビに出てまいりました。ノーベル賞をもらったということもありますが、ノーベル賞をもらってにこにこ出てきて、島津の社長は田中耕一さんを褒めたたえた。ところが、田中耕一さんもにこにこしていますが、実は頑固な方で、会社がポストをアップするというのを断って、自分は研究者としてずっといられるのが理想なんだと。したがって、そんなポストは要りませんと言ったのですが、特別給与、特別ボーナスみたいなものはもらったようです。
 ここで中村氏と田中氏との似ているところは、両方とも日本より先に外国から注目されたということです。青色発光ダイオードも、もちろん日本でも注目していた会社はあったと思いますが、外国から随分と引き合いがあったということを中村氏は後で著書に書いています。
 田中耕一さんは余り特許を出しておりません。私は3件しか見つけていません。多分、多くとも10件以下だろうと思います。
 特許明細書を見ると、その人の性格がわかります。どこかあっけらかんとした明細書を書いておられます。発明をこういうふうに具体的に実施するんだといういわゆる実施例の囲い込みを、田中耕一さんの明細書はほとんどしてないんです。基本的な考え方は確かに書いています。質量分析方法または装置ですが、非常に重要な点は確かにあっけらかんと書いています。もしあれをもっと考え方のけちな人が書けばもっと違う明細書になったかなという感じはいたします。
 一方、中村修二さんの明細書は、弁理士が書いたにしても、もとのメモは中村さんが書いたでしょう、能あるタカは爪を隠すというようなところがあります。ところが、隠し切れないであちこちに爪がちょろちょろと出た明細書です。
 先程申しましたように、特許請求範囲の中に窒化ガリウムという材料が全然出てこないことや、青色発光ダイオードの発明だということを全然書いてない等、何となくその辺が能あるタカはつめを隠して、しかしながら全部隠せないでどこかで出しているという、そういう気がいたします。
 また、先のキルビー氏の発明ですけれども、IC発明の明細書は翻訳ですから必ずしもよくわからないとはいいながら、まさに爪だらけ。これはおれの発明だ、これもおれの発明だといって、ものすごく鋭い爪だらけの明細書です。これはキルビーの性格かなとも思えますが、キルビーの性格というよりも、テキサス・インスツルメンツという会社の性格かもわかりません。しかしこれはキルビーさんにとって決して悪いことではありませんでした。
 明細書には書いた人の性格が出ます。もちろん、発明の性格、特徴が一番に出なくてはいけないんですけれども、書いた人の性格が出るというのが、今回見ていて気がつきました。
 
【和解勧告に公平さを】
 話が随分ずれましたけれども、結局、中村さんの功績はある。会社も功績はやっぱりある。半々だろうということになりました。半々に分けるものが、超過利益です。結局、この額が1,200億だったということです。それでこの額の50%だと。中村氏と日亜がそれぞれ50%だというので、中村氏には600億を取る権利がある。ところが、そのときに中村氏は、まさかそんなに取れるとは思っていませんでしたから、訴状には200億円と記載したのでしょう。とにかく200億を支払えというのが地裁の判決の結論でございます。
 その結論はいいのですが、もう一つ非常に残念なのは、これが結局、高裁に行って、きっちり判決を出すんならともかくとして、どうもよくわからない理由でもって高裁は和解勧告をした。和解勧告をすることは結構ですが、高裁は、余計なことを言っています。日本は会社を保護しなければいけない、企業を保護しなければいけないということを高裁は言っています。当事者や、行政機関の例えば経済産業省や内閣総理大臣が言うのなら、賛否はともかく、そういう立場だろうということですけれども、これは司法機関が言うことか。立場が違うのではないかと、私個人は思います。とにかく高裁は、会社を保護しなければいけないんだ、したがって、あんまりたくさん相当の対価を払ってしまうと会社が商売できなくなるじゃないかということを言っているのですが、それは言っていること自体が間違いであると同時に、計算もちょっとおかしいと思います。8億4,000万ぐらいがちょうどいいところだろうと高裁が言うんです。そこのところでやっぱり弁護士と中村氏は相談したんでしょうかね。
 今回、中村氏個人にもっと闘えと、単なるやじ馬の私どもが言うのは酷だというふうに思いますが、個人的にはできれば最高裁判所までいってほしかったと思いますけれども、なかなか物事というのはうまくいきません。しかし、発明をした人、エンジニアに対して報いるというのは大切なことじゃないか、それがひいては産業の発展にも寄与するのだということを世間に訴えたということで、大きな意味で、今回の中村氏の裁判は価値があったと思います。
 この訴訟の小さい矛盾、少なくとも私個人で思うところは多々あります。おそらく三村裁判長もこういうことを言いたかったんだろうなと思うことを、何となく筆を丸めて判決を書いているような箇所が多くございます。
 
【将来のために】
 青色発光ダイオードの将来ですが、これについては技術的にはそんなに詳しくないのですが、おそらくこれより安い材料が開発されるだろうと思います。そのときには、中村氏以外の人がその安い材料で発明して特許を取るかもしれません。そうなると、地裁の200億の判決は少々高過ぎたかもしれません。これはあくまで「たら、れば」の仮定の話ですから、結論はいま出せません。だからといって、後の高裁の出した8億4,000万という金額はちょっとどうかなという気がいたします。もう少し高くてもいいのではないかと。皆さんはどうお考えになるでしょうか。
 最後になりましたが、これも新聞記事の一部なんですけれども、記者が中村氏にインタビューしています。中村氏は相変わらず土曜日、日曜日、休みの日に出勤して研究しているんだそうです。土曜日、日曜日は、おれは日本人でハンディがあるから行かなくちゃいけないのだと。それ以外の日は他の人も行くからやっぱり行かなきゃいけないんだということで、休日にも働くことからは中村修二さんは逃げられないようです。ただ、忙しい中にもこの人のこれからさらにやるぞというような気持ちが伝わってきます。
 中村先生は、他の技術者に対してエールを送った後で、アメリカに行ってしまったけれども、できることならばまた日本に帰ってきてほしいと思いますし、こういう中村氏のような優れた学者がきちんと報われて働けるような、そういう会社が日本の社会でもっとできればいいなと、今回の裁判がその一つの助けになればいいなと願っております。
 
 本日は、こんなにたくさんの方にきていただけるとは思いませんでした。ご静聴ありがとうございました。
 
 
 
お断り
 先端大IPセンター様のご好意により、講演をテープから文章にしていただきました。その後、稲葉が勝手に加筆し、講演した内容を訂正したり、中間タイトルのほか、当日述べなかった内容を付け加えたりしてしまいました。先端大には、準備したデータに不正確なところがあったことをお詫びしなければなりませんが、講演の趣旨は変更していません。悪口雑言のまとになった方々にいかなる迷惑がかかろうと、稲葉の知ったことではありません。(稲葉)                               
 
http://www.jaist.ac.jp/ipcenter/oshirase11.htm
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